■奇兎−狩−■
千秋志庵 |
【4584】【高峯・燎】【銀職人・ショップオーナー】 |
――“世界”は不完全で、僕達はいつもその未熟さに恐怖する。
「……ビンゴ」
情報屋は一通のメールを見て、嬉しそうに微笑んだ。指先でパソコンのキーを玩びながら、喉の奥で久々の本能に任せた声を上げた。
黒社会で蠢く事態は殆ど把握している。それでも、情報屋の掴んだ情報は「情報」たらしめていない部位が多い。例えば、意図的に隠され、それ自体が黙殺され――。一連の行為すら忘れ去られているという、誰にも価値のないような情報。
奇兎
画面に表示された文字を、細い指がぴんと弾く。
「“奇兎”狩り依頼、か。狂ってますね、彼らは。」
“奇兎”というのは、簡単に言って、或る一部の特殊機関での専門用語で「異能種」のことである。その種類は幾つもあり、分け方は本職者でないと分からないが、端的に言って「人間ではない者」であることには間違いない。恐らくその「異能者」の中には、ただの「異能者」もいる筈である。自分と同じ、アウトサイダーの人間。彼らを捕え、或いは殺す。
かつての魔女狩りと同じ行為を自分が繰り広げようとしていることに、自然と笑みは漏れる。
「狂人歓迎」
情報屋は哂った。
パソコンを付けっ放しにしてふいに立ち上がる主に向けて、傍らにいた下僕は一つ問うた。
「どこへ?」
着物を身に纏った、小柄な少女の陰である。
「僕は出掛けます。少々興味のある依頼でしてね、直接依頼人と交渉をしてみたいんですよ。交渉ってのは、“奇兎”のデータをこっちに回して貰えるかってことです。あ、君はここで待機です。幾つかのアテにこの依頼回して、んでOKならこっちの情報がファイルになってるから、それ添付で送っといて下さい」
黒く長いコートを羽織りながら、情報屋は振り返らずに言った。
閉じる扉に向けて、少女は小さく礼をした。
「主の戯れだな」
冷笑を浮かべ、少女は先程まで情報屋の座っていた椅子に腰掛ける。パソコンに慣れた手付きで触れ、言われた行為を実行する。
その後で、開封済みのメールを開いた。
拝啓 シン=フェイン様
突然のメール失礼致します。
本名は申し上げられませんが、Altairと名乗らせていただきます。
唐突に本題に入らせていただきますが、“奇兎”と呼ばれる異能種をご存知でしょうか?
彼らの捕獲或いは体の一部を手に入れて頂きたいのです。生死は厭いませんが、我々の存在を残さない方法でお願い致します。
報酬はそちらの言い値で構いません。
当方、“奇兎”のデータの蒐集を生業としている者であり、情報はそちらにも幾分かは提供出来るかと思います。もし宜しければ、一度私の元まで直接お越し下さい。貴方なら私の正体くらい見破るのは容易いでしょう。
それでは、快い返事をお待ちしております。
Altair 拝
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奇兎−狩−
挑発。
続け様に暴力。
「力ずくで捕まえてみやがれ!」
シルバーアクセサリーを身に纏った男、高峯燎はその日チャイムもなし扉を蹴破って侵入してきた男に向かって、口を開くよりも先に蹴りをくらわせた。男は銃を所持し、当然ながら数発引き金を引いたが当たらない。室内の家具や電化製品に小さい穴を幾つも生ませ、そちらに意識を取られた燎の動きが一瞬鈍くなる。ここぞとばかりに放った弾は、それでも呆気なく燎の説明不可能な莫迦力で弾き返され、男は困惑した笑みを浮かべた。
用は何か、と。語る視線に男は短く、
「捕獲。或いは殺害」
そのいずれの行動理由も“奇兎”である場合のみで、相手がただの異能者であれば闘う理由はない。故に燎がそのタイプの異能者であるか否か問おうとして、だが敢え無く彼の猛襲に合う結果となった。
……さて、ここで疑問が一つ。燎が攻撃する理由は、彼自身が“奇兎”であるからなのか否か。思考より先に体を動かす。
「その前に、自宅に押し掛けるのは不味かったか?」
男はぼそりと呟き、
「いや、それにしてもこれはあれだな」
手近な枕を投げ付け、燎をほんの一瞬だけ怯ませてその間に後方へと跳躍する。
「ただの八つ当たり」
燎の拳をすれすれで流し、狭い室内で壁を背にする。右か、左。前へ突進する手もあるが、軌道は限られている。限られた軌道をみすみす逃すほど、燎は莫迦でも脳なしでもない。事前に送られてきたデータを思い出すが、彼の異能と呼ばれる能力はさして強くないだろう。限定発動。その色が強い。
……けど、だな。燎の顔がにたりと笑う。これは絶体絶命。構えた拳の軌道は、恐らく“訪問者”であり“襲撃者”である男の顎か腹部を狙っている。あと数秒で……この命は終わるんだろうな。走馬灯のように昔を振り返ろうとして、振り返る前に男の意識は途絶えた。
意識が戻ったのは、それから数時間もしない内だったと思う。
「おはよう」
燎がすっかり荒れ果てている室内で、いやに静かに言葉を発する。
「よく寝てたな」
「お蔭様で。思い切り殴られからな」
「へっぽこ。弱すぎるんだよ」
大口を開けて笑う燎を横目に、男は血の滲んだ口元を拭う。鉄の味に苦笑しながら上半身を起こし、両手足が縛られていないことに疑問を抱く。
「普通、相手の自由を奪ったりしないか?」
「縛れ、ってか? 生憎、そういった趣味はないんでね」
……あっても、こちらとしては困るがな。言いかけて、男は飲み込む。それよりも、ターゲットと余計な会話をしたと言ったら、あの情報屋はどんなに渋い顔をするだろうか。ただでさえ情報漏洩にはひどく聡い男だから、ここで下手な会話をしたら即刻殺される。
「で、誰の依頼だ?」
……呆気なく、死への二者択一が迫られたな。燎に殺されるか、情報屋に殺されるか。厭な二者択一だ。
「名前は知らない。ある情報屋」
「そうか」
深くは探求しない性質らしい。意外にも燎はそれ以上の質問をせず、適当に流しているテレビを見やっていた。バラエティだかドラマなんだかは分らないが、画面からは賑やかな声が聞こえてくる。男は眉をしかめて傷口を舐め、指先でその大きさを確かめる。
「本当に、弱いよな」
つまらなそうに燎が呟く。男はむっとした顔をした。
「弱くて結構。そっちが強いんだよ」
「そうか? それにしても、弱すぎるだろ? つい、骨までやっちまったしな」
……骨、だと。男は自分の体の異常を探る。そういえば、先程から右足の爪先がありえない方向を向いている。それのことを言っているのだとして、気付かない方も気付かない方で異常だ。恐る恐る触り、溜息をついた。
「帰る」
「そうか、帰れ」
「送れ」
「は?」
「足が動かねえんだよ。或いは救急車呼べ」
「電話代掛かる」
「払うから、呼べ」
燎は男とのやり取りに辟易したのか、渋々携帯電話に手をかける。119番を押して住所と状態を申告し、床に投げ付ける。
「で、てめえは何者だ?」
「仕事人。弱いけど、これでも仕事人」
「名前は? 俺のは知ってるんだろ? 不公平だ」
……不公平というものは、殴られて足まで折られたこちらではないのか。男の脳内に一瞬そのような考えが浮かぶが、却下。言って、気分で反対の足を折られても堪らない。足ならまだいい。内臓がやられたら、修復は難しいと聞く。これでいいんだ、これで。
「立花」
男は名乗った。
「立つ花で立花。これで満足か?」
いいや、もう一つ、と。燎は愉しそうに言う。
「仕事をこっちに回すように手配しろ。それで勘弁してやる」
溜息交じりに立花は携帯電話を燎に投げてやる。二つ折りのそれは、開くとシンプルなサイトを表示していた。シンプルというよりは真っ白なサイトだった。訝しげな視線の燎に立花は、
「そのサイトから飛べるとこに、例の情報屋のサイトがある。交渉してみな」
アドレスを自身の携帯アドレスに転送し、燎は携帯電話を持ち主に返した。
「もう一つ。頼みがある」
厭そうに、立花は顔を歪ませる。
「おまえ、ギャンブルは得意か?」
問いに、立花は満面の笑顔で答えた。
「残念なことに、ギャンブルだけは得意だ」
「なら商談成立だな」
なんの商談だよ、と苦笑しつつ、立花は差し出された燎の大きな手を握り返した。
恐らくそれは、一番地獄へと近い片道切符のような気がした。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4584/高峯燎/男性/23歳/銀職人】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
とは言うものの、実際は登場する二人の(一方的な)戦闘モノになってしまいました。
視点は“立花”と名乗る仕事人からのものでしたが、この立花という名前は某小説から拝借しています。
ノリや口調は全くの別人ですが、名前付けというものは案外難しいものだと改めて実感しました。
名前を付けた途端、ただのサブキャラでも愛着を持ってしまうのですから困ったものです。
凝った名前も好きですが、安易な名前も親しみを持ち易いのでよく使わせていただいています。
読み方は安易で、字体は難しいというのも憧れています。
憧れている、のですが、実際は上手く活かせることが出来ず、まだまだ精進していかなければならないと思っています。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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