■蝙蝠は太陽の夢を見る■
瀬戸太一 |
【3435】【カリュン・プロスペロ】【大魔女】 |
「…黒チビが家出?」
銀埜はルーリィの青ざめた顔を見て、呆然と立ち尽くした。
…驚きに、ではない。どちらかというと、呆れて。
「何を馬鹿な…ルーリィ、それは一体何回目ですか?
2,3日もすればひょっこり戻ってきますよ。」
「でも…今まではそうだったけど。今回は…ちょっと違うかもしれないの。
だから私、不安で…!どうしよう、銀埜」
銀埜の主人である、魔女のルーリィ。
銀埜は彼女の、いつもより心なしかくすんだ金髪を見て、思わず心が痛んだ。
…我ら使い魔は、契約を交わしたときから主人に仕えると誓ったはず。
それを…当の主人を、こんなに悲しませて。
「放っておきなさい。どうせ構われたいんですよ、あいつはー…ルーリィ、それは?」
銀埜は呆れたため息を漏らしながら、ルーリィが震える手で握る紙切れに目を向けた。
ルーリィから受け取ったその紙切れを開くと、見覚えのある金クギ文字が並んでいた。
銀埜は、その読み難さに眉をしかめながら、読解に挑戦してみた。
「…おれは、もう、ガキじゃねえ…。おまえらがいなくても、りっぱに…生きていける?
…何ですか、これは」
銀埜は呆れてルーリィを見た。
だがルーリィは深刻な表情で、
「ほら…この前のことだけど。
リックが全然店の手伝いもしないで、放浪してばっかりだからって、私たちあの子を叱ったでしょ?
そのときにね、お前はどうせ、生まれて2年も経っていないんだから、気楽でいいよなって。
全然世の中のこと、わかっちゃいないんだからって…そう言ったわよね」
ルーリィはそう、おずおずと銀埜に言った。
銀埜はというと、そのときのことを脳裏に思い浮かべていた。
…確かに、そんなことを言ってしまったのかもしれない。
―…だが。
「いや、確かに言いましたが…でもそんなことで?」
「そんなことかもしれないけど、あの子はきっと傷ついたのよ。それにねー…」
ルーリィはそう言って、不安げに眉を寄せた。
「…あなたたちの契約書。ほら…使い魔の契約したときにサインしたものよ。
あれが、リックの分だけなくなってるの」
「…何ですって?」
それを聞いて、さすがの銀埜も青ざめた。
使い魔の契約書。それが破られるときは、同時に契約も解消されるということだ。
だから普通の魔女や魔法使いは、それをおおっぴらにはー…ましてや、当の使い魔たちの手の届くところには置かない。
だが、ルーリィは。彼女は銀埜たちと家族と呼び、己のファミリー・ネームまでも与えた。
だから敢えて、契約書を鍵もかけずに仕舞っていたのだ。
「…信頼を裏切るような真似をー…」
銀埜は、ふつふつと湧き上がる怒りを感じていた。
己と同じ立場であるからこそ感じる怒りを。
「あ、でもね、さすがにまだ破られてないと思うの。解消すれば私にも伝わるし。
でも契約書を持ち出してるってことは、その意思がないわけじゃないわ。だから私、心配なのよー…」
ルーリィは、静かに怒りの炎を燃やしている銀埜を見て、ため息をついた。
銀埜に探索をお願いしようと思ったのだがー…
犬である彼は、こういったことに関してはスペシャリストのはずだー…その彼が、この状態では。
「…きっと、興奮して我を忘れてるわ。誰か他にも、手伝ってくれる人がいるといいんだけどー…」
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蝙蝠は太陽の夢を見る
「What!?リックがvanishしたってどういうこと!?」
バタン、と扉が乱暴に開く音と共に、甲高い叫び声が店内に響いた。
カウンターに寄りかかり、眉を顰めていたルーリィは、その声に顔を上げて玄関のほうを見る。
そこには10歳程度の少女が、肩で息をしながら立っていた。
ルーリィは見覚えのある少女の顔に、思わず目を丸くする。
「…ローナちゃん?何で」
「今そこでheardしたのよ。それより、リックがどうしたの?what happened!?」
ローナはルーリィの言葉を遮るように、足音を響かせて店内を横切る。
ローナの陽気な面ばかりを見てきたルーリィは、彼女の剣幕に目を見張った。
彼女の顔には、今訪れたばかりのショックに対する驚愕と、友人を案じる不安が浮き彫りになっていた。
ルーリィは今にも掴みかかりそうなローナを宥めようと口を開くが、それは彼女の傍らにいた銀埜によって塞がれた。
「…いなくなったのですよ、可愛らしいお嬢さん」
「Why?何かreasonがあるはず、何でリックが?」
ローナは銀埜を見上げ、睨むように言う。
金色の髪を持つ少女と、銀色の青年。対照的な二人だが、今はその感情すらも対比している。
「…理由など。そんなものがあっても許されない罰を犯したのです。
探しに行く必要もありません、放っておけば良い」
普段の彼からは想像が出来ない程、冷たい瞳で淡々と告げる銀埜。
ローナは当たり前のように納得できず、地団太を踏んで叫んだ。
「coolだよ、銀埜!リックがかわいそーだよ!」
「確かに、放っておくのは少し賛成出来ないわねえ」
ローナの声に賛同するように加わったのは、20代半ばの女性の声。
柔らかく、どこか妖艶な色を持って店内に響いた。
ルーリィが驚いて玄関を見ると、そこには誰もいなかった。
眉を顰めるルーリィの少し横、棚に背中を預けるように腕を組んでいる一人の女性。
「…!いつの間に…?」
こんなにすぐ傍に居たのに、全く気配を感じなかった。
女性は自分に視線が集まったのを感じると、組んでいた腕を解き、ひらひらと片手を振った。
「ハァイ、初めまして。勝手に入るのもアレだと思ったんだけど、何だか物騒な話のようだったから、お邪魔させて貰ったわ。
あと内容も、あたしとしては少々放っておけなかったからね」
そう言ってにっこりと笑う。
ルーリィは呆気に取られて女性を眺めた。
とんがった高帽子を被り、露出の高いドレスのような服をローブで隠している。
ルーリィにとっては見慣れたその姿を見て、思わず声を上げた。
「…貴女、まさか…!」
「とりあえず、同業者といっておくわ。出身は違うようだけど」
ルーリィの言葉を笑顔で遮り、女性は続けた。
「あたしはカリュン・プロスペロ。あなた方のお名前も伺って良いかしら。
それとも自己紹介するほどの余裕もない?」
この空気には場違いなほどの余裕のある笑みを振りまきながら、カリュンと名乗った女性は首を傾げた。
「あ、ええと…。私はルーリィと言います。それからのこっちの背の高いのが銀埜で、
そちらのお嬢さんがローナ・カーツウェルちゃん。あの…もしかして、お客様かしら?」
ルーリィはカリュンの余裕のある雰囲気に飲まれてか、うろたえながら言った。
お客様なら、申し訳ないけどお引取りしてもらわなければ。
ルーリィはそう思いながら、おずおずと尋ねる。
だがカリュンは笑って首を小さく横に振り、
「いいえ、違うわ。少しお節介しようと思っただけなの。
その使い魔のリックとやらを探しにいくんでしょ?そちらのお嬢ちゃんもその気のようだし」
「Of course!放っておけないね。銀埜はcoolすぎるよ!」
カリュンの言葉に、大きく頷くローナ。
そして銀埜をキッと見上げるが、相変わらず彼は無言でそっぽを向いている。
カリュンは銀埜の様子に苦笑を浮かべながら言った。
「銀埜っていったかしら?あんたも一緒に来なさいね。
同属だからこそ許せないこともあるだろうけど、あんたは来るべきよ。
…ルーリィ、この大きいの借りていくわよ。あなたは普段どおり店を続けるべきだわ。
お客はお引取り願わないようにね」
カリュンの言葉の後半は、ルーリィに向けられたもの。
ルーリィは先程内心呟いた言葉を思い、目を丸くした。
「…え、ええ。じゃあ申し訳ないけど、カリュンさん、ローナちゃん…それから銀埜。
リックを宜しくお願いします」
不安そうなルーリィの言葉に、カリュンは笑って、ローナは真剣な表情で、そして銀埜は憮然と頷いた。
三者三様の返答を見て、ルーリィは微かだが確かな安堵を抱いた。
無論、不安と心配が尽きることはなかったが。
「…さてと。まずはどっちに行きたい?お嬢ちゃん」
ワールズエンドを出て、少し歩いたところで、カリュンがううん、と伸びをしながら言った。
その余裕のある雰囲気に一抹の不安を抱いたのか、
「…You、探す気あるの?リック、今頃どうしてるか―…」
「大丈夫よ、何とかなるって。まず落ち着いて余裕を持つのが大切だと思うのよね、あたし。
…あんたもそう思わない?」
カリュンはニッと笑って銀埜のほうを向く。
だが伏せ目がちの銀埜には何の反応も見られない。
少々拍子抜けしたカリュンは、少し腰を曲げローナに囁いた。
「…あの人、いつもあんな感じなの?」
ローナはぶんぶん、と首を横に振る。
「Meが前会ったときは、もっとgentlemanだったよ!こんなにcoolじゃなかったよ」
「ふぅん…じゃ、やっぱり怒ってるんだ。まあ気持ちはわからないでもないけどね―…」
そう言って暫し考え込むそぶりを見せるカリュン。
そのカリュンを見て、ローナは思わず意気込んだ。
この不思議な服装をした女の人はあまり頼りにならなさそうだし、銀埜は銀埜で何だか否定的だ。
ここは自分が頑張らなければ。
「Umm…成功するかはLuck任せだけど。…Com'n、忍犬!」
ローナが意識をこめて叫ぶと、彼女の目の前にぼわんと煙があがった。
そして煙が晴れたそこには、ローナの膝辺りの大きさの、可愛らしい顔立ちの雑種犬が一匹。
ローナは珍しく一発で成功した自分の『口寄せ』に満足し、思わずガッツポーズを決める。
カリュンは突然現れた雑種犬に目を見張り、ほぅ、とため息をついた。
「お嬢ちゃん、面白い技持ってるのね。それどこで習ったの?」
「meの忍術は『努力の賜物』なの!」
褒められたと思ったのか、気を良くして胸を張るローナ。
カリュンは幼い少女の可愛らしい動作に、内心と裏腹に思わず笑顔を浮かべた。
「ふぅん、忍術、ねえ。どこからどう見ても、召喚にしか見えないんだけど―…って、懐かれてる」
カリュンはその光景を見て、あらあら、とおかしそうに呟いた。
ローナが呼び出した『忍犬』は、同じく犬である―…今は人間の姿をとっているが―…銀埜が気になるらしく、
彼の足元をふんふんと匂いを嗅いで回っていた。
しかめっ面をしていた銀埜は、自分の足元に纏わりつく雑種犬を見下ろし、思わず苦笑を浮かべた。
その笑みはまだ硬いものだったけども、少し普段の彼に近いもので。
そんな銀埜を見て嬉しくなったローナは、俄然張り切って忍犬に指示を出した。
「Hey、dog!リックの匂い、探してくるのよ!」
ローナの声に、忍犬はワン、と一声鳴き、ぴゅうと駆け出していった。
犬が走り去った方向を見て、カリュンは誰に言うでもなく呟いた。
「…あっちって何があったっけ?」
「…森、ですね。本来は公園なのですが、中央に小さな森があります」
「ふぅん。そもそもリックって何だっけ?あんたと同じ種族?」
「…いいえ、あいつの本性は蝙蝠です。まだ2歳ほどの幼い奴ですよ」
カリュンはそう淡々と話す銀埜を見て、ニッと笑った。
銀埜はカリュンの笑みを見て、思わず自分の口に手を当てる。
「成る程ね、本性は蝙蝠、でもあんたと同じで人型も取れるとみた。
森があるならそこにいるかもしれないけど―…見つけたらどうするの?」
あんた、探すの反対してたんじゃなかったっけ?
そう面白そうに言うカリュンに、銀埜は眉を顰める。
わざわざ連れてきたのは貴女でしょう、と言いたい気持ちをぐっと抑え、
「…こうなったら仕方ありません。貴女やローナさんにもご迷惑をおかけしていることですし、
見つけたら一発ぶん殴ってやります」
遠くに離れた忍犬の気配を探っていたローナは、銀埜の言葉に思わずバッと顔を上げた。
そして真剣な表情で、銀埜を見上げる。
「No!迷惑じゃないよ、全然ないよ!だから、殴るのはNoよ!」
ローナの言葉を聞き、カリュンは思わず声を上げて笑った。
「あっははは!お嬢ちゃん…ローナ、あんたって良いコね」
「What?別に褒められることじゃないよ」
カリュンの言葉に、ローナはきょとんとした表情を浮かべた。
だがカリュンは楽しげな笑みを浮かべながら、ローナの頭をがしがしと撫でた。
「まあ、褒め言葉は素直に受け取るもんよ。
それより忍びのお嬢ちゃん、あの犬はどうなった?」
「…Oh!」
ローナはそういわれて、再度忍犬の気配を探った。
そして愕然とした表情を浮かべる。
「…忍犬、気配lostしちゃったよ。途中でリック、飛んで逃げちゃったよ」
そう言って、がくんと肩を落とす。
カリュンは一瞬目を丸くし、そしてすぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「ま、本性が蝙蝠なら仕方ないわね。
途中までは辿れたんだから、公園にいる可能性が強いってことよ」
「Oh!そうよね、me探してみる!」
そう言ってローナは身を翻し、ワールズエンドに取って返した。
そしてカリュンと銀埜がぼんやり眺めていると、ローナの背にあったマウンテンバイクに跨り戻ってくる。
「へえ、それローナの愛車?」
「Yes!meは探しながら公園にいくね。youたちはどうする?」
興味深そうにマウンテンバイクを眺めていたカリュンは、ローナの言葉に顔を上げた。
そして銀埜を指差し、
「じゃあ、あたしはこの人と一緒に、歩きながら公園に向かうわ。
目的地で会いましょう」
「O.K!またあとでねっ!」
そう言ったかと思うと、ひらりと背を見せ、ローナは走り去っていった。
彼女を見送りながら、カリュンは片手を腰にあて、空いた手を唇に当てて、ピュウと音を出した。
カリュンの音に呼ばれるように、すぐさま一匹の大きな鳥が舞い降りてくる。
銀埜は殆ど見かけることのないその鳥に目を見張り、鳥を自分の腕に止まらせているカリュンを見た。
「…不死鳥ですか」
「あら、やっぱり分かった?あんたたちの出身地にも一匹ぐらいはいたかもね。
あたしの使い魔はこの子なの。名前はトト」
そう言ってカリュンは腕を上げ、トトと呼んだ不死鳥を空に放った。
トトはカリュンの頭上を一巡りし、一声鳴いてローナが去ったほうへと飛んでいった。
「とりあえず、あの子にも探させることにしたわ。ローナが見つけてくれるのが、一番いいんだけど、ね」
そう言ってカリュンは、ぱちんとウインクを銀埜に放つ。
「リックが見つかったら、ちゃんとあんたが考えてることを伝えてあげなさいよ。
口で伝えないと分からないことも、この世には確かにあるんだから」
カリュンの言葉に、銀埜は思わず真剣な表情になって彼女を見つめた。
…自分はリックに、どれだけのことを伝えてきたのだろうか?
★
「カリュン、銀埜ーっ!I found!リック、いたよっ!」
公園の中央、森へと入る遊歩道から少し外れたところで。
ローナは木の上を指差しながら、遠くに見える二人に手をぶんぶんと振った。
「ローナ、マウンテンバイクは?」
息を切らせずやってきたカリュンは、ローナに尋ねた。
「Parkの入り口においてあるよ!持って入ると邪魔ね」
「あ、じゃあ入り口に置いてあったのはやっぱりローナのか。
あれいいわねえ、少し羨ましくなっちゃう」
「カッコイイでしょ!Meのお気に入りよ」
リックを見つけた余裕からか、和やかに話を始めるローナたちに苦笑を浮かべ、銀埜は言った。
「…それで、あいつは?」
「この上よ。sleepingしてる!」
「…昼寝ぇ?何、優雅な身分ねえ」
呆れた声でカリュンは言い、額に手を掲げながら頭上を見上げた。
こんもりと茂る葉に隠れて見辛いが、確かにローナの言うとおり、小柄な少年が木の枝に寝そべっていた。
「Me、『超ジャンプ』で捕まえようと思ったんだけど…」
「あれは危ないわよ、変に飛ぶと枝やら葉っぱやらが突き刺さるわ」
まさに自然の防護壁ね。
そう言ってカリュンは肩をすくめた。
超ジャンプだの、飛ぶだの、銀埜はそのあたりに微妙な違和感を感じつつも言う。
「…人型になっていますか?何故また」
蝙蝠の姿に戻ったほうが、人目は気になるが隠れるにはそちらのほうが都合が良いはずなのに。
そう思い眉を顰めた銀埜に向かって、木の上からやけくそ気味に叫ぶ声が飛んでくる。
「さっきから変な鳥が、俺を食おうとしてんだよっ!危なくてコウモリなんかに戻ってられるか!」
そう言われ、遥か頭上を仰いでみると、確かに先程見たトトが木の上を旋回していた。
トト自身はリックを食べるつもりはないだろうが、リックにしてみれば確かにこれは恐怖だろう。
銀埜はそう思い、呆れたため息を漏らした。…情けない。
「あっははは。悪いわね、あれはうちの子なの。でもあんたを食ったりはしないわ」
だから降りてくれば?
そう含め、カリュンは木の上に向かって言葉を投げかけた。
そして暫くの沈黙の後、がさっと音がして、彼らの目の前に一人の人影が降り立った。
褐色の肌に黒い髪。勿論、リックだ。
彼はふくれっ面を浮かべながらそっぽを向き、偉そうに腕を組んでいる。
その手にくしゃっと握られているのは、まだ新しい羊皮紙。
銀埜はそのリックの姿を見て、薄れ掛けていた怒りが再度燃え出すのを感じた。
つかつかとリックに歩み寄ろうとしたとき、銀埜の前にすでに小柄な人影が飛び出していた。
銀埜がその小さな金色の頭に目をこらしていると、パァンという音が森に響いた。
勿論銀埜が起こした音ではない。
目を丸くして後ろを振り向くと、カリュンがあらあら、というように目を丸くしていた。
…彼女ではないとすると。
「…リックの馬鹿っ!ホントにホントにfoolだよっ!
ルーリィがどれだけ心配してると思ってるの!銀埜も、カリュンも、それからmeも!
皆心配してたんだよっ!」
リックの胸倉を、少し背伸びしながらも掴んで叫んでいるのはローナ。
リックの右頬は、ほんのりと赤い。
リックはなおも叫んでいるローナを見下ろし、呆然としていた。
カリュンはそんな面々を見渡し、ふっと微笑んだ。
そしてローナの背後に回り、後ろからローナの小さな手をそっと包み込む。
あくまで優しく、だが確かな力でローナの手をリックの胸倉からはずす。
そしてリックのほうを見て、ニッと笑った。
「…まあ、そういうことよ。あたしはカリュン、あんたがリックね?
とりあえず、言いたいこともありそうだし…言ってみれば?」
カリュンに促され、呆然としていたリックは、思い出したように顔を上げた。
だが彼をジッと見つめている銀埜の視線に気がつき、うろたえたように視線を逸らし首を折る。
「…あるなら言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
銀埜の背後から立ち上っている怒りの炎を感じたローナは、あわてて首を振った。
「もう、meが叩いちゃったからいいよ!youが落ち着かないと、リック、honestになれないよ」
「…………」
銀埜は自分を見上げている幼い少女の視線に気がつき、仕方なさそうに表情を和らげた。
「…だってさ。どうせ、どうせって…ンなこともう聞き飽きたんだよ。
そりゃあ銀はさ、俺よりも長く生きてんだから一杯モノ知ってるかもしんねーけど。
俺だって、好きで銀より遅く生まれたわけじゃねーや」
リックは首を折り、足元の地面を見つめながらぽつぽつと話す。
カリュンはリックの言葉を聞き、呆れたような、そしてどこか優しげな笑みを浮かべた。
「つまり…リック、あんたはこの銀埜との格差を感じちゃってたのよね。
まあそれは仕方ないといえば仕方ないけど…
無意識にせよ、そういう言い方をしちゃったあんたにも、非はあると思うな、あたしは」
カリュンはそう言って、銀埜のほうを見る。
銀埜は半ば唖然としながら、目を伏せた。
「…仰るとおりです」
自分では弟のような目で彼を見てきたつもりだった。
だが彼にしてみれば、同じ使い魔である自分に、
そんな目で見られること自体が―…苦痛だったのではないだろうか。
見下ろすつもりはなかったものの、本来ならば同じ立場である自分たちなのに。
「…全く、至りませんで」
申し訳ありません。
銀埜はそう呟いて、頭を下げた。
ローナと、カリュンと、そしてリックに向けて。
銀埜に初めて頭を下げられたリックは、見るからに狼狽した様子で銀埜を見つめていた。
その様子を眺めていたカリュンは、思い出したようにリックの手の中の羊皮紙を指差す。
「で、それどうするの?
なんであんたがそれを持ち出したのかあたしは知らないけど―…どうする、破る?
破ったら確かにあんたは自由よ、もう縛られるものは何もないわ。
それでいいなら、破っちゃえば?」
カリュンはリックの手の中の紙が何であるか、知っていた。
銀埜も、そしてローナも。
だからこそ、そう言ったのだ。
リックは暫し手の中の紙を眺めていたが、やがてフゥとため息をつくと、
紙を丁寧に宙で折り畳み始めた。
そして四つ折りにしたそれを、大事そうにズボンのポケットへと仕舞う。
仕舞ったのを確認すると、リックは何処となく照れたような笑みを向けた。
言葉はないが、それは確かにリックの意思表示で。
カリュンは満足そうに頷き、腕を組んだ。
「めでたしめでたし…ってところかしら?」
「Happy endね!」
カリュンの言葉を受けて、ローナはにっこりと笑って言った。
そして後日、雑貨屋ワールズエンドを訪れてみると。
銀埜の姿は無く、ルーリィがおろおろと店内を駆け回っていた。
リックはというと、そんなルーリィを呆れて見ているだけ。
ルーリィ曰く、
「どうしよう!銀埜が裏庭に隠してた骨を、間違って捨てちゃったの!
少しだけ骨の先端が出てたのに気がついちゃったから…。
何であの子が隠してることに思い当たらなかったのかしら!
銀埜?…うん、私が捨てちゃったのを知って、自棄になって飛び出していっちゃった。
どうしよう、今頃きゅんきゅん、って鳴いてるわ。ねえ、どうしたらいいと思う?!」
…どうやらこの店では、『使い魔の家出』は日常茶飯事になりつつあるらしい。
End.
●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
――――――――――――――――――――――――――――――――
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【1936|ローナ・カーツウェル|女性|10歳|小学生】
【3435|カリュン・プロスペロ |女性|999歳|大魔女】
●○● ライター通信
――――――――――――――――――――――――――――――――
ローナさん、いつもお世話になっております。
カリュンさん、初めまして。
今回は当依頼に参加して頂き、有り難う御座いました。
今回はワールズエンドを離れて、
使い魔たちにスポットをあてたお話となりました。
年少者には年少者なりの苦悩があるものだということで。
ローナさんには本気で心配して頂いて、有り難う御座いました。
カリュンさんには「全てを知る者」として、サポートとアドバイスを頂きました。
お二人とも魅力ある女性で、書いていて大変楽しかったです。
ラストは何とも当NPCたちらしい有様で、
呆れないでもらえると非常に有り難く思います。(笑)
それでは、ご意見ご感想等ありましたら、お気軽にお寄せ下さいませ。
何処かでお会いできることを祈りつつ。
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