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■dogs@home―1■

文ふやか
【3359】【リオン・ベルティーニ】【喫茶店店主兼国連配下暗殺者】
 ――プロローグ

 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。

 ――next
dogs@home1


 ――プロローグ
 
 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
 
 
 ――エピソード
 
 特に当てもなく、近くの繁華街を歩くことがある。
 それはたぶん、自分が一人だと確認する作業なのだと、リオンは思っている。辺りがざわついていて、その全ての人間が一人一人孤独なのだと、かすかにそんなことが頭をかすめて、それからリオンはなんとなく微笑する。
 歩く足音は他人にかき消され、不夜城東京は相変わらずの喧騒に包まれている。
 そこに一人、全ての世界から切り離された男が立っていた。
 深町・加門である。
 リオンがそう思うには、色々な理由がある。今までの付き合いの中で、この加門という男がどんな男なのか、知ったというところもあるだろう。しかし、それだけではない。たしかにこの加門は、誰とも繋がっていない誰とも干渉し合わない、誰もいらない……男なのだ。
 どうしてそう思うかは、直感でしかない。
 どこか子供らしい、親の手を嫌がる思春期の少年のような、そんな部分が加門にはあるような気がする。いやきっと、そんなに単純なものではないだろう。おそらく三十路に近い加門のことだ。それ相応の事情があり、それ相応の経験があり、そして彼はそうしている。
 子供らしいからと言って、あやせばいいわけではないのだ。
 加門を見て、彼をよそにくだらない逡巡をしたリオンは、なんとなく申し訳なくなって、遠目でスクランブル交差点で立ち止まり煙草を吸っている加門を眺めていた。
 彼の格好はオイルや泥にまみれていて、とても都市東京に立つ男の姿とは思えなかった。
 今時ホームレスでももっとマシな格好をしているだろう。
 気になったのと……勝手な想像をしたのと……、リオンは交差点が動き出す前に、加門に声をかけていた。
「加門さん」
 煙草を吸っていた加門が、あまりいいとは言えない目つきでリオンを横目にする。
「相変わらずだな」
 加門は開口一番にそう言って、煙草を右手で持った。眉根をあげながら、一つ白い息を吐く。
「言いたいこたぁわかってる。放っておいてくれ」
 さすがの加門も自分の格好のみすぼらしさに気付いていたようだ。
 リオンはへらへらと笑った。
「その様子じゃ懐も寒いとみた。どう? 一杯」
 リオンは相変わらずの白衣姿だった。冷たい風が二人の間を、くるくると通り抜けていく。加門は苦笑をして、にいと笑った。
「兄さん、きっぷがいいな」
「あんたの金なしは今にはじまったことじゃない」
 青に移り変わった信号に、リオンが加門をいざなって歩き出した。加門は持っていた煙草を口にくわえ、リオンの後を追う。
 早い雲がごうごうと流れている。千切れた雲の一端が……加門とダブるような気がした。
 
 
 二人はリオンが行きつけだという小さな小料理屋に入っていた。
 目の前には熱燗が置かれ、牛すじ煮込み、しめさば、テンプラの盛り合わせ、カレイの煮付け、冷酒とさまざまな物が置かれている。
 入った二人はまず冷酒を小さくかかげて飲み干し、出てきたカレイの煮付けに箸をつけながら、熱燗を飲んだ。
 今日はこの冬一の冷え込みだった。だが、店の中はとてもあたたかい。
「それで、やりあったんですか」
 空になったトックリを女将に返しながら、リオンが加門を見る。加門は追加で頼んだお茶漬けを食べていた。一気にすするように口へ放り込んでから、租借をしながらリオンを見る。
 ごくんと口の中の物を嚥下して、加門は言った。
「そんなわけねえだろ」
 新しい熱燗がカウンターテーブルに置かれた。リオンがトックリを持つと、加門はお猪口を持った。二人の真ん中に置かれた灰皿は、すでに吸殻でぎゅうぎゅうになっている。
「で、車にひっついて、千葉まで行って」
 リオンが話の先を促す。
「そそ、行って、振り落とされて、徒歩と……途中からバスがあったからな。バスで帰って来た」
「その姿で?」
 笑いながらリオンが訊く。
 加門も同じく口許を持ち上げながら答えた。
「そりゃあ、乗客運転手、全員がバスジャック見るみたいな顔だったぜ」
「それじゃあいつも通りじゃないですか」
 リオンがニヤニヤしながら言い、お猪口を持った。ひょいとトックリを持ち上げて、加門が注ぐ。二人はきゅうっとそれを飲み干した。
「失礼な奴だな」
 口ではなんとか言ってるものの、この意味のない会話は、心地がよいようだった。
 酒もあり、煙草もあり、食い物もある。あと足りないのは、なんだろう?
「アタッシュケースは諦めるんですか」
「さあ。割りのいい仕事が入れば、臨機応変にな」
 二人とも熱燗が進み、どれだけ飲んだか、そのうち手酌で酒を飲むようになった。その頃から話題は、車のことになり、エンジン音やドリフトに話が咲いた。二人とも特に何も考えておらず、二人ともなんとなくやってきた無色透明の時間を楽しんでいるようだった。
「そろそろあがるか」
 加門が言ったのは深夜三時過ぎのことだ。
 この時間が終わると、加門はまた一人になるのだろう。いや、もしくはこの時間さえも一人だったのかもしれない。その辺は、よくわからない。
「俺の家すぐなんですよ、少し休んでいったらどうです」
 軽い口調で言うと、加門はおもむろに立ち上がりながら言った。
「また飲み直しか」
「まだ飲むんですか」
 二人は会計をすませて外へ出た。
 木枯らしの吹く白い冬は、ほろ酔い加減の二人の酔いをするりと持ち去っていった。空には上弦の月がゆらめいている。雲の隙間から見える月の光は、幻想的だ。
 二人は並んで歩き出した。街灯が、長身の二人の長い影をアスファルトに残していた。
 
 
 リオン・ベルティーニの家は五LDKの億ションである。
 加門はキャンピングカーに住んでいる身分なので、その億ションのエレベーターの中、呆れ返ったように顔をしかめていた。
 加門がトレンチコートを放り出し、加門がどっかりとソファーに腰を据える。リオンは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、一本加門に放った。
「しけてんな、酒じゃねえのか」
 受け取りながら加門が言う。
 リオンは同じミネラルウォーターの栓を開けながら、困ったように笑った。
「疲れたんじゃないですか、寝たらどうです」
 加門も水を飲む。一口飲んで、それから立ち上がった。そっとカーテンへ寄って外を見ながら、また水を飲んだ。
「お前、何してんだ」
 趣旨を明かさず加門が訊く。リオンはリビングとキッチンの合間に立ちながら言った。
「喫茶店経営ですよ」
「あんな物騒なもん持ってか」
 加門の開けたカーテンのせいで、窓が鏡の役割をして加門の表情を映し出している。だが彼の顔に、特に変わった特徴はない。いつも通り、眠たそうなやる気のない顔だ。
「そうですよ」
 リオンがそらっとぼける。
「なんで、お前と会ったんだろうな」
 ふいに、そんなことを加門は言った。
 リオンは静止した。意味が汲めなかったのもある。だが、なんとなく嫌な予感がしたのだ。
 その後加門は乱暴にカーテンを閉め、「寝る」と言った。リオンは何事もなかったかのように、加門を客室に案内した。
 大きなダブルベットにのそりと乗って、加門はすぐに横になった。足元の布団をかけることもしない。
 なんでお前と会ったんだろう。
 その問いが、自分の職業に向けられたことだと、リオンは悟っていた。
 
 
 嫌な問いを洗い流すように、シャワーに入ろうと思い、新しいバスタオルが客室のクローゼットに入っていたことから、リオンは客室に静かに入った。
 バスタオルを取り出す前に、ふと加門を目に止める。
 彼はただ眠っていて、そのままずっと……眠ってしまいそうだった。
 疲れてるんだ、とリオンは思う。
 加門は、もう疲れているのだと、察知する。
 何にかは知らない。どうしてかも知らない。ただいつも思っていた、どうしてこんなにこの男は、こうなのだろう。別にバイタリティがないだとか、生命力がないだとかではない。ただ無茶苦茶なのだ。
 なぜ無茶をするのかと言えば、彼はもうきっと疲れているのだと思う。
 そんな加門とリオンが出会ったのは、彼にしてみれば眠らせてくれる相手……ということだろうか。
 リオンはホルスターに吊ってあるワルサーに手を伸ばして、銃口を彼の頭に向けてみた。
 まっすぐに伸びた腕からは、おそらく間違いなく加門の頭を撃ち抜くだろう。
 躊躇なく引き金を引く自信は……あるのだ。
 リオンはそこまで、たった一人加門の何の言い訳の介入もなく想像して、少し加門に申し訳ないような気がする。もしかすると、そんなつもりではないかもしれないから。きっと、全てはリオンの思い過ごしかもしれないのだから。
「……」
 仕事以外でまでヒトゴロシはしたくない。
 リオンは胸にワルサーを戻して、バスタオルを片手にドアを閉めた。
 静かに、加門が寝返りを打った。
 
 
 ――エピローグ
 
 朝八時に目覚ましが鳴り、加門はリオンに乱暴に起こされた。
 今朝は四時ごろまで起きていたような気がする。四時間睡眠か……。人の家というのもあって、加門は大欠伸をしながら、リビングのテーブルの前についた。
 目をしょぼしょぼさせていると、リオンが明るい声で聞いてくる。
「エスプレッソにします、カプチーノにします?」
「ブレンド」
 加門は喫茶店でするように、他の選択肢が入る間を与えずに言った。
「それにしてもよく寝てましたねえ」
 リオンがキッチンを離れ、目玉焼きとソーセージを加門の前に置いた。加門は眠たそうに目を瞬かせている。
 リオンは上機嫌にリビングのコンポのスイッチを入れた。カントリーの曲が、ゆったりと流れ出した。
「朝からなんだこの曲は……」
 加門は出てきたばかりのコーヒーをすすりながら文句を言う。
「いいじゃないですか、朝はクラシックとかって決めてるんですか、あんた」
 自分の分の皿とバケットに入ったパンを持って、リオンは席に座った。
 リオンの白衣姿を眺めていた加門は、パンを手に取り食いつきながら嘆息した。
「趣味が悪い」
「食べたくなきゃ、食べなくてもいいですよ」
 リオンの忠告を無視して、加門は出された朝食をすべて食べ切った。
 カントリーは絶え間なく流れ、二人の溝を浮き彫りにさせる。
 人は一人なんだと、彼といると突きつけられる。それが、本当か間違っているのか、リオンにはわからないけれど。
 

 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3359/リオン・ベルティーニ/男性/24/喫茶店店主兼国連配下暗殺者】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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dogs@home1 にご参加ありがとうございました。
今回プレイングでどうしてもこなせなかったところがありました。
それでも、お気に召せば幸いです。

文ふやか