■その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】■
深海残月 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
シナリオ原案・オープニング原文■鳴神
ノベル作成■深海残月
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頭の中で声がする。
「君に、最も相応しい名を与えよう」――…と。
その声が誰だったのか、はっきりと憶えている。
今、自分がしている事もそうだ。自覚が無いままやってる訳じゃない。
ただ、それを本来の自分が望んだ事なのかどうかと訊かれれば「否」と答えるだろうが。
いや、感情は捨てなければならぬ。
鉄の仮面を被らねばならぬ。
踏み込んではならぬ領域に自ら進んで入ったのは、俺。
その時から覚悟は決めていた。今更迷いは無い筈。だが…
頭の中で、もう一つの声が告げる。
「私の事なんか、放っといてくれても良かったのに」――…と。
それが出来なかったから、俺は今ここに居る。
殺人鬼として。
…『復讐鬼』として。
――姉さん。
俺は、弱い人間です。
貴女を救う事が出来なかった。
あんな事になるぐらいなら、貴女が否定しても…俺は自分の気持ちをぶつけたかった。
出来なかった。拒否されるのが怖かった。俺は、ただ…
貴女がそこで微笑っていてくれれば、それだけで良かったのに。
でも、もう居ない。
だから、俺は…――……
■
「事情聴取?」
昼の草間興信所。おそらく来るだろうと予想していた訪問者を、所長の草間武彦は安いインスタントコーヒーでもてなしていた。と言っても、武彦としてはこれが精一杯、いつも自分が飲んでいるのよりも高いコーヒーを出した訳なのだが。
「ええ。草間武彦さん、貴方に警視庁まで任意同行願いたいと思います。あ、コレが呼び出しの令状です」
男――警視庁捜査一課の刑事を名乗る住田和義という青年が、武彦に一枚の書類を提示した。
「…重要参考人。まぁ、そうなるだろうな…」
コーヒーを少し口に含んでから、武彦は言った。
「うちの所員達には連絡したのか?」
ここで言う所員とは、先日この事件の調査に当たってくれた連中の事である。
「そうですね。彼等には他の刑事が」
「…そうか。だが、興信所としても守秘義務はある。全てを話す事は出来ない。それでも構わないなら応じよう」
「ありがとうございます。じゃあ、表に車が来てますんで、移動しましょうか」
人当たりの良い笑顔を浮かべて言う和義に、武彦は無言で頷くと席を立った。
…まぁ、あいつらの事だ。簡単に洩らす事はないと思うが……
何かが引っ掛かる。
同じ頃、武彦と同様に呼び出しを受けた『所員』達が一堂に会した。
武彦と違うのは、ここが警視庁ではなく――ホテルの一室だという事だった。
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※今回のPCゲームノベルですが。
イラストレーターの鳴神様によります同名PCゲームコミックを原案とした「ノベル版」となります。
このノベル版はゲームコミックの方とは完全に独立した内容となっております。よって、鳴神様の同名PCゲームコミック内の設定を参照した場合、内容が異なっている可能性がありますので、ご注意下さい。
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その者の名、“凶々しき渇望” 【 第二話 】
守秘義務がある。依頼人個人についての情報は話せない。わかっている、話せる範囲で良い。そんなやりとりから始まったこの事情聴取。聴取を受けている彼女――シュライン・エマの目の前に居る刑事はひとり。警察はコンビ行動が基本の筈だ。ならば何故ひとりで聴取をしているのか。これはやはり犯人と疑うべきなのか。…警戒だけなら部屋に来る時点でしているが。
否、遡るなら警戒しているのは事件調査のすぐ後から。“凶々しき渇望”のこの殺人事件、事件自体に興味を持った者や能力者を炙り出す事が目的かもと言う懸念。もし万が一自分の身に何かあった時にも、自分自身の移動経路が仲間内にわかるように、聖フランチェスコに祈った聖油や聖水を靴の裏に塗っている。“凶々しき渇望”が何か魔術的な方法で仕掛けて来た場合は武器になるかもとそれらを携帯してもいる。
神山隼人や綾和泉汐耶が言っていた魔法円の術形式の特徴。儀式に使用されていた『蝿の王』の名前。犯人が『それ』に唆され落ちた者である場合、元々矜持が高い人物である可能性が高い事。セレスティ・カーニンガムが調べた中で出て来た、公には事件になっていない類似した事件がある事――警察内部で情報を隠匿している者の可能性。葉月政人と草間武彦を交え話す中でも同様の可能性はちらりと出て来ていた。…警察内で総じて高い階級にある者――キャリア組は警戒して良い。そしてこの目の前の刑事――佐々木晃もキャリア組だと葉月政人に聞いた。警視庁捜査一課強行犯二係配属の警部補。そして事件の指揮を取ってもいる担当刑事。
矜持の高い者。高学歴の者。まずはそこ。そして『渇望』と言う言葉。持ってた物を永遠に失った? 失ってしまった物への渇望。失って、殺人を犯してしまうような、殺人の動機になりそうなもの――とても、親しい人を亡くした? そこまで思い付き、警部でもある葉月政人に該当するような人物が居ないかどうか確認した。その結果出た名前も佐々木晃。…一年程前に、K立市にある生体学研究所で起きたバイオハザードで姉が事故死しているとの事。葉月政人曰く、親しい姉弟だったと言っていた。彼自身佐々木晃の友人でもあると言うからこの情報は確かだろう。
その情報を聞いた時に葉月政人にそのお姉さんの声が入手可能かどうか確認してもみた。特に、弟と友人であると言うなら何処かで、ないか。留守番電話でも何でもいい。残ってはいないか。念の為に、とのそんなシュラインの頼みに、さすがに渋る様子を見せたが、葉月政人は探してみますと言ってくれた。
そして実際見付かった。どうやら、弟の事を頼む、と言う電話の留守録。…その内、別に部屋が借りられるかもしれないから晃をひとりにする事になる、そうなると今のところ彼女も居ないみたいだし、あいつ友達少ないから葉月さんの他に宜しくと言える相手が居ないのよね…と、苦笑混じりの明るい声での。…それだけでも相当姉弟の仲が良かった事が垣間見える。
録音された日付はどうやら亡くなるほんの数日前。葉月政人曰く、彼の姉に折り返し電話を入れた後に消そうと思っていたのだが――実際に数日後のまだ彼女が亡くなる前の時点に折り返しの電話は入れたのだが、葉月政人は当時から仕事に忙殺されていて一度取り置いてしまった留守録自体を消すのを忘れていたらしい。
元々、他に裏に目的があるような気がしてならなかった“凶々しき渇望”の事件。ならば親しい人を亡くした、それが理由だとしたら? どうも、ただの愉快犯、猟奇殺人、自己主張…とだけは考えられなくなってきた。
が、無論それらは今この場では明かしていない。ただ、目の前の佐々木晃と言う刑事が疑わしく思えるだけの材料はある。それだけは事実。
聴取は続けられる。残された証拠の落書き――魔法円についてどう調べたか。何かわかったか。被害者の足取りを辿った聞き込み調査を行った事。それらを踏まえた上でのお前のこの事件の見解は。そんな事まで佐々木晃は訊いて来た。黒魔術の形を装飾として使った儀式殺人、まだ続くのでは無いかと言う懸念。佐々木晃の行っている聴取は特におかしいところはない。このままでは、もし犯人だったとしてもそう簡単にボロは出さない。
そこでシュラインは直接質問をぶつけてみる事にした。怨恨と言う線も捨て切れ無いのではないかと。もし、この相手がそれで反応するなら――。
「…何?」
「…もし怨恨と仮定したなら、刑事さんは、あんなにする程の怒りや失望感を…感じた事、おありですか?」
と。
言った、途端。
見た目は殆ど、何も変わらなかった。
ただ。
どくん、と。
凄まじい音がした。心臓の。更には、小さくながらも息を呑みもしたようで。
ファイルを捲ろうとしていた手が一度、ぴくりと止まったのは気のせいだったか。
「…何故そんな事を俺に聞く」
「…いえ。『渇望』と言う言葉から、少し思い付いただけの事です」
「…そうか」
奇妙に重い雰囲気が場に流れる。が、佐々木晃はそれ以上動じた風を見せない。が――他ならないシュラインの耳では、何も無いとは到底思えない、反応で。
それはやはりお姉さんが亡くなったからこその反応、なのだろうか。その事故へのやり場の無い怒り? それとも――彼こそが、この“凶々しき渇望”だから?
「怨恨の線だとは考え難いがな…被害者から考える限りは」
「…言い切れないとも思います。『凶々しき』…と言う言葉から考えても、犯人自身がその行為を悪だと自覚した上で、敢えて手段を選んでいない…そう、例えば、被害者を殺す事で他の何者かにダメージを与える、もしくは被害者を生贄に見立てて殺す事自体が何らかの手段である、とも考えられそうだと」
どくん。
どくん。
「犯人には他に何か目的がある――とでも言いたい訳か」
「…はい」
どくん。
…脈打つ鼓動は、変わらない。もしお姉さんの件に思い当たって過剰反応した、それだけなら――その話から離れれば少しずつ通常の心音に戻って行く筈だ。なのに、変わらない。…犯人と思って、当たりなのだろうか。だったらすぐに外に知らせなければならない。今なら調査員の皆がすぐ側――ここと同じホテルの、セレスティが借り切ったフロアのスイートに居る。セレスティが総帥をしている財閥・リンスターの人員も警察に混じり少なからず警備に入っている。警察だってすべてが敵な訳じゃない。…部屋の外、退路や火災報知機の位置も確認してはある。その気になれば、逃げられる。
そんな、これからどうすべきかの考えを頭の中で巡らせている中――唐突にシュラインの背筋がぞくりと震えた。寒気。何故か寒気がする。空調の整ったホテル内。単純に寒いだけの訳は無い。
変な寒気がした。その事実に、感覚のみならず別の要素でもシュラインはぞくりとする。“凶々しき渇望”の事件の関係者として事情聴取を受けている今この場で、奇妙な寒気。そうなれば――その犯人が何かを仕掛けて来た、そんな最悪の可能性も否定できない。目の前の佐々木晃の様子に変化は無い。心音も、先程大きく荒れ出したその状態から変わった様子は無い。今この彼が何か仕掛けて来たのならば、少なくとも、例え僅かでも何か違う音に変わって聴こえるだろう。音の揺らぎ方が多少なりと変わる筈。ならば、違うのか。犯人と思ったのは勘繰り過ぎだったのか。
頭の中、咄嗟に浮かんできたのは聖歌や聖書説教。事件調査の後、万が一の事を考え幾つか頭に入れておいたそれら。専門の人の発音を記憶してもいる。ひとまずは即効性を考え聖書の一節を引用する事を考えた。誰が唱えてもそれなりに力を持つ祈りの言葉。特に悪魔祓いに使われるもの、ヨハネの黙示録、ルカ伝、マルコ伝。他にも、浄めの聖句として使われるもの――これで良いか。
「…どうした?」
「…いえ、何でもありません」
誤魔化すように答える。妙な寒気――悪寒。シュラインには視えないので確認は出来ないが、もしそれが霊によるものだったなら――? そう思い口の中でだけ小さく唱えた聖書の言葉。もし気のせいだったら――それは気のせいに越した事は無いが、目の前の佐々木晃にも説明しなければならなくなる。…それは、避けたい。
シュラインはまた、口の中でだけ小さく唱え続ける。…寒気は、消えない。
ふと気付く。
相手が何も話しかけて来ない――聴取を進めようとしない。
不思議に思い目の前の刑事――佐々木晃の顔を見る。と、ちょうどその視線が彼の手許のファイルに落とされるところだった。ただ、ファイルに視線が落とされる寸前、彼が自分を見ており――更にその自分を見る目が、何処か興味深げだったように感じたのは気のせいだったか。
…思ったタイミングで、寒気が和らいだ気がした。何故だろう。…わからない。聖句が効果を齎したのか。
「続けるぞ?」
「…はい」
不意の黙り込みを特に何も追及する事無く佐々木晃は聴取の再開を促す。寒気が消えた。本当に気のせいだったのか霊が退いたのか何なのか。佐々木晃の心音も、この段になって少しずつながらだが漸く落ち着いてきている。今の少しだけ開いた間で、落ち着かせる余裕が出来た、と言う事だろうか。…この刑事が白か黒かの判別は、まだはっきりとは付けられない。
セレスティ・カーニンガムからこの部屋に来る前に聞いた話もある。独自に『事件になっていない事件』を追っていた中、三ヶ月前の時点でこの目の前の男、佐々木晃を遺体として目撃した人が居る、と言う情報が不確定ながらも転がり込んで来たそうだ。まだ確認途中の段階ではあるそうだが、それを聞いた時点でこの佐々木晃は――彼を信用している葉月政人には悪いが、黒に限りなく近いグレーになる。もし、本当に死んでいるとなればそれこそ真っ当な刑事の顔をしている時点でおかしい。もしくは、目の前の刑事は佐々木晃と言う人物に成り済ました別人であるのか――その可能性も否定は出来ない。この件はセレスティの情報確認待ちになる。
そして――それはもし本当に犯人ならばわざわざ同じ格好でいつまでもいると言うのも怪し過ぎるし、偶然だとは思うのだが――坂原和真が聞き込みで仕入れて来た情報の中にあった、被害者の女性が被害に遭う前、最後に一緒に居たのが目撃されているのが『白いスーツの』刑事らしき人間。今目の前に居る佐々木晃も、白いスーツで。これは逆に、彼に見せ掛けようとして――と言う事もあるのかもしれない。どうだろうか。
「…お前の言う通り犯人に何か別の目的がある、と仮定しよう。ならばその目的は――この殺しではなく、何だと思う?」
「そうですね…直接手を下せない、もしくはすぐには手が届かない相手への復讐…でしょうか」
「…何の復讐だと?」
「その為になら無関係の女性を巻き込むような事も平気で行える――形振り構わないで何でも出来る…となると、復讐したいその相手に、犯人にとって何物にも代え難いとても大切な人間が手酷く貶められた、辱められた、殺された…そんな理由が考えられる気がします。それでいて、本当に復讐したい相手は普通の方法ではどうしようもない相手、でしょうか…」
現場に残された“凶々しき渇望”の名もその復讐相手へのメッセージ、と言う可能性は。
「メッセージ、か。…ところで、お前の話し方は妙に犯人に同情的に聞こえるのは気のせいか?」
目の前の刑事の鋭い視線。
シュラインはそれを跳ね除けるよう、即座に続けた。
「犯人が殺人を犯した理由を、犯人の立場で推測してみるのは事件を調査するに当たって有効な事ですから」
それに、どんな理由があろうと殺人は殺人でしょう。それにこの仮定通りであるならその場合は、犯人にどんなに深い事情があったとしても――それを差し引いても刑事責任は著しく重いと言えますから。
本当には同情は、出来ません。
「…そうだな」
静かに頷き、佐々木晃は一度目を伏せる。…それは単に瞬きをするのが遅かった。その程度のものだが、シュラインには何故か気に懸かった。佐々木晃の方は、一応、その見解も頭に置いておこう、と受け、手許のファイルをぱたりと閉じている。そして改めてシュラインの顔を見返した。
また何か話を聞く事になるかもしれない。そうとだけ言い置き、佐々木晃はシュラインに部屋からの退出を促す。何故か、何かを押し殺しているような態度にも見えた。椅子から立ちはしたが、ふとそんな姿を立ち止まり見ていたシュラインに、何をしている、と鋭く言った声は多少苛立っているようで。次には、早く出て行け、と今度はわかりやすく追い出された。何処か、怒りを込めた声。そう感じられたのは――何故か。
ただ、もし今の男が犯人であるのなら――仮定の話が核心を突いていたのなら、絶対に自分を怪しんでいるだろう相手に対し何もせずに黙って帰した、その事こそがおかしくも思える。その話になる前までの事情聴取の内容自体も、特におかしい…と言う事も無かった。
これは本当に、ただ、事情聴取だったのかもしれない。カマを掛けるような質問に心臓の音が過剰反応したのはお姉さんの事があるから、それだけで。死んでいると言う情報も、間違いで。
…そうなると、相手に悪い事をしたかな、とも思えてくるけれど。
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結局、何事も無いままで部屋を出、シュライン・エマは廊下に居る。通りすがる刑事。セレスティの部下である黒服も時折視界に入る。部屋を一歩出れば人目は多い。…この佐々木晃と言う刑事を警戒し過ぎていたか。取り越し苦労だったのかも。
でもそうなると、あの刑事さんの事情もまた、気に懸かる。あの反応ではお姉さんの死の理由がただの事故だとも思えない。事故とは言え誰かの明らかな過失、もしくは表向きは事故とされたが殺された疑いがある――そうなのかもしれない。…今回の事件に関係が無いのなら、詮索するのも余計な事だけれども。
考えているところで綾和泉汐耶の姿を窓の外に見付けた。遅れると事前に言っていたが、ちょうど今来たのか。ホテルの外、眼下に居る汐耶の方がふとホテルを見上げる――シュラインが居る方を偶然ながら見る。シュラインは小さく手を振ってみた。そこで汐耶もシュラインに気付いた様子。
ホテル内。程無く汐耶がシュラインと合流する。…皆は? セレスティさんが借りたフロアの部屋に居る。現在までの事の成り行きやホテルに来て新しく入手した情報をシュラインは汐耶に直に伝え、でも、結果として警戒し過ぎだったかも、と肩を竦めても見せる。
聴取をしている佐々木晃と言う刑事、事前情報からして怪しい事は怪しいが――自分や他の調査員が聴取を受けた中でも際立っては何事も起こらなかった。だから刑事さんに関してはただ偶然、怪しい要素が重なっただけだったのかもしれないとシュラインは汐耶にふと漏らす。…勿論、刑事さんが完全に白でも関っている事件が事件だしそれなりの警戒はしておくべきだけど。
まぁ、私も伊達に遅れてきた訳じゃないですから、と汐耶もちらりと笑い、シュラインに応じる。そして彼女は直接事情聴取の部屋に向かう事にした。シュラインがそれを見送り、さて皆の居る部屋に戻るか――と思ったところでセレスティの部下のひとりが側に来る。お迎えに参りましたと物腰穏やかな態度で。…行動に、卒が無い。
部屋に着いた途端、セレスティが部下と連絡を取っていた。たった今葉月政人が到着したと連絡が入ったらしい。それも、特殊強化服を着用した状態で。更にはシュラインがここに来たそのタイミングで何やら階下で騒ぎが起きているのが感じられる。それも葉月政人の存在故か。殆ど実況中継で続けられる連絡。…どうやら、聴取をしている部屋に直接乗り込んだらしい。しかも、そこで。
…と、その先を促そうとした時、また別のセレスティの部下から連絡が入る。至急。珍しく慌てた様子の声。三ヶ月前に目撃された佐々木晃と身体的特徴が同じ遺体の件。遺体は佐々木晃で間違いないと確認が取れたそうです――と。本人の名乗り、目撃者の証言――無関係の一般人が真っ当な手段で入手する事は困難、もしくは不可能な手段も用い、出来る限り素早く確認した結果。
だが――セレスティは既に今皆の事情聴取をしているこの刑事が佐々木晃当人である事は間違いないと確かめてもいる。生体認証の技術まで用いての結果だ。疑いようが無い。――が、無論、確認に確認を重ねた、今出された三ヶ月前に死亡、と言う情報も疑いようが無いもので。
「…あの方は、一度死に、蘇生した――と言う事ですか」
ならば。
超常現象を信じない――訳も無い。…既に自分自身が超常現象に含まれる。何かがおかしい。頭の中で警告音が鳴り響く。察したか、行きましょう、と促すシュラインの声。え? と混乱するみなも。まさか、と口を押さえる撫子。厳しい目で黙り込む和真。目を伏せて何事か考えている様子の隼人。
そして齎された最後の衝撃は、セレスティの手許への、中断された通信から。
「…何ですって、誰もいない…?」
聴取の、部屋に。
――血塗れの椅子に、銀縁眼鏡と鞄、だけが、残されて。
■
聴取をしていた部屋。聴取を受けた調査員の皆とそこに到着した時には葉月政人に草間武彦、そして警察関係者とセレスティの部下の黒服の姿で埋め尽くされていた。片方の椅子――佐々木晃が座っていた方――に凄まじい量の血がぶちまけられている。少し離れたところに銀縁眼鏡と女物の鞄。それは明らかに綾和泉汐耶のものだった。点々と続く血痕は窓の方に。…そんな。
葉月政人が調査員の皆を見て、何か物問いたげな訝しげな顔になっている。と、それに答えるようにセレスティが抑えた声で口を開いた。たった今得た、情報を告げる。
「つい今し方――葉月君がこちらに到着したと連絡があった直後に、確認が取れました」
…佐々木晃刑事が三ヶ月前に亡くなっている、と言う件です。
場所は、K立市の生体学研究所。そこの倉庫で起きた、大きな爆発事故時…いえ、その直前ですね。その倉庫で――獣か何かに五体を食い千切られたような遺体が、倉庫番の方に目撃されています。ですが、爆発事故が起こった時には既にその遺体は何処にも無かった。表向きには死者は出ずに済んだ事件となっています。
ですが、倉庫番が目撃したその遺体は、身体的特徴からして間違い無く、佐々木晃刑事だったようですよ。
「…その倉庫番と言う方に、確認を?」
「いえ。…その倉庫番の方も、後に何者かに殺されてしまっていますから」
「…K立市の生体学研究所、ですか」
「ええ。警察に証拠として出せない方法で調べたものですが、今度こそ、私の名にかけて、言い切れます」
「…その、場所は」
「そうですね。彼の亡くなったお姉さんが勤めてらっしゃった企業です」
続けられた科白に政人は黙り込む。その通り。佐々木晃の姉。シュラインが政人に確認した話。重なる場所。姉も弟もそこで死んでいた? 一年前と三ヶ月前。三ヶ月前…何か、お姉さんの事について情報を求めに言った時に殺された? なら――やはり、聴取の時の反応は。
「葉月警部!」
慌てて政人を呼ぶ声がする。奥の部屋。シュラインもそちらへ目をやった――政人を呼んだ刑事が示していたのは部屋の床。魔法円が描かれている。そして、その上に何やら書き込まれた鏡が配置されている。詳細はわからずとも、何か魔術儀式めいた事が行われた、とだけは即座に察せられるその状況。『この部屋』。魔法円。外部では無く内部、それも当の部屋。これだけの警備がある場所で? 魔法円。そこから今この時に連想される物は――“凶々しき渇望”以外に有り得ない。もう、疑いようが無い。
けれど。
それならば何故こんな惨状が残される。
椅子を染める血からして、怪我をしたのは佐々木晃――“凶々しき渇望”の方?
汐耶さんは――どうなったのだろう。
目の前の事実に、焦燥が、消えない。
ここでいったい、何があった。
…ただひとつ確実なのは、今ここに、綾和泉汐耶と佐々木晃が居ないと言う事だけ。
【続】
×××××××××××××××××××××××××××
登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名
性別/年齢/職業
■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員
■2263/神山・隼人(かみやま・はやと)
男/999歳/便利屋
■1883/セレスティ・カーニンガム
男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
女/23歳/都立図書館司書
■0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
■1252/海原・みなも(うなばら・-)
女/13歳/中学生
■4012/坂原・和真(さかはら・かずま)
男/18歳/フリーター兼鍵請負人
■0086/シュライン・エマ
女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
※表記は発注の順番になってます
×××××××××××××××××××××××××××
…以下、公式外の登場NPC
■佐々木・晃=“凶々しき渇望”
×××××××××××××××××××××××××××
ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××
第一話に続き、発注有難う御座いました。
…『その者の名、“凶々しき渇望”』第二話、漸くのお届けです。
今回、色々と遅くなってしまいましたが…いえちょっとした…避けようが無かった(遠)行き違いのようなものがあって(泣)。もの自体は一週間くらい前にはほぼ何とかなってたんですが(くすん)
しかも良く考えれば…それが解決したのが土曜日なので…オフィシャルの営業時間を考えるとお渡しが更に遅れる事は確実と(汗)
って言い訳ですね。とにかく納品が遅れました。本当に申し訳ありません(土下座)
今回のノベルはこんな感じになりました。
…色々と私が暴走しまして(え)結果、殆ど全員個別です(汗)
葉月政人様と綾和泉汐耶様以外は後半である程度共通部分が混じってもいますが。
内容は…とにかくそんな訳で、綾和泉汐耶様が攫われてしまいました。
何か色々と大変な事になっております。
また、今回の話は、坂原和真様版→海原みなも様版→天薙撫子様版→セレスティ・カーニンガム様版→シュライン・エマ様版→綾和泉汐耶様版→葉月政人様版→神山隼人様版…と言った順番で読む事をお勧めしておく事にします。全体像が一番把握し易いようなので。
少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
では、また少し間を置いてになりますが、第三話もどうぞ宜しくお願い致します(礼)
深海残月 拝
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