■リッキー・ヒーロー・ショウ■
リッキー2号 |
【2320】【鈴森・鎮】【鎌鼬参番手】 |
それは未来のお話。メガ東京はこの時代の産業と文化の中心地である活気あふれるメガロポリスです。
何百万人もの人々が暮らすこの都市では、犯罪も多く、特に、特殊なパワーで大規模な悪事をはたらく悪漢(ヴィランズ)たちの出現が後を絶ちません。しかし、そんな悪から、人々の平和を守る存在が、この都市にはいるのです。それがみなさん――スーパーヒーローたちなのです。ヒーローは、それぞれ、ユニークなスーパーパワーを持ち、それを活かして人々を救います。
そして今日もまた、メガ東京のどこかで事件が起こります。あ!あれは悪名高いマッドサイエンティストのヴィランズ「リッキー・II・マン」ではないでしょうか。それとも危険なテロリスト「ファング・ザ・コンバット」かもしれません。
さあ、市民があなたを呼んでいます。スーパーヒーローである、あなたを――!!
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リッキー・ヒーロー・ショウ
■発信!ヒーローシグナル
爆音が、5番街の通りの空気を震わせた。
もうもうと立ちのぼる土煙。爆破されたのは金融街の一角にあった銀行のひとつである。煙幕の中から、ゆっくりと、その巨体が姿をあらわす。
何事かと歩みを止めた人々のあいだに恐慌が走った。
「メガ東京の愚民ども、ごきげんよう!!」
叫びながら、挨拶のように、片手で持った機関銃を乱射する。悲鳴が昼下がりの金融街にこだました。反動の烈しいはずの機関銃をらくらくと片手であやつるその男は、筋骨隆々たる身体を迷彩服で包んだ大男である。
銃を持っていないほうの手には、サンタクロースのように袋を持って肩に担いでいる。中には、現金がつまっているに違いなかった。
「銀行強盗だ!」
「あれは……ファングだわ、ファング・ザ・コンバットよ!」
誰かの悲鳴に、悪漢は――自身の悪名が充分にとどろいていることに満足してか――片頬をゆるめるのだった。
「おやおや、これはいけない」
そう声を上げたのは十ヶ崎正である。いけない、などと言っているが、今ひとつ緊迫感の伝わってこない口調であった。彼がいるのは、たまたま近くを通りがかったリムジンの後部座席である。運転手に命じて、車を停める。
彼の隣に坐っていた女性が、何も言われずとも、すっ、とモバイルPCを取り出して、彼に見せた。画面には、「ファング・ザ・コンバット」と名乗る悪漢のデータが詳細に羅列されている。「髪の色:銀 瞳の色:赤 体型:がっしり」といった身体的特徴には全身図の画像も添えられ、「防御 □□□□■ 攻撃」「理性 □□□■□ 感情」などの性格傾向も調べ挙げられていた。そして、今までの犯罪履歴も。
「シュラインくん、シグナルを。」
正は傍らの女性に言った。シュラインと呼ばれた女性は頷くと、モバイルのキーに指を滑らせた。
その瞬間――
メガ東京中の、TV放送というTV放送に、画面の隅に小さなマークがあらわれた。同時に、街頭の宣伝モニターや、ネット上のおもだったサイトにも、同様のシグナルが点灯する。それこそ、ヒーローシグナル。メガ東京に起こった災厄に対して、かれら――スーパーヒーローたちを召喚するためのしるしなのだった。
ホーリー・メトロポリス・カレッジは、郊外に、緑ゆたかな敷地を持って開かれている、メガ東京随一の名門校である。
ちょうど授業と授業の合間なのだろうか、高等部校舎の廊下は、行き交う学生たちでごったがえしている。
ちりり、と、鈴が鳴るような音に、ひとりの女生徒が足を止めた。
携帯の画面を見る。それは彼女の、メール着信音だったのか。
「どしたの、羽澄?」
連れ立って歩いていた女生徒たちが振り返るのへ、
「ごめん。先に行ってて」
と応えて、少女は仔鹿のように身をひるがえす。少女の銀の髪が、窓からの陽光を受けてきらきらと輝いた。クラスメートたちは、またか、というようにため息まじりに苦笑する。優等生で人気者……それなのに、しょっちゅう、授業を抜け出していなくなる――彼女たちのクラスメート、光月羽澄は、しかし、だからこそ、神秘的に思われているのかもしれなかった。
ところかわって、とあるマンションの一室。
窓辺に置かれたケージの中で、一匹のフェレットが丸くなっていた。
「きゅ?」
だが、ふいに、なにかを察知したように目を開け、後足で立ち上がる。
しばし、空気を探るように丸い瞳をめぐらせていたが、やがて、器用にケージの鍵を開けると、するりと抜け出す。
「鎮(しず)ちゃん。あら……?」
部屋の主である女性が気がついたときには、ケージはもぬけの空。さらに、閉めたはずの窓までが開いて、カーテンが風にはためいていた。
アパートメント・アヤカシの管理人、因幡恵美の飼うフェレット・鎮は、たびたびの脱走で飼主を困らせていた。しかしいつも、勝手に帰ってくるのだが、そのあいだ、どこで何をしているのか、飼主は首を捻るばかりだ。
一方、そこは、メガ東京のローカルTV局・アトラス放送。
おりしもスタジオでは、人気通販番組『メガネット・オカルト・ショッピング』の生放送中であった。
「――と、この超レアアイテム『栄光の手』が、なんと!」
「なんと!?」
「今なら1万円! 1万円でのご奉仕です!」
「えーーーーっ!」
黒スーツの、年齢不詳な男――藍原和馬と、オカルトアイドル・SHIZUKUの司会コンビがテンション高く場を盛り上げる。
「その上、今、お申し込みいただくと!」
「いただくと!?」
和馬が、横目で、モニターをちらりとうかがう。その端にヒーローシグナルが明滅しているのをみとめる。
「こちらの『猿の手』をセットでおつけします!」
「えーーーーっ!」
次の瞬間。視聴者は、謎の画面の乱れに、放送が中断されたのを見る。だが、それもほんの一瞬のこと――
「これはおトクですねー……って、ええっ」
SHIZUKUが、ぎょっとして顔をひきつらせたのも無理はない。
ほんのすこし、目をそらした間に、隣にいたはずの男はおらず、かわりに……同じ服を着た人形がそこに立っていたからである。
「え……えっと……和馬さん……?」
「…………」
相手は人形なので、当然、何も言わない。
しかし今は生放送中。SOSの視線をスタッフたちに投げるが、どういうわけか、カメラマンもプロデューサーも、AD連中も誰一人、スタジオの異変には気がついていないらしかった。ありえない。
「こ、これはもう大チャンスですよね! さて、お申し込みは……」
「……………」
台本通り、キッカケをふってみたが、やはり人形は何も言わなかった。
脂汗を滝のように流しながら、SHIZUKUは、腹話術のような裏声で、
「コチラマデ、オ電話ヲ」
と、とりあえず言ってみた。
「はっ!」
そして、さらに場所を違えて、メガ東京のどこかの路上。
一人の紳士が立ち止まり、犬が人間には聴こえない音に耳をそばたてるように、空をふり仰いでいた。
ゆたかに波打つ金髪を垂らした長身の壮年である。その名を、リュウイチ・ハットリ。
「聴こえる。……私を呼ぶ声が」
その瞳が、キラリと輝いた。
■集え、スーパーヒーローたち
「ちょっと待てッ!」
ファングは歩みを止めた。
「それ以上の悪事はゆるさないぞ!」
声の主を探して、周囲を見回すが、見つからなかったのも無理はない。言葉を発したのは……彼の足元に立ちはだかっている――全長20センチのフェレットだったのだ。それはどう見てもフェレットだが、二本足で立ち、背中には赤いマントをなびかせていた。
「なんだ、てめぇ」
「メガ東京の平和は俺が守る! 俺はツイスターキッドだ!」
フェレット――いや、ツイスターキッドが高らかに名乗った。それはもちろん、アパートメント・アヤカシで飼われていた鎮だったが……。
「うるさい。どけチビ」
「――うおっ!」
ファングの軍用ブーツが小動物を蹴散らす。
体格差は十倍近くあっただろう。ひとたまりもなく蹴飛ばされたツイスターキッド。だがその小さな身体を、受け止めてくれたものがいる。
「おっと、アニマルにはやさしくしないといけないんだぜ!」
「ぬ? キサマ――」
ファングの周囲で、次々と起こる花火のような爆発!
爆風にマフラーをなびかせ、鎖かたびらの上に黒い和装束を着込んだ、覆面の男が名乗りを上げた。
「シュリケン・ウルフ、只今参上!」
「こしゃくな!」
ファングが銃を構えた。同時に、わらわらと、どこから沸いて出たものか、彼の手下とおぼしき迷彩服の戦闘員どもが男――シュリケン・ウルフを取り囲む。
いつのまにか、彼の肩の上にはツイスターキッド。覆面男とフェレットの目が合い……瞬間、笑みがかわされた。
「いくぜ、小動物」
「OK!」
ウルフが、尋常ではない跳躍を見せた。同時に、放たれた手裏剣が、戦闘員たちに違わず命中してゆく。
「ツイスターブラスト!」
ツイスターキッドもまた、風のような速さで、敵の陣中を駆け抜ける。フェレットの細かい動きについていけるものはいない。それどころか――キッドの走った後には、目に見えぬ真空の刃が出現し、すれ違った敵を次々に切り裂いてゆくのだ。
ファングの銃が火を吹いたが、ふたりには当たらない。それどころか――
「ニンジャ・スラッシュ!」
シュリケン・ウルフの必殺の剣が、ばさりと、ファングの胴体を斬りつけた。
「キ、キサマら!」
ファングの顔が苦痛と憤怒に歪み、巨漢の手負いの身体が変型してゆく。
「あれは……」
そんな一部始終を、リムジンの中から見守る正に、シュラインがモバイルを操作しながら言った。
「ファング・ザ・コンバットはミュータントです。危機的な状況下では獣人態に変身して戦います」
「いけませんね、これは。……私も出ます」
「かしこまりました」
咆哮が、空気を震わせる。
銀のたてがみをもつ巨大な獣が、その爪でアスファルトをけずりながら跳んだ。
「ガッデム! 反則だろうが!」
重い一撃を、刀でかろうじて受け止めるシュリケン・ウルフ。悪態の返事は、さらに低い唸り声だけ。そのときだ。
「……!」
――ィィン……と、ガラスのように繊細な鈴の音が聴こえた、と思った瞬間、波動がふたりを相反する磁石のように弾き飛ばす。
「あんた……、lirvaか!」
ビルの谷間を、翼もないのに妖精のように飛ぶ肢体を、ウルフは見上げた。ほっそりしたしなやかな身体をつつむレオタード状のコスチューム。サッシュベルトと、銀の髪が風になびいていた。
「苦戦中?」
それこそ鈴が鳴るような澄んだ声で、lirvaと呼ばれた少女は問うた。近くのビルの外壁の出っ張りに悠然と腰を降ろし、戦場を見下ろす少女の顔は、マスカレードを思わす仮面で隠されている。
「シャーラップ! オレのショウタイムだぜ」
「危ない、ウルフ!」
ツイスターキッドがかまいたちを放った。今にも、ファングの第二撃がウルフに迫らんとしていたのだ。
「この野郎!」
真空の刃に斬られて、体勢を崩した獣をウルフの刀が再び薙ぎ払った。獣の悲鳴がこだまする。
「はい、そこまで!」
光が、ファングを撃った。それを浴びた瞬間、ミュータントの巨体はまるで重力を失ったように、風船のようにふわりと空中へと浮んでしまう。手足をばたばたさせて暴れたが、無重力状態の宇宙飛行士よろしくといったその状態では、もはやどんな抵抗も無駄に思えた。
「ファング・ザ・コンバット。強盗、殺人、その他十八の罪で、ただいまをもって身柄を拘束、メガ東京司法局への引き渡しを行います」
ひるがえったマントの下は、飾り緒や肩章のついた、貴族風の衣裳。それは他でもない十ヶ崎正だったが、この姿の彼はその名では呼ばれない。
「キャプテン・トキオ!」
ツイスターキッドが駆け寄る。
「今日も大活躍でしたね、キッド。シュラインくん――」
「はい」
こんなときもぴたりと傍を離れない秘書のシュラインが、バッグからジャーキーらしきものを取り出して、キッドに与えた。
「わーい、ありがとう、シュラインさん!」
「ちぇ。どいつもこいつもオレの活躍の邪魔しやがって」
ウルフはふと振仰いだが、すでに勝敗を決したと見たか、lirvaも姿を消していた。
「おっと。そういうことならおれも撤退だ。本番中だった! じゃあ、あとはまかせた、グッバイ、諸君!」
ボン!と煙幕を一発、シュリケン・ウルフ――こと、藍原和馬もその場を後にする。
「お待たせしました、メガ東京の市民のみなさん、アーンド、ヒーローのみなさん! この私が来たからにはもはや心配はノンノン! 愛・戦士R1、ただいま参上いたしましたァーーーーーー!! さあ、憎っくきヴィランズどもを成敗するため、ともに戦おうではありませんか、声高らかに! 愛のパワァで、おしおきよ★――って、あら?」
エレガントに波打つ金髪。鍛え上げた筋肉に鎧われた身体と、彫の深い顔立ちは、それなりに美しいと言えなくもなかった。
ただ、その上に身につけているのがストロベリー柄のハーフパンツと、ピンクのウェスタンブーツ、そして襟元をかざる巨大な蝶ネクタイだけ、というのが、その言動とあいまって、せっかくの美貌を台なしにしているのであった。
「…………」
愛・戦士R1とやらは、周囲を見回すが、すでに先行したヒーローたちの活躍によってファングは敗れさり、その手下もろともメガ東京警察に逮捕され、連行された後であった。現場で、事後処理を行っている警官たちが、邪魔そうに、R1のかたわらを通り過ぎてゆくばかりだ。
「フッ……どうやら私を怖れて悪は逃げ去ったようですネ。ああ、喩えて言うなら、私は遅れてきたヒーロー。ならば走ろう、さあ、あの夕陽に向かって!」
半裸の男が駆けて行くのを、警官と野次馬たちがうさんくさそうに見送る。
愛・戦士R1こと、ハットリ・リュウイチ36歳の行手には、メガロポリスの摩天楼の狭間に沈みゆく真っ赤な夕陽が燃えていた。
■消えたヒーローの謎
かくして、今日もまた、メガ東京ではヴィランズの犯罪が起こり、スーパーヒーローたちの活躍でそれが阻止されたのである。それはメガ東京における、いつもと変わりない日常といってよかった。何度となく、こうした闘いは繰りかえされ……それはいつまでたっても悪が根絶されないということでもあったが、しかし、一方で市民にとって、自身に危害が及ばない限りは、そんなニュースもまた娯楽のひとつであるのだった。
さて、そんなメガ東京の片隅に、その施設はある。
――メガ東京・ヒーローミュージアム。
ヒーローたちの活躍の歴史や報道資料、ゆかりの品々やコスチュームなどをおさめた博物館である。メガ東京の市長によって建設され、その館長として管理の一切を任されているのが、他ならぬ十ヶ崎正なのだった。
「館長。本日の事件については、こちらのファイルにレポートをまとめておきました」
「ご苦労さま。……シュラインくん、ちょっとこれを見て」
館長室のコンピュータに向かいながら、正は秘書を傍に招いた。
「このデータは……?」
「最近のヒーローたちの出現記録だ。すこし気になることがあってね……。シュラインくん、君は本当に、ディテクターは引退したのだと思うかね?」
「え――?」
シュラインの切れ長の目が、ふいをつかれて丸くなった。
「あ、いや……急にすまない。彼の姿が見られなくなってもう一年になる」
「もうそんなになりますか」
シュラインはそっと目を伏せた。沈着冷静な物腰から、無機質に見えることさえある彼女の顔に、そのときだけ、言いようのない淋しさのような感情が浮んだ。
「……実はね、シュラインくん」
正は表情を引き締めて、続けた。
「この一年のあいだ、それまでの出現ペースからは考えられない、長期に渡る出動実績のないヒーローたちが、ディテクター以外にも何人かいる。簡単に言えば、突然、姿を消した連中が」
「まさか」
「私から呼び掛けてみたのだけど、いずれも返答なし。もちろん、このデータベースはヒーローミュージアムがいわば勝手に収集したデータだしね。返答の義務などもありはしないが……」
ヒーローたちの情報を市民に提供する一方、ヒーロー同士の相互扶助や情報交換にも一役買う……それが、ヒーローミュージアムの知られざる仕事だった。
「そんなヒーローがこんなに……?」
正は頷き、画面に次々と、ヒーローのプロフィールデータを表示してゆく。
ディテクターこと、草間・武彦。かつて、メガ東京で活躍していたヒーローのひとりだ。彼がヒーローシグナルに応えて姿を見せなくなって一年。市民や仲間のヒーローは、その引退を囁き合っていた。仲間といっても、ヒーローたちはひとつの組織に属しているわけではなかった。それぞれがそれぞれの信念に基づいて活動しているに過ぎない。ヒーローミュージアムがゆるやかな連携体制のとれる環境を提供してはいても、しょせんは、個人個人が活動しているだけなのだ。ゆえに、その意志で、いつでも引退することはできる。
画面がどんどん切り替わった。
「ドクター・カナンこと河南・創士郎、イリュージョンガール/影沼・ヒミコ、ブレイドシャーク/霧嶋・徳治……」
「そんな……」
シュラインは目を見張った。
組織ではないがため、個々のヒーローたちの動向を、一斉に俯瞰して眺めるものはいなかった。だが、正がそれに気づいたとき……
「メガ東京のヒーローたちがいなくなっている。新しいヒーローのデビューもあるから、ごまかされてしまう。でも……なにかが起こっているんだと、私は思うんだ」
「鎮ちゃん! もう、どこ行ってたのよ!」
「きゅ〜?」
恵美が気づいたときには、彼女の愛フェレットはいつのまにやらケージに戻っているのだ。
「勝手にいなくなっちゃダメって言ってるでしょ」
「くぅ?」
言い聞かせてはみるが、小動物はつぶらな瞳で見返してくるだけ。それでいつでもごまかされてしまうのだ。
「しょうがないわねえ。ごはんにしましょう」
「くぅう、きゅう♪」
あくまでもただのフェレットとして、飼主に応えながら、鎮はなんとなく、ケ−ジ越しに窓の外を見遣った。
「きゅ?」
窓の下に、どこかで見たような男を見かけたのは運命か。
「はーい、ごはんですよー……って、あれっ!?」
フェレットフードの箱を手に、戻った恵美が見たのは、またももぬけの空のケージであった。
そのとき、アパートメント・アヤカシの裏手では、こんな一幕が演じられていた。
「もしもし、そこの方――」
呼び掛けられて、振り向いたのはリュウイチ・ハットリだ。
「何でしょう?」
「あなたはもしや、スーパーヒーローの――」
呼び掛けたのは、見知らぬ男だった。ただ、帽子を目深にかぶり、その表情はうかがいしれない。リュウイチは男の言葉を遮った。
「しーーっ! そのことをどうして」
ヒーローたちは皆、「世を忍ぶ仮の姿」を持って生活している。ヒーローの正体は、ヒーロー仲間以外には知られていないのが普通だ。
「実は、わたくしどものボスが、折り入って、あなたにご相談したいことが」
「何ですって? あなた一体……、はっ、もしや!?」
リュウイチの目がぎらりと輝いた。その眼光に、相手はたじろぐ。
「もしや、私のファンクラブをつくりたいとか!? 困りますね。私としてはあまり目立ち過ぎるようなことは――」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「これ以上人気が出ても困るんですヨー、これでなかなか忙しいもので」
「とにかく、詳しいお話はボスにお会い下さい、さあこちらへ」
と、噛み合わない会話のまま連れ立ってゆくふたり。
そして、その後を、小さな影が追い掛けてゆくのに、気づいたものはいなかった。
電子音が、ヴィジュアルチャットの呼び出しを告げる。
lirvaは画面を確認した。……「To: lirva From: Shuriken Wolf」。苦笑まじりに、キーを叩く。
「よっ!」
覆面男が画面の隅のウィンドウにあらわれる。
「何の用?」
「冷たいねぇ。今日はどーも」
「どういたしまして」
「お礼に今度、食事にでもどう?」
「…………奥さん出ていったのですって?」
「……! なんでそんなこと知ってんだよ」
「私のネットワークを甘くみないで。ところで、《ミュージアム》からのメールは読んだ?」
lirvaの緑の瞳が、すっ、と細められた。
「奴さんがた、バカンスにでも行ってるだけなんじゃないの?」
「どうかしら」
「心当たりがあるのか」
「そうねえ……」
少女の口元に、謎めいた微笑が浮んだ。
■動き出す影、邪悪の館へ
そこは、壮麗な調度類に埋め尽くされた、街はずれの洋館であった。
リュウイチを、優雅な所作で、女主人が迎え入れる。黒猫を抱き、黒いドレスに身を包んだ女は、目を伏せたまま、静かに告げた。
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
「はい? 私は、あなたに呼ばれて――」
「言わなくてもわかる‥‥昼と夜の狭間‥‥薄闇の世界。その中を覗くのが‥‥触れるのが好きなんでしょう? 貴方も、薄闇の世界に魅入られてしまった人なのね」
「はあ……」
「ここには、誰かが見‥‥体験した怪奇事件の全ての記録が、そして薄闇の世界に魅入られた人々の記録が集められている。もちろん、貴方の記録もここに‥‥」
「あなたは一体……」
「メガ東京のスーパーヒーローたちは――」
女の唇に、あやしい微笑が浮んだ。
「すべて、私のもの」
「危ないッ!」
飛び込んできた、小さな影。
「はうッ!」
その小さな体に、実は見かけ以上の力が秘められていたらしい。ロケットのようにリュウイチに体当たりを食らわせると、彼は部屋の端まで一瞬で突き飛ばされたのだ。
「な、なにを…………はっ」
見れば、先程までリュウイチが立っていた場所に、ぽっかりと落とし穴が開いているのだった。
「邪魔立てを――」
「あやしいやつだな。何が目的か知らないが、このツイスターキッドが来たからには容赦しないぞ!」
「ちっ」
ドレスの裾をひるがえして、走り去る女。
「待て――……って」
じたばたと足を動かすが、前に進まない。リュウイチが、キッドのマントをつまんでいるのだ。
「は、はなしてよ、おじさん」
振り向いたキッドを、じっと見つめるリュウイチ。
「…………」
「な、なに……?」
「……か、カワイイ……」
キッドに負けず劣らず、つぶらな瞳で、リュウイチが呟いた。そして、
「激カーワーイーイー↑、超キュートってゆーか!!」
ぎゅうぅっっ、と彼を抱き締めると、ほおずりをする。
「わ、わ、ちょ、ちょっと待って、お、おじさん! むぎゅ――」
抱擁が終わるころには、小動物はぐったりしていた。
「身を挺して私を救ってくれたんだね。ありがとう、君の犠牲は無駄にはしまい! 覚悟しておけ、悪者ども!」
そして、リュウイチは、くいっ、と腰をくねらす奇妙なポージングとともに、高らかに叫んだ。
「ミラクル・ラブ・パゥワァーーー・メイクアップ!!」
妙にキラキラした効果音とともに、彼は桃色の光に包まれ、その衣服がすべて弾け飛んだ。あやしいピンクのエネルギーが、いったん、 全 裸 になった彼の身体の上で、コスチュームに結晶してゆく。
「愛・戦士R1、変身完了!」
ぴしっ、とキメポーズ。……ツイスターキッドはすでに彼の足元でのびていたため、このいろんな意味で問題の多い変身シーンを、目撃したものがいなかったのは幸いだった。
と、そのとき、突然、部屋の灯りが消え、あたりは闇に包まれる。
「むうっ、闇にまぎれて逃げるつもりですね。そうはいきませんヨ。愛のパワァでおしおきよ★――って、あらぁあああああああああ――!?」
闇の中に、長く尾を引く悲鳴。勢いこんで踏み出したR1は、結局、落とし穴にみずから飛び込んでしまったようだった。
「おい、館の灯りが消えたぞ」
「消したのよ」
洋館を見下ろすビルの屋上にいるふたつの影。言うまでもなく、lirvaとシュリケン・ウルフだった。
「セキュリティを解除するわ」
「ハッキングか。流石だな」
lirvaはモバイル端末を操りながら、
「過去に、姿を消したヒーローたちの通信記録をすべてチェックしてみたの。いくつか、身元不明の人物からのアクセスがあったわ。しかも、かれらが姿を消したのがそのすぐ後。消えたヒーローの行方は、あの館――高峰心霊学研究所とやらの住人が知ってるはず」
と、語った。
「通信記録って、おまえそれ犯罪――」
「さ、行きましょ」
マスカレードの仮面の奥で、lirvaの瞳がきらめく。
「ショウタイムだわ」
「lirvaが動き出しました」
シュラインの伶俐な声に、正が振り向く。
「狙い通りだね」
「あるいはそれさえ、彼女に利用されているのかも」
「構いませんよ。それがメガ東京の平和に結びつくのなら。行きましょう。……キャプテンモービル、発進です!」
「かしこまりました」
数分後、ヒーローミュージアムを出発した一台のリムジンがある。道路を走るうち、車体横からはウィングが生え、ボディカラーが変わり、後方にジェット噴射エンジンがあらわれる。キャプテン・トキオのスーパーマシーン、キャプテンモービルは、まっしぐらに、「高峰心霊学研究所」を目指していた。
■決戦!リッキー・II・マン
「停電? まさか……」
闇の中で、女は眉をひそめた。
「……」
じっと気配を探る。腕の中の黒猫が、にゃあ、と、声をあげた。
「ネズミがいるようねぇ」
するり、と腕を抜け出した黒猫は……たん!と床を蹴ると、異様な跳躍を見せた。同時に、その目がカッと輝き――
爆音!
くずれた天井から、月明りが差込む。
「ネコ爆弾かよ! デンジャラス!」
がれきと土煙の向こうから悪態をつく声が聴こえてきた。
「……いらっしゃい、シュリケン・ウルフ」
「嬉しいね。知ってもらっているとは」
「メガ東京のスーパーヒーローは全員知ってるわ。みな、かれらを私のものにする計画なのだから」
女は笑った。
「何者だ、てめぇ」
その言葉にこたえるように――女はばさり、と衣服を剥いだ。その下からあらわれたのは、全身黒ずくめの、冷酷そうな人相の男であった。
「わたしはリッキー・II・マン」
不気味な合成音のような声が漏れる。
「すべてのスーパーヒーローはわたしのコレクションに加わるのだ」
「クレイジー……!」
「おまえも私のものになるがいい、シュリケン・ウルフ――」
だが、その言葉も終わらぬうちに――
「そうはいきませんよ、リッキー・II・マン!」
壁をぶちぬいて、飛び込んできたのは、キャプテン・モービルだ。
「死の商人にして幾多のヴィランズたちに科学兵器を提供してきたマッド・サイエンティスト、リッキー・II・マン。こんどはまたずいぶん大それたたくらみを進めていたようですね。だがそれも今日で終わりです」
すっくと立ったその姿は、指導者の風格――、キャプテン・トキオ!
「こいつぁ……派手なショウになりそうだな」
不敵に微笑む、熱血の覆面――、シュリケン・ウルフ!
「もうおいたが出来ないようにしてあげるわ」
闇を照らす光の花を思わせる、妖精の微笑み――、lirva!
「俺も忘れないで! メガ東京いち小さいヒーローだけど、正義の心は誰にも負けないぞ!」
そして飛び込んでくるつむじ風――、ツイスターキッド!
ヒーローたちが、邪悪なマッド・サイエンティストを取り囲んだ。
「もう逃げられませんよ」
と迫るキャプテン・トキオに、
「それはどうかな」
しかし、リッキー・II・マンはほくそ笑む。……すると、ふいに、地鳴りとともに、かれらの立つ床が沈んでゆく。床自体がエレベーターのように、地階へと降下しているのだ。
「……せっかく、お越しいただいたのだから……わたしのコレクションをお目にかけよう」
地階の壁が音もなく開き、そこからゆらゆらとさまよい出てくる無数の影――。
「こ、こいつら……!」
「そう……。そういうことだったのね」
「ドクター・カナン……、イリュージョンガール……!」
姿を消したヒーローたちだ。皆、一様にうつろな目のまま、にじり寄ってくる。キャプテン・トキオたちが、一転して包囲される側になった。
「わたしの洗脳電波で、かれらは皆、わたしの忠実な下僕になったのだ。こうしてヒーローたちをすべてわたしの配下に変える。その力があれば、間抜けなヴィランズどもに武器の供給をするなど回りくどいことをせずとも、このメガ東京をわたしが支配することができるだろう。……さあ、わたしのしもべたち、かれらも仲間にしてやるがいい!」
津波のように、邪悪に支配されたヒーローたちの群れが襲いかかってくる。
「うお! な、なにしやがる!」
「いけません、シュリケン・ウルフ! かれらは敵じゃない!」
「そんな悠長なこと言ってる場合かしら」
「われわれはスーパーヒーローなんです! どんな形であれ、そのことを裏切るわけにはいかない! ……シュラインくん!」
「かしこまりました――」
ずっとキャプテン・トキオの傍らで、その影のように控えていたシュライン・エマが進み出て――、かれらは彼女の瞳がカッと輝くのを見た。
「『ソニックモード、シフトチェンジ』」
次の瞬間! 足の裏からジェット噴射の炎の尾を引いて、流星のような豪速でシュラインは駆けた……いや、というよりは、飛んだ。
「ヒーロー・ミュージアムの館長秘書、シュライン・エマは仮の姿。真の彼女はメガ東京最強最速のサイボーグ、ソニックレディです」
「なにっ!」
まっしぐらにリッキー・II・マンを目指すソニックレディ。
だが……、その前に立ちはだかった黒い影がある!
「!」
急ブレーキ! ソニックレディの足が床を削り、その摩擦熱が黒い煙を上げた。
「ディテクター!」
黒いコートの、サングラスの男は、無表情に、ソニックレディに銃口を向ける。
「目を覚まして!」
「無駄だ。私の洗脳電波は何をしても――」
「お待たせしました、メガ東京のヒーローのみなさん!」
突如、あさっての方向からその声が聞こえた。
「ああっ! こんな大変なときに……」
ツイスターキッドが頭を抱えるがもう遅い。ピンク色の旋風が躍り出る。
「愛・戦士R1、ご期待にこたえて只今参上いたしましたァーーー!」
「っていうか呼んでないし!」
「見せるぞ今必殺の、ラブチャージ☆エスカレーション!」
R1の、半裸の肉体から金色の光がほとばしった。それが、ディテクターたちを打ちすえて……
「はっ、オレはいったい今まで何を――」
「ディテクター!」
「ちょっとまて、なんだそのデタラメな展開はーーー!!」
シュリケン・ウルフが渾身の力でツッコミを入れたが、洗脳されていたヒーローたちは次々と目を覚ましてゆく。
「これが愛のパワァです」
そして、くいッと腰をひねった決めポーズ。
「たあッ!」
シュラインの爪先が、リッキー・II・マンを蹴り上げたのが、次なる展開への合図となった。
「ツイスターブラスト!」
ツイスターキッドが、それに追随するように跳び、カマイタチの攻撃を叩き込む。
「シルバースプラッシュ!」
lirvaの放った、衝撃波が、さらに、その身を捕らえ、
「ニンジャ・スラッシュ!」
シュリケン・ウルフの刀が、とどめとばかりに敵を切り裂いた。
「お……おの、れ……よく、も…………」
邪悪の滅びを告げる爆発が、地下の空間に散華した。
■大団円
こうして、またひとつ、悪の野望が潰えた。
だがメガ東京のヒーローたちの、休息はほんのひとときしかない。
「メガ東京市民のみなさん。只今をもって、この都市はわれわれブラックスーツ団の制圧下におかれます!」
黒服に黒眼鏡のヴィランズが、同じ格好の手下たちに命じると、重火器を持った一団が街中に散ってゆく。だが、そこへ――
「シュラインくん、ヒーローシグナルを!」
「かしこまりました」
「もう、しょうがないわね。倒しても倒しても……」
「むッ、またもや、私を呼ぶ声が」
「呼んでないし。って、ちょっと待って、俺も行くからさ!」
「ちょっくらやってきますかねェ。さぁ――」
「イッツ・ア・ショウタイム!」
THE END
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■ C A S T ■
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★ソニックレディ
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
★lirva
【1282/光月・羽澄/女/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
★シュリケン・ウルフ
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
★ツイスターキッド
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】
★キャプテン・トキオ
【3419/十ヶ崎・正/男/27歳/美術館オーナー兼仲介業】
★愛・戦士R1
【4310/リュウイチ・ハットリ/男/36歳/『ネバーランド』総帥】
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■ ライター通信 ■
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リッキー2号です。
大変、お待たせいたしました。『リッキー・ヒーロー・ショウ』をお届けします。
ヒーローものって……こんな……(笑)? なにか違うような気もしてきました。
>ソニックレディさま
なんか凄いものを書いてしまった気がします。「ジェット噴射で飛ぶシュラインさん」って(笑)! ディテクターは申し訳程度の登場になってしまいましたが。。。
>lirvaさま
ヒロインなのに小悪魔度が上がってます(当社比)。何故ッ!? 怪盗猫目とは盲点でした。仮面はサービスでつけてみました(ちょっと待て)。
>シュリケン・ウルフさま
「キャサリン……。……誰?」←プレイング一読後の第一声。いつもありがとうございます。このヒーローネーム、われながら今回のお気に入りかもです。
>ツイスターキッドさま
ご参加ありがとうございますー。小動物ヒーローをどう演出しようかと思い、とりあえずマント着せてみました(……)。カラシすりこむのとかやってみたかったんですけど……。
>キャプテン・トキオさま
キャプテン・アメリカ(ご存じでしょうか)の雰囲気で名付けさせていただきました。衣裳が貴族風なのは、パラシュート背負ってる人っぽく……(これもご存じでしょうか・汗)。
>愛・戦士R1さま
全身図を参考にさせていただきつつ(笑)、とても楽しく描かせていただきましたよ。適当なストーキング対象がいなかったので、小動物萌えにしてみました(笑)。
実は結構、アメコミは好きです。
そんなアメコミ風の世界観や、ガジェットをちりばめてみたつもりですが……。
お楽しみいただければさいわいです。
ご参加ありがとうございました!
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