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■私をどこかに連れてって!■

森山たすく
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
「暇だなぁ……」
 御稜津久乃は、自室の窓から空を見上げ、小さく呟いた。
 学校は休日。彼女が所属する、オカルト研究会や呪いサークル、卒塔婆パーティー同好会も、今日は活動がない。
 携帯電話で呼び出しをかけても、誰も捕まらない。最も、性格的には明るく、純真で問題がないとはいえ、常に周囲に怪奇現象を引き起こしまくる彼女に、休日まで好んで付き合いたい、という酔狂な人間がいない、というのが実態なのだが、彼女にはその自覚が欠けていた。
 広い室内を見回す。
 そこには、上品で高価なアンティークの家具や、調度品がセンス良く並んでいたが、その隙間を埋めるかのごとく置かれている、禍々しいともいえる数々の曰くつきの品の所為で台無しになっていた。
 彼女は、手近にあった巨大な藁人形を抱えると、これまた巨大な五寸釘を刺し始める。
 暫しの間、辺りに響く不吉な音。
「これ、今の時間帯にやっても面白くないし……」
 彼女はそう言うと、藁人形をベッドの方へと放り投げた。
 トスン、と軽い音がして、それはふかふかのベッドに包み込まれる。
 次に彼女は、室内をうろつき、凶悪な顔つきをした、どこの国のものとも分からないお面を、部屋の隅に立てかけてあった卒塔婆でつつき始めた。
 だが、それにもすぐに飽きてしまう。
 彼女は溜息をつきながら、再び窓際に近づくと、手を組み、空に向け、祈るような面持ちで声を発した。
「ああ……誰か、私をどこかに連れてって!」
 『私をどこかに連れてって!』


 何処とも知れない場所にある、何やら特別な人間だけが辿り着けるという『アンティークショップ・レン』。店主の碧摩蓮は、いつものようにパイプから紫煙をくゆらせながら、窓の外を見ていた。
 すると、人影がこちらに近づいてくるのに気づく。
「おや?あの子だ」
 程なくして、店のドアが軽くきしむ音を立てて開いた。
「いらっしゃい」
「こんにちは〜」
 黒髪の少女は、笑顔で蓮に挨拶すると、早速店内を物色し始めた。
「これなんかどうだい?新しく入荷したんだけどさ」
 そう言って蓮は、陳列されていた翠の石のついたピアスを摘み上げると、少女の前に差し出した。無論、この店で取り扱っているのだから、曰くつきの品物である。
「わぁ、綺麗!……でも私、ピアスしないんですよね……」
 そこへ、奥の部屋から、まるで中世の貴婦人のようなドレスを身に纏った鹿沼・デルフェスが、静かな足取りで出てきた。
「マスター。これから買い付けに行ってまいりますわ」
「ああデルフェス。頼むよ」
 蓮が煙を吐き出しながら言う。すると、それを隣で見ていた少女が、興味深そうに口を挟んだ。
「あの、買い付けって?」
「これから曰く付きの品を引き取りに行くのですわ」
 デルフェスは、優雅な微笑みで答える。
「わぁ、面白そう!私も一緒に行っていいですか?今日、すっごい退屈してたんです!」
 それを聞き、デルフェスは暫し考え込んでから、口を開いた。
「……今回の依頼は、それ程危険ではないと思いますし……マスター、どう致しましょう?」
 彼女の問いに、蓮はまた煙を吸い込むと、期待の目をこちらに向けている少女の顔を見ながら、やがて口を開く。
「まぁ、いんじゃない?あんたに任せるよ」
「……では、ご一緒に参りましょう」
「やった〜!ありがとうございます!」
 飛び回りそうなほどの勢いで喜び、感謝の言葉を発する少女に、デルフェスは穏やかに微笑み返した。


「そういえば、お話しするのは初めてですわね。常連の方なので、お顔はよく拝見致しておりましたが。わたくしは、鹿沼・デルフェスと申します」
 ドレスの裾を摘み上げ、優雅にお辞儀をしたデルフェスに、少女もゆっくりとお辞儀を返す。
「私は、御稜津久乃です。鹿沼さんって素敵なお名前ですね。和洋折衷というか」
 何とも微妙な褒め言葉だったが、デルフェスは特に気にはしなかった。
「ありがとうございます。津久乃さまも素敵な響きのお名前ですわね」
「ありがとうございます!よく言われるんですよ。『凄い名前だね』って」
 そう言って笑顔を見せる少女――津久乃だったが、実際のところは、禍々しい響きの名前に『凄い』と言われているだけであることに、本人は全く気がついていない。
 冬も深まり、空気は冷たいものの、空は青く、雲ひとつない快晴だった。
 輝く太陽が、凍えた身体を温めてくれる。最もデルフェスは、中世時代に錬金術によって創られたミスリル製のゴーレムなので、気候の変化にあまり左右はされないが。
「あら……?」
 空を見上げ、デルフェスは不思議そうに呟く。暗雲が、急に空に立ち込めてきたのだ。それも、二人の真上だけに。
「ああ、私が誰かとお出かけしようとすると、いっつもこうなんですよ。私って雲に好かれてるのかも……あ、でも雨は降ったことないので大丈夫です」
「それなら心配はないですわね」
 和やかに談笑する二人だったが、そもそも人間の上だけに雲が発生することがおかしいという部分には一切触れられなかった。
「わたくし、いつもはマスターとご一緒するか、ひとりで買い付けに行くので、他の方とはご一緒したことがありませんの。ちょっとしたお出掛けで嬉しいですわね」
 デルフェスは、女性護衛用に造られたゴーレムなので、基本的に女性に甘いよう命令が施されている。そう言って微笑む彼女に、津久乃も笑顔を返す。
「それで……どこに行くんですか?」
「魔女の洋館ですわ」
「魔女の洋館ですか!?素敵!」
 津久乃はそれを聞くと、手を組み、夢見るように遠くを眺めながら言う。
「でも、魔女のお家って、普通人里離れたところにあるものじゃないんですか?」
 デルフェスはその問いに、少し考えを巡らせ、答えた。
「そうですわね……でも、時代は流れている、ということかもしれませんわね」
「そうですね。魔女だって、都会に進出しないと、やっていけないかもしれないですし。働き口とか」
 妙な納得の仕方をする津久乃に、デルフェスは穏やかに頷いた。
「魔女に会えるのかなぁ……楽しみ〜!」
「いえ。魔女はもう、退魔士の方が倒されましたから」
「ええ!?」
 そこで、急に驚きの声を上げた津久乃を、デルフェスは不思議そうに見る。
「魔女が大麻死ですか!?」
「いいえ、魔女は魔女で、退魔士は別の方ですわ」
「とにかく、大麻死した人がいるんですね?」
 何となくその言葉に違和感を感じたデルフェスだったが、とりあえず、頷いた。
「はい。退魔をされた方がいらっしゃるんです」
 津久乃はそれを聞き、物憂げに俯くと、ゆっくりと口を開く。
「私、大麻とかって、良くないと思うんです」
「どうしてそう思われるのですか?」
 首を傾げたデルフェスに、津久乃は答える。
「だって……命に関わることですし」
「そうですわね……確かに危険なことではありますわね」
「でしょう!?」
「ただ、そういう方がいらっしゃることで、世の中が救われているのも事実ですわ」
「救われてる……?ああ、そうですね、大麻は使い方を間違えると危険ですけど、有効活用出来る部分もいっぱいありますよね」
「ええ、その通りですわ」
 こうして、内容がずれたまま、二人の会話は続いていった。



 やがて、目的地へと辿り着く。
 途中、電信柱が倒れてきたり、水道管が破裂したり、妖怪に道を遮られたり、曲がった老婆の腰が急に伸びたりと、様々な出来事があったのだが、津久乃にとっては日常茶飯事であったし、デルフェスも津久乃に被害が及ばなかったので、特に意に介さなかった。
 魔女の館は、閑静な住宅街の一角に、ひっそりと佇んでいた。生い茂る木々に囲まれたそれは、アールヌーヴォー調で、中々洒落ている。
「素敵〜!」
 それを見て、津久乃が感嘆の声を漏らした。二人は、白いアーチをくぐると、玄関口まで進む。そしてデルフェスは、大きな扉に手をかけた。
「勝手に入っちゃっていいんですか?」
「ええ。もう魔女はいませんから……あ、でも退魔士の方が待っていらっしゃると思いますけれど」
「え?大麻死した人が待ってるんですか?」
「はい、買い付け依頼を頂きましたし、お待ちになっていると思いますわ」
 デルフェスにそう言われ、津久乃は暫く考え込んでいたが、やがて合点がいったように、手を軽く叩く。
「そうですね。今の時代、幽霊とかは別に珍しくないですもんね」
「そうですわ。不思議な品物がなければ、わたくしたちのお店はやっていけませんもの」
 ここまで来ても、二人の会話は依然噛み合わないままである。


 館の中には、豪華な調度品が並ぶ。
 津久乃は、そのひとつひとつを眺めながら、デルフェスの後へとついていった。
「確か、魔女の私室でお待ちになってるはずなのですけれど……どこかしら?」
 すると、後方で音がする。
 デルフェスが振り返ると、飾られていた中世の騎士の甲冑が、津久乃に向かい、倒れて来るところだった。
「津久乃さま、危ない!」
 彼女は、急いで津久乃を抱え、移動する。甲冑が派手な音を立て、真紅の絨毯の上に転がった。
「良かったですわ……津久乃さま、お怪我はございませんか?」
「はい、ありがとうございます!」


(ふふふ……いい『贄』が来おったわ……)
 魔女の私室。
 そこで、戦利品である、魔力が付与された服を持った退魔士の上を、ひとつの意識体が浮遊していた。退魔士によって倒されたものの、高齢ながらも自らの魔力により、妙齢を保っていた程の力を持った魔女である。身体は滅ぼされても、意識体として、ずっと復活する機会を窺っていたのだ。巧妙に隠れているため、退魔士も気づいてはいなかった。
(……少々奇妙な気配はするが、見た目、そして若さ共に申し分ない。あの身体を妾のものにしてくれる)
 彼女の『目』には、津久乃の姿が映っていた。


「一階にはどなたもいらっしゃいませんでしたね……二階に上がってみましょう」
「はーい」
 そう提案したデルフェスに、津久乃は素直に頷く。
 広い屋敷なので、見て回るのにどうしても手間が掛かってしまう。
 緩くカーブを描く大きな階段を、二人は静かに上っていく。階段にも、絨毯が敷き詰められていた。
 二階にも、様々な調度品と、幾つもの部屋があった。そのひとつひとつを見て回りながら、ようやく奥まった場所に、開いているドアを見つける。
「きっとあちらですわ。津久乃さま、参りましょう」
 中へと入ると、そこは今までのどの部屋よりも広かった。周囲には、やはり豪華な調度品が並び、魔術の道具と思われるものも沢山あった。
「あ、何か、魔女の部屋って感じですね〜」
 津久乃が周囲を見回し、嬉しそうな声を上げる。
「『アンティークショップ・レン』の者か?私が買い付けを頼んだ退魔士だ」
 そこには、黒服に身を包んだ、痩せぎすの壮年の男がいた。眼光の鋭さが、常人ではないという雰囲気を漂わせている。
「はい。お待たせ致しました」
「幽霊にしては、随分はっきりしてますね」
 津久乃が不思議そうに男を見る。
「幽霊?何のことだ?」
「だって、大麻死した人でしょう?」
「ああ、私は退魔士だが」
「おかしいなぁ……」
「これが、買い付けを頼んだ品だ」
 男は、ひとりでぶつぶつと呟いている津久乃を無視することに決めたのか、デルフェスに向き直ると、鈍く光沢を放つ、紫のロングドレスを差し出した。
 その時。
 突然、床がめきめきと音を立て、そこから巨大なたけのこが生えてきた。
 一メートルはあるだろうか。そのたけのこは、穴の空いた床から抜け出すと、部屋をぴょんぴょんと飛び回り始める。
「何だ!?これは!?」
 男が慌てて身構える。
「さあ……でも、魔女の仕業とは思えませんわね。旬にはまだ少し早いですし」
「そういう問題か?まあ、でも確かに邪気は感じられないが……」
 デルフェスは男の言葉に頷くと、たけのこを横目で見ながらも、品物の鑑定を始める。
 津久乃は「可愛い!」といいながら、たけのこを追いかけ、部屋の中を駆け回っていた。
 そこに現れる影。
 最初に気づいたのは、デルフェスだった。
「あれを見て下さい!」
 男も、そちらに視線を遣る。
 そこには、長身の美女が、妖しげに微笑む姿があった。身体は半透明で、それを通して部屋の壁が見える。
「お前!?私が倒したはずだぞ!?」
 女は、妖艶な笑みを浮かべたまま、頭の中に直接響くような声で答える。
『お主のような低俗な輩に、妾が滅ぼせると思ったか!この娘の身体、妾が貰い受ける!』
 そして女――魔女は、津久乃を目掛け、襲い掛かった。
「津久乃さま!」
 デルフェスが意識を集中し、『換石の術』を発動する。その瞬間、津久乃の身体は石化した――と同時に、部屋を一周してきた巨大たけのこが、ダイヤモンドよりも硬い石となった津久乃に思い切りぶつかり、その反動で魔女へと向かい飛んでいく。

 結果。
「きぃー!悔しい!妾がこんな屈辱的な姿になるとは!いっそ殺せ!そしてもう一度、あの娘を乗っ取る!!」
 中身が魔女のたけのこが出来上がった。
「あの……今度は、きちんと退魔をお願い致しますね。こちらはお代ですわ」
「ああ、面目ない。今度は強力な魔法陣を創り上げ、術を使う」
「では、またのご利用をお待ち申し上げておりますわ」



「ああ、楽しかった〜!本当にありがとうございました!」
「それは何よりですわ」
 夕暮れの迫る街並みを、デルフェスと津久乃は並んで歩く。
「あ、私、そろそろ帰らなくちゃ……そうだ!」
 津久乃は手に持ったバッグを探ると、中から何かを取り出す。
 それは、手のひらほどの大きさの藁人形だった。紅い紐が、人形の首を絞めるかのような形でついている。
「これ、私の携帯ストラップと同じものなんです。良かったら、貰ってくれませんか?今日のお礼です」
「ありがとうございます。素敵ですわね」
 正直、デルフェスの趣味では全くなかったのだが、突き返すのも失礼と感じ、彼女は素直にそれを受け取ってしまう。
 津久乃は満面の笑みを浮かべると、ひとつお辞儀をし、こちらへと背中を向けた。


 津久乃と別れた後、店に向かいながら、渡されたものをまじまじと見る。
「これ、どうしましょう……マスターのご趣味でもない気がしますし……とりあえず、名前でもつけてみようかしら」
 無理矢理前向きに考えてみるが、中々いい案が浮かばないデルフェスであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員】

■NPC
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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■鹿沼・デルフェスさま

初めまして。今回は発注ありがとうございます!鴇家楽士(ときうちがくし)です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

いきなりですが、すみません……ご趣味ではないと思われるものを、贈り付けてしまいました……アイテム欄をご確認下さい……藁人形ストラップが(汗)。

そして、毎回迷うのが、口調と雰囲気です。
あのような感じになりましたが、大丈夫でしたでしょうか?鹿沼・デルフェスさまからは、PCさまの口調でプレイングを書いて頂けたので、掴み易かったのですが、それでも、イメージ通りに仕上がっているかどうかが心配です。

あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです……

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。