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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【1388】【海原・みその】【深淵の巫女】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ 〜姉より妹へ、妹より姉へ〜

ACT.1■巫女の挑戦

「お呼びだていたしまして」
 店に入ってきた弁天を見るなり、黒衣の正装に身を包んだ巫女は立ち上がって頭を下げた。
 艶やかな長い髪が揺れるさまに、隣のテーブル席にいた若者が、ぽかんと口を開けて見とれている。
 年の瀬も近い、ある日のこと。ここは吉祥寺駅南口の、とある180円コーヒーショップである。雑然とした店内には煙草のけむりが立ちこめ、待ち合わせに利用する人々でごったがえしている。
 その中で超然と、一番目立つ中央のテーブル席に腰掛けて、海原みそのは弁天を待っていたのだった。

【前略 弁天さま。みなものことで、お話がございます。少しお時間を割いていただけませんか? ――みなもの姉より】

 その呼び出しに弁天が応じるかどうか。それはみそのにとって最初の賭けだった。無視されるようであれば――そう、こちらにも考えがある。
 しかし、弁天はやってきた。髪を下ろして大きくカールさせ、 赤いドレスに、赤いハイヒール、赤いバッグという、派手な姿で。
 みそのの前の席に腰掛けると、店内の視線はいっそう集中した。ふたり揃うと、赤と黒のコントラストが強烈だったせいもあろう。
「待たせたかえ?」
「いいえ、時間通りです。いらしてくださって、ありがとうございます」
「みなもの姉上の呼び出しとあらば、すっぽかすわけにもいくまいて」
「……どうやら、間に合ったようですね」
 謎めいた言葉とともに、みそのは入口のガラス扉を見やった。
 店内からは駅前の様子がうかがえる。往来する人々の中に、目的の可憐な姿を見いだして、ふっと微笑んだ。
 その視線の行方を追い、弁天は眉をひそめる。
「……みなも?」
 ふたりがいるとは気づかぬまま、みなもは店の前を通り過ぎていく。セーラー服のすそを揺らめかせ、小走りに。
 一刻も早くと、気がせいているのだろう。冬の街は冷え込んでいるというのに、頬が紅潮している。
「みなもは今から弁財天宮に行くつもりなのです。あなたに逢うために。――すれ違ってしまいましたね」
「……そうと知っていて、わらわを呼び出したのかえ?」
 難じる弁天を、みそのはやんわりとはぐらかす。
「夏にみなもと『でぇと』なさったときも、そのドレスをお召しでしたの?」
「深淵の巫女どのは、いささか挑戦的じゃのう。わらわに何か、含むところでもおありか?」
 弁天も負けじと腕組みをする。静かな火花が散った。
「そんなつもりはありませんけれども――ああ、失念してました、これ、お土産です」
 いったいどうやって持ち運んだのかも謎だが、みそのは座席のそばに大きなスーツケースを5つ置いていた。
 ケースの蓋をぱちんと開け、弁天に見せる。中には大量の菓子箱がぎっしり詰まっていた。
「銘菓『東京ばななん』?」
「一年分あります。お茶請けにどうぞ」
「……それはご丁寧に。礼を言っておこう」
「どういたしまして。ほんのお近づきのしるしです。弁天さまは、今日のご予定は?」
「長い話になりそうじゃと思うたゆえ、一日開けてある。……場所を変えぬか? ここでは注目の的じゃ」
「それでは、お言葉に甘えて」
 みそのは席を立ち、弁天に一礼した。
「もし宜しかったら、みなもと行った『でぇとこぉす』を巡りながら、いろんなお話を伺えればと思うのですけれど」

ACT.2■赤い髪の弁財天

「こんにちは。弁天さま。みなもです――弁天、さま……?」
 弁財天宮1階を訪れたみなもは、カウンターに歩み寄った。それは弁天の後ろ姿が目に入ったからなのだが……。
「あの……?」
 薄桃色の衣装も結い上げた髪型も、すでにおなじみのものである。しかし、近づいてよくよく見れば、いつもの弁天とは雰囲気が違っていた。
 甘やかに漂う薔薇の香り。匂い立つような色っぽさ。普段の弁天にはあり得ないものばかりであるが、何といっても髪の色が違っていた。
 今日の弁天は、赤い髪をしていたのである。
「ふふっ。驚いた? 私よ、わ・た・し」
 弁天の姿を模した女性は、くるりと振り向く。美しい夢魔の笑顔に、みなもは両手を口に当てた。
「アケミさん!」
「弁天さまはお出かけなんですって。蛇之助さんも大学の研究室へ行ってるわ。いつもいつも弁財天宮に女神が不在なのは体裁が悪いからって、今日は影武者を頼まれてしまったのよぉ。……なんだかねぇ」
 カウンターに肘をついて、アケミはぼやく。
「で、朝からここに待機してたんだけど、誰も訪ねて来ないの。もう退屈で退屈で、『への27番』に帰っちゃおうかと思ってたところだったのよ。みなもが来てくれて有り難いわ」
「そうだったんですか。あたしもアケミさんにお会いできて嬉しいです。いろいろとお聞きしたいことがあったので」
「あら」
 アケミはひらりとカウンターを飛び越えて、みなもの隣に来た。
「どんなこと?」
「……え、と、その……。ひとことでは、言いにくいんですけど……」
「ふうん?」
 赤くなってうつむくみなもを見て、アケミは妖艶な笑みを浮かべる。
「じゃあ、地下1階の接客ルームに行きましょうか。今日は自由に使っていいって言われてるの」
 みなもの肩に手を回して、地下へ続く階段へ誘導しながら、アケミはなおも言った。
「そうだ。シノブとミドリも呼ばないとね。あたしだけが一人占めしたら、あとで怒られちゃう」

ACT.3■豪遊プラン再び

「弁天さま……」
「何じゃ、みその」
「本当に弁天さまとみなもは、ここに来たんですか?」
「いかにも」
 しれっとして、弁天は言う。
 ふたりは、赤坂にある超高級エステサロンに来ていた。確かにここは、以前みなもをエスコートした場所には違いなかったから、嘘はついていない。ただ……そのとき弁天とみなもは、アーユルヴェーダのコースを選んだのであるが……今日は。
「うぉっ! いいい痛いそこは痛いぞえ! ちと手加減せい!」
「ですがお客さま。足裏マッサージは、本来は治療に用いられていたもの。それを健康法に改良したのですから、痛いところがすなわち悪い部分なのです」
「わらわに悪い部分などないわっ!」
「……そうですか? どこもかしこも痛みを感じておられるようですが。ではこちらのツボは」
「んがぅ〜〜〜!」
 施術師に文句を言いながら、弁天は台の上で悶絶していた。
 ……そう。ふたりは『足裏マッサージ』コースを選んでいたのである。
「そんなに痛いですか? むしろ、気持ちがいいですけれど」
 弁天と並んで施術を受けているみそのは、うっとりとした顔をしている。気の流れを操ることの出来るみそのにとって、当然のことと言えば言える。
 神としての立場を地に落としつつある弁天を、みそのはちらりと見た。
「みなもから弁天さまのことはよく聞かされています。とても尊敬できる方だと。……ですから一度、機会を設けて、じっくりとお目にかかってみたかったのです」
「わらわがみなもの尊敬に値するかどうか、姉として見定めたいということか。ならば失格じゃのう……んごぅうぉっ!」
 ひときわ高い悲鳴に、みそのは微笑みを浮かべる。
「まだ何とも申せません。いろいろお話ししてください。みなもがお邪魔したイベントでの出来事や、あの子に施した水芸のレッスンのことなどを」

 □ □
 
 絶叫の合間に、弁天は思い出せる限りのことを伝えた。女神の口から伝えられる妹の様子を、みそのはまるで自分がその場にいたかのように反芻するのだった。
「おぬしたちは、不思議な姉妹じゃの」
 エステサロンを出たふたりは、夏のデートコースをなぞり、変身メイクフォトスタジオ『メタモルフォーゼ』へと移動した。
 10種類以上のパターンで、バストアップ写真、全身写真、ピンナップ写真が撮り放題となる『わがままスペシャルイベントセット』メニューをこなしながら、弁天は言う。
「尋常ではないほど仲の良いように思えるが、お互いのことを理解できずにすれ違っているようにも見える」
「そうかも知れません。私はたぶん、嫉妬しているのです」
「わらわにかえ?」
「ええ。独占欲なのでしょうか」
 オプションメニューのタヌキの着ぐるみに着替え、みそのは目を伏せる。
「みなもは私のことを、弁天さまにはどのように言っておりましたか?」
「ずいぶんと慕って、崇拝もしておるようじゃの。おぬしたちが、普段どのように過ごしているかも聞いたことがあるが」
 カッパの着ぐるみを着た弁天は、何かを思い出して笑った。
「ちとおぬし、からかいすぎではないかえ? あのように清楚な妹御を」
「何のことを仰っているのか、よくわかりませんが?」
「……罪な姉上よのう」
 深淵の巫女と女神の会話は続く。……カッパとタヌキの着ぐるみのまま。
 
ACT.4■貴女に追いつくその日まで

「あ、の……あたし……どうしたら……女らしく……なるん、でしょう……か」
 みなもは、弁財天宮地下1階の接客ルーム『今日だけはヒミツの部屋:男子禁制』のソファに座っていた。
 アケミとシノブとミドリ(シノブとミドリの衣装は、いつもの後宮風薄物である)に囲まれ、頬を真っ赤に染めている。声は消え入らんばかりに小さくなっていて、聞き取るのも一苦労である。
「みなもはそのままで十分女の子らしいと思うけどォ?」
「そうそう。何も相談の必要はないわよ?」
 シノブとミドリに口々にそう言われても、みなもは首を横に振るばかりだ。
「女の子、じゃだめなんです。女らしくなりたいんです。今年ももう終わりなのに、男の子との出会いもなかったし」
「う〜ん。この世界の中学生のことはよくわからないし、あたしが常識的なことを言うのもナンだけど、みなもくらいの年だとまだそういうもんなんじゃないの?」
 一日弁天のアケミは、腕組みをして首を傾げる。
「でも……友達同士の話を聞いてると……ときどき……ついていけない話が……あって。……(伏せ字)とか……(さらに伏せ字)とか……」
 アケミの耳に口を寄せて、みなもは恥ずかしそうに話す。アケミは「ま」と頬に手を当てた。
「そうなの? 今どきの東京の中学生は後宮の女性顔負けなのね」
「同じように背伸びしたいとか、そういうんでもないんです。ただ」

 ただ、お姉さまのように。
 神秘に満ちた、妖艶な巫女のように。
 あのひとに、ほんの少しでも近づけたら。
 ――かなわないのは、わかっているけれど。

「みなもの気持ちは、なんとなくわかったわ。色っぽい深淵の巫女がお姉さんなのね。それはどうしても、いろいろと意識するわよね」
「でもアケミ。みなもの武器って『清楚さ』だと思うんだけど」
「そうね。男のひとは無垢なものに弱いから」
 しばらく輪になって相談していた夢魔とスキュラとラミアは、ひとつの結論に達したらしい。
「ちょっと待ってて、みなも。私たちのとっておきのドレスを一着、貸してあげる」

 □ □

 肌も露わな女たちが、よってたかってみなもに着せたのは――
 きりっと締めつけるコルセット。
 首まで隠れる襟の高いデザインの、簡素で禁欲的なドレスだった。
 裾さばきがうまくいかず、転びそうになるみなもを支え、アケミは言う。

「男のひとは、隠されると気になるものなのよ」

 □ □

「……さあ。おぬしも気が済んだであろう。そろそろお開きとしようか」
 フォトスタジオを出てすぐ、弁天は帰路につこうとした。
「もう? まだ東京湾クルーズが残っていますのに」
 不満そうなみそのの手を引き、駅へ急ぐ。
「アケミに留守を任せてきた。今ならまだ、みなもは弁財天宮におろう。……逢って話していくがよい。そして、姉妹揃って家へお帰り」
「弁天さま」
「わらわからのまた聞きでは誤解も生まれよう。知りたいことは、直接聞くのが一番じゃ」
 何が可笑しいのか、弁天はくくっと笑う。
「強い力を持ちながら、揃って恥ずかしがり屋じゃの。おぬしたち姉妹は」
「そんなことは……」
 言い返そうとして、みそのは口ごもる。

 年末の東京の空に、雪がちらついてきた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】
【1388/海原・みその(うなばら・みその)/女/13/深淵の巫女】

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■         ライター通信          ■
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あけましておめでとうございます。神無月です。
お忙しいところ、わざわざご来園くださいまして、まことにありがとうございます。
不束なNPC連中ではございますが、本年もおつきあいくだされば幸いでございます(深々)。

□■みなもさま&みそのさま
ご姉妹でいらっしゃるのは初めてですね。ありがとうございます! 
今回、少々冒険させていただきまして、作中ではおふたりは合流せず、お互いが別行動を取りながらお互いを想う、という異色の趣向になっております。構成をおまかせくださいましたことを、感謝申し上げます。