■その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】■
深海残月 |
【4012】【坂原・和真】【フリーター兼鍵請負人】 |
シナリオ原案・オープニング原文■鳴神
ノベル作成■深海残月
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頭の中で声がする。
「君に、最も相応しい名を与えよう」――…と。
その声が誰だったのか、はっきりと憶えている。
今、自分がしている事もそうだ。自覚が無いままやってる訳じゃない。
ただ、それを本来の自分が望んだ事なのかどうかと訊かれれば「否」と答えるだろうが。
いや、感情は捨てなければならぬ。
鉄の仮面を被らねばならぬ。
踏み込んではならぬ領域に自ら進んで入ったのは、俺。
その時から覚悟は決めていた。今更迷いは無い筈。だが…
頭の中で、もう一つの声が告げる。
「私の事なんか、放っといてくれても良かったのに」――…と。
それが出来なかったから、俺は今ここに居る。
殺人鬼として。
…『復讐鬼』として。
――姉さん。
俺は、弱い人間です。
貴女を救う事が出来なかった。
あんな事になるぐらいなら、貴女が否定しても…俺は自分の気持ちをぶつけたかった。
出来なかった。拒否されるのが怖かった。俺は、ただ…
貴女がそこで微笑っていてくれれば、それだけで良かったのに。
でも、もう居ない。
だから、俺は…――……
■
「事情聴取?」
昼の草間興信所。おそらく来るだろうと予想していた訪問者を、所長の草間武彦は安いインスタントコーヒーでもてなしていた。と言っても、武彦としてはこれが精一杯、いつも自分が飲んでいるのよりも高いコーヒーを出した訳なのだが。
「ええ。草間武彦さん、貴方に警視庁まで任意同行願いたいと思います。あ、コレが呼び出しの令状です」
男――警視庁捜査一課の刑事を名乗る住田和義という青年が、武彦に一枚の書類を提示した。
「…重要参考人。まぁ、そうなるだろうな…」
コーヒーを少し口に含んでから、武彦は言った。
「うちの所員達には連絡したのか?」
ここで言う所員とは、先日この事件の調査に当たってくれた連中の事である。
「そうですね。彼等には他の刑事が」
「…そうか。だが、興信所としても守秘義務はある。全てを話す事は出来ない。それでも構わないなら応じよう」
「ありがとうございます。じゃあ、表に車が来てますんで、移動しましょうか」
人当たりの良い笑顔を浮かべて言う和義に、武彦は無言で頷くと席を立った。
…まぁ、あいつらの事だ。簡単に洩らす事はないと思うが……
何かが引っ掛かる。
同じ頃、武彦と同様に呼び出しを受けた『所員』達が一堂に会した。
武彦と違うのは、ここが警視庁ではなく――ホテルの一室だという事だった。
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※今回のPCゲームノベルですが。
イラストレーターの鳴神様によります同名PCゲームコミックを原案とした「ノベル版」となります。
このノベル版はゲームコミックの方とは完全に独立した内容となっております。よって、鳴神様の同名PCゲームコミック内の設定を参照した場合、内容が異なっている可能性がありますので、ご注意下さい。
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その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】
警察と言う国家権力から重要参考人と言う形で呼び出され集められた草間興信所の調査員。件の猟奇殺人事件こと“凶々しき渇望”と名乗る者による殺人事件の調査をした面子がその場――ホテルに呼ばれていた。が、何だかんだで遅れている者がいるらしいので現在ロビーで待っているのは四名。まぁ、彼――坂原和真が聴取を受けている内に何らかの別の動きもあるかもしれないけれど。
事情聴取が始まってそろそろ何分になるだろう。和真の目の前に座っている刑事――強行犯二係配属の佐々木晃警部補殿だと言ったか。彼の目がどうもきつくなってきているのは気のせいか。少し俺の答え方が不真面目過ぎたかもしれない。いや、捜査状況について色々突付いて訊き過ぎただろうか? 被害者が狙われた理由をどう見ているのか、犯人の目的は、残された魔法円について何かわかったのか。訊かれては訊き返しでどちらが聴取を受けているのかわからないような状態に持ち込んでしまったからには相手が不機嫌になるのも仕方無いか。それに、そこまでやっても収穫も殆ど無し。担当刑事らしいこの警部補殿の話し方では、草間興信所の調査の方がまだ先に進んでいるような気さえする。…警察に媚を売るつもりも何も無いから相手への心証はどうでも構わないのだがわざわざ敵に回すような話し方は控えるか。…さて、どの辺りで妥協してやろう。
「…ところで場所の警備が妙に厳重ですよね」
「当たり前だろう」
猟奇殺人事件についての事情聴取だからな。
「だったら余計に疑問なんですけどね。ほら、こう言う…事情聴取って、普通警察の施設の方でやるものじゃ無いんでしょうか?」
警視庁庁舎とか所轄の警察署とか。…その方がわざわざ改めて警備する必要も無いでしょうし。
なのに何故、今回の俺たちはこうなっているんでしょう?
「…それはこちらの都合の話だ。お前が気にする事じゃない」
「そうですか」
「それに、民間の場所での方が…聴取される方も幾分気楽に出来るものじゃないか?」
「これだけ警官がうろうろしているところで気楽に出来ますか?」
「…お前は何か警察に対して後ろめたい事でもあるのか?」
「別にありませんが。俺ただのフリーターですし」
「そこだ。お前の仕事として…鍵請負人、とも聞いたが、それは何だ?」
「ただの仇名です」
「本当か? …不正に合鍵を造っていたりするんじゃないだろうな」
「そんな器用な特技があるなら俺はフリーターなんかしてないですよ」
「…なら、仇名にしては変な名だが…由来は何だ」
「それを聞いて今何の意味があるんですか」
「意味を判断するのはこちらだ」
「…言う必要を感じませんね」
和真のその態度が癇に障ったか、警部補殿の目がまたきつくなる。それを確認してから、和真は、はぁ、と小さく息を吐いた。警部補殿が訝しげな顔をする。
ひとまず鍵請負人と言う言葉は承知か。けれどその意味は知らない…と。そうなるとこちらの事をあまり詳しくは知らないな。…まったく知らないとも思えないが。
「何だ」
「…刑事さん、住所不定だからって俺の事色眼鏡で見ないで下さいよ」
どうでも良さそうな事までどんどん突付いて来られるのってあんまり愉快じゃないですよ。今ここに聴取に呼ばれてる件だって、何度も言うようですが依頼があったからこそ草間興信所もそこの調査員も動いている訳で。こんな事でわざわざ時間を割かれるのは色々と困る人だって居るでしょうに。…そう続け、小さく肩を竦める。
と、相変わらずの鉄面皮で警部補殿は和真を見返した。
「別に色眼鏡で見ている訳じゃない。気になったから訊いただけだ。気に障ったなら謝ろう。だがな…お前たちに手間を掛けさせているのはわかっている。だからこそなるべく手短に済まそうとはしているんだが――わざわざ長引かせているのはお前の方だろうが」
「じゃあ、もう帰っても良いって事ですか?」
「…それで、事件について全部話したならな」
「これ以上は興信所の守秘義務になりそうです」
「そうか」
あっさり頷き、警部補殿はファイルを閉じる。それを見てから和真は椅子から立ち上がった。相手に何を言われる前に部屋を出て行こうと移動する。それを見ているが警部補殿も別に止めない。ただ、部屋を出る直前にああ、と思い出したように警部補殿から声が掛けられた。曰く、連絡先。
「…また何か訊く事になるかもしれないからな、所在不明になると困る…連絡先ははっきりさせておけ」
「連絡先…だったら草間さんと連絡取ってもらえればすぐに俺とは伝手が付きますよ」
和真はそれだけ残し、じゃ、と軽く挨拶をして部屋を退出。
不機嫌なままの警部補殿は今更まともに送り出す気もない模様。
■
殆ど入れ替わりで海原みなもが聴取の部屋に向かう。その姿に和真は軽く声を掛けてみたのだが――どうもかちんこちんに固まっている様子。こちらの声が耳に入っていない。大丈夫か? と思いつつ立ち止まり、仕方無く和真は制服姿の彼女を見守るように見送る。取り敢えず足取りがおかしい訳では無い。確りと廊下を歩いては行く。…たかが事情聴取、そこまで緊張しなくとも良いだろうに。
「どうでしたか?」
皆が集まっている一階ロビーに戻るなり、和真は声を掛けられる。涼やかなその声は神山隼人。
「特に変な事は訊かれませんでした。まぁ、普通に事情聴取でしたよ。…強いてひとつ言うなら、俺が鍵請負人と呼ばれている事に引っ掛かっていたくらい…ですか」
「…どうお答えしたんです?」
「答えてません。答える必要もありませんからね。…合鍵でも不正に作ってるんじゃないかとか妙な勘繰りをされたのには参りましたが」
「…それはそれは」
和真の言葉に隼人は肩を竦める。どうも事情聴取をなさっている刑事さんは葉月さんとは違い超常現象とは縁遠い方のようですねぇ、と苦笑。
「ですけれど、坂原様に何事も無かった…のは何よりですわ」
「そうね。…極力、ひとりにならない方が良い気がするもの」
特に今の場合はひとりずつ聴取に向かう時が一番危険だと思うから。例え警察の人間がたくさん居たとしても――この事件の犯人、“凶々しき渇望”は。
…この程度の警備では難無く、手を出せるだろうと思うから。
それに、聴取を取っている当の刑事もまた、疑惑の渦中にあるのだし。
と、ひとまず和真の無事に安堵の声を漏らすのは天薙撫子とシュライン・エマ。草間武彦はやはり今になっても来ていない。綾和泉汐耶は仕事の関係で遅れるとの事で今はまだこの場に居ない。取り敢えずそれらを確認しながら和真はのんびりとソファの一角に腰を掛ける――と、つい今行ったと思ったのにもう制服姿の彼女――海原みなもの姿が廊下の先に見えた。ロビーに居る中のひとり――今の場合はたまたま和真――が気付いたと見るなり、みなもはロビーにぱたぱたと駆けて来る。救いを求めるような瞳。ロビーで待つ皆に緊張が走る。
「海原様!?」
「何かあったの!?」
「す、凄く緊張しました〜〜!!」
皆の元に来るなり、心底安堵したように息を吐くみなも。何処か涙目。そんな彼女の姿を見、はぁ? と間抜けな声が出てしまった事も責められないだろう。…曰く、別に何があったと言う訳でもなく、単純にすぐ帰されただけらしい。部屋を出てから調査員の皆の姿を確認し、漸く本当に緊張が解けた――それだけのようだ。
次にソファから立ったのは撫子。近頃、念の為に持ち歩くようになっている彼女の実家の神社、その御神刀の『神斬』。それが仕舞ってある錦織の刀袋。それを当然のように携えて聴取に向かう。何も言われないのはその清楚な所作故か。良く馴染んだ着物姿故に、持っていて然るべき道具のひとつ、とでも見られているのか。ともあれ撫子は密かにシュラインに目配せをする。と、シュラインからもすぐに同じよう返された。…今ここには撫子の持つ刀の存在を気にしない理由が何かあるらしい。和真も隼人もその意味には勿論気付いている。
撫子を見送ったその後、話し込んで――とは言っても警察の目が常に届いている場所でもあるので草間興信所の調査員としての情報交換は滅多に出来ないのだが――それでもある程度の情報交換を試みて暫し経つ。と、ひとまずわたくしも無事です。何事も置きませんでしたわ、と撫子がロビーに戻って来た。
ほぼ同じタイミングでセレスティ・カーニンガムがロビーに現れる。部下の黒服に囲まれた状態で、刑事らしい私服の警察数名と何やらやり合っていた。…ここに来てから言っていた話――警察の用意した部屋ではなく、別のフロアを借り切りそちらの部屋に警察の方に来てもらい聴取をするよう要請したと言う話。調査員としては気持ちは有難いが――今目の前にあるその状態を見ても通るかどうかは別問題に思えた。話し合う中、少しずつ警察側の人数が増えている。次の聴取が開始出来ない。セレスティの方も引く気配無し。
やがて、何やら険呑な雰囲気になったか――と思ったそこで、す、と神山隼人が両者の間へさりげなく割って入っていた。いつの間にソファから立っていたのか。カーニンガムさん、お気遣い有難う御座います。ですけれど、これ以上揉めてても何ですし、私は警察が用意した部屋で構いませんよ、と告げ、自分が次に聴取を受けようと名乗りを上げ部屋へ向かった。
隼人のその仲介に毒気を抜かれたか、彼が動いたその直後に、でしたら――と妥協点があっさりと告げられた。…セレスティのみ要請通りに行う。但し、そのセレスティが用意したフロアに聴取をする以外の警察の者も入れる事。他の調査員が警察の用意した部屋でどうしてもしなければならないと言うのなら、そこを警護する人員にセレスティの部下も入れる事。双方それで合意。では、とセレスティは数名の部下をその場に残し、自分が借り切ったフロアの部屋へと調査員たちに移動を促す。確かに、セレスティの息の掛かった場所の方が色々と話もし易い。…部屋のひとつでも待合室に出来れば、今ロビーでは話せなかったような事も話し合える。
セレスティの借り切ったフロアの部屋。暫くの後、そこに黒服に案内された隼人が来訪した。次に聴取を受ける事にしたのはセレスティ。皆が居るこの部屋の隣に当たる部屋で聴取を受けている。
今、セレスティが行くよりほんの少し前に都市伝説めいた噂の情報が彼の部下から齎された。まだ確認途中の段階であるが佐々木晃と同じ身体的特徴の人間が三ヶ月前に遺体で目撃されていると言う噂。まだ確実な情報では無いにしろ、今この時となれば情報の種類によっては「疑わしい」それだけの段階でも主に言上する必要がある。わかりましたと受けたセレスティは部下を連れ、別室へ。
今までの聴取で皆が得た情報。セレスティを見送った後、セレスティが聴取を受けているだろう隣の部屋を気にしつつも調査員の面子は色々と情報交換してはみるが、四名が聴取を終えた今の時点では特に問題がありそうな事は見当たらない。…何故場所がホテルかと言う事、コンビ活動でない事はまず事前に怪しむべき要素だった。そして事件調査の後の時点でシュラインが言い出した、高矜持高学歴のキャリア組、そして親しい人を亡くした人間が警察に居ないかと言う件も事前に引っ掛かっていた要素。魔法円や調査の結果出た事から、そんな人物像が疑わしいかもしれない、と警部でもある葉月政人にシュラインがその確認を求めた結果――出て来た名前も今現在聴取をしている刑事こと佐々木晃。そして、今セレスティの部下が齎した情報――それもまた、確認できていない情報だとは言え、同じ名の人物に関する事。
だからこそ、今一番の懸念は、聴取をしているその刑事。
…けれど、現時点では何事も起きてはいない。それも事実。疑うべきか疑わなくて良いのか、微妙なところで天秤が揺れている。そもそも、これらの情報を表沙汰にし訴えて出たとしても、イコールで“凶々しき渇望”だと言う証拠になるような事でもない。黒魔術の要素――超常現象絡みである事を鑑みて初めて、疑える情報。だからこそ、草間興信所調査員である――つまりその手の話に慣れている――自分たちが警戒しておくより他に無い訳で。
そんな話をしている中、携帯電話の着信音が鳴り出した。誰のものか――シュライン。開き、画面を見れば――相手は今ここに居ない草間武彦。何故居ないのか気になっていた。当然、即座に出る。
曰く、調査員の皆と連絡を取りたく電話を掛けたらしい。まずシュラインにだったのは草間武彦だからか。何にしろ、葉月が情報交換をしたいと言っている。今そちらに皆いるかと確認を取って来た。…汐耶さん以外は皆居る。事情聴取は受けたのか。坂原和真、海原みなも、天薙撫子、神山隼人の四人が済んで今現在セレスティ・カーニンガムが受けている途中。だったらお前と綾和泉はまだか。なら、今葉月と共に今そちらに向かっているから念の為到着するまで事情聴取を待て、どうしても駄目ならカーニンガムさんの話に乗るように、葉月の名前も出して構わない、と武彦。佐々木晃が“凶々しき渇望”への囮に調査員を使っている可能性があると葉月が言っている。そこまで聞いて、こちらもまだ不確定だけど変な情報があったの、と返すシュライン。佐々木晃と身体的特徴が酷似した遺体が三ヶ月前に目撃されていると言う噂。それを聞き、だったら余計だ。何にしろ動くのは俺たちが着いてからにしろ。そう鋭く残されて通話は切られた。
前後してセレスティの聴取が終わったと連絡が入る。その後、セレスティへの聴取をした帰り掛けなのか、調査員のたむろしている部屋に直接佐々木晃が顔を出し、次、と鷹揚に声を掛けてきた。そこでもう一度シュラインが、やはりこのフロアの部屋では駄目ですかと訊いてみる。戻るよりすぐ近くになりますし、それに今電話があったんですが、葉月警部もそうしろと――。と、言ってはみたが、くどい、と即決残されすぐに踵を返された。部屋のドアは閉めないまま、まだ聴取取ってない奴――シュライン・エマか綾和泉汐耶か、どちらでもいい、とっとと来い! と声が投げられる。部屋の中からはもう姿は見えない。開けたままである部屋のドアからシュラインが廊下をそ、と覗くと、佐々木晃の背中はもうかなり部屋から離れて先にエレベーターの近くに行っていたのが確認出来た。シュラインは佐々木晃のその態度に思わず目を瞬かせている。何事。
「…何か、怒ってる…みたいね?」
「すみません。私のせいですね」
シュラインの立つそのすぐ後ろ、隣の部屋から戻って来たセレスティから声が掛かる。もう一度君たちもここで聴取を出来ないか頼んでみたんですよ。ですが、話を通すどころか怒らせる事になってしまったようです。…けれど――私の部下や警察の皆さんと言った…他の見ている前でこんな行動を起こすような方が、今何か仕出かすとは思い難い気もしますけど。と付け加え、シュラインを見上げた。そう…かも知れませんね、とシュラインも静かに同意。じゃ、取り敢えず行って来る事にします。お気を付けて。その言葉と部下の黒服を付け、セレスティはシュラインを部屋から送り出す。
その暫く後、漸く綾和泉汐耶が来たとセレスティに連絡が入る。ほぼ同時にシュラインの聴取が終わったとも入った。そして――汐耶はシュラインと入れ替わりで直接事情聴取の部屋に行く事になったらしい。
そして暫くしてシュラインが部屋に戻って来た、そのタイミングで葉月政人が到着したと連絡が入る。それも、特殊強化服を着用した状態で。更には何やら階下で騒ぎが起きているのが感じられる。…どうやら、聴取をしている部屋に直接乗り込んだらしい。しかも、そこで。
…と、その先を促そうとした時、また別のセレスティの部下から連絡が入る。至急。珍しく慌てた様子の声。三ヶ月前に目撃された佐々木晃と身体的特徴が同じ遺体の件。遺体は佐々木晃で間違いないと確認が取れたそうです――と。本人の名乗り、目撃者の証言――無関係の一般人が真っ当な手段で入手する事は困難、もしくは不可能な手段も用い、出来る限り素早く確認した結果。
だが――セレスティは既に今皆の事情聴取をしているこの刑事が佐々木晃当人である事は間違いないと確かめてもいる。生体認証の技術まで用いての結果だ。疑いようが無い。――が、無論、確認に確認を重ねた、今出された三ヶ月前に死亡、と言う情報も疑いようが無いもので。
「…あの方は、一度死に、蘇生した――と言う事ですか」
ならば。
超常現象を信じない――訳も無い。…既に自分自身が超常現象に含まれる。何かがおかしい。頭の中で警告音が鳴り響く。察したか、行きましょう、と促すシュラインの声。え? と混乱するみなも。まさか、と口を押さえる撫子。厳しい目で黙り込む和真。目を伏せて何事か考えている様子の隼人。
そして齎された最後の衝撃は、セレスティの手許への、中断された通信から。
「…何ですって、誰もいない…?」
聴取の、部屋に。
――血塗れの椅子に、銀縁眼鏡と鞄、だけが、残されて。
■
聴取をしていた部屋。聴取を受けた調査員の皆とそこに到着した時には葉月政人に草間武彦、そして警察関係者とセレスティの部下の黒服の姿で埋め尽くされていた。片方の椅子――佐々木晃が座っていた方――に凄まじい量の血がぶちまけられている。少し離れたところに銀縁眼鏡と女物の鞄。それは綾和泉汐耶のものか。点々と続く血痕は窓に。そちらから――逃げたのか。
葉月政人が調査員の皆を見て、何か物問いたげな訝しげな顔になっている。と、それに答えるようにセレスティが抑えた声で口を開いた。
「つい今し方――葉月君がこちらに到着したと連絡があった直後に、確認が取れました」
…佐々木晃刑事が三ヶ月前に亡くなっている、と言う件です。
場所は、K立市の生体学研究所。そこの倉庫で起きた、大きな爆発事故時…いえ、その直前ですね。その倉庫で――獣か何かに五体を食い千切られたような遺体が、倉庫番の方に目撃されています。ですが、爆発事故が起こった時には既にその遺体は何処にも無かった。表向きには死者は出ずに済んだ事件となっています。
ですが、倉庫番が目撃したその遺体は、身体的特徴からして間違い無く、佐々木晃刑事だったようですよ。
「…その倉庫番と言う方に、確認を?」
「いえ。…その倉庫番の方も、後に何者かに殺されてしまっていますから」
「…K立市の生体学研究所、ですか」
「ええ。警察に証拠として出せない方法で調べたものですが、今度こそ、私の名にかけて、言い切れます」
「…その、場所は」
「そうですね。彼の亡くなったお姉さんが勤めてらっしゃった企業です」
続けられた科白に政人は黙り込む。佐々木晃の姉。一年前にK立市の生体学研究所で起きた事故により死亡。バイオハザードであった為、遺体さえも戻ってこない。シュラインが政人に確認した話。亡くした親しい人、に該当するのがその姉。予め聞いてはいた。が――この事件は、その姉の死に直接絡んでいるとでも言うのだろうか?
和真は思いを巡らせる。自分も不慮の事故で姉を亡くしている。それは関係はこの彼と同じとは限らない。けれど、意味や程度は違えど掛け替えの無い存在である事には何も変わりはないだろう。“凶々しき渇望”の名はどう繋がる。目的の為なら鬼にでも悪魔にでもなろうと、そう言う事だろうか? 最早、形振り構わない。そうでもなければ、今、この場でこんな事を――するだろうか。
血がぶちまけられた理由。綾和泉さんが居ないのは。元々死んでいる男。綾和泉さんは攫われたのか。目的は。
「葉月警部!」
慌てて政人を呼ぶ声がする。奥の部屋。和真もそちらへちらりと目をやった――政人を呼んだ刑事が示していたのは部屋の床。魔法円が描かれている。そして、その上に何やら書き込まれた鏡が配置されている。詳細はわからずとも、何か魔術儀式めいた事が行われた、とだけは即座に察せられるその状況。『この部屋』。魔法円。外部では無く内部、それも当の部屋。これだけの警備がある場所で? 魔法円。そこから今この時に連想される物は――“凶々しき渇望”以外に有り得ない。
ならばここでいったい、何があった。
…ただひとつ確実なのは、今ここに、綾和泉汐耶と佐々木晃が居ないと言う事。
【続】
×××××××××××××××××××××××××××
登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××
■整理番号/PC名
性別/年齢/職業
■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員
■2263/神山・隼人(かみやま・はやと)
男/999歳/便利屋
■1883/セレスティ・カーニンガム
男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
女/23歳/都立図書館司書
■0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
■1252/海原・みなも(うなばら・-)
女/13歳/中学生
■4012/坂原・和真(さかはら・かずま)
男/18歳/フリーター兼鍵請負人
■0086/シュライン・エマ
女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
※表記は発注の順番になってます
×××××××××××××××××××××××××××
…以下、公式外の登場NPC
■佐々木・晃=“凶々しき渇望”
×××××××××××××××××××××××××××
ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××
第一話に続き、発注有難う御座いました。
…『その者の名、“凶々しき渇望”』第二話、漸くのお届けです。
今回、色々と遅くなってしまいましたが…いえちょっとした…避けようが無かった(遠)行き違いのようなものがあって(泣)。もの自体は一週間くらい前にはほぼ何とかなってたんですが(くすん)
しかも良く考えれば…それが解決したのが土曜日なので…オフィシャルの営業時間を考えるとお渡しが更に遅れる事は確実と(汗)
って言い訳ですね。とにかく納品が遅れました。本当に申し訳ありません(土下座)
今回のノベルはこんな感じになりました。
…色々と私が暴走しまして(え)結果、殆ど全員個別です(汗)
葉月政人様と綾和泉汐耶様以外は後半である程度共通部分が混じってもいますが。
内容は…とにかくそんな訳で、綾和泉汐耶様が攫われてしまいました。
何か色々と大変な事になっております。
また、今回の話は、坂原和真様版→海原みなも様版→天薙撫子様版→セレスティ・カーニンガム様版→シュライン・エマ様版→綾和泉汐耶様版→葉月政人様版→神山隼人様版…と言った順番で読む事をお勧めしておく事にします。全体像が一番把握し易いようなので。
少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
では、また少し間を置いてになりますが、第三話もどうぞ宜しくお願い致します(礼)
深海残月 拝
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