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■魔女の条件MISSION:02■

瀬戸太一
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
「ふふ、何とか一次試験合格ね。今回は何とかなると思わない?」
「…ルーリィ、楽観的思考は命取りでしょう?
それに今回の試験はどうやら、難関といわれている『魂の教育』のようです。
一連の試験で、生まれた『魂』を一人前の人間まで育て上げないといけないのですよ?
私は正直言って、あなたが完遂できるかどうか心配で心配で…」
 そう言って銀埜は、はぁとため息をついた。
魔女試験には付き添えない使い魔の身としては、不安でたまらないらしい。
だが当のルーリィは、あはは、と明るい声で笑い飛ばした。
「大丈夫よ、何とかなるって。
それに前から言われてもの、私みたいな性格には、『魂の教育』が一番向いてるって」
「そうですか…まあ、次も頑張ってくださいね…」
「勿論よ!…ということで、二次試験の招待状なんだけど」
 得意な顔で、ルーリィはピッと一枚の封筒を取り出した。
「次の試験も付添い人が認められているの。
良かったらそこのあなた、私を手伝って下さらない?」
魔女の条件 MISSION:02

「ルーリィ様、第一試験合格おめでとう御座います」
「…おめでとう、ルーリィ」
 この寒い季節に舞い込んできた、暖かな声を聞いてルーリィは満面の笑顔を向けた。
「ありがとう、デルフェスさん、アレシア」
 ルーリィは座っていた椅子から立ち上がって、二人の来訪者を出迎える。
つい先日行われた、魔女検定試験の第一試験にて、彼女の助けになった二人だ。
その中の一人、鹿沼・デルフェスは艶やかな黒髪を揺らしながら、ルーリィに近づき、抱えていた花束を差し出した。
そして穏やかな微笑を浮かべながら言う。
「ささやかなものですが、お祝いですわ。どうぞ受け取ってくださいな」
「え、私に?こんな綺麗なの…いいのかしら」
 ルーリィは差し出された花束を抱え、少し照れながら嬉しそうに花の中に顔を埋める。
「…良い匂い。どうもありがとう」
 そして、あら、と淡いピンクとイエロー、二色の薄紙に包まれた花を見て声を上げた。
「私の好きなガーベラ…デルフェスさん、知ってたの?」
 まだ少し遠い春を思い出させるような白い小さなかすみ草に彩られた、鮮やかな赤や橙の花々。
ルーリィは久しぶりに見た、自分のお気に入りの花に驚いて、デルフェスを見つめた。
「ええ。銀埜さんに…少し、ね」
 そういってデルフェスは、カウンターの隣に控えていた銀埜に目配せを送った。
銀埜は、目配せを受けてくすくすと微笑みながら、
「なんとも素敵な花束じゃありませんか。贈り手のセンスがわかるというものです。
萎れないうちに、花瓶に飾ってきましょう」
 銀埜はルーリィから花束を受け取ると、大切に抱えカウンターの裏にかかったカーテンをめくる。
そして去り際に一言、
「では、デルフェスさん、アレシアさん。ごゆっくりどうぞ」
 ルーリィはカウンターの裏に消えた銀埜の背中を見て、きょとんとした顔をしながら、首をかしげた。
そしてハッと我に返ると、いつもの笑みを浮かべて、店の中央に設えていた小さな丸いテーブルに二人を誘う。
「そうそう。立ちっぱなしも何だし、さあどうぞ。紅茶ぐらいなら出すわよ?」
 そんなルーリィを見て、くすっと笑ったのは、アレシア・カーツウェル。
豊かな金髪と青い瞳を持つ、歳の離れたルーリィの友人だ。…最も歳の割に若々しい彼女は、それほど差を感じさせないが。
「それは私も嬉しいけれど。ルーリィ、大丈夫なの?」
 その言葉に、ルーリィはきょとんとする。
「ほら…そろそろ第二試験じゃないのかしら」
「そうですわよ、ルーリィ様。わたくし、こちらに参りますときにアレシア様とご一緒したので、そのことについてお話していたのですが。
そろそろ次の試験が行われるのではないのですか?」
 その言葉を聞き、ルーリィはにっと笑って頷いた。
「さすが察しが良いのね。ついこの間、手紙が届いたの。勿論第二試験の案内状よ」
「そうだと思ったわ。デルフェスさんと話していたのだけれど…私たちに何かお手伝いできることはあるかしら?」
 ルーリィは、アレシアの言葉を聞いて、ぱぁっと顔を輝かせた。
「本当?なら是非お願いするわ、今度のもなかなか難しそうで―…」
「ああ、やれやれ。今日は一段と寒いねえ」
 ルーリィの言葉を遮る様に、低い男の声が店内に響いた。
 ルーリィ、そして椅子についていた二人は同時に店の玄関のほうに目を向けた。
そこに立っていたのは、がっしりとした体躯の長身の男。
20歳後半か30歳程だろうか、何処となく落ち着いた雰囲気を感じさせる。
男は今時珍しい作務衣の上に羽織った、黒いコートの前を合わせ、寒い寒い、と肩をすくめた。
「こんなところに、暖かそうな店があって助かったよ。ちょっとお邪魔しますね…って、本当にお邪魔だったかな?」
 男は自分に注がれている視線に気がつき、どこかのんびりとした動作で頭を掻いた。
ルーリィは慌てて首を振り、
「いっ、いえいえ!そんなことないですよ。お客様かしら、どうぞいらっしゃいませ」
「うん、一応。そちらのお嬢さん方は?」
 そう言って、男はテーブルについている二人に向けて、にこ、と笑みを向けた。
アレシアは自分たちに振られた言葉に苦笑して、
「まあ、お嬢さんだなんて…お上手な方。デルフェスさんは勿論立派なお嬢さんだけれど、私は違うわ」
「そんなことありませんわ。アレシア様、十分お若いですわよ」
「あらいやだ、デルフェスさんまで。これでも一児の母なのよ?」
「へえ、全然そういう風には見えませんよ。…そうそう、そちらの金髪のお嬢さんがここの店員さん?」
 ルーリィは、へ?と素っ頓狂な声を出し、暫し考えた後こくこくと頷いた。
男はそのルーリィに向け、首を傾げて言った。
「じゃあ、僕もお嬢さんたちとご一緒させてもらっていいですか?なんだか賑やかそうで楽しそうだと思ったもので」
「ええ、どうぞどうぞ。今紅茶を淹れるところなの…って、どうしよう?」
 ルーリィは手近な椅子を笑顔で薦め、ふと思い出したように呟いた。
「…試験のことよね。折角だからこの方にも手伝ってもらったらどうかしら?」
 アレシアの穏やかな笑みに薦められ、ルーリィは思わず頷きそうになるが、思い返したように手を振った。
「そんな、お客様に手伝わせるわけにはいかないわ」
「そう?…そんな危険な科目なのかしら」
「何だか全然話が見えないんですが。もしかして、何かやる途中だったのかな?」
 既に椅子に着いている男が眠そうな目をこすりながら言う。そんな男に気がついたのか、
「あら、眠いのですの?大丈夫ですか?」
 そうデルフェスが心配そうに首を傾げる。
「ああ、ごめんなさい。これはいつものことだから…気にしないで下さい。
ちゃんと寝てるはずなんだけど、ずっと寝不足気味で…。
あ、自己紹介が遅れました。僕は彼瀬・蔵人(かのせ・くろうど)といいます」
「蔵人様ですわね?寝不足は大変ですわね…アロマテラピーなど、もしかしたら効くかもしれませんわ。
わたくしは鹿沼・デルフェスと申します。
そちらの奥様がアレシア・カーツウェル様、そして此方の店長でいらっしゃいます、ルーリィ様ですわ」
「へえ、店長さんだったんですね。道理で店としっくりくるはずだ。
…それで、何やってたの?」
 男…蔵人はトロンとした目を何処か面白がるように輝かせながら尋ねた。
ルーリィはその言葉に、少々苦笑しながら言う。
「ええと…信じられないかもしれないけれど。
私は魔女見習いで、今丁度魔女の昇格試験を受けている最中なの。
ついこの間、このアレシアとデルフェスさんに手伝ってもらって、
一次試験に受かったんだけど、これから二次試験なのよね。それで…」
「ああ、それで手伝う云々なのか」
 蔵人は納得したように、うんうんと頷いた。
「…そんなあっさり信じるの?」
「だって、疑う理由もないでしょう?
それに、僕は案外こういうことには慣れっこなんだ…それに何だか面白そうだしね」
「ええ、なかなか楽しいですわよ。蔵人様もご一緒なされます?」
 にこにこと誘うデルフェスに、蔵人はこっくりと頷いた。
「僕で良ければ。それに、こんな綺麗な方々に囲まれるのも、滅多にない体験ですし」
 ということで、と言って、ルーリィに向けて笑顔を見せる蔵人。
ルーリィは蔵人の邪気のない笑みに少々戸惑いながら、
「へえ…やっぱりこの街、変な人が多いのね…。うん、じゃあお願いします。
まだどんな試験か分からないんだけど、心強いわ」
「私もご一緒するの。…どうぞよろしくお願いします」
「はい、よろしく。…アレシアさんでしたっけ?」
「ええ、そうよ。お嬢さんなんて…もう照れるから、やめて頂戴ね」
「そう?まだ十分お嬢さんで通じますよ」
 ルーリィは言葉を交わしている来訪者たちを見渡し、うん、と意気込んだ。
「人数も揃ったし…そろそろ行ってもいいかしら。準備は良い?」
「ええ、いつでも大丈夫ですわよ」
 デルフェスの言葉に、ルーリィは緊張気味に頷き、
「それじゃあ、二次試験いくわね。目は瞑らないで」
 そう言って、スカートのポケットから白い封筒を取り出す。
おなじみになった封筒の表には、みみずのような文字が並んでいた。
ルーリィはその封筒を、テーブルの上に掲げ、えいっとばかりに封筒の封を破いた。
そして、白い光が辺りを包む。
















「へぇ、見事に真っ白だね。まるで新雪の世界だ」
「まあ、蔵人様ったら、詩人ですわね」
 見渡す限り『白』が続く空間に立ち尽くし、蔵人はきょろきょろと辺りを見渡していた。
ポツリと呟いた言葉に反応し、デルフェスはふふふ、と笑う。
「わたくしとアレシア様は二度目なのですの。初めて此処へ訪れたときは、驚いたものですわ。ねえ?」
 そう言って、隣に立っていたアレシアに笑いかけた。
アレシアは穏やかな笑みを浮かべながら、こくんと頷く。
「そうね。この前は少し目が痛くなったものだけど…もう慣れてしまったのかしら」
「さすがアレシア様、順応性がおありなのですね」
「ふふ、私はただの主婦よ?それほど―…ルーリィ、どうしたの?」
 アレシアはそう言って、しゃがみこんでなにやら紙切れを覗き込んでいたルーリィに声をかけた。
ルーリィは紙切れを覗き込みながら、渋い声で答えた。
「〜……どういうことかしら、よく分かんないわ」
「それ、なんだい?」
「多分…試験内容が書いてある紙ですわ。前回もそうでしたもの。ルーリィ様、今回はどのような?」
 デルフェスと蔵人にも覗き込まれ、ルーリィは苦笑しながら立ち上がってスカートを払った。
そして蔵人にも見えるよう、少し高い位置で紙を広げる。
「ほら、見て」
 B5程度の大きさの紙に、余白たっぷりに綴られた言葉は、勿論三人には分からない。
「…読めないわ、ルーリィ」
 苦笑まじりのアレシアの言葉に、ルーリィは思い出したように、あ、と声をあげた。
「そ、そうよね。それじゃあ読むわ。ええと…『第二試験課題。育成、教育、そして成長』」
「へぇ、何だか面白そうだね」
 蔵人はルーリィの読み上げた言葉に、楽しそうな声をあげた。
ルーリィは苦笑して、
「…さあ、どうかしら。やってみなくちゃわからないわ。
『第一試験によって宿った魂の成長。判定基準………』」
「どうしたの、ルーリィ。…続きは?」
 不思議そうに眉をあげたアレシアに続きを促されるが、紙を持ったままのルーリィは眉を目一杯曇らせ、
「…書いてないの」
「どういうことですの?判定基準はないということなのでしょうか」
「書いてないってことは…そうなのかなあ。
もしかして試験官が、こうしている間にも僕たちを見ているのかもしれないね」
 蔵人はそういって、白色が永遠に続く空間の上のほうに、目を向けた。
その言葉にルーリィたちは顔を見合わせ、
「…もしかしたら、在り得るかも」
「それなら、なかなか恐ろしいわね…失敗はできないということかしら」
「でも、『成長』なのでしょう?それなら失敗も成功もございませんわ。アレシア様が良くご存知のことじゃなくて?」
 デルフェスの言葉に、アレシアは一瞬目を大きくし、にっこりと微笑んだ。
「…確かにそうね、貴女の言うとおりだわ」
 そしてあたりをキョロキョロと見渡し、
「…でも、その成長するべきあの子はどこにいるのかしら。もしやまだ店に…?」
「あの子って、これのこと?」
 そういった蔵人の腕には、いつの間にか子供のようなものが抱えられていた。
がっくりと眠るように首を折り、その華奢な体つきはまだ4,5歳程度に見える。
アレシアとデルフェスは、見覚えのある短い金髪を見て声をあげた。
「まあ、あのときの…」
「いつの間に?先程までは見当たりませんでしたわ」
「ホント…蔵人さん、この子どこから持ってきたの?私、ずっと店の椅子に寝かせておいたんだけど…。
試験の手紙が来たと同時に、掻き消すようにいなくなっちゃってたのよ」
 目を見開くルーリィに、蔵人は苦笑しながら言った。
「ついさっき、僕の足元にあったんだ。まるで沸いてくるみたいにね」
 変わった子だね、と蔵人は抱いていた人形をルーリィに渡す。
確かに、変わっているといえばそうだ。
姿かたちこそは人間の子供に見えるものの、まだその関節部分はまるで木で組み立てられた結合部分が見られるし、
一見柔らかそうな肌は、触ると冷たく硬い。
「僕もはじめは似たような感じだったそうだから、何だか共感が沸くなあ。この子、眠ってるの?」
 ルーリィは渡された人形を、わたわたと慌てながらぶらつかせるように抱え、顔をあげた。
「え?どうなのかしら。まだ一度も目を開けたことがないのよ」
「…じゃあ、まだ赤ん坊のようなものなのかしらね」
 アレシアは首を傾げて人形を見つめる。その言葉を聞いたデルフェスが、手を合わせて目を輝かせた。
「まあ、では育児ということでしょうか?
わたくし、子供が産めない身体ですが…一度体験してみたかったのですの」
「…子供が産めない?」
 いぶかしげに尋ねた蔵人に、デルフェスは微笑を湛えながら返す。
「ええ。わたくし、少々特殊な身体を持っているものですから。
それはそうと、育児…というと、専門書が必要ですわね。ルーリィ様、この空間から出ることは出来ますか?」
 デルフェスにそう振られ、ルーリィは戸惑う。
「ええと…ごめんなさい、よく分からないの。元々この空間は私が作ったものじゃないし…」
 彼女の言うとおり、この空間は試験用に、彼女の試験官が特別に拵えたものだ。
受験生であるルーリィ、しかも見習いの身である彼女が自由に扱えないのも至極当然のことだろう。
 デルフェスは、ルーリィの言葉を聞いて思わず眉を曇らせた。
「そうですか…わたくし、育児書を買いに行きたかったのですが。事前に求めておくべきだったのかしらね」
 そうポツリと呟いた次の瞬間、四人の頭の中に声が響いた。
 ――――『育児書かい?』
「……え!?」
 ルーリィは慌てて耳をおさえ、辺りを見渡した。勿論、声の主は何処にも見えない。
アレシア、蔵人も同じようにキョロキョロと目を泳がせている。…デルフェス以外は。
「…デルフェスさん。それ、いつの間に?」
 デルフェスの様子に気がついたアレシアがふと、彼女の手の中を見ると。
「…あら。私にも分かりませんわ…急に現れたのですの」
 デルフェスは目を白黒させて、己の手の中にあるものを見下ろしていた。
その手の中には。
「へぇ、『にわとりクラブ』だ。これ、有名な育児雑誌だよね」
 蔵人は目を丸くして、デルフェスの手に置かれている雑誌を見た。
その表紙には可愛らしく『にわとりクラブ』とロゴが印刷されており、
愛くるしい赤ん坊がうさぎの着ぐるみを着て笑顔を浮かべていた。
…どこからどうみても、完全な育児雑誌である。
「これは…」
 彼女たちは思わず顔を見合わせた。そして誰からともなく、ぷっと吹き出す。
「ふふっ…どうやら、優しい試験官さんのようね?」
 アレシアはクスクスと笑いながらそう言った。ルーリィも思わず腹を抱えて笑い出しそうな雰囲気だ。
「あはは…そうね、助かっちゃった。これで何とかなるかしら?」
「ええ、大丈夫ですわよ。皆さん、頑張りましょう!」
 デルフェスがそう言って、ウインクをして手の中の雑誌を掲げた。






















 白色が続く地面の上で、その『人形』は横たわってコンコンと眠り続けていた。
その人形を中央に、円になり各々の座り方で地面にぺたんと座っている。
 足を揃えて優雅に崩し、片手を頬に当てていたアレシアが、ぽつりと溢した。
「育児…なのよね。まずは何からはじめたらいいのかしら」
 それに応えるように、きちんと正座をしているデルフェスが雑誌をぺらぺらと捲りながら言う。
「そうですわね…これに載っている赤ん坊は、初めから意識はありますから。
こういった事例は…ないですわね」
「そりゃあ、魔女の試験だからねえ。そういえばこの子、名前はあるの?」
 あぐらをかきながら身を心持ち乗り出し、人形の寝顔を眺めていた蔵人が言った。
崩した体育座りのような格好で手を軽く組んでいたルーリィは、蔵人の言葉に顔を上げた。
「え?名前…そういえばまだだったわ」
 彼女の言葉に、思わず呆れた笑みを浮かべる三人。
「なら、まずは名前からじゃないかしら。だって、一個の人格として育てるのでしょう?」
 アレシアの言葉に、慌てて頷くルーリィ。
「そ、そうよね!まずは名前よね。…うーん…何がいいかしら」
 ルーリィはそう言って足を崩し、人形に近寄ってその金色の髪を撫でる。
「可愛い名前がいいな。どうしよう…私、こういうのパッと思いつかないのよね」
 苦笑しながら、考え込むように目を伏せる。
同じく考え込んでいたアレシアが、ふっと顔を上げた。
「レノール…とかどうかしら?…ごめんなさい、意味はあんまりないの。響きが良いなあと思ったから…。
蔵人さんはどんな名前が良いと思う?」
「レノールも可愛くて良いと思うけど…そうだなあ。僕は、ミスルトとか良いと思ったよ。
宿木って意味だけど、何となくこの子に合うような気がする」
 蔵人はそう言って、いまだ名のない人形の寝顔を見つめた。
「レノール…ミスルト…うん、どっちもいい名前ね。良いと思うんだけど、こう…」
 呟くように言ったルーリィは、うんうんと唸り始めた。
それを見兼ねたように、デルフェスが笑みを浮かべて口を開く。
「ならば、リネアという名は如何でしょう?ダーナ神話に登場する、虹の精霊の名ですわ」
 ルーリィはデルフェスの言葉に、思わず顔を上げた。そして目を見開きながら、こくこくと頷く。
「…良い名前。女神、ダヌが登場する神話よね?」
「ええ。空に掛かる虹のように美しく、見る人の心を温かくしてくれるような子に、という願いもありますわ。
…如何かしら?」
 デルフェスはそう言って、にっこりと笑みを浮かべて三人を見た。
アレシアは蔵人と顔を見合わせて、ふんわりと笑う。
「ええ、とても良い名前だと思うわ。ねえ?」
「そうだね、僕も賛成だよ。きっと、見つめているだけで心が綺麗になる子になるんだろうな」
 蔵人はそう言って、ルーリィを見た。
ルーリィはゆっくりと、味わうようにその名を呟く。
「リネア…本当に、良い名前を考えてもらったわね」
そして、目を閉じ人形の髪を撫でながら、呪文でも唱えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…あなたの名は、リネア。ノルド村の魔女、ルーリィの子、リネア」
 ルーリィの言葉が終った瞬間、まるで待ち構えていたように、人形―…リネアの目がゆっくりと開いた。
その魂を分け与えた親であるルーリィのそれと、同じ色で輝く青い瞳に、ぼんやりと光が宿る。
そして緩慢な動作で腕を動かし、上半身を起き上がらせた。
その腕、首が動くたび、どこかの関節が軋む音が響く。
四人が見守る中、リネアは背をがくんと反らし、
まるで何かに操られているような不安定な動作で、上半身を揺らした。
そしてきぃっと首を動かし、ルーリィのほうに顔を向ける。
青いガラス玉の中にルーリィが写り、リネアの今まで硬く閉ざされていた唇が開いた。
「…お早う、ママ」
「……リネア…」
 ルーリィは涙目になりながら、震える手でリネアの小さな肩に両手を置く。
そして、間髪いれずにがばっと抱き締めた。
「おはようっ!よかった、無事に目覚めて!もう、ずっと寝てて心配したんだから!」
 感極まった様子で、良かったと叫びながらリネアをぎゅっと抱き締めているルーリィを、
三人はやれやれ、といった様子で、微笑ましく眺めていた。
「そういえば、リネアってことは…あの子、女の子なのかしら?」
「そのようですわね…ほら、髪の毛も長めになってますわ」
「へえ、すごいなあ。やっぱり魔法の産物は違うね」
 三人はわいのわいのと言いながら、リネアの後頭部を眺めていた。
その声に気がついたのか、リネアがゆっくりと横を向く。
「…女の子?」
 その言葉を聞いたルーリィが、ハッと気がついてリネアから身体を離す。
そしてリネアの薄い身体をまじまじと眺め、
「…あら、本当。いつの間に、女の子になってたのかしら?」
 と首をかしげ呟いた。
リネアのゆったりとした大陸風の上着には、微かだが女性特有の凹凸ができていた。
そしてリネアの金色の髪は、いつの間にか肩につくほどの長さになっている。
柔らかなウェーブがかかり、見るからに柔らかそうだ。
「…ママ、女の子って何?」
 リネアがぼんやりとした声で言う。ルーリィは暫し考え、
「ええと、女の子っていうのは…こう、胸があって、体のラインがなめらかで…」
「ルーリィ、それじゃ説明になってないわよ」
 リネアの姿を見て自分の娘の幼い頃を思い出していたアレシアは、戸惑うルーリィにくすくすと笑った。
「そうですわよ、ルーリィ様。…ですが、男女の特徴、といきなり言われても難しいですわね」
「ええと、ええと…」
 ルーリィは暫し考え、ぽんと手を叩く。
そしてアレシアとデルフェスを刺し、
「リネア、この人たちが『女の子』よ」
 とにっこりと笑って言った。
その言葉を聞いた当の二人は、思わず無言で顔を見合わせた。何となく複雑な心境でもある。
しかしお構いなしなルーリィは、今度は蔵人を指差し、
「で、こっちの人が『男の子』よ。女の子と男の子は対になってるの」
 ルーリィの言葉に、リネアはアレシアたちを見て、こくこくと頷いた。
「…女の子、リネアと同じ」
「ええそうよ、リネアと同じなの。そして私も女の子」
「ママも同じ?」
「ええ、そう」
 ルーリィはどこか楽しくなったのか、けらけらと笑いながら言った。
だがその例えに出されてしまった三人は、苦笑しながら顔を見合わせ、誰ともなく呟いた。
「…なんだか、見本にされちゃったみたいね」

















「…アレシア、デルフェス…クロード」
「ああ、違うよ。僕は蔵人…って、まだ漢字は難しいよね」
 蔵人は自分の名を宙に書いて示そうとし、思いなおして苦笑した。
「大丈夫ですわ、リネア様は賢そうですもの、すぐ学習されますわ」
「うん、そうだね。じゃあまた今度、僕の名前書いてもらえるかな、リネアちゃん」
「…?うん」
 リネアはきょとんとした顔をしながら、こくんと頷いた。
そしてまた、三人を指差しながら、名の確認を始める。
 その様子を眺めていたルーリィの顔に、思わず笑みがこぼれた。そして隣にいたアレシアに話しかける。
「とりあえず…どうしたらいいのかしら?」
「どうしたらって、何を?」
 アレシアは首を傾げた。
「…私、育児初めてなのよね。ちゃんとリネアを立派なヒトに出来るかしら…」
 その言葉を聞き、アレシアは、あら、と微笑む。
「そんな、意気込む必要なんてないのよ。
…子供はとても賢いものだもの、こっちの意志なんてそっちのけで、何でもかんでも吸収しちゃうわ」
「……へぇ」
「子供の好奇心を殺さず、のびのびと育てたらいいと思うわ。…ルーリィはそういうの、得意そうよね」
 アレシアは、ふふ、と笑ってリネアに近寄って彼女をあやしはじめた。
ルーリィは今しがたのアレシアの言葉を、一語一句逃さぬように、ゆっくりと呟く。
「…のびのびと、か。そうよね…」
 一人頷いて、立ち上がった。そしてリネアのほうに行き、彼女の頭をぽんと撫でる。
「リネア、お姉さんたちに遊んでもらってていいわねー」
「ママ」
 リネアは頭に置かれた手に気がつき、ルーリィの顔を見上げた。
そしてはらりと落ちた彼女の長い金髪を、何を思ってか、むんず、と掴んだ。
勿論慌てるルーリィ。
「り、リネア?どうしたの、これは食べ物じゃないのよっ」
「ママの長いの、綺麗でいいなー。わたしもこれ、欲しいの」
「ええっ!?ダメよ、これは上げられないの。そのうちリネアも長く伸びると思うわ」
「…本当?いつ?あした?」
「ええーと…いつかしら…明日っ!?そんな早くはムリよ、もう少し待たないと」
「えー。つまんない」
 ルーリィは、頬を膨らませるリネアを見て思わず困ったように笑った。
そして助けを求めるように、アレシアたちを見る。
だが彼女たちは。
「ふふ、リネア様好奇心いっぱいですわね」
「うん、あの年頃は見るもの全てが新しいものだからねえ」
「そうね…それに、リネアちゃんはまだ生まれたばかりということでしょう?
成長のスピードはだいぶ速そうだけれど…そういう意味ではまだ赤ん坊同然ね」
 そういいながら、くすくすと笑って、困惑顔の新米母とその髪にじゃれている娘を見つめている。
勿論、助ける気はない。これはルーリィが辿るべき道だからだ。
「頑張ってくださいましね、ルーリィ様。ほら雑誌にも」
 そう言ってデルフェスは、片手に持っていた雑誌を開き、アレシアと蔵人に見せる。
「ママの楽しい気持ちが、子供の原動力…。ルーリィ様、子育ては楽しんでやるものですわ」
「ええっ?そういわれても…」
 ルーリィは、今度は彼女の手と自分の手の大きさの違いに興味を持ったらしい、リネアとデルフェスを交互に見た。
「楽しむ…そうね、楽しむものなのね」
 私頑張る、と気を取り直して意気込んだルーリィ。
その彼女の顔に再び浮かんだ笑顔を見て、アレシアと蔵人は顔を見合わせて笑った。
 …前途は多難だが、幸せもその分、多いことだろう。




















 リネアの魂が生まれ、自我が生まれた『無垢の空間』から一同が戻った数日後のこと。
ルーリィの元に、二次試験の合格も表す、最終試験の通知が届く。
そしてそれは同時に、ルーリィの身体に、一条の痕を残すことになった。








 続く。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2181 / 鹿沼・デルフェス / 女性 / 463歳 / アンティークショップ・レンの店員】
【4321 / 彼瀬・蔵人 / 男性 / 28歳 / 合気道家 死神】
【3885 / アレシア・カーツウェル / 女性 / 35歳 / 主婦】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、または初めまして。瀬戸太一です。
連作第二話、続けて参加してくださったアレシアさん、デルフェスさん、
ありがとうございました(^−^*
そして初顔合わせですが、蔵人さんもありがとうございましたv
オープニングの設定で書けなかった部分(試験実施が無垢の世界である等)
もありまして、頂いたプレイングを多少弄る結果になってしまい、
しっかり反映できなくて申し訳ありませんでした;
このようなノベルになりましたが、少しでも楽しんでもらえると光栄です…><

当初は四話で完結する話だったのですが、次回の三話で完結、ということになりそうです。
三話目は年明けを挟んでの受注開始となるので、今暫くお待ち下さい。
年明けはリアル事情も絡んで、多忙気味になるので、時期は未定ですが…。
もし良ければ、受注開始しましたら、よろしくお願いします(^−^

ではまたお会いできることを祈って。