■その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】■
深海残月 |
【1855】【葉月・政人】【警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課】 |
シナリオ原案・オープニング原文■鳴神
ノベル作成■深海残月
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頭の中で声がする。
「君に、最も相応しい名を与えよう」――…と。
その声が誰だったのか、はっきりと憶えている。
今、自分がしている事もそうだ。自覚が無いままやってる訳じゃない。
ただ、それを本来の自分が望んだ事なのかどうかと訊かれれば「否」と答えるだろうが。
いや、感情は捨てなければならぬ。
鉄の仮面を被らねばならぬ。
踏み込んではならぬ領域に自ら進んで入ったのは、俺。
その時から覚悟は決めていた。今更迷いは無い筈。だが…
頭の中で、もう一つの声が告げる。
「私の事なんか、放っといてくれても良かったのに」――…と。
それが出来なかったから、俺は今ここに居る。
殺人鬼として。
…『復讐鬼』として。
――姉さん。
俺は、弱い人間です。
貴女を救う事が出来なかった。
あんな事になるぐらいなら、貴女が否定しても…俺は自分の気持ちをぶつけたかった。
出来なかった。拒否されるのが怖かった。俺は、ただ…
貴女がそこで微笑っていてくれれば、それだけで良かったのに。
でも、もう居ない。
だから、俺は…――……
■
「事情聴取?」
昼の草間興信所。おそらく来るだろうと予想していた訪問者を、所長の草間武彦は安いインスタントコーヒーでもてなしていた。と言っても、武彦としてはこれが精一杯、いつも自分が飲んでいるのよりも高いコーヒーを出した訳なのだが。
「ええ。草間武彦さん、貴方に警視庁まで任意同行願いたいと思います。あ、コレが呼び出しの令状です」
男――警視庁捜査一課の刑事を名乗る住田和義という青年が、武彦に一枚の書類を提示した。
「…重要参考人。まぁ、そうなるだろうな…」
コーヒーを少し口に含んでから、武彦は言った。
「うちの所員達には連絡したのか?」
ここで言う所員とは、先日この事件の調査に当たってくれた連中の事である。
「そうですね。彼等には他の刑事が」
「…そうか。だが、興信所としても守秘義務はある。全てを話す事は出来ない。それでも構わないなら応じよう」
「ありがとうございます。じゃあ、表に車が来てますんで、移動しましょうか」
人当たりの良い笑顔を浮かべて言う和義に、武彦は無言で頷くと席を立った。
…まぁ、あいつらの事だ。簡単に洩らす事はないと思うが……
何かが引っ掛かる。
同じ頃、武彦と同様に呼び出しを受けた『所員』達が一堂に会した。
武彦と違うのは、ここが警視庁ではなく――ホテルの一室だという事だった。
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※今回のPCゲームノベルですが。
イラストレーターの鳴神様によります同名PCゲームコミックを原案とした「ノベル版」となります。
このノベル版はゲームコミックの方とは完全に独立した内容となっております。よって、鳴神様の同名PCゲームコミック内の設定を参照した場合、内容が異なっている可能性がありますので、ご注意下さい。
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その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】
警視庁庁舎内。
「…草間さん?」
ふと、すれ違いそうになったその場所で彼――葉月政人はひとりの男を呼び止めた。確かその脇に居るのは佐々木晃の部下に当たる巡査長の住田和義――その彼が連れていた人物こそが政人が呼び止めた当の相手、草間興信所所長、草間武彦。
「ああ、葉月か」
「こんなところで何を…ってああ、事情聴取ですか?」
「ええ。ちょうどこれから“凶々しき渇望”殺人事件の事情聴取を行う為に御足労願いました次第です」
問う途中で察したらしい政人の科白に、住田は頷き、続ける。そうですか、と受けた政人は、でしたら――と更に続けた。が、住田に、と言うより武彦に申し出る形。
「ちょうどいい機会ですから草間興信所の皆さんとその件について、改めて情報と意見の交換をしたいのですが――構いませんね?」
その後半、静かに、それでいて有無を言わせぬ口調で政人は住田の方に告げている。住田はそんな政人の申し出に少し困ったようだったが、ややあって諦めたように小さく肩を竦めた。仕方ありませんね、と苦笑しつつ、事情聴取は葉月警部にお任せする事にします、と武彦へと視線を流す。…巡査長では警部殿には敵わない。それも――強行犯二係の方にしてみればただの応援、客人のようにしか思ってはいないが、この政人も一応、事件担当の刑事になる。余計に逆らえない。
住田の科白とその視線で自分の身柄が政人に移ったと見た武彦は、政人に向け軽く片手を挙げる。助かった、とでも言いたげなその仕草を窘めるように苦笑し、他の調査員の皆さんともお話ししたいのですがどちらに? と政人は武彦に訊いていた。と、この刑事曰く他の刑事が事情聴取をしているらしいが、と住田を示し呟きつつ武彦は携帯電話を取り出している。連絡取ってみるか? と問うようなそれを見て、武彦がそれ以上何も言わない内に、お願いしますと促す政人。それを聞いたか聞かないかと言うタイミングで当然のように携帯電話を掛けている武彦。…反対するとは初めから思っていない。
他方、政人も自分の携帯電話を取り出して掛けていた。相手は佐々木晃。草間武彦やその調査員との打ち合わせならば同じ事件を担当する者として同席して貰うべきだ。もっとも、今武彦から聞いた話では既に誰か関係者の事情聴取をしていると言う可能性も否定出来ないが。…それでも、少なくとも携帯電話で連絡が取れないような事は無い筈だ。今の状態で。
なのに。
呼び出し音が、ほんの数度、そして、程無く切り換わる。
…『お掛けになった電話番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていない為――』。
機械音声のアナウンス。
繋がらない。
通話を切る。
「住田さん!」
「はい!?」
唐突に呼ばれ、何事かとぎょっとする住田。そんな姿に構いもせず、政人は真っ直ぐ住田を見遣る。
「佐々木さんは何をしているんですか」
「…え?」
「携帯が繋がりません」
この意味が、わかりますよね?
同じ事件を追っている刑事からの電話に出ない。何か起きたのか――もしくは。
政人の科白に、困ったように黙り込む住田。その態度は、何か知っている、そう思って間違いない態度で。
改めて、政人は強く言う。
「…もう一度伺います。『佐々木さんは、何をしようとしている』んですか」
■
…急ぎ、車を出した。政人が共に連れて来たのは武彦ひとり。住田に問い質した結果、渋々ながら教えられたホテルの場所、そこに調査員の皆を集めて佐々木晃が事情聴取を行っていると言う事。導き出される答え。
「佐々木さんは、この事件に関し表立って動いていた一般人――草間興信所の調査員の皆さんを集める事で犯人を誘き出すつもりなのでしょう。だったら…危険です。彼は犯人を能力者だと考えていませんから」
必死な声でそう告げ、すぐに政人は対超本部に無線連絡。自身の特殊強化服をトレーラーでホテルに運ぶ旨。その無線を切ったのを見届けたところで、横に座る武彦から冷静な指摘が飛んだ。
「…本当にそう思っているか?」
「はい」
声がまた硬くなる。…政人は自分でもそう感じられたのは気のせいか。
…この間の調査の後。調査員のひとりでもあるシュライン・エマから訊かれた――頼まれた事。親しい人を亡くした、矜持の高い、高学歴でもある人物は居ないかどうか確認したいと言う話。『蝿の王』と言う要素。もし万が一、犯人が『それ』に唆され落ちた者である場合、矜持の高い人物の可能性が高いだろうと言う推測。警察内部で情報隠匿可能な者となるとキャリア組、それを警戒した方がいいかもしれないと言う話。渇望と言う名からの連想。元々持っていたものを永遠に失った――恋人か家族か親友か、とにかく、とても親しい人を亡くしたのではないか、との思い付き。
その話を聞いた時はまだ、僕もキャリア組に含まれますけどね、などと政人も軽口を叩いていられたのだが――実際に調べてみて、凍り付いた。
該当者が居た。
それも、すぐ側に。
――警視庁捜査一課強行犯二係配属、佐々木晃警部補。
即ち、事件の担当刑事、当人。
矜持が高いのとキャリア組である事は、調べるまでもなく政人も良く知っている。警察学校の同期。付き合いは浅くない。
そして、そこまでならば別に構わなかった。そこまでならば該当者は少なくない。
が、親しい人を亡くした――となると、彼の他に該当者が居なかった。
…彼の姉、佐々木恭子が一年前に事故で死亡していた。それも、勤め先であるK立市にあった生体学研究所でのバイオハザード。必然的に遺体は戻らない。永遠に失う――生のみならず遺体さえも? と、そこまで考えその時の政人はぶんぶんと頭を振っていた。考えを振り払う。どうして重ねて考える。シュラインから求められたのは可能性の提示とその確認。この佐々木さんの件がそうだとは誰も言っていない。
が、政人はこの佐々木姉弟が長らく同居していた事も知っている。本気で仲が悪ければとっくにどちらかが相手を見限り当然のように家を出ていただろうに、そんな気配もまったく無かった。むしろ、姉は弟をひとりにしておく事を心配するようなところさえあった。だからこそ弟の友人――自分ともよく話をしてさえいた。弟は姉に対しよく憎まれ口を叩いてはいたが、それは傍から見る限りどちらかと言うと微笑ましいもので。政人は仲の良い姉弟だとずっと思っていた。
そして政人はこの事件を担当する事になった時、現場で久し振りに佐々木晃に会った時、図らずも、お姉さんはお元気ですか、と知らぬ事だったとは言え、訊いてしまっている。…返答は、来なかった。事件の捜査で誤魔化されたような気がする。知った今になって思えばあの唐突な重い沈黙の理由がわかる。が――それは、特に隠す必要も無い事でもある。…ならば、言えなかったのか。口に出す事すら忌避した。そうなのだろうか。…まだ自分でも認められないから? 彼にとっての姉。それ程の存在だったのだろうか。…渇望する程の執着の対象に、足りる。違う。そんな訳は無い。
ともかく、それらの事はすべて事前に聞いていた。調べていた。
…それでも、それだけで『彼』が犯人だと言う証拠には決してならない。
そう、彼は超常現象に関しては完全否定派だ。そもそも魔術を使う事など、有り得ない。
「お前は優秀な刑事だよな」
武彦の声が横から届く。車を走らせているのは自分。別の事を考え過ぎていては運転に差し障る。政人は思い直して前を見る。道が混んできた。…通れるか。
車に乗る前、調査員の面子――まずシュラインと連絡を取っていた武彦は、改めて佐々木晃と言う刑事が怪しいのでは無いかと思うようになっている。彼女と電話で話す中、“凶々しき渇望”殺人事件と同様の事件が他に起きていないかセレスティ・カーニンガムが探した際、表向き事件になってはいないが類似した事件があるらしい――と出、更にその調査を独自に進めていた中、奇妙な都市伝説めいた話まで出て来たと言う話を新たに聞いたからだ。
曰く、佐々木晃と言う男は三ヶ月前の時点で死んでいる、との話。まだ確認途中の段階ではあるらしいが、このセレスティが『死んでいる』、と口に出して来た時点で情報の信憑性は高いと武彦は見た。セレスティならばその程度の言い回しにも気を遣う。…無論、その件も既に武彦は政人に伝えている。
「坂原さんと海原さんと天薙さん、それと神山さんは…事情聴取は終わっていたそうじゃないですか」
「ああ。電話での様子だと、カーニンガムさんの聴取ももう終わっているだろう」
「…皆さん、問題は無かったんでしょう? それに、カーニンガムさんは御自分で別フロア借り切られて警察の方を呼んだ、と仰ってましたし」
「が、四人はその用意が整う前に、まるで急ぐように先回りして部屋に呼び出されたんだろう? …カーニンガムさんのその行動を避けているようじゃないか?」
「それでも、事情聴取自体…は普通に行われていたんでしょう?」
…なら、佐々木さんに問題があるとは。
政人の科白に、武彦は目を伏せ、続ける。
「まだシュラインと、仕事があるから遅れると言っていた綾和泉が残ってる。念の為、お前の名前も出して、俺たちが行くまで行くな、どうしてもと言うならばカーニンガムさんの話に乗る形にしてくれ、とは言ってあるが…」
その結果、警察側――佐々木と言う刑事の方がこちらの言う事を聞いてくれるかどうか。
「…」
「お前の言う通り、シュラインが四人から聞いたところでは、聴取で訊かれた事自体は特にどうと言う事も無かったらしいがな。ただ…部屋で聴取を取っていたのは刑事ひとりだけだったらしい。…刑事ってのは二人組のコンビ行動が基本だよな? 令状まで出されているとなればわざわざ変則的な行動を取る必要も無い筈じゃないか? 同じ事件の捜査を担当しているお前を置いて突っ走る必要が何処にある? そりゃがちがちに頭の堅い刑事だとは聞いたが、捜査は好き嫌いじゃないだろ? 幾ら嫌でも実際にお前の居る部署が警察に存在する以上、超常現象や魔術絡みの話が出たからと言って無視は出来ない筈だ」
その佐々木って刑事のこの行動に、何かもっと重大な理由があるなら別の話になるがな。
「…草間さんは、どうしても佐々木さんが怪しいと思うんですね」
「お前には悪いが、現状こちらで揃っている材料では一番疑わしい事だけは確かだろう」
まだ断定する気は無いが、警戒だけはしておいていい。
「…『まだ』ですか」
ではいつか、断定する時が来る、と。
「…」
揚げ足を取るような政人の科白に、今度は武彦が黙り込む。…『まだ』。それをわざわざ付けて言う事で、わざと政人にそれを言わせてしまった、そんな思いもあったのかもしれない。
狭い車内に重い沈黙が落ちる。
暫くして。
「…もし万が一」
政人が思い切るように口を開く。
「万が一ですが――本当に『そう』だったなら、その時は僕こそが佐々木さんを止めなければならないでしょう」
低く。
政人の、ステアリングを握る手が微かに震えている。きつく握り締め過ぎているのか――思えば車は既に停車している。当のホテルに到着していたようだ。警視庁とでかでか記されているトレーラーが側に居る。車の運転をお願いします、とだけ残し、政人は車から降りた。彼がトレーラーに乗り込むのを見送ってから、武彦は任された車をひとまずホテルの駐車場に放り込む為、走り出す。
■
トレーラーの中で特殊強化服「FZ−00」を装着した政人はすぐにホテルの建物に乗り込む。エントランスで何事かと俄かに起きる騒ぎ。まず政人の前に出て来た人々は――私服も制服も居るが、とにかく警察。…ならばフロントに一から説明するより手っ取り早い。
「対超の葉月政人警部です。こちらで佐々木晃警部補が“凶々しき渇望”殺人事件の事情聴取を行っていますね」
ひとまず現れた人物を確認に来たらしい警官たちに逆に告げながら、政人は警察手帳をぱらりと開き、見せる。顔の全面を覆うヘルメットも一旦外して顔を確認させた。そこで、何事かと訝しむ警官の顔がころりと変わり敬礼。葉月政人警部となれば元々事件の担当でもある。その強化服を着た姿には見覚えは無くとも。
「ここに“凶々しき渇望”からの襲撃がある可能性があります。相手が魔術を使用する犯罪者である以上、通常の警備態勢では守り切れない可能性も否定出来ません。速やかに、宿泊客の臨時避難の準備をお願いします」
言われ、はい、と急ぎ駆け戻る警官。戻るなり刑事に呼び止められ、今度は話を聞いた刑事がフロントに直行。更に何事かとそちらに駆け寄る他の刑事や警官にも話しては、彼らもまたロビーから建物の中へと散っていく。
やや慌しくなるその様子を確認してから、政人は佐々木晃が事情聴取を行っている部屋のある階へと向かおうとする。…思えば住田刑事にはそこまで詳しくは聞かなかった。ホテルの廊下を走っていた警官を呼び止め、部屋の場所を改めて確認する。そのタイミングで警察とは違った、黒服の男二名が政人の元に走って来た。
何事ですか、と呼びかけてくる彼ら――その何処か洗練された共通の雰囲気は記憶にある。恐らくはセレスティ・カーニンガムの部下だろう。思いながら貴方たちは、と返すと予想通りの答え。今のところは何も起きていませんが、と付け加えながらも彼らは政人から改めて話を聞き、事情聴取をしている部屋に同行しながら、片方が小型の通信機らしきもので政人の話を伝えている。恐らくはセレスティに。…曰く、セレスティひとりのみが借り切ったフロアの部屋での聴取を許され、他の皆は元々用意されていた部屋で、と言う事にならざるを得なかったらしい。結果、セレスティの借り切ったフロアが彼ら専用の待ち合い場所のような形になってしまっている為、ホテルに呼ばれた調査員の皆は現在そちらに居るとの事。…事情聴取の最中である最後のひとり、綾和泉汐耶を除いて。
…普通の範疇では厳重ではあるが、この警備では魔術の事は一切考えていない。佐々木晃の考えるように、調査員を集め犯人を誘き出す――それと同じ事をするにしても、対超の手をもっと本格的に借り、仕切り直してからの方が安全だ。事情聴取をしている部屋は、すぐそこ。政人の姿にはっとして敬礼する警官や刑事、訝しげな顔をする刑事や警官も居た。敬礼した警官や刑事がわからなかった警官や刑事に手早く説明するのと政人が声を掛けるのがほぼ同時。来訪したのが政人とわかったところで――それも特殊強化服「FZ−00」を着ている事で、彼らも非常事態である事を同時に察していた。ひとまず佐々木晃刑事が現在綾和泉汐耶の事情聴取をしている、と言うその部屋の前で政人は室内のスキャンを始める――が。
――え?
「誰も居ませんよ!?」
焦り、政人はばんと部屋のドアを開け放つ。
と。
途端に、むっと異臭が漂って来た。件の殺人現場などより余程濃い血臭。ぶちまけられたのはつい今し方、そうとしか思えないくらいのもの。部屋の中、ひとつの椅子にべったりと塗り付けられるようにあったのは凄まじい量の血。何かのリストらしい紙束――綾和泉汐耶の持っていた要申請特別閲覧図書申請者のリスト――が血塗れの椅子の側に落ちている。無造作に女性物の鞄もその近くに落ちていた。確り閉めていないその鞄からは中身が半分落ち掛けている。そして少し見当外れに離れたところに細い形の銀縁眼鏡が落ちており、同じその方向――窓の方に、点々とした血痕がごく少量ながら続いていた。
部屋の中を見た政人も他の者も、あまりの光景に瞬間的に茫然とする。
「な…佐々木警部補…?」
部屋の外で警護に着いていた刑事のひとりが、ややあって上擦った声を上げる。その声を聞いて政人がすかさず確認した。
「…血塗れの椅子の方に佐々木さんが座っていたんですね」
「は、はい…」
そうでもなければ綾和泉汐耶の方を初めに気にする。政人は刑事とのそのやりとりで漸くやるべき事を思い出したか、緊急配備をお願いします、“凶々しき渇望”が動きました。綾和泉汐耶と佐々木晃警部補を拉致し逃走中、超常の手段を使われた可能性があります、対超にも応援を頼んで下さい――と茫然としている刑事や警官に指令を与え出す。自分は部屋の中に入り中を確認。血塗れの椅子に、引き裂かれたと思しき白い布地の切れ端が付着している。スーツ地らしいそれ。見慣れた色――佐々木晃はその色のスーツを好んで着ていた。綾和泉さんは何色の服を着ていましたかとそこに来た刑事に一応問う。紺のスーツに水色のインナー。ならば違う。
この血痕は、佐々木さんのものと見て間違い無い。その事実に思わず唇を噛み締める。出血量からして命に関りそうな怪我。焦燥と安堵が同時に来る。今こうなっている以上、佐々木晃が“凶々しき渇望”である訳は無い、それが安堵の理由。そして同時にその命の危険が切に考えられる事が焦燥の理由。「わざわざ置いて行かれた」のではなく明らかに何らかの非常事態が発生して「取り残された」鞄と銀縁眼鏡。その事実から汐耶も同様、拉致されたと考えて間違いは無い。そして残された血痕から推測される佐々木晃の状態からして、汐耶も危険だ。今この場では怪我はしていなくとも、このままでは――。
思ったところで、託された車を駐車場に放り込んで来た武彦がセレスティの部下――政人と同行していたふたりとはまた別人――と共にその部屋へと駆け込んで来る。中を見て絶句するその顔を見、政人は状況を手早く説明した。佐々木晃と綾和泉汐耶が消えた事、後に残されたこの部屋。血痕。部屋の入口は複数の警官と刑事が張っていましたし特に気になるような物音はしなかったそうです。結界でも張られていたのかもしれません。そして――出て行けるような場所は窓だけです。血痕から見ても、間違いは。
と、そこまで言ったところで、今度は部下だけでは無くセレスティ・カーニンガム当人も来た。その横には部屋の状況を見、真っ青になって口許を押さえているシュライン・エマに、信じられませんと必死に頭を振っている海原みなも。辛そうな顔で…けれどこちらは黙したままの天薙撫子、厳しい目で血痕と鞄に眼鏡を見、そのまま窓の外に視線を流している坂原和真。そして冷静に部屋の様子を窺っているような神山隼人の姿が続く。
…が、政人はそんな彼らの様子にどこかおかしいものを感じた。この部屋を見ただけの反応では無い。曲りなりとも怪奇探偵で知られる草間興信所の調査員だ。特別な事情でも無い限り、この部屋の状況を見た程度では――緊急事態だとは思うだろうが、信じられないと取り乱したり真っ青になったりするとは思えない。
その疑問が顔に出たのか、答えるようセレスティが抑えた声で口を開く。
「つい今し方――葉月君がこちらに到着したと連絡があった直後に、確認が取れました」
…佐々木晃刑事が三ヶ月前に亡くなっている、と言う件です。
場所は、K立市の生体学研究所。そこの倉庫で起きた、大きな爆発事故時…いえ、その直前ですね。その倉庫で――獣か何かに五体を食い千切られたような遺体が、倉庫番の方に目撃されています。ですが、爆発事故が起こった時には既にその遺体は何処にも無かった。表向きには死者は出ずに済んだ事件となっています。
ですが、倉庫番が目撃したその遺体は、身体的特徴からして間違い無く、佐々木晃刑事だったようですよ。
「…その倉庫番と言う方に、確認を?」
「いえ。…その倉庫番の方も、後に何者かに殺されてしまっていますから」
「…K立市の生体学研究所、ですか」
「ええ。警察に証拠として出せない方法で調べたものですが、今度こそ、私の名にかけて、言い切れます」
「…その、場所は」
「そうですね。彼の亡くなったお姉さんが勤めてらっしゃった企業です」
「…」
だったらこれは何なんだ。
改めて部屋の惨状を見、内心ではやや途方に暮れつつも政人は必死で思考を巡らせる。…佐々木さんは死んでいる。ならば共に捜査していた『彼』は何なのか。武彦に諭された話。部屋の現状。大怪我としか思えない血痕。シュラインの指摘。残されたリストに、鞄と眼鏡。
「葉月警部!」
慌てて呼ぶ声がする。奥の部屋。すぐにそちらへ移動する。呼んだ刑事が示していたのは――否、示されなくともすぐにわかった。部屋の床。魔法円が描かれている。そして、その上に何やら書き込まれた鏡が配置されている。詳細はわからずとも、何か魔術儀式めいた事が行われた、とだけは即座に察せられるその状況。『この部屋』。魔法円。外部では無く内部、それも当の部屋。これだけの警備がある場所で? 魔法円。そこから今この時に連想される物は――“凶々しき渇望”以外に有り得ない。
ならばここでいったい、何があった。
…ただひとつ確実なのは、今ここに、綾和泉汐耶と佐々木晃が居ないと言う事。
■
そして。
…“凶々しき渇望”が現れた、と大騒ぎになっている…そんな中。
警視庁捜査一課強行犯二係部屋、佐々木晃のデスクに。
拳銃を除いた、警察手帳や手錠などの備品、そして辞表が置いてあった事が――随分後になって、確認された。
【続】
×××××××××××××××××××××××××××
登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××
■整理番号/PC名
性別/年齢/職業
■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員
■2263/神山・隼人(かみやま・はやと)
男/999歳/便利屋
■1883/セレスティ・カーニンガム
男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
女/23歳/都立図書館司書
■0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
■1252/海原・みなも(うなばら・-)
女/13歳/中学生
■4012/坂原・和真(さかはら・かずま)
男/18歳/フリーター兼鍵請負人
■0086/シュライン・エマ
女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
※表記は発注の順番になってます
×××××××××××××××××××××××××××
…以下、公式外の登場NPC
■佐々木・晃=“凶々しき渇望”
■住田・和義
×××××××××××××××××××××××××××
ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××
第一話に続き、発注有難う御座いました。
…『その者の名、“凶々しき渇望”』第二話、漸くのお届けです。
今回、色々と遅くなってしまいましたが…いえちょっとした…避けようが無かった(遠)行き違いのようなものがあって(泣)。もの自体は一週間くらい前にはほぼ何とかなってたんですが(くすん)
しかも良く考えれば…それが解決したのが土曜日なので…オフィシャルの営業時間を考えるとお渡しが更に遅れる事は確実と(汗)
って言い訳ですね。とにかく納品が遅れました。本当に申し訳ありません(土下座)
今回のノベルはこんな感じになりました。
…色々と私が暴走しまして(え)結果、殆ど全員個別です(汗)
葉月政人様と綾和泉汐耶様以外は後半である程度共通部分が混じってもいますが。
内容は…とにかくそんな訳で、綾和泉汐耶様が攫われてしまいました。
何か色々と大変な事になっております。
また、今回の話は、坂原和真様版→海原みなも様版→天薙撫子様版→セレスティ・カーニンガム様版→シュライン・エマ様版→綾和泉汐耶様版→葉月政人様版→神山隼人様版…と言った順番で読む事をお勧めしておく事にします。全体像が一番把握し易いようなので。
少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
では、また少し間を置いてになりますが、第三話もどうぞ宜しくお願い致します(礼)
深海残月 拝
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