■幻影浄土〜人形〜■
黒金かるかん |
【4365】【架月・静耶】【陰陽師(駆け出しレベル)】 |
「いらっしゃい、王禅寺へようこそ……浄化を手伝ってくれるんだね?」
王禅寺万夜が、あなたを出迎えた。
「今回お願いしたいのは、この子だよ」
その手には、人形が一体抱きかかえられている。
「悪い子じゃないんだ。もうじき眠るよ……だからね、この子の最期の願いを叶えてあげてほしいんだ」
万夜は愛しげに人形を撫でている。
「何が希望なのか、話は本人から聞いてね。人形の言葉がわからなかったら、月見里のお兄ちゃんが手伝ってくれるから、頼んでね。必要なら、この子の過去は見せてあげられるよ……あと……情が移らないように気をつけてね? この子を、あげるわけにはいかないから。それじゃあ……よろしくね」
そう言って、万夜はあなたに人形を差し出した。
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※注意事項
このゲームノベルシナリオは、常時登録しておくものです。何度も同じシナリオで募集をかけますので、ご了承ください。
基本の流れは同一ですが、詳細部分は各自プレイングにて指定してください。シチュエーションの限られたシングルノベルだと考えていただくと、最も近いかと思われます。
シナリオ中の人形はあげられませんので、ご了承ください。
募集人数:
基本1人。
シングルノベルっぽく、さっぱり短めのお話or万夜か海音とのツインノベル風になります。NPCを連れ出す場合は、その旨明記してください。黒金が登録しているNPC以外を指定しても、お応えできませんので、お気をつけください。
複数人で発注したい場合、事前にフォームレター等で打診してください。受けられそうな人数ならば、その分だけ開けます。
プレイング必須事項:
人形の種類=ぬいぐるみ・ビスクドール・市松人形など。
人形の最期の望み=前の持ち主に会いたい、前に住んでいたところに帰りたいなど。基本的に参加者一人だけの話なので、トンデモ系の馬鹿げた願いごとでも構いません。
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幻影浄土〜I wish〜
――助けて。
彼女は届かぬ声で叫ぶ。
――助けて。
殺されて、埋められた、その土の下で。
――ここから出たい。
動かぬ指で、土を掻く。
――行かなくちゃ……!
それが叶わぬと悟ったとき。
――助けて……
それでも彼女は願った。
――あの人を助けて……!
それを奇跡と人は呼ぶのだろうか。
彼女の想いだけは暗き褥から開放された。
自らの意思では動かすことのできぬ形代に、その魂を捕らえられながらも。
それは他の仕事の後始末の関係で、架月静耶が王禅寺を訪ねたときのことだった。住職に簡単に話を終えた後、静耶は床の間に置かれていた正月人形に気を惹かれた。いや、もう少しはっきりと、呼ばれたと思った。
そこへ王禅寺万夜が、遅れ馳せながらとお茶を運んでくる。もう暇するからと断って、静耶は立とうとしたが……また、人形が呼んだ。
呼ばれながら返事一つしないのも心地悪くて、形なりと万夜に訊ねた。
「この羽子板は?」
「あ、すみません、来てくれるはずだった人が来れなくなっちゃって。架月さんがいらっしゃる前に片付けておこうと思っていたんだけど……」
万夜は、床の間にあった羽子板を背にした正月人形を手に取った。
「たまたま声が聞こえた人が、ここに連れてきてくれたんだけど……あんまり、時間もないんだけど……僕じゃ役に立たないし。一応、代わりの人も急ぎで呼んだんですが」
そこで、万夜は顔を上げた。
「架月さん、お仕事は終わられたんだよね?」
静耶は、少し戸惑いながらも頷いた。ここから続く言葉には、静耶にも見当がつく。
「もし良かったら……この人の願いを叶えてあげてくれませんか?」
しかし、その言葉に静耶は微妙な違和感を感じた。概ねは予想通りの言葉であったけれど……
「この……ひと、なのかい?」
その問いに、万夜は目を伏せた。
「この人です。この正月人形には、人の……女性の魂が宿っているので。もう、人としては、亡くなっているけど」
正確には、殺されているが。と。
静耶も、軽く目を見開いた。
その程度のことに驚くほどに初心ではないが、それは、静耶を呼んだ魂に殺された者の怨みのようなものは感じなかったからだった。
「彼女の願いは、恋人を助けて欲しい……と」
静耶も、その艶やかな着物姿の正月人形に触れた。先ほどまでの呼び声が、もっとはっきりと伝わってくる。
――あの人を助けて……
思わず手を退いて、静耶は自分の手を見つめて考えこんだ。
「なんだ、遅れて到着したのか? じゃ、俺はもう用無しかね?」
ふと顔を上げると、障子に手をかけて、紫の鞘袋を手にした青年が立っている。体つきは鍛えたものだが、顔つきはインテリ系という微妙にアンバランスな印象だ。
「海兄さん、用無しってことはないよ。架月さんは、別の用事でおじいちゃんに会いに来たんだ。架月さんのお仕事が終わったなら、手伝ってもらえないかと思って……お願いしているところ。今回のはちょっと大変だから……海兄さん一人じゃ心配だし」
「呼びつけておいて心配されるとは困ったもんだな。そんな話だって言うのに、この人なら大丈夫なのか?」
「大丈夫だと……思うよ」
そう言いながら、万夜は静耶を振り返る。静耶はまだ、引き受けるとは答えていないからだ。
答えを待つ顔に、静耶は頷いて見せた。
「いいよ。引き受けよう」
そして、再び自分の手に目を落とす。
その手に悲しげに縋り付いてきた女性の影が、静耶の脳裏には浮かんでいた。
世には救われぬ想いが多すぎる。ここにいる女の幻影もその一つだ。数ある中の一つに過ぎない。
握り潰してしまえば跡形も残らぬ脆弱な幻だ。
だが……縋られてしまった。悲運に死んだその女性の手を、死んだあとまで振り払うのは、静耶にはあまりに酷な気がして。せめて手向けに、最期の願いを叶えてあげようと……
せめて、その手助けをと。
正月人形を風呂敷に包み、腕に抱くようにして静耶は王禅寺を出た。鞘袋を持った青年、月見里海音が運転する車で都心に出ることにして。
「どこに向かえばいいんだ?」
静耶が助手席に収まると、待っていたように海音が話しかけてきた。車を回してくるために、先に寺を出たからだ。その間に、羽子板に磔となった彼女の望みを静耶は聞いた。……彼女が、どうして死んだのかも。
静耶はそれを思い返して……少し、やるせないものを飲み込んだ。
詳しい話は本人から聞くようにと、万夜は静耶の手に羽子板を委ねた。末期の願いを正しく叶えるためには、それを自らが伝え、また自らが受け止めなくてはならないと。
想いを残さぬこと。それが想いの果てから、泡沫であれ存在を得たものを弔う方法であると。
……静耶の知る組織にいる者ならば、甘いと鼻で哂うかもしれぬ。
だが、場所が変われば、やり方も変わる。
それがここのやり方だ。
――あの人を助けて。
妄執にも似た強さの想いが静耶に流れ込んでくる。あの人と言うのが、彼女の恋人だった男であることは、問わずともわかった。
――あの人が危ないの。
「……なぜ? さもなくば……誰に?」
――彼が、おじいさまを狙っているから……でも、このままなら、おじいさまが雇った男に返り討ちにあうわ。あの人は、まだ無事なのかしら……
そこで静耶が万夜を見ると、万夜はただ黙って頷いて見せた。
「君の大切な人は、まだ大丈夫なようですよ」
――……よかった。まだおじいさまは、私が死んだことを知らないのかしら……
「さて……そこまではわからないですが。君は殺されたんでしたね」
顔は万夜に向けながら、静耶は問いを続ける。
――そう……あの人に……殺された。
「え……それは」
――あの人は、仕事のために私に近づいたの。私がそれを知ってしまったから……
何も答えられず、静耶はただ顔をしかめた。
――馬鹿な人……ううん、本当に馬鹿だったのは私……私だけが何も知らなかった。おじいさまも気づいていたのに。
独白のように、想いは続く。
――おじいさまはあの人を殺すわ。待ち構えているの。式神返しにあうわ……急がないと。私、殺されてしまったから。私にはもう止められない。彼は急ぐわ。彼がおじいさまを殺す前に。おじいさまが彼を殺す前に。
奔流のような想いは、だんだん形が崩れていく。彼女が彼女でいられるのも、またそれほどに長くはないのかもしれない。
――あの人を助けて……
それでも、根底にある願いは変わらない。
その激しさは恋か、その強さは愛か、その深さは……優しさか。
「君の願いを叶えましょう。その代わりに一つだけ、教えてはくれませんか」
なぜ許せるのだろうと、静耶は思った。自分を殺した男。肉親を殺そうとする男。自分を利用するために近づいたであろう男。
「どうしてそこまで、優しくなれるのか……君を殺した男のために」
――泣いてくれたから。
そして、その答に迷いは微塵もなかった。
――私を殺すとき、あの人、泣いてくれたから。ごめんって言ってくれたから……もういいの。私、あの人を助けたかったから、止めたかった。あの人を助けたかったから……あの人を、私が殺すなんてありえなかった。だから、私が殺されることは決まっていたの、彼のせいじゃない。
「……君も、異能の生まれだったんだね」
――あの人を助けて……優しい人なの……こんな世界にいるべきじゃない……
まるで見知った誰かのことを語られているようだと、静耶は思った。
「……それはまたハードだな。確かに俺一人の手には余りそうだ」
羽子板の彼女が恋人に殺されて、さらに今助けに行こうとしているのは、その恋人本人であるという話に、海音は顔をしかめた。口では平然を装っているが、気が昂っているのは、その横顔からもわかる。
「それが、彼女の願いなら」
「わかってる。恋人を殺して恨みを晴らしてくれと言われるよりも、ずっといい。優しい人で助かるよ……でもな」
静耶は思わず、口元を綻ばせた。今回のパートナーの彼は、まっすぐで甘くてわかりやすい。
「まあ、愚痴は後にしよう。そいつのマンションは青山だな。ここからじゃ四十分はかかるから、それまで休んでろよ。年の瀬に、仕事の連打は堪えるだろ」
「大丈夫だよ……でも、お言葉に甘えようかな」
静耶は腕の時計を見ながら答えた。もう、大晦日の夜の8時を回っている。
呪殺なら、年の改まる前に行うだろう。だが、ターゲットが今日の昼まで生きていたとするならば、到着したときに手遅れである可能性は低い。夜は味方だ……静耶のような者にとっては。そして、狙う者も狙われる者も、同業者である可能性は高かった。
同じ組織の者でなければいいな、と、ふと思いながら、静耶は助手席に身を沈めて泡沫の眠りへと落ちていった。
夜半。
海音の運転する車は目標の仮宿とするマンションの南西側に立つビルの地下駐車場に潜り込み、雪もちらつくような寒風吹きすさぶ中、二人はそのビルの屋上にいた。
日本中は、年越しまでカウントダウンを始めている。
「もしかして、ずっとここで見張り続けるのか? こりゃきっついな……」
二人交代で車に積んできたオペラグラスでマンションの窓を窺っているが、目標の部屋は電気が消えることもなく、普通に時が過ぎていく。
「そんなことはないよ、もう少しだ」
ここを選んだのは、むろん静耶だ。
到着してからしばらくの間は、見張りを海音に任せて静耶は西と南のビルの屋上に登っていた。仕掛けはしてきた……後は、予想通りならば、と思いながら待つ。
「……動いた!」
年が改まるまで、後三分を切ったところで、部屋に変化が起こった。目には見えない光が、部屋から飛び出していく。伏せるようにした二人の頭の上を駆け抜けて。
「返ってくるなら、すぐ返ってくる! 海音! わずかでいい、返しの足を止めて!」
その声に、鞘袋から剣が放たれる。
残り一分。
南西へ飛び去った光は、南西から影となって返ってきた。
それは……
「猿か!」
去り行く神だ。一年の穢れを禊いで去り行かん神を……模ったもの。
今、マンションの一室にいる者も、矢のごとく死が近づいていることには気づいているだろう。
「はぁっ!」
今回は頭の上を抜かせるわけにはいかぬと、海音は剣を以ってその行く手を遮る。
残り三十秒。
「南より陽陽たる気の凰よ、出でよ! 朱雀!」
南から姿を見せた冬の朱雀。これが南に仕掛けてあったものだ。
だが、これは呪法の理が違う。十二支と四神。
陽の気たる申の形代を、押し止めることはできても退けることはできない。
だが、海音の剣が猿の影を斬り、燃やし尽くす陽の中の陽の気に呑まれ、後一歩の歩みを止めることができるなら。
残り五秒。
「新たなる年の主よ、時は来たれり。西より出でて古き穢れを祓いたまえ……酉!」
鳥の王・朱雀の庇護下にあって、新たなる年の主は酉。
酉が西より現れたとき……年は改まった。もう、猿は神ではない。
南と西にはさまれて、猿の還るべき方角は再び南西となった。
静かになったビルの屋上で。
マンションの一室から、こちらを見上げている男と目が合った。
どちらも声をかけることはない。
彼は知ることはないだろう。自分の命を救ったのが、自分の殺した女の依頼であったとは。
知らなくてもいい……彼女は、それを望んではいないから。
ただ雪の積もった風呂敷包みを解いて、静耶は呟いた。
「……任務完了」
無機質な、優しい声で。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4365/架月・静耶(かづき・しずや)/男/19歳/陰陽師】
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■ ライター通信 ■
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御参加ありがとうございました。お久しぶりです〜。
海音のご指名もありがとうございました♪
こちらも昨年中に納品したかったのですが失敗しました。すみません〜。こちらは、正月にあらかた書き直しまして。年末〜お正月仕様でお届けいたします。……ネタ的には元のより、こっちの方があっていたかもしれないなあ……と思います。……多分。ということで、多少なりとお気に召したら幸いです。
ものすごいスローですが、ぼちぼち出来る範囲でOMCは開いてますので、またご縁があったらよろしくお願いします。
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