■Calling 〜霧幻〜■
ともやいずみ |
【4563】【ゼハール・―】【堕天使】 |
噂を聞く。
霧の濃い明け方に、しゃん、という鈴の音が聞こえるのだ。
そして、必ず現れるという人影……。
朝にジョギングをしていた青年が、その人物に尋ねられたこととは、信じ難いことで。
何か周囲で怪現象が起こっていないか?
それ、だった。
緩く首を振った彼の前で、その人は少しだけ目を伏せる。
整った顔立ちのその人に、呆気にとられていると……また、耳元で音がした。
しゃん、と。
祭事に使う、神聖な、おごそかな鈴の音。
えっ、と思って周囲を見回したが、気づけば尋ねてきたその人の姿もなく……。
「!? え、えええっ!」
驚いて腰を抜かした青年は、霧の中で周囲を見回した。けれども人の気配もなく、音もなく。
ただ在るのは沈黙。
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Calling 〜霧幻〜
ゼハールは静かに闇夜を見つめる。ただ……ただ。
「……懐かしい気配がします。懐かしい……とても」
ゆっくりとビルの屋上から地上を見下ろす。その眼が、はるか遠くの場所を見つめていた。
黒髪と、眼鏡の少年を捉える。
「あれ、は」
とても気配が似ている。おそらくは。
「……遠逆……? ですが、年齢が合いませんね」
さらに目を凝らすと、刹那、人込みを無表情で歩いていた少年がすっと顔をあげ、ゼハールの視線とかち合った。
周囲に火花が飛び、ゼハールの意識がこの場所へ引き戻される。弾かれた、という表現のほうが合っているだろう。
「もしや……」
そう思った瞬間、ぞくりと背筋が震えた。それは確かな悦び。
「そうですか……では、あなたが」
遠逆、和彦。
*
ゼハールと、退魔の一族の遠逆家とは多少の因縁がある。
(もう一度)
戦うために。
敗北がゼハールの心の奥底にいつまでも燻り、もう一度戦い、今度こそは勝利を手にすると思っていたのに。
「あなたは、遠逆和彦様、ですか」
人のいない夜の公園のベンチに腰掛けていた和彦に、ゼハールは物音一つさせず、いつの間にかすぐ近くに居た。
和彦はたいして驚きも示さず、黒い学生服姿のままでゆっくりとゼハールを見遣る。その色違いの瞳を見て、ゼハールは目を細めた。
「誰だ、あんた」
物怖じしない和彦は立ち上がりもせずに問う。
「初めまして、ですね。私はゼハール」
「……遠逆和彦。……知っていたようだが」
ゼハールは苦笑した。
「先代とは似ていませんね、和彦様」
「……先代の知り合いか」
「そうですね……以前、少し」
意味深に呟くゼハールの言葉を聞いて、和彦はふうんと洩らす。
「……あんた、見たところ人間じゃないようだが。俺になんの用だ。……敵意があるな」
「さすがですね」
和彦は立ち上がり、開いていた巻物を紐で括り、そのまま放り投げる。空中に解けるように巻物が消失した。
眼鏡の奥から静かにゼハールを見ていた和彦は、口を開く。
「憑物……」
「正解です。憑物を殺し、憑物になりました。あなたと戦うためにね」
「…………」
「噂では、仕事以外には力を行使しないと聞きました。こうでもしないと、戦ってくれないでしょう?」
「俺と、戦うため?」
まるで少女のような顔立ちだと、和彦は思う。そんなゼハールが目を細めた。
「四十三代目との戦いは、いつまでも私を留めている……」
底冷えするような声音だ。
和彦は軽く嘆息した。
「確かに俺は、俺の呪われた体質から解放されるためにこの地までやって来た。四十四の憑物を封じるため。
……だが、あんたは勘違いしてる」
「何を?」
「憑物は、どこにでもいる。つい先刻も、一体封じた。あんたを倒すまでもなく、四十四の憑物を封じてみせる」
「……その数を封じればいいというわけですか。……しかし、みすみす目の前の憑物を逃すつもりですか?」
ちりっと、二人の間の空気に火花が散る。
和彦はゆっくりと、突っ立ったまま何かを拾うような動作をする。すると、いつの間にかその手に黒一色の刀が握られていた。
空気が張り詰める。
動いたのは同時だった。
瞬時に快楽の魔眼をゼハールは発動させ、大鎌のミッドガルドを振り上げる。その鎌から瘴気を、存分に放った。
油断などしない。四十三代目とは、油断していた己の過失が大きかった。
だから今度は。
瘴気を吸い込んだ和彦が一瞬だけ困惑したような表情を浮かべて、大きく後方へ跳躍した。
「逃がしません!」
間合いを詰めるゼハールが鎌の刃を和彦目掛けて振り下ろす。
それを、彼は刀で受け止めた。
ぶつかった時の衝撃で公園の木々が、二人の衣服や髪が、揺れる。
「やりますね、四十四代目」
「……その鎌に当たるわけにはいかないからな」
「へえ……。面白い方だ、あなたは」
瘴気で体が破裂するまでそうはかかるまい、とゼハールは内心思う。
和彦は顔をしかめ、目を見開く。持っていた刀が大きく変形した。
「なっ……!?」
吹き飛ばされたゼハールは、和彦と距離をとる。
和彦の手に握られているのは柄の長い槌だ。その柄でゼハールを突き飛ばしたのだろう。
荒い息を吐いていた和彦が何か吐き出す。
「うぇ……げほっ、げほっ」
それを見ていたゼハールは、それでも油断はしない。絶対的な、致命傷なのは確かだ。
(ミッドガルドの瘴気は臓器も溶かす……四十四代目の体内はもう機能しないはずですが……)
和彦はくの字に曲げていた体を、ふいに真っ直ぐ伸ばした。そしてゼハールを見る。苦悶の表情が和彦から消えていた。
「……あんた、危険なヤツだな」
「そんなに余裕でいいんですか?」
二人の発する力の波で、公園内には風が吹き荒れる。
(……魔眼が効いていない……? なぜでしょう)
鎌を握り直し、ゼハールは和彦の様子を見た。おかしい……どこか。
「…………結界ですか。小癪な」
「退魔士たるもの、どんな憑物にも対処できるように一通りは修行するものだ」
公園内にほかの音がしないのも、どうやらそれが理由のようだ。
魔眼が効かない理由に気づき、ゼハールは苦笑する。
「あなたは……快楽に興味がないんですね」
「残念ながら、人間の深層心理に働きかける憑物にも俺は対処できるし…………」
そこまで言ってから、和彦は何も言わずに口を閉じる。言う気はないようだ。
(……四十三代目より、洗練されていますね……。若いけれど、とても)
とても、楽しめそうです。
恍惚とするゼハールは、軽く笑う。
「小手先の技では、あなたは面白くなさそうですね」
「……退魔に、面白いことなどあるものか」
初めて和彦が感情の揺れを見せた。内側に潜む怒りの激しさにゼハールは喉の奥を鳴らす。
同時にその場を駆け出し、互いの武器をぶつけ合う。
ぶん! と槌を振り回す際にその柄がぐんっと伸びた。寸でのところで避けるゼハール。
さらに和彦は柄を伸ばした。届くはずのない距離だったはずが、届いた。
「あうっ!」
腹部に直撃を受けて吹き飛び、地面を転がる。そこに、ふっ、と陰が差した。
見上げるまでもない。
槌が巨大になって振り下ろされたのだ。
「っ!」
目を見開くゼハール。
地面を激しく揺らす一撃だった。だが手応えがないことに和彦は気づく。
すぐさまその視線を上に向けた。
「……ハイレス」
囁いたゼハールは、ハイレスを撫でる。地上からその様子を見ていた和彦は、小さく呟いた。
「……あれは……使い魔か何かか……?」
翼を持つ巨大な蛇を見て、和彦はズリ落ちてきていた眼鏡を人差し指で押し上げる。
ハイレスを撫でていたゼハールは地上からこちらを見上げている和彦を見下ろした。
(体術がかなり優れていますね……。まだ色々隠しているフシが見えます……)
「ハイレス……」
ゼハールの意志を汲み取ったかのように、ハイレスはさらに上昇する。みるみる和彦が小さくなっていった。
夜風がゼハールの髪を撫でる。
「ハイレス……………………急降下」
小さなその声は和彦には聞こえてはいまい。ここからの急降下で、和彦に一撃を与える。ハイレスの体当たりだ。
こんな小さな公園など吹き飛ぶ。
(四十四代目……和彦様、さよならです)
粉微塵にしてあげます。
向きを変えて、ハイレスは和彦に狙いを定める。
一気に地上目掛けて降下した。加速がついたその一撃を受けて、公園の地面が激しく抉れてしまう様が想像できた。
いや……抉れるだけで済めばいいくらいだ。
和彦が不愉快そうに顔をしかめる。その手の大きな槌がまた形を変えた。
「もっと……もっとだ……!」
呟く和彦の手のソレは、みるみる膨れ上がって巨大な網になる。
無論、網などでハイレスの勢いが止められるはずがない。
突如網目が消え、巨大な円の形の板となる。それは、大きな蝿叩きのようにも、しゃもじのようにも見えた。あまりの巨大さにハイレスの視界から完全に和彦の姿が消えてしまう。
「このまま突っ込みなさい……!」
あんなもの、突き破ってしまえばいい。
ゼハールの言葉に従い、ハイレスはさらに加速する。
「ここは公共の場だ……!」
和彦が歯噛みしつつ足に力を入れる。大きく、武器であるそれを無理やり引っ張った。
腕に予想以上の負荷がかかり、和彦は一瞬気が遠くなる。
(重い……!)
「無理ですよ!」
「食い止める!」
互いに譲らず――――!
重い音が辺りに響き渡った。
ゼハールとハイレスはぶつかった衝撃をモロに受けた。
ハイレスの降下の衝撃を受け止めきれなかった和彦の両腕がぐにゃりと奇妙に曲がってしまう。
双方が吹き飛び、地面を滑る。
しばらくして、ゼハールは起き上がって息を吐いた。
「なんて人ですか……。ひどい痛手ですよ……」
和彦もまた起き上がる。
「やるな……、あんた……」
二人はしばらく睨み合っていたが、笑い出す。高く笑う二人は、同時に笑いを止めた。
「まだやりますか」
「やってもいい……」
和彦の曲がっていた腕が、何かの力で元に戻ろうとしている。骨の軋む音がゼハールの耳にも届いた。
和彦が空中から巻物を取り出し、口で紐を引っ張って広げる。
「あんた、危険だ。封じる」
「そうはいきません。
ハイレス!」
傷を負ってはいたが、ハイレスはゼハールの側で控えている。
「今回は引き分けってことにしましょう、四十四代目。次にまみえる時は、また楽しい戦いを」
「冗談じゃない……! あんたとは相性が悪い」
言われて、ゼハールは薄く笑みを浮かべた。
「それは、褒めてくれていると思っていいんでしょうか」
「……褒めてない」
淡々と言う和彦は、眼鏡を押し上げる。
くすりと笑い、ゼハールはハイレスに掴まって飛び上がった。
「痛み分けってことにしておきましょうよ」
黙っていた和彦は、人差し指と中指を揃えて立てると、ひゅんと走らせる。結界を解いたのだ。
「次は、ない」
そう言い放ち、和彦は完全に治った腕で巻物を巻く。紐で縛ると、そのままゼハールに背を向けて歩き出した。
しゃん、という鈴の音と共に和彦の姿が忽然と消えてしまう。
「……また、戦いましょう」
姿のない和彦に向けて、ゼハールは静かに囁いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4563/ゼハール・― (ぜはーる・ー)/男/15/堕天使・殺人鬼・戦闘狂】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。ライターのともやいずみです。
今回、和彦の敵として書かせていただきました。最後は完全に引き分けみたいになってしまいましたが……。
今回はご依頼ありがとうございました! 楽しく書かせていただき、大感謝です!
楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
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