■だって寒いんだもん■
月村ツバサ |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
コートの襟を立てて、一文字に口をつぐみ、草間武彦はまるでギャンブルでボロ負けした後のような哀愁を漂わせながら歩いていた。実際はそんなものには手を出していない。ただ、依頼をこなしてきただけだ。ちゃんと塾に行ってるのか心配だという子どもの尾行だったはずが、子どもの歩いていった先はなぜか古寺で、いつのまにか妖怪退治が最終目的になっていて、頼りになる仲間に助けてもらって無事一件落着した帰りである。
「まともな依頼を受けたいと思うのは、俺のわがままなのか……?」
神様にそう尋ねたくなるのもうなずけよう。
彼は、天を仰いだ。北風に踊らされた枯葉が舞う。まるで今の俺のようだ、と彼はハードボイルドにそう思った。
視界の端に、妙なものが映った。火柱に見えたが、気のせいだろうか。昨今の妖怪関連事件のせいで疲れがたまり、幻覚が見えてしまっているのかもしれない。その可能性は多いにあり得る。
目をこすり、もう一度その方向を見てみた。それはまだ見えていた。どうやら、見間違いではないらしい。
巨大な焚き火、もしくはキャンプファイヤー、そうでなければ、放火。高層マンションの切れ間から、まるでシュールな絵画のように、全てをなめ尽くす赤い舌が覗いている。
彼はいまいましげに舌打ちをした。
「まさか、あの野郎……」
あの方角には、見に覚えがあった。
彼の腐れ縁、九頭鬼簾の家のあるちょうどその方角であるのだ。
ほとんど確信に近い「予感」を胸に、武彦はそちらへと向かうことになる――
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燃えてるのは月下荘の近くの空き地です。
落ち葉を集めて焚き火を行っています。
草間武彦氏とともに、遊びに来てくれる方募集です。
後始末してくださる方、一緒に楽しんでくださる方、気に乗じて何かやらかす方、なんでもOKです。ちょっとしたバトルなどもあってもいいなぁ、と思っております。
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だって寒いんだもん
◆0◆
コートの襟を立てて、一文字に口をつぐみ、草間武彦はまるでギャンブルでボロ負けした後のような哀愁を漂わせながら歩いていた。実際はそんなものには手を出していない。ただ、依頼をこなしてきただけだ。ちゃんと塾に行ってるのか心配だという子どもの尾行だったはずが、子どもの歩いていった先はなぜか古寺で、いつのまにか妖怪退治が最終目的になっていて、頼りになる仲間に助けてもらって無事一件落着した帰りである。
「まともな依頼を受けたいと思うのは、俺のわがままなのか……?」
神様にそう尋ねたくなるのもうなずけよう。
彼は、天を仰いだ。北風に踊らされた枯葉が舞う。まるで今の俺のようだ、と彼はハードボイルドにそう思った。
視界の端に、妙なものが映った。火柱に見えたが、気のせいだろうか。昨今の妖怪関連事件のせいで疲れがたまり、幻覚が見えてしまっているのかもしれない。その可能性は多いにあり得る。
目をこすり、もう一度その方向を見てみた。それはまだ見えていた。どうやら、見間違いではないらしい。
巨大な焚き火、もしくはキャンプファイヤー、そうでなければ、放火。高層マンションの切れ間から、まるでシュールな絵画のように、全てをなめ尽くす赤い舌が覗いている。
彼はいまいましげに舌打ちをした。
「まさか、あの野郎……」
あの方角には、見に覚えがあった。
彼の腐れ縁、九頭鬼簾の家のあるちょうどその方角であるのだ。
ほとんど確信に近い「予感」を胸に、武彦はそちらへと向かうことになる――
◆1◆
『今日も、頼りになる仲間と一緒に妖怪退治に行ってきた』という少々自嘲的な電話を受け、シュライン・エマは草間興信所を出ようと決意した。別に見捨てたわけではなく、ねぎらうためである。
おにぎりの入った包み紙袋に入れる。
「シュラインさん、それはなんですか?」
「これかしら? 粕汁よ。今日みたいに寒い日にはぴったりなんだから」
草間興信所、お留守番担当の草間・零に自分の肩にかけたポットを指し示す。保温・保湿に優れているから、飲み物以外に汁物をいれるのにも適しているのだ、これが。
「じゃあ、行ってくるわね、零ちゃん」
「はい、いってらっしゃい!」
零に手を振って、シュラインは興信所を後にした。
■
草間・武彦とはすぐに合流できた。血相を変えて走っていくのを、偶然に見かけたのだが、神がいるのだとしたら引き合わせてくれたのかもしれないと期待してしまう程度にはすごい偶然だ。
「どうしたの、武彦さん」
「俺の知り合いの馬鹿が、ちょっとな……」
武彦は言葉尻を溜め息で濁した。無言のまま、顎で走っていく先を指す。
シュラインが見たのは、ビルに合間に見える赤。――火柱だった。
「あれは、武彦さんの知り合いの仕業なの?」
「恐らくな。急ごう」
「そうね」
東京を火の海にされてはたまらない。それと同時に、武彦が怪奇探偵と呼ばれるきっかけは大分前からあったのかもしれないとうすうす思ってしまうシュラインであった。
「武彦さんの知りあいって、どんな人なの?」
シュラインが純粋な興味から訊ねると、武彦は何故か苦い顔をして返事を渋った。まさか、知り合いとは女性なのだろうか。武彦とて、付き合った女の一人や二人いてもおかしくない。おかしくないのだが、何故かいまいち想像できないのは恐らく変わった依頼ばかり受ける今を知っているからだろう。
「多分、シュラインも名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか」
「え?」
「九頭鬼、簾。小説家の男だ」
「九頭鬼……確かに、見かけたことがあるわ」
書店でたまに名前を見かける。妙にインパクトのある苗字だったので、つい想像してしまった記憶がある。頭が九つもある鬼。恐すぎる。
「その九頭鬼さんが武彦さんの知り合いなの?」
「腐れ縁だけどな」
武彦は嘆息交じりに言った。
「こういうことをするような方なの?」
「さぁな。しかねない奴だってのは確かだ」
走っていくほどに、非常識な火柱に近づいていく。
何故他の住人たちはこれを前に騒がないのだろう。まさか、日常茶飯事というわけではないだろうが。
少し開けた空き地の真ん中に、馬鹿でかい焚き火はあった。すぐ近くにいるのは、黒いコートの男ともう一人。ベージュ色のセーターを着て、サンダルをつっかけている男だ。
「あいつ……」
武彦が怒りに拳を震わせている。
セーターの男が二人の存在に気付いたようだ。のん気に手を振って、呼んでいるようだ。
「行くぞ、シュライン。あの火を消し止める。――多少の犠牲は仕方ない」
犠牲とはどう考えてもあの二人のことだろう。
◆2◆
「久し振りだねえ、草間」
「相変わらず非常識だな、九頭鬼!」
掴みどころのない九頭鬼簾と、烈火の如く怒っている草間は、再会するなりこれだ。おそらく、出会った当初からこう言った力関係だったのだろう。
シュラインはなんとなく微笑ましい気分になって二人の様子を眺めていたが、やがて視線を火柱に移した。不思議なのは、この大きさのわりにはそう熱くないということだ。3階建てのビルくらいの高さがありながら、暖かさはこう言ってしまうのも妙だが丁度よい。小さな焚き火しかないのに、視界だけは虫眼鏡でも覗いたように大きな焚き火に見えるような感じだ。
「皆さんも、火にあたりに来たんですか?」
シオンだ。しゃがんだままで訊ねてくる。
「この火は、あなたがつけたものなのかしら?」
「いいえ。でも私を呼んでいたんです」
すっとぼけた返事が返ってくる。しかし、あの大きさの火ならば誰しも気になって寄って来るものかもしれない。ただ、消そうとしないだけで。
「暖を取っているところ申し訳ないんだけれど、危ないから消しましょうか」
「消しちゃうんですか?」
シュラインのもっともな提案に、しかしシオンはまるで今にも捨てられそうになっている子犬のような目をした。不惑の年を過ぎたおじさんのくせに純粋な眼差しでシュラインを見つめる。何故だろう。正しいことを言っているはずなのにさも悪いことをしようとしているような罪悪感にさいなまれるのは。
シュラインが良心と格闘していると、ふいに肩を掴まれた。掴んだのは草間武彦だ。
「シュラインもそう思うよな?」
いきなり問い掛けられても、話の筋がわからない。武彦と熱弁を振るっていた簾も、シオンの肩をぐっと掴み立ちあがらせる。
「あんただって、そう思うよな?」
「ええと……なにがですか?」
シオンと一緒に、胸元の兎も小首をかしげた。ちょっと和む。ちょっとだけシオンの胸元を見て一息ついてしまった三人だが、すぐに我に返る。
「なんの害もないんだ。このままにしといたって問題ないだろう」
九頭鬼簾の主張を聞き、シュラインはようやく話が掴めてきた。この火をどうするかで対立しているわけだ。それならば、どちらの立場につくかなんて決まっている。
「害がなくても、視覚的には十分過ぎる怪異だわ。消すべきよ」
シュラインの言葉に、ほれ見ろといわんばかりに武彦が胸を張った。ぴくりと簾の眉が引きつるように動く。
「こんな寒い日に、せっかくの焚き火を消すなんてもったいないこと出来るか。そう思うだろ?」
簾は少し背伸びをしてシオンの肩に腕を回した。こっそり耳元で「勝てば焼き芋」と囁く。今ここに芋同盟が出来あがった。
「全くです、簾さんの言うとおりですよ! 私たちの希望の火は絶やさないようにしなくては!」
「そうだよな。いつでも熱い情熱を胸にたぎらせていないとな」
「だから、絶対にこの火は消させません!」
飛躍しまくった独自の論をアドリブで唱えながら、二人はいつのまにか火を守るかのように立ちはだかっている。シュラインと武彦には、炎がまるで二人の心を表しているかのようにも見えた。しかし、常識人である二人はそんな感情論に惑わされたりはしなかった。
武彦が、近くに落ちていたバケツを拾い上げる。バケツと炎とを見比べ、突撃を控えた日本兵のような悲壮な覚悟を決めた顔で、シュラインに告げる。
「これで水をくんできて、消火する」
「武彦さん、でもそれじゃあ……」
いつまでたっても火は消えそうにないと思うのだけど。
それよりなにより、武彦の言に激怒したのは火柱擁護派の二人である。
「この火を消すって、本気で言っているんですか!?」
未成年の主張を思わせる熱血ぶりだ。火柱が、シオンの熱い思いに答えるかのようにごうっと燃え上がる。こうなると、シュラインとしてももう見過ごせない。
「九頭鬼さん、ちょっと遊びが過ぎるのではなくて?」
「害はないだろ」
ぷいっと顔をそむける九頭鬼だ。
「こら、九頭鬼。いつまで反抗期なんだよ。自由業だってなあ、他者との協調性は大事なんだぞ! 妥協や諦めやその他もろもろ、時には信念を曲げてでも依頼を受けなきゃいけない時だってあるんだ……ッ!」
一体武彦はなんの話がしたいのだろう。自分の自由業――探偵業の辛い事実をうっかり暴露している。シュラインは鼻の奥がつんとした。
「武彦さん……負けないでね」
武彦の肩にそっと手を置く。彼の世知辛い日常の一端を知っている身としては放っておけなかったのだ。
すると
「あれ、草間クン、もしやそちらの女性は君の彼女だったのか?」
貴様の弱点見つけたり、そんな勝ち誇った表情の九頭鬼がいた。シオンも
「そういえば、仲が良いようですねえ。そうか、お二人はアツアツだからこんな炎なんて要らないとおっしゃるんですね!」
示し合わせたように畳み掛ける。
「なッ……」
シュラインたちは揃って赤くなった。
実際の所は、まだ片思いなのである。シュラインはすでに事務員という枠を越えて武彦を支えてあげたいと思っているが、それを告げたことはないし、告げたことで関係がギクシャクとしてしまうのが恐かった。時折自分に見せてくれる優しさだけで、今は満足していた。頼りにしてくれればそれで良かったのだ。
「お、俺とシュラインは、そういう仲じゃないさ。ただの探偵と事務員。妙なことを言い出すな」
武彦のしどろもどろの弁明に、九頭鬼はますますニヤニヤするばかりだ。シュラインは反撃を試みることにした。
「仲が良いだけで恋人同士になるなら、九頭鬼さんとシオンさんもそうなるということよね?」
「は、私ですか?」
「何を馬鹿な……」
二人はうっかり目を合わせてしまった。同時に首を振る。あり得ない。絶対に。
九頭鬼は両手を頭の高さにまで上げて降参の意を表し、
「悪かった。さっきのは取り消すよ。でも、この火は消さないからな」
「お前、ただ俺と張り合いたいがためにそう言ってるだろ」
「そんなことないさ。――そうだ」
地面に書かれたラクガキが九頭鬼の目に入った。これがあったじゃないか。
「焼き芋一つ焼かないで、何が焚き火だよな。シオン、これで芋を買ってこい!」
無造作にポケットに手を入れて、財布からお札を数枚握らせた。シオンの目が輝く。
「はい! たくさん買ってきますね! 値切り交渉術を駆使してきますから、待っててください!」
予想を裏切らない返事をしたシオンは、旋風の如く走り出した。あっという間にその姿は不可視の小ささになる。
「どうしたんだ、九頭鬼。味方をわざわざ遠くへやるなんて」
「ふッ、甘いな草間」
九頭鬼はにやりと笑って眼鏡を押し上げると、
「もしも、シオンがいない間に火が消えていたら、やつは一体どんな顔をすると思う?」
純粋なチワワみたいな目が涙に潤む姿が容易に想像できた。あの目に泣きつかれたら……。
「どこまでも卑怯なやつだな」
「非力なヤツは頭を使わなきゃやってけなくてね」
火柱を巡る攻防は、ここに決着したかに見えた。
しかし、彼らは見つけてしまった。
火のそばに無造作に置かれた1冊の古書を。そばに置かれているにもかかわらず、燃え移ったりせずただそこにおいてある。
「それはなにかしら?」
シュラインが指摘すると、
「ん、何だろう……」
「お前のじゃないのか」
「いや、身に覚えはないんだけど」
三人は恐る恐るそれに近づいていった。手を伸ばしたのは九頭鬼だった。身に覚えはないが、見覚えはある。自室――書斎で見かけたような。九頭鬼が本をこんな所にも出すことはまずないが、そんなことをしそうないたずらっ子な同居人が2人もいる。
本を取り上げると、炎は見る見るうちに小さくなっていった。
「それは一体どんな効果のある本なんだ」
武彦とシュラインが、九頭鬼の手元を覗き込む。
九頭鬼は中をぺらぺらとめくり、とにかく外国語としか分からない文面を追っていたが、やがてため息をついた。本の中に、挿絵のあるページを見つけたのだ。
「……マッチ売りの少女みたいね」
寒空の下、レンガの壁に寄りかかるようにして座り、かごからマッチを取り出す少女の姿が描かれている。
「なんとなくこの本の効果が分かったぞ」
武彦が呟いた。
マッチ売りの少女は、寒さのあまり売りもののマッチをこすり、その向こうに幻を見る。この本は、幻を見せてくれる本ということなのだろう。人騒がせな本だ。
「火は跡形もなく消えましたね」
燃えかす一つ残っていない。まるで全部が夢だったかのようだ。
「おい、まずいぞ草間」
「どうしてだ」
「シオンが悲しむ」
「あ……」
先ほど喜び勇んで芋を買いに行っていた男が、そういえばいた。火が消えたと知ったらどうしてしまうのだろう。泣きながら生の芋をかじりかねない。
「――あ、そういえば私、お握りと、それからかす汁を持ってきていたわ」
シュラインが、手にしていた紙袋を見せた。男たちに安堵の色が広がる。
「よし、それを持って家に来てくれ。芋を焼く準備をするから」
九頭鬼はバケツを拾い上げると家へと走っていった。「焼き芋だ、焼き芋をする道具はたしか……」と呟いていたから、今から鍋を探すのだろう。
◆3◆
「――シュライン」
武彦が、シュラインから思いきり目をそらしつつ声をかけてきた。
「何?」
「さっき……お前のことをただの事務員って言っちまったけどな」
「ええ」
「ただの事務員じゃないからな。いなくちゃ困る。――あいつの手前言えなかったが、一応それだけは言っておくからな」
「武彦さん……」
武彦はシュラインに背を向けたまま、懐から煙草を取り出し火をつけた。
シュラインの目には、まるで火をつけたように真っ赤になっている武彦の耳たぶが見えていて、思わず微笑んでしまった。
Fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α】
【NPC / 草間・武彦 / 男 /31 / 草間興信所所長】
【NPC / 九頭鬼・簾 / 男 / 27 / 小説家】
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■ ライター通信 ■
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初めまして。月村ツバサです。
今回は「だって寒いんだもん」に参加していただきありがとうございます。
シュラインさんと草間武彦氏の関係はWRさんによってさまざまだということでしたので、
片思い以上両思い未満、という形にさせていただきました。
お気に召していただければ幸いです。
2005/02/13
月村ツバサ
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