■『BLUE』〜美佐、最期の章■
唄 |
【3268】【有佐・ユウシ】【警備員】 |
重い木材で作られた店のドアがいつもの軽快なリズムから、非常に重い、嫌な気持ちのする音を立てて閉められる。
それは、今しがた娘である優菜という少女の母親であり、このバー『BLUE』の副店長が、彼女のその大切な娘怪我の為、早退した時の音だった。
「なぁ、今日、もう閉めへん?」
客もまばらになってしまった店内、いつも笑顔を絶やさない筈の店長、暁遊里の一言で、店員である妃のグラスを洗う手が止まった。
「…お嬢さんの容態を見に行かれただけでしょう。 心配は…不要ですよ」
美佐がここを出て行った時、この長髪美形、誰でも一度は女性と間違ってしまうような風貌の店員、萩月妃も何か不安をかかえたような面持ちをしていた筈だというのに、
「ええやん。 もう閉めよ? せっちゃんもええよな?」
既にクールな仮面に覆われてしまった妃の了承を得ず、カウンターにいる常連客、切夜に暁は問う。
「通り魔事件…いや、最近では猟奇事件とも言うね。 私なら構わないから、…どうせこれから仕事もある事だし」
新聞記者、と名乗った切夜はこの辺りの情報にとても詳しい。
いつも少し皺のよったこげ茶色のコートに身を包み、微笑んでいるようにしか見えない、切れ長を通り越した瞳は薄く開き、記者としてか、はたまた自分の趣味なのか、調べた事件の詳細が書いてある黒い手帳をパラパラとめくっている。
通り魔事件、というのも暫く前に起こった出来事だが、最近ではその手口があまりにも猟奇的かつ、残忍で、頻繁に犠牲者が後を絶たない為、猟奇連続殺人事件とも名高くなってしまった。
そうやって、常連客で残っている者の全てに今日は閉店。という言葉を告げた暁は、
「ほら、妃ちゃんもええで、帰りぃ…」
一人残った後片付けをしながら、振り向きもせずに萩月に言う。
「……わかりました。 今日は私も早退させていただきます」
背を向けたままの暁に一礼をすると、早々と帰り支度をし始める。
「なんや、嫌な予感がすんねん…」
暁の言葉が重く、そして静かに店内に響いた。
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BLUE』〜美佐、最期の章
■ カウンター奥二番目(オープニング)
「あら、有佐君。 お久しぶりじゃない?」
蜘蛛の巣のように広がる路地。その迷路のような一角にそのバーは存在する。
有佐ユウシは二十歳になる少し前、その落ち着いた物腰から成人していると間違えられ、店長の暁遊里に店へ連れられたのがきっかけでこの『BLUE』という店に出入りするようになった。
「美佐さんも、お久しぶりです」
迷わずバーの奥へ進み、座ったのはカウンター奥から二番目の席だ。
「今日のオーダーはカクテル? それとも私お勧めの紅茶かな?」
「切夜君。 お客様に紅茶は勧めない事、ここはバーよ?」
隣に座るのはいつも茶色いトレンチコートの常連客、切夜と決まっている。
「美佐さんのお勧めで。 切夜さん、新しい情報でも?」
ユウシが初めて来店した時から切夜という常連客はカウンター奥の席を陣取ってい、黒い手帳をぱらぱらとめくっていた。
金銭的問題であまりこの店に来る事が出来ないユウシであったが、それなりに常連と言ってもいい頃になってくると流石にいつも座る彼の手帳が気になり、その隣に座っては中を覗き見ると意外にすんなり中を見せてもらうことができ、同時にその気になっていた手帳が記者という職についている人物の走り書きが書かれている物という事と、その職に興味を惹かれたユウシの指定席が切夜の隣。カウンター奥二番目の席になったのである。
「ああ、でも有佐さん、最近…いや君がこの手帳を見る前から知っていると思うけど…」
「猟奇事件、ですか?」
何度も見せてもらった手帳には、実際あまり役に立ちそうに無い記事が並んでいたが最近よくテレビやマスコミで取り上げられている変死事件が書いてあった。
それを、切夜はユウシがこの店に来る前から知っていたらしく彼が何度か手帳を見る度にその記事は増え、不気味さを増していく。
「そんな物騒な話はしないの。 はい、有佐君私のお勧めよ」
切夜の仕事の話を聞くのは悪く無い。だが、急に置かれたカクテルと美佐の苦笑にユウシは暫く頭の中だけで事件について気になる事柄を巡らせると、この店の名前に相応しいスカイブルーの色が店内の照明に晴天の如く煌く味を堪能した。
「店長! また遊びに出かけていらしたのですか!?」
「あー、妃ちゃんお小言は無しやで…。 お、ユウシちゃんやない!?」
店員である萩月妃の怒鳴り声と共に、ガラガラと店の扉につけられた、銅の鈴が鳴り響くとユウシを始めてここに連れてきた人物が顔を出す。
初めて暁に名前を呼ばれた時はユウシの名前の初めが「ユウ」である事で店長は自分と同じあだ名になりそうだと余計な事で悩んだようだが、今は「ユウシちゃん」で定着しているらしい。
ユウシ自身はそれ程気にもしていなかったが、矢張りある程度店に通っているという事実はここにいる人物全員に名前と顔を覚えられているという事なので仕方が無いだろう。
■ ロック(エピソード)
そもそも、猟奇事件としてその殺人事件のような変死体が出るようになったのは切夜曰く、メディアという物に取り上げられる何年も前だったらしい。
何故そこまで知っていながら記事にしないのかと、ユウシは切夜に問うたが結局少ない情報とは信憑性が無いものとしてしか扱ってはくれないのだと、長い尻尾のような髪を揺らせながら苦笑していた。
「なぁ、おい。 有佐、聞いてるのかよ?」
「あ、ああ。 まぁな…」
大学に入って四年。コンビニでバイトを始めてからもう一年は経とうとしている。
『BLUE』に通うよりは短い期間だが、バイト先の人間はよくユウシに話しかけてきたし、バイト先という事もあり彼もそれなりには返答していた。
「…聞いてなかったろ?」
「…ああ」
白状するしかない。
猟奇事件の話がメディアで取り上げられる頃には、同僚達もそれを気にし、シフトで夜勤などと店長に宣言された日には蒼白になる者も居たくらいなのだから。
「お前、今日夜勤だろ? 気をつけろよ」
本当にそう思っているかもわからない同僚の言葉でユウシはコンビニ内を見回す。
夜のシフトというのは客の出入りが少ない為大抵一人で店の番をし、短くて三時間長くても四時間店内に留まらなくてはならない。
「先輩が来るのは…っと、六時か。 それまで持ちこたえてろよ」
何に持ちこたえろと言うのだろう。そう言ってユウシと同年代の店員はようやく終わったバイトに長い欠伸と伸びをしながら帰路についた。
(猟奇事件…か…)
『BLUE』のある蜘蛛路地近くにあるコンビニは、いつも少し薄暗い。
その為か、何度夜勤をこなそうとも多少何かに怯えるような、恐怖感という物は拭えず出来る事ならそのメディアでもなんでもが犯人を突き止めて欲しいとも思った。
「弁当のチェック、しないとな」
時間が経つのは早く、次の店員が来るまでに賞味期限のある物のチェックを済ませなければならない。
ユウシはサンドイッチやらおにぎりの並ぶコーナーから、賞味期限が切れると思われる物を抜き取ると店の裏へ一時置き、チェックカードに印を付けていく。
そうしている間にも、背後に感じる気配のようなもの。そして、気味の悪い静けさがユウシの五感を痺れさせている。
「し…ユウシ!」
「っ!」
バシリ。そんな音を立ててユウシは自分の肩に置かれた先輩店員の手を振り払う。
勿論、それが次のシフトの人間である事はわかっていたが、身体に伝わるこの気味の悪さ、そして何よりいきなり触れられる事のちょっとした嫌悪で置かれた手を叩いてしまった。
「っつたく、何するんだ」
「…すみません」
古武術を身につけているユウシが腕を上げれば普通の人間の何倍かは痛みを感じるだろう。例えそれが手加減してあったとしても、成人男性の力というものはそれ程弱くは無い。
「ま、いいか。 六時だぞ、交代、こーたい。 お疲れさん」
自分も夜勤に選ばれてしまったのが嫌なのだろう、先輩店員はユウシを振り返る事もせずに店の裏で制服に着替えるとレジに立った。
「お先に失礼します」
「おう、気をつけて帰れ」
帰り際、ユウシも私服に着替えレジに立つ先輩に一礼すると、彼が帰路につくと思ったのか、はたまた最近の事件をあんじてか、軽く手を振りながら送り出してくれる。
(まだ六時…店は開いているな…)
数週間前に行ったばかりだが、今月は金銭に少しだけ余裕がある。
あまり営業時間が決まっていないような店だが、バーという事もあり夜に差し掛かったこの時間ならば開いているだろうと、帰路とは逆の方向。通称蜘蛛路地に向かってユウシは足を進めた。
ギリギリとアスファルトに散らばったゴミを踏む音が不気味な中、元々近い道にある『BLUE』が見えるのもすぐの事で、ひらひらと蝶のように舞う明りが見えると心なしかほっとした様にオレンジ色の照明が零れるドアに手をかける。
「…ユウシちゃん?」
が、開いている筈のバーに客は切夜しかおらず、
「暁さん、美佐さんは? …妃さんまで何処に?」
いつもより重く聞こえる鈴の音が殆ど空っぽになってしまった店内に木霊の如く響く。
「美佐さんはちょっと用があってん、早う店閉めてもうた…すまんな」
暁の言葉通り、店内を見回せば足早に帰らせたのか他の客の飲み残しなどが乱雑に放っておいたままとなっている。
「切夜さんはこれから…?」
「私は仕事で出るよ。 有佐さんもなんなら一緒に出ようか? 今日は店仕舞いだし…ね?」
いつもどこでも羽織っているような茶色のトレンチの前を閉めると、切夜はユウシの言葉を待たず暁に軽く手を振っただけで店を後にした。
「また来てや、ユウシちゃんも、せっちゃんも」
声に張りが無かったが、暁の声が二人を見送り寒空の下に出るとすぐさま、切夜は手帳を取り出し何かを書き出しているようで、
「お仕事、至急の物ですか?」
ユウシはそのあまりにも早い筆の走りに、何か新しい記事のネタが出来たのだろうかと首をかしげる。
「ん、ちょっとね。 これから色々歩かなくちゃいけなくて…それのコースの書き出しかな」
ある程度まわる所を決めないと効率が悪いから、と、切夜は手帳に走らせるペンを止めずに話す。
「コースですか」
真剣に手帳と向き合う切夜を尻目に、ユウシは時計を眺める。
まだ午後六時半を過ぎた頃。大学に通ってはいるが勉強をしようと帰るのにも早く、明日はそもそもバイトが休みという事もありかなりの暇を持て余していた。
何より、折角飲みに来た筈が店仕舞いで、寒空の中立ったままでは目が冴えて仕方が無い。
「手伝える事があれば、手伝います」
「え?」
書く事に夢中になっていたのか、ユウシの言葉に間の抜けたような返事をした切夜は暫しその意味を考え、
「いいの? 懐中電灯も持ち合わせて無いし、路地の見回りに近い事だけど…」
つまりは暗い夜道を猟奇事件の噂が飛び交う中、歩く羽目になるのだと再度ユウシの漆黒が宿った瞳を見据えた。
「ええ、どうせ予定という予定もありません」
ユウシは簡潔にそれだけを伝えたが、この暗い路地の中、バイト先でも気味の悪さが伝わったというのにその更に上を行く事を手伝うと言ってしまったのだから、好奇心か、或いは自分自身の人の良さに心の中で苦笑する。
「そっか…」
切夜はユウシの言葉を聞き、なにやら思考を巡らせているようで、また手帳に何かを書き記すと思い切りそのページを破り、目の前の青年に手渡した。
「地図、ですね」
「そ、ここの路地一体の地図の一部なんだけど、有佐さんはその紙についてる×印の所をまわってくれないかな? 私は他の場所をまわってみるから」
ユウシに渡された地図は比較的『BLUE』近くに面した路地だ。
「もしかしたら美佐さんにも会えるかもしれないし、よろしく頼むよ」
「わかりました」
切夜は予備に持っているのか、もう一つのペンをユウシに渡すとこれで何か目ぼしい物を見つけたら要点だけでも書き記して欲しいと後を去る。
暗闇の中、ユウシの姿は闇に溶け込み一つの夜となって裏路地と一体化していた。
黒いジーンズ、それに似たジャケットと短いが時折風にさらわれる黒髪はコンクリート詰めの路地には殆ど目立つ所は無く、肌が出ている顔や手だけがある意味奇妙に引き立つ。
(意外と静かなんだな…)
裏路地という場所から、もっと気性の荒い人間がたむろしていると思っていたのだが、矢張り最近の事件のせいだろうか、行く場所行く場所、あるのはゴミの山とそれが崩れる音だけである。
「ここも何も無い。 と…」
切夜に手渡された手帳の切れ端を見ては印のある場所を塗りつぶしていく。どうして彼はこんな身近な場所しか目星をつけなかったのだろうと、ユウシは不思議に思いながらも次のポイントに足を向ける。
印のある場所の大抵が細く、しかし近くに曲がり角のある場所ばかりなのだ。
(? …ゴミ? いや、人かな…)
ポイント近く、それは暗い中大きな塊のように地べたで丸くなっている。明りが無いせいか、ユウシは最初ただ放置されただけのゴミ袋と勘違いをしそうになったが良く見れば明らかに何かが違う。
「誰だ…?」
そして何より、近くにはサイズの合わない男物らしき服を着た異常に髪の長い人間が立っているのだから、これが異常ではなくて何だというのだろうか。
「…」
「っ…!?」
ほんの一瞬、その髪の長い人間の奥に潜む青く光る瞳とユウシの視線が交差した。
言葉は交わさなかったが、伝わる、相手の殺意に似た執念。暗いという事を忘れてしまいそうな強い思念はユウシの心に突き刺さるがどうやら彼をどうにかしようとしているわけでは無いらしく、その視線の交差した一瞬、それだけの意思疎通でその人物はまるで空高く舞い上がる鴉のように飛び跳ねると、ビルの境界線をものともせずに逃げていく。
「今のは…人間…」
そうではないと、頭脳は警告を鳴らしている。
「!? 美佐さん……」
警告通りならば、先程ゴミと間違えられるような塊はよく知った、『BLUE』の副店長朱居美佐その人では無いだろうかと、たった数メートルという距離だというのに何キロも走ったような心音を感じながらその塊に駆け寄った。
倒れている人物。赤子が寝るその格好のように身を丸め、顔には恐怖すら浮かべては居ない。まるで聖女のような、安心して永眠についた壮年の女性。
「凍ってる…」
どうしてだろう、今しがたユウシの出合った人物がこの異常な行動に出た犯人だとしたならば、確実に美佐は悲鳴を上げ、近くを巡回していた彼の助けを呼べただろうに。
横たわる彼女の身体はただ微笑んだような、一種の彫刻のように眠りについていた。
「警察を…!」
暫し、自分の目の前の情景にあっけに取られてしまったユウシはジャケットに常備した携帯電話をまさぐる。手遅れなのはこの状態を見れば明らかで、助けたいと思う反面それが叶わぬ事だと既に理解していたのかもしれない、すぐさま取り出した携帯の番号を押す指は医療機関ではなく、警察機関への番号を押そうと動き、
「有佐さん!」
携帯を持った手がふいに掴まれ、見上げれば切夜が険しい表情でユウシの腕を掴んでいる。
「切夜さん…。 今、警察に……」
警察に連絡を、という言葉を遮って、切夜はただ首を振るだけだった。
「確かに、こうなっているからには警察に知らせるのは道理だよ。 だけれど有佐さん、君も常人より優れた能力があるよね?」
切夜の言う優れた。というのは、多分古武術の事を指すのだろう。だが、いくらそれが神道に通じていようとも、人外に対して有効であろうとも、知り合いの美佐にこんな仕打ちをする筈は無い。
「酷いようだけれど、放って置いた方がいい。 有佐さんもわかるだろう? 第一発見者が多少なりとも力のある人間なら…最近の警察も給料取っているだけあって動きが早いから…いいね?」
それは、一人の聖女の死を見捨てたかのような、そんな出来事だった。
ただ、ユウシの帰宅まで付き添って歩いた切夜はそれがこのメディアという世界であると、それだけを口にし、
「もし、この事件に心を奪われてしまったならいつでも私の所においで。 ただ一つ、引き際だけは私より上手くなって欲しい」
君は私より優れているから。と、茶色い前髪から覗く紫の瞳は言っていた。
次の日、新聞の一面に載った記事には何の真実も載りはしなかった。ただ、その現場に居たユウシや亡き美佐、そしてあの奇妙な人物だけが真実を心の中に留め、ユウシはその記憶の一つがいつか開く事を思いながら静かにその錠を下ろしたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3268 / 有佐・ユウシ / 男性 / 26歳 / 警備員】
(ゲームノベル設定上、上記から年齢を3年マイナス23歳/バイト+大学4年生)
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■ ライター通信 ■
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有佐・ユウシ 様
始めまして、万年新人ライターの唄と申します。
この度はご発注有難う御座いました。
今回、三年前の出来事や設定を盛り込みたく、こんな形になってしまいましたが如何でしたでしょうか?
通り魔との戦闘も考えましたが、美佐の不思議な態度やメディアという真実と矛盾を兼ね備えた場所を利用する事により死亡時の状態やその時側に居た何かを見つけるという事となりました。
もし、またこのシリーズでお会いできましたならこの真実を元に次へ進んで頂いても可能ですし、友情等は男女問わず、ストーリーが進むにつれユウシ様が仲良くなった、関わった、そしてこれからも関わっていきたいと思うNPCに誰と友情(恋愛どちらも性別問わず)というプレイングをかけてくださっても可能です。
それでは、少しでも楽しんで頂ける事を祈りつつ、こうした方が良い等、何か御座いましたらレターにて頂けると幸いです。
誤字・脱字等御座いましたら申し訳御座いません。
また、お会い出来る事を切に願って。
唄 拝
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