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■■Assassination Phantom−Dark Age−■■

東圭真喜愛
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
■Assassination Phantom−Dark Age−■

 「A.P.」の報告書に追加された一部を、行儀悪くデスクに腰を下ろして見つめていた草間武彦は、煙草の煙と共にため息をついた。
 前回、まんまと「敵の罠」にはまり、大事な情報源でもあり、あわよくば自分達と志を共に出来るかと思われた『剣士』、『囚われのイチ』が植物人間状態に未だ、ある。
 医者は「精神的なものも大きい」と話してはいたから、何かの拍子で「目覚める」こともあるのだろう。だが、楽観は出来なかった。
「『勇者』の目的って、なんなんでしょうね」
 ぽつりと、零がつぶやく。
 最初はネットで「暗殺ごっこ」をし、次には自分達「組織」の不安因子であったイチを簡単に切り捨てた。
「分からんが、あの『勇者』だけは他の連中と違う、一種独特の雰囲気があったな」
 武彦は、報告書をデスクにパサリと置く。
 あの類稀なる美青年───『勇者』。
 彼のあのはりついたような冷たい仮面のような笑みと、彼の周囲から感じる「絶対に近付いたら危険に巻き込まれる」と本能が叫ぶような「黒いもの」。
 一番最初に彼らと接触したとき、協力したくれた者の一人の言葉を武彦は思い出す。
<強力なバックがいてもおかしくない───>
 その「バック」が彼本人だと、武彦は感じる。
 だがそれも、まだ推測、否、それすらでもない。強いて言えば「カン」だ。
「こっちから突き崩せる可能性があるとしたら───『魔術師』だな。一番年少の奴。あれは多分一種の超能力か何かの能力だろうな」
 武彦は、煙があがってゆく様を見つめ、目星をつけてみる。
「あの年頃は影響されやすい。どうやってあそこまで『洗脳』じみた『絶対的信頼』を『勇者』が自分に向けるようにしたのか分からないが、それでも奪回のチャンスはあると思う。『魔術師』のことを少し洗うだけ洗ってみるか」
 今回は地味になりそうだが、と、武彦は呟きながら、協力者に連絡するため、電話に手を伸ばした。
■Assassination Phantom−Dark Age−■

 「A.P.」の報告書に追加された一部を、行儀悪くデスクに腰を下ろして見つめていた草間武彦は、煙草の煙と共にため息をついた。
 前回、まんまと「敵の罠」にはまり、大事な情報源でもあり、あわよくば自分達と志を共に出来るかと思われた『剣士』、『囚われのイチ』が植物人間状態に未だ、ある。
 医者は「精神的なものも大きい」と話してはいたから、何かの拍子で「目覚める」こともあるのだろう。だが、楽観は出来なかった。
「『勇者』の目的って、なんなんでしょうね」
 ぽつりと、零がつぶやく。
 最初はネットで「暗殺ごっこ」をし、次には自分達「組織」の不安因子であったイチを簡単に切り捨てた。
「分からんが、あの『勇者』だけは他の連中と違う、一種独特の雰囲気があったな」
 武彦は、報告書をデスクにパサリと置く。
 あの類稀なる美青年───『勇者』。
 彼のあのはりついたような冷たい仮面のような笑みと、彼の周囲から感じる「絶対に近付いたら危険に巻き込まれる」と本能が叫ぶような「黒いもの」。
 一番最初に彼らと接触したとき、協力したくれた者の一人の言葉を武彦は思い出す。
<強力なバックがいてもおかしくない───>
 その「バック」が彼本人だと、武彦は感じる。
 だがそれも、まだ推測、否、それすらでもない。強いて言えば「カン」だ。
「こっちから突き崩せる可能性があるとしたら───『魔術師』だな。一番年少の奴。あれは多分一種の超能力か何かの能力だろうな」
 武彦は、煙があがってゆく様を見つめ、目星をつけてみる。
「あの年頃は影響されやすい。どうやってあそこまで『洗脳』じみた『絶対的信頼』を『勇者』が自分に向けるようにしたのか分からないが、それでも奪回のチャンスはあると思う。『魔術師』のことを少し洗うだけ洗ってみるか」
 今回は地味になりそうだが、と、武彦は呟きながら、協力者に連絡するため、電話に手を伸ばした。



■Session Start■

 ゼハール・─ は、目をつむっていた。
 もうすぐ。
 きっともうすぐ、彼こそ───『魔術師』ランこそが、服従すべき魔神と自分が信じてやまない彼こそが───自分を召還するに違いない。
 時は、刻々と暗闇の中を刻んで行く。暗闇───そう、夜の街の路地裏に、佇んで。
 しかし、召還の気配は幾ら待っても兆候すらない。
(何故)
 少し苛立ちを感じつつも、ゼハールは冷静に考えてみる。
 もしかしたら、『魔術師』ランは忙しいのかもしれない。私を召還することも忘れて、今頃もう彼の敵となっている草間武彦達を相手にひとり奮闘しているのかもしれない。
 ゼハールは、ゆっくりと目を開ける。
 ───仕方がない。
 『魔術師』ラン、自分の服従すべき魔神と会うには、自分の存在を忘れていることを報せるには、彼と接触を果たそうとしている武彦の仲間を追跡するしかないようだ。
 相手に誰が今回加わっているか分からない。もしかしたら彼らによって、私の魔神様が倒されてしまうかもしれない───急がなければ。
 ゼハールは、早足で歩き出した。
 その足元のコンクリートに、ぽつりと雨が落ち始めた。



「雨ですね」
 興信所にステッキをついて立っていたセレスティ・カーニンガムが、窓の外を覗いて言う。
「雨か───」
 坂原・和真(さかはら・かずま)が、手付かずの目の前のお茶を見つめながら、特に意味もなく復唱した。考えが別のほうに行っているのだ。
 けれどそれは、和真だけではなかった。
 彼と同じくソファに座っている初瀬・日和(はつせ・ひより)、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。それにジュジュ・ミュージー。誰もが頭の中で作戦を練ったり、どう行動するかもうすぐ決定しようとしているところだった。

 コンコン、

 扉がノックされる。所長専用の椅子に座って馬鹿のように速いピッチで煙草を吸っては灰皿に山のように捨てていた武彦が、「どうぞ」と気の入らない声でノックに返答する。
 カチャリと入ってきたのは、小さな少女のように見えた。
「私もお仲間に加えてください」
 ゼハールはにっこりと微笑みかける。真の意思ではなかったが、今は我が主のためだ。気取られてはならない。
 すると、ジュジュが冷たい瞳を一閃させて来た。その視線を悠宇、日和、和真へと順に流し、
「ユー達は関わって欲しくないけどネ。『暗殺』は子供の『お遊び』じゃないんだヨ」
 と、視線よりも冷たい声で言い放つ。
 そして、コートを取り上げた。雨が降ると踏んできたので、今日は流石に持ってきていた。
「ジュジュさんは、もうどう行動するか決めたのですか?」
 セレスティが長い髪を優雅に揺らして、緩やかに振り返りながら尋ねる。
 靴を履きながら、ジュジュは髪をかき上げる。
「ミーはイチのところ。脳内はミーの独壇場ネ」
「しかし、そう植物状態の人間のところへ、簡単には入れてもらえないでしょう」
「ミーには『テレホン・セックス』がある」
「いや、入れてもらえることはもらえる」
 二人の会話に割って入ったのは、武彦だ。
「イチに他に親族が現れないってんで、何かあれば一応俺に一番の連絡が来るようにもなってるしな。いざとなれば身元引受人にもなるかもしれん」
 実際、イチの入院費を支払っているのは武彦だった。知り合いの病院だから安くはしてもらってはいるが、中々に興信所の経費としては重い金額だ。
「そういうことなら、コネを使って入る苦労もなくなりますね」
 セレスティの物言いに、ジュジュが振り返る。
「ユーも、イチのところに?」
「ええ」
 それと草間さん、と彼は振り返る。
「前回その、『何かを無くした』という原因となったカードを出来れば見せて頂けませんか?」
 ぴくり、と悠宇の身体が僅かに動いたのを、日和が目敏く気がついた。僅かに唇を噛み締める彼の手を、そっと握る。前回のことを、思い出しているに違いなかった。
「そのカードなら、イチのところだ。あの後握らせたら、離さなくてな」
「そうですか」
 ステッキの音を鳴らし、セレスティも玄関に向かう。悠宇が立ち上がった。
「俺もイチのところへ行かせてくれ」
「悠宇」
 日和の呼びかけは、諌めではなかった。決意した彼に対して、案ずるものだった。
「頼む」
 セレスティは小さく頷き「行きましょう、外に車を待たせてあります」と言ったが、ジュジュはバンと扉を開けて出て行った。
 悠宇が靴を履いている間、セレスティは武彦達を振り向いた。
「彼について分かること全てを、身元から交友関係など調査中です。
 自由度が高いように見えて、行動が縛られているのは背後で別の人物にコマとして操られている場合があります。本人に気付いてなくとも」
「『勇者』がバックじゃなく、更にそのバックがいるってことか?」
「可能性だけの話ですけれどね。もしそうなら、案外身近にいる人物かもしれません」
「行って来る」
 悠宇の瞳は、真っ直ぐだった。その瞳を見て、日和も覚悟を決めた。
「行ってらっしゃい」
 短く、返答する。聞き届けると、悠宇は雨の中を走って行った。
「では」
 セレスティが少し頭を下げると、「ああ」と武彦が手を挙げて応じる。
 バタンと扉が閉まると、合図にしたように日和も立ち上がった。
「私は『魔術師』───『道連れのラン』について調べたいです。私がうろうろしていれば、彼も接触してくるかもしれない」
 今までのことも含めて考えると、その可能性は充分考えられた。ランの言動からして、ああ見えても彼は日和を結構気に入ってるのではないか、と皆で話し終えたところだったのだ。
 その言葉にピクリと耳をすませるようにしたのは、入り口近くで立ちっ放しだったゼハールである。
「私もいいですか?」
 武彦が、そういえばといった風に尋ねてくる。
「初顔だな。このメンバーの誰かから聞いたのか?」
「元『Assassination Play』のサイトについて、ネット上じゃ色々噂が立ってますから。あ、私、ゼハールっていいます」
 適当なことを言ったが、間違ってはいない情報だった。敵の陣地に入り込むには、それなりの覚悟と知識が必要。それは熟知している。
「『魔術師』ラン……子供相手か……」
 和真が、初めてお茶を飲んだ。
「気が進まないが、相手が相手じゃ選んでる余裕もないな」
「偉大な魔法使いですからね」
 ゼハールは言ったが、日和と和真はそれを、ランへの皮肉と取ったようでゼハールを疑いもしなかった。
「魔法使いってより超能力者でしょう? まずはラン自身がどういう環境で育ったかを調べるのがいいかな。四大元素を操る人間などそういません。興信所で似たような事件が起きているか調べる手もある。それに近い人間に話を聞く手もあります」
「俺の記憶の限りじゃ、興信所で似たような事件が起きていることは、ないな」
 武彦がぽつりと言い、何か思い出したように眉間にしわを寄せた。
「四大元素を操る奴なら、他に一人ばかり心当たりがあるが───奴は危険すぎる。会わないほうがいい」
 そして、やっと重い腰を上げる。
「初瀬の言うところでは、確かこうだったな。
 自分の力を玩具のように使っている事から、それまで固く禁じられてきたその力を『自分の為に必要、思う存分振るって構わない』等と懐柔されたのかもしれない。禁じられた事は甘美な誘惑と魅力を持って迫るもの、彼がそれを許した『勇者』に心酔してしまっても不思議はない───」
「はい」
 日和が、すっかり冷めたお茶を申し訳なさそうに見下ろしつつ、更に言葉を添えた。
「ただ……だからこそ『A.P.』に参加する前の彼はまるで別人だったかもしれない……学校でも目立たない、おとなしい……これといって特徴のなかった子供かもしれません」
「ふむ」
 武彦は一度天井を見上げ、「で、どう調査する?」と尋ねてきた。
「付近の学校で、あえて目立たないおとなしい子、虐められていた子がいなかったかどうか調査したいです。彼が通っていた学校があるなら、そこを私がうろうろすれば接触するかもしれない……これはさっきも言ったとおりです」
「それで『うろうろすれば』って言ってたのか」
 和真が納得いったようにひとり、頷く。彼女や悠宇に対し敬語でなくなっているのは、そこそこに仲間意識が芽生えてきたからだろう。
「私も初瀬さんと同じ意見です。初瀬さんについていきたいです」
 この中で、一番ランと接触しやすくなりそうなのは、どうも、この温和そうな綺麗な髪の女の子のようだ。そう判断して、ゼハールは心持ち日和の傍に寄った。
「日和、でいいですよ」
 苦笑して言った日和に、ゼハールは「はい」と微笑む。
「じゃ、方向性は決まったな。イチのほうにはセレスティとジュジュ、羽角が行ってるから、俺達はランについて調べる、と。とりあえずは俺のパソコンや調査書を使うか」
 武彦の言葉に、日和と和真、ゼハールは力強く頷いた。



■Session Ran-side■

 日和は武彦のパソコンを借りて、あちこちのサイトを探していた。
 ゼハールの言う通り、あちこちのサイトでかつて大流行となっていた「Assassination Play」という「暗殺遊び、暗殺ごっこ」のサイトについて、「何故突然なくなってしまったのか」、「管理人に問い合わせてもメールが戻ってくる」など、噂が立っていた。
 ひとつため息を軽くついて、今度は『魔術師』ランについて調べ始める。
 元「A.P.」サイトの管理元を駄目元で当たってみたり、一年ずつ念入りに時を遡り、小さなニュースも取り上げているサイトを読んでみたりした。
 和真とゼハールのほうは、武彦の調査書から何か手がかりになるものはないかと、探していた。ゼハールのほうは、彼にとってみれば当然のことだが、特に念入りには探していない。形だけだ。彼にとっては、「自分の魔神」である『魔術師』ランに逢うことが目的なのだから、それまで味方と思わせておくだけでいい。
 そんな和真が、ふと、一つのファイルを手に取ったまま、ぴたりと探すのをやめた。じっと食い入るようにそのファイルの中身を読んでいたが、ふと武彦を振り返った。
「草間さん。この人のことですか? さっき言ってた、四大元素を操る一人の人間って。黒架(こか)、と書いてある───他にも能力を持っているみたいですが、四大元素を操れる人間として最大級の力の持ち主と皆に判断されている、というようなことも書いてありますが」
「ああ、そいつのことだよ」
 武彦は、これで今日何十本目かという煙草を灰皿に押し付ける。
「でも会わないほうがいい、そいつは『悪魔』と言われてる」
「書いてありますし、分かっています。でもこの調査書を見る限りでは、黒架という人間は戦意を喪失しているのでは?」
 日和の手も止まり、和真と武彦とを視線が行ったり来たりする。それに気付いてか気付かないでか、武彦はがしがしと頭を乱暴に掻き毟り、もう一本、と煙草を取ろうとして、一本もなくなっていることに気がつき舌打ちした。
「まあな。でも用心に越したことはない。お前はこの件の一番最初に無茶をしただろう。俺はあの時のお前のようになる奴を、もう見たくないんだよ」
「でも。
 黒架という人は、とても情に厚い人に感じます。草間さんを脅しはしたものの、結局自分も死ぬことが出来ないからって揃えた『敵』───今回で言えば俺達のような草間さんの仲間にそんなに強く手出しもせず、で終わったんでしょう。今どこにいるか分からないんですか?」
「お前はまた無茶をする気か!?」
 武彦が立ち上がる。日和は二人の間に割って入った。
「落ち着いてください。黒架さんて、誰のことですか?」
 そして日和は和真から「黒架の一件の調査書」を受け取り、読んでみる。
 大体は、こうだった。
 裏世界では「悪魔」などと畏怖されている存在の黒架が、武彦を人質として「自分の憎むべき相手を探し出してほしい」と彼に依頼した。
 無事に仲間は集まったが、黒架が「憎むべき相手」とは、かつて親友であり既に白骨化してしまった彼の無二の親友だった。黒架はかつて自分がいた、滅びた組織のため肉親のため「憎まなければならない」と思い込もうとしていたが、やはり無理で、自分を魔導人間化した人物にしか「殺されることが出来ない」、しかしその人物も既に死んでいたため武彦の仲間達に自分を殺すよう仕向けたが、それも無駄だった───。
「一番四大元素の力について分かるのは、この黒架さんて人みたいですね。私も、悪い人だとは思えません」
 日和まで言うと、武彦は大きくため息をつき、再びソファに沈み込んだ。
「黒架に会いたいなら、多分都心の外れのほうにいる。そこに自分で作ったどでかい底の深い地下洞窟がある、そこだ」
「行けば分かるような洞窟ですか?」
「能力者ならな」
 和真は玄関に向かい、武彦が天井を向いたままなのを見て、
「無茶はしません」
 と、ひとつ言って、「当たり前だ」と言葉を返されたのを確認し、出て行った。
「私も、ここからは足で動こうと思います」
 日和が調査書をテーブルの上に置いて、武彦を向く。
「『魔術師』ランのことかは断定できませんが、よく男の子が出没しては悪戯されるっていう川辺の団地があるんです。悪戯の仕方も、和真さんの言うところの『四大元素』を使ったものらしくて、小学生が急に空から水が降ってきたといってはずぶぬれになって帰ってきたり、放火のボヤみたいなものもあったみたいです」
 武彦がちらりとこちらを見た。
「どこら辺りだ?」
「ええと……ここから、そう遠くないです」
 ゼハールが地図を見つけてくると、日和はひとつ「ありがとう」と微笑して、テーブルに広げ、赤いマジックで一所を囲んでみせた。
「携帯は持ってるな?」
「はい」
 ゼハールもついていくというので、彼───どうやら少女の姿をしているだけで、実際の性別は男性らしい───が靴を履くのを待っていた日和は、応える。
「ついでだ、煙草買ってきてくれ」
 今まで日和に貸していた所長の椅子に再び座りながら、武彦。必ず無事に帰って来いというのだ。それも、出来るだけ早く。心配されていると分かり、日和はちょっと口元をほころばせて、
「はい」
 と、もう一度大きく返事をした。



 経費で落ちるはずだからと、タクシーを使った和真は、わりと早く「その場所」に到着した。
 確かに、能力者にしか分からない「気配」がする───都心から少し離れた、かなり広い、向こう側が見えないほどの空き地だ。
 ゆっくり歩いていくと、ふと地面が気になった。
 とんとん、と靴で蹴ると、凄い勢いで目の前に岩が突出してきた。大きな岩───和真の背丈の5倍はあるだろう。その中心に、入れと言わんばかりに入り口と思われる小さな穴が開いている。
「能力者の中でも探している人物に対してのみ、開く───自動ドアと大体似たようなものか」
 ひとりごち、中へ入り、岩で出来た階段を慎重に降りていく。
 結構深く、汗が滲み出る頃になってやっと、最下層に辿り着いた。
 だだっ広い岩の大広間。なのに土臭くもなく、不思議とどこか、神聖な教会と似た雰囲気だった。
 その真ん中辺りに、黒いフードを被った男が、美しい顔をそのフードで半分隠し、じっと目を閉じている。
「あなたが───黒架、さん?」
 言わずもがなの質問を、した。他に言葉が見つからなかった。あまりにも───彼を取り巻く空気が自分を呑み込もうと襲ってくるようで。じわじわと───首を絞めにくるようで。
「何の用だ」
 短く、小さな低い声がピンと張った空気を緩やかに動かした。目は、閉じられたままである。
「あなたの噂は聞いてます。でも、というかだから、というか───ちょっと聞いてみたいことがあって」
 黒架は初めて、瞳を開いた。どこか哀しさを伴いつつも和真を真っ直ぐに見る。
「そういう人間の質問は大体相場が決まっている。それに───草間武彦の『におい』がする。俺のどの能力について助言を得たいんだ?」
 あまりの話の早さに、和真の背中がひやりとする。「A.P.」とは別の意味でこんなに危険な人間が、もしも東京を滅ぼそうと本気で思った時には、呆気なくそれは成し遂げられてしまうだろう。
 乾いていた喉に唾を送り込んで、和真は口を開いた。
「率直に、要点だけ聞きます。
 四大元素を自由に操れる能力とは、どのようなものなんですか? どのように得るものなのですか? また、欠点などは?」
 黒架は再び、今度はさっきよりも長く和真を見ていたが、やがて手をほんの少しだけ上げた。途端、黒架と和真との間に炎の壁が現れる。
「この通り、火、土、水、風。四大元素を元とした能力のことだ。どのように得るかは人それぞれだろう。お前の能力と同じタイプの人間もいるし、生まれつきの『体質』で能力とは違う者もいる。魔法で力を得るということもあるだろう。欠点についても同じだ」
 つまり、『魔術師』ランの能力がどのタイプか分からなければ、はっきりとした欠点も分からないというのだ。それだけ大きな力───黒架は恐らく、そう言いたいのだろう。
 そういえば、と、『勇者』と初めて会った時のことを思い出す。彼は確か、「能力という能力はないが」という言葉を使っていた。聡い和真はそこで、こめかみに冷や汗を流した。
 もし───ランのその能力が「体質」だとしたら───自分の「能力を封じる能力」は使えない。病気を治せる能力があっても、性格を治せないのとある意味似ている。
「───参考になりました。ありがとうございます」
 和真は丁寧に頭を下げ、早足で階段を駆け上った。その後ろで黒架は再び、瞳を閉じた。



「それで、その神出鬼没の男の子っていうのは、幽霊ではないんですね?」
 日和があまりに一生懸命なこともあり、彼女とゼハールの周囲には、井戸端会議の常連の団地の者達───主に主婦だが───はお互い喋りながら、知っているだけのことを話してくれた。
「うちの子は負けん気が強くて。やられたからやり返そうと思って掴みかかろうとしたら、ちゃんと胸倉を掴めたそうなの。でも、あっさり逃げられたって悔しがってたわ」
 ひとりの主婦が、そう言う。日和はその主婦に食い下がった。
「その男の子、どんな特徴でしたか? 髪の色とか、喋り方とか、服装とか」
 主婦はあまり覚えていなかったので、掴みかかったという息子が呼ばれた。
 ちょうど夕飯近くで小腹が空いたらしく、ポテトチップスの袋を片手に持っていた。大体小学生高学年くらいの、気の強そうな男の子だった。
「髪は黒だったかな。喋り方? すっげぇムカつく喋り方だよあいつ。ちょっと能力持ってるからって、へらへらずっと笑っててさ。馬鹿にしたような態度とってたから、こう、掴んでやったらにげられた。服は白だと思ったけど……次に会ったら、ぜってぇにがさねえ」
 日和は聞きながら、考えていた。
 この団地周辺で「直接」被害に遭っているのは、情報によるとランと同年齢くらいの子供達ばかりだ。
 それに、本当に悪戯程度で、自分達に向けられるような力の使い方もしていないようだし、かといって一番最初の事件の発端となったサイトのように「スカウト」をするわけでもない。
(遊びたい心の裏返し───?)
 行き着いた答えは、それだ。
 もしかしたらランは、以前この団地に住んでいたのかもしれない。懐かしくて、だからこの団地を中心にここ周辺の子供達にばかり悪戯をして、「遊んで」いるのかもしれない。
「あの」
 日和は、顔を上げた。
「何年前でもいいんです。この団地か、周辺で、男の子が失踪したとか行方不明になったとか誘拐されたとか、そんな事件とか噂、ありませんか?」
 主婦達は顔を見合わせ、一様にかぶりを振った。
 図書館なら、新聞がある。それに、ここの場所と限定すれば、パソコンからも調査が出来る。日和のランの行動の答えは、当たらずとも遠からずのような気がしていた。
「ゼハールさん、興信所に戻りましょう」
 主婦達にお礼を言って、皆が帰っていくと、日和はゼハールの背中を押して促した。彼は驚いたようだった。
「何故ですか? まだラン様───ランに会っていません」
「調査が先だと思うの。慎重に調査して、それからじゃないと───」
 そこで日和は、言葉を凍りつかせた。
 夕陽が当たる彼女の背中に、視線を感じる。悪意のない悪意。そんな視線が楽しげに、彼女の姿を見つめている。
 そっと振り返った日和は、そこに、『魔術師』───『道連れのラン』の笑顔を認めた。
「嬉しいなぁ。ぼくに会うために、こんなところまで来てくれたんだ、おねえちゃん」
 日和が口を開こうとするより先に、ゼハールがランの傍に縋るように走り出した。
「ラン様! なぜ私をいつまでも召喚して下さらないのですか!? ラン様は私の服従するべき魔神様でございましょう? 私をお忘れなのですか!?」
 えっ、と日和は驚きを隠せなかった。だが次に驚愕したのは、ゼハールのほうだった。ランはあからさまに顔をしかめていた。
「なに、お前。魔神って、なに?」
「ラン様」
「やめてくれない。ぼくと『勇者』、そして『読心術者』以外に信用の置ける人間なんかいない。だからこの前だって、あの『剣士』イチすら切り捨てたんだよ。どこのサイトからぼく達の噂を聞いたのか知らないけど、ぼくは『勇者』の許可なしに部下なんて取らないし、第一魔神なんかじゃない」
 こんなに冷たい表情のランを、日和は見たことがなかった。
 ゼハールは、それでも、と身を乗り出す。すると、ゼハールの服に炎が出現した。脅しではない今までにはない、ランの明らかな殺意を感じつつ、日和は急いで能力で水を出現させ、炎を消した。
「そんな……何故ですか?」
 ゼハールの声が、震える。つまり───と、日和は日和で頭を整理する。ゼハールはこのランに「召還されたくて」自分達の味方についていたのか。あるいは、ランとどうしても逢いたくて。
「馬鹿には二度同じ台詞は、言わない」
 ゼハールは愕然とした。
 ランは服従するべき魔神様ではなかった───それが分かったのだ。
 彼ががくりと地面に膝をついた、その時だった。
「その台詞も、『勇者』からの受け売りか?」
 はあはあと息をつきながら、近くまでタクシーで来た和真が、到着した。携帯で武彦に連絡を取ったら、日和とゼハールがこちらに来ていると聞き、興信所には戻らずまっすぐあの洞窟からここを目指したのだ。
「和真さん」
 ホッとしたような、日和の声。和真は日和とゼハールの前に立ち、額の汗をぐいと拭った。
「お前の『勇者』への絶対信……まるで願いを叶えてくれるサンタだな」
 明らかな挑発のその言葉に、ランは可笑しそうに笑った。
「そうだよ、『勇者』はぼくのすべてなんだ。『勇者』はぼくを一番可愛がってくれてる……だからぼくも絶対に裏切らない自信がある。ねぇ? これ以上に強い絆って、あるのかな?」
「あるわ」
 強い日和の言葉に、ランはふと笑うのをやめる。
「あなたに聞きたいことがあったの。
 楽しいことっていうのは、自分のしたことで他の人が嬉しかったり喜んでくれたりすることだと私は思うけれど、あなたは違うみたい。あなたの言う『楽しさ』は、自分にしか向けられていないのじゃないの?」
 だが、その日和の言葉も、再度の無邪気な笑いで一蹴された。
「そうかもしれないね、ぼくの『楽しみ』は『勇者』を無視したことはないけどね? でも、『楽しさ』の度合いとかさ、根拠とか目的なんて、人それぞれじゃない。それがどうかしたの?」
「……、……」
 もどかしくて、日和は言葉が出なかった。
「駄目だ、こいつは。日和さん」
 和真が、苦い顔をして言う。
「心底から漬け物みたいに『勇者』に心酔しきってる、あるいは『洗脳』が完璧すぎる。何を言ってものれんに腕押しだ」
 ゼハールはまだ、呆然としたままだ。
 日和が唇を噛み締めた時、携帯が鳴った。出てみると、悠宇の切羽詰った声が聞こえてきた。
「え───」
 日和の顔色が、悪くなっていく。ゼハールと和真が、不審気に彼女を見る。
「まさか、だって、そんな」
 意味のない言葉を言ってはみるが、次第に声に力がなくなっていく。
 やがて携帯を事務的な動きで切った彼女は、地面に視線を落としたまま、無邪気な笑みを浮かべながら自分をまだ見ている『魔術師』ランに向けて、ぽつりと声を落とした。
「ラン───あなた……。
 ───『勇者』の実の弟って、……本当?」
 和真が、ギョッとしたようにランを見る。
「アハハ、すごいね。あのイチから情報が得られたのか、それとも今回一緒の───セレスティさんて人の調査結果かな?」
 ランは一頻り笑い終えると、ふと空を見上げた。
「ごめんね? 『勇者』が兄として挨拶がしたいから、全員ここに集まってほしいって『お願い』してるから。ぼく、それまで遊んでくるね」
 そして、走っていく。
 誰も、追いかける気力と体力が残っている者はいなかった。



■Session───The thrown-away Ran■

 悠宇とセレスティ、ジュジュはセレスティの車に乗り、イチを連れて興信所に連絡を取って日和と和真、ゼハールのいる場所を教えてもらい、到着したのはイチが目覚め、ランが走り去ってちょうど30分後のことだった。
「日和」
「悠宇」
 車の中から携帯をかけてラン『勇者』の間柄のことを伝えていた悠宇は、日和の茫然自失とした姿を見て、力強く抱きしめた。
「本当ですか、ランが『勇者』の実の弟というのは」
 セレスティやジュジュもいるからなのだろう、和真は再び敬語に戻っていた。その彼の問いに答えたのは、最後に車から降りたイチである。
「本当だ」
「───イチ」
 和真が呟く。日和も、イチが起きたことは知らされていなかったので、驚いて彼を見つめ、悠宇を再び見上げた。
「さっきイチさんは、『勇者』は特殊な身内で生まれた、と仰っていましたね。それはどういうことなのですか?」
 セレスティが代表して尋ねると、イチは眉を顰めつつ、視線を川へと投じた。
「戦後間もなくして、残った財閥の一つが『勇者』の家系が隠れて研究していたから最近までも誰も知ることがなかった。『そういう』能力を持ってた会長が始めた、胸糞悪ィ実験と研究さ。───身内のみを信頼し、究極の人間を創ろうとした。子供や孫が産まれては自分の能力で『潜在している能力』をまず引っ張り出し、研究所に送り込む。最初に行うのは『絶対に自分への忠誠を誓わせるための洗脳』だ。そしてその研究所で、『外界』から選りすぐった人間と結婚させ、生まれる『サラブレッド』を更に『サラブレッド』に成長させる───研究所内でそうやって子供達がどんどん生まれてく」
 暫し、沈黙が流れた。
「究極の人間、……って?」
 日和が、恐る恐る尋ねる。
「『勇者』が今のところ一番の『出来』だそうだ。今も生きてる『会長』に言わせりゃァな」
「ユーは会ったことがあるのカ?」
 ジュジュが聞くと、「ああ」と乱暴に返事が返ってきた。
「齢153歳にして外見は30代で止めてる───心身共にな。それを見事に受け継いでるのが、『勇者』───ってことらしい」
「なるほど」
 セレスティは、頭の中で組み立て始める。
「最終目的が何かは分かりませんが、そのモグラのような『会長』さんが『創り上げた』見事な出来の『勇者』さんを使って、まずは手始めに暗殺ごっこ、暗殺遊び。けれど『予行演習』とはいえ不安因子は取り除かねばならない───そう、これは『勇者』さんを使った、何かの予行演習なのですね?」
 返答は、空から降ってきた。
「頭がいいですね。是非とも抜擢したいほどです、貴方に絶対忠誠の志があったら、の話ですけれど」
「「「「「「!」」」」」」
 6人は一様に、空を見上げる。
 以前のように、『勇者』が傍らに『魔術師』を控えさせて、空中に『腰掛けていた』。
「そんな抜擢は、熨斗をつけてお返しします」
 にっこりと、セレスティ。
 勇者の冷たい笑みが、濃くなった。同時に、『魔術師』ランが降りてくる。
 トン、と軽く音を立て、地面に立つと、前触れもなしにイチを狙って炎が襲い掛かった。
「イチ!」
 悠宇が声を上げたが、イチは向かってくる炎を抜いた日本刀で文字通り、一刀両断にした。
「和真さん、封じた能力をいつ解いたんですか?」
 日和が尋ねると、「植物人間状態に入ったって聞かされた時だよ」と肩をすくめた返答が返って来た。
「ラン様、」
 ゼハールは力なく呼んだが、ランはもはや彼に見向きもしない。ゼハールの胸に、哀しみと共にむらむらと憎しみが沸き上がってきた。愛が憎悪へと変化する、それに酷似していた。
「───っ!」
 力を思い切りランにぶつけようとしたゼハールだが、何故か能力が使えない。クスクスと、空から嫌なほど上品な笑い声が降って来た。
「貴方の能力───使われると、この場にいる私を除く、全ての人間が死に至ります。ほら、今やっと到着した貴方達のリーダーさんもね……私は平和主義ですので、そんなことは望みません。暫くの間、能力は使わないでくださいね」
 ゼハールは歯を食い縛ったが、使おうとしてもどの能力も使うことが出来ない。これが、『勇者』。怒りと共に新たな恐怖がじわじわと襲ってくる。
 彼の言う通り、今到着した草間武彦は、イチから全員が今聞いたことを教えてもらっている。その間にも何度かランの炎が襲ってきたが、悉くセレスティの水によって吸収された。
「川の傍とは、炎では些か不利なようですよ、ラン」
「分かってるよ、『勇者』」
 少し苛々していたらしいランの髪の毛が、逆立っていく。空気がピンと張り詰めた。説明を終えたイチがハッとし、
「伏せろ!」
 と叫んだ。
 直後、強烈な風が伏せた一同の頭上を掠めていった。───車が裂ける派手な音がした。
「……カマイタチですか」
 セレスティが、立ち上がりながら呟く。
「おい、ラン」
 イチが日本刀を構える。
「お前が『今』やりたいのは俺だろ? ちょっとイラついたからって他の人間を巻き込んだら、『勇者』に嫌われちまうぜ?」
 ランは、ふんと鼻を鳴らす。
「そんな手には引っかからないよ。『勇者』がぼくを見捨てるわけはないからね」
「最近、『キス』はもらってるか?」
 何気ないその言葉に、ランの身体が一瞬ビクッと反応した。
「どういうことだ?」
 イチと一番近くにいた武彦が尋ねる。イチは、全員に聴こえるように言った。
「『勇者』がどうやって弟のランを洗脳したか───それは赤ん坊の頃からの毎晩の額への『キス』だ。それを『強い暗示の能力』と一緒に額を通して脳に到達させる。毎晩毎晩一度ずつ、でもそれを12年間。こいつはもう解けない暗示になっちまってる。でもだからこそ、『勇者』は洗脳のための『キス』をやめた。ランにとってはその『キス』は赤ん坊の頃からの当然の兄貴からのプレゼントだ。それがこの一年間ぱったり、ない。心の底では欲してやまない肉親からの『キス』がもらえない───」
「うるさいよ」
 カマイタチが、今度はイチだけに向けて飛んでくる。
 難なくそれも日本刀で一刀両断させ、「粉砕」させてから、イチは笑ってみせた。
「てめえらのは、本物の愛じゃねェ」
「うるさいって言ってるんだ!」
 豪雨が、一同を叩きつけてくる。遠くで落雷の音が聞こえてきた。
「図星をさされると、怒るのは兄貴譲りか?」
 和真がわざと煽る。
「四大元素の能力の応用ですか───天候をも操るとは」
 セレスティが、毀れた車から傘を出そうとして諦めながら、ため息をついた。
「へえ、ユーのブラザーは図星さされると怒るのネ」
 ジュジュが面白そうに言うと、ランは我を忘れたようにまくし立てた。
「違う! サイおにいちゃんは、ぼくにちゃんと愛をくれてる! キスは中学に上がったから、ぼくを一人前と認めてくれたからくれなくなった、それだけだ!」
 すっ、と『勇者』の笑みが更に冷たいものに変化した。
「サイ───……?」
 悠宇が反芻したことで、自分が何を言ったかに気付き、ランはハッと口元に手をやる。
 だが、遅かった。
「ラン───『裏切りましたね』」
 冷たい声が、豪雨と共にランの身体を叩く。
 振り仰ぎ、ランは縋るように叫んだ。
「違う、違うよ! ぼくは裏切ったりなんかしない! 今のは、今のは、つい」
「つい……禁句としていた言葉の一つを?」
 『勇者』は、自ら「禁句」という言葉を使った。ランの使った言葉が「本物の禁句」と認めた───赦すつもりがない証拠だった。
 形のよい薄い唇から、笑みが漏れる。
「さようなら、『魔術師』ラン。貴方は実によく働いてくれた───可愛い私の弟でした」
「待っ……」
 ランが悲鳴のように声を上げた。
 誰もがとめようと思った。
 だが、その時には既に───ランは突然、本当に突然。
 かくりと、人形のように身体全体から筋肉を抜き取られたかのように、地面に倒れ伏した。
「ランさん!」
 日和が駆け寄る。抱き起こすと、まだ瞳は開けられたままで、だが次第に色が失われていくところだった。
「おにい、ちゃん」
 失われていく色が、最期に、『勇者』が消え去る空を映し、涙を零した。
「こんどはいつ、───キス、……くれる、───? ───」
 そしてそのまま、動かなくなった。
 日和は泣きながら、力強く、まだ暖かな彼の身体を抱きしめた。



 完全に死んだ状態だったのだが一応病院にと、武彦は指示し、セレスティが呼びつけた車2台で全員一緒にランを運んだ。ゼハールは、いつの間にかいなくなっていた。彼は今回、酷く傷ついた。その傷をひとり、癒しに行ったのだろう。
「この病院は、あんたの言うこと信用してくれンのか?」
 ふと、イチが待っている廊下のソファの傍らに立ちながら、武彦に尋ねた。
「一応な。腐れ縁が院長の病院だから、不思議・怪奇関係のことにも慣れてる」
「それなら、伝えてくれ。ランは確かに死んだ状態だけど、まだ死んじゃいねェって」
「どういうことだ?」
 武彦だけでなく、全員の視線がイチへと注がれる。
「死んでるけど、そのまま時が止まってる。死んだ時点で『勇者』が止めさせた。こいつは俺達が本拠地にしてた場所にも何人かそういう奴が過去にいたから、確かだ」
「どうせ殺したのなら、時を止めてなんの必要があるのヨ?」
 ジュジュの疑問は、もっともだった。
 イチの視線が、彼女に向く。それから順番に悠宇、日和、和真、セレスティ、武彦と辿る。
「『いつか使う日が来るまで取っておく』───それしか『勇者』は言ったことがなかったが、ランもそれに値したんだろう。だから、火葬したりなんだのはやめてくれ。救命措置も何にも必要ねェ、極端な話、ただそこに転がしといてくれるだけでもいいんだ」
「殺した人間まで……?」
 悠宇は、涙が出そうなほど心が怒りに燃えるのを感じていた。
「人の命を───なんだと思ってんだよ!」
 いつの間にか、本当に涙がこぼれているのにも気付かない。そんな悠宇の背中に、日和はそっと頬を寄せ、手で撫でる。赦せない───悠宇の心にまで傷をつけた。
 日和はそして身体を戻し、力強い瞳で武彦を見た。
「私からもお願いします、草間さん。ランさんをこのままにしておくなんて、可哀想です」
「可哀想なんて、ホントに甘チャンダネ」
 ジュジュが冷たい瞳を向けてくるが、それは彼女の本職が暗殺を主に扱うものだったから、彼女としては当然の意見だったのだろう。
 だが、日和には堪えなかった。
 セレスティが、コツンとステッキを鳴らして少し歩き、武彦と向き合った。
「ともかく、ランさんという貴重な人物が手に入ったのは確かです。イチさんの言うことが本当なら、彼の言う通りにしたほうがいいと思います」
 武彦は仲間達を見つめていたが、最後に、黙って座り込んでいた和真にも確認を取った。
「お前も、同意見か?」
 和真はちらりと見上げ、こくりと頷いた。
 武彦は、「分かった」と言い、一応イチにも来てもらったほうが話が早く進むと言い、連れて行った。



 なんとか院長を説得した武彦は、病院を出ると、雨が上がっていると共に、もう夜明けだということにも気がついて、大きくため息をついた。
 全員ずぶ濡れのままで来たので、彼らが疲れ果てているのも目に見えて分かる。
 ランは自分が「面倒を見る」とこちらも院長を説得し、担いできたイチに、武彦は住むところを紹介するようだ。
「ま、怪奇現象が起こるだのなんだので、借り手がいない安アパートなんか腐るほどあるからな」
 とのことだった。
 それがなかったら組織に入る前に自分が住んでいたアパートに行こうとしていたイチだが、今はもう借り手がついているかもしれないし、と思い直して礼を言った。
「痛いところもありましたけれど、今回はどうやら収穫のようですね」
 自分の車で興信所に向かわせながら、セレスティが言う。
「みんな、眠っちまったみたいだよ」
 武彦が言うと、セレスティは「おや」と少し微笑んだ。
 無理もない、あれだけのことを成し遂げたのだ。ある者は精神的に、ある者は身体も共に。
 糸が切れたように、2台の車の中で、セレスティ直属の運転手と車の主、そして武彦を抜かして、全員熟睡していた。
「完全に死んでいるものの、死にながら生かされているラン少年も」
 セレスティは、そこで言葉を途切らせた。
 武彦もまた、こくりこくりと白河夜船だった。
「ラン少年も───夢を見ているのでしょうか、ね?」
 独り言にかえ、セレスティもまた、瞳をゆっくりと閉じる。
 今回も仲間達全員が無事でよかった───せめてもの救いのように、誰もがそう思いながら。
 車の中は、緩やかな睡郷に変わりながら、一同を暫しの安らぎに包み込むのだった。



 ───おにいちゃん、ランはきょうもいいこだったよ。
 ───うらぎる? しらないことばだけど、ぼくはおにいちゃんのみかただよ。
 ───ね───おにいちゃんがまいにちキスをくれるのは、あたたかなキスをくれるのは、ぼくがおにいちゃんのことだいすきだって、ちゃんとつたわってるから、だよね───




《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0585/ジュジュ・ミュージー (ジュジュ・ミュージー)/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)
4563/ゼハール・― (ぜはーる・ー)/男性/15歳/堕天使/殺人鬼/戦闘狂
4012/坂原・和真 (さかはら・かずま)/男性/18歳/フリーター兼鍵請負人
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、ちょっとシリアスな話を、そして、ちょっとわたしのいつもの作品とは趣向が違うと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、「暗殺」を目的とする集団の話を書いてみようと思い、皆さんにご協力して頂きましたシリーズの第三弾となりました。シリーズの中でも一番長いものとなってしまいましたが;読みにくいだけとなっていないことを祈ります。因みに最後の章のタイトルは、直訳すると「セッション───捨てられたラン」となります。和訳してしまうとなんとも安易な;
ダイスですが、これは今までと同じように、そしてまた前回とは別に作ったものを使用しました。今回も皆さん全員が2度振ってきてくださいましたので、「進み具合」を出すのは意外と楽でした。皆さんの其々のダイス目も参考にさせて頂き、戦況&結果とさせて頂きました。今回は全体的に、そんなに戦闘ということにはならず、なんとなくホッとしております。
今回は『読心術者』だけ出てきませんでしたが、これは最初からOPで匂わせていた通り、『剣士』イチと『魔術師』ラン、そして『勇者』のみの話になりました。そして『剣士』であるイチの過去がまたまた少し明らかになり、『勇者』の下の名前(あるいは短くした名前の呼び名)、『魔術師』ランとの関係、そして背景がようやく出てきたわけですが、前回よりは絶対に救いのある終わり方になるだろうと思っていたのが、書いてみたら予想を大幅にこえてしまい、ある意味前よりも切なくてたまらない終わり方になってしまいました。もちろん、わたしとしてはとても満足のいくものになったのですが、皆様はどう思われるのか、かなり心配です。
また、今回はイチサイド(セレスティさん、ジュジュさん、悠宇さん)とランサイド(日和さん、ゼハールさん、和真さん)とに一部、いえ半分くらいでしょうか、個別として分けて書かせて頂きました。見ないと分からない部分も今回は特に多々あるかと思いますので、もう片方のその部分も是非、どうぞお暇なときにでも。
そして、どちらも読んで頂けると分かると思いますが、悠宇さんに唄って頂いた唄は、以前テラネッツ様ご企画の「幻影学園奇譚」でのノベルでも使わせて頂いた、これはわたしの祖母のそのまた祖母の代から口伝えられてきた唄です。
それとプレイング上、和真さんに逢って頂いた黒架(こか)というNPCについては、既に異界にて登録済みですので、「■切なさと哀しみと苦しみと■」の前編・後編ノベルと併せまして、お暇で仕方がないという時にでも読んで頂けると幸いです。

■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv そしてイチへの必死の呼びかけも有り難うございました。プレイングがあまりに熱いものだったので、思わずわたしが涙が出そうになりました。ラスト、病院では涙を流させてしまいましたが、悠宇さんだからこそ、こんな時泣いてしまうのではと思いましたが、如何でしたでしょうか。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はずぶ濡れになっただけですみまして、わたしとしてもホッとしております。そしてまた、ランの「死」や悠宇さんの涙によって、より精神的に成長をなされたのではないかと思いますが、悠宇さんが泣いている場面での対処の仕方は、ちょっと大人すぎたかなと心配ですが、如何でしたでしょうか。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はジュジュさんと「調査」の面で合致したところもありまして、全体的にまたまたブレーン的に動いて頂きました。『勇者』と初めて会うことになったセレスティさんですが、セレスティさん的には今回は初対面で危険な相手という知識があるのなら、あまり挑発的な発言もしないのではないかな、と思いまして控えめにいきましたが、如何でしたでしょうか。
■ジュジュ・ミュージー様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は情報網は違えど調査をするという点ではセレスティさんと一緒でしたので、調査結果は纏めてみました。それと、イチの「植物状態から起き上がらせること」を具体的に書いてきて下さいましたので、多少危険な目に遭って頂くことになってしまいましたが、おかげでイチも起き上がることが出来、わたしもとても感謝しています。いつもの依頼参加と違ったものというのもあるとは思いますが、プレイングが冷たく事務的であってもどこか暖かなもので、わたしはちょっと嬉しかったですのですが、ノベルのほうは如何でしたでしょうか。
■ゼハール・―様:初のご参加、有り難うございますv 今回、ゼハールさんのプレイングと随分違うと思われたと思いますが、まず、OPに提示された「ライターより」もご確認頂けると幸いです。ダイス目も記されておりませんし、「ライターより」には大切な事が提示されている場合がありますから、次にご縁がある時はよろしくお願い致します。異界にて既に設定したもので、「部下」や「A.P.」側につくというのはあり得ません。今回はゼハールさんの意思を尊重しながら、勝手ながらアレンジさせて頂きました。ゼハールさんの本当の良い主を見つけられますように☆
■坂原・和真様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は、悠宇さんと日和さんとは既に二度面識があり、また、今までの「一緒にしてきた行動の中身」も濃いものであったため、お二人に対しては敬語から普通の口調に変わった、としましたが、何かまだ違うようでしたらご意見などくださいませ。また、黒架(こか)という別ノベルで以前出てきたNPCと、和真さんのプレイング上逢って少しだけ話して頂きましたが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は今までとは「裏の面」からも、そして「表の面」からもそれを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。ランは本当に純粋に小さな頃から兄『勇者』へ、兄弟愛を貫いてきたのだということを、少しでも汲み取って頂けたら嬉しいです。「A.P.」の背景やイチやラン達のことが少しずつ明るみに出てきましたので、このシリーズも半分を越したかな、という感があります。そうなるとまた少し惜しい気もしてくるのが人情なのですが(笑)、またネタが上がりましたら、ご参加なさらなくても、出来上がっていく(であろう)これからのノベルを拝見して頂けたら、と思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/01/17 Makito Touko