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■Rescue from a Basement■

silflu
【1855】【葉月・政人】【警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課】
「助けて!」
 女性の叫びに、雑踏を行く人々は振り返った。彼女は白衣を身につけている。どこかの研究施設の人間だと容易に知れた。
「私はこの先にある研究所の……。仲間が……仲間が……」
 彼女は相当に焦燥していた。そこへ痩せぎすの老人が近寄って、落ち着いてよく話してごらんと言い聞かせた。しばらくして、彼女は言葉を紡ぎ始めた。
「私たちの研究所の地下室に、みんなが閉じ込められてしまったんです。システムの異常で、扉がまったく動かなくなって……酸素、水、食料……そんなものはあの中にはないんです。このままじゃ」
「じゃあ、その扉を壊せばいいのだね」
 老人の言葉に、女性研究員ははいと答えたが、
「その扉は鋼鉄製で、しかも肉厚50センチにもなります。そう簡単にはいきませんが……。どなたか、腕に覚えのある方はいらっしゃいませんか?」
【Rescue from a Basement】

 一般人の手に負える話ではない。平静を取り戻した研究員の女性は警察に通報した。
 すぐに出動したのは、警視庁・超常現象機動チームの葉月政人。正式には管轄外の事件であるが、強化服の装備が今回の事件に適してる――彼はそんな見解を述べ、上長を説き伏せた。
 一刻の猶予もならない。その思いはトップストライダーを急がせる。一般乗用車や二輪車を横目に、制限速度ギリギリで現場まで急行する。サイレンに振り返る街の人々。特殊強化服FZ−00を着込んだライダーを目の当たりにして、事情も何も知らないのに、これから始まるであろう救出劇に思いを馳せた。
 ブレーキ音が威勢よく響き渡る。研究所に到着した。実に通報から10分に満たない早さである。
 敷地は相当に広い。建物はそう高くはないが、ずいぶんと横に長い。縦も同様だろう。かなりの容積を誇るらしい白塗りの建物はいかにも味気なく、しかしながら壮大な印象を与えた。何を研究しているのかは知らないが、このあたりでは有数の施設と思われる。
 政人が入口まで近づくと、すぐに白衣の男女に囲まれた。研究員たちだ。彼らは一様に、待ちに待っていたという表情をしている。
「警視庁の葉月です。地下室は?」
 余計なことは聞かない。すると、ひとりの女性が案内を買って出た。
 入ってすぐにロビーがある。脇に目をやると自動販売機やソファや机があり、階段も見える。ただし2階へのものだ。地下への階段は奥にあるらしい。
 女性と政人は、ほとんど全力で走った。壁には『廊下を走るべからず』と貼り紙がしてあるが、言うまでもなくそんな悠長な場合ではない。右へ曲がり左へ曲がり直進する。
「あそこです」
 女性が指差した先に下り階段があった。ここも高速で降りる。
 階段が終わると、また20メートルほどの廊下が続いている。そして突き当たった。
 巨大な鋼鉄。政人の前に現れたのは予想以上に大きな鉛色の扉だった。開閉は横引きだが取っ手はなく、パネル操作の自動タイプ。無骨でとても冷たい、ただ外部と完全なまでに隔絶させるための仕切りだ。一体中でどんな研究がされているのか――思わずいらぬ思考が浮かぶ。
「あなたは上で待機していてください。必ず皆さんを助け出しますから」
 政人は女性を帰らせ、ひとりだけになる。古いのか、天井の蛍光灯が頻繁に明滅している。
 おそらくは防音加工もされているだろう。叫んだところで聞こえはしまい。
 政人は扉を叩いた。壊すためではなく、強化された拳で充分に音を立て、規則を持った間隔で。モールス信号だ。
《警察です。無事ですか?》
 簡潔に伝える。相手側が信号を知らなければ意味がないのだが――。
 トントン、ト、トン。
《全員無事です》
 確かにそんな音があった。扉が厚くとも、FZ−00を身に着けた政人の聴力は鋭敏になっているため、何とか聞き取れた。政人はまたモールス信号を打つ。
《怪我人などはいませんか?》
 あちらも返してくる。
《平気です。でも早く》
 今のところ、事態はそう重くはないようだ。しかし内部には酸素、水、食料といった生存のための必需品がないのだから、迅速に行動しなければならないのは変わらない。
「葉月、応答してくれ」
 無線が入った。本部のクルーからだ。
「位置は?」
「扉に向かって左側の壁の中だ」
 政人はあらかじめ仲間に依頼し、建築会社に連絡を取ってもらい扉のロックシステムの位置を調べてもらった。いかにFZ−00といえど、直接この鋼の扉を破壊するのは困難だ。ならばロック自体を破壊してしまえばいい。
「健闘を祈るぞ葉月」
「了解した」
 短いやり取りを終えて、政人はドリルユニットを取り出した。
《扉から離れていてください》
 政人は最後のモールス信号で伝えた。そして構える。
 唸りを起こし、ドリルユニットが起動する。扉の左脇の壁に勢いつけて押し当てる。
 ズガガガガガガガ! 工事現場のような轟音と灰色の粉塵が巻き上がる。腕と肩に伝わる強い振動をこらえ、政人はドリルを奥へ奥へと入れる。
 数分が経った。まだか、まだか。政人は心の中で念じながらドリルを操作し続ける。
 ――ガチャ。
 重たい音が鳴った。ロックが破壊、解除されたのだ。目論見は成功した。
 次にドリルを扉に向けた。火花が散り、鋼鉄が削れていく。見る見るうちに、ふたつの小さな窪みが形成された。
 ドリルを停止させ床に置くと、すぐさま即席の取っ手に手をかける。深く呼吸し、息を止めた。
「ぬ、あああああああ!」
 奥歯を食いしばり、渾身の力を込めて、政人は最後の砦を引く。人の身では決して叶わないこの作業も、FZ−00のパワーを持ってすれば可能なのだ!
 ゴゴ、ゴゴゴ。重低音とともに――溝を滑って扉は開かれた。政人は漏れる明かりの眩しさに目を細めた。
「ひ、開いた!」
 研究用だろう、多種多様で大小も色々な機器が見える。その中から、歓喜の声が流れてきた。
「さあ、脱出してください! 押し合わないように」
 疲れきった顔の老人や涙にむせぶ女性、まだ10代と思えるような若い男が、ありがとうと言いながら階段に向かって走っていく。

 すべての研究員が脱出し、残った政人はひとり呟く。
「現場到着から10分。死者・重傷者なし。……まあ上出来だろう」
 冷静に分析し、任務終了を己に告げたのだった。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1855/葉月・政人/男性/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。発注ありがとうございました。
 今回は政人さんにふさわしい内容だったと思います。
 楽しんでいただけたら幸いです。

 それではまたいつか。
 
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