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■【フォルティシモ】の或る1日■

くろ
【2991】【大徳寺・華子】【忌唄の唄い手】
一体誰から広まった噂なのか。
東京某所にある雑居ビル。
本来そこは5階建てのビルで、地下のフロアはない。
しかし、そのビルのエレベーターに乗ると、「B1F」というボタンがあるのだという。
誰もがそのボタンを見ることができるわけではない。
とても困っている者、悩んでいる者。
そういった人にだけの前にだけ現れるというボタン。
それを押せば二度とこの世に戻れないとか、まるで別人になって戻ってくるとか……噂の結末は実に様々だ。

「……まったく、人間の想像力には恐れ入るね」
真夜中の2時を回るころ。
こんなナレーションで放映されているテレビの怪談番組を眺め、苦笑する男が一人。
「人の店をまるで怪奇スポット呼ばわりじゃないか」
勘弁してほしいよ、とぼやきながら彼は辺りを見回す。
いくつかのテーブルと椅子、それに、彼が座っている前には5席分ほどのカウンター。
現在客はいない。
そのたたずまいは、ごく一般的なショットバー。
「……まぁ、あながち間違っちゃいないんだが……。そのおかげでマトモに求人応募者がここにこれるかどうか、微妙だな」

その店がある「はず」のビルには「スタッフ募集」という張り紙が貼られていた。その内容はこうだ。

■募集条件
年齢不問、性別不問
特技を一つもしくは複数、持っている方

■業務内容
ホールスタッフ、バーテンダー、外部スタッフ
※外部スタッフに常勤の義務はありませんが、急に呼び出される場合もあります。

■給与、待遇、勤務時間など
応相談

「さて、どうなるかねぇ」
そうマスターがつぶやいたとき、不意に入り口のドアベルが「カラン」という音を立てた……。
【フォルティシモ】の或る1日 〜 大徳寺・華子の場合 〜

■漆黒の応募者

 ある、新月の夜だった。
 都内某所に佇む雑居ビル。あたりに人気もほとんどない。
 そんなビルの1階入口に人影が一つ。
 入口の壁面に貼られている掲示板の一点を見つめているのは、漆黒の髪を腰まで伸ばし、髪と同じ黒い着物にケープを羽織った妖艶な美女だった。
 彼女が見ているのは一枚のチラシ。スタッフ募集と大きめの見出しが書かれた白黒のもの。内容はこうだ。

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 スタッフ募集
 
 ■募集条件
  年齢不問、性別不問
  特技を一つもしくは複数、持っている方

 ■業務内容
  ホールスタッフ、バーテンダー、外部スタッフ
  ※外部スタッフに常勤の義務はありませんが、
   急に呼び出される場合もあります。

 ■給与、待遇、勤務時間など
  応相談
 
             ショットバー 【フォルティシモ】

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「へぇ、こんな場所にバーがあるなんて知らなかったねぇ」
 大徳寺・華子。それが彼女の名前だった。ここに立ち寄ったのは偶然……というわけでもなかった。
「それにしても、ずいぶんと変わったチラシだねぇ。神気の染み付いたチラシだなんてさ」
 ビルからかすかに漂ってきた違和感に興味をひかれ、彼女はここに来た。
 中に入ったところ見つけたのがこのチラシだった。どうやら違和感の元凶はこれらしい。
「まぁ、いいわ。ちょうど金も必要だと思ってたところだし。……もっとも、ちゃんとした金を払ってくれればいいんだけどねぇ」
 顔の左半分にかかった髪をかきあげ、彼女はそう呟く。
 彼女の身体は故あって時間が止まってしまっている。そうなった彼女の身体は決して老いることはない。そのために一つの場所にとどまることもできず、もう随分とあちこちを転々と流れて暮らしていた。
 人間社会で生きていくために金は不可欠。明らかに胡散臭い店だが、金さえくれるならちょうどいい働き口ではないか? と彼女は思った。

「お店は……地下1階ね」
 掲示板のすぐ脇にあったエレベーターに乗り込む。
 いくつもの番号が並んだボタンの中から彼女は「B1F」というボタンを押す。
 それが東京の闇に隠された異世界への入口と分かった上で……。

■スタッフの条件は……

 エレベーターが動き出して程なく。微かに聞こえていたモーター音が止まった。一瞬、ふわりとした浮遊感。恐らく地下1階についたのだろう。
 華子はエレベーターを降り、辺りを見回す。せいぜい人が数人立てる程度の小さなフロア。ほんのりオレンジがかった光を放つランプが2つ、エレベーターの向かい側の壁に掛かっている。その間に重厚そうな木製の扉。
「『Fortissimo(フォルティシモ)』……。ここね」
扉には真鍮のプレートが打ちつけられていた。筆記体でそう記されている。先ほどのチラシを掲出していた店の名前と同じだ。
「いらっしゃい」
 静かな店内。耳に微かに聞こえる程度のジャズと思しきBGM。薄暗い店の奥、小さなカウンターの中にいた人影が声をかけた。
(この店も、さっきのチラシと同じだねぇ)
不思議なほど気分の落ち着く店の空気。それは神社や仏閣、もしくはいわゆる聖域と呼ばれるものに近い。何らかの結界でも張っているのかねぇ……。彼女はそう思った。
 カウンターまで歩いていき、奥の青年に話し掛ける。
「兄さんがここのマスターかい? さっき、そこでこの店の求人広告を見かけたんだけど……、まだスタッフは募集しているかい?」
 話し掛けられたマスターは見たところ20代後半。チラリと華子を見て、にっこりと微笑んだ。
「いや、まだ募集しているよ。そうだね……」
華子を少しばかり眺め、
「履歴書は、持ってきていなさそうだね。まぁ、うちに来れた時点でそんなものも必要ないけれど。
 じゃあ、うーん、開店までもう少し間があるし、早速面接させてもらっても構わないかな? 時間はあるかい?」
急な話しだねぇ。華子はそう思ったが、
「ああ、構わないよ」
そう言ってにこ、と笑みを浮かべた。

■都会の闇を売る酒場

「じゃあ、まぁここに座ってもらって良いかな」
マスターが店の奥のボックス席に座るよう促す。華子はす、っと着物の裾を押さえ、すすめられた席へ座る。
「見ての通り、この店はいわゆるバーだけど、接客の経験は?」
「ええ、あるわ。種類もいろいろとね」
流れ者の身だからねぇ、こういった人の入れ替わりの多い仕事の方が向いていたんだ、と付け加えた。
「なるほど。定住できない理由があるわけだね」
マスターの表情はあまり変わらない。穏やかな笑みのままだ。
「ええ、そんなところね」
外見的に歳をとらないから、という話は伏せておく。あまり深い事情を話しても仕方のないことと考えたからだ。
「ふむ、そうか。じゃあ、深くは追求しないでおこう」
深入りしないほうが都合がいいみたいだしね、とマスターは付け加えた。
「それじゃ……。そうだね、あと出来たら特技なんかあったら聞いてみたいね。多少なり、雇うスタッフの事は知っておきたい」
「特技かい? そうだね、兄さんなら大丈夫そうだしねぇ、少しばかり披露させてもらおうか」
穏やかな表情のままのマスターを見、彼女は微笑んで、小さく息を吸う。

 そして、吐き出す息と共に紡ぎ出される言葉。祝詞に似た、静かでゆったりとした旋律。
 しかし、その歌が始まると同時に辺りの空気が一変する。
「ほぅ……」
マスターも異変に気付いたのか、店の中を見回す。
 店そのものは見た目なんら変わったところはない。しかし、そこに漂う空気がまるで、無色透明な水に墨を垂らしたかのように昏く、重い空気に塗り替えられていく。
 そしてそれは目に見える異変へと変わっていく。

 カウンターに生けられていた花が生気を失い、枯れていく。

 透明なビンに入った酒の幾つかはどす黒く変色していく。

彼女の声を聞いた全てのものがこの世に存在する意義を失っていくかのようだった。
「っと、それくらいで十分だ。ありがとう」
マスターが辺りの異変を見、彼女を止める。
「お分かり頂けたかしら?」
にこりと彼女は笑みを浮かべた。ほんの少し、寂しそうな笑みに見えたのは気のせいだろうか?
「ああ、十分分かったよ」
マスターは少し、考える様に視線を逸らし、口を開く。
「全てを闇に引き込む歌声、という所かな。おもしろい特技だね」
彼の表情は穏やかなままだったが、その目から彼女の『特技』に対して強い興味を持ったのだと伺えた。

 彼は席を立ち、華子に言った。
「じゃあ、早速スタッフ用の制服を用意しよう。それから、来れる初日の予定を聞いておければ嬉しいかな。これから、よろしく」
その言葉は採用の二文字と取るに十分な回答だった。

- 完 -

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2991 / 大徳寺・華子 / 女性 / 111歳 / 忌唄の唄い手】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、この度はご参加誠にありがとうございました。
落ち着いたお姉さん、というイメージが強かったので、真面目な話で進めさせていただきましたが、多少なりともお気に召していただけましたでしょうか……?

尚、採用にあたりまして、スタッフ用のアイテムを合わせてお渡ししております。
ご査収頂ければ幸いです。