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■『千紫万紅 縁』■

草摩一護
【1431】【如月・縁樹】【旅人】
『千紫万紅 縁』


 あなたが歩いていると、白さんとスノードロップに出会いました。
 そして白さんがあなたを見て、ほやっととても穏やかに微笑ましそうに両目を細めました。
 スノードロップもにこにことあなたの後ろを見ています。
 どうしたのかな? と小首を傾げるあなた。
 すると白さんが、
「最近、どのような事がありました?」
 と、聞いてきました。
 あなたは目を瞬かせながら、聞き返します。どうしてですか? と。
 そしたら白さんは優しい声でそう問う理由を教えてくれました。
「あなたの後ろに花の精がいるのです。ですから、あなたとその花の精との出会いはどのような出会いだったのかな? と、興味を持ちまして」
「でし♪」
 そしてあなたは白さんとスノードロップに多分、これだろうな、という事をお喋りするのでした。



 ++ライターより++


 今回は依頼文を読んでくださり、ありがとうございます。
 『千紫万紅 縁』はPLさまの読みたい物語に、花の妖精を絡み合わせて、ほのぼのとするお話、しんみりとするお話、色んなお話を書いてみたいと想います。

 プレイングはシチュエーションノベルと書き方は同じです。
 PLさまが読みたいと想われる物語の【起承転結】もしくはお話半ばまでのあらすじ、お話のきっかけのような物をプレイング欄に書き込めるだけ書いておいてください。あとはそのお話に見合う花の妖精を絡め合わせて、PLさまが考えてくださったお話に色をつけたいと想います。
 また、最初から花にまつわる物語でも結構です。^^

【PCさまの身に起こっている事は現在進行形でお願いします!!! その上で起承転結、もしくはお話半ばまでで書いてもらいたいプレイングをお書きくださいませ。】

 尚、NPCの設定にまつわる内容のお話はお控えください。
 それでは失礼します。

『千紫万紅 縁 ― 福寿草の物語 ―』


 哀しきその花はモグラが居ない時を見計らって、雪の下から父がいる空を見上げる……



【一】
 目覚めれば、そこは雪の園。
 ………。
 縁樹はしばらく茫然としたように雪の上にぺたんと座りながら一面の銀世界を見つめていましたが、はっと我に返って自分の両腕で己が体をぎゅっと抱きしめました。
「寒ぅい」
 そして自分の隣で大の字で寝転がっているノイを拾い上げると、急いで彼の背中のファスナーを開けました。
「ひゃぁ、や、やだ、縁樹。くすぐったい。くすぐったいってば。やだ。やめて」
 ばたばたと両手足を激しく動かしながらノイが笑い転げます。
「ちょっと、ノイ、大人しくして」
 そうしてノイの中から縁樹はマフラーと手袋を取り出して、それで装備完了。
 ほっと冷たい空気の中で縁樹は氷の結晶化のような白い息を吐き出しました。
「えっと、縁樹。どうしてボクらこんな場所に居るの?」
 わ、わ、わ、と冷たそうに雪の上で足踏みするノイを縁樹はひょいっと拾い上げて、肩に乗せました。ノイは縁樹のマフラーで自分の体を包みます。ノイもほぉーっと一安心の溜息。そしてあらためて周りの銀世界を見回しました。
「ねえ、縁樹。ここ、何処?」
「僕もわからないよ」
 ふるふると小首を縁樹は左右に振りました。
「とにかく縁樹。どこか温かな場所に行こうよ。寒い。寒すぎるよ、ここは」
「もう。ノイは顔以外はマフラーで包んでるから寒くないでしょう?」
「寒いものはどうしていたって寒いの!!!」
「はいはい」
 縁樹は真っ白な雪の上に足跡を刻んで、雪の園を歩いて行きました。
 オコジョや雪ウサギ、真っ白な毛並みの動物たちが縁樹たちをちらちらと見ています。
 縁樹はそんな可愛らしい動物たちにいちいち可愛いと歓喜の声をあげますが、ノイは「寒いよ〜、縁樹」と情けない声をあげるばかり。縁樹は苦笑混じりの溜息を吐いて、歩いていきました。
 空気はとてもひやりと冷たく澄んでいて清浄な物に感じられました。空を見上げれば冬の星座の王様であるオリオン座が縁樹が居たはずの東京の夜空よりもはっきりと綺麗に見えるのです。
 そうやって夜空を見上げていると、その視線の先で何かが通り過ぎました。
「ひゃぁ」
 縁樹はびっくりとして体を震えさせます。
 何かとても大きくって、素早い物。
 あれは何だろう?
 縁樹は小首を傾げました。
 そう想った途端に、彼女らの前に一羽のシマフクロウが舞い降りる。北の大地・アイヌの守り神『コタンコロカムイ』。
『我は守りの賢者にしてこの大地とアイヌの守り神』
 冬の夜の空気を震えさせて、厳かな声が響き渡りました。
「あ、えっと、僕は如月縁樹です。こっちはノイです」
「あの、ノイです」
「「黙って、入ってごめんなさい」」
 頭を下げて謝ってきた二人にコタンコロカムイは笑いました。
『それは良い。貴女たちはここに呼ばれたのだからね』
 コタンコロカムイの言葉に縁樹とノイは顔を見合わせました。
 そして同時にコタンコロカムイに顔を向けて、聞きます。
「あの、呼ばれたって、どういう事でしょうか?」
「そうだよ。ボクらは確かに宿に居たはずなのに、気付いたらここに居たんだ。じゃあ、そのボクらを呼んだ誰かの力でここに居るって事?」
『その通り。助けてもらいたがっている。貴女に。どうか、彼女を助けてやっておくれ』
 力強い声でそう言うとコタンコロカムイは飛び立ちました。そして縁樹の前にひらひらとコタンコロカムイの羽根が落ちてきます。
『それを持っていきなさい。その羽根があれば村人は貴女たちを客人として丁重にもてなしてくれるでしょう』
 その羽根をノイは受け取りました。
 そして縁樹とノイはコタンコロカムイに言われた通りに森の奥へと入っていき、そこに民家の明かりを見つけたのでした。



【二】


「見て、縁樹。明かりだよ。明かり」
 急に民家の明かりを見つけて元気になったノイに縁樹は苦笑を浮かべました。
「もう、ノイったらげんきんなんだから」
 そしてしんしんと雪が降る中、冷たい空間に氷の結晶かのような白い息を吐きながら縁樹は苦労して深く積もった雪を掻き分けながら進んでいきます。
「何か温かい物がもらえるといいね」
「うん。僕はお風呂に入りたいよ。それからふわふわの温かなお布団で眠りたい」
 縁樹とノイは雪の中を進んでいきます。
 今、自分たちが欲しい温かな物を言い合いながら。
 しかし、その二人の前に突きつけられたのは……
「おまえたちは何だ?」
「朝廷の者か?」
 いくつもの鋭い敵意に満ちた声でした。それに続いてしんしんと降る雪の音さえも聞こえてきそうな静かな夜に響いたのは、弓がしなる音です。
 前方の明るいかがり火に照らされるのは見慣れぬ衣装を着た人たち。
 その彼らはしかし、縁樹とノイに弓を引いているのです。
 いくつもの矢が縁樹とノイを狙っていました。
 縁樹もノイも愕然としています。
「ま、待ってよ。ボクらは怪しい者なんかじゃないよ!」
「五月蝿い。今、この村は余所者を寄せ付けない。これ以上、村から病人を出す訳にはいかないのだ。朝廷の者ならばなお更の事だ」
「病人って。あの、僕らは薬を持っています。何の病気が流行っているのかわかりませんが、でもその薬を使えばひょっとしたら。僕らは決して妖しい者ではありませんから、だから村に入れてください。助けられる命があるなら」
 必死に縁樹は皆に訴えますが、でも皆は険しい顔をするだけでその言葉に耳を貸しません。
 縁樹は下唇を噛みました。
 ただ僕は救える命があるのなら、それを助けたいだけなのに……。
 震える縁樹。その振動の意味はノイにだってわかります。
「縁樹」
 ノイもまた、悔しそうに拳を握りました。
 そしてそんな時に彼は自分の体の中に何かを感じたのです。
 何だろう、ボクらは何かとても大事な事を忘れているような……
 ――そして、彼は気付きました。
「あ、縁樹」
 びくりと男たちはノイがあげた大声に驚きました。
 縁樹も目をぱちぱちと瞬かせて、そして彼女もそれに気付いたようです。
「あ、ノイ。そうだよ。あの羽根」
「うん。早く縁樹、ボクの中から取り出して」
 縁樹はノイの背中のファスナーを開けて、それを……
「きゃぁ」
「縁樹!?」
 縁樹があげた悲鳴にノイが大きな声をあげました。
 彼女は左手で右手を押さえていて、そして彼女の足下には羽根が落ちていました。
「どうしたの、縁樹?」
「うん、なんかいきなり羽根を持った指が噛み付かれたように痛くなって」
「え?」
 ノイは小首を傾げます。先ほど彼が持った時は何もなかったはずです。
 ひょいっと縁樹の肩からノイは飛び降りて、そして恐る恐るその羽根に触れて……
 だけどノイは難なくそれを持つ事ができました。いえ、考えるのは後です。とにかくノイはそのコタンコロカムイの羽根を男たちに見せました。
「控え、控え、控えおろぉー。この羽根が目に入らぬかぁー。恐れ多くもこの羽根はコタンコロカムイ様の羽根であるぞぉー。えーい、頭が高い!!! 控えおろぉー」
 大声を出すノイ。彼が両手で持つ羽根は夜闇の中でもわかるほどに神々しい光を放って、男たちはノイが持つコタンコロカムイの羽根に戸惑い驚愕の声をあげるのでした。
「こ、これは村の若い者たちが失礼をいたしました。どうか、どうかお許しくださいませ」
 そう言いながら縁樹とノイの前に出てきたのは初老の男でした。彼は雪の上に跪いて、縁樹たちに頭を下げます。
 縁樹は恐縮したように両手を振って、ノイは偉そうに胸を逸らしました。
「あの、やめてください。僕らは気にしていませんから。それよりも、病気の人たちの容態は?」
 跪いていた初老の男(どうやら村長らしい)を起こしながら縁樹はそう訊きました。その彼女の問いに答えた声は、しかし村長の物ではありませんでした。
「心配ありませんよ。もう病気の原因はわかりましたから。大丈夫ですよ、縁樹さん」
「え?」
 その声は……
「白さん?」
「わたしも居るでしよ〜♪」
 にこりと微笑んだ白の方からふわふわと縁樹の前に飛んできたのはスノードロップでした。



【三】


「はい。これでもう大丈夫ですよ」
 白は包帯が巻かれた縁樹の手から手を離し、にこりと微笑みました。
「どうもすみません」
「白さん、縁樹の手は大丈夫?」
 心配そうなノイに白は微笑みながらこくりと頷いた。
「ええ、大丈夫。軽い火傷です」
「でもどうして? ボクは羽根に触っても大丈夫だったのに」
 そのノイの疑問に白は懐からノイと同じように彼が持つコタンコロカムイの羽根を取り出しました。
「コタンコロカムイ様から羽根を受け取ったのはノイさんなのでしょう? ですからです。羽根はノイさんを自分の持ち主と選んだ。だから持ち主以外の者が自分に触れようとするのを羽根は拒絶した。ただそれだけなのです」
 縁樹とノイはこくりと頷きました。
「それで白さん。この村で流行っていた病気って?」
 身を前に乗り出させて心配そうに言う縁樹を安心させるように白はほやっと笑いながら頷く。
「木の病気でした。この村を囲む森の木々がカビに犯されていて、そのカビが飛ばす胞子が人の肺に悪影響を起こしていたんです。ですから、先ほどそのカビの胞子を殺すための薬を病人に出しておきましたから大丈夫です。木の方も明日の朝から村の男の人たちと一緒に切る事にしました。幸いにも森を火で焼き払わずともよかったようで、僕も安心していたんです」
「そうだったんですか」
 縁樹はほっと安心したように息を一つ吐きました。
 イヅナの千早の背にむぎゅっと抱きつきながら乗っているスノードロップが顔だけを上げて、二人に訊いてきます。
「だけどどうして縁樹さんとノイさんはここにいるんでしか?」
 その問いに顔を見合わせる縁樹とノイ。
「それはボクらの方こそ訊きたいね。どうして白さんと虫がここに居るんだよ?」
 縁樹とスノードロップが同時に訂正を入れる。「こら、ノイ。虫じゃないでしょう」「虫って、言うなでし」
 くすくすと笑いながら白は答えました。
「コタンコロカムイ様です。あの方が次元を超えて、僕らをこの世界に呼び寄せたのです。あの方は守り神ですから、この北の地とアイヌの人々の」
 小首を傾げた縁樹は下唇に右手の人差し指の先を当てながら目を瞬かせました。
「それって要するにここは異世界という事ですか?」
「そういう事です。神と人とが共存している世界。僕らが住む世界が選択しなかった方向へと発展した世界です」
「なるほど。だからやけに空気が清浄なわけだ」
 ノイはこくこくと頷きました。
「そう。自然溢れる世界、というのがこの世界の利点です」
「理想的な世界なのかな?」
 そう呟く縁樹に白も頷きました。
「ええ。自然と人間とが共存し、自然を敬う、科学が発展したあの世界と比べればこちらの世界はひどく理想的に思えます。でもね、僕らがここに来なければ、この村がそう遠くない未来に全滅していたのもまた確かなのですよ、縁樹さん」
 縁樹ははっとしたように口を開けました。
「自然崇拝故に、森の病気に気付けなかったからですか?」
「はい」
 どこか寂しげに頷く白。
「世界とは結局はどのような方向へと進もうがアンバランスな物なのでしょう」
「足して2で割れば、いいのかもね。この世界とボクらが居た世界を」
 そう呟くノイに縁樹と白はにこりと微笑みました。
 そしてその温かな雰囲気の中でコンコンと扉がノックされる音。
「はい」
 白が返事をすると、扉が開いて、娘がひとり入ってきました。年の頃はほんの少しだけ縁樹よりも下ぐらいの美しい娘でした。
「皆様。夕食の仕度ができましたので、どうぞ」
 そう言う娘に白は微笑んで、そして縁樹に紹介するのです。
「縁樹さん、ノイさん。こちらは村長の娘さんで、ノンノさんと言います」
「初めまして、ノンノさん。僕は如月縁樹と言います」
「ボクはノイ。よろしくね、ノンノさん」
 人懐っこい笑みを浮かべる縁樹と明るい声を出すノイに、ノンノは慌てて頭を下げました。
「縁樹さま、ノイさま。ノンノでございます。よろしくお願いいたします」
 さま、付けで呼ばれた二人は顔を見合わせあうと、ちょっと照れたような笑みを浮かべました。
 そして縁樹はノンノに手を振ります。
「縁樹さま、はちょっと勘弁してください。縁樹、って呼び捨てでいいですよ。それと敬語もいらないかな?」
「あ、でも、コタンコロカムイ様に認められた方にそんな……」
 ノンノがそう困ったように言うと、縁樹は悪戯っぽく微笑みました。
「ああ、じゃあ、やっぱり僕は大丈夫。だってコタンコロカムイ様の羽根をもらったのはノイだもの。だから僕はさま、じゃなくってもいいよ」
「じゃあ、えっと、縁樹さん」
「はい」
 そう言って縁樹は微笑み、ノンノもくすくすと楽しそうに笑うのでした。



【四】


 朝方まで降り積もった雪は膝の辺りまでありました。
 その雪を掻き分けて外に出た縁樹は雪に反射する陽光に眩しそうに目を細めます。
 今日の縁樹はノンノに借りたアイヌの民族衣装を着ていました。縁樹も白たちの作業の手助けをしたいと昨日の夕食の席で申し出たら、ノンノがそれでは、と貸してくれたのです。初めて着るアイヌの服に縁樹はとても嬉しそうにしていました。
 そして森へと白や村人たちと行き、白の診断のもとカビに犯されている木は根元で切られ、その切り株もすべて掘り返されるのです。
 幸いにもカビに犯されている木はそうは多くはなく、また切るまでもなく薬で助かる木もありました。
 まだ作業には数日はかかるでしょうが、それでも最悪な事態だけは免れる事に皆は喜びの声をあげました。
「良かったね、縁樹」
「うん」
 今日の作業を終えて、縁樹とノイは一足先に村長の家へと作業の結果を報告しに行きました。
 その道の途中、縁樹とノイは誰かの話し声を聞くのです。
 二人は顔を見合わせあって、そして思わず木の陰に隠れてしまいました。そうしたのは喋りあっている一方、少女の方が泣いていたからです。その涙に濡れた声は……
「ごめんなさい、キラ様。しかしおわかりくださいませ。あたしが好きなのは貴方様だけです」
「だったらどうして俺のところへ来ては下さらぬ」
「それは、それは貴方様もおわかりのはずです」
「俺が朝廷の将で、貴女がアイヌの村の村長の娘だからか?」
「はい。あたしはアイヌの娘。朝廷の将である貴方とは結ばれてはならぬ者なのです」
「ならば、ならば俺はアイヌの民となろう」
 キラ、ノンノがそう呼んだ男の声に縁樹もノイも嬉しそうな表情をいたしました。きっとノンノだって……
 しかし、
「どうして、どうしてそう早く仰ってくださらなかったのです。あたしは…あたしは……」
 ノンノは泣き笑いのような……聞くだけで息が詰まりそうな声でそう呟くと、そこから走り去ってしまいました。
 縁樹とノイも訳がわかりませんでした。
 ですが、その日の晩の夕食の席で、その事態をほんの少しだけ二人は把握するのです。
 夕食の席ではノンノはとても明るくふるまっていました。先ほどの森での事など無かったように。しかしその彼女に父である村長がこう言った事から、話は少し変わるのです。
「ノンノ、おまえの誕生日に土のお方が迎えにいらっしゃる」
 ノンノは温かいスープをよそっていた皿を落としました。
「どうしてそのような急な事に?」
 震える声でそう言うノンノに村長は娘の幸せをこれっぽちも信じて疑わない表情で言うのです。
「何を言う。本当ならばもっと早くおまえと土のお方との結婚式は行われていたのだ。しかしこの村に原因不明の奇病が流行ってしまい、それで式が遅れていたのではないか。だがそれも白さまのおかげで収まった。これでようやく晴れておまえを嫁にやれるから、私から今日、土のお方に使者をやったのだ」
「そ、そんな……」
 ノンノは真っ青な顔でそう呟くと、その席を去ってしまいました。
 縁樹はもちろん、ノンノを追いかけました。そしてノイも千早に乗って、ノンノを追いかける縁樹を追いかけるのです。
 ばたん、と勢いよく閉じられた扉は中から鍵がされたようでした。
 その扉をノックしようとして、しかし縁樹はその手を止めました。できなかったのです、ノックが。
「縁樹…」
「きゅぅー」
 ノイと千早が心配そうな声をあげ、縁樹は二人に小さな笑みを浮かべて見せました。
「縁樹さん」
 いつの間にかそこにやって来た白は縁樹を労わるように優しく微笑んでくれて、そして事情を聞かせてくれると言いました。



【五】


 縁樹さん。あなたはどうして自分がこの世界に来たのかわからないと仰いましたね?
 すみません。実は僕にはどうしてあなたがここに来たのかわかっていました。あなたの後ろには福寿草の精霊が居ますから。
 そう、その福寿草の精霊があなたをこの異世界に呼んだのです。神や精霊が顕在するこの世界だからこそ、起きた事でしょう。
 そうですね、まずは福寿草の事から話しましょうか?
 福寿草の花言葉は『悲しき思い出・永久の幸福・回想・思い出・幸福を招く・祝福』となります。
 ノンノさんの誕生日である1月3日の誕生花なのですよ。
 そう、故に彼女はこのような運命に縛られたのでしょうか?
 アイヌに伝わる福寿草の花物語はこのような物です。


 カンナカムイ(雷神)の末娘は最も美しい霧の女神クナウでした。
 カンナカムイはクナウが大地の支配者たるもぐらの神ホイヌと結婚する事を望んでいたのです。
 しかしクナウはホイヌを嫌い、結婚式から逃げ出したのです。
 ですが、草の中に隠れていたクナウはカンナカムイとホイヌに見つかり、そして罰としてクナウは一輪の花に変えられてしまいました。


 その花こそが、福寿草なのです。アイヌではそれをクナウノンノと呼ぶのですよ。
 そしてノンノさんもまた土の方、と呼ばれるアイヌの者と結婚させられそうになっています。
 このアイヌの地には今、鉄を求めて朝廷の者たちが戦をするためにやって来ているのだそうです。
 その朝廷と敵対するためにアイヌの者たちはどんどん有力者の子どもたちを婚姻させて、繋がりを深め、それに対抗しようとしているのだそうです。
 ですが、ノンノさんにはどうやら想い人が、いるようですね。



 +++


 縁樹は重い溜息を吐きました。
 そして沈痛な面持ちでいる村長を見ました。
「あの村長さん。どうしてもノンノさんは土の方と結婚しなければいけないんですか? ノンノさんの想い人は確かに朝廷の将かもしれませんが、でも、キラさんはアイヌの民となってもいいとノンノさんに言っていたんです」
 縁樹がそう言った次の瞬間、村長は両手で顔を覆った。
「ああ、キラめ。どうしてそれを私があいつの圧力に屈する前に言ってくれなかったのだ。私だって誰があんな悪霊に取り憑かれた男に娘をやりたいものか。しかし朝廷に狙われている上に、土にも目をつけられればこの村はもはや滅びるしかなかった。だから私は」
 縁樹は下唇を噛んだ。それがわかっているからノンノも苦しんでいるのです。
 キラはかつてこの森でクマに襲われ、瀕死の重傷を負ってるところを村長とノンノに助けられたのだそうです。そして村の者はキラが朝廷の者だとわかっていても助けて介抱した。
 そしてキラは良き若者であった。
 誰からも好かれるキラ。そして当然のようにキラとノンノは恋に落ちた。
 だがキラは朝廷の将。泣きじゃくるノンノを置いて、自分の居場所へと戻っていった。村長も村の者も誰もがキラがノンノを連れて行って欲しいと想っていたにもかかわらずに。
 そしてそこへ土の方からノンノを嫁にもらいたいと申し出があったのです。
「土の方は黒き毒蜘蛛の精霊に取り憑かれている。あれに敵う者はおらず、いくつの村があれに逆らって、滅ぼされたか……。キラさえ、キラさえ、あの時にノンノを……」
 しかしそれは今言ってもしょうがない事。
 そして村はまるで葬式のように誰もが悲しみにくれて、1月3日を迎えるのです。



【六】


 花嫁装束を着たノンノはひとり、部屋の中で椅子に座っておりました。
 もう涙も枯れたのか、彼女は泣いてはおりません。そして表情もその顔には浮かんではおりませんでした。
「もったいないな。ノンノはせっかく綺麗な顔をしているのに」
「そうそう。もったいないよね」
 誰も居ないはずの部屋に、二つの声。ノンノは驚いて、部屋を見回しました。
 そしてはっと彼女は目を見開くのです。
 彼女の視線の先には縁樹とノイが居ました。二人は一体どうやって鍵がかかったこの部屋に入ってきたのだろう?
「【闇渡】って言うんだ。ボクと縁樹は闇や影を介して空間を行き来できるんだよ。すごいでしょう」
 縁樹の肩に座りながらノイは自慢げに言った。
 ノンノは泣きはらした赤い目で縁樹とノイを見ていたが、縁樹がにこりと微笑んだので、その目を逸らした。
「いいの、ノンノさん? あなたはキラさんの事が好きなんでしょう? キラさんだって」
 びくりとノンノの華奢な肩が震える。
 そして彼女は苦しみに喘ぐように言った。
「ダメよ。もうどうにもならない。あたしは、ダメ」
 しかし彼女がそう言った時、
「ダメじゃないよ」
 縁樹が力強く言う。そして縁樹は優しく包み込むようにノンノを抱きしめました。
「ダメじゃないよ。ノンノさんの代わりに僕が土の方の所へ行ってあげる」
「え?」
「白さんに聞いたんだけどノンノ、ってアイヌの言葉では『花』って意味なんだってね。可愛いもの、美しいもの、愛しいものをさすって。ノンノさんにぴったりの名前。僕はそんなノンノさんには綺麗に笑っていて欲しいんだ。それに今日はノンノさんの誕生日でしょう。だから余計に」
「だ、だけど、縁樹さん。ダメよ、危なすぎるわ。土の方にあたしのふりをして行くなんて。あいつはとても冷酷非道な男で。あなたがどのような目に遭わされるかわからないもの」
 訴えるノンノに、しかし縁樹はとても美しく凛と微笑みました。そう、雪の園に咲き誇る、希望という名の花言葉を持つスノードロップの花のように。
「僕は大丈夫だよ。僕にはノイと千早がいるから」
「そうだよ。ボクの縁樹に酷い事をしようとする奴は全部ボクが倒してやるから安心してよ」
「きゅぅー」
 右の肩と左の肩で嘯く騎士たちに縁樹はにこりと微笑んだ。とても優しく。
 そしてその微笑みに、もうとうの昔に枯れ果てていたと想っていた涙がぽろぽろとノンノの目から零れ出るのです。
「僕は自分の誕生日を知らないんだ。だからノンノさんには今日という日には微笑んでいてもらいたい。そして最高の日にしてもらいたいの」
 その言葉の意味にノンノも気付き、頷きました。
「キラ様の愛を受け入れます。ですから、どうか、ご無事に帰ってきてくださいませね。縁樹さん」
「うん」
 縁樹とノンノは指切りをしました。



【七】


 村の民は輿を土の方の村の前に置いて、去りました。誰もが暗い表情をして。
 そして高い塀に囲まれた村の中から風貌の悪い男たちが出てきて、乱暴に輿を運ぶのです。
 村の真ん中に置かれた輿。
 その前に陣取る2メートルを越える大男。
「さあ、ノンノよ、出て来い。早速祝言といこう」
 しかし一行に出てこないノンノに痺れを切らした大男は輿の屋根を剥ぎ取ってしまいました。そしてそこから中に手を突っ込んで……
「ぎゃぁー」
 迸ったのは耳障りな大男の叫び声。
 血が出ている手を押さえながら大男は輿を蹴りました。
 しかし、その輿はその時には空っぽ。
 誰もが目を瞠りました、それに。
 そしてその時に声は響くのです。
「ボクの縁樹に汚い手で触れようとした罰だよ、それは」
 小生意気な声。皆はそちらに視線を。
 村を囲う高い塀のてっぺんに彼女は立っていました。右肩に人形を乗せて。
 その見慣れぬ黒の衣服を着た少女は、雪のように輝く銀色の髪に縁取られた美貌に凛とした笑みを浮かべ、言うのです。
「ごめんなさい、古典的な手で。ノンノさんはここには来ません」
 ざわりとざわめきが広がる。そしてそれを黙らせた大男が叫ぶ。
「ならばおまえがこの土の妻となるべく来たのか?」
「ばーか。寝言は寝てから言って欲しいね」
 即答で返された悪意たっぷりの返事に土の片眉の端が跳ね上がりました。そして彼は言うのです。
「あの人形は引き裂き、燃やせ。女は俺が手篭めにしてから、おまえらが皆で楽しめ」
 あがる歓喜の叫び声。
 縁樹はげっそりとした表情でノイの背中から愛銃『コルトトルーパーMkV6インチ』を抜き払い、こちらに向って信じられないぐらいの跳躍力で飛んできた男に銃口を向けました。
 そしてトリガーを引きます。
「そんなのはごめんです」
 硝煙を牙を剥くようにあげる銃口の先で、肩を撃ちぬかれて落ちた男。もちろん、致命傷ではありません。しかし、だからといってその傷は完全に男から立ち上がるだけの力を奪い去っているはずでした。でも……
「そんな」
 あがった声は恐怖と戸惑いに塗れていました。なんと撃たれた男が平然と立ち上がったのです。
「どうして? 縁樹の銃弾はヒットしたのに」
 それに縁樹が答える時間も、またはそれの理由を考える時間も二人には与えられません。
 次々と男たちは腰の太刀を抜いて、気色の悪い色に狂った笑みを浮かべて襲い掛かってくるのですから。
 それに縁樹とノイは銃弾とナイフで応戦します。
 男らは馬鹿ではありませんでした。縁樹の銃が撃てるのは6発。それを撃ちきったら、弾倉を再装填せねばならぬ事を充分に理解し、そこをついてきたのです。
 もちろん、ノイがそれをカバーするべくナイフを投げますが、しかし彼らは眉間にナイフが突き刺さろうが向ってくるのです。そう、彼らは人間ではもはや無い。
「縁樹」
 焦った声をノイが珍しくあげる。
 新たな弾倉を再装填して、糸のような硝煙を上げながら捨てた弾倉が足下に落ちる前に銃口を自分に襲い掛かる男の眉間に……
 しかし縁樹はそれが人の形をするが故に躊躇いが生じ、そしてトリガーを引くのがほんの一瞬遅れ、男が太刀で縁樹の銃を薙ぎ払ったのです。
 がぅーん、けたましい銃声をあげて、虚空を舞ったコルト。
 縁樹は歯軋りをし、
 千早が縁樹の襟首を噛んで、宙を飛ぶ。
 縁樹はそれで救われた。だけど、ノイが……
「ノイぃー」
 悲鳴のような声をあげながら縁樹は群がる男どもの中に残されたノイに手を伸ばしました。
 走馬灯のようにこれまでのノイとの想い出が……
 打ち下ろされる太刀。しかしその切っ先がノイを切り裂くのを縁樹が幻視したその瞬間、それは起こったのです。
 凄まじい風がノイを中心として発生し、それはちょうど鎌鼬のように周りの男どもすべてを切り裂いた。
「へ、え、嘘。ノイ」
 驚く縁樹の視線の先で、コタンコロカムイの羽根を持つノイ。そう、鎌鼬はノイがコタンコロカムイの羽根を扇のように扇いだその転瞬に起こったのです。
 無事であったノイに安心した縁樹と千早。しかし土はそれを見逃さなかった。
 射られた矢が千早をかすり、縁樹と千早が落ちる。しかしそれをまたしても救うノイ。そう、今度はコタンコロカムイの羽根にボードのように乗ったノイが宙を飛んで、右手で縁樹の衿を。左手で千早を猫掴みして救ったのです。
 そしてノイは縁樹と千早を下ろすと、そのまま土に向っていきました。
「おのれ、小賢しいわ、この人形がぁーーー」
 向ってくるノイに土は鋭い突きを放つ。
 ノイは羽根の上に置く後ろ足に重心をかけ、前足を羽根を想いっきり叩きつけるよう打ち下ろした。すると羽根は縦に回転して、ノイはジャンプ。そしていつの間にか鋼の羽根となっていたそれを空中でキャッチして、ナイフを投げるように投げつけた。太刀の切っ先へと。
「縁樹ぅー」
 他に言葉はもういらない。
 立ち上がっていた縁樹はコルトの銃口を切っ先へと突き刺さった羽根へと向けて、トリガーを引く。
 銃口が詠うのはレクイエムだ。哀れな邪悪なる精霊のための。
 硝煙と共に発せられた銃弾は羽根に激突し、そしてノイと縁樹の想いの力を受けて太刀を粉砕し、そのまま土を穿った。
 コタンコロカムイの神力は邪悪な精霊を打ち滅ぼし、そして土はその場にくずおれた。
「やったね、縁樹」
 手元に戻ってきたコタンコロカムイの羽根を受け取ってピースをするノイに縁樹も嬉しそうに頷く。
 そして彼女は視線を土へと向けた。
 土はどうやら完全に我を取り戻したようで、不思議そうに土くれの人形に囲まれながら周りを見回していた。



【終】


「縁樹」
 白、スノードロップ、そしてキラの指揮の下に武装した村の男たち、朝廷の兵と一緒にやってきたノンノは縁樹に抱きついて、縁樹の胸の中で泣きじゃくった。
「よかった。本当に無事でよかった」
「うん。だって約束したから」
 縁樹は優しい声でそう言いました。ノンノは顔を上げて、縁樹と見つめあい、そうして耳まで真っ赤にして、馬の上から自分たちを見下ろすキラへと真っ直ぐに向くのです。
 ノンノは一歩前に出て、そして誰もが優しい眼差しで見守る中で、キラに言うのです。
「キラ様。どうかあたしを嫁にもらってください」
 と。
 キラは馬から降り、そしてノンノを抱きしめて、ノンノとキスをしました。
 その瞬間にわぁーっと声が上がりました。
 村長はキラをアイヌの民として迎え入れ、そしてキラはアイヌと朝廷との橋渡しとなって、調停を結んだのです。もうノンノとキラとの仲を邪魔する物は何も無いのでした。
 それを見届けた縁樹とノイの体が輝き出しました。
「福寿草の願いが叶ったから、あちらの世界へと戻る時が来たのです」
 白が言いました。
 そしてそれを聞いて、ノンノが縁樹の前に飛び出るのです。
「縁樹。あなたの誕生日は12月31日。あなたがこの世界にやってきた日。あなたがこの世界にやって来てくれたから、だからあたしは幸せになれたから。あたしは生まれ変われたから」
「うん。ありがとう。ノンノ」
 もう互いに呼び捨てで呼ぶ、それが二人の絆を証明し、そしてノンノは自分がかけていた首飾りを縁樹に手渡したのでした。




 ………。
「あれ?」
 すずめの朝を謳う唄を目覚し時計に、明るい朝の陽光の中で縁樹は目を覚ましました。
 そして周りを見回します。
 そこはただの宿屋の一室でした。雪の園でもなければ、アイヌの家でもなく。
「夢、だったの?」
 小首を傾げる縁樹。そして彼女がはっと赤い瞳を見開いたのは、自分の手の中にとても美しい首飾りがあったからでした。そう、それは……
「ノンノ……」
 呟く縁樹。ベッドに座り込んだ彼女の前にノイがとことこと歩いてきて、そして、
「お誕生日おめでとう、縁樹」
 と、微笑むのでした。
 そう、今日は12月31日。
 縁樹の誕生日。
 縁樹は微笑み、そして、
「ノイもね。お誕生日おめでとう」
 部屋の出窓に置かれた福寿草はとても清らかに幸せそうにそんな二人を見つめていました。



 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1431 / 如月・縁樹 / 女性 / 19歳 / 旅人】
             &ノイ

【NPC / 白】


【NPC / スノードロップ】 


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、如月縁樹さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は、福寿草を選んでみました。^^
福寿草の持つ花物語にはずっと書いてみたかったアイヌのお話もありましたし、
お寄せくださったプレイングの雰囲気にも合うかなと。^^
もう本当にアイヌの世界の雰囲気は大好きなのです。(拳)
12月31日の誕生花は『イトスギ・カボチャ・センリョウ・ヒノキ・ユズ』
ヒノキの持つ物語もプレイングの雰囲気にぴったりでしたが、宿の部屋の花が今回の物語の花となるという事でしたので、福寿草に。
それにやっぱりアイヌが強かったのです。^^


福寿草の持つ花言葉は作中に出た通りです。^^
『悲しき思い出・永久の幸福・回想・思い出・幸福を招く・祝福』
福寿草はアイヌではクナウ。
アイヌの人たちは「福寿草はクナウの生まれ変わりだから美しい」、「親の決めた縁談にそむくと神の罰を受ける」などと子どもらに教えたそうです。
千歳地方では子どもに対して幼児語で、花を見せながら「ノンノ、ノンノ」と言ったそうです。
この「ノンノ」という言葉が女性誌のタイトルの語源なのだそうですよ。^^


今回はアイヌもそうなのですが、ノイさんですね。
ノイさんが大活躍です。^^ 書いていてすごく気持ち良くって、楽しかったです。
縁樹さんとノイさんの絆の強さを書くのも、縁樹さんを書かせていただける時の楽しみの一つです。^^



それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。