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■■Assassination Phantom−Dark Age−■■

東圭真喜愛
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
■Assassination Phantom−Dark Age−■

 「A.P.」の報告書に追加された一部を、行儀悪くデスクに腰を下ろして見つめていた草間武彦は、煙草の煙と共にため息をついた。
 前回、まんまと「敵の罠」にはまり、大事な情報源でもあり、あわよくば自分達と志を共に出来るかと思われた『剣士』、『囚われのイチ』が植物人間状態に未だ、ある。
 医者は「精神的なものも大きい」と話してはいたから、何かの拍子で「目覚める」こともあるのだろう。だが、楽観は出来なかった。
「『勇者』の目的って、なんなんでしょうね」
 ぽつりと、零がつぶやく。
 最初はネットで「暗殺ごっこ」をし、次には自分達「組織」の不安因子であったイチを簡単に切り捨てた。
「分からんが、あの『勇者』だけは他の連中と違う、一種独特の雰囲気があったな」
 武彦は、報告書をデスクにパサリと置く。
 あの類稀なる美青年───『勇者』。
 彼のあのはりついたような冷たい仮面のような笑みと、彼の周囲から感じる「絶対に近付いたら危険に巻き込まれる」と本能が叫ぶような「黒いもの」。
 一番最初に彼らと接触したとき、協力したくれた者の一人の言葉を武彦は思い出す。
<強力なバックがいてもおかしくない───>
 その「バック」が彼本人だと、武彦は感じる。
 だがそれも、まだ推測、否、それすらでもない。強いて言えば「カン」だ。
「こっちから突き崩せる可能性があるとしたら───『魔術師』だな。一番年少の奴。あれは多分一種の超能力か何かの能力だろうな」
 武彦は、煙があがってゆく様を見つめ、目星をつけてみる。
「あの年頃は影響されやすい。どうやってあそこまで『洗脳』じみた『絶対的信頼』を『勇者』が自分に向けるようにしたのか分からないが、それでも奪回のチャンスはあると思う。『魔術師』のことを少し洗うだけ洗ってみるか」
 今回は地味になりそうだが、と、武彦は呟きながら、協力者に連絡するため、電話に手を伸ばした。
■Assassination Phantom−Dark Age−■

 「A.P.」の報告書に追加された一部を、行儀悪くデスクに腰を下ろして見つめていた草間武彦は、煙草の煙と共にため息をついた。
 前回、まんまと「敵の罠」にはまり、大事な情報源でもあり、あわよくば自分達と志を共に出来るかと思われた『剣士』、『囚われのイチ』が植物人間状態に未だ、ある。
 医者は「精神的なものも大きい」と話してはいたから、何かの拍子で「目覚める」こともあるのだろう。だが、楽観は出来なかった。
「『勇者』の目的って、なんなんでしょうね」
 ぽつりと、零がつぶやく。
 最初はネットで「暗殺ごっこ」をし、次には自分達「組織」の不安因子であったイチを簡単に切り捨てた。
「分からんが、あの『勇者』だけは他の連中と違う、一種独特の雰囲気があったな」
 武彦は、報告書をデスクにパサリと置く。
 あの類稀なる美青年───『勇者』。
 彼のあのはりついたような冷たい仮面のような笑みと、彼の周囲から感じる「絶対に近付いたら危険に巻き込まれる」と本能が叫ぶような「黒いもの」。
 一番最初に彼らと接触したとき、協力したくれた者の一人の言葉を武彦は思い出す。
<強力なバックがいてもおかしくない───>
 その「バック」が彼本人だと、武彦は感じる。
 だがそれも、まだ推測、否、それすらでもない。強いて言えば「カン」だ。
「こっちから突き崩せる可能性があるとしたら───『魔術師』だな。一番年少の奴。あれは多分一種の超能力か何かの能力だろうな」
 武彦は、煙があがってゆく様を見つめ、目星をつけてみる。
「あの年頃は影響されやすい。どうやってあそこまで『洗脳』じみた『絶対的信頼』を『勇者』が自分に向けるようにしたのか分からないが、それでも奪回のチャンスはあると思う。『魔術師』のことを少し洗うだけ洗ってみるか」
 今回は地味になりそうだが、と、武彦は呟きながら、協力者に連絡するため、電話に手を伸ばした。



■Session Start■

 ゼハール・─ は、目をつむっていた。
 もうすぐ。
 きっともうすぐ、彼こそ───『魔術師』ランこそが、服従すべき魔神と自分が信じてやまない彼こそが───自分を召還するに違いない。
 時は、刻々と暗闇の中を刻んで行く。暗闇───そう、夜の街の路地裏に、佇んで。
 しかし、召還の気配は幾ら待っても兆候すらない。
(何故)
 少し苛立ちを感じつつも、ゼハールは冷静に考えてみる。
 もしかしたら、『魔術師』ランは忙しいのかもしれない。私を召還することも忘れて、今頃もう彼の敵となっている草間武彦達を相手にひとり奮闘しているのかもしれない。
 ゼハールは、ゆっくりと目を開ける。
 ───仕方がない。
 『魔術師』ラン、自分の服従すべき魔神と会うには、自分の存在を忘れていることを報せるには、彼と接触を果たそうとしている武彦の仲間を追跡するしかないようだ。
 相手に誰が今回加わっているか分からない。もしかしたら彼らによって、私の魔神様が倒されてしまうかもしれない───急がなければ。
 ゼハールは、早足で歩き出した。
 その足元のコンクリートに、ぽつりと雨が落ち始めた。



「雨ですね」
 興信所にステッキをついて立っていたセレスティ・カーニンガムが、窓の外を覗いて言う。
「雨か───」
 坂原・和真(さかはら・かずま)が、手付かずの目の前のお茶を見つめながら、特に意味もなく復唱した。考えが別のほうに行っているのだ。
 けれどそれは、和真だけではなかった。
 彼と同じくソファに座っている初瀬・日和(はつせ・ひより)、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。それにジュジュ・ミュージー。誰もが頭の中で作戦を練ったり、どう行動するかもうすぐ決定しようとしているところだった。

 コンコン、

 扉がノックされる。所長専用の椅子に座って馬鹿のように速いピッチで煙草を吸っては灰皿に山のように捨てていた武彦が、「どうぞ」と気の入らない声でノックに返答する。
 カチャリと入ってきたのは、小さな少女のように見えた。
「私もお仲間に加えてください」
 ゼハールはにっこりと微笑みかける。真の意思ではなかったが、今は我が主のためだ。気取られてはならない。
 すると、ジュジュが冷たい瞳を一閃させて来た。その視線を悠宇、日和、和真へと順に流し、
「ユー達は関わって欲しくないけどネ。『暗殺』は子供の『お遊び』じゃないんだヨ」
 と、視線よりも冷たい声で言い放つ。
 そして、コートを取り上げた。雨が降ると踏んできたので、今日は流石に持ってきていた。
「ジュジュさんは、もうどう行動するか決めたのですか?」
 セレスティが長い髪を優雅に揺らして、緩やかに振り返りながら尋ねる。
 靴を履きながら、ジュジュは髪をかき上げる。
「ミーはイチのところ。脳内はミーの独壇場ネ」
「しかし、そう植物状態の人間のところへ、簡単には入れてもらえないでしょう」
「ミーには『テレホン・セックス』がある」
「いや、入れてもらえることはもらえる」
 二人の会話に割って入ったのは、武彦だ。
「イチに他に親族が現れないってんで、何かあれば一応俺に一番の連絡が来るようにもなってるしな。いざとなれば身元引受人にもなるかもしれん」
 実際、イチの入院費を支払っているのは武彦だった。知り合いの病院だから安くはしてもらってはいるが、中々に興信所の経費としては重い金額だ。
「そういうことなら、コネを使って入る苦労もなくなりますね」
 セレスティの物言いに、ジュジュが振り返る。
「ユーも、イチのところに?」
「ええ」
 それと草間さん、と彼は振り返る。
「前回その、『何かを無くした』という原因となったカードを出来れば見せて頂けませんか?」
 ぴくり、と悠宇の身体が僅かに動いたのを、日和が目敏く気がついた。僅かに唇を噛み締める彼の手を、そっと握る。前回のことを、思い出しているに違いなかった。
「そのカードなら、イチのところだ。あの後握らせたら、離さなくてな」
「そうですか」
 ステッキの音を鳴らし、セレスティも玄関に向かう。悠宇が立ち上がった。
「俺もイチのところへ行かせてくれ」
「悠宇」
 日和の呼びかけは、諌めではなかった。決意した彼に対して、案ずるものだった。
「頼む」
 セレスティは小さく頷き「行きましょう、外に車を待たせてあります」と言ったが、ジュジュはバンと扉を開けて出て行った。
 悠宇が靴を履いている間、セレスティは武彦達を振り向いた。
「彼について分かること全てを、身元から交友関係など調査中です。
 自由度が高いように見えて、行動が縛られているのは背後で別の人物にコマとして操られている場合があります。本人に気付いてなくとも」
「『勇者』がバックじゃなく、更にそのバックがいるってことか?」
「可能性だけの話ですけれどね。もしそうなら、案外身近にいる人物かもしれません」
「行って来る」
 悠宇の瞳は、真っ直ぐだった。その瞳を見て、日和も覚悟を決めた。
「行ってらっしゃい」
 短く、返答する。聞き届けると、悠宇は雨の中を走って行った。
「では」
 セレスティが少し頭を下げると、「ああ」と武彦が手を挙げて応じる。
 バタンと扉が閉まると、合図にしたように日和も立ち上がった。
「私は『魔術師』───『道連れのラン』について調べたいです。私がうろうろしていれば、彼も接触してくるかもしれない」
 今までのことも含めて考えると、その可能性は充分考えられた。ランの言動からして、ああ見えても彼は日和を結構気に入ってるのではないか、と皆で話し終えたところだったのだ。
 その言葉にピクリと耳をすませるようにしたのは、入り口近くで立ちっ放しだったゼハールである。
「私もいいですか?」
 武彦が、そういえばといった風に尋ねてくる。
「初顔だな。このメンバーの誰かから聞いたのか?」
「元『Assassination Play』のサイトについて、ネット上じゃ色々噂が立ってますから。あ、私、ゼハールっていいます」
 適当なことを言ったが、間違ってはいない情報だった。敵の陣地に入り込むには、それなりの覚悟と知識が必要。それは熟知している。
「『魔術師』ラン……子供相手か……」
 和真が、初めてお茶を飲んだ。
「気が進まないが、相手が相手じゃ選んでる余裕もないな」
「偉大な魔法使いですからね」
 ゼハールは言ったが、日和と和真はそれを、ランへの皮肉と取ったようでゼハールを疑いもしなかった。
「魔法使いってより超能力者でしょう? まずはラン自身がどういう環境で育ったかを調べるのがいいかな。四大元素を操る人間などそういません。興信所で似たような事件が起きているか調べる手もある。それに近い人間に話を聞く手もあります」
「俺の記憶の限りじゃ、興信所で似たような事件が起きていることは、ないな」
 武彦がぽつりと言い、何か思い出したように眉間にしわを寄せた。
「四大元素を操る奴なら、他に一人ばかり心当たりがあるが───奴は危険すぎる。会わないほうがいい」
 そして、やっと重い腰を上げる。
「初瀬の言うところでは、確かこうだったな。
 自分の力を玩具のように使っている事から、それまで固く禁じられてきたその力を『自分の為に必要、思う存分振るって構わない』等と懐柔されたのかもしれない。禁じられた事は甘美な誘惑と魅力を持って迫るもの、彼がそれを許した『勇者』に心酔してしまっても不思議はない───」
「はい」
 日和が、すっかり冷めたお茶を申し訳なさそうに見下ろしつつ、更に言葉を添えた。
「ただ……だからこそ『A.P.』に参加する前の彼はまるで別人だったかもしれない……学校でも目立たない、おとなしい……これといって特徴のなかった子供かもしれません」
「ふむ」
 武彦は一度天井を見上げ、「で、どう調査する?」と尋ねてきた。
「付近の学校で、あえて目立たないおとなしい子、虐められていた子がいなかったかどうか調査したいです。彼が通っていた学校があるなら、そこを私がうろうろすれば接触するかもしれない……これはさっきも言ったとおりです」
「それで『うろうろすれば』って言ってたのか」
 和真が納得いったようにひとり、頷く。彼女や悠宇に対し敬語でなくなっているのは、そこそこに仲間意識が芽生えてきたからだろう。
「私も初瀬さんと同じ意見です。初瀬さんについていきたいです」
 この中で、一番ランと接触しやすくなりそうなのは、どうも、この温和そうな綺麗な髪の女の子のようだ。そう判断して、ゼハールは心持ち日和の傍に寄った。
「日和、でいいですよ」
 苦笑して言った日和に、ゼハールは「はい」と微笑む。
「じゃ、方向性は決まったな。イチのほうにはセレスティとジュジュ、羽角が行ってるから、俺達はランについて調べる、と。とりあえずは俺のパソコンや調査書を使うか」
 武彦の言葉に、日和と和真、ゼハールは力強く頷いた。



■Session Ichi-side■

 セレスティに促されるまま悠宇がガードマンつきの車の中に入ると、ジュジュの姿はもうなかった。自分の車で行ったのかもしれないし、タクシーを拾ったのかもしれない。
「ジュジュさんは、暗殺専門の方のようですから、あなた達のしていることがお遊びに見えるのも仕方がないのかもしれませんね」
 車の中、あまり悠宇が黙ったままでいるので、セレスティがそう口を開いた。悠宇が顔を上げ、
「そのことじゃないんだ」
 と言い、再び視線を車のシートに移す。
「俺は確かに子供だ。でも、今まで決して軽い気持ちでやってきたんじゃないことは、確かだ。だから、何を言われてもそれは別にいい。ただ───」
 イチが、どうしても自分と重なる。イチの気持ちが分かりすぎる。それを悟ったか、セレスティは車窓の外に目をやる。
「この分なら、意外と早く雨、上がるかもしれませんね」
「……あれ、この道」
 悠宇がそれで初めて、この前武彦と来たときとは別の道を通っていることに気がついた。セレスティは少しだけ微笑んだ。
「運転手には、出来るだけ早く着けるような道を、と言ってありますので」
 もうすぐ着きます、と運転手の声がして、悠宇はますます表情を引き締めた。
 どうやら、ジュジュよりも早く到着したらしい。
 武彦から既に話が通っていたらしく、看護婦に名前を言うと、意外と簡単にセレスティと悠宇、そしてセレスティがいざという時自分はあまり運動能力が高いとはいえないからと連れてきた、ガードマン二人は元「A.P.」『剣士』、イチのところへ行くことが出来た。
 待ちきれないといった風に、悠宇が駆け寄る。植物人間状態の人間でも、耳からは物音や声が聞こえる、どこかの本やテレビかでそんな体験談を聞いたことがあった彼は、イチに話しかけた。
「いつまでもぐうぐう寝てるんじゃないぞ……お前の大事だった子は、お前がこんな風にへこんで寝ぼけてることを望みでもすると思うのか。頼むから起きて奴らのこと教えてくれよ……」
 イチは目を閉じたまま、静かな寝息を立てている。セレスティは反対側に回り込み、イチが握っているカードを一瞥してから、彼の心臓の上辺りに手をかざした。
「───セレスティさん?」
「外傷はないようですので、賭けですが、危険を脱するように軌道修正をかけてみましょう」
 セレスティの能力によって。
 もしそれが出来るのなら、この状態からイチが脱するのも今より望みが持てるかもしれない。
 セレスティが瞳を閉じ、その格好のままでいてしばらくすると、静かにまた目を開き、
「───うまく転んでくれるといいんですが」
 と、少し疲れたように近くの椅子を引き寄せ、座った。
 そして、カードをイチの手から取ろうと試みるが、強く握られたままでかなわない。
「これもおかしいと思いませんか」
「え?」
「このカード」
 と、セレスティはカードのふちをなぞるようにしてみせる。悠宇は考えた。
「そういえば───それを見たショックで、イチはこんな状態に陥ったんだ。なのにそれを離さないでいる───『小鳥の女の子』からのカードならともかく、『A.P.』からのカードを……」
 ハッとする。
 悠宇が口を開こうとした時、背中からいつも興信所で遊んでいる彼女とは別人のように大人の顔をしたジュジュの声がした。
「ミーも同じ考え。イチが植物人間になったのは『勇者』から来たそのカードが原因ジャナイ、何らかの術か自分と同じデーモンが脳内に仕掛けられたと思ってる」
 そして、靴音をさせてイチに歩み寄る。しばらく見下ろしている彼女に、セレスティが声をかけた。
「デーモンの線は薄いですね。何らかの術を施したような雰囲気がするんですよ」
「今、悠宇から聞いた話からスルト、ミーもそう思う」
「軌道修正は一応かけてみましたから、カードにまだ何かよくないものが残留していて、それでカードを離さない、だからこんな状態のままでいる───とも考えられます」
「それって祓えないのか」
 悠宇が苛立たしく思いつつも、冷静になろうとしながら言うと、
「先ほどカードに触れた時、それは試みてみました。ですが、どうも『相手』のほうが一枚上手らしい───まだカードをイチは離さない」
 と、挑戦を受けた微笑みになった。瞳だけは飽くまでも冷たい───絶対零度の微笑みである。
「カードから、面白いものが読み取れましたよ」
 ゆっくりと、そう言う。携帯を今日は2機持ってきていて取り出していたジュジュの手も止まる。
「面白いもの?」
 悠宇が答えを急くように尋ねると、彼はゆっくり頷いた。
「『小鳥の少女』を殺し、その残留思念をたっぷりと受けた大柄な白いコートの男性の姿。あえてそのままの状態で紫色の長髪の大変美形な青年のところへ行き、青年はその残留思念を前もって用意してあったカードに……あれは能力の一種でしょうか、『詰め込んで』……小柄な、まだ13〜14歳の男の子に手渡し、男の子は更にそのカードを実に楽しそうにこの病院の看護婦の一人に渡した。青年がいた場所は、とても簡素な部屋ですね。暗くてよく読み取れませんでしたが」
「それは───大柄な男っていうのは多分、『読心術者』、『古(いにしえ)のエニシ』だ。青年てのは『勇者』、男の子ってのが『魔術師』のラン、間違いない」
 ジュジュは黙って、携帯の1機をイチの耳の傍に置き、もう1機を自分が持つ。それに気付いたセレスティと悠宇。
「ジュジュさん、デーモンで侵入をするのか?」
「そのトオリ。デーモンをイチの聴覚神経から脳の記憶中枢へ侵入させて記憶をダウンロードする。ミーも彼の記憶を追体験するコトになるケド、作業中も油断しないヨ」
 ちらりと、悠宇を見る。
「子供がこんなコトに拘わるのは、ミーは賛成しない。でも武彦に聞く限りでも、イチとユーには通じるところがあったみたいだから、好きなだけ声かけてやるといいネ」
 聞くと、彼女のほうでも裏情報網と高峰研究所の情報から『A.P.』特にイチの事を精査してきたと言う。
「ミーは忙しくなるから、ユーが読んでヨ」
 と、書類をファイルにとじたものを、セレスティに渡す。悠宇はセレスティの隣から、イチの顔を覗き込むように身を乗り出した。
 その時、セレスティの部下と思われる者が新たにやってきて、彼に耳打ちした。そして似たような書類を渡し、小さく「失礼します」と言い置き、去っていく。
 セレスティは自分の部下の書類とジュジュの書類を見比べるように目を通していたが、やがて微笑んだ。
「90%、同じ情報ですよ」
「ユーの情報網も大したものだヨ」
 ジュジュは素直にそう認めると、今度こそ憑依に入った。病院での携帯の使用は本来禁止されていたが、憑依は一瞬ですむ。それに、窓から死角になる位置に立ったから、まず看護婦に見咎められることはない。電波とは違うし、病院や他の患者達に迷惑をかけることもない。
「『テレホン・セックス』!」
 小さく口の中で、ジュジュは叫んだ。



 天井が眩しい。ああ、そうか。これは生まれた瞬間のもの。
『名前は? 決めてあるのか?』
『いいえ。捨てると決めている子に名前をつけると、情が移るわ』
『それならいい。見つからないうちに、あの孤児院の前に置いてこよう』
『ええ。堕ろすのに手遅れだったから仕方ないとはいえ、わたし達が仕事を続け、生活していくには子供は邪魔だわ』
 これは、両親の声。
 日本には色々な人間がいる───ジュジュは追体験しながら、ため息をついた。
 だが、ふと、寒い明け方にいつまでも孤児院の前を離れない両親の姿を認める。
『あなた、これをあげていってもいいかしら』
『───ああ』
 わざと冷たい言葉で自分達を鬼と鎧った。その両親の意思が伝わったのだ。
 イチが笑っている。
『こんなに寒い朝なのに、この子、笑ってるわ』
 涙声の母親に、父親の優しげな声が加わる。
『俺が赤ん坊の時も、父がこの家宝の日本刀を持たせると不思議とどんなに泣いていても笑ったと聞いてる。───強くなれよ』
 そして、足音が遠ざかっていく───。

 孤児院での日々。
 経費削減のために食事は少なく、ろくな遊び道具もない。シスター達も貧乏のため心がすさみ、何かといっては子供達を叱ってばかりいた。
『お前達が生まれたのは神の誤配。でもお慈悲があるからこそ、わたし達の元へよこされたのです。今度わたし達にたてついて御覧なさい、神の裁きがその者の人生に深く食いついて離れないでしょう』
 泣く自分よりも小さな子供達を背にかばい、シスター達を睨みつける、まだ小学生のイチ。
 それでもひとり、ふたりと貰われていき、最後にイチだけが孤児院に残された。
 日本刀を持ち、愛想もない彼を、どんな大人達が見に来ても引き取るのは嫌だと言った。

 ───ジュジュは、もっと記憶を進めていく。知りたいのは、「A.P.」のこと。どんな組織で、何を目的としているのか。
『約束よ───』
 ふと、紅葉が目の前に現れる。例の『小鳥の女の子』だ、とジュジュは少しずつ記憶を進めていく。
 突然に襲われたイチ。殆どわけも分からずに、ただ「少女を人質に取られた」ことを知り、従うしかなかった。左肩の部分に、『勇者』の能力により刺青が彫られていく───その、場所は。
<?>
 ジュジュは、何故か「動かなくなった」場面、停止してしまった「ダウンロード」に不審に思い、瞬時に「敵と対峙した」と分かり、身構えた。
<遅いですよ>
 どこか笑みを含んだ滑らかな男の声が、ジュジュを包み込む───強い金縛りと共に。
<イチの脳内に忍び込もうとする輩には、彼と同じ状態になるよう罠を張っておいたのです。そう、しかもどんな能力でさえ分からない、私にしかかけられない罠を、ね───>
<それだけ知られたくないってコトネ>
 苦し紛れに、ジュジュは不適に笑ってみせたが、そんなものも彼───『勇者』には通じないようだった。
<目立たない芽でも、目に付き私が気になると思ったら、その芽は摘み取られるのですよ>
 くくっと喉の奥で姿を見せない『勇者』が笑う。
 セレスティ、悠宇。どちらでもいい。
 今の自分のこの状態に、気付いてくれるだろうか───それとももう、二人ともやられてしまったのだろうか。
 ジュジュは今、どこの空間なのかただ単に目が見えないのか、真っ暗な闇の中に身動きひとつ出来ないで、いた。



 ジュジュが憑依に入り、イチの追体験を始めたと分かると、悠宇はイチに声をかけ始めた。
「分かるか、イチ。俺達はただ闇雲に戦うだけじゃ駄目なんだ、それじゃいつまで経っても勝ち目はないし大事なものだって護れない……大事なものをなくすのは、お前で最後にしたいんだよ、イチ!」
 ぐっ、とイチの日に焼けた色の手を握る。それだけで、本当に眠っているのだと分かる───恐ろしく無防備に開かれた筋肉。悠宇は泣きたくなった。
「お前の知ってる事、どんな小さな事でもいい、教えてほしいんだ……『読心術者』にはまだ手が届かないけど、あいつ───ランならまだ付け入る隙がありそうなんだ。あいつはお前と違って『勇者』に心酔してるみたいで、そこもよく判らないし……あいつの過去に何かあるんじゃないかって日和が調べに行っちまった。用心はするって言ってたけど気がかりなんだ、早く傍に行ってやりたいんだよ。イチ、俺にも大事なものを守らせてくれない気なのか!?」
 がくり、と膝を突く。
 本当に、もう駄目なのだろうか。
(そういえば、見舞いしつつなんて思いながら……花束すら持ってくんの、忘れてた、俺……)
 虚無に包まれるような気分で、ぼんやりと滲む視界に映る病院の床を見ていた悠宇に、セレスティが思い出したように声をかけた。
「彼の本名は、『紫藤(しどう)・イチ』。名前は適当に孤児院で数字の『1』からとってつけられたようです」
 悠宇が見上げると、セレスティは軽く微笑んだ。
「慕われる性格でありながら、彼は誰も親しい友人を作ろうとしなかった───『小鳥の女の子』、霞・聖藍(かすみ・せいら)さんと出逢うまでは」
 悠宇が立ち上がると、セレスティは再び書類に視線を落とす。
「『A.P.』の組織については、ジュジュさんのほうでも私の情報網でも何もこれといったものはつかめませんでした。恐らく───その、なんでも出来る『神』のような『勇者』かそのバックの何者かが、能力によって厳重に『鍵』をかけているのでしょう」
「じゃ」
 悠宇が、かすれた声を出す。
「じゃあ、本当に手がかりに出来るのはイチしかいないんじゃないか」
「そういうことになります」
 そして悠宇が必死に声をかけている間に買いに行かせたのだろう、最近は花束も害になると言われているがこれならば大丈夫と確認をしっかり取り見繕った花束を持ったガードマンの一人が、戻ってきて悠宇に渡した。
「かつて、イチさんが先に退院した後も『小鳥の少女』を見舞うたびに持って行った花束、花の種類を再現してみました。これをイチさんの胸の上に置いて、この唄を唄ってみてください」
「唄?」
 書類を覗き込んだ悠宇に、一点を長い指で指し示してみせるセレスティ。
「聖藍さんの好きな唄のひとつだそうで、イチさんにいつも唄ってあげていたそうです。イチさんが覚えると、一緒に唄うこともあったとか」
「やってみる」
 少しでも、可能性があるのなら。
 悠宇も知らない、それは聖藍の家系に代々口伝えで伝わってきた唄だという。歌詞と譜面を頭に叩き込んでから、静かに唄い始めた。


 こぶしの花の咲くころは ひとりは編み物してました ひとりは刺繍をしてました 誰かは童話を読みました

 こぶしの花の咲くころに ひとりは教師になりました ひとりはお嫁にゆきました 誰かは田舎で死にました

 こぶしの花の咲くころは みんなが笑っておりました みんなが唄っておりました みんなが夢みておりました


 ぴく、とその日に焼けた指が動いた。
 確かにそれを見た気がして、唄い終わった悠宇は花束をイチの胸の上に置き、声をかけた。
「イチ! 起きろ!」
 そしてふと、セレスティが「それ」に気付いてステッキを持ち立ち上がる。ガードマンが心持ち、彼の前に出た。
「ジュジュさんの様子がおかしい」
「え……?」
 イチのほうに一生懸命になっていた悠宇は、言われて向かい側の彼女を見る。
 ジュジュはイチの脳内に侵入したまま、そのままの姿だ。だが───小刻みに、どこか苦しそうに全身を震わせていた。
「彼女は『敵』と対峙してしまっているのでは」
 セレスティが、そっと歩を進める。
 恐らく───触れればセレスティも同じ状態になる。ではどうすれば、と考えていた彼の背後で、ガタンと音がした。
 振り向くと、身体のコードをぶちぶちと引きちぎりながら立ち上がった、イチの姿が、あった。
「イチ!」
 悠宇の感極まった声に小さく頷いておいて、彼は口早に言った。
「全部聴こえてた。俺の脳内にはもうその女の人の能力のナントカとやらはいねェ。『勇者』のはった罠にかかっちまってるんだ。だが」
 そこでイチは息を吸い込み、一息に真実を口にした。
「『勇者』は特殊な身内で生まれた、『魔術師』ランが心酔しきるのも無理はねェ、奴は『勇者』の実の弟で、赤ん坊の頃から『勇者』が面倒見てきたんだからな!」
 ガクン、とジュジュが金縛りから急に放り出される。弾かれた身体を、セレスティが支えた。『勇者』の気が、一瞬それたので助かったのだ。
「ジュジュさん、大丈夫ですか」
 セレスティの胸の中で、ジュジュはなんとか呼吸を整える。そして身体を起こし、自分で立ちながら伝えた。
「『勇者』から伝言ヨ……日和がランと接触した。改めてコッチノ全員と逢いたいから、早く日和のところにきてほしいっテ───」
 悠宇の顔色が変わる。
「大丈夫だ」
 それほど長く植物人間状態ではないのが幸いし、筋肉が殆ど衰えていなかったため、病室の一角に丁重に置かれていた自分の日本刀を取り上げながら、イチが悠宇に声をかける。
「俺は夢を見てた。悪夢からいい夢に、そして現実に引き戻してくれたのは羽角悠宇、お前だ。お前が言ったとおり、お前の大事な奴ってのに俺も入ってるってンなら、お前の大事な日和は傷つけさせねェよ」
 瞳には、以前よりも強い生きる意志、もしくは闘志だろうか。そんなものが明らかに浮き上がってきている。
 それを確認して、悠宇はやっと、イチを見て「ああ」と小さく微笑んだ。
「ジュジュさんの決死の奮闘にも感謝ですね」
 セレスティが、見透かしたように言う。イチと悠宇が彼女を見ると、
「ミーはただ、悪足掻きしただけネ」
 と、どこか乱暴に病室を出て行く。
 照れ隠しと分かっているそれを見届けて、セレスティはクスクスと笑ってしまう。
「そう簡単に植物人間の状態から立ち直れません。唄と花束は精神面の立ち直り。ジュジュさんは脳内に侵入すると仰っていましたから、恐らくイチさんの脳にアドレナリンやエンドルフィン等を多量に出させ、活性化させたのでしょう。この二つがあったからこそ、イチさん。あなたは心身共に『立ち上がる』ことが出来たのですよ」
 悠宇とイチは少しの間顔を見合わせていたが、イチは口元を引き締める。
「後で礼を言いたい。早く追いかけようぜ」
「では」
 セレスティが悠宇を促した。
「車で参りましょうか」
 コツン、とステッキが鳴る。



■Session───The thrown-away Ran■

 悠宇とセレスティ、ジュジュはセレスティの車に乗り、イチを連れて興信所に連絡を取って日和と和真、ゼハールのいる場所を教えてもらい、到着したのはイチが目覚め、ランが走り去ってちょうど30分後のことだった。
「日和」
「悠宇」
 車の中から携帯をかけてラン『勇者』の間柄のことを伝えていた悠宇は、日和の茫然自失とした姿を見て、力強く抱きしめた。
「本当ですか、ランが『勇者』の実の弟というのは」
 セレスティやジュジュもいるからなのだろう、和真は再び敬語に戻っていた。その彼の問いに答えたのは、最後に車から降りたイチである。
「本当だ」
「───イチ」
 和真が呟く。日和も、イチが起きたことは知らされていなかったので、驚いて彼を見つめ、悠宇を再び見上げた。
「さっきイチさんは、『勇者』は特殊な身内で生まれた、と仰っていましたね。それはどういうことなのですか?」
 セレスティが代表して尋ねると、イチは眉を顰めつつ、視線を川へと投じた。
「戦後間もなくして、残った財閥の一つが『勇者』の家系が隠れて研究していたから最近までも誰も知ることがなかった。『そういう』能力を持ってた会長が始めた、胸糞悪ィ実験と研究さ。───身内のみを信頼し、究極の人間を創ろうとした。子供や孫が産まれては自分の能力で『潜在している能力』をまず引っ張り出し、研究所に送り込む。最初に行うのは『絶対に自分への忠誠を誓わせるための洗脳』だ。そしてその研究所で、『外界』から選りすぐった人間と結婚させ、生まれる『サラブレッド』を更に『サラブレッド』に成長させる───研究所内でそうやって子供達がどんどん生まれてく」
 暫し、沈黙が流れた。
「究極の人間、……って?」
 日和が、恐る恐る尋ねる。
「『勇者』が今のところ一番の『出来』だそうだ。今も生きてる『会長』に言わせりゃァな」
「ユーは会ったことがあるのカ?」
 ジュジュが聞くと、「ああ」と乱暴に返事が返ってきた。
「齢153歳にして外見は30代で止めてる───心身共にな。それを見事に受け継いでるのが、『勇者』───ってことらしい」
「なるほど」
 セレスティは、頭の中で組み立て始める。
「最終目的が何かは分かりませんが、そのモグラのような『会長』さんが『創り上げた』見事な出来の『勇者』さんを使って、まずは手始めに暗殺ごっこ、暗殺遊び。けれど『予行演習』とはいえ不安因子は取り除かねばならない───そう、これは『勇者』さんを使った、何かの予行演習なのですね?」
 返答は、空から降ってきた。
「頭がいいですね。是非とも抜擢したいほどです、貴方に絶対忠誠の志があったら、の話ですけれど」
「「「「「「!」」」」」」
 6人は一様に、空を見上げる。
 以前のように、『勇者』が傍らに『魔術師』を控えさせて、空中に『腰掛けていた』。
「そんな抜擢は、熨斗をつけてお返しします」
 にっこりと、セレスティ。
 勇者の冷たい笑みが、濃くなった。同時に、『魔術師』ランが降りてくる。
 トン、と軽く音を立て、地面に立つと、前触れもなしにイチを狙って炎が襲い掛かった。
「イチ!」
 悠宇が声を上げたが、イチは向かってくる炎を抜いた日本刀で文字通り、一刀両断にした。
「和真さん、封じた能力をいつ解いたんですか?」
 日和が尋ねると、「植物人間状態に入ったって聞かされた時だよ」と肩をすくめた返答が返って来た。
「ラン様、」
 ゼハールは力なく呼んだが、ランはもはや彼に見向きもしない。ゼハールの胸に、哀しみと共にむらむらと憎しみが沸き上がってきた。愛が憎悪へと変化する、それに酷似していた。
「───っ!」
 力を思い切りランにぶつけようとしたゼハールだが、何故か能力が使えない。クスクスと、空から嫌なほど上品な笑い声が降って来た。
「貴方の能力───使われると、この場にいる私を除く、全ての人間が死に至ります。ほら、今やっと到着した貴方達のリーダーさんもね……私は平和主義ですので、そんなことは望みません。暫くの間、能力は使わないでくださいね」
 ゼハールは歯を食い縛ったが、使おうとしてもどの能力も使うことが出来ない。これが、『勇者』。怒りと共に新たな恐怖がじわじわと襲ってくる。
 彼の言う通り、今到着した草間武彦は、イチから全員が今聞いたことを教えてもらっている。その間にも何度かランの炎が襲ってきたが、悉くセレスティの水によって吸収された。
「川の傍とは、炎では些か不利なようですよ、ラン」
「分かってるよ、『勇者』」
 少し苛々していたらしいランの髪の毛が、逆立っていく。空気がピンと張り詰めた。説明を終えたイチがハッとし、
「伏せろ!」
 と叫んだ。
 直後、強烈な風が伏せた一同の頭上を掠めていった。───車が裂ける派手な音がした。
「……カマイタチですか」
 セレスティが、立ち上がりながら呟く。
「おい、ラン」
 イチが日本刀を構える。
「お前が『今』やりたいのは俺だろ? ちょっとイラついたからって他の人間を巻き込んだら、『勇者』に嫌われちまうぜ?」
 ランは、ふんと鼻を鳴らす。
「そんな手には引っかからないよ。『勇者』がぼくを見捨てるわけはないからね」
「最近、『キス』はもらってるか?」
 何気ないその言葉に、ランの身体が一瞬ビクッと反応した。
「どういうことだ?」
 イチと一番近くにいた武彦が尋ねる。イチは、全員に聴こえるように言った。
「『勇者』がどうやって弟のランを洗脳したか───それは赤ん坊の頃からの毎晩の額への『キス』だ。それを『強い暗示の能力』と一緒に額を通して脳に到達させる。毎晩毎晩一度ずつ、でもそれを12年間。こいつはもう解けない暗示になっちまってる。でもだからこそ、『勇者』は洗脳のための『キス』をやめた。ランにとってはその『キス』は赤ん坊の頃からの当然の兄貴からのプレゼントだ。それがこの一年間ぱったり、ない。心の底では欲してやまない肉親からの『キス』がもらえない───」
「うるさいよ」
 カマイタチが、今度はイチだけに向けて飛んでくる。
 難なくそれも日本刀で一刀両断させ、「粉砕」させてから、イチは笑ってみせた。
「てめえらのは、本物の愛じゃねェ」
「うるさいって言ってるんだ!」
 豪雨が、一同を叩きつけてくる。遠くで落雷の音が聞こえてきた。
「図星をさされると、怒るのは兄貴譲りか?」
 和真がわざと煽る。
「四大元素の能力の応用ですか───天候をも操るとは」
 セレスティが、毀れた車から傘を出そうとして諦めながら、ため息をついた。
「へえ、ユーのブラザーは図星さされると怒るのネ」
 ジュジュが面白そうに言うと、ランは我を忘れたようにまくし立てた。
「違う! サイおにいちゃんは、ぼくにちゃんと愛をくれてる! キスは中学に上がったから、ぼくを一人前と認めてくれたからくれなくなった、それだけだ!」
 すっ、と『勇者』の笑みが更に冷たいものに変化した。
「サイ───……?」
 悠宇が反芻したことで、自分が何を言ったかに気付き、ランはハッと口元に手をやる。
 だが、遅かった。
「ラン───『裏切りましたね』」
 冷たい声が、豪雨と共にランの身体を叩く。
 振り仰ぎ、ランは縋るように叫んだ。
「違う、違うよ! ぼくは裏切ったりなんかしない! 今のは、今のは、つい」
「つい……禁句としていた言葉の一つを?」
 『勇者』は、自ら「禁句」という言葉を使った。ランの使った言葉が「本物の禁句」と認めた───赦すつもりがない証拠だった。
 形のよい薄い唇から、笑みが漏れる。
「さようなら、『魔術師』ラン。貴方は実によく働いてくれた───可愛い私の弟でした」
「待っ……」
 ランが悲鳴のように声を上げた。
 誰もがとめようと思った。
 だが、その時には既に───ランは突然、本当に突然。
 かくりと、人形のように身体全体から筋肉を抜き取られたかのように、地面に倒れ伏した。
「ランさん!」
 日和が駆け寄る。抱き起こすと、まだ瞳は開けられたままで、だが次第に色が失われていくところだった。
「おにい、ちゃん」
 失われていく色が、最期に、『勇者』が消え去る空を映し、涙を零した。
「こんどはいつ、───キス、……くれる、───? ───」
 そしてそのまま、動かなくなった。
 日和は泣きながら、力強く、まだ暖かな彼の身体を抱きしめた。



 完全に死んだ状態だったのだが一応病院にと、武彦は指示し、セレスティが呼びつけた車2台で全員一緒にランを運んだ。ゼハールは、いつの間にかいなくなっていた。彼は今回、酷く傷ついた。その傷をひとり、癒しに行ったのだろう。
「この病院は、あんたの言うこと信用してくれンのか?」
 ふと、イチが待っている廊下のソファの傍らに立ちながら、武彦に尋ねた。
「一応な。腐れ縁が院長の病院だから、不思議・怪奇関係のことにも慣れてる」
「それなら、伝えてくれ。ランは確かに死んだ状態だけど、まだ死んじゃいねェって」
「どういうことだ?」
 武彦だけでなく、全員の視線がイチへと注がれる。
「死んでるけど、そのまま時が止まってる。死んだ時点で『勇者』が止めさせた。こいつは俺達が本拠地にしてた場所にも何人かそういう奴が過去にいたから、確かだ」
「どうせ殺したのなら、時を止めてなんの必要があるのヨ?」
 ジュジュの疑問は、もっともだった。
 イチの視線が、彼女に向く。それから順番に悠宇、日和、和真、セレスティ、武彦と辿る。
「『いつか使う日が来るまで取っておく』───それしか『勇者』は言ったことがなかったが、ランもそれに値したんだろう。だから、火葬したりなんだのはやめてくれ。救命措置も何にも必要ねェ、極端な話、ただそこに転がしといてくれるだけでもいいんだ」
「殺した人間まで……?」
 悠宇は、涙が出そうなほど心が怒りに燃えるのを感じていた。
「人の命を───なんだと思ってんだよ!」
 いつの間にか、本当に涙がこぼれているのにも気付かない。そんな悠宇の背中に、日和はそっと頬を寄せ、手で撫でる。赦せない───悠宇の心にまで傷をつけた。
 日和はそして身体を戻し、力強い瞳で武彦を見た。
「私からもお願いします、草間さん。ランさんをこのままにしておくなんて、可哀想です」
「可哀想なんて、ホントに甘チャンダネ」
 ジュジュが冷たい瞳を向けてくるが、それは彼女の本職が暗殺を主に扱うものだったから、彼女としては当然の意見だったのだろう。
 だが、日和には堪えなかった。
 セレスティが、コツンとステッキを鳴らして少し歩き、武彦と向き合った。
「ともかく、ランさんという貴重な人物が手に入ったのは確かです。イチさんの言うことが本当なら、彼の言う通りにしたほうがいいと思います」
 武彦は仲間達を見つめていたが、最後に、黙って座り込んでいた和真にも確認を取った。
「お前も、同意見か?」
 和真はちらりと見上げ、こくりと頷いた。
 武彦は、「分かった」と言い、一応イチにも来てもらったほうが話が早く進むと言い、連れて行った。



 なんとか院長を説得した武彦は、病院を出ると、雨が上がっていると共に、もう夜明けだということにも気がついて、大きくため息をついた。
 全員ずぶ濡れのままで来たので、彼らが疲れ果てているのも目に見えて分かる。
 ランは自分が「面倒を見る」とこちらも院長を説得し、担いできたイチに、武彦は住むところを紹介するようだ。
「ま、怪奇現象が起こるだのなんだので、借り手がいない安アパートなんか腐るほどあるからな」
 とのことだった。
 それがなかったら組織に入る前に自分が住んでいたアパートに行こうとしていたイチだが、今はもう借り手がついているかもしれないし、と思い直して礼を言った。
「痛いところもありましたけれど、今回はどうやら収穫のようですね」
 自分の車で興信所に向かわせながら、セレスティが言う。
「みんな、眠っちまったみたいだよ」
 武彦が言うと、セレスティは「おや」と少し微笑んだ。
 無理もない、あれだけのことを成し遂げたのだ。ある者は精神的に、ある者は身体も共に。
 糸が切れたように、2台の車の中で、セレスティ直属の運転手と車の主、そして武彦を抜かして、全員熟睡していた。
「完全に死んでいるものの、死にながら生かされているラン少年も」
 セレスティは、そこで言葉を途切らせた。
 武彦もまた、こくりこくりと白河夜船だった。
「ラン少年も───夢を見ているのでしょうか、ね?」
 独り言にかえ、セレスティもまた、瞳をゆっくりと閉じる。
 今回も仲間達全員が無事でよかった───せめてもの救いのように、誰もがそう思いながら。
 車の中は、緩やかな睡郷に変わりながら、一同を暫しの安らぎに包み込むのだった。



 ───おにいちゃん、ランはきょうもいいこだったよ。
 ───うらぎる? しらないことばだけど、ぼくはおにいちゃんのみかただよ。
 ───ね───おにいちゃんがまいにちキスをくれるのは、あたたかなキスをくれるのは、ぼくがおにいちゃんのことだいすきだって、ちゃんとつたわってるから、だよね───




《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0585/ジュジュ・ミュージー (ジュジュ・ミュージー)/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)
4563/ゼハール・― (ぜはーる・ー)/男性/15歳/堕天使/殺人鬼/戦闘狂
4012/坂原・和真 (さかはら・かずま)/男性/18歳/フリーター兼鍵請負人
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、ちょっとシリアスな話を、そして、ちょっとわたしのいつもの作品とは趣向が違うと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、「暗殺」を目的とする集団の話を書いてみようと思い、皆さんにご協力して頂きましたシリーズの第三弾となりました。シリーズの中でも一番長いものとなってしまいましたが;読みにくいだけとなっていないことを祈ります。因みに最後の章のタイトルは、直訳すると「セッション───捨てられたラン」となります。和訳してしまうとなんとも安易な;
ダイスですが、これは今までと同じように、そしてまた前回とは別に作ったものを使用しました。今回も皆さん全員が2度振ってきてくださいましたので、「進み具合」を出すのは意外と楽でした。皆さんの其々のダイス目も参考にさせて頂き、戦況&結果とさせて頂きました。今回は全体的に、そんなに戦闘ということにはならず、なんとなくホッとしております。
今回は『読心術者』だけ出てきませんでしたが、これは最初からOPで匂わせていた通り、『剣士』イチと『魔術師』ラン、そして『勇者』のみの話になりました。そして『剣士』であるイチの過去がまたまた少し明らかになり、『勇者』の下の名前(あるいは短くした名前の呼び名)、『魔術師』ランとの関係、そして背景がようやく出てきたわけですが、前回よりは絶対に救いのある終わり方になるだろうと思っていたのが、書いてみたら予想を大幅にこえてしまい、ある意味前よりも切なくてたまらない終わり方になってしまいました。もちろん、わたしとしてはとても満足のいくものになったのですが、皆様はどう思われるのか、かなり心配です。
また、今回はイチサイド(セレスティさん、ジュジュさん、悠宇さん)とランサイド(日和さん、ゼハールさん、和真さん)とに一部、いえ半分くらいでしょうか、個別として分けて書かせて頂きました。見ないと分からない部分も今回は特に多々あるかと思いますので、もう片方のその部分も是非、どうぞお暇なときにでも。
そして、どちらも読んで頂けると分かると思いますが、悠宇さんに唄って頂いた唄は、以前テラネッツ様ご企画の「幻影学園奇譚」でのノベルでも使わせて頂いた、これはわたしの祖母のそのまた祖母の代から口伝えられてきた唄です。
それとプレイング上、和真さんに逢って頂いた黒架(こか)というNPCについては、既に異界にて登録済みですので、「■切なさと哀しみと苦しみと■」の前編・後編ノベルと併せまして、お暇で仕方がないという時にでも読んで頂けると幸いです。

■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv そしてイチへの必死の呼びかけも有り難うございました。プレイングがあまりに熱いものだったので、思わずわたしが涙が出そうになりました。ラスト、病院では涙を流させてしまいましたが、悠宇さんだからこそ、こんな時泣いてしまうのではと思いましたが、如何でしたでしょうか。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はずぶ濡れになっただけですみまして、わたしとしてもホッとしております。そしてまた、ランの「死」や悠宇さんの涙によって、より精神的に成長をなされたのではないかと思いますが、悠宇さんが泣いている場面での対処の仕方は、ちょっと大人すぎたかなと心配ですが、如何でしたでしょうか。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はジュジュさんと「調査」の面で合致したところもありまして、全体的にまたまたブレーン的に動いて頂きました。『勇者』と初めて会うことになったセレスティさんですが、セレスティさん的には今回は初対面で危険な相手という知識があるのなら、あまり挑発的な発言もしないのではないかな、と思いまして控えめにいきましたが、如何でしたでしょうか。
■ジュジュ・ミュージー様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は情報網は違えど調査をするという点ではセレスティさんと一緒でしたので、調査結果は纏めてみました。それと、イチの「植物状態から起き上がらせること」を具体的に書いてきて下さいましたので、多少危険な目に遭って頂くことになってしまいましたが、おかげでイチも起き上がることが出来、わたしもとても感謝しています。いつもの依頼参加と違ったものというのもあるとは思いますが、プレイングが冷たく事務的であってもどこか暖かなもので、わたしはちょっと嬉しかったですのですが、ノベルのほうは如何でしたでしょうか。
■ゼハール・―様:初のご参加、有り難うございますv 今回、ゼハールさんのプレイングと随分違うと思われたと思いますが、まず、OPに提示された「ライターより」もご確認頂けると幸いです。ダイス目も記されておりませんし、「ライターより」には大切な事が提示されている場合がありますから、次にご縁がある時はよろしくお願い致します。異界にて既に設定したもので、「部下」や「A.P.」側につくというのはあり得ません。今回はゼハールさんの意思を尊重しながら、勝手ながらアレンジさせて頂きました。ゼハールさんの本当の良い主を見つけられますように☆
■坂原・和真様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は、悠宇さんと日和さんとは既に二度面識があり、また、今までの「一緒にしてきた行動の中身」も濃いものであったため、お二人に対しては敬語から普通の口調に変わった、としましたが、何かまだ違うようでしたらご意見などくださいませ。また、黒架(こか)という別ノベルで以前出てきたNPCと、和真さんのプレイング上逢って少しだけ話して頂きましたが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は今までとは「裏の面」からも、そして「表の面」からもそれを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。ランは本当に純粋に小さな頃から兄『勇者』へ、兄弟愛を貫いてきたのだということを、少しでも汲み取って頂けたら嬉しいです。「A.P.」の背景やイチやラン達のことが少しずつ明るみに出てきましたので、このシリーズも半分を越したかな、という感があります。そうなるとまた少し惜しい気もしてくるのが人情なのですが(笑)、またネタが上がりましたら、ご参加なさらなくても、出来上がっていく(であろう)これからのノベルを拝見して頂けたら、と思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/01/17 Makito Touko