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■Unnumbered Episodes■

西東慶三
【4510】【細雪・白】【見習い看護士】
「アドヴァンスド」には、個体ごとに異なっている点も多いが、共通している点も少なくない。
 そうした「共通している点」の一つに、彼らの「ひと」に対する興味があげられる。

 そして実際、彼らは時々「ひと」の前に姿を現す。

 この物語も、そんなケースのうちの一つである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
Contrast

 痛む身体を引きずりながら、コーンは夕暮れの街を歩いていた。

 腹立たしかった。
 あの程度の相手に、ここまでの手傷を負わされ、あまつさえ痛み分けで退かざるを得なかった自分が。

 コラムなら、ヘリックスなら、あるいはプリズムなら。
 間違いなく勝っていたはずだ。こんな傷など負うことなしに。

 スフィアなら?
 彼女は何としても戦いを避けようとしたはずだから、その仮定は無意味だろう。

 戦って、勝てないのは、自分だけだ。
 そのことが、この上なく腹立たしかった。





「大変! ひどいケガじゃないですか!!」
 その声で、コーンは我に返った。
 彼が歩いていたのは、病院の前。
 そして、声の主は、看護師とおぼしき若い女性。
 その心配そうに自分を見つめる目が、なぜかしゃくに障った。
「放っておいてもらえませんか?」
 彼女を睨みつけながら、強い調子できっぱりとそう言い放つ。
 ところが、彼女は一瞬おびえたような様子を見せたものの、引き下がろうとはしなかった。
「ダメです! すぐに治療しないと!!」
 そう言うなり、半ば強引に病院へ引き込もうとする。

 いっそ、この場で首をねじ切ってやろうか。
 凶暴な衝動が、コーンの手に指示を出す。

 だが、それよりわずかに早く、冷静な判断がそれを打ち消した。

 今彼女を殺しても、自分が得るものは何もない。
 それどころか、この状態で騒ぎを起こして、厄介な敵を招き寄せてしまったら。
 それこそ、今以上の屈辱にまみれることは避けられまい。

 しかし、ここでおとなしく治療を受ければ、事態は一気に好転しうる。
 もし納得のいくような治療を受けられれば、それをきっかけとして一気に傷を癒すこともできるかもしれない。
 そうすれば、自分をこんな目に遭わせた連中に――向こうの傷はまだ癒えていないだろうから――自分の受けた苦痛を、屈辱を、何倍にもして返してやることができる。

 ここは、どう考えても後者を選ぶ方が得策だろう。
 そう判断すると、コーンはあくまでしぶしぶを装いながら、彼女に連れられて病院へ入った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 無人の待合室を抜けて、無人の診察室に入る。
 いるのは患者である自分と、看護師である彼女だけ。
 どこを見渡しても、肝心要の医者の姿が見あたらない。

 そして、この看護師――白という名前らしい――は、というと。
「あの、どこか痛みますか?」
 自分で「ひどいケガ」だといった相手に対して、なんと間の抜けた質問だろう。
「見ての通りですよ」
 そっけなくそう答えると、彼女は少し申し訳なさそうな顔をした。
「私、まだ見習いで……傷は治せないけど、私にできることがあったら何でも言って下さいね」
「はあ」
 つい、大きなため息が出る。
 これでは、とてもきっかけにすることなどできない。

 使えない娘だ。
「今度こそこの場で」と、再び狂気が頭をもたげてくるが、厄介事を避けたい一心でそれを何とか抑えこむ。

「お医者様は、どちらに?」
 精一杯平静を装ってそう尋ねると、今度はこんな答えが返ってきた。
「父さ……先生は、今往診に出てます。もう少ししたら、戻ってくると思うんですけど」
「そう、ですか」
 医者もいない病院に連れ込んで、すぐに治療もなにもあったものではない。

 本当に、役に立たない娘だ。

 苛立ちまぎれに、心の中でそう呟いて……そこで、ふと気づいた。





 ……役に立たない? 

 なんだ。
 自分と、同じじゃないか。





「できることがあれば、と言いましたね」
 まるで独り言のように、ぽつりとそう呟いてみる。
 それだけのことなのに、白の表情がぱっと明るくなった。

 話してみよう。
 どうしてかはわからないが、なぜかそう思った。

「一つの集団……まあ、学校のクラスのようなものがあるとしましょう。
 そして、その中に一人、落ちこぼれが混ざっているとしましょう」

 落ちこぼれ。
 絶対に認めたくない事実が、自然に言葉になって出た。

「彼は何をやってもダメです。勉強でも、運動でも、それ以外のことでも。
 彼は何をやっても一番にはなれない……それどころか、ビリにしかなれないのです」

 何をやっても、かなわない相手ばかり。
 何かをする度、自分の無力さを思い知らされる。

 だから、確かめる。
 自分は決して無力ではないことを。
 自分より劣った存在、自分より弱い存在を踏みにじることで。

 だが、今日は、それにすら失敗して――。

「彼は、どうしたらいいんでしょう?
 どうしたら、自分のアイデンティティを維持できるのでしょう?」

 一体自分は何なのだ?
 落ちこぼれ。出来損ない。そんな答えしか出てこない。

 自分が満足できるような答えなど、一つもない。
 たまらずに、コーンは頭を抱えた。





「あたしも、看護師試験はさっぱりだし、昔からドジだし、得意なこともこれといってありません。
 だから、あなた……じゃない、その彼の気持ちも、少しわかるような気がします」

 その言葉に、彼ははっと顔を上げた。
 白の真剣な顔が視界に映る。

 と。
 不意に、彼女の顔に微笑みが浮かんだ。
「他の人と比べる必要なんか、ないじゃないですか」

 比べる必要など、ない……?
 予想だにしなかった言葉に、彼はとまどった。

「他の誰かに勝てなくても、精一杯頑張ったのなら、それでいいじゃないですか」

 勝てなくてもいい? なぜ? わからない。
 勝たなければ何も手に入れられないのに。負ければ失うだけなのに。

「それに、自分では気づかなくても、その人にしかない長所って、必ずあると思うんです。
 結果が目に見えるようなことばかりじゃないから、ちょっと気がつきにくいだけです」

 自分にしかない長所? わからない。
 自分と同じような能力は、仲間の全員が持っている。
 もちろん、固有の能力もなくはないが、自分のそれは、他の能力で容易に代用がきく程度のものでしかない。
 そんなものは、自分固有の長所とはとても言えない。

 わからない。理解できない。受け入れられない。
 彼女の考えは、コーンが今まで持っていた考えとはあまりに異質すぎた。

 と、その時。
「そうだ、この歌知りません? 去年流行った歌だから、今じゃちょっと古いかも知れませんけど」
 そう言うと、白は少し照れながら歌い出した。

 聴いたことのある歌だった。

 ひとは皆、一人一人違った個性、違った長所をもっている。
 だから、他人と競い合ったりしなくても、その個性なり長所なりを活かせるようにすればいい。
 確か、そんな歌だったはずだ。

 だが。

 それは所詮、綺麗事に過ぎない。
 それを証明できる証拠は、いくつでも見つかる。

 例えば、自然は絶滅の危惧されるような希少な動物でも特別扱いしないということ。
 例えば、個性もやはり能力の一部であり、社会は個性だけではなくその総合的な能力を問うということ。
 例えば、全ての人間が「オンリーワン」だとすれば、「オンリーワン」であることは全ての人間に普遍的な特徴となってしまい、意味を持たなくなると言うこと。

 どこにでも、掃いて捨てるほどある「オンリーワン」。
 そんなものに価値を見いだすことは、コーンにはできなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「少し、気が楽になりましたよ」
 嘘をついた。
 理由は、わからない。
「傷の具合の方も、心なしかよくなってきたような気がします」
 わからないまま、嘘を、もう一つ。
 そして、ゆっくりと席を立つ。

 痛むのは、身体? 心? わからない。

「あ、無理しちゃダメですよ!」
 慌てた様子で、白が駆け寄ってくる。
 そんな彼女に、コーンは微笑みかけてみせた。
 睨みつけるより、微笑みかける方が、彼女の足を止められると気づいたから。

 心配そうな彼女の横を抜け、診察室を出る。
「診察代は、これで足りるでしょう」
 財布の中から、無造作に何枚かの紙幣を取り出して、窓口のカウンターの上に置いた。
 借りは作りたくない。でも、ここにはもういたくない。いられない。

 彼女が眩しすぎるから? 自分が惨めすぎるから? わからない。

「あたし、何もしてないのに、こんな大金受け取れません!」
 お金に気づいて、白が大急ぎで後を追ってきた。
「受け取って下さい。でないと」
 でないと、私はあなたを殺さなければならない。
 無意識に出そうになったその言葉を、すんでのところで飲み込む。

 なぜ殺さない? 殺したくない? わからない。

 殺気までは隠せなかったのか、突然白の足音が止んだ。
 そのまま振り返らずに、病院を出る。
 いつの間にか、外は雨になっていた。

 寒いのは、身体? 心? わからない。





 わかるのは――彼女と自分は、同じどころか、まるで正反対の存在なのだということ。
 そして、もしその価値を認められるべき「オンリーワン」などというものがあるのなら、それはきっと彼女であって、自分ではないということ。

 それだけだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 男が去っていくのを、白はただ黙って見送ることしかできなかった。
 後を追いかけたくても、なぜか、足が前に進まなかったのである。
 まるで、誰かに足を押さえられているかのように。

 冷たい雨の中を、男は傘もささずに歩いていく。
 その後ろ姿は、どこか寂しそうで、悲しそうで。
 まるで、全てを拒絶しているかのようだった。

 何か、彼の気に障るようなことでも言ってしまったのだろうか?
 自分の不用意な一言が、彼を傷つけてしまったのだろうか?

 いくら考えても、答えは見つからなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 4510 / 細雪・白 / 女性 / 22 / 見習い看護士

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 今回のノベルは、裏表のない白さんではなく、主にコーンの視点から書いてみました。
 その都合上、一部やや過激な表現がありますが、コーンはこういう凶暴な性格のキャラですのでお許しいただければと思います。

 さて。
 白さんとコーンですが、お互いの価値観に違いがありすぎたこともあって、結局はお互いに相手を理解できないままに終わってしまいました。
 コーンには白さんの考え方はあまりにも異質すぎて受け入れられず、白さんはコーンが頭の中で考えていたことにほとんど気づけず、といったところでしょうか。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。