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■奇兎−狩−■

千秋志庵
【3950】【幾島・壮司】【浪人生兼観定屋】
――“世界”は不完全で、僕達はいつもその未熟さに恐怖する。

「……ビンゴ」
情報屋は一通のメールを見て、嬉しそうに微笑んだ。指先でパソコンのキーを玩びながら、喉の奥で久々の本能に任せた声を上げた。
黒社会で蠢く事態は殆ど把握している。それでも、情報屋の掴んだ情報は「情報」たらしめていない部位が多い。例えば、意図的に隠され、それ自体が黙殺され――。一連の行為すら忘れ去られているという、誰にも価値のないような情報。

奇兎

画面に表示された文字を、細い指がぴんと弾く。
「“奇兎”狩り依頼、か。狂ってますね、彼らは。」
“奇兎”というのは、簡単に言って、或る一部の特殊機関での専門用語で「異能種」のことである。その種類は幾つもあり、分け方は本職者でないと分からないが、端的に言って「人間ではない者」であることには間違いない。恐らくその「異能者」の中には、ただの「異能者」もいる筈である。自分と同じ、アウトサイダーの人間。彼らを捕え、或いは殺す。
かつての魔女狩りと同じ行為を自分が繰り広げようとしていることに、自然と笑みは漏れる。
「狂人歓迎」
情報屋は哂った。
パソコンを付けっ放しにしてふいに立ち上がる主に向けて、傍らにいた下僕は一つ問うた。
「どこへ?」
着物を身に纏った、小柄な少女の陰である。
「僕は出掛けます。少々興味のある依頼でしてね、直接依頼人と交渉をしてみたいんですよ。交渉ってのは、“奇兎”のデータをこっちに回して貰えるかってことです。あ、君はここで待機です。幾つかのアテにこの依頼回して、んでOKならこっちの情報がファイルになってるから、それ添付で送っといて下さい」
黒く長いコートを羽織りながら、情報屋は振り返らずに言った。
閉じる扉に向けて、少女は小さく礼をした。

「主の戯れだな」

冷笑を浮かべ、少女は先程まで情報屋の座っていた椅子に腰掛ける。パソコンに慣れた手付きで触れ、言われた行為を実行する。
その後で、開封済みのメールを開いた。



拝啓 シン=フェイン様

突然のメール失礼致します。
本名は申し上げられませんが、Altairと名乗らせていただきます。
唐突に本題に入らせていただきますが、“奇兎”と呼ばれる異能種をご存知でしょうか?
彼らの捕獲或いは体の一部を手に入れて頂きたいのです。生死は厭いませんが、我々の存在を残さない方法でお願い致します。
報酬はそちらの言い値で構いません。
当方、“奇兎”のデータの蒐集を生業としている者であり、情報はそちらにも幾分かは提供出来るかと思います。もし宜しければ、一度私の元まで直接お越し下さい。貴方なら私の正体くらい見破るのは容易いでしょう。
それでは、快い返事をお待ちしております。

Altair 拝
奇兎−狩−
 月は半月。
 完全に満ちぬ空の下、幾島壮司は女にちらりと視線をやり、
「……誰だ」
 ぶっきらぼうに問う。
 呼び止められたのは、偶然ではなく故意。滲み出る殺気を感じ取り、壮司は女と距離を取った。
 女は細身の体をラフな服装に収めている。茶色のロングヘアをストレートに下ろし、肩には仕事道具と思しき一切を収めた鞄を担いでいた。綺麗な部類に入る女に呼び止められ、振り返ったのが全ての始まりだった。
「別に、あなた自身には用はない」
 冷めた口調で女は言う。その手には呪符が握られている。女は依代に貼り付け、宿った妖は実体化すると一直線に壮司に向かって攻撃を仕掛けた。
 身を引いて避け、依代をたたく。鮮やかな仕種で妖を一通り仕留め終えると、少し息切れながらも明瞭な発音で壮司は口にした。
「“俺自身”に用がないってことは、“俺の力”の方に用があるってことだよな」
「理解が早くて助かる。“奇兎”だろ、あなたは?」
 言って、女は新たに手にした呪符を依代に貼り付け、妖を宿らせる。
「人違いじゃねえの?」
 壮司は会話を続け、『左眼』を行使しつつも攻撃へと移る時間を与えない。女は術者としての能力は相当高いらしい。火眼金睛を持ち、人間と妖の双方の血を受け継いでいるようだった。『左眼』から解析されるのは微細な霊力だけだが、それも大きな力を封印しているだけのようで、底なし沼の如く暗い色を感じる。
 ……勝機はある。が、闘う理由はない、な。
「というか、人違いだ」
 壮司の言葉に、女はぴくりと動く。覗き込むような視線は正否を問うようであり、答えによっては容赦しないという空気を醸し出していた。
「本当だ。人違い」
 訝しげに問う女に、壮司は力一杯頷いた。
 女は苦笑を込めた顔を浮かべ、宿らせた命を解除させた。その様子を見て、壮司は安堵する。
「で、どういうことなんだ?」
「そういう依頼が、情報屋から回っている。今回は特例で、一人一人個別に依頼を回してるんじゃなくて、“客”全員に回しているみたいだな。リストが送られてきて、そいつを捕まえるか或いは殺すか。そういう依頼」
「いいのか。そうべらべらと話して」
「詫びだ。間違えて攻撃しそうとしたお詫び」
 女は肩を竦める。溜息をついて、壮司は次なる言葉を紡ぐ。
「……で、これからどうする気だ?」
「他のリストの人を探して、問い詰める。ノーだったらそれまでだけど、イエスだったら仕事しないとな」
「ターゲットでもイエスって言わないだろ、普通」
「彼らは普通じゃない。だから平気だ」
「普通じゃない、って」
「自身の力にそれこそ絶対的な誇りを持ってる、例外なく。だから絶対否定はしないな」
「既に会ったことが?」
「一人」
 どこか寂しそうに女が呟いた。長い茶色の髪の毛を鬱陶しそうに掻き揚げ、女は
「じゃあね」
 言って、呆気なく背を向けた。その背を、壮司は引き止める。再び向けられる訝しげな目に、壮司は一つだけ訊いた。
「その情報屋と連絡取れないか?」
「取って、どうするんだ?」
「文句でも、言ってやる」
 壮司の言葉に、女は頷く。
「なら、向こうから簡単に連絡を取ってくれる。そういうとこだけは長けているから」
 文句を言う、とは実質建前のようなものだった。真実を言ったところで、連絡が付くとは思ってもいない。故にこういう方法を取ったのだが、女は気付いているのだろう。
「でも、彼に勝負を仕掛けるなら、遠慮しといた方がいいな。お付きの人が強い、とてもな」
 一度体感したことのあるかのような答えに、壮司は納得したように肯く。無理なのか、と内心で残念に感じながらも、それでも会う価値はある。情報屋なら、欲しいものの情報が見つかるかもしれない。
 だが歯切れ悪く女は笑う。
「高いよ」
 情報というものは時価らしく、足元見られると高くつく。その足元ばかり情報屋は見るので、情報の質の良さに関わらず基本料金は高い。とはいえ、“地上最強の気分屋”らしいので機嫌が良ければ無料になるときもあるという。要は適当だということ。壮司は苦笑して、了承した。
「“奇兎”ってのは、むやみやたらに近付くもんじゃないな」
 妙な笑いを残して女は本当に去った。
 “奇兎”か、と。壮司は立ち尽くし、その背が消えたのを確かめて呟いた。
「確かに、下手に近付くとあまり良いことはないな」
「そうね。同感だわ」
 ゆっくりと壮司は振り返る。月明かりの下、白髪の少女は笑って言った。
「助けてくれたことには感謝するわ。でもあなたも異能者だったなんて……」
「偶然。周囲に人いないのに道聞かれたら、一応答えないといけないからな」
 女と出会う数分前、少女は壮司に道を訊ねた。少女の口から発せられた聞きなれない地名に戸惑い、『左眼』の解析した少女の力に戸惑い。
 “奇兎”だと、少女はなんのてらいもなく名乗った。名前ではなく、識別番号のようなコードネーム。それでも誇りに思っているのだろうその言葉を、やや誇らしげに口にしていた。
 女の気配に気付くと、少女はつうっと姿を晦ませた。去ったのではなく、隠れただけだったのだろう。
 壮司の反応に、少女はくすくすと愉しそうに笑った。
「捕まえる? それとも殺す?」
 問うた言葉に、壮司は首を横に振った。
「両方とも止めとく」
 言って、壮司は少女に背を向けた。街燈の朧気な光の下を進み、ふと後方をみやる。
「…………」
 少女の姿は既になく、壮司はどこか夢見心地な視線を現実へと戻す。
 そういえば、一つ訊き忘れていた。
 少女は一体、どこへ行きたかったのだろうか?





【END】
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3950/幾島壮司/男性/21歳/浪人生兼観定屋】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
実は最後の最後に出てきた少女は、“奇兎”として追われていた一人でもありました。
“同化”としての能力を持ち逃げていたのですが、道に迷って訊ようと姿を現した、と。
そのような裏設定がありました。
少女。
そして女。
名前が明かされぬことなく話は進みましたが、名前も一種の呪であり、女が特に重んじていたという設定もありました。
設定は設定として本編では語らなかったのですが、折角なので。
上手く生かせていたか不安な部位もありますが、読んでいただいて有難うございました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝