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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【4563】【ゼハール・―】【堕天使】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
How can I help you?

 ゼハールが召喚されたのは、何ともよくわからない部屋の中だった。
 コンクリート打ちっ放しの壁一面に飾られた、名状しがたい絵のようなものの数々。
 奥にはそれと同じくらい訳のわからない奇怪なオブジェが並び、部屋の横の棚にはそれらの制作に用いたとおぼしき画材やらガラクタやらが並べられている。
 アトリエのようでもあり、倉庫のようでもあり、あるいはおかしな組織の秘密基地のようでもあった。

 そして、目の前には、ぽかんとした顔でこちらを見つめている青年が一人。
 どうやら、彼が今回の召喚者で間違いなさそうだ。
「お呼びですか?」
 驚いているのは、きっと召喚を成功させる自信がなかったからだろう。
 そう解釈して、ゼハールは恭しく一礼した。 

 ところが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「……どちらさまですか?」
 顔を上げてみると、青年は呆然とした表情を浮かべたままその場に立ちつくしている。

 そこで、次にゼハールが考えたのは、「彼が自分の容姿に驚いている」という可能性だった。
 確かに、ゼハールの外見は世間一般の「堕天使」のイメージとは微妙に異なっている。
 黒い羽根を持った天使のようなものをイメージして召喚した結果、ゼハールが――つまり、メイド服を着て、首輪を身につけた少女の顔を持つ少年が現れれば、多少驚いたとしても無理はないだろう。
 そう考えて、ゼハールは彼に名乗ってみることにした。
「私は堕天使ゼハール……あなたが私を召喚したのではないのですか?」

 けれども、それは青年をますます混乱させただけだった。
「いえ、堕天使の召喚だなんて、そんな大それたことは私にはとてもできません」
 首を横に振る青年に、嘘を言っている気配は全く感じられない。
 ゼハールには、いかなる嘘も見抜く能力があるにも関わらず、である。
 ということは、本当に彼には覚えがないのだ。

 だが、そうなると、ゼハールがここに召喚されてきたことの説明がつかない。
 召喚されたことには間違いないし、召喚主となりうる人物もここにはこの青年しかいない。
 この事態を、一体どう解釈すればいいのだろう?
 手がかりを求めて、ゼハールは部屋の中を見回してみる。
 すると、イーゼルの上に置かれた絵のようなものが――あまりにも異様すぎて、絵だと断定できないのが少々辛いところだが――目に入った。
「……これは?」
 ゼハールがそれについて尋ねると、青年はとたんに嬉しそうな表情を浮かべる。
「私の描いた絵です。ちょうど、今完成したところなんですよ」
 やはり、これは絵で間違いないらしい。
 しかし、その絵から、不思議な魔力を感じるのはなぜだろう?
 その理由を探るため、ゼハールはもう一度その絵を眺めて、二つの事実に行き当たった。

 一つは、この絵をあまり長く見ていると、本気で精神をやられかねないということ。
 そしてもう一つは、この絵がゼハールを召喚するために必要な儀式と同じ魔法的属性を備えているということである。

「どうやら、私が召喚されたのは、この絵の力によるようですね」
 その言葉に、青年は再び困惑した顔になる……かと思いきや。
「そんなことが……いや、あるのかもしれませんね」
 思ったよりあっさりと、青年はその事実を受け入れてしまった。
 ひょっとすると、普段からこんな絵ばかり描いているせいで、何度か似たような目に遭っているのかもしれない。

 ともあれ、召喚された原因がはっきりしたとなれば話は早い。
「偶然で召喚されるのは、私も初めてですが……いずれにせよ、召喚されたことにかわりはありません」
 その一言でこの話題にけりをつけて、ゼハールは早速本題に戻ることにした。
「マスター、あなたの願いは何ですか?」
「願い、ですか?」
 話の展開についてこられないのか、青年がまたきょとんとした顔をする。
 堕天使の召喚など考えたことすらないというだけあって、召喚した後どうするかについても何も知らないらしい。
 かくなる上は、一から十までこちらで教えるしかなさそうだ。
「ええ。あなたの願いを叶えてさしあげます」
 ゼハールがそう説明すると、青年は首をひねりながらこう答える。
「願いと急に言われても、なかなかとっさには出てきませんよ」
 今度のこの反応は、ある程度予測できたものだった。
 彼にとってあくまでゼハールの召喚は偶然に過ぎないのだから、あらかじめ願い事など用意してあるはずがない。

 そこで、ゼハールはこんな質問をしてみた。
「やりたいことや、なりたいものはないのですか?」
「ありますよ。
 やりたいこともいっぱいあるし、なりたいものも決まっています」
 予想通りの答えが返ってくる。
 ならば、それを願ってみてはどうでしょう。
 ゼハールはそう言おうとしたが、それより早く、青年がこう続けた。
「でも、それは自分の力で何とかしたいんです。そうしないと、後できっと後悔しますから」

 自分の才能に自信があるのか、ただ単に真面目なだけなのか、それともその両方か。
 いずれにせよ、彼の迷いのない表情を見る限り、この方向で「願い事」を引き出すのは難しそうだった。

 やむなく、ゼハールは質問を変えることにした。
「では、なにか欲しいものはありませんか?」
 こう尋ねれば、何らかの願い事は出てくるだろう。
 欲しいもののない人間など、この世にいるはずがないのだから。

 しかし、ゼハールの読みは今度も外れた。
「どうしても欲しいというものはないですね。必要なものは、だいたいありますから」
 この言葉も、やはり嘘ではない。
 欲しいものがないわけではないが、彼は今自分が持っているものにそれなりに満足している。
 だから、「何か一つ」と言われた時にぽんと浮かぶほど欲しいものや、わざわざ堕天使に頼んでまで手に入れたいようなものは何もないのだろう。
「形のあるものでなくても構いません。名声、権力、魅力、そういったものでも構いませんよ」
 そうつけ加えてみたが、やはり彼はやんわりと拒絶するのみだった。
「名声に興味はありませんし、権力も欲しいとは思いません。
 魅力は欲しいと思わないこともありませんが、やはりこういう形での底上げはちょっと反則のような気がします」

 全く、妙に真面目な男だ。
 こういう男でも欲しがりそうなものは何だろう、と考えて、ゼハールはあることに思い至った。
「それでは、人間関係はどうでしょう? 親友であるとか、恋人であるとか、弟子であるとか」
 あるいは、愛人であるとか、奴隷であるとか。
 もちろんそういったことも可能なのだが、彼の性格を考えて、その部分はあえて口に出さない。
 けれども、青年は今度も笑って首を横に振った。
「親友はここの仲間がいますし、まだ恋人といえるほどの関係じゃありませんが、大切な人はいますよ」

 これでは、さすがのゼハールもお手上げである。

「マスターは、欲のない方なのですね」
 半ば呆れながら、ゼハールはため息を一つついた。
 いろいろ考えてはみるものの、これ以上は何も思いつかない。
 当たり前といえば当たり前だが、こんな人間に召喚されたのは初めてだった。

「ひょっとすると、私の願いを叶えるまで帰れないんですか?」
「ええ。それが契約ですから」
 願いを叶えるどころか、逆に心配されてしまうとは。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、青年はさらにこう続けた。
「困りましたね。あなたに迷惑はかけたくないのですが」
 その言葉に、ついにゼハールはこう提案せざるを得なかった。
「全く何も思いつかないようでしたら、一言帰れとお命じ下さってもよろしいのですが」
 もちろん、「帰れ」などと願われるのは、ゼハールにとっては屈辱以外の何物でもない。
 それでも、今のゼハールには、もうそれくらいしか考えつかなかった。

 と。
「……いや、たった今、一つ思いつきました」
 不意に、青年がそう呟いた。
 やはり、何かを手に入れられるチャンスをみすみす逃すのは惜しいのだろうか。
「ものではなく、親友や恋人でもいい、と言いましたよね?」
 その問いかけに、ゼハールは一度頷く。
 すると、青年はゼハールの手を取って、こう言った。
「それなら……友達になってくれませんか? ゼハールさん」

 あまりにも、突拍子もない願い事。

「私、ですか?」
 嘘や冗談でないことはわかっていたが、とっさにそう聞き返さずにはいられなかった。

「こうして話しているうちに、なんだかあなたに興味がわいてきました。
 でも、まさか『あなたが欲しい』というわけにもいかないでしょう。
 だから、友達になってください、と。そういうことです。
 それに、こればっかりは、あなたにお願いする以外に方法がありませんし」
 人なつこそうな微笑みとともに、彼の正直な気持ちが返ってくる。

 こんな表情を向けられたことは、今までに一度だってありはしなかった。

 ほとんどの人間は、堕天使を「手段」として呼び出す。
 彼らには何らかの目的があり、そこにたどり着くために堕天使を召喚し、利用するに過ぎない。
 だから、彼らが堕天使そのものに興味を持つことはない。
 せいぜい、「何をしてもらえるか」を知りたがる程度である。

 だが、今目の前にいるこの青年は違った。
 ゼハールの出現が彼にとっても意図せざる出来事であったから、そして、堕天使を利用することなど考えもしないような人間であったからこそ、ゼハールの向こうに何かを見るのではなく、ゼハール自身を見てくれていた。

 変なヤツ。
 改めて、そう思わずにはいられなかった。

 変なヤツ。
 でも……こういうヤツも、嫌いじゃない。

「ダメですか?」
 ゼハールの沈黙を拒否の意思表示と受け取ったのか、青年が少し不安そうな表情を浮かべる。
 そんな彼の手をそっと握りかえしながら、ゼハールははっきりとこう答えた。
「いいえ。それがマスターの願いなら、今から私たちは友達です」





 かくして、ゼハールと青年の「契約」は終了した。

 ゼハールにとっては、いろいろな意味でひどく疲れるできごとだった。
 戻ったら、敬愛する主であり、生みの親でもある魔神のもとで、少しゆっくり休むべきだろう。

 そして……その後で暇ができたら、またあの部屋に行ってみるのもいいかもしれない。
 自分のことを友人と呼んでくれた、あの笠原和之という青年のところへ。

 そんなことを考えて、ゼハールは軽く笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 4563 / ゼハール・― / 男性 / 15 / 堕天使/殺人鬼/戦闘狂

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 笠原和之は(その芸術的センスと、かなりの天然ボケを除けば)わりと真面目な性格……を通り越して、この上なく純粋な性格ですので、結局こんな願い事になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。