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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ 〜傾国のメイド〜

「あーっ! デルフェスちゃんだ。いらっしゃーい。弁天ちゃんだったら、今日はここにいるよー!」
 鹿沼デルフェスの来訪にいち早く気づいたのは、動物園入口にいたハナコだった。
 いつものように弁財天宮方向へ行こうとしていたデルフェスを引き留め、入口の柱の横にある小さな扉を示す。
「……ここに、ですか?」
 それは扉と呼ぶのもはばかられる、30センチ足らずの小さな正方形だった。どう見ても人が出入りできるスペースとは思えない。
「だいじょーぶ。入れるよ。中は広いんだ。そこね、ハナコのお部屋なのー」
 デルフェスは右手に『ラ・メゾン・デュ・ショコラ 』のリゴレット・レが詰められた箱を持ち、左手にはスーツケースを携えていた。その左手に自分の右手を乗せ、ハナコは左手を扉にかざす。
「『いのゼロ番』、ゲートOPENしまーす」

 ハナコの言うとおり、広大な部屋だった。どうした仕組みなのか天井も高く、居住性は悪くない。
 ただし、部屋いっぱいにぬいぐるみやらレースのリボンやらのさまざまな色彩が溢れかえっているので、慣れないうちは目眩がしそうであるが。
「デルフェスではないか。よくここにいるのがわかったのう」
 その真ん中に、弁天はいた。いつもの衣装とはかけ離れた服を着て、髪を解いている。
「ハナコさまに呼び止めていただきましたの。こんにちは、弁天さま」
「うむ。久しいのう」
「今日はお仕事の依頼にまいりましたの。ささやかですが、ハナコさまと召し上がってくださいませ」
 洗練された茶色の箱を差し出され、弁天の目が輝く。
「ラ・メゾン・デュ・ショコラではないか。デルフェスの選択はいつもセンスが良いの」
「恐れ入ります」
「して、依頼とは何ぞや?」
「鑑定ですわ。以前、弁天さまにアンティークショップ・レンまでご足労いただいて楽器を鑑定くださったことがございましたが」
「おお。あの時は、それはそれは苦労したぞえ」
「おかげさまで大好評でした。マスターともども感謝しております」
「左様か!」
「はい。ですから今回も是非お願いしたいのです」
「宜しい。わらわにどんと任せるが良いぞ!」
「うまいなあ、デルフェスちゃん。ナイス褒め殺し!」
 ハナコの突っ込みにも、優雅に微笑むデルフェスであった。

「それで鑑定品は、そのスーツケースの中身かの?」
「そうですの。……ところで今日の弁天さまは、いつものお召し物とは趣向が違いますのね?」
「あー。んーと」
 言われて弁天は、いつになくもじもじした。自分の服の袖や襟を引っ張ったり、スカートの裾をいじったりしている。
「……この服は、わらわには似合わぬかえ?」
 弁天が着ているのは、黒の天鵞絨の地に白いレースを幾重にもあしらった、ハナコが好むゴスロリテイストのワンピースであった。
「そんなことはございませんわ。お可愛らしくていらっしゃいます」
「……なら良いが。この手の格好で弁財天宮にいると、蛇之助が鳥肌を立てながら苦情を言うでのう。仕方なく、時々ここで着替えてみるだけに留めておるのじゃ」
「懸命な判断だと思うよ。蛇之助ちゃんの気持ちもわかるもん」
 ハナコは処置無しという風に首を横に振る。デルフェスはくすりと笑った。
「勿体ないですわね。弁天さまはどんな服もお似合いになるのに」
 スーツケースを横にし、留め金を外す。
「実は、今回鑑定をお願いしたい品は、とある魔女の――服、なのです」

  ■□ ■□

「服?」
「服じゃと?」
 ハナコと弁天は同時に叫ぶ。
 デルフェスは頷いて、スーツケースから一着目を取りだした、
「その魔女は退魔士に倒されました。ですからこれは、遺品と言うことになりますわね」
「あのー。聞かなくても見当はつくんだけど、一応聞くね。服って、どうやって鑑定すればいいのかなあ?」
「この前と同じ方法でお願いしますわ」
「……やっぱり」
「……体当たり方式かえ」
「まずはハナコさま。着てみませんか?」
 差し出された服の材質とデザインに、ハナコは目を丸くする。
「デルフェスちゃーん。これ、黒革のボンテージだよぉ?」
「ハナコさまなら、きっと着こなせますわ」
「……そうかなぁ?」

 部屋の一角のカーテンを引き、ハナコはそこで着替えた。
「えー。なんか恥ずかしー」
 ボンテージに身を包んだハナコは、落ち着かない様子である。何しろ10歳程度の幼児体型なので、遠目には変則的デザインのスクール水着に見えなくもない。
「何か、変わった感じはするかえ?」
「んー? 別にぃ。……弁天ちゃん」
「何じゃ?」
「頭が高い! 控えおろう! 妾を誰と心得る。500年の歳月を生きた世界象、ハナコであるぞっ!」
「おわっ? どうしたのじゃハナコ?」
 ハナコの表情と態度は一変した。大きな緑の目は小悪魔的な妖しい光を放ち、その口調は弁天をさらに高飛車にしたような飛ばしっぷりである。
 そのまま放置したら、いつかは鞭のひとつも振るいそうな勢いだ。
「判りましたわ。これは着用者の性格を変える魔法服のようですわね。ハナコさま、ご鑑定ありがとうございます。もうお脱ぎになられても宜しゅうございますよ」
「ならぬっ! 妾はまだこの服を着ていたいぞ!」
「……可愛くない性格になるものじゃのう」
 自分の性格は棚に上げて、暴れるハナコを取り押さえ、弁天はボンテージを引っぺがした。

「弁天さまも着ていただけませんか?」
 ハナコがやっといつもの服とキャラクターに戻ったあと、次の鑑定品が弁天に手渡された。
「何じゃ。まだあるのかえ?」
「ええ。中世の姫君風ドレスと、ヴィクトリアンスタイルのメイド服ですわ」
「……何となく嫌な予感はするが……。まあ、着てみてもよかろうて」
 最初は姫君風ドレスを鑑定することにした。
 着替え終わった弁天は、見かけだけなら貴族の姫を彷彿とさせる。その変化を、興味津々でハナコはうかがった。
「気分はどう? 弁天ちゃん」
「――この胸元、開きすぎじゃないかしら? あまりにも慎みに欠けるような気がするわ」
「うわー! 弁天ちゃんの口調が清楚系になってるー! んと、わざと演技してるわけじゃないよね? ね?」
「ハナコさんたら、そのお洋服、装飾過剰じゃなくて? もう少し素朴なものの方が宜しいと思うの」
「やーん。大きなお世話ー。清楚口調で言われると、むかつき度倍増なのはなぜだろうね?」
 ハナコは頬を膨らませ、デルフェスは満足げに判断を下した。
「この服もやはり、清楚可憐なキャラクターになる効果があるようですわ。ありがとうございます、弁天さま」
 しかし弁天は、ドレスを脱いだあとで呟いたのであった。
「清楚可憐なら、いつものわらわのキャラではないか。どこがどう違うというのじゃ!」

 最後の鑑定品であるところのメイド服も、効果は予想通りのものだった。
 弁天は「ご主人様」に忠実な、従順極まりないメイドに変貌したのである。
「……まあ、私ったら。何て気が利かないんでしょう。せっかくデルフェスさまがリゴレット・レをお持ち下さったのに、お茶も入れなくて」
「へー。本当のメイドさんみたい」
 その表情や仕草までも、控えめでひたむきなものになっている。滅多に見られないしおらしい弁天を、ハナコはおっかなびっくり見上げたり、白いエプロンをそーっとめくったりしてみた。
「台所をお借りして宜しゅうございますか、ハナコさま? 確かフォションのアップルティーを一缶、お持ちでいらっしゃいましたわよね?」
「持ってる持ってる! じゃあ、さっそく入れてもらっちゃおうかな。ハナコの分とデルフェスちゃんの分だけね。弁天ちゃんはしばらく我慢ってことで」
「あの。私でしたら飲食しなくとも。それにもう、鑑定結果はわかりましたし」
「いいからいいから」
 デルフェスは固辞したが、ハナコは強引に二人分の紅茶を入れさせてみることにした。
 普段の弁天なら、「なぜわらわが我慢せねばならぬ!」と怒り出すところである。しかし淑やかなメイドは、従順に腰をかがめたのだった。
「かしこまりました」
 運んできたアップルティーを、デルフェスとハナコの前にそっと置き、弁天は静かに立っている。
 リゴレット・レをハナコがひとりで食べ始めても、「ええい! 独り占めは厳禁じゃ!」などとは言わず、微笑みながら見守るだけだ。
「お、面白い……」
 ハナコは少々、悪戯心を起こした。
「デルフェスちゃん。弁天ちゃんを連れて部屋の外へ出よう。蛇之助ちゃんやデュークに、従順なメイド姿を見せてあげようよ」

  ■□ ■□

 弁財天宮1階で、蛇之助とデュークは過去資料の整理をしていた。
 どうやら弁天が席を外している方が事務処理がはかどると判断した蛇之助は、デュークにも助力を願ったらしい。カウンター上には、整理済みのファイルがずらりと並んでいる。
「これはこれは。いらっしゃいま……」
 ハナコに伴われて入ってきたデルフェスに挨拶をしようとした蛇之助は、三歩遅れてしずしず入ってきた弁天を見るなり、驚愕してファイルを落とした。
 追い打ちをかけるように弁天は膝を折り、想像を絶する台詞を放つ。
「ごきげんよう。蛇之助さま、デュークさま。私に御用がおありでしたら、何なりとお申し付けくださいましね」
「べ、弁天さま? えっとあの、熱でもおありになるんですか?」
「いいえ。蛇之助さまこそ、顔色がお悪いですわ。何か暖かいものでもお作りしましょうか?」
「おおおお気遣いなく」
 真っ青になってがくがく震えていた蛇之助は、とうとう床に両手をついた。
「お願いです、弁天さま! 100歩譲ってメイドコスプレをなさっても文句は言いません。でもその演技だけはやめてください!」
「演技じゃないよー。地でやってんの。魔法服の効果だよ」
 ハナコに言われ、蛇之助はいったん得心したが、
「デルフェスさんの鑑定依頼品でしたか。恐るべきお品ですね――ということは」
 何事かにはたと気づき、再び青ざめる。
「メイド服を脱いでも、弁天さまはその間のことは覚えてらっしゃるんですよね? 戻ってからの反動が怖いんですけど」
「お怒りがいちじるしいようでしたら、失礼して換石の術で石化させていただきますわ。そのうちに嵐は収まりますでしょう」
 デルフェスが頼もしく請け負ったので、蛇之助はようやくほっとした顔になった。
 眷属の動揺とは対照的に、デュークの方は冷静であった。顔色ひとつ変えず、メイド弁天に指示を出している。
「それではお手数ですが、弁天どの。この書類を見出し別五十音順に並べてくださいませんか?」
「お安い御用ですわ、デュークさま」
 弁天は素直に作業に入る。ハナコはデュークの側に寄り、耳打ちをした。
「ねーデューク。弁天ちゃんの性格が変わってるのに、驚いたりとか突っ込んだりとかは、しないわけ?」
「――どこか違ってらっしゃいますか? いつもどおりの気高くお優しい女神どのであられるが」
「……あーそぉ。わかった。うん。デュークが狼狽えるかもと思ったハナコが馬鹿だったよ」
「公爵さまは、大物でいらっしゃいますから」
 やれやれと、蛇之助はため息をつく。書類を揃えている弁天に、デュークは次の手順の説明を始めていた。
「傾国の美貌の持ち主ですから、従順な弁天さまも素敵ですわね。ああしていらっしゃると、本当にデュークさまにお仕えしているように見えます」
 にこにこと笑顔を絶やさずに、デルフェスは見守っている。その様子をちらっと見て、ハナコは呟くのだった。

「デルフェスちゃんだって、大物だよね」
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】

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■         ライター通信          ■
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あけましておめでとうございます。神無月です。
お忙しいところ、わざわざご来園くださいまして、まことにありがとうございます。
不束なNPC連中ではございますが、本年もおつきあいくだされば幸いでございます(深々)。

いやぁもう、デルフェスさまには感服です。従順な弁天! ライターも想像したことがございませんでした。
……魔法服を着せっぱなしにしておくのが、世間様のためのような気もしたり。