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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【2269】【石神・月弥】【つくも神】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ 〜教育的指導?〜

「……おや……?」
 来客の気配を感じた蛇之助は、弁天橋の欄干に出ていた。近づいてくる5人連れを遠目に確認してから、首をひねりひねり、戻ってくる。
「どうしたのじゃ? 誰か訪ねて来たのではないのか」
「はい。月弥さんがいらしてくださったようです」
「おお。ならば茶菓子の用意などせねば。今日の外見年齢はどのくらいじゃえ?」
「14、5歳かと」
「では、子ども向けのお菓子でなくとも良いな。――これ蛇之助。何をそう怪訝な顔をしておる」
 弁財天宮1階の、わけのわからない物が置かれて散らかったカウンターを弁天は形だけ片づけていたが、解せぬ様子の蛇之助にその手を止める。
「それが、ご来客は月弥さんだけではないんです。他に4名のお連れさまが」
「伯父上や保護者どのかえ? 他の2名に見当がつかぬが」
「月弥さん以外は、見覚えのない方々ばかりなんですよね……。女性がひとり、男性が3人。全員、和服姿でいらっしゃいます」
「何っ! 初対面の渋い男前が3人も!」
 まだそこまでは言ってませんが、と釘を刺す蛇之助を無視し、弁天はいきなり張り切りだした。
「こうしてはおられぬ。着替えを! メイク直しを!」
「もう間に合いませんよ。――いらっしゃいませ、月弥さん。お連れの方々はもしかしたら……付喪どの、でしょうか?」

「弁天さま、蛇之助さん。こんにちはー! うんと、3名は付喪です。1名は微妙に違うんですけど……」
 元気よく入ってきた石神月弥は、後ろにずらりと並んだ4名を振り返った。
 仇な形に髪を結い上げた、絣の着物の美女。金茶と銀茶の作務衣を着た青年。鮮やかな緋色地に金を散らした着流しの、壮年の男性。白い羽織に、長い黒髪を無造作に垂らした青年。
 彼らは弁天や蛇之助と目が合うなり、それぞれ軽く黙礼した。
「この女性が琴古主。銘は『露草』です。あとは瓶長2名と妖刀1名。『胡麻』と『庵』と『白乱』です」
「ほほう! お三方とも男前じゃのう! して、ご趣味は? 好きな娘御のタイプはどのような? 休日は何をしてお過ごしか?」
「弁天さまっ! 月弥さんは何も合コン要員として伴われたわけではないんですからっ! ……ですよね?」
「はい」
 ハイテンションになった弁天とおろおろする蛇之助に、月弥は笑顔を向けた。
「運搬が大変なので、一時的に人間化能力を付加してみました。これから、この4名をデュークさんのところへ届けに行くんです」
「届けに……とは?」
「これらはもともと、伯父の骨董店の商品なんです。以前、伯父さんの骨董店で、デュークさんに虫干しのお手伝いをしていただいたことがありましたよね? それ以来、デュークさんが気に入ってしまったみたいで」
「だからといって」
 少し落ち着いた弁天は、4名をつくづくと眺めた。
「……ふむ。琴に備前焼の壺と花器、白鞘の大刀か。かなりの逸品ぞろいじゃの。伯父上の在庫ともなれば値も張ろう?」
「ええ。でも伯父の店の商品は買い手を自分で選ぶんです。もうデュークさん以外の人には買われたくないって主張してるので、全員引き取っていただくことにしました。……あ、お支払いは特別に超長期ローン対応にすると伯父が言ってますのでご心配なく」
「なら安心じゃ。デュークもあれで面倒を見ねばならぬ者が多い身であるし、財政状態も決して潤沢とは言えぬでのう」
「その公爵さまを、ご自分の財政再建のためにこき使っているのはどこの誰……ああっ」
 突っ込んだ蛇之助の足をすかさず踏んづけてから、弁天は月弥に向き直る。
「動物園に行くのなら、同行しようぞ」
「その前に、伯父さんの仕入旅行のお土産をお渡ししますね。あと、弁天さまにお聞きしたいこともあって」
 月弥はカウンターの上に、菓子箱を3つ置いた。

 ▽▲ ▽▲

「久しぶりだな、月弥。……おっ! こりゃあ!」
 月弥が訪れたと聞いて弁財天宮にやってきた鯉太郎は、人間化した無生物たちには「よお。よろしくな」と、さらっと挨拶しただけであったが、カウンター上の菓子箱を見た瞬間、大仰に驚いた。
「新宮村名産『霧の森大福』じゃねえか。これ、いったん凍らせて食べても美味いんだよな」
「知ってるのかえ?」
「何で知らないんだよ、弁天さま。四国を代表する銘菓だぞ。ネット通販の売れ筋ランキングの全国トップに立ったこともあるんだぞ」
「……詳しいのう」
「この大福は4重構造なんだ。中心に生クリーム、そのまわりにこしあん。それを抹茶を練りこんだ餅でくるんでから、抹茶をまぶしてあるんだっ。……て、おい月弥、3箱もあるじゃないか!」
「う、うん。伯父さんが現地で買ってきたから。弁天さまと蛇之助さんと、ハナコさん、デュークさん、鯉太郎くんと、皆さんでどうぞって」
「いい人だなあ! よく御礼言っといてくれよ。これ、品薄でさ、ネットだと1箱限定なんだよ」
 鯉太郎はしっかと月弥の手を握りしめる。弁天はその背をまあまあと叩いた。
「鯉太郎が和菓子フェチなのはよく判ったゆえ、そろそろこの4名をデュークのもとに連れて……おお、そうであった。月弥はわらわに質問があったのじゃったな?」
「はいっ!」
 月弥はにこにこと無邪気に言う。
「盆踊りの時のことなんですけど。俺、小さくなってたから、大きい時に聞こうって思って」
「……はて? 月弥が疑問に思うようなことがあったかえ?」
「愛人と奴隷って、どういう意味ですか? どう違うんですか?」
「そ」
 いきなり投げかけられた強烈な問いに、さすがの弁天も絶句する。
「それは月弥には、まだ早いぞえ」
「でも俺、もう100歳だし」
「弁天さまっ!」
 弁天の袖を引き、蛇之助が囁く。
「いたいけな月弥さんの前で、節操もなく愛人勧誘や奴隷勧誘を繰り広げた報いですよ! どうお答えするんですか」
「うう〜む」
 腕組みをして眉間に縦じわを寄せ、考え込んでから、やがて弁天は腕を解いた。
「……取りあえず、ハナコにも聞いてみるが良いぞ。さ、動物園へ行かねばのう! 蛇之助も鯉太郎もついてくることを許す!」
 難しい問題は先送りにしたり、丸投げしたりするつもりのようであった。

 ▽▲ ▽▲

「愛人と奴隷の説明?」
「お願いします、ハナコさん!」
 デュークを呼ぶ前に弁天から質問をまるっと委託されたハナコは、月弥の期待のまなざしを受け、しばし無意味に巻き毛を引っ張ったりしていた。
「んー。まあ、超難問のなぞなぞに比べれば簡単だけどね。ハナコが答えていいの? 弁天ちゃん」
「た、頼むっ。できれば教育上あたりさわりのない表現でな」
 弁天も胸の前で手を組み、目をうるうるさせている。
「じゃあ言うけど」
 こほんと咳払いをしてから、ハナコはびっと蛇之助を指さした。
「弁天ちゃんの蛇之助ちゃんに対する態度。これが奴隷寄りの扱い」
「えっ。ええ?」
 蛇之助はうろたえるが、月弥はあっさり納得した。
「あ。なるほど」
「そして弁天ちゃんのデュークに対する態度が、やや愛人寄りだよ。状況によって違うし、変わっていくものだけど、そこらへんはあとでチャート表を作って説明してあげる」
「ありがとう、ハナコさん!」
 ハナコを見る月弥の目が、すっかり人生の師に対するそれに変わったあたりで、特別通路を通り、デュークが現れる。
 それまでおとなしく控えていた『露草』『胡麻』『庵』『白乱』は、歓声を上げてデュークを取り囲んだ。
 ――と。
 それまで人間の姿だった彼らは、それぞれ琴・壺・花器に手足の本来の付喪に戻り、妖刀に至っては、白い鞘に収まって、ころりと地に落ちた。
 付加された人間化能力が、時間切れになったらしい。
 
 ▽▲ ▽▲ 

「露草どの、胡麻どの、庵どの、白乱どの。私のような者のところに、よくぞおいで下さいました」
 妖刀を拾い上げて抱え、琴古主と瓶長たちに、デュークは微笑みかける。
「久方ぶりじゃ。デューク殿と仰るのだな? もう離れぬぞっ! い、いや、そのお手持ちの剣をないがしろにするつもりはないのだが」
「んもうデュークったら。ずっと待ってたのに、なかなか迎えに来てくれないんだもの。月弥をせき立てて、あたしの方から来ちゃったわよ」
「おぬしのような御仁に所有してもらってこそ、我が身も生きるというもの。宜しく頼む」
「……くっ。感激じゃ。もうおぬしには二度と会えぬまま、ずっと倉庫で暮らすやも知れぬと思っておった」
「ふーむ」
 エル・ヴァイセの闇のドラゴンと、東京の古い器物たちの感動的な邂逅を、弁天はちょっと頬をぽりぽりしながら眺めていたが、やがて、はたと琴古主に目を止めた。
 人間化していたときは男性陣しか見ていなかったが、原形に近い付喪に戻った今、やっと琴の素晴らしさに気づいたようだ。
「良い琴じゃの。露草と申したな?」
「そう……だけど? あたしもう、デュークの琴だから」
 弁天にじっと見つめられた琴古主は、怯えてデュークの後ろに隠れる。その背後に、さらに弁天は回り込んだ。
「どうじゃ、デューク。露草をわらわに譲らぬか? ローン負担分は引き受けるゆえ」
 琴古主を振り返って見おろし、デュークはしばらく思案していたが、やがて頷いた。
「他の方々はともかく、露草どのの所有については、私も気が咎めておりました。無調法な者の手元に置くよりは、楽曲の神でもあられる弁天どのに奏でていただくほうが、露草どのは幸せでございましょう」
「よし。よいな露草。今からおぬしはわらわのものじゃ」
 聞いた途端、琴古主は絶望的な悲鳴を上げる。
「嫌よ。ひどいわデューク! 一度は自分のものにしておきながら、あたしを捨てるのっ?」
「い、いえ。そのようなつもりは。ただ、あなたさまの幸福を願えばこそ」
「あたし、あなたと一緒にいたいのよ。どうしてわかってくれないの」
「ですが露草どの。楽器をたしなまぬ私は、あなたさまにふさわしい男ではございません」
「そんなの関係ない。運命の出会いだと思ったのに」

 何となく昼下がりのメロドラマ的展開になってきたデューク&露草&弁天の会話に、取り残された月弥とハナコと蛇之助と鯉太郎は、大福3箱を抱えて盛大なため息をついた。
「長引きそうだなー。なぁ、あいつら放っといて大福食わねえ?」
 鯉太郎が箱の包装を解き始めれば、ハナコもふああと伸びをする。
「そだねー。お茶、いれよっか?」
「公爵さまは誠実な方ですが、どうやら女性運が悪いみたいなんですよね……。月弥さん、ええと、この光景は、あまり人生の参考にはならないかと……」
 月弥は月弥で、新たに得た知識に目を輝かせていた。

「女性運が悪い」=「デューク」
 
 気の毒な公爵は、自分が教育のサンプルにされていることを知らないまま、未だ琴古主をなだめている。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】

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■         ライター通信          ■
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あけましておめでとうございます。神無月です。
お忙しいところ、わざわざご来園くださいまして、まことにありがとうございます。
不束なNPC連中ではございますが、本年もおつきあいくだされば幸いでございます(深々)。

いつも暴走をお許しくださいまして、月弥さまには感謝の言葉もございませぬ。
おかげさまで、デュークの女性運が良くないという隠れ設定(全然隠れてなかったりして)が、日の目を見ることができました(笑)。