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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【2284】【西ノ浜・奈杖】【高校生・旅人】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ 〜井の頭異聞:宙(そら)組外伝〜

ACT.1■再会は突然に

 西ノ浜奈杖が井の頭公園を訪れたのは、霜月の半ばであった。
 例の、世にも面妖な二人三脚オリエンテーリングが行われてから二週間後のことである。
「……あれれ? 鯉太郎さんがいない」
 今日の奈杖の目的地は弁財天宮である。用があるのは蛇之助にだった。従ってボート乗り場は通過するだけであるのだが、常駐しているはずの鯉太郎の姿が見当たらないのが気になり、奈杖は首を傾げた。
 そのまま歩を進め、動物園入り口にさしかったが、管理者たるハナコもやはり席を外している。
「皆さん、弁天さまのところに遊びに行ってるのかな。ここのひとたち、わりと仲良しみたいだし」
 彼らが耳にしたら突込みを入れられそうな独り言を呟いたあたりで、井の頭池から吹き上げる噴水が視界に入った。細かな水の飛沫を透かして、朱塗りの弁財天宮が見える。
 1階フロアへ直行しようとして、奈杖ははたと足を止めた。入口扉に続く階段の左側に、見慣れないものが設置してあったからである。
「……掲示板?」
 木製の階段にさらに石段を重ね、その上に高札を並べるという無茶な設計だ。デザイン的にはどうやら、江戸時代の高札場を模しているらしいが、用途は伝言メモコーナーであるらしい。
 雑然と貼られている色とりどりの紙の中に、奈杖は自分宛てのメッセージを見つけた。ひときわ目立つ荒っぽい殴り書きである。

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 奈杖へ

 遅いじゃねぇか。 
 今な、地下1階で、すげえ美女軍団をはべらせて宴会中だ。
 早く来ねぇと、美人も食い物もなくなるぞ。

     ……俺が誰かは、わかるよな?
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 メモを手に取って、奈杖はにっこりする。
「蘇鼓さんも、来てたんだ」
 舜・蘇鼓は、オリエンテーリング大会にて赤い荒縄でがっつり足首を括られ二人三脚バトルを繰り広げた際の、ペアを組んだ相手である。渡されたゼッケンに記されたペア名は『宙(そら)組』であった。
 宙組は健闘したが、残念ながら優勝は逃がした。しかしチェックポイントクリアの賞品として、蛇之助賞の『お好みの薬品を作ります券』を手に入れたのである。
 彼らは2枚あった券をそれぞれ1枚ずつに分けて持つことにした。権利の行使はお互いの都合のいいときに別々に。約束なし。拘束なし。そう話し合って。
 蘇鼓は、自分が今度いつ弁財天宮を訪れるとは言わなかったし、奈杖の予定も聞かなかった。
 明日か、一年後か、もっと先なのか、それともずっとすれ違ったままなのか。宙組の再会が果たしていつになるのやら、見当もつかなかったというのに。
 奈杖と蘇鼓は同じ日に偶然、井の頭公園を訪れたのだ。しかも蘇鼓は、まるで奈杖が来るのが当然といわんばかりの態度である。
(蘇鼓さんらしいや)
 蘇鼓はもう、蛇之助に何か薬を作ってもらっただろうか。それとも、それは後回しにしてまずは宴会、ということだろうか。
「美女軍団って、弁天さまとかハナコさんとかアケミさんたちのことかなぁ……?」
 彼女らに対する表現にしては、今ひとつしっくりこない。
 ともかく行ってみればわかるだろうと、奈杖は1階フロアを突っ切り、地下への階段を降り――そして。

ACT.2■嵐を呼ぶ男

 話は少し、遡る。

「おぉーい、蛇之助。薬作ってもらいに来たぞー。あぁ、その前にメシな」
 券をひらひらさせながら、蘇鼓は弁財天宮にすたすた入ってきた。まるで自分の部屋にでも帰ってきたかのように地下フロアへ直行すると、掃除が終わったばかりの来客用スペースにどかっと居座る。
「いらっしゃいませー、蘇鼓さん。丁度ごはんが炊きあがったところですよ」
 白衣の上にエプロンという珍妙な格好で、蛇之助はごはんとみそ汁と漬け物と料理一品を乗せたお盆を運んできた。
「おぅ。みそ汁の豆腐は木綿だろうな?」
「お好みどおりになってます。今日のメニューは蘇鼓さんのお好きなイカ焼きをご用意……」
「イカだとぅー? ふざけんな!」
 お盆をひっくり返さんばかりの勢いで蘇鼓は怒鳴る。蛇之助はきょとんとした。
「……お嫌いですか? 海キャンプでは美味しそうに召し上がってらっしゃいましたが」
「うるさいっ。俺はベジタリアンだ! 夢ン中でのお茶目と一緒にすんじゃねぇ!」
「うるさいのはおぬしじゃ! わがまま亭主のようなことを言いおって! 蛇之助はおぬしのヨメではないぞっ」
 だだだっと接客ルームに駆け込んできた弁天が、閉じた扇を矢のような猛スピードで投げる。あわや頭部にヒットする手前で、蘇鼓はひょいと避けた。
「む。かわしおったな」
「けけけっ。パターンが読めてきたからな」
 肩をすくめる蘇鼓の手から、弁天はすばやく券を取り上げる。
「まさか、これが宙組の手に渡ろうとはのう。奈杖はおっとり温厚じゃから無茶な要求はしまいが、おぬしは爆裂スパークな薬品を作らせそうで、ひっじょーに不安じゃ」
「そりゃどうかなぁー? 案外、奈杖のほうがぶっ飛んでるかもしれねぇぞ? ……返しやがれ」
 弁天から券を取り返すなり、そのまま蛇之助のエプロンのポケットに突っ込む。
「奈杖はたぶん、あとから来ると思う。その前に、俺の分をさっさと完成させろよ」
 にやりと笑う蘇鼓に、蛇之助はこわごわ聞いた。何となく、取り返しのつかないことが起こりそうな予感を感じながら。
 ――案の定。
 
 蘇鼓は、こう言ったのである。
「『性転換ガス』を作ってもらおうか。吸い込んだら性別が丸一日変わるやつ」

ACT.3■ハーレム・ノクターン

 階段を降りた瞬間、奈杖は我が目を疑った。
 今日の来客用スペースは、アダルトなクラブ風にディスプレイされていたのである。
 まだ真昼だというのに照明は蒼く絞り込まれ、さながら深海のようだ。未成年者にはいささか敷居が高い。
「これは奈杖どの。ようこそおいでくださいました。先ほどから蘇鼓どのがお待ちかねですよ」
「あ……の……?」
 ――いきなり。
 想像を絶するような美女に出迎えられ、奈杖は唖然とした。
 腰まで伸びたまっすぐな黒髪に、神秘的な青い瞳。豊満な胸とくびれた腰、すらりと長い脚が眩しい。
 薄い朱色で統一された半透明の衣装と、顔の右半分をゆるやかに覆うヴェールは、まるで遠い異国のハーレムの寵姫を思わせる。
「……どこかで……お会いしたことがありましたか……?」
 奈杖は首を捻る。整った横顔と典雅なものごしに、何となく見覚えがあるような気がしたのだ。
「はい。二週間前の、オリエンテーリングの折りに」
 奈杖を促して、黒髪の美女は蘇鼓のいるテーブルへ誘導する。
 広いソファの真ん中に蘇鼓はお大尽よろしくふんぞり返り、回りを幾人もの美女や美少女たちで固めていた。
 上品なドレスを纏った貴婦人風、髪に真珠を編み込んだ令嬢風、金髪のセーラー服、銀髪のナース服――よりどりみどりである。
 その誰もが初対面の女性であるはずなのに……何というか……皆、顔見知りの誰かに似ているような気がするのは何故だろう?
「蘇鼓どの。奈杖どのがいらっしゃいました」
「よぉ、奈杖。まぁここに座れ」
 チャイナ服を着た蘇鼓は片手を上げて、自分の正面の席を示した。そして、黒髪の美女に向かって、思いも寄らぬ呼びかけをしたのである。
「おい、デューク。奈杖に何か飲み物な」
「かしこまりました。今すぐに」
「……え?」
 ぱちくりと、奈杖は目をしばたたかせる。
「デューク、さん、なんですか?」
 女性化したデュークは、無言で頭を下げる。
「あの券使ってさぁ、蛇之助に性転換ガスを作ってもらったんだよ」
 蘇鼓は平然と言い、奈杖は目を丸くした。
「どうしてそんな……」
「やー、面白そうだったから――実験成功でよかったな?」
 蘇鼓に話を振られた銀髪のナース――言わずと知れた蛇之助である――は、深いため息をついた。
「作るのは構いませんけれども、くれぐれも私たちを実験台にしないでくださいと申し上げましたのに」
「地下フロアを密閉してから、おれたちには事情を話さないで呼び集めて、一気にガス散布しやがったんだぜ、こいつ」
 セーラー服の美少女姿になってしまった鯉太郎(カチューシャつき)はげっそりと言い、
「弁天さまとハナコさんがそれはそれは乗り気で蘇鼓さんに協力しましたからね」
「私どもでは太刀打ちできませんよ」
 気品ある貴婦人と化したポチことポール・チェダーリヤと、清楚な令嬢になったフモ夫ことファイゼ・モーリスは、そう愚痴るのだった。

 彼らの美女っぷりをしばし鑑賞してから、奈杖は自分の券を取りだした。
「……あの。せっかくなので僕の薬品も作ってもらっていいですか?」
 ナース服の蛇之助に、耳打ちをする。
 薬の内容を聞いた蛇之助は驚いて息を呑んだが、すぐに了承して席を外した。

ACT.4■……チェンジ?

「でもさー。性別変わったあとの衣装までは、ハナコも弁天ちゃんもリクエストしてないよ? 全部デュークの指示じゃん」
 蘇鼓が座っているソファの、ちょうど背中合わせになっている一角からハナコの声がした。
 ひょこっと立ち上がり、デュークの横に来たハナコは、普段と変わりのない少女の姿である。
「恐れ入ります。最悪の事態にも最良の選択を、が、キマイラ騎士団のモットーですので」
 ――デュークが頭を下げたとき。
「よい心がけじゃ。何やら楽しげ……もとい、おぬしたちにだけ性別を変えさせるのも気が咎めるゆえ、わらわもガスを吸ってみたが、ふむ。フモ夫から借りた鎧は、ちとゆるいかのう?」
 弁天――の声が聞こえた。いつもどおりの口調なのだが、微妙にトーンが違う。それはやや低めの、若い男性の声だった。
「弁天さま……?」
 目を見張る奈杖の前に、キマイラ騎士団の略式鎧を身につけた細身の青年が現れる。ひとまとめに後ろに流した黒髪と、鋭い金の瞳――男性化した弁天であった。
「いっやー。弁天がこんなにいい男になるなんてなー。俺が女だったら跪いて愛人にしてくださいって泣きつくところだ」
 あからさまに嫌そうな顔の鯉太郎に水割り(に見えるが実は烏龍茶)を作らせながら、蘇鼓は上機嫌である。
「……ほぉう? その言葉、しかと聞いたぞえ」
 弁天はどこからか赤い錠剤を取り出すと、こっそり水割り烏龍茶に投入した。
 錠剤はすぐに溶けて見えなくなる。蘇鼓は気づかずにそれを一気に飲んだ。
「……んぐっ?」
 背を丸めて、蘇鼓は咳き込んだ。赤い髪がみるみるうちに伸びていく。肩は丸みを帯び、腰はほっそりとくびれ、膨らんだ胸に押されてチャイナ服の釦が弾けそうになる。
「弁天! てめぇ何を飲ませやがった!」
 超美人に変身した蘇鼓は、赤い唇を歪めて怒鳴る。弁天は、赤と青の錠剤が詰まった小瓶を見せた。
「アケミからもらった、エル・ヴァイセの後宮秘蔵の幻獣用性転換サプリメントじゃ。蛇之助はこれを参考にガスを作成したゆえ、発注者に身をもって確かめてもらおうというか何というか」
「蘇鼓さん! すごく綺麗です。……タイプかも」
 正面席で変化をばっちり見た奈杖が、嬉しげな声を上げる。
「……あぁそうかい」
 顔をしかめる蘇鼓の顎を、騎士姿の弁天の手が捕らえた。
「さ。愛人にしてくださいと言うてもらおうか?」
「やなこった」
「お取り込み中すみませーん」
 退席していた蛇之助が、謎の小さなスプレーを持って階段を降りてきた。
「あ、蘇鼓さんと弁天さまはお気になさらず、どうぞそのままお続けください。――奈杖さん、ちょっとこちらへ」
 手招きされて蛇之助のそばへ行った奈杖は、スプレーを渡される。
「ご注文の品ができましたが……どなたをご指名なさいますか?」
「そうですね……。まだ性別が変わってないひとがいいかな?」
 奈杖は少し考えてから、弁天と蘇鼓の隣で『愛の賛歌』を歌い出したハナコの方を見た。

 □ □

 かくして、それから数分後。

 デュークと鯉太郎とポールとファイゼを相手に、
「じゃあ、なぞなぞ行くよー。『あの方を尊重しましょう。……さて、あの方とは誰のことでしょう?』(答:村長)」
 などとやらかしている奈杖と、
「蘇鼓さんてチャイナ服が似合いますねー。男性の時も女性の時も」
 と、にこにこするハナコの姿がそこにあった。
「てめぇ……。もしかして奈杖か?」
 胡乱そうな蘇鼓に、ハナコ(?)はこっくんと頷いて、謎のスプレーを見せる。

「僕の依頼で作ってもらった『人格交代スプレー』です。交互に吹き付けられた対象の人格が、一定時間入れ替わります」

「……聞こえなかったことにしませんか? 令嬢なフモ夫団長」
「そうだな。貴婦人なポチ」
 ファイゼとポールは遠い目をして逃避を決め込み、
「奈杖! それをわらわに貸すのじゃ〜!」
「やめてください、弁天さま。これ以上場を混乱させてどうするんですか」
 目を光らせてスプレーを狙う弁天を、蛇之助が後ろから羽交い締めにして――

 ともあれ、宴会がまだ終わらないことだけは、確かなようだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2284/西ノ浜・奈杖(にしのはま・なづえ)/男/18/高校生・旅人】
【3678/舜・蘇鼓(しゅん・すぅこ)/男/999/道端の弾き語り/中国妖怪】

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■         ライター通信          ■
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あけましておめでとうございます。神無月です。
お忙しいところ、わざわざご来園くださいまして、まことにありがとうございます。
不束なNPC連中ではございますが、本年もおつきあいくだされば幸いでございます(深々)。

□■奈杖さま&蘇鼓さま
宙と書いてそらと呼ぶ。宙組を再結成くださいまして感謝感激です。
おふたりはまるっきり正反対な性格のようでいて、実は土壇場での発想が似ていたりするのではないでしょうか。
ご依頼下さった薬品の効果には、密かににやりとさせていただきました。