■歌が呼んでいる■
皆瀬七々海 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
あの空の下に忘れた歌は
遠い日に聞いた懐かしい歌
誰か… 私に歌ってよ…
●興信所内
「…と言うわけでこの女性の助けをして欲しいんだけどな」
草間武彦は皆に向かってそう言った。
目の前には赤い服を着た二十代ほどの女性が座っている。
「夢の中の話で申し訳ないのですけれど、こう、毎日見たのでは練習になりませんから…」
流石にライブ前では少しでも余裕が欲しいらしい。
別に大歌手とかそう言うわけではないのだが、やるならば最後までやり遂げたいのだ。ライブの場所は小さなライブハウス。それでも夢はたくさん詰まっている。
武彦は頷いて見せた。
「まぁ、そうだろうな…」
「へぇ〜、白姫も聞いてみたいなあ」
黒髪の女の子がジュース片手に笑って言った。最近、よく遊びに来る近所のホビーショップの子だ。他にも姉兄がいるが、喫茶店など経営したり手伝っているらしい。
「いつも決まった場所に女の人が出てくるんです。海を越えて向こう側に…淡い色の木々の森の中で。そこでその人は歌っているんですけれど、あるフレーズまでくると歌が途切れて…気になるんです…。良かったら私を助けてください」
そう言って、その女性は頭を下げた。
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歌が呼んでいる
あの空の下に忘れた歌は
遠い日に聞いた懐かしい歌
誰か… 私に歌ってよ…
●興信所内
一頻り軽く歌うとその女性は恥ずかしそうに笑って礼をした。
シュライン・エマは拍手をして彼女に微笑みかける。
「まぁ、そうと言うわけでこの女性の助けをして欲しいんだけどな」
草間武彦は皆に向かって言う。
目の前には赤い服を着た二十代ほどの女性が座っていた。彼女の名前は佐々原奈緒。都内の私立大学に通う大学生だ。ロングヘアで、結構、美人なせいもありライブ活動をはじめて5年目にしてかなりのファンがいるようだった。
「夢の中の話で申し訳ないのですけれど、こう、毎日見たのでは練習になりませんから…」
流石にライブ前では少しでも余裕が欲しいらしい。申しわけ無さそうに彼女は言って頭を下げる。
「いいのよ、頭なんか下げないで」
「そうですか…助かります。ありがとう…」
別に大歌手とかそう言うわけではないのだが、やるならば最後までやり遂げたいのだと彼女は言った。ライブの場所は小さなライブハウス。それでも夢はたくさん詰まっている。
武彦は頷いて見せた。
「まぁ、そうだろうな…」
「へぇ〜、白姫も聞いてみたいなあ」
長い黒髪の女の子がジュース片手に笑って言った。
最近、よく遊びに来る近所のホビーショップの子だ。彼女の名前は七継白姫といって、他にも姉兄がいるが、喫茶店など経営したりしているのを小学生なりに頑張って手伝っているらしい。
好奇心旺盛な瞳で奈緒を見ている。
「いつも決まった場所に女の人が出てくるんです。海を越えて向こう側に…淡い色の木々の森の中で。そこでその人は歌っているんですけれど、あるフレーズまでくると歌が途切れて…気になるんです…。良かったら私を助けてください」
そう言って、その女性はまた頭を下げた。
「んー…何時頃からその夢を見出したか、覚えてる限りの歌の内容を教えて欲しいわ。ライブでのテーマとかから記憶が呼び起こされたことがないかしらと思ってね」
「そうですね…言うなれば逆なんですよね。テーマが無いなぁって悩んでて…それである日、この夢を見たんです」
「あら、逆なのね? でも、それで方向性が見つかったって感じかしら?」
シュラインの言葉を聞くと奈緒は嬉しそうに笑って頷いた。
「そうそう、そうなんですよ! グイグイ引っ張っていかれるような感じ…すっごく楽しくって、曲をたくさん思いついたんですよ」
「あら、悩んでたんじゃないの?」
いきなり歌の話になって元気になった奈緒の様子に、シュラインはクスクス笑って言った。
「えへへっ♪ だって、歌が大好きなんですもの」
「それってわかるわ。私も大好きなのよ」
「本当ですかぁ! わぁ、聞いてみたいわ」
「今度は勧誘?」
「だって、楽しいじゃないですか♪ 私ね、人が歌っているのを聞くのも大好きなんです」
彼女の話を聞いていてシュラインは笑ってしまった。彼女は歌に関して、まったくもって嫉妬心や独占欲というものが無いらしい。
「幼い頃とかに、どこかの島の森等で見た記憶だとか。そういうの無い?」
「そうですね…東京から行ける範囲でしか海とか行かないから…」
「あとは、夢が始まった頃に購入した物があるとか。それの記憶が同調してる可能性もあるでしょ?」
「うーん…買ったものは無いわね」
「そうね〜、外的要因じゃないのかしらね」
「夢の中にでも入ったらわかるかしら」
「その手があったわね……でも、どうやって入ればいいのかしら?」
肝心要の夢の入り方がわからなくて、シュラインは悩んでしまった。武彦にそんな能力は無いし、シュラインにだってそんな能力は無い。もちろん、白姫にもそんな力は無かった。白姫はホビー関係が大好きで、ちょっと変わった女の子なだけだ。
シュラインが困り果てていると、白姫が笑って言った。
「白姫は入る方法わかるかも〜」
「「「え!」」」
「白姫ができるんじゃないよ〜。入れるかも…って思っただけ」
「入れるかもって…白姫ちゃん」
「馨お姉ならわかるかもっていうか。馨お姉のお店のタペストリーってね、おかしなタペストリーだから」
そう言って、白姫はお店のタペストリーについて教えてくれた。
七継家の次女、馨の店にはこれから起こることや、すでに起こったことが勝手に刺繍されていくタペストリーがあるのだという。姉の宝物らしいのだが、その不思議な糸でこよりを作って持ち歩くと不思議な事が起きるのだと言うことだった。
「前にね、悪戯して白姫はタペストリーの糸を引っ張っちゃったの。持って歩いてたら行きたい所にパッと行けちゃってね。二、三度起きたし…でも、それを馨お姉に取り上げられちゃったから確認できないの」
「じゃぁ、上手くしたら夢には入れるかも知れないってこと?」
「うん、そう。事情を話したら馨お姉は分けてくれるかもしれないよ」
「で、でも…そんな貴重なっていうか…不思議な糸って…」
奈緒は吃驚して目を白黒させている。
「だーいじょうぶだって! 白姫に任せといて♪ くれなかったらタペストリーから引っこ抜いてやるんだから」
胸をどんと叩いて笑う彼女の姿に、奈緒とシュラインは苦笑した。
とりあえず方法は思いつかないし、白姫の考えた方法を採用するとして、奈緒とシュラインはその後で夢の中の探索に行こうということになった。
「じゃぁ、武彦さん。これからお泊りだから、事務所の鍵はちゃんと締めておいてね」
「え!? き、今日の鍋は……」
実は今夜一緒にご飯を食べる事になっているのだった。シュライン特製きりたんぽ鍋がお預けになりかけている事に気がついた武彦は、ショックが隠し切れない。
「何言ってるの、お仕事が先よ。じゃぁ、武彦さん後はお願いね」
「え…。えーっ……」
「「「行ってきまぁ〜〜す♪」」」
「そ、そんな…」
ガックリと項垂れて、武彦は出て行く女三人組を見送った。
久しぶりに歌の話ができる相手が来て一気統合してしまえば、食事の約束は後回しだ。女の友情に適うものは無い。依頼人との一期一会を大切にと、シュラインは事務所を去っていった。
●海渡り
白姫が首尾よくタペストリーの糸を持ってくると、シュラインと奈緒に渡した。三人でこよりを作って指に結んだ。薔薇色の綺麗な糸だった。
寝るまでに時間はあるし、三人はお菓子やら晩御飯の材料を買って、奈緒のマンションに向かう。白姫の家に電話をかけて泊まることを告げた。
そして、ご飯を作って三人で食べる。サウンド・オブ・ミュージックのDVDを見て三人で歌いまくり、ポテチとコーラで乾杯すれば、金曜の夜は最高潮だ。
DVDも見終わって丁度良く白河夜船になったころ、三人は布団を並べて寝始めた。何にせよ夢に入ったらば、夢だし大丈夫と気合入れて海渡ることにしていた。
『シュラインさん……』
『あら、奈緒ちゃん。ってことは…ここは夢の中?』
『そうみたいですねぇ』
『わーい、白姫も来ちゃったぁ♪』
夢の中でも綺麗な場所に来れて、白姫は大満足なようだ。シュラインの作った美味しいご飯は食べたし、綺麗な夢の中に来れたしで大満足だろう。
『さて…追っていくのはどっちかなと…あ、聞こえてきたわ』
奈緒が歌に気がついて海のほうへと走っていく。シュラインも走り出したが、いきなり海の上をぴょ〜んと飛んでしまったから、かなり驚いた。
『あわわわっ!』
『きゃっほ〜〜〜い♪』
白姫の方は面白がってびゅーんびゅーんと飛行している。
『落ちるゥ〜〜〜〜』
『落ちると思うから落ちるんだよー』
『ひゃああ!』
思わず悲鳴を上げてシュラインが海に落下した。
『ぶはっ!』
海に落っこちてもがいていたシュラインは、水の中で暴れるのをふとやめる。宝石みたいにキラキラ輝く青い海の色に、夏でも春でもない柔らかな光が差し込んでいた。ゆらゆら揺れる波間に身を任せていると、自分まで綺麗になっていくような気がした。
(なんだ…こんなに綺麗なら、武彦さんも連れてきてあげればよかったわ……)
思い出すと、シュラインはきゅぅんと胸が痛くなった。
(今ごろ、お腹空いてないかしら?)
ふと思い出して、鼻の奥が痛くなった。水の中だから涙は出ない。でも、目頭がじんと熱かった。
シュラインは海から上がると、奈緒たちと森の中へ向かう。音を辿って女性の元へ向かったが、そこに居たという場所には誰も居ない。
ただ、竪琴が一つ落ちているだけだった。
『いないわ…』
『仕方ないわね』
『思い出せないし、あの女の人はいないし…どうしようかしら』
『忘れて歌えないなら、どんな気持ちやイメージでその歌を歌っていたか思い出してみれば? もう一度思い返して、ハミングとかで音階鳴らして…』
『そうですよね。わざわざ思い出さなくっても…新しく作ればいい』
『いっそ、新しく感じた事を元に皆で続きを作っちゃうのもありかな…なんて思ってるのだけども』
『それっていいかも♪』
『じゃぁ、歌っちゃいましょ』
『『OK!』』
三人は音を合わせると、少しづつアレンジを加えて歌い始めた。
あの空の下に忘れた歌は
遠い日に聞いた懐かしい歌
夢を忘れる前に憶えた大切な歌
続きが欲しくて 何度も鳥のように歌う
きっといつかは 自分のものになると信じて
あなたが聞いたら 幸せになれるかしら
あなたが雨の日には
私が優しい悲しみの歌を歌うから
甘い幸せの中で ゆっくり休むのよ
砂糖は一つ 涙は二つ
ポットの中に落とそう
冬の月に 星を引っ掛けて
針金色のメロディーで
ドアチャイムを作ろう
あの空の下に忘れた歌は
遠い日に聞いた懐かしい歌
愛を憶えた日に 貴方に伝えた大切な歌
目が覚めたら 走っていくから
二人分のスープを作ろう
この空に歌った歌は
貴方に伝えた愛の歌
■END■
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■ ライター通信 ■
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お久しぶりでございます、朧月幻尉です。
ケームノベル『歌が呼んでいる』にご参加ありがとう御座います。
どんな歌にしようかと心密やかにドキドキしておりました。
きゅん♪ …とするといいなぁと思いながら書きましたが、心に届いたのならば幸いです。
それではまたお会いいたしましょう。
朧月幻尉 拝
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