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■ゆうげの部屋■

谷口舞
【2449】【中藤・美猫】【小学生・半妖】
「新企画……『ゆうげの部屋』か」
 渡された企画書の束を眺め、草間武彦(くさま・たけひこ)は頭を掻いた。ただでさえ面倒なものにつきあわされているのに、また厄介ごとが増やされそうだ。そんな彼の気持ちとは裏腹に、企画者である碇・麗香(いかり・れいか)はにこやかに話を続ける。
「ちょうどニュース番組の特番枠に連載企画をという話があってね。地方局ならではの企画が面白そうと思ってだしてみたの。どう? 番組の司会をやってみない?」
「しないも何も……そう決まってるんだろ」
 あきれたように武彦はひとつ息を吐き出す。自分に渡された頃には大抵の企画はすでに実行に移されているものが多い。この企画もおそらくそうだろう、企画書の中に記された自分の名前がそれを物語っている。
「あら、反論しないのね。今ならまだやめられるわよ?」
「別にする気もないな……仕事なら引受けるべき、なんだろう?」
 ゆったりとした動作で、武彦は手近のソファに座り込む。
 企画の内容は対談式のトークショーだった。毎回、その道に通じるゲストを呼び、仕事の内容や私生活について、様々なエピソードを交えながら会話するという。夕方に放映する特番の内容としては悪くない、だが……なぜ自分がその司会役なのか和彦には疑問で仕方なかった。
「なあ、こういうのは……雫や忠雄の方が適役なんじゃないか? 一応、2人がこの局の看板役だろう?」
「看板役だから、に決まっているでしょ。あの2人には他にしてもらうことが山のようにあるわ。それにNOZARUのリーダーであるあなたに、もう少し頑張ってもらわないと、ね」
 実に楽しげに麗香は言う。
「ゲストはそうね……一般から募集してもいいけど、まずは知り合いを攻めていきましょ。誰かリクエストある?」
「……あってたまるか……」
「あら、相手の事を知るめったにないチャンスよ。もしかすると小さい時の写真とか、お宝映像が見られるかもしれないんだから」
 話の内容は基本的にゲスト次第。赤裸々に過去を話すのも良いし、今後の活動の宣伝を兼ねた挨拶でも、それなりに対応する予定ではある。もっとも、内容次第ではあるが。
「それにしても収録はいつからだ?」
「もうセットの準備は出来てるわ。あとはゲストが決まり次第って所かしら」
 さすがは用意周到で名高いディレクターだ。裏方準備は万端らしい。
「とりあえず片端から電話してみましょ。どんなゲストが来るか楽しみにしていてちょうだい」
 そう言って麗香は艶のある笑顔を浮かばせた。
ゆうげの時間

猫さん
 にゃーん。
「……ん? 迷い猫、か?」
 足下にすり寄ってきた小さな生き物を抱きかかえ、武彦は辺りを見回した。
 控え室に続く廊下は妙に静かで物音ひとつしなかった。
 一体どこから迷い込んできたのだろうか。
 今日は動物モデルの派遣はなかったはずだ。恐らくスタッフか誰かのペットが逃げ出してきたのだろう。
 そのままにしておくわけにもいかず、武彦は猫を抱きかかえたままスタジオへ向かった。
 丁度曲り角を折れようとした瞬間、ぽふんと胸元に誰かが飛び込んできた。
「っと……」
「あ、ごめんなさい」
 チェック柄をしたジャンパースカート姿の中藤・美猫(なかふじ・みねこ)はささやくような声で謝罪した。
「怪我はないか?」
「はい……」
 にゃあんとひと鳴きし、武彦の腕に抱かれていた猫が美猫のもとへ飛び出した。猫は体をすりよせて甘い声をあげた。
「お前の猫だったのか。ちゃんと迷子にならないよう気をつけるんだぞ」
 武彦は軽く美猫の頭に手を乗せる。
「いかん、そろそろ収録の時間だ。お前も早く仕事場に戻るんだな」
 じゃあな、と軽く手を振って武彦は小走りに去っていった。
 じゃれつく猫を優しく撫でながら、美猫は呆然とその後ろ姿を見守った。

■本番直前にて
 収録前の薄暗いスタジオ内は慌ただしく人が駆け回っていた。照明の点検、小道具の確認、モニタの用意など、本番に向けてしなければならない作業は山のようにあるのだ。
 特に「ゆうげの部屋」で使用する小道具にはゲストが用意してくれた消えものの類いもあるので、不備は許されない。全く同じものを再び用意するのは不可能なのだから。
「KAKEさん、その衣装だとちょっと目立つので、マイク取り替えますね」
「ああ……。そういえばゲストの姿をまだみかけないんだが、来てるのか?」
「ええ、もうとっくにセットの裏で待機してもらってますよ」
「……いつも思うんだが、わざとぎりぎりまで見せないようにしてないか?」
「え。そうですか?」
 どうせ麗香の差し金だろうと、武彦はあきらめるように肩をすくめる。
 年末年始の影響か、スタッフの数はいつもより少なかった。最低限のメンツはそろっているが、本番中に油断はできないな、と武彦はシャツの襟を正すそぶりをさせた。
 本番を報せる声が聞こえる。
 武彦はセット前へと歩いていった。
 
■ゲスト登場
「いいこと? ここで大人しくしてるのよ」
 用意してもらったかごの中に、美猫は抱いていた猫をそっと入れた。
 まだ遊び足りないとばかりに猫は甘い声で彼女を誘う。いい子だからお願い、と優しく背をさすってあげた。
「美猫ちゃん、大丈夫? 本番いくよ」
 スタッフの声に小さく返事をし、美猫は指定された位置へ向かった。
 板一枚を挟んだ先が突如明るくなり、にぎやかな音楽が聞こえてきた。
 少し間を置いて、司会役の武彦の声が聞こえてくる。
「あの挨拶が終わったら扉が開くからね。足下に気をつけて進んでいくんだよ」
「うん、分かった」
「……それではご紹介いたしましょう、本日のゲストはこの方です……!」
 目の前の板が横にスライドし、明るい光が美猫を照らす。
 その光に一瞬眩みそうになりながらも、美猫はゆっくりと短いスロープを下っていった。
「今回のゲストはかわいい小学生、中藤・美猫さんです」
「こ、こんにちは……」
 緊張しているのか、落ち着かない様子で美猫は言った。ぎこちない動作でゲストの席に座ろうとする彼女の手を、武彦はそっと握りしめた。
「いつも通りの感じでいいんだ。友達の家に遊びに来たと思ってごらん」
「……う、うん」
 にゃーん。
 セットの扉を押し開けて数匹の猫が舞い込んできた。
「あ、だめだよ……出てきちゃ」
 美猫はそそくさと一番手前にいた猫を抱き上げた。途端に、他の猫達も彼女に構ってもらおうと、足下へすりよってくる。
 カメラを止めるよう、あわててカメラマンに指示するADの耳に麗香の声が響く。
「面白いトラブルじゃない。そのまま続けて」
「ですが……」
「いいのよ。すっかりあの子に懐いちゃっているようだし、暴れはしないでしょ」
 猫達の登場のおかげで、美猫もすっかり落ち着いているようだ。先程より表情が落ち着き、どこか安心した笑顔をみせている。
「……あの子、カメラ映りいいですね」
 カメラマンの1人がぽつりと呟く。
「何と言うか、すごく人を惹きつける表情をさせるんですよね、時々カメラ越しに思えないほど可愛いですよ。どこかの劇団の子……ですか?」
「さあ、どうなんだろうな。碇ディレクターなら知ってるかもしれないな」
 会話中の何気なく向けられる美猫の笑顔に、スタッフ達は全員見惚れていた。一見すると、どこにでもいそうな普通の小学生のはずなのだが、どこか妙に心が惹きつけさせられた。
 出だしの挨拶から、会話は次の話題へと移ろうとしていた。
 準備をするため、スタッフ達は音を立てないよう足を忍ばせてセット裏へと移動した。
 
■きょうのゆうげ
 今日のゆうげに出されたものはゆっくらとしたホットケーキだった。普通のものより少し焼き色が薄かったが、ふんわりと柔らかく、口に入れると程よい甘さが広がっていく。
「美味しいなぁ。市販で売られている物よりずっと美味いよ」
「ホットケーキミックスじゃなくて、小麦粉をふくらし粉で作ったの。ミックス粉だと甘過ぎちゃうし、思った通りに膨らまないの」
「確かにそうだよな。ミックス粉は便利だし、俺が作っても変な味にならない代わりに、平凡すぎる味になっちゃうからな」
 ミックス粉は誰でも簡単に作れるかわりに、乳化剤、香料、着色料、増粘剤などが混入されている場合が多い。そのため、どうしてもどれも似たような味わいになってしまうのだ。
 甘い香りに誘われて、かしかしと机を引っ掻きながら、猫達がえさの催促をする。美猫は抱き上げるようにして机から離し、ソファの端に座らせた。
「駄目だよ、猫さん達はたべたらお腹こわしちゃうんだから」
「……ホットケーキ、食べさせたら駄目なのか?」
「絶対に食べちゃだめってことはないんだけど、虫歯になったりお腹を壊す原因になるから、食べさせない方がいいの」
 だだをこねる猫達に美猫はめっと視線で叱りつける。さすがにもう観念したのか、猫達は大人しくその場に丸まった。
「後でおやつあげるから、我慢してね」
 にゃーん。
 小さく告げる美猫の言葉に、猫達は甘えるように鳴いた。

■猫さんのお世話
「そういえば、美猫ちゃんはたくさん猫を飼っているんだよね。どれぐらい飼っているんだっけ?」
「ええと……美猫のおうちには44匹の猫さんが住んでて、そのお世話をするのが美猫のお仕事になってます」
「44匹……それはまた……すごい数だな」
 ペットを飼うというのは子供を育てるのと苦労は変わらない。同じ、大切なひとつの命なのだから、時には優しく、時には厳しくしつける必要がある。その手間を全てひとりでこなすのはなかなか大変な作業だ。
「お世話は大変だけど、みんな美猫の大切なお友達だもの。それに、近所の人達もお手伝いしてくれるから、楽しいし辛いって思わないの」
「なるほど……君に抱かれている猫達、ずいぶん大人しいのも、ちゃんと世話が出来ている証なんだろうな」
 すっかりこの場所に慣れた猫達は美猫に寄り添うように眠っている。手入れの行き届いた艶やかな背中を撫でながら、美猫はわずかに笑みを浮かべた。
「でも44匹もいたら大変だろう? 世話をしていて大変だな、と思ったこととかあるかい?」
「猫さんが嫌いな人に、ご迷惑をかけないようにすること、かな。ご近所にいる人達みんなが猫さんを好きってわけじゃないから、初めての人にはすぐに飛びついたりしないようしたりとか、よそのおうちで爪とぎやおトイレしないようにしたりとか……」
「あー……確かに玄関口にいきなり引っ掛けられてた時は後始末に困ったしな」
 そう呟いて、武彦は深く頷く。
 ふと、美猫の困ったような視線に気付き、あわてて取り繕うように言った。
「ああ、でも、野良猫だって、美猫ちゃんみたいな人に世話してもらえれば、ちゃんと行儀ができるようになるんじゃないかな」
「うん……ちゃんとお世話できる人が教えてあげれば、猫さん達はいうことを聞いてくれます。いつも毛並みとかキレイにしたりとか、ご迷惑かけないようお行儀よくしてもらえれば、みんな好きになってもらえるんじゃないかって思うんですけど、難しいです」
 時々、美猫の猫も心ない誰かにいじめられて帰ってくることもあるという。
「うーん……一番問題なのは、手当たり次第にいじめてる人間の方かもしれないけどな」
 反論してこない相手だからこそ、石などの凶器を使い、通りすがりの動物達を虐待している者がいるのは確かだ。いくらしつけられていようとも、彼らには関係ない。いや、逆に人間に対して大人しいからこそ標的にしているところもあるのかもしれない。
「猫へのしつけも大切だけど、俺達人間の意識も変えなくちゃだめだろうな。大切な友達だしな」
「うん」
 寝ぼけてじゃれつく猫を美猫は優しく抱いた。
 その姿はまさに天使だったと、後にスタッフは告げるのだった。
 
■収録後にて
 収録が終わり、美猫は早速猫達におやつのスティックをあげた。
 我先にと奪い取ろうとする猫達を美猫は厳しくしかりつける。
「こら、だめ。けんかしたらあげないよ」
 その様子を眺めながら、スタッフの1人がつぶやく。
「やっぱり……あの子、司会にしたほうが映えそうですね」
「……義務教育中だから、無理だろ」
 労働時間の問題があるからな、と武彦は苦笑いを浮かべるのだった。
 
 おわり
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/年齢/    職業】

 2449/中藤・美猫/女性/07/小学生・半妖
 
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■         ライター通信          ■
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 このたびは「ゆうげの部屋」ご出演ありがとうございました。
 
 ふんわりと美味しいホットケーキは、私もぜひ味わってみたいものです。
 ふくらし粉と小麦粉で作るタイプは結構配分や何やらが難しかったりしますからね……
 ホットケーキミックスなら、牛乳と卵だけで出来ちゃいますが(笑)
 
 猫だけでなくスタッフ全員を魅了してしまった美猫ちゃんに、またお会い出来る時を楽しみにしております。
 
 それではまた別の物語でお会いしましょう。
 
 文章担当:谷口舞