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■『千紫万紅 縁』■

草摩一護
【2549】【笹川・璃生】【高校生】
『千紫万紅 縁』


 あなたが歩いていると、白さんとスノードロップに出会いました。
 そして白さんがあなたを見て、ほやっととても穏やかに微笑ましそうに両目を細めました。
 スノードロップもにこにことあなたの後ろを見ています。
 どうしたのかな? と小首を傾げるあなた。
 すると白さんが、
「最近、どのような事がありました?」
 と、聞いてきました。
 あなたは目を瞬かせながら、聞き返します。どうしてですか? と。
 そしたら白さんは優しい声でそう問う理由を教えてくれました。
「あなたの後ろに花の精がいるのです。ですから、あなたとその花の精との出会いはどのような出会いだったのかな? と、興味を持ちまして」
「でし♪」
 そしてあなたは白さんとスノードロップに多分、これだろうな、という事をお喋りするのでした。



 ++ライターより++


 今回は依頼文を読んでくださり、ありがとうございます。
 『千紫万紅 縁』はPLさまの読みたい物語に、花の妖精を絡み合わせて、ほのぼのとするお話、しんみりとするお話、色んなお話を書いてみたいと想います。

 プレイングはシチュエーションノベルと書き方は同じです。
 PLさまが読みたいと想われる物語の【起承転結】もしくはお話半ばまでのあらすじ、お話のきっかけのような物をプレイング欄に書き込めるだけ書いておいてください。あとはそのお話に見合う花の妖精を絡め合わせて、PLさまが考えてくださったお話に色をつけたいと想います。
 また、最初から花にまつわる物語でも結構です。^^

【PCさまの身に起こっている事は現在進行形でお願いします!!! その上で起承転結、もしくはお話半ばまでで書いてもらいたいプレイングをお書きくださいませ。】

 尚、NPCの設定にまつわる内容のお話はお控えください。
 それでは失礼します。

『千紫万紅 縁 ― 梅の花の物語 ―』

【1】


 ある晴れた日曜日の朝。
 笹川璃生は三面鏡の前に座り、小さな薄い桃色の紙袋の封を解いた。
 そしてとても嬉しそうにちょっぴりと恥ずかしそうに紙袋から小さな硝子の瓶を取り出す。
 小さな小さな透明な硝子の瓶。その硝子の瓶のデザインはとても凝っていてかわいらしく、窓から差し込む陽光をうちに溜め込んで輝いていた。
 初めて欲しいと想った香水。
 その香水と出会ったのは昨日の学校帰り。
『璃生。悪いんだけど、今日の学校の帰りに化粧品屋さんに付き合って。お願い』
 両手を合わせてかわいらしく上目遣いで自分を見る彼女に微笑みながら璃生は頷いた。『いいよ』
 立ち寄った店は名前だけは知っていたけど、入った事は無いお店で、その店内にはかわいらしい化粧品や口紅、マニキュアやペニキュアなんかが売られていて、ちょっとした玩具箱を引っくり返したときのようなそんな胸躍る場所だった。
 友達は今度の日曜日に彼氏とデートする時に使う口紅とか香水などの化粧品、それと店内の壁とショーケースに飾られたアクセサリーの数々にどれがいいか迷い、璃生も楽しそうに彼女の相談に乗りながらアドバイスをした。
『じゃあ、ごめん。璃生。ちょっとレジを済ませてくるから待ってて』
『うん』
 1時間近くの買い物で最高の物を選べたと喜ぶ友人を見送り、それから璃生はあらためて店内を見回した。
 先ほどまでは友人に似合うモノを見ていた。だけど今度は自分に似合うモノはあるかな?という違う視線で見る店内はやはり先ほど見ていた店内とはまったく違って見えた。
 とくん、とくん、と静かに軽やかに脈打つ心臓のリズムに心を嬉しい色に染めて、璃生は微熱の時のような顔の火照りを感じながら、ショーケースに飾られている小さな硝子の瓶を手に取った。
『お嬢様、もしもよかったら香りを試してみますか?』
『あ、いいですか? じゃあ、お願いします』
『はい』
 店員さんはにこりと笑うと、ショーケースから香水を取り出して、蓋を開けて璃生に渡してくれた。
 璃生は手の平に香水を数滴かけてそっと手の平を鼻に近づける。香った香りは上品で繊細な梅の香りだった。
『これから春先にかけて使用するのにお勧めな商品なんですよ』
 にこりと人懐っこい笑みを浮かべながら店員さんは璃生に説明してくれた。
 香りは大好きな梅の香り。それに香水の瓶も璃生はとても素敵だと想った。眺めているだけでも充分に満足できるぐらいに。
『あのすみません。この香水と同じものをもらえますか?』
 璃生は微笑みながらそう告げた。
 そしてずっと大切にしていた香水の瓶を今日手に取った。
 小さな硝子の瓶の中で香水が揺れている。
 瓶の蓋を開けると、室内に梅の香りが控え目に広がった。
「大好きな梅の香り」
 璃生の声が静かに静かに部屋に広がる。
 

 初めて欲しいと想った香水は梅の香りだった。
 そう、大好きな香り。
 忘れたくないと想ったの。
 でも香水は香水。
 香料と自然の花の香りってやっぱり違うんだって想った。
 ―――それはほんの少しだけ物悲しくって、寂しくって。
 初めてバラ園に行った時、バラって本当は林檎の香りに似ているんだって想った。


「それなら梅の香りは何に似ているのかしら?」
 梅の香りのお線香とかともちょっと違う。
 じゃあ、本当に何の香りに似ているのかしら?
 少し考えて、璃生は小さく溜息を吐きながら肩を竦めた。答えは出なかった。
 視線を窓に向けると、その向こうにはどこまでも青い空が広がっていて、悠然と白い雲がたゆたっている。庭の木の枝が風に小さく揺れていた。
 璃生は三面鏡の前の椅子から立ち上がり、窓辺に寄って、窓を開ける。
 冷たく澄んだ風が部屋の中に吹き込んできて璃生の肌をそっと撫でるのと同時に髪を揺らした。
「わんわん」
 庭のなずなが璃生を見上げながら吠えた。とても嬉しそうに白い尻尾を揺らして。
 璃生はくすりと笑う。
「散歩に行きたいの、なずな?」
「わん」
 大きく吠えたなずなに璃生は肩を竦めた。
「しょうがないな。ちょっと待っててね、なずな。今連れていってあげるから」
 それから璃生は部屋の壁にかけてあるコートに手を伸ばし、それで――
「つけてみようかな?」
 コートに伸ばしかけていた手を三面鏡の台に置かれている香水に向けた。


 ――――――――――――――――――
【2】


 いつものなずなの散歩コースを歩いていると、前方の空間で何やらふわふわと浮んでいるものを璃生は見たような気がした。
 何だろう?
 ゴミかなー?
 虫だったら嫌だな。
 自然にリードを掴む手をぎゅっと握り締めた。
 なずなが不思議そうに立ち止まった璃生の顔を見上げ、それから彼女が見ている方を見ると、
「わん」
 と、吠えた。
 しかしそれは敵意に溢れた物ではなくって、どこか誰かを呼ぶようなそんな鳴き声だった。
「ふぅわ、なずなさんと璃生さんでし」
 そして誰も居なかったはずの前の空間からそう叫ぶ声があがった。
 小さな点が唖然としている璃生の視界の中でだんだんと大きな輪郭を成して、そしてぺたりと璃生の胸にくっついた。
 顔だけをあげて璃生の顔を覗き込んでくる妖精に璃生は微笑んだ。
「こんにちは、スノードロップの妖精さん」
「こんにちはでし! 璃生さん。なずなさんも元気だったでしか?」
「ばう」
 律儀にスノードロップの問いに答えるなずなに璃生もくすっと微笑んだ。
 そうしていると、
「こんにちは」
 という優しい声が璃生にかけられた。
 スノードロップとなずなに向けていた視線を声がした方に向ける。前方、自分の平常の視線よりも高い場所にある顔に。
「あの……」
「ん?」
 優しく穏やかな顔で微笑む青年。
「あ、白さんでしぃー」
 スノードロップは白、と呼んだ青年にくっついた。
 ああ、なるほど。スノードロップの花の妖精さんの仲良しの人。
 璃生はほっと一息ついて、それから慌てて頭を下げた。
「あの、こんにちは。笹川璃生って言います」
「こんにちは。白と申します」
「白さんは樹木のお医者様なんでしよ♪」
 自分の事のように得意気に微笑むスノードロップに璃生もくすっと笑った。
 それから樹木のお医者様とその助手の花の妖精を前にして、璃生は先ほどの疑問を思い出した。
「あの、白さん、スノーちゃん。梅の香りって何に似ていると想いますか?」
「梅の香りでしか? うーん、何でしかね? 難しいでしぃ」
 両腕を組んでうんうんと唸り出す妖精に璃生は苦笑する。
「わ、ごめんね。スノーちゃん。変な事を訊いちゃって」
「いえいえでし。白さんはどう想いますでしか?」
 白の肩に座るスノードロップは隣にある白の顔をどんぐり眼で見つめながら小首を傾げる。
 苦笑を浮かべた白はスノードロップが乗っていない方の肩を竦めた。
 そして璃生を優しい瞳で見つめると、口を開いた。
「やはり自然の花の香りと香料は違いますものね。連想はし難いですよね」
 璃生はあっ、と小さく口を開けた。白は気付いてくれているのだ。ほんのかすかに控え目に璃生から香る梅の香りに。
「ふぅわぁ。ほんとでし♪ 璃生さん、梅の香りがするでし。いい香りでしねー♪」
 くんくんと璃生の香りを嗅ぐスノードロップにちょっと璃生は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「こら、スノー。璃生さんに失礼ですよ」
「はいでし」
 にへらーと笑いながら頭を下げるスノードロップに璃生はふるふると顔を横に振った。
「それにしても残念です。一度考え出したら止まらなくなっちゃってずっと考えていたんですが」
「梅の香りですか?」
「はい」
 こくりと璃生が頷くと、白はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「では梅の花の物語に訊いてみますか?」
「え?」
 不思議そうな表情を璃生はしたが、しかし白は璃生の後ろを見つめながら口を動かせる。
「梅の花の精よ。汝の花物語に我らを導け」
「え? え?」
 それは幻。
 戸惑う璃生の視界の中で一輪の梅の花が咲き、
 そして璃生は――――。



 ――――――――――――――――――
【3】


 どこか遠くから声が聞こえてきた。
 自分を呼んでいる声。
 誰が自分を呼んでいるのだろう?
 家族?
 友達?
 なずな?
 思考を覆う白い靄。
 薄くなっていく靄の向こうに見える光景は白と名乗った優しく穏やかそうな笑みを浮かべた青年。
 その青年の形の良い唇が動いて、言葉を紡いで、
「梅の花が……」
 そう。梅の花が咲いて、それを見たと想った瞬間に気が遠くなって――。
 璃生が上半身を起こすと、胸の上で転がっていたスノードロップがぽろりと落ちた。
「スノーちゃん?」
 手の平の上に乗せて、小さな声で彼女を呼ぶ。
 ぴくりと動いて、それで妖精も瞼を開いた。
「璃生さん。ここはどこでしか?」
 拳を握った手で目を擦るスノードロップに璃生は顔を横に振った。
「私にもわからないの。でもここは……」
 明らかに自分たちが居た世界ではない事が璃生にもわかった。
 周りの風景は豊かな自然に囲まれ、空気も清浄で、見上げた空は普段彼女が見ている空よりもとても高い場所にあるように見えた。
「わんわん」
「あ、なずなさんでしぃー」
 スノードロップがなずなの方へと飛んでいく。
 璃生もよっこいしょと立ち上がった。そしてなずなとスノードロップが戯れている場所に行った。
「なずな、今までどこに行っていたの?」
「わんわん」
 問う璃生になずなが吠える。
 そしてなずなは走り出して、立ち止まり、璃生を振り返って、「わん」と鳴く。
「どうやらこっちに来いって言っているみたいね」
「そうみたいでしね」
 二人して顔を見合わせてこくりと頷きあうとなずなの方へと向った。
 森を抜けた場所にあるのは寺で、そこには時代劇のような衣装を着た二人の男女が居た。
「あっ」
 風に舞い散り、虚空を踊る花びらに包まれるその二人が居る光景を璃生はとても美しいと想った。
 だけどその二人の居る光景が少し寂しげなのはどうしてだろう?
 女性の方が璃生の視線に気付き、にこりと微笑む。
 璃生は背筋を正し、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、お嬢さん。あなたはここで何を?」
「え、あ、あの、お参りを」
「まあ、それはお若いのに偉い。私達もね、今お参りをしてきたのですよ。観音さまにありがとうございますと」
 女性はとても幸せそうに微笑みながら自分のお腹に手をあてた。
 同じ女性だからそれに気付いたのだろう。璃生は大きく見開いた目を柔らかに細め、嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
 それで会話が成立する女性たちに男性は苦笑し、スノードロップはうんうんと頷いていた。
「梅の花が綺麗ね」
「はい。梅の花は私の好きな花なんです」
「私もですよ。それに……」
「それに?」
「梅の花は報せの花だったんです。観音さまが私にくだされた」
「え?」
 男性は富士山のふもとの里の和田豊後守(ぶんごのもり)盛高(もりたか)という大名で、女性は北の方と呼ばれる妻である事を璃生に語った。
「私達夫婦は子どもに恵まれなかったので、ここの観音さまに毎日子授け祈願のお祈りをしていたのです。そしたらつい先日私はこんな夢を見ました。膝の上に梅の花一輪落ちてきて、私はそれを右のたもとに入れたのです。そしてそれは私が身ごもるという報せでした」
 璃生は感慨深げに女性のお腹から梅の花に視線を向けた。そこでは本当に綺麗に梅の花が咲き綻んでいた。



 ――――――――――――――――――
【4】


「あっ、白さんでしー」
 スノードロップが指差した方を璃生も見た。そこには確かに白がいた。
「盛高と北の方とは出会ったようですね」
「え、あ、はい」
 璃生は彼らが消えていった方向に視線を一度やり、そしてもう一度その視線を白に戻して頷いた。
「白さんはあのお二人をご存知なのですか?」
「ええ。あの二人には娘が生まれます」
「娘さん、ですか?」
 璃生は目を輝かせた。
「ええ。北の方が見た夢は彼女が娘を授かるという報せなのです」
 しかし軽く握った拳を口許にあてて璃生は考え込んだ。
「どうしたんでしか、璃生さん?」
「あ、うん。あのね、スノーちゃん。スノーちゃんは先ほどの盛高さんと北の方さんを見てどう想った?」
 そう問われたスノードロップは小首を傾げる。
「璃生さんはどう想ったのですか?」
「はい。あの白さん、実は北の方さんがとても儚そうに見えました。なんだかものすごく哀しそうに」
「そうですか」
 そう言った白の浮かべる表情は璃生を労わってくれているように彼女には想えた。
「それは当たっているんですよ、璃生さん」
「え?」
 璃生の胸はぎゅっと締め付けるような痛みに襲われた。
 その後、北の方は可愛らしい女の子を産み、その子は夢にあわせて花世(はなよ)の姫と名付けられた。
「良かったでしね、璃生さん」
「うん」
 璃生は胸の前で手を組みながら嬉しそうに頷いた。
 そして璃生、なずな、白、スノードロップたちの周りの光景がゆっくりと流れて行く。映画でエンドロールが流れるように。
 璃生たちの前で花世姫は美しく成長していった。
 しかし映し出された光景に璃生は引き攣ったような声を出した口を両手で覆って、涙を流した。
「これが璃生さんがあの光景に感じた物の理由です」
「北の方さん、花世さん……」
「くぅーん」
「璃生さん」
 北の方は花世姫を残して、亡くなったのだ。
 そして花世姫11歳の時に盛高は再婚した。
 だがその再婚相手は花世姫の美しさに嫉妬し、姫を山姥に食われてしまえと山に捨ててしまったのだ。
「そんなぁ」
 璃生はきゅっと下唇を噛んだ。
 どうして花世姫は何も悪い事をしていないのにこんな目に遭わねばならないのだろう? と。
「白さん。私達には何もできる事は無いんですか?」
 そう訴える璃生を白はどこか眩しそうに見つめた。
「ならば花世姫の元に」
 白がそう呟くと、璃生となずな、スノードロップは大きく目を見開く花世姫の前に立っていた。
「あ、あなた方は?」
「お姫様を悪い継母から守る正義の味方」
 優しく璃生はくすりと笑いながらそう告げた。



 ――――――――――――――――――
【5】


 暗い夜の闇の帳が降りた山を璃生は花世姫の手を引いて歩いていた。
 視界はすこぶる悪いが、しかしなずなやスノードロップが先を行き、道を教えてくれた。
「あっちでし♪ あっちでし♪ あっちに明かりが見えるでしよ!」
 スノードロップが璃生に指差した方向はしかしなずなはやめておけ、と鳴き声をあげる。
 なずなとスノードロップの両方に挟まれた璃生は困ってしまい、花世姫と顔を見合わせた。
「どうしましょうか、花世姫?」
「私は璃生さまにお任せしますわ」
 んー、璃生はなずなとスノードロップが示す方向を交互に見ていたがしかし、ざわりとざわめいた夜の気配に体を凍りつかせた。
「何、これは?」
「ウゥーーー」
 なずなは何やら不快な気配を感じる方向に向って低い唸り声をあげている。
「璃生さま、怖い」
「花世姫、こっちに」
 もう迷っている暇は無かった。璃生は花世姫の手を引いてスノードロップが明かりがあると言っていった方向へと走った。
 なるほど確かにそこには明かりがあった。一軒のおんぼろ小屋だが、人の気配もある。
「すみません。すみません。助けてください」
 璃生はどんどんと扉を叩いた。あの闇から来ていたモノは何だ? あれが山姥だろうか?
 さらに恐慌した璃生はどんどんと扉を叩く。
 そしてその扉の向こうから声がした。
「五月蝿いよ、娘。今開けるからお待ち」
 そう、しわがれた老婆の声が。
 開けられた扉の隙間から部屋の明かりが零れ、そしてその明かりの中に立っているのは、恐ろしく汚らしい山姥であった。



 ――――――――――――――――――
【6】


「ほら、食べなさい」
「いただきますでしぃー♪」
 食いしん坊の妖精は山姥が出した椀に入った温かな雑炊を美味しそうにそれはもう何の躊躇いもなく食べた。
 ぐーぐーと鳴るお腹を押さえながら互いに顔を見合わせあった璃生と花世姫は苦笑しあうと、山姥から温かな湯気をあげる椀を受け取って、雑炊に口をつけた。
 それはとても美味しく、冷め切った体を芯から温めてくれた。
 山姥は姿形はとても恐ろしかったが、しかし璃生や花世姫にとても優しくしてくれた。
「ワンワン」
 外でなずなが吠えた。
 なずなはどれだけ璃生が山姥の許しを得て部屋に入りなさいと言っても、外に居て、山姥はきっと番犬をするつもりなのだろうと言っていたが、しかしなずなは何に吠えているのであろうか?
「いかん。人食い鬼が来たね」
 山姥は舌打ちをした。
「人食い鬼?」
「そうさ。この谷には人食い鬼が居るんだ。さあ、隠れな」
 山姥は璃生と花世姫を押入れに隠してくれた。
「璃生さま、怖いです」
「大丈夫よ、花世姫」
 璃生は花世姫をぎゅっと抱きしめた。
 そうやって二人で抱き合いながら隠れていたがやがてしばらく経つと、山姥が押入れのふすまを開けて、二人にほやっと微笑んだ。
「さあ、二人とも大丈夫だよ。出な」
「はい」
 押入れから出ると、なずなが璃生に抱きついて、ぺろぺろと顔を舐めてきた。
「ありがとう。なずな。守ってくれて」
「わん」
「なずなさんは偉いでしねー」
「さあ、おしゃべりは後だよ。おまえらはこの山を降りるんだ」
 山姥はそう言いながら璃生たちに20日はもつ餅と山姥の服をくれた。それと困った時に開けろと、小さな袋を。
「その服を着れば人食い鬼には見つからない。だからそれを着て早くお逃げ」
「はい」
 璃生から服を貰った花世姫は山姥に抱きつき、お礼を述べた。
「さあ、早く行け」



 夜の森の中を璃生たちは一生懸命走った。
 その夜の闇には濃密に人食い鬼の気配がある。
「あっ」
 花世姫の悲鳴のような声が上がった。木の枝に山姥の服の裾を引っ掛けてしまったのだ。
 脱げた山姥の服を絶望が色濃く浮んだ顔で璃生と花世姫は見た。
 そして一気に闇がざわめき、花世姫の前に人食い鬼が!
「そんな事って!!!」
 璃生は叫んだ。
 そして両手を広げて花世姫の前に立ちはだかる。
「スノーちゃん。私の服を花世姫に」
「はいでし」
 スノードロップは言われた通りにした。
 人食い鬼は姿を現した璃生と逆に姿を消した花世姫に驚いた。
 だが獲物の姿が変わっただけで、餌が無くなった訳ではない。人食い鬼は璃生に襲い掛かった。
「ガウ」
 璃生の頭を鷲掴みせんとした人食い鬼の手になずなが襲い掛かる。
「璃生さま」
 花世姫が悲鳴をあげる。
「花世姫、さあ早くここは私に任せて」
 璃生は花世姫を後ろに押した。
「でも!」
「大丈夫だから。大丈夫だからさあ、早く。スノーちゃん、姫を」
「はいでし」
 スノードロップに背を押されながら、花世姫は悲鳴をあげながら闇の向こうに走っていった。
 そして璃生は前方の鬼に目をやる。
 なずなは鬼と戦っていた。負けていない。
 しかしなずなだけでは――。
「なずな」
 どうすればいい?
 自分には何もできない。
 鬼を倒す事など不可能だ。
 だけどなずなを見捨てる事はできない。なずなは大切な親友なのだから。
「助けて。誰か助けて」


 助けて――


 その願いは闇夜に静かに水面に波紋が広がるように広がった。
 そしてその後に起こった出来事は璃生には理解できなかった。まぎれもなく彼女の隠された能力…まだ先の未来で『直感の白』という名で呼ばれる力が起こした事であったが、この時の璃生はまだそれを知らない。
 鳥が、山犬が、狼が、熊が、この山に住まう獣たちが璃生を、なずなを守らんと人食い鬼に襲い掛かる。
 獣たちに攻撃されて、それで人食い鬼はたまらずに逃げ去った。
 それを呆然と見ていた璃生は、ぺたんと腰が抜けたように座り込んで、その璃生の頬をなずながぺろりと舐めてくれた事で我を取り戻し、それから彼女は泣き出した。
 森の動物たちは泣いている璃生を慰めるように優しく見守っていた。



 ――――――――――――――――――
【7】


「璃生さん。大丈夫ですか?」
「白さん」
 気付くと璃生は大きな屋敷の庭に居た。
 そこに白も居た。
「ここは?」
「ここは、花世姫が暮らす場所です。あの後に姫は中納言の大きな屋敷の火焚き女として雇ってもらいました。それがここです」
「そうなんですか。あの、白さん。それで花世姫は元気なんですか?」
「はい。でも今は助けを必要としています」
「助けを?」
「はい。さあ、花世姫を助けてあげてください」
 白の姿が消えて、そして庭の向こうから花世姫が現れた。
 花世姫は璃生を見た途端にぽろぽろと涙を零した。
「璃生さま」
 花世姫は璃生に抱きついた。そして子どものように泣いた。
 璃生は優しく花世姫の頭を撫でてやった。
 そして二人は屋敷の渡り廊下に腰を下ろし、話をした。
「中納言のご子息に見惚れられてしまいました」
 璃生は驚くが、その後に優しく微笑した。
「花世姫も好きなんですね。その方が」
 そう、彼女の横顔がそう言っていた。
 事実、花世姫はこくりと頷いた。
「だけど私はダメです」
「どうして?」
「だって私には何も無いもの」
 そう言って彼女はまた泣き出した。璃生はぎゅっと花世姫を抱きしめた。
 花世姫からは梅の花の香りがした。
 北の方は花世姫を身ごもる時に梅の花の夢を見たと言っていたから、ひょっとしたら花世姫は同時に梅の花の精なのかもしれない。
「懐かしい匂い」
 ぽつりと花世姫が言った。
「璃生さまからは母上の香りがします。……ごめんなさい」
「いいのよ。花世姫からは私が大好きな梅の香りがします」
 そして二人でくすりと笑いあう。
「花世姫。私はずっと考えていました。梅の花の香りは何の匂いに似ているのだろう? と」
「何の匂いに似ていたのですか、璃生さま?」
「はい、それはね、梅の花の香りは何の匂いとも似ていない香りです。思い出せないけれどその香りをかくとそう、これと思い出す懐かしい、香り。またそんな嬉しい春待ちの季節がやってくる。春、嬉しい始まりの季節。未来。そう、梅の香りは未来を予感するそういう気持ちを抱かせる香りなんです。花世姫、梅の花の香りをかいでください」
 璃生はコートのポケットの中に入れておいた梅の香水を取り出して、花世姫に渡した。その香水の香りを彼女は愛おしそうにかいでいる。
「あなたが望む、来て欲しいと望む未来はどんな未来ですか?」
「中納言の子息さまと夫婦になりたいです。それから二人で共に幸せになりたい」
「本当ですか、姫?」
 花世姫は璃生の腕の中でびくりと体を大きく震わせた。
 そして後ろを振り返る。そこには中納言の子息が。
「花世姫。覚えていますか? 山姥からもらったのは服と餅だけではなく、この小さな袋もあって、そして山姥は困った事があった時にこれを開けろと言いました。今開けましょう」
 璃生は袋を開けた。
 そしてその小さな袋からは花世姫の嫁入り道具の数々が溢れ出した。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 気付くと璃生は白と出会った場所に居た。
 太陽の位置もまったく変わっていない。
 あれだけの長い時間を過ごしたのに、しかし実際にはまったく時間が経っていなかったようだ。
「璃生さん。梅の花の香り、何の香りに似ているかわかりましたか?」
「はい」
 璃生は嬉しそうに微笑んだ。
 そして胸の前でぱちんと手を叩いた。
「白さん、スノーちゃん。もしもよかったら今から喫茶店に行きませんか? 美味しい梅の香りの紅茶を飲ませてくれるお店があるんです」
 それを聞いたスノードロップがきゃっきゃっと騒ぎ、そして白の服の袖を引っ張った。
「では行きましょうか。案内してくださいますか、璃生さん」
「はい」
 そして歩き出す璃生となずな、白とスノードロップ。
 そういえば梅の香りの紅茶は実はちょっぴりとウメボシの香りに似ていると想う。スノーちゃんたちはどう想うだろうか? 飲んだ二人に感想を聞いてみよう。
 そんな事を想いながら璃生は白とスノードロップを案内する。その彼女のコートのポケットに梅の花の妖精が香水を入れたのは内緒。
「もう直に春でしねー♪ お昼寝が楽しみでし」
「風邪を引かないようにね、スノーちゃん」



 ― fin ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2549 / 笹川・璃生 / 女性 / 16歳 / 高校生】


【NPC / 白】


【NPC / スノードロップ】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、笹川璃生さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回はご依頼ありがとうございました。^^
梅の香水、とプレイングにあったので、当然のように花物語には梅の花の物語を使いました。
梅の花言葉は忠実・独立・高潔・忠義・澄んだ心です。
澄んだ心は璃生さんに似合いますよね。^^
忠実は人食い鬼に立ち向かったなずなさんに。^^


今回の花物語はそのまんま活用しました。
梅の花にはこのような物語があるのですよ。^^



人食い鬼と璃生さんが対峙するシーンは書いていて楽しかったです。^^
璃生さんの能力が描写できるのと同時になずなさんのカッコ良い姿も書けましたし、
それによってなずなさんがどれだけ璃生さんを大事に想っているのかも描写できましたし。^^
それと花世姫とのふれあい。彼女を想い、守り、優しくする璃生さんを書く事で璃生さんという人を描写できて、嬉しかったです。

それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼本当にありがとうございました。
失礼します。