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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【3689】【千影・ー】【Zodiac Beast】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ 〜向かうところ敵なし〜

 その日は、真冬には珍しい暖かさだった。澄み切った青空には雲ひとつなく、風も穏やかだ。
 つまりは、ボートびよりである、のだ、が。
 例によって例のごとく、井の頭公園のボート乗り場を横切っているのは、閑古鳥の大群であった。
「暇だな」
 簡潔明瞭に、鯉太郎は言った。
「ボートに乗る客とかじゃなくても、誰か来てくれればいいんだけどなー」
 しかし、京王線井の頭公園駅の方向を見ても、JR吉祥寺駅の方向を見ても、今日は人影ひとつない。
 特にイベントを控えているわけでもない弁天は、弁財天宮の1階で、吉祥寺のデパ地下で買った『ウインタースイーツコレクション』を賞味しているだろうし、蛇之助はこれからの来客に備えて、地下1階の接客用スペースを掃除中のはずである。
 ハナコはいつものように幻獣動物園入口で待機しているし、デュークも今日は外出予定がないようだから、ゲート『への27番』の亡命者移住地区で幻獣たちと過ごしていることだろう。
 皆それぞれ、気忙しいながらも過ぎていく時間を持て余している、静かな午後である。
「こんな日もあるか。人がいないんなら、久々に泳ごうかな」
 異鏡現象発生以降、井の頭池の主であるところの鯉太郎が、本来の姿に戻る機会が少ないのも因果だが、今のところ特に不便は感じていない。それでもたまには池に戻らなければ、自分が水の中で暮らす生き物であることを忘れてしまいそうになる。

 ――ざばーん。

 赤い法被を脱ぎ捨てた金色の鯉が、池を一巡したとき。
 無邪気な声が、七井橋の上から響いた。

「あ〜。お魚さんだぁ。すごぉい。おっきーい」
「んあ?」
 水面から顔だけを出した鯉太郎は、橋の上から黒髪の少女が身を乗り出しているのに気づいた。
 吸い込まれそうな緑の瞳と、ばちっと視線が合う。
「ねー。お魚さん。ここどこぉ?」
「井の頭公園だよ。なんだ、迷ったのか?」
「ほにゃぁ〜。お天気がいいからお散歩してたの。そしたら、よくわかんなくなっちゃって」
「この公園は結構複雑な構成だから、初めて来たんだったらそりゃ迷うよな。……名前、何てんだ?」
「千影。いつもはチカって呼ばれてるよー」
 少女は軽く握った右手を口に当て、小首を傾げてみせる。その仕草は、小さな黒猫を思わせた。
「チカか。おれは鯉太郎って言うんだ。道案内してやるから、ちょっと待ってな」
 一直線にボート乗り場に戻ろうとした鯉太郎は、千影に呼び止められた。
「まってー。お魚さん」
「……鯉太郎」
「鯉太郎ちゃん。この池に、ししゃも、いるぅ?」
「ししゃも……って、サケ目キュウリウオ科シシャモ属のししゃもか? それはさすがにいないけど、何でだ?」
「チカねぇ、ししゃも、大好物なの♪ でも鯉は食べたことないのぉ」
 千影はきらきらと目を輝かせる。本能的に身の危険を感じ、鯉太郎はざぶんと水中に潜った。
「あー。そりゃ残念だったな。念のためにいっとくけど、都会の池の鯉は不味いぞ?」

 ☆★ ☆★

 人間の姿に変化して、鯉太郎はやっと一息ついた。
 迷い猫を出口まで送っていこうとしたら、千影はツインテールを揺らしていやいやをする。
「もっと遊ぶー。遊ぶのぉー」
「……そっか? まあ、お客が来て喜ぶ連中はたくさんいるから、願ったりかなったりだけど」
 腕に縋りつかれたまま、取りあえず弁財天宮方向へ歩を進めてみる。
 突然、千影は前方を指さして歓声を上げた。
「わあ! あの人誰〜?」
 見れば、弁天だった。何やら考え事をしながら、こちらへやってくる。
「うう〜む。午後のお茶請けは、岐阜県産の栗きんとんか、それとも長野県産の塩羊羹にしようか。悩ましいのう〜」
「おーい、弁天さま。どっか出かけるのか?」
「茶菓子の在庫が切れてしもうたゆえ、買い出しに行こうと思っての。三越吉祥寺店の『菓遊庵』なら、全国の銘菓が入荷カレンダーつきでチェックできるでのう」
「あんまり甘いものばかり食ってると太るぞ?」
「女神は太ったりしないことになっておる――むむ? その愛らしい娘御はどなたじゃな?」
 見知らぬ少女の存在に気づき、弁天は目を細めた。千影の肩に手を置いて、鯉太郎は紹介する。
「迷子だよ。道案内するつもりだったけど、公園で遊んで行きたいって言うんで」
「はじめまして〜。あたしチカ♪」
 千影はご機嫌で弁天に近づいた。
「よろしくね。んん……と、弁天ちゃん?」
「天衣無縫じゃな。わらわをちゃん付けで呼ぶ大胆不敵な輩が、ハナコ以外にもいたか」
 ちょっとたじろいた弁天に、千影はしゅんとする。
「弁天ちゃん……おこっちゃやだ」
「怒ってはおらぬ。好きに呼ぶがよい」
「そぉ? よかった♪」
 にぱぁ、と、笑顔になった千影を見て、弁天は何となくその頭を撫でた。千影はいっそうにこにこする。
「さて。お客人がいらしたからには新しい茶菓子の調達が急務となったわけじゃが……しかしわらわが席を外すのはつまらぬ。どうしたものか」
 弁天は頬に手を当てる。しかしそのシンキングタイムは一瞬で終わった。すぐに結論が出たからである。
「わらわとしたことが。こんなときのために眷属がいるのではないか! 蛇之助に買いに行かせればよいのじゃ。さ、チカや、弁財天宮にまいろうぞ」
「わぁ〜い」
 チカは大喜びで、先頭切って駆けだした。

 ☆★ ☆★

「あれ? 弁天さま? 買い出しに行かれたのでは?」
 地下1階に下りてきた弁天に、蛇之助は掃除の手を止めた。千影と鯉太郎を伴っていることに気づき、慌てて挨拶をする。
「これは失礼しました。お客さまでしたか。ようこそいらっしゃいました。私は――」
 蛇之助が名乗る前に、とことこと近づいた千影は、しばらく首を傾げ、やがて頷いた。
「こんにちは〜♪ 蛇之助ちゃん」
「えっ。何故私の名を」
「さっき、弁天ちゃんがいってた〜。あたし、チカ」
「チカさんですか。……天衣無縫、大胆不敵な方ですね」
「まさしく、わらわもそう思っておった。ときに蛇之助」
「わかってます。『菓遊庵』へは、私が参ればよろしいのですね?」
「おお。心が通じ合っておるのう! おぬしも眷属として、かなり練れてきたではないか。褒めてつかわす!」
「……逆らっても無駄だと言うことがわかってきただけで――あう」
 盛大に蛇之助の背中をどつく弁天を、千影は面白そうに見ていた。が、やがてきょろきょろと地下フロア全体を見回し始める。
「ひろーい。向こうには何があるんだろ〜?」
 猫が初めての場所に鼻をひくつかせるように、千影はあっちの角、そっちの部屋へと、探検を開始した。やがて、端にある階段を見つけると、狂喜して下りようとする。
「かいだんだー。かっいだっんっ♪」
「これこれチカ。諸事情により、その下に行かれると微妙にまずいのじゃ。こっちへお戻り。今、茶菓子を買いに行かせるゆえ――チカは何が好みかの?」
「チカねー。ししゃもがいいなー」
 たたたっと舞い戻ってきた千影は、あっけらかんと言った。鯉太郎はその頭をぽんと叩く。
「ししゃも好きなのは身に染みてよくわかったから、なんつーか、その次に好きなものを教えてくれないかなぁ?」
「ふにゃ〜?」
 小首を傾げた千影は、さらに反対側に傾げてから叫んだ。
「ミルク! チカ、ししゃもの次にミルクが好き〜♪」
「ははあ。本当に猫みたいだな。……ミルクねえ」
 鯉太郎は、ん? と呟いてから、弁天に向き直った。
「チカ用だったら、買い出しは必要ないんじゃないか。ハナコん家には、ミルクが常備してあるはずだぞ」
「そうであったな、ハナコは猫系の友人が多いゆえ。蛇之助、買い出しは保留じゃ」
「行き先は動物園入口へ変更ですね。いっそハナコさんに『への27番』ゲートを開けていただきましょうか。可愛らしいお客さまは、騎士さまがたも大歓迎でしょうから」
「動物園〜!?」
 千影の瞳が、わくわくとした期待に満たされる。
「……ししゃもいるかな?」
「いないっつーの。ほれ、行くぞ」
「にゃう」
 それこそ子猫でも掴むように千影の首ねっこを押さえると、鯉太郎は地上への階段を上った。

 ☆★ ☆★

「ミルクはたくさんあるから、どんどん飲んで。チカちゃんって言うんだ? かわいー♪ ハナコだよ、よろしくね」」
「ハナコちゃん? チカよりちっちゃい」
「うん。ハナコの方が4、5歳くらいは年下かなぁ」
「嘘をつけ!」
 恒例の年のサバ読みをやらかしたハナコに、弁天が突っ込みを入れたあたりで、デュークが客人の様子を見にやってきた。
「こちらのご令嬢が、千影どのですね。初めまして。デューク・アイゼンと申します」
  彼らは砂漠の真ん中に青いビニールシートを敷いて車座になっている。
 すでに『への27番』ゲートはオープン中なのだが、絶世の美少女の訪問者が現れたという情報に、大量の面会希望者たちがパニックを起こして収拾がつかなくなり、まずはデュークだけが挨拶に来たということらしい。
 緑の瞳を見張り、デュークをじーっと見つめてから、千影は言った。

「あたしチカ♪ こんにちは、デュークちゃん。よろしくね〜」
「…………(応答不能)」

 青ざめて口ごもるデュークの肩を、蛇之助と鯉太郎が揺さぶった。
「大丈夫ですか、公爵さま。しっかりなさってください」
「おおーい、デューク。これっくらいで絶句すんなよ。大人の男ならさらっと笑顔で流せ!」
「ほほ〜う。デュークを動揺させるとは、なかなかやりおる」
 きらーん☆と目を光らせた弁天は、エル・ヴァイセの亡命者移住区域への門を指さした。
「あの中に突入してみい、チカ。幻獣のお兄さんが大量にいて楽しいぞ」
「にゃ〜ん♪」
「弁天さまっ。いきなりそれは、爆弾を投げ込むようなもの……。待ってください、チカさん!」

 もちろん、チカが立ち止まるはずはない。
 揺れるツインテールは、すぐに門の中に消えた。

 ――エル・ヴァイセの亡命騎士たちの運命は、神にも仏にも予測不可能である。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3689/千影(ちかげ)/女/14/ZOA】

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■         ライター通信          ■
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あけましておめでとうございます。神無月です。
お忙しいところ、わざわざご来園くださいまして、まことにありがとうございます。
不束なNPC連中ではございますが、本年もおつきあいくだされば幸いでございます(深々)。

千影さま、初めまして! 
初対面なのをいいことに、片っ端から連中に引き合わせてしまいましたことをお許しくださいませ。ライターもあまりの可愛らしさに理性を保つのが大変でした(何)。