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■■聖なる雪の人■■

東圭真喜愛
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 草間・武彦は、知人からクリスマスパーティーの誘いを受け、零に留守を頼んで珍しく正装で、とある高級ホテルのパーティー会場に来ていた。なんでも、今日一日このホテル全部を貸切にしたらしい。
 立食パーティーのようなもので、広い会場の真ん中には大きなクリスマスツリーと、これまた大きなクリスマスケーキとが並べられてある。
「どうだ、武彦。楽しんでるか?」
 骨付き肉を食べていた武彦の肩を、ぽんと叩いたのは、彼の高校時代の同級生であり、このクリスマスパーティーを開いた金持ちの御曹司でもある、虹花季・生樹(にしがき・おぎ)だった。頭もよく体術にもそれなりに優れていて、おまけに顔もいい。ブランドものの紺色のスーツでビシッときめている彼は、性格にも問題点はない。素直に武彦は、この同級生が好きだった。
「ああ、楽しんでるよ。中々こういう食い物にありつけなくてなー。土産に零に包んでっていいか?」
「勿論、好きなだけ持たせるさ。そういえばお前は前から肉というと鳥のささみが大好物───」
 言いかけた生樹の言葉を奪ったのは、急な暗闇だった。武彦はこんな場面に慣れている。騒ぎ出す会場の中、サッと生樹の頭を掴んで自分と共に床に這い蹲らせた。
「な、なんだ一体これは」
「しっ」
 武彦が生樹を黙らせたのとほぼ同時に、会場のスピーカーから男の声が流れてきた。声色を変えているのはすぐに武彦には分かった。
『諸君。このイヴの日に、聖なる雪を降らせてやろう。そう、蠍の毒のように紅い雪を。このホテルからは諸君らは一切出ることはもう叶わない』
 バン、
 音がして、会場の一角がガラガラと崩れ、何人かが下敷きになった。小型爆弾だ、と武彦は判断する。
 悲鳴が更に大きくなる。
『無駄だとは思うが、会場・ホテル各所に仕掛けたこういう『罠』を解除してみせたら、私は顔を見せてやろう。まあ、パーティーの余興とでも思ってくれたまえ。但し、何らかの能力を使って『罠』を取り外すのを見つけ次第、即刻ホテルごと爆破の準備は出来ている。
 では、楽しき聖なる夜を』
 含み笑いの言葉を残し、プツリと声は途切れた。
(蠍の毒……? 罠っていうからには『仕掛け』は爆弾だけとは限らない、か)
 やや引っ掛かりを感じながらも、武彦は暗闇の中、生樹に目を向ける。
「───犯人に心当たりは?」
 短いその問いに、呆然としながら、生樹は答える。
「いや……そりゃ、俺の親父は汚いこともたくさんやってるし、恨みの線ならそれこそ数え上げたらキリがない」
「そうか」
 とにかく、あと数時間でイヴは終わる。つまりそれまでにこのふざけた「余興」を仕組んだ犯人を捕まえ、且つ「罠」とやらを全て能力なしで解除しなくてはならないということだ。
「解除するのは駄目でも、能力を使って探し出すのはもしかして可能、なのかもな」
 呟きながら、武彦は携帯電話を取り出して興信所の零に今現在の状況と、人集めの旨を伝え、更に「もし知り合いが既に会場にいるのなら、すぐに合流するよう其々に連絡を取ってくれ」と付け加えて切った。そして生樹に、
「可能な限り、お前にも助けを借りるぞ。せっかくのイヴだ。楽しくいこうじゃないか」
 武彦は少し挑戦的に、笑みを浮かべた。
■聖なる雪の人■

 草間・武彦は、知人からクリスマスパーティーの誘いを受け、零に留守を頼んで珍しく正装で、とある高級ホテルのパーティー会場に来ていた。なんでも、今日一日このホテル全部を貸切にしたらしい。
 立食パーティーのようなもので、広い会場の真ん中には大きなクリスマスツリーと、これまた大きなクリスマスケーキとが並べられてある。
「どうだ、武彦。楽しんでるか?」
 骨付き肉を食べていた武彦の肩を、ぽんと叩いたのは、彼の高校時代の同級生であり、このクリスマスパーティーを開いた金持ちの御曹司でもある、虹花季・生樹(にしがき・おぎ)だった。頭もよく体術にもそれなりに優れていて、おまけに顔もいい。ブランドものの紺色のスーツでビシッときめている彼は、性格にも問題点はない。素直に武彦は、この同級生が好きだった。
「ああ、楽しんでるよ。中々こういう食い物にありつけなくてなー。土産に零に包んでっていいか?」
「勿論、好きなだけ持たせるさ。そういえばお前は前から肉というと鳥のささみが大好物───」
 言いかけた生樹の言葉を奪ったのは、急な暗闇だった。武彦はこんな場面に慣れている。騒ぎ出す会場の中、サッと生樹の頭を掴んで自分と共に床に這い蹲らせた。
「な、なんだ一体これは」
「しっ」
 武彦が生樹を黙らせたのとほぼ同時に、会場のスピーカーから男の声が流れてきた。声色を変えているのはすぐに武彦には分かった。
『諸君。このイヴの日に、聖なる雪を降らせてやろう。そう、蠍の毒のように紅い雪を。このホテルからは諸君らは一切出ることはもう叶わない』
 バン、
 音がして、会場の一角がガラガラと崩れ、何人かが下敷きになった。小型爆弾だ、と武彦は判断する。
 悲鳴が更に大きくなる。
『無駄だとは思うが、会場・ホテル各所に仕掛けたこういう『罠』を解除してみせたら、私は顔を見せてやろう。まあ、パーティーの余興とでも思ってくれたまえ。但し、何らかの能力を使って『罠』を取り外すのを見つけ次第、即刻ホテルごと爆破の準備は出来ている。
 では、楽しき聖なる夜を』
 含み笑いの言葉を残し、プツリと声は途切れた。
(蠍の毒……? 罠っていうからには『仕掛け』は爆弾だけとは限らない、か)
 やや引っ掛かりを感じながらも、武彦は暗闇の中、生樹に目を向ける。
「───犯人に心当たりは?」
 短いその問いに、呆然としながら、生樹は答える。
「いや……そりゃ、俺の親父は汚いこともたくさんやってるし、恨みの線ならそれこそ数え上げたらキリがない」
「そうか」
 とにかく、あと数時間でイヴは終わる。つまりそれまでにこのふざけた「余興」を仕組んだ犯人を捕まえ、且つ「罠」とやらを全て能力なしで解除しなくてはならないということだ。
「解除するのは駄目でも、能力を使って探し出すのはもしかして可能、なのかもな」
 呟きながら、武彦は携帯電話を取り出して興信所の零に今現在の状況と、人集めの旨を伝え、更に「もし知り合いが既に会場にいるのなら、すぐに合流するよう其々に連絡を取ってくれ」と付け加えて切った。そして生樹に、
「可能な限り、お前にも助けを借りるぞ。せっかくのイヴだ。楽しくいこうじゃないか」
 武彦は少し挑戦的に、笑みを浮かべた。



■蠍毒の紅い雪───阻止班B・日和&桜&シオン■

(そんなの気が進まないって言ってたのに)
 家族の代理で、このパーティーに来させられてしまっていた初瀬・日和(はつせ・ひより)は、暗がりの中、小さくため息をつく。イヴは悠宇に誘われていた花火大会のほうに行きたかったのに───そんな日和は、先程爆発した壁の一番近くにいた。
「大丈夫ですか!? どなたかこの中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」
 聞き覚えのある声がすぐ近くで、した。
 顔を上げ、目を凝らすと、ボーイ姿のシオン・レ・ハイがいる。彼も自分に気付いた。
「あ、日和さんじゃないですか。怪我はないですか?」
「ギリギリで大丈夫だったみたい。シオンさんは、バイト?」
「ええ。丁度ホテルの従業員に欠員が出たので、給料もいいし───」
 そんな二人を、わいわいと騒ぐ会場の中、見つけたのは、草間武彦に逸早く合流した緋井路・桜(ひいろ・さくら)だった。振袖を着ている彼女は、招待された祖父に同行していたのだが、持っていた巾着に入れていた携帯から連絡を受け、「……おじい様、桜……仕事、してくる……」彼女特有のその言い方で祖父に断りを入れてから、ちょうどシュライン・エマが壁に向かうのと入れ違いに武彦の元に来たのだった。
「ああ、初瀬とシオンも来てるらしいな、零からの連絡で聞いた。それと、俺と一緒にシュラインも来てる」
 武彦は桜から聞くまでもなく、知っていた。桜は、
「じゃ……桜、探してくる……罠……」
 しずしずといった風に、会場の出口へ向かう桜を見て武彦は慌てたが、すぐに、こちらも桜を見つけていたのだろう、シオンと日和が追うのを見てとりあえずは任せよう、とネクタイを締め直したのだった。



 シオンは桜を追いかける前に、一度戻って武彦に、救急車の要請と自分が今把握した負傷者の人数、会場内の状況をとりあえず報告してきていた。
「えと、桜……さん? 待って」
 以前彼女と依頼で一緒になったことのあるシオンから名前を聞いた日和は、この振袖の小さな女の子を放っておけなかった。会場を出たところでようやくシオンと共に追いつく。
「一緒に行動しましょう。桜さんはどこに行こうとしていたの?」
 聞くと、袖部分を帯にはさみ、誰から借りたのか紐を借りて動きやすいように袖を押さえていた桜は日和を見上げ、
「……ホテルの、共通部分、なら……植物がある、から……」
 普段ないものがあったか、おかしな動きの人物がいなかったか「聞いてみる」、とのとつとつとした彼女特有のその言葉に、日和とシオンは同時に聞いていた。
「「聞いてみる?」」
「桜には……そのくらいの能力、しか……ないから……」
 なるほど能力か、と納得がいき、日和も自分の考えを言った。
「借り切ったホテルに『罠』を気付かれずにしかけるのは簡単じゃないと思うの。能力者の存在を想定したようなあの声明もどうもおかしいと思って」
「あ、その点なんですけど」
 シオンが口を挟む。
「能力者を想定したあの声明───『見つけ次第』と言っていたので犯人は能力者か監視カメラが設置されているか、お客として紛れている可能性もあるかもしれません」
 なるほど、と日和は思う。
「それなら納得がいくけれど……これ自体が引っ掛けの余興なのかもしれないけれど、そうでない場合も想定して罠は探しておくべきでしょうね。罠は出会い頭などに仕掛けると効果が大きいから、私なら部屋の出入り口や通路の曲がり角等に仕掛けます。そういった所を重点的に探してみましょうか。遠隔操作で起動させるというなら、電装品を壊せば動かなくなる筈ですし、水をかけるとかして無力化できるのではないかと思います」
 見かけより意外としっかりしている。シオンは新しい「日和」を発見したようで、ちょっと目をぱちくりさせた。そしてすぐに桜の視線に気付き、一刻を争う時だと気持ちを締め直して自分の意見を言う。
「生憎と懐中電灯はなかったので、蝋燭を集めてきました。安全な場所の確保のために皆さんに合流する前に、会場内に罠がないか探して安全を確認できた場所に人を出来るだけ誘導してきましたし、まずあそこは大丈夫だと思います。ほかは、エレベーターの中等も調べたいです。あと───放送室に行って犯人に逆に呼びかけてみたいですね。何か要求があるのか、もし復讐だとしたら、何故関係のない人達も巻き込むのか」
 クリスマスツリー等も調べてきましたが、特に異常はありませんでした、と締めくくる。
「じゃ、順番に行きましょう。丁度出入り口だし、ここから通路の曲がり角に向けて探してみてもいいでしょうか?」
 日和が尋ね、桜とシオンが頷くと、三人は慎重に「罠」の捜索を始めた。



「ないですね」
 エレベーターの中まで探し終えたシオンが、ふうっとため息をつく。
「……エレベーターまで止まってるなんて」
 日和は意外そうに唇を噛んだ。多分、ホテル内の電気機関は全て止められていると考えていい。
「だとしたら、罠はなんなのでしょう」
 それか。
「……シオンさんの……『能力者かもしれない』、っていうの……案外、あたってるかも、ね……」
 桜が言い、今度は玄関まで階段を使って降りて、桜のやり方に頼ることにした。
 こうなっては、植物から情報を得られるという桜が一番の頼みの綱だ。
 玄関の植物からは、「見慣れないものは持ち込まれていない」などの情報が。
 上のフロア、放送室の近くで、植物があったのでまた三人は足を止めた。
「桜さん、お願いします」
 日和は、相手が小さな女の子だからと、所謂「子供扱い」をするのは失礼だと感じて、対等の態度を取っていた。なんとなく、桜の瞳や雰囲気を見ていると、そんな気になるのだ。
 桜が植物と向かい合い、「情報」を貰い始める。
 彼女の瞳が植物とのシンクロ時に黒から青色に変化することにはもう慣れたが、視界情報まで途切れるとは日和もシオンも知らなかった。
 ───だから、対応が遅れたと言ってもいい。
「爆破した場所を蠍が刺した場所とするとそこから毒が広がるように罠が仕掛けてあるのでしょうか……」
 ぽつり、呟いたシオンのその言葉を合図にしたかのように、どこからか水音が聞こえてきた。
「スプリンクラー……?」
 日和が眉をひそめる。
「にしては、音が大きすぎませんか」
 と、桜と日和を後ろにかばうように、シオン。
 途端、すぐ傍の階段から、ザバァッと大量の水が流れてきた。
「「!」」
 シンクロがまだとけない桜が動けないのを見て、すかさずシオンが彼女を抱き抱える。日和と共に走り出そうとして、この階いっぱいに水が既に自分の腿にまで達しているのに気がついた。
「やはり、能力者のようですね」
「シオンさん、上の階へ逃げましょう!」
 桜を抱いたシオン、そして日和は、水浸しになりながら階段を急いで駆け上がる。水はどこまでも追ってくる。悠宇達は大丈夫だろうか。携帯をかけようとして、放送室に駆け込み入った日和は、ぎゅっと携帯を取り出した手を握る。
「どうして……? さっきまで通じてたのに、急に圏外なんて───」
「放送室……ここから犯人は会場に声明を出したんですよね」
 シオンは呟き、ふと桜が身じろぎしたので見下ろした。
「……、これ、……全部……しくまれて、た……こころ、純粋な、ひと……」
 あまりにたくさんの情報、そして衝撃的な情報を受けたのだろう。桜は震え、声も掠れていた。
「桜さん、無理に喋らないで」
 日和がそっと桜の頭を抱き抱える。桜を日和に預けたシオンは、暗闇に慣れてきたのと元からの視力がいいのもあり、放送室のデスクの上に「それ」を見つけ、用心深く近付いていった。
 それは、小さなサンタの人形。透明で、中にキラキラと偽者の雪が降っている。シオンがそれを手に取ろうとした時、三人は「どこか」から、
『チェックメイト───屋上に来たまえ。君達の勝ちだ。真実を教え、解放してやろう』
 と、一番最初に聞いた同じ声がするのを聞いた。
 サンタの人形を取り上げたシオンと、ようやく動けるようになった桜を支えながら日和は、駆け出した───屋上に向けて。



■聖なる雪の人■

 会場にいた人々も皆、集まっていた。草間武彦、それに虹花季・生樹、シュライン、悠宇、日和、シオン、桜も屋上に。
 彼らから間を置いて、車椅子に座っていたその男は、徐に顔を上げた───全員の表情が、驚きのものになる。
 それは、武彦が支えているはずの、虹花季・生樹その人だったのだ。
「これは───どういうことだ」
 武彦が呆然としたように言うと、悠宇が持っていた赤い縁取りのビデオテープをサッと天に向ける。
「見せてもらった、虹花季さん。あんたの真相」
 えっと彼を見る、日和。桜は、支えようとするシオンの手をやわらかく振り解き、震える足で生樹の元へ行こうとする。
 シュラインが、言った。
「このビデオ、あなたのお父様の───あなたに施した、『実験経過報告』ね」
 生樹の瞳がふと、シオンの持っているサンタの人形に注がれる。そして、ふっと瞳を伏せた。
 ビデオに収納されていた情報。桜が得た情報。それは。


 ───虹花季・生樹は、「エスパーとしての全ての種類の能力を持った」エスパー。
 武彦を知っていたため、能力者が来ることを想定していた。
 彼は幼い頃……そう、ほんのまだ5歳位の時、子供向けのエスパーの本を読み、無邪気に、「イヴには全部の種類の能力を持ったエスパーになりたい」と笑いながら父親に言った。
 父親は、パッと見では分からなかったものの、過労により既に「おかしかった」。あえて言うのならば、「哀しき狂い人」だったのだろう。だが、一人息子の生樹には優しかった。例え、狂っていても。優しかったのだ。
 生樹はそれからというもの、意味も分からないまま父親の持つ最高の医療機関とESP研究所とを行き来させられ、このイヴのパーティーのつい一週間前に「その願いを叶えられた」。つまり、突如「究極のエスパー」となってしまったのである。
 そのままならば、良かったのだろう。だが。
 あまりに強大な力に身体がついていかず、急速に衰えていった───力の使用不使用を問わず。
 父親も既に急死していたため父親を憎むこともできず。
 ───そんな時。
 高校時代、草間武彦という友人と雪遊びをして「こんな風な真っ白な雪のような心になりたい」と思ったことを思い出した。
 このままでは、自分は父のように狂ってしまうだろう。力を知らず使って人を殺してしまうかもしれない。ならば、その前に。
 武彦を先頭に「犯人として見つけられ、出来るだけ人から憎まれるように」この「余興」を思いついた。やはり優しいがために、軽い打撲やかすり傷程度しか負わせられなかったが───。


「皆、『ちゃんと』憎んでくれたかな?」
 どこか縋るような瞳の生樹に、誰も一言も口が利けなかった。
 確かに、こんな「余興」を仕組んだことは身勝手だ。だが、そんな事情があって誰が憎めよう。
「ああ」
 ふと、武彦が言った。今まで支えていた、生樹が自分で作った「クローン」を更に抱きしめるようにして。
「恨むぜ、生樹。
 なんで、こんなことをする前に俺に相談しなかった?」
 武彦の懐の大きさに、今更ながらシュラインも悠宇も、日和もシオンも、涙が出そうになった。
「生樹、は……」
 ふと、生樹の近くまで寄ろうとひとり、まだおぼつかない足取りで歩いていた桜が、尋ねる。
「自分のせい、……? それとも、……お父さんの、せい……? どっち……?」
 どっちの「せい」だと思ってる……?
 生樹は優しい瞳で彼女を見つめた。
「自分のせいだよ」
 ───それなら、と桜はかすれた声で続ける。日和がたまらず走っていこうとするのを、悠宇が止めた。
「それ、でも……抜け出そうと、足掻かないの……? ……桜は、まだ、抜け出せない。……けど、足掻いてる、から……」
 生樹の瞳が、僅かに潤んだようだった。ゆっくり立ち上がる自分の足に、ぽすんと桜がぶつかる。老人のような老化した足だと、桜には分かった。それでも、気持ち悪いなんて思わなかった。
「誰も憎みません」
 シオンが、持っていたサンタの人形を見下ろす。
「誰もあなたを憎みません!」
 サンタの人形。そこに小さくマジックで書かれている、父親へのクリスマスプレゼントだと分かる、幼い生樹の字。
 ───あいするパパへ はっぴーめりークリスマス!───
 武彦の傍にいたシュラインが、彼が未だ支えている「クローン」の変化に気付く。何かの予感に駆られて、ハッと生樹を見た。
「駄目よ!」
「───ありがとう」
 シュラインの声と、生樹の涙の滲んだ声は、ほぼ同時だった。
「皆──とても、優しいから」
 だから───クリスマス・プレゼントを。
 最高の、クリスマス・プレゼントを───。
「……!」
 生樹が優しく強く、桜を突き飛ばした。
 シオンが彼女を受け止めるのを見届けたように、「待て!」と叫ぶ武彦の声を脳に最期に妬き付けるかのようにぎゅっと瞳を閉じ───天を見上げ───左手に持っていた、「スイッチを押した」。
 悠宇は日和の頭を咄嗟に抱き抱え、武彦はシュラインを抱きしめ、シオンもまた、桜の視界から「自爆した生樹」を隠すように強く抱きしめた。
「……雪……」
 桜の小さな声に、其々に瞳を開ける。
 そこには、まるで生樹のそれを合図にしたかのように、ちらほらと雪が降り始めている。
「唄が聴こえるわ」
 武彦が片腕で支えている「クローン」も粉雪になっていくのを見ながら、ぎゅっと瞳を閉じながら、彼の胸の中で、シュライン。
「生樹、は……さいご、しぬと同時……しかけして、あった……」
 桜が、抑揚のない未だ掠れる声で、言う。
「しかけ?」
 泣く日和の頭を撫でながら、悠宇が優しく尋ねる。
 こくりと頷き、桜は植物達から得た最後の情報を、やっと伝えることができた。
「生樹、じぶんしんだとき……できるだけおおくのひとが、おもってる願い事……かなうように、生樹のチカラ、なってた……生樹は、雪になりたかった……」
 そういえば、と悠宇とシュラインはビデオのはじめを思い出す。
「ビデオの最初のほう───虹花季さん、お父様に言っていたわ。もし自分が死ぬその時には、出来るだけ多くの人達がその時持っていた願い事を叶える力もほしいって」
 パァーン……
 悠宇と日和の真上に、大輪の花のように花火が咲く。
「本当に、優しい」
 シオンが涙を堪えながら、言った。
「雪のように真っ白な、純粋な人ですね───」
 本当に、唄が聴こえる。これは、昔の生樹が唄っているのだろうか。生樹の雪が、皆に聞かせているのだろうか。
 雪なのに、オリオン座が見える。世界中の子供達の笑顔が、雪を喜ぶ子供達の笑顔が見える気がする。


 きよし このよる ほしは ひかり……

 すくいの みこは みははの むねに……

 ねむりたもう ゆめやすく……


 ようやくホテルに入れた零と武彦、そしてシュラインは合流し、そっとその唄を聞きながら、残り少ない暖かなイヴを迎えるために興信所に戻っていった。
 悠宇と日和は、ホテルの屋上で、静かに、これ以上にないほど美しい花火を見上げ。
 シオンは桜と、空から降る雪の中に見えるような子供達の、皆の笑顔を胸にとどめた。
 虹花季・生樹に関する赤い縁取りのビデオテープは、武彦の手で処分された。サンタの人形は、後に建てられた生樹の墓に共に入れられた。


 ───メリークリスマス、パパ。
 ───どんなパパでも、ぼくはすきだよ。
 ───メリークリスマス!───





《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
1233/緋井路・桜 (ひいろ・さくら)/女性/11歳/学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、ちょっとシリアスな話を、そして「雪のように純粋な人」というものを書いてみたくて、このようなノベルになりました。「蠍の毒〜」というくだりだけ不明なままになっていると思いますがこれは、虹花季・生樹が徐々に「蝕まれていった」ことを比喩して書いたものでした。雪に散り人々の願いをかなえる、というものを書いてみたかったので、イヴを狙ってみましたが、哀しいものとなってしまい、ある意味申し訳なかったかな、と───後日、何か思いついたら、今度はほのぼのか微コメディ的なイヴネタをと考えております。
また、今回は最初から2班に分かれて行動して頂きましたので、もう1班のほうもご覧頂かないと分からない部分もあると思います。是非、どうぞお暇なときにでも。

■初瀬・日和様:連続のご参加、有り難うございますv 電気系統を停止という案と、能力者を想定した声明という鋭い点では脱帽しました。結果的に水には濡れてしまうし哀しい終わり方をしてしまったのですが、日和さんとしてはこんな時だからこそ泣かないのかな、とも思いました。
■羽角・悠宇様:連続のご参加、有り難うございますv 唯一外からの侵入、ということでしたが、ここだけの話、生樹は「究極のエスパー」ということなので全部「見えて」いたわけなのですが、それでも非常階段というのは実はわたしの盲点でした(単にその存在を忘れていただけだったり(爆))。日和さんの「偽者」については、悠宇さんなら絶対「ああ」だろうなと思いましたが、如何なものでしょう。
■緋井路・桜様:連続のご参加、有難うございますv 桜さんが今回一番「情報が分かった=一番感応を受けてしまった」感じで、ちょっと今後の桜さんの人生に影響が出ないか心配です;(一番犯人=生樹と「接触」していましたし)日和さん同様せっかくの振袖が濡れてしまいましたし、すみません; イヴのお願い事が書いておりませんでしたので、シオンさんと「笑顔を見る」感じになりましたが、如何でしたでしょうか?
■シュライン・エマ様:連続のご参加、有り難うございますv 蠍の毒について神経毒、と突っ込んできてくださったのは嬉しかったです。ある意味生樹本人のことですので……。それと、生樹本人をまず疑ってくださったのをうまく生かせなかったのがかなり残念なところです。やはりもう少しこの手のものは勉強して精進しなければな、と思いました。イヴのお願い事が意外に家庭的(?)なものだったので、ある意味なるほど、と納得しました(笑)。
■シオン・レ・ハイ様:連続のご参加、有難うございますv 犯人は能力者、という点と、会場の全員の安全確保など、やる時はやる人なんだなというのが素直な感想です(あ、この言い方だとある意味失礼かもですが、そういう意味ではありませんので;)。今回は生樹の昔の「父親」へのクリスマスプレゼントの第一発見者として、色々な感慨を持たれたかと思いますが、如何でしたでしょうか?

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。生樹の行動は確かに身勝手ではありましたが、武彦に言えないほど優しく、また、それほどまでに追い詰められていたことを少しでも分かって彼の優しさというのも理解して頂けたら、更に更にこの上なく幸せです。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆