■導魂師:新鮮な”さまよえる者”■
深紅蒼 |
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】 |
現世には沢山の魂がさすらっている。年を経た魂達はどれも多すぎる業としがらみに絡みとられ、痛みを感じながらそれでもここに残っている。彼らには計り知れない彼らの理由があるのだろう。
では肉体を離れて間もない魂はどうだろう。生命活動を止めた肉体はもはや魂の入れ物とはならない。魂達は選んでどれかの道を進まなくてはならないのだ。大抵の者達は行くべき道を知っている。けれど、中には道を選ぶ事が出来ずにさすらう者になってしまう。
「病院へいくといいよ。なるべく大きな病院にね」
男は言った。昼間から表通りで会いたくなさそうなアブナイ服装の男だ。
「今時の人間はね、特に日本だと人間は病院で産まれ病院で死ぬ。だから迷子の魂達も病院の近くにいることが多いんだよ」
男は優しげに言った。肉体を離れて数日の間、魂達は病院の屋上や中庭、大きな樹の側などにいることが多い。男は彼らに対し導魂せよというのである。
「今回の魂は80歳台の男性ばかりだ。皆病院で3年以上の闘病生活を送りその後に死亡している。家族もいて葬儀も済んでいるが何かひっかかる思いがあるのだろうなぁ」
他人事の様に素っ気なく男は言う。
「相手は海千山千の老獪な爺さん達だ。軽くあしらわれないよう頑張ってくれ給えよ」
先輩としての忠告だと男は言った。
・対象は病院の敷地内に留まる魂達です。
・皆男性で80歳以上、3年以上の闘病歴があります。
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優しい死者
大概の人間は病院で生まれ、病院で死ぬ。幾万という人間がここで生まれ、同じように幾万の人間が死んでゆく。けれど、病院は医業を行うところであって生を祝う場所でもなければ、死を悼む場所でもない。遺体となった人間は邪魔だと言わんばかりに病院を追い出される。そして、魂だけが取り残され囚われてしまう。そんな事例は沢山あった。
その人は病院内にあるコインランドリーにいた。
「どうしてここにいるんですか?」
そっと四方神結は話しかけた。ここに立ち寄る前、結は長期入院する患者ばかりが集まっている病棟を訪ねた。道を見失った魂を探すためだ。多くは高齢で、そしてリハビリテーションが必要な患者達ばかりであった。意識レベルが低い患者も多い。先の見えない、ともすれば絶望が胸の奥から溢れそうな場所かと思ったが、意外に雰囲気は明るかった。立ち働く看護師達も、見舞いに来る家族らしい人も、患者本人達にも笑顔がある。死に近い場所だと思っていたのだけれど、ここは生者の世界だった。この場所で命を落としただろう魂の姿はない。その後あちこちと院内を歩き回り、やっと見つけたのがコインランドリーだったのだ。
その人は結の言葉を聞き、丸椅子に座ったまま顔を向けた。
「だってさ、なんか他の人の邪魔になっちゃうみたいだからねぇ」
ふくよかな身体をした初老の女だった。田舎のおばあちゃん、といった懐かしい雰囲気がある。勿論、もう肉体は死んでしまって‥‥けれど、魂が行き場を失った人であった。
「‥‥邪魔、ですか?」
結は首を傾げた。
「そうだよ。あたしが死んだらすぐにそのベッドは次の人の物になる。いくら長患いをしてここに思い出があるって言ってもね、その病室は他の人が病気を治す為に使わなくっちゃならないのさ。‥‥もうあたしがいていい場所じゃないんだよ」
女は目を伏せてそう言った。そんなものなのだろうか、と結は思う。母の時はどうだったのだろう。思い出そうと記憶を辿るが憶えていない。あの時は、ただ哀しくて、寂しくて、辛くて‥‥他の事は何も見えてなかった。なんと言って病院を出たのか、どうやって家に帰ったのかおぼろげにしか憶えていない。それなのに、結は病院が苦手だった。なんとなく重い空気がしていそうで、つい敬遠しがちになる。
「‥‥あぁ、悪かったね。せっかく話せる人が来てくれたって言うのに、なんか湿っぽい話になっちゃって。気を悪くしたかい? それとも具合が悪くなったかい?」
黙ってしまった結を気遣って、女は心配そうに声を掛ける。
「前にね、あたしが側にいたら具合が悪くなった人がいたんだよ。まぁ偶然かもしれないけどね。なんたって、ここは病院なんだから、大半は病気を抱えた人だろうからねぇ」
女は饒舌だった。生きているときも、きっとお喋り好きだったのだろう。そして、人懐っこくて優しい人、きっとそんな人だったのだろうと結は思った。
「私は大丈夫です。だって、私はあなたの為に来たんです。新しい道を選ぶお手伝いをする事、それが私の‥‥『導魂師』のお仕事です」
「どうこん‥‥し?」
「はい」
怪訝そうな顔をする女に結は即答する。
「病室には居場所がないって仰いましたよね。でも、ここだって本当に居場所じゃないんです。行くべき場所はちゃんとあります」
「あたしの‥‥行くべき場所‥‥かい?」
「そうです。道は選べます。説明を聞いてくれますか?」
結の言葉に女は大きく首を縦に振った。
「あぁ、聞く。聞くよ、聞かせておくれ。あたしの居場所ってのがあるんなら、教えておくれよ」
女は丸椅子から身を乗り出し、結へと迫る。
「あたしはね。もう死ぬずっと前から居場所なんてなかったんだよ。お父さんが死んじゃってね‥‥あたしの亭主のことだけどさ。住んでた家も処分して遺産分けして、そしたらなんだか娘や息子も疎遠になっちまってね」
「‥‥」
女の話は結には共感しにくいものだった。けれど、その透明な諦めに似た悲しみは伝わってくる。誰を恨むわけでも憎むわけでもない。ただ、純粋で静かな悲しみが水面を波紋が広がるように伝わってくる。
「‥‥ずっと寂しかったんですか?」
結は涙が溢れそうになった。この悲しみは自分のものではないと判っている。それでも共鳴せずにはいられない。
「そうだねぇ。やっぱり寂しかったねぇ。よくここで洗濯をしながら考え事をしていたよ。生まれ変わって、今度はもっともっと賑やかに生きていきたいってね」
「そうだったんですか。だからここにいらっしゃったんですね」
病室を追われた寂しがりやの優しい魂。その人が最後に身を寄せたのは窓もない小さな地下のコインランドリーだったのだ。結は涙を強引に手の甲でぬぐう。
「もうここを出ましょう。そしてもう一度新しい命を生きましょう」
結が手を差し伸べる。この人に必要なのは新しい人生だと思った。魂のままさすらうのも、遺恨を抱いて次の生を生きるのも適切ではない。ためらいもなく女は結の手をぎゅっと握りしめてきた。あの病室でみた患者達の様に、その目には希望を切ない程求める哀しく強い輝きがあった。
「ありがとう。あたしの為に来てくれて‥‥ありがとう」
女の素朴な礼の言葉は結の心に染みていった。
結は天国の門を開き、女の魂を送った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3941/四方神・結/女性/17歳/高校生導魂師】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。導魂師シリーズにご参加いただき、ありがとうございます。病院は結さんにとって、お辛い場所であったのですね。でも、ちょっとずつ心を強く鍛えていってるのでしょか? 今後もご活躍を楽しみにしています。
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