■White Maze■
佐伯七十郎 |
【4128】【和州・狐呼】【古本屋兼何でも屋】 |
道を歩いていたら、空からひらりと一枚の紙が降って来た。紙はまるで、自分に取ってくれと願っているかのように目の前をゆっくりと舞い、足元に落ちる。
妙な存在感を放つその紙に目を惹かれ、無視することも出来ずに手に取った。裏面を見せていた紙を裏返すと、そこには可愛らしい桃色で、こう書かれていた。
『
白イ迷路ハジメマシタ。
迷路ハ迷ウ道。
迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
貴方ノ望ムモノガ在リマス。
是非トモヨウコソイラッシャイマセ。
』
文字の横には身体の透けたピエロのイラストが描かれている。何だか面白そうだ。そう思ったとき、ピエロのイラストが動いて、自分に頭を下げた。
瞬間、周りの全ての物の時間が止まり、世界が白く塗り替えられて行く。突然のことに驚いて辺りを見渡すと、目の前にイラストと同じピエロが舞い降りてきた。身体のない、服だけのピエロは、自分を見てゆっくりと頭を下げる。
「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」
ピエロはそう言って、自分に五枚のカードを見せた。赤、青、黄、緑、紫の五色のカード。
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい。」
言われて、自分はカードを三枚選ぶ。すると、ピエロはくるりと宙返りをして、手のひらで『START』と黒文字で書かれた場所を指し示した。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」
|
White Maze
たたたたっと、軽やかな足音が部屋を縦横無尽に駆け回っている。だが、その足音の主は見えず、音だけが走っていた。そのうち、その足音に混じって、何やら豆を研ぐような音も聞こえてくる。
和州・狐呼(わしゅう・ここ)はそんな部屋の中心で、古めかしい和綴じの本をアイマスクにぐーすかと眠っていた。けれど、その安らかな睡眠を阻むが如く、本が何者かに蹴り付けられたかのように狐呼の顔の上から吹っ飛んで行く。
「…………」
急に照り付けられる日差し……そう、今はまだ天高し真昼間であった。一気に瞼の裏が白く染まって、狐呼は眉を顰める。だが目は開けない。それに苛立ったように、足音がだんだん強くなっていく。心なしか、豆を研ぐ音も乱暴になっているようだ。
「……あんたら……ちょう、静かにしてくれへんか……うち、眠いねん……」
か細い声でそう呟きながら、狐呼は本兼アイマスクを手探りで探す。だが、お目当てのものは狐呼の遥か遠くでぐったりと横たわっていて、狐呼の手はばたりと畳の上で力尽きた。
と、そのとき。カサリという音と共に、狐呼の瞼を刺す光が和らぐ。訝しんで己の目の上に手を伸ばした狐呼の指に、何やら紙のようなものが当たった。
「なんや?」
薄目を開けて、その正体を確かめる。すると、それは一枚の白い紙で、表には服だけのピエロのイラストと、桃色の字で文章が書かれていた。
白イ迷路ハジメマシタ。
迷路ハ迷ウ道。
迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
貴方ノ望ムモノガ在リマス。
是非トモヨウコソイラッシャイマセ。
「白い迷路? なんやそりゃ。新しい遊園地か?」
狐呼が呟いて、関係ないとばかりに目を閉じたのと同時に、イラストのピエロが狐呼に向かってお辞儀をした。瞬間、足音も豆の音も消え、狐呼の周りから、まるでペンキを流し込んだように世界が白く染まって行く。そして妙な違和感に狐呼が目を開けたとき、そこは天地の境目すら判らない、真っ白の世界だった。
「な、なんやこれ! 何が起こったんや!?」
流石の狐呼も突然のことに驚き、飛び上がる。一気に目が覚めて、非常事態に緊張が身体を走った。すると、狐呼の目の前の空間が一瞬揺らぎ、そこから身体の透けたピエロが現れた。
「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ」
「は?」
言われた言葉に、目が点になる。ぱちぱちと瞬きをして、ぐるりと世界を見回した後、狐呼はがくっと肩を落とした。
「夢や……これは夢なんやね……夢だと思うとこ」
「どうか致しましたか?」
「いや、何でもないねん。こうなったらトコトン付きおうたるわ」
「では、白い迷路についての説明をさせて頂いて構いませんね?」
「おう、構わん構わん。はよ説明してくれや」
狐呼はこの面倒そうな状況に、一瞬で投げやりになる。それは、ここを抜けなければゆっくり眠れなそうだということと、ここが決して狐呼に対し悪意を働くものではないことを本能的に察知したことにも寄るが、まあぶっちゃけ、「もうどうでもええわ」ということである。
ピエロが軽く首を傾げて、説明を始める。
「まず、ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい。」
ふんふんと、とりあえず適当に相槌を打っていた狐呼に、ピエロが五枚のカードを見せた。狐呼はそのカードをろくに見もせず、「左から三枚」と実に適当な選択する。ピエロは言われた通り左から三枚分を選んで、狐呼に渡した。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」
そう言ってピエロが狐呼の肩を掴むと、くるんっと後ろを向かせる。一歩先の足元に、『START』という黒文字が書かれていた。
「……面倒やなぁ……」
ピエロの背中を押され、『START』を踏んだ狐呼は軽く溜息を吐く。後ろを振り返ってもピエロは既にいなく、周りにはいつ出来たのか壁があり、道を作っていた。狐呼はその道を、のんびりと歩き始める。
「……迷路っちゅうても、そんな曲がり角があるわけちゃうんやね。なんや、普通の道やん」
分岐は多いが、考えることもせずに進む狐呼にとっては殆ど真っ直ぐの道だった。そして、何度目かの分岐を真っ直ぐ進んだとき、目の前に黒いカードが浮かんでいた。
「なんや?」
首を傾げる狐呼の頭上で、黒いカードが早いスピードでぐるぐると回る。咄嗟に狐呼は持っていたカードのうち一枚を取り出し、投げつけた。黒い煙に、紫色の光が混じる。
「ふふふ……この私に刃向かおうとするとは……哀れな……おや?」
言いながら、黒い煙の中から金色の髪と紫の瞳を持つ男が現れた。さらっと髪をかき上げる仕草は美麗だが、何処か間の抜けたような印象がある。そんな男はてっきり、目の前に敵がいるものだとばかり思っていたため、そこに誰もいないことに首を傾げた。
「まさか私の美しさに恐れをなして逃げたか? むむむ、つまらんなぐふっ!」
と、突然、男の台詞が途切れ、煙が切れる。煙にごほごほと咳き込んでいた狐呼がその妙な台詞の途切れ方に目を上げると、ゆっくりと地に倒れこむ男と、手を手刀の形に構えて男を見下ろしている、頭の上で纏めた紺色の長い髪を簪を止めている女性が見えた。
「ええーっと……どっちが味方?」
狐呼はその光景に、ぽつりと呟く。すると、女性がふっと笑って顎で先を示した。行け、ということだろうか。
「あ、そっちが味方なんやね。ほな行かせてもらうわ」
言って、狐呼が先に進む。後ろで二人の気配が消えたのを背中で感じながら、狐呼はずんずんと真っ直ぐ歩いていった。
そしてまた、目の前に黒いカードが現れる。
狐呼はそれがぐるぐると回り始めるのを見て足をピタリと止め、さかさかさかっと煙の直撃を避けれそうな場所まで逃げると、赤色のカードを投げつけた。カードは黒い煙の前で赤く光り、青い髪に白の狩り衣を着た女の子へと変わる。
「よーっし! 頑張るぞー!」
気合を入れる女の子の前で、黒い煙が晴れていく。そして、彼女の前に立ち塞がった敵を見て、女の子は目を見開いた。
「お、お前は!」
そこに現れたのは、蜜柑がぐにーっと伸びたようなものに、細い手足が生えた、妙な生き物だった。壁の影でこっそりと見ていた狐呼も、その生き物に思わずぽかんと口を開ける。
生き物は、初め堂々とした面持ちで仁王立ちしていたが、女の子に気付くと途端にダラダラとオレンジ色の美味しそうな汗を流し始めた。だが、自分の役割を思い出したのか、ぶるぶると身体を震わせ、汗を弾き飛ばすと、何処からか巨大な先割れスプーンを取り出し、女の子に向かって構える。それに女の子が驚き、ショックを受けたように俯いた。
「そうか……お前はボクに刃向かうんだね……でも……」
そう言って「ふふふふ」と笑う女の子に、生き物がビクリと身体を震わせる。
「ボクに勝とうなんて、百万年早いっ!」
女の子が叫んで、これまた何処から取り出したのか、自分の身長ほどもある巨大な瓢箪を取り出し、それを思いっきり振り被って、生き物の頭の上から落とした。生き物は瓢箪の中に閉じ込められ、ガタガタと暴れる。
「そこで反省しなさい!」
引っ繰り返った形の瓢箪の上に飛び乗った女の子は、ふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。どうやらご立腹らしい。狐呼は触らぬ神に祟り無しと、そそくさとその横を駆け抜けた。
「知り合いやったんかな……てか、あれは一体なんやったんやろ……」
首を傾げながら、狐呼はこんな奇妙な場所からはさっさと抜け出そうと足を速める。すると、遠くの道に浮かぶ黒いカードの奥に『GOAL』という黒い文字を見つけて、狐呼の瞳がぱっと輝く。
「やたっ! もう少しで終わりや!」
最後のカードを握り締め、それを思いっきり黒いカードに向かって投げつける。黒い煙と青色の光が混じり、煙の中から、背中から機械的な羽を生やした小柄な女性が飛び上がった。
「目標、補足。行きます」
「させるかっ!」
無機質に言って、狐呼に銃を向ける女性。だが、その弾丸が狐呼に届く前に、飛んで来た炎によって全て蒸発してしまう。女性が微かに眉を顰めて別の武器を取り出そうとしたとき、狐呼の前に和服姿の少年が飛び出し、女性に向かって手を伸ばした。
瞬間、ぶわりと風が起き、女性のバランスが崩れる。まるで叩きつけられたかのように地に落ちた女性は、なかなか身体を起こすことができないのか、苦しそうに悶えていた。
「今のうちに」
「え? あ、ああ、おおきに」
少年に言われ、狐呼は女性を横目に『GOAL』を目指す。そして、その黒い文字を足で踏んだ途端、ざっと壁が消え、そこは最初に来たときと同じく、天地の境目すら判らない、ただただ真っ白の世界に変わった。
「これは……クリア……」
「クリアおめでとう御座います!」
「……したんやね」
呆然とする狐呼の目の前に、パンパカパーンッとやけに陽気なファンファーレを鳴らしながら、ピエロが現れる。
「三つの困難を乗り越え、見事ゴールまで辿り着きましたあなた様には、あなた様の望む賞品を与えます!」
「うちの望む賞品って……」
ピエロがそう言った瞬間、白い世界がざわりと歪み、狐呼は見慣れた自分の部屋に立っていた。だが、何処かが違う。妙に、妙に静かな。
「まあ、ええか……」
呟いて、狐呼はどっこらしょと部屋の真ん中に寝転ぶ。手短な場所に落ちていた和綴じの本を顔の上に乗せ、ゆっくりと目を閉じた。
耳障りな音は何もない、静かな部屋。眠りを妨げる足音も、豆を研ぐ音も聞こえない。これでゆっくりと眠れる……と、狐呼は深く深く闇の世界に落ちていった。
ふっ、と気付いて目を開けると、天井が見えた。
「あれ?」
ちらりと横を見れば、顔を覆っていた本が遠くに飛ばされている。そして、耳元で騒ぐ足音と、豆を研ぐ音。
「……ん?」
むくりと起き上がって窓を見ると、まだ日は高く、そう時間が経ったようには見えなかった。
「夢オチかい」
そう思って溜息を吐くが、妙に頭がすっきりしていることに気がついた。何だか、まるで適度な睡眠をとったときのような、頭も身体も健康的になったような気分だった
首を傾げつつ狐呼が立ち上がり、部屋を出る。扉が閉められ、ばたんっと風が起こると、狐呼が寝ていた場所に落ちていた一枚の白い紙が、ふわりと舞い上がった。
★★★
ご来店有難う御座います。作者の緑奈緑です。
クリアおめでとう御座います! 神聖なるアミダクジにより決められた組み合わせでクリアできたということは、結構な確立なんじゃないかと思います。
大阪弁、ということで、物凄く台詞に気を使わせて頂きました。作者が大阪人じゃないので、どうしてもエセ大阪弁にしかなりませんが、許して下さい…(泣)。でも楽しんで書きましたので、PLさまにも楽しんで頂けると嬉しいですv
今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
紫色のカード→尭樟生梨覇さま
赤色のカード→三日月・社さま
青色のカード→桐鳳さま
困難1→皇帝さま
困難2→いよかんさんさま
困難3→玉響さま
★★★
|
|