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■dogs@home―1■

文ふやか
【4188】【葉室・穂積】【高校生】
 ――プロローグ

 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。

 ――next
dogs@home1


 ――プロローグ
 
 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
 
 
 ――エピソード
 
 チリンチリーン。
 聞き慣れない、平凡な音が鳴っている。加門はぐったりと俯いていたが、音に反応してかすかに顔をあげた。そこには少年の姿があった。彼は物珍しそうに加門を眺めている。加門は動物園のパンダになったような気がして、しっしっと手を振った。
「見せもんじゃねえぞ」
 それでも少年はきょとんとした顔をしている。
 加門は三白眼のまま少年を睨んだ。
「お兄さんヒッチハイクしてるの?」
 黒い短髪頭に茶のダッフルコート、あたたかそうなグレーのマフラーを巻いていた。彼はニコニコ笑いながら続ける。
「よければ乗っていきなよ」
 そして彼が親指で指差したのは、荷台のない自転車だった。
 自転車……。
 加門は目を瞬かせてから、がっくりと肩を落としはあと白い息を吐いた。
「ヒッチハイクって、テレビでやってるアレだろう? 大変だよなあ」
 大変なところは当たっているが、テレビとは一切関係のないヒッチハイクであった。
 自転車に用はない、そもそもここら辺の子供が東京へ向かうとは思えない。
「俺は東京へ行くんだ、ここらじゃない」
「それなら尚更だよ、おれこれから旅館へ寄って、それから東京まで自転車で行くんだ」
 目的地の合致は嬉しい……ような気もする。しかし、自転車でどうする。
 加門がめんどくさそうに片手を上げて、少年の好意を拒絶しようとすると、彼は自転車から降り気の毒そうに眉毛を曲げて、マフラーを取った。
「お兄さん寒そう、これつけなよ。防寒対策を怠ると後が怖いよ」
 差し出されたマフラーをいらないと言って蹴るのは簡単だったが、行きずりの自分にマフラーを渡す少年の純粋さにあてられたのか、加門はそれを受け取っていた。
「お前、名前は」
 少年はポケットから長い棒状の物を出し、自転車の後輪の車輪の真ん中部分にそれを取り付けた。ステップと呼ばれる部分になる。そこに足を引っかけて二人乗りをするのだ。
「俺、穂積。葉室・穂積」
 加門は渡されたグレーのマフラーをグルグル首に巻いた。あたたかかった。
 穂積は自転車のサドルに座り、準備万端で待っていた。
 どうしてこうなるんだ? 加門は自問自答しながら、穂積の背負っているナップザックに手を伸ばす。
「持ってやる」
「サンキュー。お兄さんの名前は?」
 穂積はナップザックを手に取り加門に渡した。加門はそれを背負って、穂積の後ろへ立ちステップ部分に足を乗せた。
「深町・加門だ」
 自転車がゆっくりと重たそうに動き出す。男一人の体重が増えたのだから、当たり前だ。慣れているのか、少しすれば自転車はスピードに乗り、やがて下り坂になり冷たい風が頬を刺していった。
「加門さんお腹減ったでしょ」
 穂積の台詞が風に流されてくる。
 加門は片手を腹に置いて、片眉を上げた。
「ああ」
「もうちょっと行くと、吉野屋があるから、そこで牛丼おごるよ」
 穂積がペダルに力を入れて、自転車のスピードがぐんとあがる。
 加門は顔を歪めた。
「どうしておごられなきゃならねえんだ」
「だって、テレビじゃいっつもお金ないってやってたよ」
 どうやら穂積は加門の小汚さはテレビゆえだと思っているらしい。
 加門はあたたかいマフラーに顔をうずめながら、「やれやれ」と小さくつぶやいた。そのつぶやきは風にかき消され、夜空の近付いた空に消えた。


 牛丼は三杯目に入っていた。
 穂積は水を飲んでいる。煌々とオレンジの看板が光る吉野家の中で、食事をしている。
 無心で食べる加門の横で、穂積が話をしていた。
「結局旅館には一人で泊まることになっちゃったし、暇だから探索してたんだ」
 穂積の勧めで、なぜか加門もその旅館に泊まることになっていた。
 穂積は突然土壇場キャンセルをした友人の愚痴をしばらくこぼしていたが、そのうち家族の話になり、離れて暮らしていることや、先生やその妹の話をした。穂積が見るに、加門は一切聞いている様子はなかった。
 三杯目の牛丼が空になり、加門はグラスの水をグビグビと飲み干して、シャツのポケットから煙草を取り出した。一本くわえて火をつける。
 穂積の周りには煙草を吸う知人が少なかったので、彼は少し驚いた。
 加門は低い声で訊いた。
「それで? 旅館まではあとどれくらいなんだ」
 穂積は腕組をして考えて、思案顔で言った。
「二三キロかなぁ」
「よし。じゃあ運転席は交代だ」
 ごっそうさんと言いながら加門が立ち上がる。穂積は荷物を持って、席を立った。
 冷たい風の吹く外へ出て、自転車のキーを開けながら訊く。
「加門さん、芸人さんじゃなかったら何やってるのさ」
「……芸人」
 頭を抱えるようにして、加門が深い溜め息をついた。
「だって、あの格好でヒッチハイク……だろ?」
「うるせぇ、大きなお世話だ」
 加門はくわえ煙草で自転車のハンドルを奪い取り、サドルにまたがった。
「道案内は頼んだぜ、穂積」
 穂積はこくんと大きくうなずいてから、加門の後ろに乗りそしてまた訊いた。
「だから、何やってるの?」
「何って、ヒッチハイクだよ。今は自転車こいでるけどな」
 辺りに自動車の影はなく、頼りない自転車のライトとずいぶんと長い間隔で立っている街灯以外の明かりはなかった。風は向かい風で髪を散らし、耳が痛いほど冷えていた。穂積はこのわけのわからない男の職業を、頭を捻って考えていた。


 旅館への宿泊はタダだった。
 穂積は二名様無料宿泊券でこの旅館を訪れていたのだ。
 二人は大浴場でのんびりと身体をほぐし、浴衣に袖を通し、少し狭い部屋で本日二度目の夕食を食べた。穂積が半分食べて音をあげたというのに、加門は素知らぬ顔で箸を使っている。
「よく食べられるねえ、加門さん」
 育ち盛りの名が廃るような気がしつつ、穂積は感心した。
「胃下垂だからな」
「ただの大食らいじゃなくて?」
 加門は一通り自分の分を食べ終わると、穂積の残した料理に手を伸ばした。
 茶碗蒸しを食べている加門に、穂積が提案する。
「さっき下に卓球があったから、あれやろうよ」
 加門は茶碗蒸しの器をテーブルへ戻しながら、嫌そうに顔をしかめた。
「めんどくせぇ」
「何言ってんだよ! おれのお陰で泊まれるんだよ」
「恩着せがましいな」
 食後の習慣なのか、加門は脱いだシャツを放った場所まで膝で這って行って、ポケットから煙草を取り出し、かけてあるコートのポケットを探る為に立ち上がり、ライターを手に取った。立ったまま煙草に火をつけ、旅館二階から外を見る。
 穂積にはガラス窓に加門が映って見えていた。
「ねえ、加門さん。加門さんって、もしかして、住所不定無職?」
 加門は煙草をくわえたまま振り返り、少し考えるように視線を上にあげた。
「よく犯罪とかしてるよね!」
 穂積は言っていることは失礼なのに、ひどく嬉しそうだった。
「……なんで、嬉しそうなんだ?」
 加門は正直にそう訊いた。穂積はわくわくが止まらない顔で、両手を握り締めている。
「だって! だってだって!」
「……わかったわかった。卓球やろうな……」
 これ以上好奇心満々な穂積の追及は面倒だろうと踏んだ加門は、卓球を承諾した。
「それともミュージシャンかな! ホームレスかな!」
 卓球場へ向かっている廊下でも、穂積の当てずっぽうは続いていた。
 
 
 フルーツ牛乳をかけて、卓球勝負!
 穂積はそう言っていたが、さしもの加門もフルーツ牛乳を買えない身分ではない。本気になる必要などなかった。穂積の卓球の腕前はそこそこで、加門の腕前はあまり褒められたものではなかった。
 チマチマとしたゲームがとことん苦手な加門である。
 しかし――……。
 球をパコンパコンと打ち合っているその後ろ、穂積の後ろに、シルバーのアタッシュケースを持った男が通りかかった。加門の肩に力が入り、振ったラケットはもの凄いスピードのスマッシュを繰り出していた。それはバウンドせず、穂積の眉間にクリティカルヒットした。
「いってぇ……」
 穂積がうずくまる。
 しかし加門はそれどころではない。ラケットを卓球台に置いて、加門は静かに駆け出していた。男達はゆっくり廊下を歩いている。どうやら小男以外の男はボディーガードらしい。
 ふと視線を感じて辺りを見回すと、廊下の向かい側にも何者かが潜んでいるようだった。どうやら、賞金稼ぎらしい。同業者……か。邪魔だな……。加門はそんなことを思い、男達が部屋に消えた。賞金稼ぎ達は、ガードが手薄になる時を狙っているのだろう。
 加門は廊下を静かに歩いていき、向かいの廊下にいた二人の賞金稼ぎ相手にニヤリと笑った。
「よお」
 加門の評判はどうしようもない方面で流れている。
 乱暴、粗野、凶悪……等々。彼等もそれを知っていたのか、一瞬逃げ腰になった。だが彼等も賞金稼ぎである。目の前の賞金を横取りされてたまるものかと、一瞬の間の後加門に殴りかかってきた。
 加門はそれをひょいと避け、男はガラス戸へ突っ込んだ。それから手元にあった花瓶を片手に取った加門は、頭を目がけて飛んでくる拳を片腕でガードして、その男の頭に花瓶を叩きつけた。ガシャンと大きな音がして、ぐらりと男が倒れこんだ。
 騒ぎを起こしてしまったからには、終わらせなくてはならない。
 加門は賞金稼ぎ達の側をすぐに離れ、慌てふためく旅館の店員には目もくれず、アタッシュケースのある部屋の襖を開けた。ボディガード二人が懐から拳銃を取り出そうとしている。加門は躊躇せず一人の男の顔を殴りつけてから身を引き、その男の片腕を取って盾にした。
 もう一方のボディーガードは仲間を盾にされて、ハンドガンを構えたまま静止している。加門は手元の男を乱暴にもう一方の男へ蹴り出し、二人の頭が同じ位置に並んだところを、回し蹴りで薙いだ。二人が襖を破って倒れる。
 そしてアタッシュケースを持つ小男の元へ向かい、それを取り上げた。
「もらっとくぜ」
 言って振り返る。厄介ごとはごめんと誰もが近付かなかった部屋の前に、穂積が立っていた。
「加門さん……加門さん……」
「悪いことなんかしちゃだめだー! なんて言うなよ、これも仕事の……」
 加門が先回りをする。
 しかし穂積の言った台詞は違った。
「カッコイイ!」
 言われなれない言葉に加門がきょとんとする。
「よくわかんないけど、なんでそんなに強いの! 格闘家なの? すげぇ、俺尊敬しちゃうよ」
 加門はアタッシュケースを片手に持ちながら、困った顔で笑った。
「俺は賞金稼ぎだ」
 部屋を出ると女将が真っ青な顔で、立っていた。周りに大勢の客がいる。
「弁償代はこいつらに請求してくれ」
 どうせ自分に回ってくることをわかっていながら、加門は女将に言った。
 
 
 ――エピローグ
 
 穂積は目を輝かせている。
 加門は無駄だった仕事に落胆している。
 アタッシュケースの中身は空……、真相を正そうと向かった部屋も空。
 つまり、これは囮だったわけだ。百万以上の賞金だ、そういうことがあるのもうなずける。
 しかし、掴まされた方にしてみればやってられない。
「加門さん、俺も強くなれっかなー! 加門さんは俺の師匠だなー!」
 穂積は加門の落胆などに興味はないのか、今まで以上に明るい声でそう加門に言う。
 加門にしてみれば、ウザイ……。
「ねえ、加門さん、賞金稼ぎって……」
「うるせぇ!」
 加門は穂積の額に指をつきつけながら言った。
「フルーツ牛乳買ってやるから静かにしてろ」
 まだアタッシュケースを手に入れていないというのに、加門の元には多額の器物破損代が請求されることだろう。
 頭が痛い……。
 とんだ骨折り損だった。
 
 
 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4188/葉室・穂積(はむろ・ほづみ)/男性/17/高校生】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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dogs@home1 にご参加ありがとうございました。
結局アタッシュケースは空でした。
お気に召せば幸いです。

文ふやか