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■星の綴る物語■

はる
【1252】【海原・みなも】【女学生】
『お客人。よくない卦が出ておるぞ』
 ふらりと訪れた店先で、カウンターに寝そべるイグアナ(自称)が声をかけてきた。
「冗談はよしてくれよ」
 薄気味悪くなって、店の中を見回したが店主をはじめ、看板娘の姿も見当たらない。どうやら二人とも席を外しているようだ。
『暇をもてあますのも、なんだ。主殿が戻られるまで我がおぬしの運勢を占って進ぜよう』
 ありがた迷惑な話である。が、イグアナは貴方の迷惑そうな様子も無視してカウンターから滑り降り窓際にあるソファーセットのほうへ、ほてほてと歩き出した。
『何をしている、こっちにくるのである』
 貴方の未来は爬虫類の手の内にゆだねられることに……?
星の綴る物語 〜アフロディテの呟き〜

「ここは……?」
 今時珍しい、少し時代の趣を感じさせる清楚な濃紺のセーラー服。胸元で結ぶタイプの赤い可憐なリボンがよく似合っている。
 彼女は友人の付き添いで、学校帰りによく当たる占い師に会いに来た海原 みなも。この近くの公立中学校に通う少女である。
 肝心の噂の占い師を探している途中で、友人と逸れ歩いていたところ。覚えのない建物に、興味をひかれ足を止めていた。
 蔦の生い茂る、古びた洋館。表には何の看板も出ていないが、どうやら何かの店舗のようだ。
「こんなところにお店があったんですね」
 なんのお店なのでしょうか?おそるおそる、みなもはドアを押し開けた。
 重そうに見えた黒塗りの木の扉は以外に軽く、軽やかなドアベルの音を響かせ内側に開く。
「わぁ………」
 ガラスの入った棚に飾られた色鮮やかな絵皿や、ティーカップ。壁際に備え付けられた、重厚な木製の棚にも可愛らしい人形や凝った細工物が並び、天井から下げられた花びらのようなランプシェードには鳥や蝶が遊んでいる。
「これと同じもの、テレビで見たことがあります」
 カウンターの内側にある古めかしいキャッシャーの手元を照らすランプを見て、みなもが目を丸くする。雰囲気の良い、アンティークショップというのが彼女のうけた印象だった。

『……客人であるか…』
「きゃっ」
 そのとき、入り口すぐのカウンターの上でのそりと顔を上げたものに、みなもは思わず小さな悲鳴を上げた。
 黒い鱗は傍のランプを映し、てらてらと輝き、みなもの苦手な台所の無法者を連想させる。
『主殿は、ただ今外出中なのである。暫く待つがよい』
 悲鳴に気を止めず、それはたしたしとカウンターの端を、その長い尻尾で軽く叩いた。頭の先から尻尾の先まで入れれば1メートルを越す大きな爬虫類。
「トカゲさんが店員さんですか……」
『我はトカゲではない!イグアナなのである!!』
 この見事なとさかが目に入らぬか!と憤慨して、その短い前足でてしてしと自身の頭部を叩き主張するが、肝心のとさかに足が短すぎて届いていない。
「ご、ごめんなさい」
『分かれば良いのである。……うぬぬ、お主の星の行く末に、何やら影が見えるのである』
 まじまじとあわてて素直に頭を下げるみなもの顔を覗き込み、自称イグアナはそう口を開いた。
「え?」
 もしかして、このイグアナさんが噂の良く当たる占い師さんなのでしょうか?
『丁度よい、占って進ぜよう』
 娘、こっちに来るが良い。イグアナは先に立って窓際のソファーへ、ほてほてと歩いていった。
「あ、あの……」
 イグアナさんの見料って、おいくら位なのでしょう。手持ちが心もとないのか、みなもが慌ててイグアナを呼び止める。
『む?若い者が無粋なことを気にするでない、これは我の道楽ゆえ人間の貨幣などいらぬ』
 どうやら無償で占ってくれるようだ。その言葉に財布の中身を頭の中で数えていた、みなもがほっと胸をなでおろした。
『しいて何かくれるというのであれば……終わった後にでも、我に接吻をくれればよいのである』
 足を止めたイグアナが、床からみなもを見上げ、おどけてくるりとその丸い目を回して見せた。
「…えっと、せっぷんて何ですか?」
『………分からないのなら、良いのである……』
 今時の女の子には、イグアナの古風な言い回しが通じなかったようである。小首を傾げたみなもの様子に心なしか肩を落とし、落胆したイグアナはまたほてほてと歩き出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 黒いイグアナはシンと名乗った。
『遥か海の向こうの大陸の言葉で、星を表す名なのである』
 我に相応しい優美な名であろう。とイグアナが胸をはる。爬虫類に優美も何もないと思ったが、みなもは曖昧な笑みを浮かべるだけに留めた。
「あたしは海原 みなもです」
『ふむ、綿津見の水面か…美しい良い名であるな』
 みなもの名を数回、口の中で呟きイグアナが器用に床からテーブルに這い上がった。促されるまま、みなもはその隣のクッションの深いソファーに腰を下ろす。
『では、はじめるのである』

 イグアナの言葉と共に、辺りは闇に包まれた。
『慌てなくても、良い。これは主の未来を見るために、我が作り出した見せ掛けの空間なのである』
 突然の事に、驚いて立ち上がろうとするみなもを、イグアナの声が押し留める。
『心静かに、座っているのである』
 ざわめきは、未来を見るのに余計な漣を立てるのでな。坦々としたイグアナの言葉に一先ず、ソファーに座りなおしたみなもは辺りを見回した。
 ぽつ、ぽつ、ぽつと闇の中に幾つかの光が見え、いつの間にかみなもの周りには無数の光に溢れ、宇宙の中にいるようだった。その中の一つ、一際眩い光を放つ水色の光の傍にイグアナが姿を見せる。
『これが、お主の星なのである。周りに見える星が、お主の周りにいる人々の星』
 それは既に出会っているものもいるし、まだ出会っていないものもいる。この空間がみなもの人生を映しているのだ、とイグアナはいった。
「これがあたしの人生ですか」
 周りに広がる光景の美しさに、みなもが息を呑む。
『ふむ、お主少々、己に自信がないようなのである』
 瞬きを繰り返す星を見つめイグアナが目を細めた。
『将来…この先のことで随分と迷っているのであるかな?』
 若いのう。とイグアナが喉で笑い驚いているみあおを振り返る。
『若いうちに悩むことは大切なことである、悩みすぎて自分を見失うことがなければこの先上手くいくであろう』
 さてと、先ほどの気がかりなことを見てみるとしようかの。
『広がりは申し分ないのである、むむ、むむむむ、これは……』
 みなもの星だといった光に顔を近づけ、唸り声を上げたイグアナは、前のめりになって覗き込む余り、光の中に頭を突っ込んだ。
 どてんっ、と、音がして二人を包んでいた空間が霧散する。テーブルにいたはずのイグアナの姿まで消えていた。
「シンさん!?」
『…鯉は魔性、鯉の鱗は鱗が硬い…水面に浮かぶ泡はやがて弾けて女神が生まれる……女は化ける…化けるは狐…お主は将来狐になるであろう………』
「シンさん!大丈夫ですか!?」
 テーブルの反対側に落ちて伸びていたイグアナは、頭でもうったのか意味不明な言葉をうわ言のように呟いていた。
 駆け寄ったみなもが肩をゆするが、うわ言を繰り返すだけで意識がない。
「鯉?狐??いったいなんのことでしょう……」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 柱時計が6つなる。外はもう真っ暗である。
「大丈夫ですか?」
 ぐったりとみなもの膝の上に、頭を乗せていたイグアナのおでこには、大きなこぶができている。
『……面目ないのである………』
 声が心なしか嬉しそうなのは気のせいか。
『さて、占いの続きだが……無理に相手に合わせようとするのではなく、お主らしく行けばよい』
 さすれば、道は自ずと開かれるであろう。イグアナが厳かに告げるが、みなもの膝の上で鼻の下を伸ばしたままでは、あまり様になっていない。
「はい」
『主の人生はまだ長い、主らしく生きることが、異性と出会うよい近道になるである』
 それにの…
『ほれ、どこぞの美の女神とやらは綿津見の小さな泡から生まれたというのである。時が来れば、綿津見に抱かれた名を持つお主も、いずれ美しい娘に成長するのである』
 悩みすぎることはない。イグアナの言葉に少し頬をそめみなもは素直に頷いた。

 遅いのでもう帰ります。と、暇乞いの言葉を口にしたみなもをイグアナが呼び止める。
『お守りなのである。これをもっていれば、きっと良い出会いが訪れるのである』
「うわぁ……きれい」
 一旦カウンターの中に消えた、イグアナが金色の細長い小さな筒を咥えて戻ってきた。万華鏡になっているという言葉に、天井のライトに向けて覗き込む。確かに中にはキラキラとした、色とりどりの模様が踊っていた。
「ありがとうございます」
『今度は主殿がいるときに、また来ると良いのである』
 端についている金具に紐を通せば、携帯電話のストラップにも使えそうだ。
 手を振るみなもに、イグアナが何時までもその短い前足を振っていた。

「みなも、どこにいってたのよぉ」
 小道を抜けると、逸れていた友人が駆け寄ってきた。
「今ね、噂の占い師さんに占ってもらったの」
 え、嘘!どこで!!と詰め寄る友人に笑いながら後ろを振り返った、そこにあるのは無機質なコンクリートの壁。みなもの視線の先に、先ほど自分が出てきた小道はなかった。
「………あれ?」
「ちょっと、どこで占ってもらったの」
 スカートのポケットの中には先ほどイグアナから受け取った、万華鏡の感触がある。それが先ほどの出来事が夢ではないことを告げていた。
「……うーんと、内緒」
 これから先は長いのだから、顔を上げて歩いていこう。ポケットの中の万華鏡を握り締め、みなもは街灯が灯りだした街に足を踏み出した。





【 Fin 】





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】

【NPC / シン】


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■         ライター通信          ■
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海原・みなも様

初めまして、駆け出しライターのはると申します。
今回は座敷イグアナと遊んでいただきありがとうございます。
将来のことで悩んでいらっしゃるということですが、みなもさんのような素敵なお嬢さんなら、きっと素敵なお相手が現れると思います。
是非、素直な心を大切に素敵な女性になって下さいませ。
調子にのった座敷イグアナがセクハラを仕掛けてしまい、申し訳なく……(汗)
今回のことがみなもさんの指針の一つになることができたかどうか…分かりませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

御参加ありがとう御座いました。