■神の剣 試練:影の剣士■
滝照直樹 |
【2276】【御影・蓮也】【大学生 概念操者「文字」】 |
「試練?」
「そうだ」
蓮の間で一緒に蕎麦を食べているエルハンドと織田義明。
猫がじゃれつく中で、至って真面目な顔をする師匠に義明は
「どんな試練なのですか?」
と、真面目に聞いてきた。
天空剣は通常の剣術と違い、超常能力である。あらゆる武器を持って神の奇蹟を形にする。作った者が神だからと言う事もあるが、実際“表の世界”の物差しで測れない。単純に神秘力を武器に上乗せして敵を倒す術で、所詮対神秘対策に長けているIO2の科学力でも限界がある。エルハンドが彼らと協力することで監視対象からも逃れられているのだ。
義明とて例外ではない。しっかり世界の中で“現人神で1柱”になれば、IO2も黙っていられないだろう。存在自体が危険になるのだから。
「私の兄、エルヴァーンと戦って打ち勝て」
「影舞使いの……」
「本人はあまりお前と会いたくないとは言っているが、闇と影を斬るというなら、アイツに勝たないと先、廃人が“抑止力の座”になるだけだ」
「……」
神に勝ち、神格位を完全なものとする。ことらしい。
「……わかりました」
義明は、まだ傷の癒えない右手のままこの試練に立ち向かうことになる。
――無茶な事を。
気配を消して一部始終眺めていた金色の猫は思った。
エルハンドの兄エルヴァーン。影を使う天空剣剣士であり、神。
まだ不安定な神の子と完全な神の戦いが始まろうとしている。
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神の剣 試練:影の剣士
「試練?」
「そうだ」
蓮の間で一緒に蕎麦を食べているエルハンドと織田義明。
猫がじゃれつく中で、至って真面目な顔をする師匠に義明は
「どんな試練なのですか?」
と、真面目に聞いてきた。
天空剣は通常の剣術と違い、超常能力である。あらゆる武器を持って神の奇蹟を形にする。作った者が神だからと言う事もあるが、実際“表の世界”の物差しで測れない。単純に神秘力を武器に上乗せして敵を倒す術で、所詮対神秘対策に長けているIO2の科学力でも限界がある。エルハンドが彼らと協力することで監視対象からも逃れられているのだ。
義明とて例外ではない。しっかり世界の中で“現人神で1柱”になれば、IO2も黙っていられないだろう。存在自体が危険になるのだから。
「私の兄、エルヴァーンと戦って打ち勝て」
「影舞使いの……」
「本人はあまりお前と会いたくないとは言っているが、闇と影を斬るというなら、アイツに勝たないと先、廃人か“抑止力の座”になるだけだ」
「……」
神に勝ち、神格位を完全なものとする。ことらしい。
「……わかりました」
義明は、まだ傷の癒えない右手のままこの試練に立ち向かうことになる。
――無茶な事を。
気配を消して一部始終眺めていた金色の猫は思った。
エルハンドの兄エルヴァーン。影を使う天空剣剣士であり、神。
まだ不安定な神の子と完全な神の戦いが始まろうとしている。
「義父様、無茶なことを!」
話を聞きつけた鹿沼デルフェスが蓮の間に駆け込んできた。
――いや全く無茶なことだ。
天井裏で欠伸をしている猫が思っている。
「無茶ではない。その時期になっただけだ」
何も動じないエルハンド。
「あのままでは、抑止の座につくだけになる。自身の破滅に他ならない」
「しかし、義父様。義明様が“神”となった場合、IO2と……」
「義明の考え次第関係なく、敵対することになるな」
「そ、そんな!」
「既に、この戦いをIO2は監視している。被害規模が多ければ義明は捕縛されるだろう」
冷淡に話すエルハンド。
彼の真意がつかめないデルフェスは
「義父様の考えておられることが全くわかりません! 何を……何を……」
と、言って蓮の間から去っていった。
――そう、一番親しい茂枝萌と渡辺美佐に会い、義明と共に共闘するため。
――で、俺はどうするかな。
猫は背伸びし、欠伸をして先をみた。
――4か。一人は俺に会う前に義明と戦うらしいな。あとは運を斬る物を……
足音も建てず、彼は蓮の間の天井裏から消えた。
「撫子、その格好はどうにかならないかな?」
デニムの格好の義明が、巫女服で襷がけの撫子に言う。少し違和感がある。
「大事な試練、わたくしも受けます。共に歩くと……」
「其れはわかっている。それに撫子が気合い入れているのはわかるけどさ」
溜息をついている義明。
「俺自身の戦いだからな、エルヴァーン師兄との戦いは……」
「でも、全て背負い込みは……腕がまだ完治してません」
「心配ありがとう」
相変わらずの笑みを零す義明。
変わったようで変わっていない。
平穏を願う彼女もまた、彼の心をわかっている。
――まったく、困った人です。
少しフグになる撫子。
「?」
義明は首を傾げ歩き始める。
「相手は既に察知していると思えばいいか……」
「どういう事で……」
「あぶない!」
「きゃ!」
義明が撫子を抱き寄せて、跳ぶ。その地面には影で出来たダートが数本突き刺さる。そしてそれは、地面に消えていく。
「小さいのに、あれほどの力を!」
「周囲破壊はあっちも控えているみたいだ。気配が消えた……」
電柱の上で撫子を横抱き(俗に言うお姫様抱っこ)して義明が言う。
「あの〜義明君」
「なに?」
「この状態、少し恥ずかしいのですが……」
赤面する撫子に義明は理解した。
「むむむ」
しかし足場のない電柱からおろすのはむりなので、そのまま通りに降りる。
「気配は消えたのは良いが……単に察知出来ないだけか」
「龍晶眼で“視ます”」
「……いや、まだ力に頼るのは早い……」
「どうしてです?」
「まだ、撫子も制御が出来てないだろう?」
「む、わたくしだって!」
なにか、意見の食い違いで口論になりそうな雰囲気に、
「おい、義明!」
「蓮也」
傘と太刀を持った少年御影蓮也がやってきた。
運命を斬る御影一族である。
「義明、影は消えない、斬ることが勝つ事じゃないと思う」
「其れぐらいわかっているさ。“斬る”には他に意味がある」
「それなら良いけど……。俺も助太刀する」
蓮也もやる気満々だった。
「皆、勘違いしてないか?」
ため息吐いている義明
「え?」
「これは、俺と俺に関わる……蓮也!」
「蓮也様!」
二人は蓮也の異変を気がついて、驚くともに少し離れた。
「どうした? 皆驚いて?」
蓮也は自分の状況がわかっていない。
わかったとき既に遅すぎた。
「影に……喰われて……“自分”の……?」
そう、蓮也は自分の影がどんどん渦になり、其れに食らいつくされて、跡形もなくその場から消えた。二人が避けたのは、本能的に其れを避けたのだ。
「陰に“門”を開けて……」
時間を操る事に匹敵するいや、同類になる運命を斬る力を持つ蓮也の存在はエルヴァーンには鬱陶しい相手らしい。幾ら未完全であろうと……。
「やはり龍晶眼を……!!」
撫子は念じて、世界を視る事に。
すでにあやかし荘周辺を良く見える廃屋に茂枝萌と渡辺美佐が待機していた。事によってはシルバールークの砲撃で、この周辺を無くすことがNINJAとシルバールークの任務である。
「御影蓮也が消失よ。影に飲まれて」
美佐は溜息をついて報告する。
「神がいっぱい居ると困るね」
対神兵器に取り替えたとて、影界を行き来できる神とどう戦えと言うのだろう?
「はあ、織田さんと影使いの神かぁ……」
片方の神と戦い封印するのは良いのだが、織田との戦いには抵抗を持つ。
情が移ったのかも知れない。
IO2とわかっていても何も無かったように接する義明達に……。
「萌ちゃん、今回は大事にならない限り大丈夫だって、のんびりしましょう」
萌の心配をよそに美佐は彼女を抱きしめて彼方此方触る。
「もう! 今仕事中……うっぷ!」
「お二人共なんて羨ま……いえ、何て破廉恥な!」
走ってきたデルフェスの第一声。
美佐は勝ち誇ったようにデルフェスを見る。
デルフェスは萌を取られた事に悔しがっている模様。
――なにをしているんだか。楽しいけどな
落ち着いたデルフェスは何とか2人に説得するが、
「仕事だし……エルヴァーンというのが何を考えているか、織田義明が危険人物とわかった場合殺害すると言うことには変わりないわよ?」
美佐が冷静に言う。
「強大な力をもってして、それが世界全体の驚異になるなら殺す……しかないわ」
萌も同意しているが、少し躊躇いがちだ。
「それならエルハンド様は!?」
「彼は殺そうとしても殺せないし、世界とやらの制約で制限されている。本人が無茶したらこの世界から追放されるからいいらしいのよ、研究者側からの話ではね。それに対カルトや対虚無に対しての貢献もIO2は認めきゃならない程に……」
美佐は肩をすくめる。
「嘘を司る神であれば信用できないけど、エルハンドさんはそうじゃない。ですが……」
二人は件を“仕事”として捉えている。
「そ、そんな。今まで……」
「過去は過去です。デルフェスさん。幾ら三滝や他の戦いで共に戦った事は過去のことです。織田義明との共闘はまず無いと思って下さい」
溜息をつく美佐。
何か言いたげだが、萌も頷く。
今の自分では無力と感じたデルフェスだった。
蓮也はここが何処か分からなかった。
「ようこそ、俺の世界の一部に」
周りが暗闇とも言い難い暗い空間に声が響く。
「エルヴァーンか?!」
「そうだが、何か?」
声だけが前方向から聞こえるため、気味が悪い。
其れに気配が読めなかった。
「運命を変える力……其れは結局破滅しかない。此処で死んで貰おう、天空剣門下生、御影蓮也」
「なに!?」
構える蓮也。何とか自分の意志で空間の“上下”をつかめたようだ。
「忘却と破壊を望む悪しき者に恋に落ちたる愚かな者。弟と違い……容赦せん」
暗い空間から黒い弾が蓮也を突き抜ける。
「ぐはぁ!」
その衝撃に力が入らなくなっていく。この空間で、黒いものは見分けがつかない。
たしか、影の魔物は生命力の一部である筋力を吸い取るという。
もし其れが無くなったとき、己も影になると……聞いたことがあった。
「ほ、本気か……せ、折角笑顔が戻ったというのに! 宿命を変えられると……」
重たく感じる太刀を杖代わりにして次の攻撃に備える。
しかし意外なところから現れた。
金色の猫が現れた。
「なぜ? 金色の……猫……?」
この世界に似つかわしくない姿の猫。
その、数秒の隙が彼の命取りだった。
「天空剣影神流……」
蓮也は、猫が赤く染まっていくのを見ながら意識がとぎれた。
彼の身体には沢山の短刀が幾本も突き刺さっていたのだ。
「ほう、弟弟子が兄弟子に……」
エルヴァーンは陰から様子をうかがっている。
大きな鎌をもち、黒い服装の男が義明に向かっていった。
田中裕介である。
「エルヴァーン様を見つけました! この先5kmです」
撫子が義明に伝えるが、
「いや、その前に相手しなきゃ行けない人が来た」
「え?」
義明は水晶を身体から出した。
「鎌を制御するために門下生になった。しかし、神の力を得ること、陽の神からでは真の力は得られないことを知った。そして、一度は本気で戦いたい……ですね? 裕介さん」
「田中様……」
目の前に現れた相手、田中裕介に驚きを隠せない撫子に、対照的に冷静な義明
「そう言うことです。神格覚醒だけで全て済むものではないと、其れをあなたが教えてくれました。義明君」
暗闇の中で、大鎌を振る裕介。其れは如何にも死神を連想させる。
「今、君達の最大の弱点を明らかにしてあげます! そして、倒れて下さい!」
一瞬にして、彼は義明を鎌の間合いまで詰めた。
避ける二人。
大鎌には振り回すための横棒がつく。もともと農具が武器に転化した物のために、見た目は不格好だが、大振りでなぎ払い、人の身体を二つに切り落とすにはかなり効果的になっているものだ。もしその刃が過去の日本刀と同じ作りであれば尚更である。其れに裕介の大鎌は呪物。刈った物の力を吸い取る事も可能だ。
身体能力と神格の障壁で切り抜ける撫子と義明だが、撫子は彼らの行動に疑問がよぎる。
「どうしてですか? あれほど仲が良かったのに!」
「剣客というのは、そう言うものです」
「義明君!」
「ま、恨みっこ無しだが、本気で殺さないと……死ぬな」
――何故そこまで冷静、いや冷淡になれるの? 義明君?
撫子は義明にも裕介にも完全に殺意と対抗心を持っていることに、寒気を感じた。
鎌を振りおろした後、ある位置に義明達を誘った裕介。
よく、花見を楽しむ桜並に公園の広場だ。
「ふー」
撫子は息を切らしていないが、義明が既に限界に来ているらしい。
大鎌の間合いと、“水晶”の間合いの差で深く追い込めないかららしい。
「良くかわしましたね。しかし、それは神格があってこそ。今からあなた達は只の一般人だ!」
裕介は何かを放り投げるかのように手をあげる。すると桜の木に黒いダートが突き刺さった。
一つの能力を除いて全て消滅した。
神格覚醒者二名の身体に異変が起きた。
「神格が……無くなった?」
水晶も消える。しかし、疲労感はぬぐえない。
「はうう!」
撫子は急激な神格消失の反動でそのまま倒れ込んだ。
「撫子!」
「完全な神格位で無い以上コレは解呪できません。魔力、霊力、神力、妖力、理力、法力、人間を上回る身体能力……その殆どを封じ込めました……」
裕介がとんでもないスピードで間合いに潜り込み拳をぶち込む。
追い打ちに、鎌の柄で足を払い今度はみぞおちに全体重をのせて、膝をめり込ませる。
「ぐはぁ!」
何故、この結界内で此処まで彼が動けるのか?
一瞬の出来事に義明はわからない。
「さて、お前の欠点は……能力が一足飛びなのだ。その事を常に考えろ」
――前にいわれたっけ? せんせーに……。
「あの“謎”にすら対抗できるほどお前はイレギュラーな存在だ。先天性神格保持者は。普通は先祖返り的に……天使か悪魔神の子孫であること……」
――ああ、でも、コレで終わりなのか……考えてみたら、常に其れを考えてなかった……。
「本来なら、神格位のまえに段階がある……それは神格同様……訓練から……発現し……」
義明はエルハンドに弟子入りしてからの事を思い出していた。それが……、
――ああ、コレは走馬燈なんだ
と理解したとき彼の力は抜けていった。
「だめぇ!」
「う……まだ息がある……」
血みどろの蓮也は意識を取り戻した。
「影。陰……、ああ、そうか。すっかり忘れていた。幻影か……。人の真似をする陰。陽の光あたると現れる鏡で、常に存在するもの。こう、薄暗いだけの世界は本物であり幻なんだ。あの矛盾した金色の猫がエルヴァーンの仮の姿なんだ……」
何十本も短刀を引き抜いたとき、何割かが“幻”だと気がついたのだ。
「幻術使い……だけど恐ろしいもんだな……いてぇ!」
最後の“本物”の短刀を引き抜いた蓮也はこの世界に大の字になって寝っ転がった。
「さて、どうやって抜け出せばいいか? そうしないと、義明に合流できない」
運斬じたいが無い以上、無い知恵絞って解決しなくてはいけない。
――無い知恵は余計だ!
よく見ると、この世界にも人が住んでいるようだ。ただ、彼らは蓮也に興味を持っているが特に手出しは出来ないようだ。磨りガラスのような棺桶に入っているからなのか?
「ああ、異界というか影界というんだったっけ? 俺が死んだ(?)から棺桶って……おい!」
確かに棺桶にはいっている。立っていられるほど大きい。檻の棺桶。
「趣味悪いな……こんなもの!」
苦笑して、檻を叩いてみる蓮也
「だ、だめだ“本物”だ」
へなへなと壁にもたれかかってまた考える蓮也。
そこで、首飾りが光った。
恋人がくれた首飾り。
悲しい宿命を何とかして切り開くため共に生きていこうと決意した時。
それが、気力となる。
「人間を……俺を舐めるな!」
手の甲に刻まれていた運斬の入れ墨が現れ光る。
概念展開が身体に作用し、念自体により小太刀二振りを具現化させた。
「月光、月影……」
其れは前の運斬に似たものだが月明かりのように光っている。
影界の住人は驚いているが檻に近づけない。もっとも太陽光並でないと連中は苦しまないが……。
「エルヴァーン、教えてやる。運斬とは……」
――運斬とは?
「運命からから定めを斬り悲しき命を解き放つものなり。御神天影流、真月・輝影斬翔閃!」
頭の中に「輝刃」と言う念が小太刀に光を与え、空間を斬り裂いた。
それは檻にも影界全体には影響はない。そのまま彼は元の世界に戻ることが出来ただけ。
あるのは、空っぽの棺桶だけだった。
――合格だな……。 どうだ? エルハンド……?
――……謎解きなのか、力尽くか判断しかねるね……
デルフェスは走った。
もう一度エルハンドを説得しなくては、と。
命の恩人であり、新しい命を吹き込んでくれた親がこんなに冷たい存在とは思いたくなかった。
しかし、阻む者がいる。
霊鬼兵のエヴァだった。
「え? エヴァ様?」
「あのね、エルハンドが今は近づけるなっていわれたの」
既に臨戦態勢のエヴァが怨霊を集め完全武装している。換石の術を数回止められるほど、いや跳ね返す程の怨霊だ。
「ま、間違っていますわ! 何故戦わなくては行けないのです!」
「あたしだって、戦いたくない!」
エヴァが叫んだ。
「生きている者全部の運命とはいわない。でもヨシアキがいることで、また虚無の境界の活性化や他のカルトが出来たらどうなるかわかる?」
「!?」
エヴァは過去全てを無にするところに属していた。
彼女もまた苦しい選択を強いられたのだ。
「IO2のほうも今回は多生派手に動いても良いって……。多分、神にも対抗できるからってさ……。結局人間は身勝手なのよ」
「エヴァ様……」
二人とも涙が止まらない。
二人とも“人造物”だから、人の心を持っていても、結局は道具なのだと思い知らされる時がある。では神にとって人間も自分たちも単なる道具なのだろうか?
「違いますわ……わたくしはそう思いたくない……」
デルフェスの言葉にエヴァは笑う。
「あたしも同じ考えだよ。……あたしも皆に会ってからそう思わなかったけど……。でも、今は通せない……」
「エヴァ様……」
「ごめん……デルフェス……」
エヴァは何かを高速詠唱すると、とたんに周りを怨霊小異界に作り上げた。
「Ghost’s World……虚無があたしに教えてくれた小結界よ……」
「……」
仕方ないの? と言っても始まらない。エルヴァーンとの戦いの意味が全くわからなくなってきたデルフェスだった。今は、無尽蔵の怨霊と自分の神格付き錬金術の力のぶつかり合いが起こる事でどちらかが倒れる迄続けられる事しか理解できなかった。
「だめぇ!」
撫子の叫びが封印結界内に木霊する。
「あきらめては、諦めてはダメ! あの時何度も…」
既に裕介に全てを封じられている撫子に出来るのは虫の息……いや、死んでいる恋人に叫び続けるだけだった。
「撫子さん、彼はもう死んでいます。やはり神格に頼りすぎたんですよ」
彼女に裕介の言葉は聞こえていない。
「義明くん、起きて! 一緒に生きようって約束したじゃない……!」
「……」
裕介とその養母が極意とする闘気戦闘以外の超常能力はほぼ完全無効化するこの“七殺結界”は、完全に義明を無力化できた。純粋の抑止力の存在には通用しないだろうが、目的の約半分は達成している。
問題は……
この危機的状況を今の死体が奇蹟を起こすかである。
「エルヴァーン神との戦いの前に死ぬのも運命ですか……義明君」
義明だったものに鎌の刃を突きつける。
「さようなら……」
「やめてー!」
何とか立ち上がって、首を刈ろうとする裕介に体当たりをする撫子。
しかし、裕介の睨み付けだけはじき返された。
「よ……よしあきくん」
「鎌よ、真の力を解放……」
「……させるか!」
死体が喋り、鎌の刃をひび割れている右の甲で砕いた。
「な!」
いきなり死体が覚醒したので、裕介は飛び去る。
撫子は呆然としている。
奇蹟なのか? と。
「一足飛びって結構やばいって、アストラルで考え込んでいたんだよ。ほんの数秒程度だけど……」
「死んだはず……」
「確かに死んだ。しかし、死んでみないとわからない事はあるもんだと実感した」
義明は愛する人をみて「ごめん」と謝ると直ぐに、一度自分を殺した相手を睨み付ける。
今までの義明ではなかった。周りに神格以外の存在を感じさせる。
「俺もアレとおなじ真性イレギュラーって言われた時を思い出してさ。一足飛びと言われた時は“何故?” っておもったよ。裕介」
裕介が発しているおなじ闘気だ。しかも威力は裕介より大きい。
「本来、神に近づくには段階がある。それは闘気か、神の力を借りて奇蹟を再現可能の神力か魔力、妖怪などが持つ妖気かの数種だ。俺の存在が危険なのは、その“基本神秘力”が無いからだ」
「そう言うことです……しかし、その大きな闘気……ちゃんと操れますか?」
刃を無くした鎌に布をかぶせ新しい刃に差し替える。
「神格保持で苦しんでいた分……こっちの方は楽な方さ」
闘気の影響か、かなり好戦的になっているようだ。
「では、今度も本気で殺します」
「返り討ちにしてやる」
二人は爆ぜた。
その結界の欠点は、闘気同士のぶつかり合いに対してかなり耐久力が無いと言うことだ。殆どの能力を封じ込める力を闘気に頼っている分や他にも穴があるとも言える。
裕介の大鎌というリーチの長い武器とその能力を持って全力戦闘をしている裕介に対し、義明は闘気による身体活性と、闘気障壁のみだった。
なぎ払うことは大きな隙を生むが、振りかざす大鎌の能力はアーティファクトである。風は闘気に置き換えられ、義明の接近を阻む。コレはこの封印結界の例外である。撫子の愛刀である、神斬の力もアーティファクトだが、肝心の神力提供先(撫子の力やその作成者の理力供給)がたたれては機能しないようだ。
「にげてばかりですか?」
「じゃじゃ馬を飼い慣らすのは厄介じゃないか?」
不敵に笑う義明。
「なら、見せてやるよ……」
神斬を手にした義明。
「あなたに感謝と、一度、殺されたお礼を!」
構えはあの天空剣の究極奥義であるが少し違う。
「やってみろ! 出来るものなら!」
裕介も構える。
「天空剣 闘神招来閃!」
神気ではなく闘気から放たれる刃と裕介の大鎌がせめぎ合った。
その力の衝突が……結界を破壊し、闘気の柱が登る。
其れは闇を斬り裂く刃の如く。
「ヨシアキ……!?」
エヴァが叫んだ。
「え? この感じは……義明様」
怨霊結界が消える。
「よかった……」
どうやらエヴァの役目を終えたらしい。
――面白い。こい……神の子。
「確認……神格ランクEX 闘気A+ ……他測定不能……危険と判断……織田義明の殺害を……」
美佐がシルバールークでターゲットを測定し驚く。抑止力が働くはずの数値をはるかに超えているのだ。
「まって! まだよ! 彼の意志と決着が!」
萌が止める。
「……あああ、わかっているわよぅ!」
「あたしだけで行く!」
「萌ちゃん! 危ないって!」
美佐が止めようにも萌を止めることが出来なかった。
仕事としてはどうしても任務を達せしなくてはならない、しかし彼のおかげで萌が明るくなって来ていることに……。
「ああ、もう!」
美佐はコクピットのパネルを叩きつけた。
大鎌の刃はまたも壊れ、柄の部分は地面に転がっていた。
神斬は神の子の闘気によって刃が透明化している。
裕介の胴体と下半身が綺麗に別れていた。地面に何かの翼を思わせるよう血に染まっている。
「ま、まさか、これほどとは……」
「やりすぎたか……」
急いで、神格覚醒する義明と撫子。そして、死亡するかもしれない裕介に鎌の本体を渡す。
「いたかったですか?」
いつもののんびりとした口調の義明だ。
「い、いたいもなにも……今にも死にそうです。痛さを通り越して逆にすがすがしいかもしれません」
苦笑する裕介。
「じゃあ死んでも良いかな。一回殺されたし」
「ひどいじゃないですか?」
「冗談、冗談」
鎌の柄を倒れている裕介に渡し、無言で彼の肉体を結合させた。
これは鎌自体の力も手助けしているようだ。鎌は裕介にしか応えない。
「闘気を覚醒させて下さりありがとう」
「どういたしまして……暫くねかせてください……」
「はい。おやすみなさい、メイド魔神さん」
「その名前で言わないで……」
気の抜ける渾名を言われても、苦笑して彼は死人のように眠った。
「義明君……ばか……」
撫子が義明に平手打ちする。泣きじゃくって顔がくしゃくしゃだ。
「ごめん、撫子。本当に死んじゃったけど……生き返った。あなたの叫びのおかげだ」
愛する人を軽く抱きしめる義明。
「しかし、師の試練は終わっていない」
「そう言うことだ。義明。いや、えっと……、師範代」
ボロボロの蓮也がやってきた。
「終わってないとか言うけどさ、その状態を何とかしたら?」
蓮也の言葉で、二人は気がついて、急いで離れてしまう。
「ヨシアキ!」
「義明様!」
エヴァとデルフェスも駆け寄ってきた。
「皆、心配かけた」
「エルハンドの考えることがよくわからないけど……。あとどうなるの?」
エヴァが首を傾げて訊く。
「俺が危険人物なのかどうか、エルヴァーン師兄が決めるんだろうな。あと、後ろのIO2が……」
後ろを指さすとそこには光学迷彩が少し薄れているNINJAがいた。
「萌様!」
「直に見ないと……やっぱりわからないから……」
恥ずかしいのか少しどもりがちに言う萌。
「萌様……」
やはり、わかってくれていたんだと涙するデルフェス。
――人間というのは、確かに面白い。しかし俺はそうはいかないぞ?
影の神の声が聞こえた。
「エルヴァーン師兄……」
皆の前に現れたのは、エルハンドの鏡映しの姿格好だが、金髪であり、目は深紅であった。少しだけ闇に染まったことを表すかのように肌は灰色である。
「色々やってくれた。今度は……」
蓮也が小太刀を構え、皆が彼に習って各々の武器を構えるが、義明が制した。
「師兄、最後の試練は?」
「お前に問う。神の座に着いたとき、世界をどうする」
「調和のある世界に。真の闇に虚無に世界が滅びないため」
ふむ、と神は頷き、義明達を品定めするように見る。
「ならば、それは抑止の座に着くべき程の力、人やその形ではいられない」
「俺はすでに神の力を持つ者ですが、師兄、その前に人です。皆と共に歩むと決めています」
その言葉に、撫子やデルフェス達は明るくなる。
「ならば、俺の試練受けろ。そのほかの者は既に試練は終わっている」
「え、ええ?」
義明と蓮也以外は驚いている。
「いちいち課題を詳しく言う事はない。胸の内で理解できる……」
エルヴァーンが言う。
「では参ろうか、義明。俺からの最終試練……。……我が造りし影の世界に……」
義明とエルヴァーンの周りが陰の世界に閉ざされた。
他の者は現世に取り残されたままで……
義明はエルヴァーンがもつ「シャドウ・クリエーション・エニーシング」という小異界に立っていた……。
さて……その後どうなったか?
「抑止力であり、なおかつ現人神になったなんて……。イカサマだわ」
美佐はレポートの下書きを書いている。報告書を書くのもしっかりした仕事だ。萌の方は学生らしく表の世界でSHIZUKU達と遊んでいるそうだ。其れもまた仕事。
『あやかし荘周辺における、神の選定事件』
危険人物として監視される神格保持者・織田義明が、虚無の境界の幹部や他のカルトの指導者になるかという事を判断する為、また、抑止力神エルハンド・ダークライツの現人神計画の真の意味を知るためにおこなわれた。織田義明が真に危険な存在である場合、あらゆる手を持って殺害することをエルハンド神は認可しており、その兄、エルヴァーンという影の神が大きく関わっている。抑止力として生きている存在で確認されているのは(著者註:この異界内において)エルハンドとその兄、親ぐらいであり、大きな被害を起こすことはないと見なす。
織田義明は田中裕介と戦い一度死亡したと報告されるが、新たな力を身につけ蘇生。彼らを慕う者達は既にエルヴァーンやエルハンドの意志の中で試練を乗り切っていた。残る織田義明は神との戦いの本当の意味を既に知っている模様で、現世界に被害が及ばないため異世界で影の神と数日戦闘の後、抑止力の一にして現人神となったとエルハンドから報告が入る。
IO2神秘科学班(オカルティックサイエンティストや純粋神秘学者の集団)からの見解では、神秘世界に認められた以上、IO2、いや人間の手には余りすぎ、かといって其れに対抗すると、人間自体が滅び去る事になりかねないため、実際危険ではあるが、協力関係を結ぶべきと言う意見が多いらしい。
あの後、織田義明の行動は相変わらず普通の高校生のほか、天空剣道場で稽古をしている。もちろん世間を気遣いながら、神秘事件の解決に一躍かっているため、不問となる。
『この事件の関係者の報告書』
田中裕介:
この事件で、瀕死の重傷を負い、また彼の持つ呪物の反動などにより、暫くIO2直轄病院にて入院中。彼を慕う旧教のシスター星月麗花がいつも看病しているそうである。回復には当分先のようだ。時間に関係する術師と親しいのに、時間治癒呪が効かないのは、織田義明が一刀の元に彼を実質殺してしまった事が要因のようだ。大鎌のおかげで生命維持を持っている模様。非公式の顧問の養子と言うことで、現在も監視下には置かれていない。
鹿沼デルフェス:
エルヴァーンとエルハンドが彼女に与えた試練は、“人を想う気持ち”が本物かどうかであるらしい。神からその事は効かされていないが、織田義明の戦いに参加させないところからそう推測。
インテリジェンス・ゴーレムが心を持っている事は霊鬼兵などを目撃している以上珍しくないが、エヴァに関わる事件などにより、織田義明や愛しの萌ちゃん(ここ二重線で消去)ヴィルトカッツェやエヴァ、渡辺美佐を大事に思う事に嘘偽り無いとエルヴァーンが判断。人としての心が本当にあると神は言っている。もちろん彼女も不問。
天薙撫子:
退魔関係では特に有力な一族であり、織田義明の最愛の女性。彼女がいることもあり、織田義明が悪しき道に進むことはないと判断。問題は彼女自身も神格力を持っているために、後々選定が行われる可能性はあるが、織田義明という存在と彼女の過去の素晴らしい経歴からすれば、杞憂に終わるだろう。
御影蓮也:
重傷を負ったモノの、織田義明達に治癒され現在も神聖都学園や天空剣道場、また自分の真の能力を自在に操れるために訓練中。危険人物としては見ていない。問題は、彼の恋人であるが、今のところ前科がないために、彼の意志に委ねられる。監視として(また萌ちゃんとかいて取消線)ヴィルトカッツェがつく可能性は高い。
と、彼女は下書きを書き終えて、コーヒーを飲んだ。
「皆どうしてるのかなぁ……」
少し風は寒いのだが、暖かく晴れた河川敷。
「全く意地悪すぎますわ!」
デルフェスはポカポカとエルハンドを叩く。
「真剣に取り組む事、または戦いは別のところにあると言うことだ……いたた」
「でも、心配したのですから! だって、袂を……」
思い出して泣き出してしまうデルフェスだが
「あーしんみりしないー! 折角のピクニックが台無しになるー!」
とエヴァがじゃれつく。
「は、はいそうですわ」
「ふ」
「なによー。使いパシリされたのは根に持ってるんだからね〜」
「ああ、すまない。でもこうして暖かい陽の光を浴び、一緒に遊べることは良いことだろう? 一名除いてだが」
「確かに、まあそうだけどー」
酒を酌み交わしているゴーレムと神と霊鬼兵。未成年じゃないので問題なし。
川岸には義明と撫子がゆっくり座っている。
「右手が治りましたね」
「ああ、裕介さんのおかげだな」
握ったり、開いたりする。前のようにひび割れていない。
闘気の開眼が、神格の負荷を軽減し、更には治癒能力を促進されたようである。
「麗花さんが看ているから問題ない。それに彼はしぶといさ」
「ですね。でも襲いかかってきたときはどうなるかと……」
「ま、わかっていたんだろうけどやりすぎたかなぁ……とは反省している」
「でも、反省が足りません。義明君。まったく無茶ばかり」
恋人の頭を軽く叩く撫子。
二人は見つめ合った後、微笑みあった。
「小麦色を連れてくれば良い写真が撮れていたね〜」
「あいつは、こう言うときに来れないのが悲しいと言っている」
「あらま、其れは残念ですわ。良い雰囲気なのに」
デルフェス、エヴァは笑った。
「おーい、義明〜! 皆〜」
蓮也が追加の弁当や差し入れを持ってきたようだ。
「お前の力の方はどうだ? 蓮也」
義明が様子を聞く。
「ああ、順調だ。まだ巧く、斬れないけどな…… それと、此処携帯がつながらないだろ?」
「?」
「明日ごろに裕介さん、一般病棟に移動って電話があった」
「ほほう、さすがだ。あの鎌の力もあるだろうけどな」
「流石って、悪運の強さに?」
「そうだろ? お前には見えるだろ? 其れぐらい」
悪戯っぽく笑う義明に
「ああ、かなり太い糸を持っているよ、あの人」
同じく笑う蓮也だった。
九割は神となった織田義明。今の状態では抑止力以外で彼を遮る者はない。ただ、心が人間であるため、結局抑止力が働いており、あまり変わらないようである。
織田義明は人の名前。神としての名は……影斬。抑止力の一。現人神である。
当のエルヴァーンは相変わらずどこかで金色の猫になり日向ぼっこをしているが、人知れず、時期が来ればまた現れるだろう。
――所詮俺は影であり、目立たぬ者。今回は目立ちすぎたな……。しかし、隠匿の術は弟より長けているさ。
End
■神の剣 登場人物
【0328 天薙・撫子 18 女 大学生・巫女・天位覚醒者】
【1098 田中・裕介 18 男 孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【2181 鹿沼・デルフェス 463 女 アンティークショップの店員】
【2276 御影・蓮也 18 男 大学生 概念操者】
【NPC 織田・義昭 18 男 神聖都学園高校生・天空剣士】
【NPC エルハンド・ダークライツ ? 男 正当神格保持者・剣聖・大魔技】
【NPC エルヴァーン・ミストラ ? 男 神・天空剣剣士・影魔技】
【NPC 茂枝・萌 14 女 IO2・NINJA】
【NPC エヴァ・ペルマメント ? 女 最新型霊鬼兵】
【NPC 渡辺・美佐 20 女 IO2テロ対策室 シルバールーク】
■ライター通信
滝照直樹です。
神の剣 試練:影の剣士 に参加して頂きありがとうございます。
久々に会話や戦闘が多く、しまいには義明が死んでしまうということもありましたが、貴い犠牲(か生け贄)になって頂きました田中様ありがとうございます。
戦闘面は田中様に譲り、他の方は心情と行動を印象的に書いたと努力しましたが、如何でしたでしょうか? 内容に多少冗句と入れていましたので、起こるかと思われる参加者様とNPCの会話を可能な限り書いてみました。
これからも織田義明と共に成長していく『神の剣』の物語は続きます。
最後に彼はどうなるのか?
また皆様はどのように成長や親睦を深めていくのか?
その事が上手く書けていければ良いなと思っております。
では、またの機会があれば宜しくお願い致します。
滝照直樹拝
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