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■dogs@home―1■

文ふやか
【2209】【冠城・琉人】【神父(悪魔狩り)】
 ――プロローグ

 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。

 ――next
dogs@home1


 ――プロローグ
 
 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
 
 
 ――エピソード
 
 カブは機嫌よく走っている。
 だが、乗っている神父の機嫌はあまりよくない。
 正月早々暇を持て余した冠城・琉人は、購入したばかりのカブを腐らせておくのももったいなく思い、一人カブに乗って出発した。目指すは千葉、マザー牧場!
 一応マザー牧場へ着きはしたものの、その道のりは長かった。直線距離で結べば大した距離でもなかろうに、東京という迷路都市は無駄に二酸化炭素を振りまかせる仕組みになっているらしい。
 マザー牧場へ行こうと思ったのも、単純な思いつきだったので、琉人はいざ目的地に着いたところで何の感慨もなく……帰りの長さを考えて辟易してしまった。
 マザー牧場の子供達相手に面白い小話でもと、『牛捕獲事件』などを思い返していたものの、正月は何やらウルトラマンなんとかというキャラクターショーをやるそうで、その思いも願わなかった。……まあ、牛に関しては心底くだらない事件なので、語るほどのことはないとは思ってはいたが。
 そんなこんなで帰路に着いた琉人は、住宅が並ぶ国道沿いの隅っこに、親指を立てている人物に気が付いた。
 今流人はカブ……つまりスクーターに乗っているので、知人が困ってヒッチハイクをしていたとしても、停まる義理はない。
 そうジェットヘルを被った琉人は考え、当然のごとく素通りしようと思ったのだが、近付いてみるとその人物、深町・加門はいつも以上にみすぼらしい格好だった。
 髪は相変わらずグシャグシャで、着ているコートはオイルや土にまみれていた。その上口許はくわえ煙草で、着ているシャツを伸ばそうという努力もしていない。その彼が、肩を落としながら顔を伏せて――立ちながら寝てるのかもしれない――親指を立てている。琉人以外の誰が停まるというのだろう。
 良心の呵責という言葉があるならば、今それを使うべきだろう。
 不機嫌だった神父は、一つ嘆息をして減速した。
 
 
 ドドドドと低音が、ちょうど自分の前で停まった。かすかなエンジン音が聞こえる。
 加門は頭をあげるのも面倒だったが、何事かと顔をあげた。すると、そこにはジェットヘルを被った、鷹揚そうな神父、冠城・琉人がカブにまたがっていた。
「……何してんだ、こんなところで」
 加門は自分の状況を棚上げして、訊いた。
 琉人はまったくあなたって人はという呆れ顔で、革の手袋をつけた両手をオーバーアクションにあげてみせた。
「こっちの台詞をとらないでください。なに、ヒッチハイクの真似事なんかしてるんです」
 加門は口を尖らせて言い返した。
「真似事じゃねえ、ヒッチハイクしてんだよ」
 煙草を手に持って、呆れ返っている琉人を睨む。
「……そういう態度なら、私は帰ります」
 ぷいと琉人は前を向いて、握る両手に力を込めた。
「ああ、待て待て。賞金首の情報がある」
 そっぽを向いたまま琉人は言った。
「そりゃあるでしょうよ。加門さんが、千葉でヒッチハイクしてる理由なんか、それぐらいしか見当たりません」
 言われて、加門がぐうとうなる。
 やがて琉人はエンジンを止め、カブを道路脇に停めて加門に説明を求めた。
「それで? どんな賞金首でどんな金額で……どんな経緯があるんです?」
 加門は煙草を放り出して足でもみ消し、白い息を吐きながら漠然と語り出した。
 
 
 そういうわけで、二人は二ケツでカブを走らせている。
「それにしてもどうしょうもない人ですねえ、あなたは」
 事情を聞いた琉人は嘲笑うように言った。顔は相変わらず温和な笑顔だが、加門に向ける言葉にはトゲがあることが多い。不思議な男だった。
「うるせぇ」
 前から流れてきた台詞に加門が答える。
「先ほど言った通り、七・三の取り分でいいですね」
「俺が七、お前が三」
「夢は寝てから見てください。私が七、加門さんが三です」
 琉人の霊を使っての逆探知が発動している為、加門の追っている車を正確に割り出すことができた。琉人はその情報を頼りに、カブを走らせている。
「ちょっと待て、ふざけんな、そんな取り分じゃ話にならねえ」
 とは言うものの琉人が全ての情報を握り、琉人の移動手段で行動しているのだから、加門が文句をねじ入れる余地はなかった。だが、琉人はまるでそう言われるのを待っていたように、ふっと笑みを浮かべた。
「では六・四」
「五・五だ」
 琉人はからから笑って、仕方なさそうに言った。
「五.五、四.五で手を打ちましょう」
 言うが早いか、カブのスピードがあがる。琉人の背に申し訳ばかりに捕まっていた加門が、慌てて琉人の服を掴んだ。
「お、おい、これ、スクーターだろうが」
 スクーターは六十キロまでしか出ない筈だ。上がり続けるスピードに、加門は観念して琉人の腰にへばりついた。
 琉人は涼しい顔で、切るような風を受けている。服の裾がはためく。
「いましたよ、あのセダンでしょう」
 琉人が言ったので、加門は彼の背にしがみついたまま、顔を少し横にそらして言った。
「おお、そうだと思うぜ」
 走るセダンに悠々と並ぶと、先ほどの怨み! とばかりに加門が車体を蹴った。それに驚いた中の男が、琉人と加門を横目にする。
「てめぇ、まだ追ってきてやがったのか」
 加門を見た後部座席の男がそう言った。セダンのスピードがあがる。
 琉人が何事もなかったような顔で、同じくスピードをあげた。ぐいんと身体を引っぱられて、慌てて加門が琉人にしがみついた。
「気持ち悪いですねぇ、そんなにくっつかないでくださいよ」
「落ちるわ!」
 加門が怒鳴る。
 満を持してか、セダンから顔と銃口がにょきりと出てきた。
 琉人はそれを見てニコリと微笑んだ。
 途端、後部座席のその男はその形のまま動かなくなった。目だけがきょろきょろと動いている。なにやら呻いてはいて、声もうまく発せられないようだ。
「俗に言う金縛りです」
 琉人はそれから今度は運転席を見た。運転席の男は、まるで誰かに申し付けられたように、減速している。やがてセダンはゆっくりと停まり、加門はカブから降りながら胡散臭そうに琉人を見やった。
「何っつう裏技だ?」
「憑依ですね」
 顔をしかめて加門が舌を出す。元来彼は、そういった能力者が苦手だ。


 車に乗っている三人を憑依をつかって手っ取り早く外へ出した二人は、中にある筈のアタッシュケースを探した。荷台も、後部座席の上も、下も、助手席付近も……サイドボードの中まで。しかし、アタッシュケースは見当たらなかった。
「ナイ!」
 琉人が車の中で首をかしげている。
 加門は大人しくしている男達の元へ行き、胸倉を掴み上げて強い口調で訊いた。
「おい、アタッシュケースどうした」
 男達は弱々しく視線を交わし、首を横に振った。
「ありゃあ、もう上田組に渡しちまった。俺達はただの運び屋だ」
 加門は苛立たしげに男を放り投げた。男が重力と体重を伴って、アスファルトに投げ出される。
 琉人は車から降りながら、ふうと溜め息をこぼして言った。
「くたびれ損、ですね」
「クソ、やり直しだ。上田組? とりあえず東京へ帰るぞ」
 煙草のフィルターを噛みながら加門が琉人を振り返る。琉人はやおら腰をあげてカブにまたがった。
 そして言った。
「おやおや、ガソリンが切れましたね」
 加門は車のボンネットに手をついて、運転席を覗き込みながら言った。
「車で帰ろうぜ」
「じゃあ、こいつはどうするんです」
 琉人が目を瞬かせて聞くと、加門はやる気がなさそうに片目をつぶらせてから、ゆっくりと男達を見やった。
「こいつらに見張らしとけばいいだろ。早く帰ろうぜ」
 いかにも、帰れればなんでもいい様子だった。
「じゃあ、加門さん、あなた、ちゃんとここまで車で送って下さいよ」
 青と白のカブから降りジェットヘルを頭から取って、助手席に乗り込みながら琉人が言う。加門は「どうして俺が」と言いかけてから、セダンを手に入れたのが琉人のおかげだということを思い出したのか
「しょうがねえなあ」
 そう呟いてエンジンをかけた。
 
 
 ――エピローグ
 
 クーパーは国道をひた走っている。
 隣には、冠城・琉人が乗っていた。
 道という道は大抵把握していたので、琉人のカブを置いた場所も見当はついていた。二人は来る途中、パーキングエリアで立ち食いでラーメンを一杯食べ、行方知れずのアタッシュケースについて少し話した。
 たしかに高額な賞金だったが、そんなアタッシュケースを追うよりは小額の賞金首を捕まえる方が手っ取り早かったようで、加門はアタッシュケースにあまり関わっていないようだった。とはいえ、後日情報を仕入れている辺り、諦めたわけではないようだ。
 二人はお茶を一本ずつ買って、現在に至っている。
 カブは少々汚れていたが、たしかに同じ場所にあった。
「よくそのままあったな」
 運転席から出てきた加門が驚きの声をあげる。
 琉人は持参した雑巾であちこち拭きながら、加門をちらりと振り返った。
 その視線に、加門が訊いた。
「また、裏技か?」
 琉人は使用後の雑巾を加門の助手席に放り込んでジェットヘルを被り、鍵を外してカブにまたがりエンジンをかけながら言った。
「裏技じゃありません、実力です」
 ポッポッポとスクーターが滑り出したので、加門は大人しく運転席に納まった。
 車が、ゆるやかに発進する。
 

 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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dogs@home1 にご参加ありがとうございました。
アタッシュケースのオチに関しましては、3部連話ということで、こういう形になりました。
申し訳ありません。楽しんでいただければ幸いです。

文ふやか