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■導魂師:殺された霊■

深紅蒼
【3626】【冷泉院・蓮生】【少年】
 TVや新聞には毎日殺人事件が報じられる。それは全体のほんの一部でしかない。日々殺されて霊になった者は量産されている。その重すぎる無念を抱えて次の生へ以降しきれない者達を導くのが今回の『するべき事』だ。

 待ち合わせの喫茶店に現れたのは、あのアブナイ格好をしたガタイのいい男だった。長い黒いコートの中は露出の多いタンクトップだけで裸同然だ。堅気の人間なら間違っても同席したくない部類の男だろう。店に入って15分は経っているがまだ誰もオーダーを聞きに来ない。
「これ、結構たまってるんだよねぇ」
 男は楽しそうに笑いながら写真の束を取り出す。緊迫感や悲壮感も無ければ誠実さもない。けれど多くの場数を踏んでいると聞く。
「どれでもいいよ。轢死や溺死、絞殺、刺殺なんでもある。若いのからお年寄りまで選り取りみどりって奴?」
 写真に映っているのは殺された場所であった。山あり海あり、住宅地あり。写真の裏には細かいメモ書きがある。生きていた時の事を鮮明に覚えている霊は実は少ない。名前も住所もわからない霊達から聞き出した僅かな記憶がそこに書き出されていた。それなのに、無惨に生を断たれた悲しく辛い気持ちだけが残っている。
「僕が選ぶんじゃない。キミが選ぶんだよ。ほら、自分が気に入ったの持って行きな」
 男は広くもないテーブルの上に風景写真を広げて見せた。

 あなたが選んだのは?
殺された人は:男/女・子供/若年/中年/壮年
殺された場所:山/海や海辺/川や河川敷/空き地/車の中/家の中/道路/ホテル/他殺害方法:轢死/溺死/絞殺/刺殺/毒殺/他
遠き未来へ

 相手はすぐにわかった。まだ小さな子供だったからだ。門を見失った者は圧倒的に大人が多い。心がまだ無垢で、だからこそシンプルな子供はすぐに行先を見つけられるのだろう。にもかかわらず迷子になった子供‥‥それには相応の理由がある。最も愛し、守ってくれる筈の母親に殺された子供だからだ。それが決して珍しい例ではないことを冷泉院・蓮生(れいぜいいん・れんしょう)は知っている。それでも、こうして殺された子供を前にすれば整理のつかない感情が心の奥でざわめき続ける。その葛藤を抱えたまま蓮生は子供に近寄った。川を見下ろす土手に男の子は立っていた。まだ小学校にも行ってない年頃だろう。冬の乾いた風が蓮生の髪だけを揺らす。
「なにしてるんだ?」
 蓮生はぼうっと立っている子供になるべく優しく話しかけた。驚かせたくなかったのだ。
「え?」
 子供はゆっくりと振り返り、蓮生を見上げた。寝て起きたばかりのようにぼんやりとしていて、視線も虚ろだ。そういう反応をする者が多い事をこれまでの経験上知っていたので、蓮生は特に気に留めなかった。話をしていれば、徐々に意識がはっきりとしてくる事も多々ある。こういうのは根気よく待つしかない。『待つ』ということは元々守勢よりは攻撃に親和性のある蓮生にとってあまり得意なものではなかったが、そうそう好き勝手を言ってもいられない。まだ主導権は相手の子供にある。

 しばらく経った後、子供はしゃがみこんだ。
「ママを待ってるんだよ」
「‥‥そうか」
 子供の母親がどうなったのか蓮生は知らない。無理心中を図ったと聞いたので、多分生きてはいないのだろう。けれど、その母親が門をくぐったのか、それとも別の場所を彷徨っているかはわからない。
「ぼく‥‥ここにいなきゃいけないんだ。ママがいないから、ママがお迎えに来てくれるのを待ってるんだ」
 多分、幼稚園か保育園でその様に母親を待つ事があったのだろう。子供はじっと土手の頂から伸びる道を見つめている。少しだけ子供ははっきり話をするようになり、身体の輪郭もくっきりとしてきた様に見える。意識が目覚めてきたのだろう。けれど、こんな小さな子供になんと言って話せばいいか判らない。自分が子供の頃はどうだったのか、思い出そうとしてもこれはあまり記憶が定かではない。
「なぁ‥‥お兄ちゃんの話、聞いてくれるか?」
 どこか頼りない口調で蓮生は言った。正直、上手く交渉出来る自信はない。そもそも話術や駆け引き等は苦手だし巧ではない。ただ、この子供をこのままにはしておけない‥‥損も得もなくただそう思っているだけだ。
「なぁに? ぼく‥‥何にも知らないよ?」
 子供は大きな目を見開いてじっと蓮生を見つめる。
「ぼく‥‥ママはぼくが嫌いになったのかなぁ‥‥ぼくが泣いてもママがぎゅってするんだよ。やだって言ってもだめなの。ママ、だから来てくれないの? お兄ちゃん、知ってる?」
 首を傾げて尋ねる様は不憫でならない。我が子を手にかけた母の嘆きは理解出来ないが、一番信じていた母に殺される子供の悲しみは想像出来る。それでもなお、子供は母を慕って待っているのだ。この子がどうして彷徨う者となって更に苦しまなくてはならない。そんな事は間違ってると思う。心の奥で感情が激しく波立つ。もっと早く巡り会っていれば、この母子に何か出来たのではないかとも思う。
「おにいちゃん‥‥怒ってるの? ぼく‥‥嫌い?」
 子供の目はまだまっすぐに蓮生を見つめていたが、怯えた色が混じっている。そうじゃない! 蓮生は頭を軽く振った。目の前にいるこの子供はいつもこうして自分よりも強い『大人』の顔色を窺って生きて来たのだろう。そして、今もそれは変わらない。蓮生は子供の目に前にしゃがみ、同じ目線で話し始めた。
「嫌ってなんか無い。けどな、ここは‥‥えっと、坊主名前なんだ?」
 笑って蓮生が尋ねると、子供はすぐに機嫌を直しおどけて怒って見せた。
「坊主じゃないよぉ。ぼく『ゆうき』だよ」
「そうか、じゃ『ゆうき』、ここはお前がいる場所じゃない。でも、ちゃんと行くところがあるんだ。‥‥わかるか?」
 蓮生が真面目に話をしていることを『ゆうき』もわかったのだろう、真剣に聞いている。
「ぼく‥‥ここでママを待ちたいよぉ」
 母は来ない、と蓮生には言えなかった。母の行方がわからない以上来ないと断言出来る根拠はない。子供だからと言って嘘は言えない。
「ママが来るまでたくさん時間がかかるかもしれないぞ。もしかしたら、ママは先に行ってしまってるかもしれない。それでもいいか?」
「え‥‥」
 子供は押し黙ってうつむいた。置き去りにされたかもしれない、とは言いたくなかったが隠しては選択が出来ないと思う。自分の未来を決めめるべき時に、必要な情報は例え辛くても知るべきなのだ。そうでなくては『未来を押しつけた』子供の母と同じになってしまうと思う。
「どうする? 自分の事だから自分で決めるんだ。それまでいくらだって待っててやる」
 蓮生は笑った。

 子供の魂が門をくぐっていく。長い時間をかけて選んだのは再生の道だった。黄金色に装飾された幻の門が静かに虚空に消えていく。これでよかったのかどうか、蓮生にはわからない。それを決めるのは結局当事者なのだと思う。例え、それが幼い子供だったとしてもだ。
「また‥‥な」
 もういない小さな魂に向かって、小さく再会を約す言葉が蓮生の唇から漏れた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3626/冷泉院・蓮生/男性/13歳/暴れん坊若様】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。導魂師シリーズのノベルをお届けいたします。途中まで危うく門を選択しなさそうなNPCで焦りました。子供は難しいです(笑)。
 また、機会がありましたら導魂いただきますよう、お願い致します。