■招く手 〜七つの怪異〜■
エム・リー |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
七つの怪談。七つの不思議。世には数多くの怪異が溢れております。
この度あなた様には、そういった怪異を巡っていただくことになります。
解決なさるのもよし、そのままにしておくもよし。
さて、今回の怪異は、「招く手」でございます。
その沼は、とある廃校の隣にあるのだそうです。
学校が廃校となったのは、もう数十年ほど前の事。
沼はその頃から在ったといわれています。
学校がなぜ廃校になったのか、その理由は定かではありません。
が、ありがちな”霊現象”が起きていたらしいということは、確かなようです。
夜中に沼に近付くと、沼の底から生えるように飛び出ている、白い手が見えるのだそうです。一見すると花のようにも見えるそうですが、近付いて目を凝らせば、それが、見る者を手招いているのがよく分かるそうです。
手の数はひとつだとも数本だとも言われ、明らかではありません。
また、夕方にその沼を覗きこむと、澱んだ水の中、こちらを見ている小さな子供の顔が見えるのだそうです。
三上事務所に入り込んできた証言は、ほとんどがこういった内容。
あなたには、その「なにか」を確かめてきていただきたいと思います。
解決する。放置する。
対応する手段はお任せします。
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クリスマスパーティーをしませんか 〜 座敷猫 編 〜
■ 夕月アパート ■
ほんの少し前の時代になるが――50年ほど前というのは、ほんの少しになるのかどうか不明だが――、そのアパートは洒落たデザインで、流行の先端をいく物件として、若者などに人気のアパートだった。
しかし、それが、いつからだろう。沸き起こった噂も手伝って、今では倒壊寸前といった趣きになってしまった。
幽霊屋敷として、近所のくそガ……もとい、近所の子供達のかっこうの話題のタネとなってしまったのだ。
しかしながら、そんなアパートでも、れっきとした物件。今もしっかり、数少ないながらも住人を抱えている。
そんな夕月アパートに、今日はめずらしく、住人以外の人影が集っている。
12月24日。
そう、今日はクリスマス・イブ。ささやかながら、パーティーが催されるのだ。
「えっと、で、結局、何人くらいが来るわけ?」
パーティーの買い物から帰還したばかりの遠藤周介が、早くもぐったりとした様子で、中田の方を見つめた。
アパートの台所。古めかしい窯があり、辺りにはケーキやらクッキーやらの甘い匂いが漂っている。
「はぁ、ええとですねェ、本日は四名様がいらっしゃる事になっていますねェ」
送った招待状の数を指で数えながら、中田がのんびりと答える。
「四名様ですね。私、そんな大人数のお客様を迎えるのは、初めてです」
二人の会話を耳にとめ、桂木まりあが微笑した。
微笑しつつも忙しく動き回るそのいでたちは、れっきとしたシスターだ。
まりあはアパートの住人ではないのだが、今日は特別。日頃は十字架やらニンニクやら(?)を持っている手に、泡だて器を握り締めている。
「くりすますというものは、こう、心がわくわくしてくるもんじゃのう」
まりあの作業を手伝うでもなく眺め、三上可南子が感心したように口を開ける。
「そうですね。キリスト様のご生誕をお祝いする日ですから、世界中が歓喜に満たされるのだと思います」
三上の言葉をうけて、まりあが胸にさげた十字架を手に取り、目を閉じた。
お祈りをささげているらしいその様子に、周介が小さく嘆息する。
「いつ見ても胡散くせえ……おっと、どうやらお客がきたようだぜ」
■ 準備を始めましょう ■
尾神七重は、その前の夜、自宅のテーブルの上に置かれてある一通の封筒を目にとめた。
宛て名を確かめれば、そこには確かに自分の名前が記されてある。
「……」
自分に手紙をよこすなんて、一体誰だろう?
七重は眉をよせてそれを裏返し、そこに記されているだろう送り主の名前を確かめた。
送り主を確かめて、七重はそれまで張り詰めていたものをストンと落とした。
「中田さん……」
拍子抜けとはこのことだ。
いや、しかし。七重は再び眉根をよせて、封筒の中のものを確かめた。
そして、今日。
七重は片手に封筒の中身――それは一通のカードで、そこには、クリスマスパーチーを開きますとのメッセージが記されていた――を持ち、一軒の怪しげなアパートの前に立っていた。
モダンといえば聞こえはいいだろうか。
しかしもしかしたら、これは何かの仕事依頼かもしれない。
幽霊屋敷の探索をお願いしますとかなんとか、そういう依頼はめずらしくない。
そして今まさに、自分の目の前にはいかにも幽霊屋敷といった風貌のアパートがある。
七重は小さな深呼吸を繰り返し、手近にあった窓から中を覗き見てみることにした。
窓の向こうはどうやら台所のようで、中では忙しなく動く少女が一人と、気だるそうに欠伸をしている少年が一人。
そして見慣れた頭髪の中田と、その隣で椅子に腰掛けている三上の姿が見える。
その様子から察するに、どうやら招待状にあった『クリスマスパーティー』というのは、嘘ではなかったらしい。
安堵のため息を一つつき、改めてアパートの扉の前に立つ。
呼び鈴を鳴らそうと指をかけた時、ふと何者かの視線を感じ、七重は顔を持ち上げて気配のする方を確かめた。
――そこには一匹の黒猫がいて、興味深そうに七重を見やっていた。
シュライン・エマは細い腰に手をあてて、一軒のアパートを見上げた。
アパートの名前を数回確認したが、間違いなくここは『夕月アパート』だ。
「……なんだか潰れちゃいそうなところね」
ある種の感嘆とも取れる呟きを放ち、携えてきた箱に目を向ける。
箱の中には、シュラインが作ったプティングが入っている。
それから改めてアパートの入り口に視線をあてて、呼び鈴に指をかけた。
「中田さん、夕べ電話で確認した時、プレゼント交換はありませんって言ってたけど……」
呼び鈴を鳴らす。中から面倒くさげな男の返事がした。
「パーチーって言う中田さん、面白可愛いのよね」
思い出して小さく笑う。
その時、足元を何かが過ぎていくのを感じ、ぎょっとしてそれを確かめた。
それは一匹の黒猫で、猫はその赤い瞳でシュラインを見つめると、ニャアと小さく頭を下げた。
古びた扉を開け、シュラインを出迎えたのは、面倒くさげに頭を掻いている周介だった。
「んぁー、ええと、シュラインさん?」
周介はシュラインの容貌を確認すると途端ににこやかな顔になり、いそいそとスリッパを勧める。
「ここ、汚ねぇスリッパしかなくて。これが一番新しくて綺麗なやつなんすよ」
言いつつ、しまってあった真新しいスリッパをシュラインの足元に差し伸べる。
「ありがとうございます。――ええと、あなたは?」
「俺、このアパートに住んでる、遠藤周介っていいます。よろしく、シュラインさんッ!」
日頃は決して見せることのない、さわやかな笑顔をのせて握手を求める。
シュラインは小首を傾げてそれに応じ、「お台所はどこかしら? お土産に持ってきたプティングを温めなおしたいのだけれども」と続けた。
周介が案内した台所には、すでに数人の影があった。
忙しく動くシスター衣装の少女、まりあ。それを手伝う銀髪の少年、尾神七重。
七重は手伝いといった事に不慣れなのか、あるいは初めて入った台所の勝手が判らないのか、まりあの指示にわずかながらの動揺を見せている。
その向こうには焼きあがったばかりのクッキーを頬張る中田がいて、シュラインと目があうと、忙しなく何度も頭を下げた。
さらにその向こう、三上が所在なさげに椅子に座っている。シュラインの来訪を知ると、やはり同様に頭を下げた。
「この度はクリスマスパーティーにお招きくださいまして、まことにありがとうございました。これ、初めてお邪魔するお宅に、手作りのものってどうかと思ったんですけれども」
台所に揃っている一同に向けて丁寧に頭を下げて、シュラインは持ってきた箱をまりあに向けて差し伸べた。
「これは……この匂いは、プティングでしょうか?」
まりあが嬉しそうに頬を緩める。
「クリスマスといえばこれかと思って。……温めなおしたいので、少し台所をお借りしたいのですが、よろしいですか?」
シュラインは微笑して小首を傾げた。
マリオン・バーガンディは愛車――やはり、運転手付きではあったが――を降り立って、目の前に現れた古びたアパートを仰ぎ眺めた。
モダンな造りのそれは、見様によっては幽霊屋敷そのものだ。
中に足を踏み入れたなら、何が起こるのだろうか。
沸き立つ胸を押さえつつ、アパートの扉の前に立つ。どこからともなく、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ちょっと遅れたかな……」
一人ごちて肩をすくめ、持参してきたシャンパンの瓶を確かめた。
ブドウの状態が最高の年でないと造らないとされるシャンパンは、瓶の中で封を開けてもらえるのを今か今かと待ち構えているようだ。
マリオンは呼び鈴を一度鳴らし、出迎えが来るまで待機することにした。
背筋をしゃんと伸ばし、衣服のチェックも怠らない。
コートの裾についていた細かな屑を取りながら、マリオンはふと近くに一匹の黒猫の姿を確かめた。
毛艶もよく、しなやかな容貌をしたその猫に、マリオンはしばし目を奪われて微笑みを浮かべる。
「このアパートの猫かな。……綺麗な毛色だね」
陽光の色を映した瞳を細め、猫に語りかける。
猫は一声にゃあと鳴いた後、アパートを囲む生垣の中に消えていった。同時に、アパートの扉が開く。
「えぇーと……どちら様?」
中から顔を出したのは、やはり周介だった。
「初めまして。私、リンスターの当主の代理でこちらに伺いました。招待状を受けたものの、当主がスケジュール一杯でして」
きびきびと挨拶をして頭を下げてから、持参してきたシャンパンを周介に手渡す。
「これ、手土産といってはなんですが、皆様でご一緒にと思いまして」
最後にアパートを訪ねてきたのはウラ・フレンツヒェンだった。
ウラは周介の案内でアパートの中に立ち入ると、すでに揃った面々を前に、悠然と笑って中田を見やる。
「パーティーですって? よくぞあたしに声をかけたわね、ヘヤー! お手柄よ、誉めてあげるわ!」
片手に木苺ジュースの瓶を握り締め、鼻先に笑みを浮かべつつそう述べるウラに、中田が「はぁ」と頭を掻いた。
「いつもお世話になっている方に、お声をかけさせていただきました。ウラさんにはお世話になっておりますし」
そう続けた中田に、ウラは華やかな笑みを返して頷いた。
「よく来てくれたのう、ウラ。待っておったぞ。今日もまた可愛らしいごすろりじゃのう」
座っていた椅子から立ち上がり、三上がウラの傍まで寄って微笑んだ。
「ウラさんのそのお洋服は、ゴスロリというよりはシックなゴシック衣装ですわね。素敵です」
パーティーの用意も落ち着いてきたのか、まりあがようやく手を止めてウラを見やる。
「せっかくのパーティーだもの。おめかししないとね」
自慢気に胸を反らしつつ、ウラがまりあを見据える。
それから、まりあを見据えていた視線をゆっくりと動かし、見知った少年――尾神七重がいることに気付いて、にやりと口の端を持ち上げた。
「ウラさんっていうのね。……ところでウラさんが連れてきた、それ――」
プティングを皿にのせて温める準備を整えながら、シュラインが首を傾げる。
「それ? ああ、この猫ね。アパートの前でウロウロしてたから、捕まえて連れてきたのよ」
シュラインの問いかけに答え、ウラは片手にぶら下げた黒猫を前に差し出した。
「このアパートの猫なんでしょ? 綺麗な黒猫だし、綺麗な目の色だったから、すかさず捕まえたのよ」
差し出された黒猫が、迷惑そうにニャアと鳴いた。
■ パーティーを始めましょう ■
「このアパートの猫?」
ウラの言葉に、まりあが首を捻る。
「ここって猫なんか飼ってたのか?」
住人である周介が眉を寄せて、ウラに捕まった黒猫をじろじろと眺めた。
「家主さんとかが飼ってるんじゃないかしら?」
シュラインがふわりと笑みを浮かべる。
「家主がぁ?」
再び周介が唸り声をあげた。
まるでケンカでもうっているかのように、黒猫をじろじろと見やっている。
いぶかしげなその視線に腹が立ったのか、黒猫はじわりと動いて、周介の顔に猫キックをお見舞いしている。
「それじゃあ、近所のお宅の猫か、あるいは野良かもしれないですね。でも野良にしては、毛並が綺麗だ」
マリオンがそう言って黒猫のヒゲを撫でる。
神秘的な色をしたマリオンの目に惹かれたのか、黒猫は小さく喉を鳴らした。
「黒猫って好きなのよね。しかもこの猫ときたら、ほら、見て。ルビーみたいな目をしてるのよ」
そう言うと、ウラは肩を揺すってクヒッと笑う。
「僕も、黒猫が好きです」
ウラの腕に抱えられた黒猫に手を伸ばしてきたのは、それまで黙していた七重だ。
七重は一同から少し離れた場所で猫を見ていたが、察した三上に背中を押され、ようやく猫の頭を撫でに来たのだった。
黒猫は七重が触れると、一度ゴロゴロという音を止めてまばたきしたが、すぐにまた安心したように目を閉じた。
「可愛いもんですねェ。あたしは詳しくないですが、確か黒猫って不吉な事の前触れって言いましたっけかねェ」
中田が、ひっきりなしに頭髪を気にしながらそう告げる。
途端、場は一気に冷えた空気で包まれ、ウラと七重が同時に中田を見据えた。
七重は必死でフォローしようとしているが、ウラはキっと中田を睨みつけている。
「それは黒猫が前を通りすぎていった時とか、そういう時に使われる迷信よ、中田さん」
シュラインが華やいだ微笑みを浮かべてみせれば、マリオンが無垢そのものといった笑みを浮かべて頷いた。
「こんなに綺麗な猫なのですから、害などあるはずもないですよ」
三上が、中田の足を力一杯蹴り上げた。
場の空気をとりなすためか、あるいは空気そのものに気がついていないのか、なんの前触れもなく、まりあが口を開けた。
「これで後は七面鳥が焼けるのを待つだけです。どうぞ皆様、くつろいでいらしてください」
穏やかに微笑むまりあに、一同は中田の失言も忘れて頷いた。
「七面鳥! もちろん丸焼きよね?」
ウラがまりあの前に顔を突き出す。
「え、ええ。やはりパーティーですし、食卓は華やかな方がよいかと思って」
ウラの勢いに押されながら、まりあが答えて頷いた。
ウラが満足そうに微笑む横で、七重が呟くように申し出る。
「あの、食器洗いなどがあれば、僕、お手伝いします」
柔らかな銀髪をふわりと揺らしてそう告げる七重を、まりあは「それじゃあ、こちらへ」と流し場へと案内して行った。
「あの、シュラインさん? アパートの中を案内しましょうか?」
皿洗いを手伝おうと腕まくりをしているシュラインに、周介が近付く。
「このアパート歴史だけは長いみたいだから、見ようによってはデザインなんか面白いかもしれないし」
手をこまねきつつ、そう述べる。
シュラインは周介の申し出に感心を示しつつも、手伝いもしなければ、と、まりあを見やった。
「尾神さんがお手伝いしてくださるというので、ここは大丈夫です。プティング、温まったらお呼びしますね」
シュラインの気持ちを察して、まりあがそう告げた。
「そう? それじゃあ、お言葉に甘えて見学してこようかしら。……本当はこのアパートの様式に興味があったのよ」
まりあの言葉に笑みを返したシュラインを、周介が急かすように連れて行った。
マリオンはテーブル椅子に腰掛けて、何やらもぞもぞと用意を始めていた。
「……何をしておるのだ?」
三上が物珍しそうに覗きこむ。その横で、黒猫を抱いたままのウラが、やはり同様にマリオンの手元を覗きこんだ。
「ゲームの準備ですよ」
フフと笑いながらマリオンが答える。
「せっかくこういう場所に招いていただいたのですし、せっかく面白そうな方々が揃っているのですから、ゲームでもして盛りあがりたいじゃないですか」
「……それは、罰ゲームもつくのかしら?」
ウラが問うと、マリオンはくすりと笑って小首を傾げた。
「それは、もちろん。罰ゲームのつかないゲームなんて、面白みも半減してしまうでしょう?」
妖しげに笑うマリオンの後ろで、中田が持参の甘酒の缶を開けている。
「どなたが罰ゲームをうけられるんでしょうかねェ」
のんきに告げて甘酒を美味そうにすする姿に、三上とウラが呆れたような視線を向けた。
「……あたしはあなたが受けたら面白いと思うわ、ヘヤー」
パーティーはそれから後に始められた。
七重と三上が――二人揃って不慣れな動作をしていたが――皿を並べたりする手伝いをし、アパート見学を満喫したシュラインが温めたプティングのチェックを兼ねて、窯の様子を確かめた。
いわく「窯って興味あるのだけれど、あんまり日常的に見られるものじゃあないでしょ?」との事。
窯を使って焼かれた七面鳥は色艶も香りも申し分なく、ケーキはブッシュドノエルで、愛らしい動物型の砂糖菓子がちょこんと乗っている。
彩り良く漏りつけられたサラダに、香ばしく焼き上げられたバゲット。
それに、シュラインが長い期間漬けておいたのだという、プティング。
マリオンが手土産に持ってきたシャンパンと、ウラが手土産にしてじた木苺のジュース。
七重がこっそりと、恥ずかしそうに小さな袋を差し伸べる。
「僕も実はお土産を……。クリスマスに和菓子というのは、どうかと思ったのですけれども……」
差し伸べた袋の中には、小さな箱が入っている。開けてみれば、中には綺麗な花の形を模した和菓子が並べられていた。
「あのぅ、あたしも、これ」
中田が続いて差し出した袋は、近所の安売りスーパーのものだ。
「……中田さん、それって」
周介が眉根を寄せる。
「甘酒ですよ。この時期、いいんですよぉ」
中田は照れたように笑った。
「それじゃあ、開けますね」
マリオンがシャンパンの蓋に手をかける。
景気良い音を立てて飛んだ蓋に続き、黄金色のシャンパンが泡となって宙に飛沫を散らした。
「あたし達はジュースですって」
不服そうに頬を膨らませるウラが、七重のグラスに木苺ジュースを注ぎ入れる。
「いいのよ。あたしはたんまりと食べるから」
そう言ってニヤリと口をつりあげるウラに、七重が小さな笑みを見せた。
「ウラさんは表情がころころ変わりますね。……羨ましいです」
「皆さんのところにグラスはありますでしょうか?」
まりあが、木苺ジュースの入ったグラスをかかげ、周りを確かめる。
「じゃあ、乾杯とまいりましょう!」
中田が甘酒の缶をかかげ持って、声高に告げた。
『かんぱい!』
グラスを口に運び、思い思いの料理を受け皿に取り始めた一同だったが、不意に静まりかえり、互いの顔を見合わせた。
「……さっき乾杯って言ったのって……?」
シュラインが呟く。
「中田さんじゃないんですか?」
マリオンはそう答えつつ、手持ちのクラッカーを派手に響かせた。
クラッカーの中身は中田の頭髪の上に落ち、マリオンはニヤニヤ笑って手を伸ばす。
「すいません、中田さん。今、取りますね」
申し訳なさげに肩をすくめてそう言うと、マリオンは素早い動きで中田の頭髪に片手をそえた。
絶叫、とも取れる声を張り上げて、中田は後ずさり、警戒の眼差しをマリオンに向ける。
「あ、あたしは乾杯の音頭は取ってません。ほ、他のどなたかがつとめたのでは?」
わずかに動揺を見せつつそう返す中田に、シュラインが深く考えこむように首を傾げる。
「……いいえ、この場にいる誰かの声じゃなかったわ。……じゃあ、一体誰が……」
『わしじゃ』
再び聞こえてきたその声に、場はしぃんと静まりかえる。
七重が、ウラの腕の中にいる黒猫に目を向けた。
『おお、小僧、わしに気付いたか。賢いの』
黒猫がヒゲを揺らしつつ、口を動かしていた。
■ パーティーは続く ■
黒猫が言うには、
『わしはこのアパートが出来た当初から、屋根裏に居座っておるのよ』
との事。
『いわば、このアパートの座敷猫といったところか』
小さな嘆息を洩らしつつ、まりあが取り分けた七面鳥に舌鼓を打つ。
「ざしきわらしみたいなもんかしら?」
ウラが返す。ウラの皿には、てんこ盛りになった料理が所狭しと並んでいる。
「ざしきわらしなら、このアパートも流行ってるんじゃねえのかな」
周介が一人ごちながら、グラスを口に運ぶ。
どうやら、シュラインを案内している時に、シュラインに恋人がいるという事を聞かされたらしい。
落胆の色を隠そうともせず、周介は大きなため息を一つついた。
「そうですよね……それより、喋る猫なんて、聞いた試しがありません。さては悪霊ですね!」
椅子を派手に転がして、まりあが立ちあがる。大きなロザリオを握り締めている。
「悪霊め、立ち去りなさい!」
『悪霊などと一緒にするとは、失敬な小娘め』
たしっ。猫キックがまりあの顔にお見舞いされた。
「……特に害がないのであれば、良いのではないでしょうか」
七重がグラスをテーブルに置く。
「確かにの。妖猫ではあるようじゃが、悪しきものではないようじゃ」
三上がケーキを頬張りつつ頷いた。
「それじゃあ、話も片付いたということで。ゲームを始めましょう!」
マリオンが場の空気を一変させた。
「ゲームに負けたら、このマジックで顔に落書きされるというルールにします。いいですね?」
有無を言わせずにマリオンはそう続ける。
「ま、マジック」
周介が返事をしたが、不平は出されなかった。
美味い料理と、盛りあがるゲーム。
顔や額にさんざん落書きを施された中田が、部屋の片隅で皿をつついている黒猫に寄っていって泣き崩れた。
「あたし、今日はいじめられ役なんですかねェ」
黒猫はたしっと片手(?)をあげて中田の腕を叩き、言葉を返した。
『気にするな。皆知っておるわ』
「な、何をですかぁ!」
中田の悲愴を知ってか知らずか、パーティーは楽しく更けていく。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】
【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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この度は当ゲームノベルにご参加くださいまして、まことにありがとうございました。
イベントものということで、出来れば24日にはお届けをと思っていましたが、
……申し訳ありません。適いませんでした。
テーマがテーマなだけに、まったりのほほんとしたノベルになりました。
また、初のコラボものということで、今回は高田菊絵師のNPCも二名お借りしています。
菊さんにも、改めてお礼申し上げます。
このノベルが、少しでも皆様のお気に召していただければと思います。
今回は本当にありがとうございました。
それでは、また機会があればお声などいただければと願いつつ。
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