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■幻影浄土〜人形〜■

黒金かるかん
【3077】【司城・奏人】【幽霊学生】
「いらっしゃい、王禅寺へようこそ……浄化を手伝ってくれるんだね?」
 王禅寺万夜が、あなたを出迎えた。
「今回お願いしたいのは、この子だよ」
 その手には、人形が一体抱きかかえられている。
「悪い子じゃないんだ。もうじき眠るよ……だからね、この子の最期の願いを叶えてあげてほしいんだ」
 万夜は愛しげに人形を撫でている。
「何が希望なのか、話は本人から聞いてね。人形の言葉がわからなかったら、月見里のお兄ちゃんが手伝ってくれるから、頼んでね。必要なら、この子の過去は見せてあげられるよ……あと……情が移らないように気をつけてね? この子を、あげるわけにはいかないから。それじゃあ……よろしくね」
 そう言って、万夜はあなたに人形を差し出した。

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※注意事項
このゲームノベルシナリオは、常時登録しておくものです。何度も同じシナリオで募集をかけますので、ご了承ください。
基本の流れは同一ですが、詳細部分は各自プレイングにて指定してください。シチュエーションの限られたシングルノベルだと考えていただくと、最も近いかと思われます。
シナリオ中の人形はあげられませんので、ご了承ください。

募集人数:
基本1人。
シングルノベルっぽく、さっぱり短めのお話or万夜か海音とのツインノベル風になります。NPCを連れ出す場合は、その旨明記してください。黒金が登録しているNPC以外を指定しても、お応えできませんので、お気をつけください。
複数人で発注したい場合、事前にフォームレター等で打診してください。受けられそうな人数ならば、その分だけ開けます。

プレイング必須事項:
人形の種類=ぬいぐるみ・ビスクドール・市松人形など。
人形の最期の望み=前の持ち主に会いたい、前に住んでいたところに帰りたいなど。基本的に参加者一人だけの話なので、トンデモ系の馬鹿げた願いごとでも構いません。
幻影浄土〜貴女に夢を〜 

「司城くん、大丈夫?」
 長い黒髪が頬をくすぐって、司城奏人は目を覚ました。
「次、教室移動よ?」
 奏人は机の上の腕に預けていた頭を、ゆっくり上げた。今度は自分の無造作な髪が、さらりと顔にかかって、奏人はそれを後ろに払うようにかきあげる。見上げれば、艶やかで美しい長い黒髪の少女が奏人を微笑みながら見下ろしていた。
「僕、寝てた?」
「もう、ぐっすり」
 少し幼なげな顔立ちの少女は、くすくす笑う。
「もっと早く、起こしてくれればよかったのに」
 奏人の苦笑に、少女……祥子はそこで笑うのをやめた。
「ごめんなさい、でも、本当に気持ちよさそうに寝ていたから」
「そんなに?」
「夜更かしでもしてたの?」
 ううん、と奏人は考え込む。
「夜更かしは夜更かしだったかもしれないね……でも、そんなに眠くなかったはずなんだけど」
「気持ちは元気でも、体は疲れていたのよ。そういうことって、あるでしょう?」
「そうだね」
「それに司城くんって、力を入れたら壊れちゃいそうなくらい細いから……疲れやすそう」
 奏人は祥子の自分に対する感想を、ちょっと微妙な気分で聞いていた。見た目が頑健な体でないことはわかっているが、その自分よりも華奢で体も小さいはずの少女に言われると、自分のイメージに少し疑問を抱く。そんな自分が、いやだというわけではないが……
「祥子ちゃんの細腕程度じゃー、さすがの司城も壊れやしないと思うぜ?」
 そんな気分を吹き飛ばすかのように、廊下から明るい笑い声が聞こえた。
 振り返ると廊下側の窓によりかかるように、一年先輩の月見里海音が覗いている。
「気になるなら、抱きしめて試してみたらどうだい? 祥子ちゃん」
 そんな冷やかしに、祥子は戸惑うように奏人の影に隠れた。
 後ろに回られた奏人には見えなかったが、月見里のほうからは祥子の顔が見えているからか。月見里は頬杖をつき、にやにや笑いを浮かべて続けてくる。
「顔が真っ赤だぜ、祥子ちゃん」
 背中に回った祥子の手が、ぎゅっと奏人の服を掴むのがわかった。
「先輩……からかわないでくださいよ」
 微笑を崩さない奏人の申し立てに、月見里はさらに笑う。
「すまんすまん、可愛いから、ついね。おまえたちじゃあ、どっちがどっちを抱きしめたって壊れやしないだろうさ」
 そこで背中の服を掴む力が、少し強くなったような気がした。普段慣れた友人相手には明るいけれど、祥子には少し内気で照れ屋なところもある。月見里にからかわれて、相当恥ずかしいようだ。それが何故なのかは、奏人には少しピンとこなかったが。
「俺なら、多分両方壊せるけど」
「僕を抱きしめて壊すんですか?」
 比喩にしても嫌な話だと、さすがにここで奏人も顔をしかめた。
「いや、やっぱ、祥子ちゃんだけにしとく。司城を抱きしめても面白くねえし」
 おいでおいで、と月見里は祥子を手招きする。だが祥子はもう、すっかり奏人の後ろに納まっているようだ。奏人の背中で時々少し動いている気配がするのは、月見里のほうを覗いてはひっこんでいるせいだろうか。
「月見里先輩、そもそもなんで二年の教室の前を通ってるんですか?」
 これ以上この話を続けていると祥子の行き場がなくなりそうだ、と奏人は話を変えることにした。
「俺ぇ? だって、三年の教室の前通ってたら捕まるじゃんか。数学の丸山がしつっこくて」
「……先輩、授業に出ないからですよ」
「おまえたちだって、どーよ。もう休み時間終わるし、教室、もう他に誰もいないぜ? サボり仲間かと思ったのに」
「あ!」
 月見里に指摘されて、奏人は、はっと気が付いた。
「いけない、次、教室移動だったっけ」
「あ……」
 祥子も奏人の服を離して、その手で失敗に気づいたように口元を覆う。
「授業に出るつもりなら、急げよ」
「わかってます、僕たち行きますね」
 祥子の手を引いて、奏人は教室を出た。
「おう、またなー。司城、祥子ちゃん」
 背中で月見里の声を聞きながら、二人は廊下を走っていった。

「もう少し早く起こしていれば、よかったわね」
 結局授業には遅れてしまって、二人仲良く叱られた。その授業が終わったら、もう昼休みだ。そのまま叱られ仲間二人で一緒に弁当を食べることにして、屋上まで出てきたところで祥子が改めて謝ってきた。
「え、気にしないで。というか、居眠りしてた僕が悪いんだしね」
 起こしてくれてありがとう、と、いいながら屋上の端まで歩いて行く。
 柵越しに校庭と、広がる街並みが見えた。
「まあ……」
「どうしたの?」
 祥子は柵に近づくと、少し足を速めて柵の向こうを覗いた。何を見つけたのだろうと、奏人が訊くと。
「あ、いえ……なんだか、こんな風景はじめて見るような気がして」
「屋上、来たことなかったの?」
「ええ……そうかも。綺麗ね、緑が……」
 街路樹の萌える緑と抜けるような蒼穹の空が美しい。風は涼やかで、外でお昼を食べるには良い季節だ。
「……少し眩しいかな」
「ううん……ここで食べたいわ。光の中って素敵。暗いところは……あまり好きじゃないの」
「そう? なら、ここでいいけど」
 そこで二人、向かい合って座り、弁当の包みを開いた。少し青白い肌色の二人も、暖かい季節の穏やかな日差しの中で、明るく輝いて見えた。
「から揚げ、美味しそうだね」
「……食べる? 私が作ったの」
 少し祥子は上気しているようにも見えた。
「ん、もらってもいい?」
 そう言いながら、奏人は箸を伸ばす。
「美味しいよ」
 ぱくりとから揚げを口に入れての奏人の幸せそうな微笑みに、祥子も蕩けるように微笑んだ。

 時間が流れるのは速かったのか遅かったのか。一日の終わりが迫っていた。奏人が委員会で少し遅くなって教室に戻ってくると、祥子がまだ残っていた。
「あれ? まだ帰ってなかったの? 今日は部活?」
「図書室にいたから……もう帰るところ」
 今日はずいぶん縁があったとふと思い、途中まで一緒に帰ろうと奏人が祥子を誘う。
「……いいの?」
「うん。途中まで、送ってくよ」
 外に出ると、黄昏に木々の影が沈んでいく時間だった。遠い空が燃えるように赤い。
「綺麗な……夕焼けね」
「そうだね……」
 学校の前から離れて、川沿いに歩いていく。
「夕焼けって、こんなに綺麗だったのね……」
 祥子が呟く。
 一日の終わりの時間が迫っていた。
 陽が沈む。
 夕焼けの赤みが薄れる頃、帰路は街中へと進み、駅が見えてくる。
 夢の終わりが迫っていた。
 ここから電車に乗って、少し居眠りでもすれば……難なく……に帰りつけるだろう。
 そのはずだった。
 なのに、その車は二人のところに突っ込んできた。
 そんな『予定』ではなかったはずなのに……
「祥子ちゃん!」
 祥子が奏人を突き飛ばしたので、空を舞ったのは祥子一人だった。人形のように、地面に祥子の体が転がる。
 車はスピンして、店に突っ込んで行った。だが奏人には、そんなことはどうでも良いことだった。
「祥子ちゃん!」
 奏人が駆け寄ったとき、額から血を流した祥子は薄目を開けて微笑んで見せた。
「無事で……良かった」
「祥子ちゃん……」
「ありがとう……奏人君……」
 抱き起こした体は冷たかった。人形のように。
「名前……呼んでくれて……」
 そして彼女は目を閉じる。
 目の前が曇るのは、涙か……あるいは時間が来たせいなのか。
 夢の終わりがやってくる。



 ――……壊れちゃったね、ごめん。
 奏人は、古びた市松人形に手を伸ばした。触れられるわけではなかったけれど。顔の部分が少し壊れている……先ほどまではなかった傷だった。
「いいえ、十分だよ。彼女はもう眠りについた……十分満足して。僕の仕事がなくなったね」
 王禅寺万夜は、優しく首を振って言う。
 ここは、学校だ。奏人の棲む学校……その冬の夜の中で。
 奏人と人形は、その夢を見ていた。
 市松人形は、長く長く人々を見守り続けて……魂を得た。それでもただただ見守り続けて……とうとうその役目を終える日を、王禅寺で迎えることとなったのだ。だがその前に、一つ願いを叶えたいと『彼女』は望んだ。
 彼女が望んだことは、人になること。永くなくていい、一瞬の夢でいい、自分が見守ってきた人々と同じ経験を……同じ幸せな思い出を。
 同じ優しい夢を。
 その夢を抱えて眠りにつきたい……と。
 奏人のところにつてを伝って訪ねた万夜は、奏人にその協力を求めてきたのだ。
 そして、その願いは叶えられた。
「満足してたんなら、良かったな」
 夢の欠片を覗き見ていた海音が、月を見上げながら呟いた。
「俺、この娘が何故、人になりたかったかわかったぜ」
 夢の中よりも、少しだけ大人びた青年は呟く。
 ――何故です……?
 奏人が問うと、海音は微笑んだ。
「気が付かなかったか? あの娘は恋がしたかったのさ」
 ああ、と奏人の心の中でも、何かがはまった音がした。夢を書き換えたのは、彼女自身。
「恋をして、恋に死にたかったんだ」
 ――哀しい……
 でも。
 ――なんて強い。
「満足だったろうさ、『祥子ちゃん』は」
 魂を得るほどに永く人とありながら、名前すらなかった彼女に、名前を与えたのは奏人だった。夢を紡ぐための、それは作業だったけれど。
 彼女は『祥子』として、恋に殉じて眠りにつくことを選んだ。
 奏人も高い月を見上げた。
 泡沫の恋に殉じた人形の、魂の行き先を思って。
 そこへ、いつか自分も消えたら向かうのだろうか……と。


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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【3077/司城・奏人(つかさき・かなひと)/男/28歳/幽霊学生】

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■              ライター通信               ■
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 御参加ありがとうございました。海音もゲストご指名ありがとうございます♪
 夢ネタということで、ちょっと普段とは構成を変えてみました。いかがでしたでしょうか?
 また機会がありましたら、よろしくお願いいたします★