コミュニティトップへ



■『千紫万紅 縁』■

草摩一護
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
『千紫万紅 縁』


 あなたが歩いていると、白さんとスノードロップに出会いました。
 そして白さんがあなたを見て、ほやっととても穏やかに微笑ましそうに両目を細めました。
 スノードロップもにこにことあなたの後ろを見ています。
 どうしたのかな? と小首を傾げるあなた。
 すると白さんが、
「最近、どのような事がありました?」
 と、聞いてきました。
 あなたは目を瞬かせながら、聞き返します。どうしてですか? と。
 そしたら白さんは優しい声でそう問う理由を教えてくれました。
「あなたの後ろに花の精がいるのです。ですから、あなたとその花の精との出会いはどのような出会いだったのかな? と、興味を持ちまして」
「でし♪」
 そしてあなたは白さんとスノードロップに多分、これだろうな、という事をお喋りするのでした。



 ++ライターより++


 今回は依頼文を読んでくださり、ありがとうございます。
 『千紫万紅 縁』はPLさまの読みたい物語に、花の妖精を絡み合わせて、ほのぼのとするお話、しんみりとするお話、色んなお話を書いてみたいと想います。

 プレイングはシチュエーションノベルと書き方は同じです。
 PLさまが読みたいと想われる物語の【起承転結】もしくはお話半ばまでのあらすじ、お話のきっかけのような物をプレイング欄に書き込めるだけ書いておいてください。あとはそのお話に見合う花の妖精を絡め合わせて、PLさまが考えてくださったお話に色をつけたいと想います。
 また、最初から花にまつわる物語でも結構です。^^

【PCさまの身に起こっている事は現在進行形でお願いします!!! その上で起承転結、もしくはお話半ばまでで書いてもらいたいプレイングをお書きくださいませ。】

 尚、NPCの設定にまつわる内容のお話はお控えください。
 それでは失礼します。

『千紫万紅 縁 ― デージーの物語 ―』


 しんと静まり返った早朝の校内。
 どこか神殿のような厳かで神秘的めいた一種独特の空気が漂うそこにひとり分の足音が鳴り響いた。
 一切の迷いの無い足音。
 自分がどこに行き、何をすればいいのかちゃんと理解している足音。
 その足音が止まった。
 誰かが何かをしている気配が広がる。
 それからまた誰かがそこから立ち去っていく足音。
 再び静かになったそこに、残されたのは一輪のデージーであった。
 朝の静謐な空気の中で皇茉夕良の下駄箱に入れられたデージーは儚げに咲いていた。



 ――――――――――――――――――
【1】


 朝の登校風景、この時間日本各地の場所の学校で見られる風景。
 校門の前に立つ教師たちが生徒に朝の挨拶をし、生徒らは小鳥の囀るような声で教師たちに挨拶を仕返して、校門をくぐる。
 華やかな制服に身を包んだ少女らは友人と仲良く並んでしゃべりながら校舎に向う者もいれば、急ぎ足で校舎に向う者とかも居て、その登校の仕方は十人十色。ただ見っとも無く走ったり、見苦しい笑い声をあげる者は誰も居ない。上質の薔薇が純粋培養されるハウスの中のように少女らは誰もが優美で清楚な雰囲気に包まれていた。ここは純粋培養された薔薇のような領家の令嬢が通う女子高だ。
 少女らの顔には朝の清々しい空気に相応しい爽やかな笑みが浮かんでいる。
 窓際の前から3番目の自席に座って、開いた窓のスペースから吹き込んでくる風にそよぐ淡い海緑色の髪を掻きあげながら皇茉夕良は朝の登校風景を眺めていた。
 茉夕良の視線に気付いたクラスメイトが微笑を浮かべて手を振ってくる。その彼女に茉夕良も「おはよう」と唇を動かしながら手を振った。
 そして茉夕良は窓の向こうから自分の机の上に視線を移した。
 赤いデージーの花が一輪。
 今朝もやはり茉夕良の下駄箱に入れられていた花だ。
 いつからだったろう? この花が毎朝、茉夕良の下駄箱に入れられるようになったのは。
 茉夕良はそれを気味が悪いとは想わなかった。
 ただ純粋に嬉しかった。
 やっぱり花は女の子ならプレゼントされて一番に嬉しいモノだし。デージーはとてもかわいらしかったし。
 心の中でお礼を言い、制服であるブレザーの胸ポケットに刺しておいた。プレゼントしてくれた誰かさんによく見えるように、感謝の印として。
 そしたらその次の日もデージーの花があった。
 またその次の日も。
 それがそのデージーをくれる誰かさんと茉夕良の日課のような感じとなった。
 それでもやはり茉夕良はそれを怖いとか気味悪いとかとは想わなかった。嬉しかった。
 デージーの花は茉夕良の心を休まらせてくれた。
 もちろん、そのデージーの人が誰なのか気になった。
 お礼だってきちんと言いたいし、理由とかも聞きたい。
 だけど下駄箱に入っているのはデージーの花だけ。
 名前を表すようなモノとか…それが誰なのかわかるようなモノは何も無かった。
 茉夕良は憂いを含んだ溜息をそっと吐いた。
「お礼を言いたいんだけどな」
 しかしこれが誰なのかわからなければ、お礼の言いようも無く………。
 ただただ想いは募るばかり。
 そう想った途端に茉夕良はくすくすと上品に笑いを零した。これではまるで報われぬ片想いをしている乙女だ。
 逢いたくっても逢えない相手を想い、そっと夜空に優しく輝く蒼銀色の月に想い人の面影を見て嘆くような。
「ロマンチックな事ね」
 上品に呟き、そして茉夕良しかいなかった教室に扉をがらりと開けて入ってきたクラスメイトたちの明るい声が広がった。
 茉夕良は優美な笑みを浮かべて、彼女らを出迎えた。



 ――――――――――――――――――
【2】


 来月末に行われるヴァイオリン・ソロ・リサイタルの最終打ち合わせのために会場となるホールに向う車の中で茉夕良は手に持つデージーの花を見つめていた。
「ねえ、小林」
「なんでしょうか、お嬢様?」
「デージーの花言葉って知っていらっしゃる?」
「デージーの花言葉でございますか?」
 車の運転手である小林はゆっくりと赤信号のためにブレーキを踏み込んで、右足をアクセルからクラッチに動かすと、ルームミラーに視線をやった。正確的にはルームミラーに映る茉夕良の顔に。
 小林はルームミラーの中の茉夕良と視線を合わせるとほやりと微笑んだ。
「デージーは確か、乙女の無邪気・平和・希望・美人・無意識・あなたと同じ気持ちです・おひとよし・純潔・明朗、だったはずですよ。色によってはまた違ってきますが、デージー全般の花言葉はそうなるはずです」
「そうなの。ありがとう。さすが小林ね」
「いえいえ。少しでもお嬢様のお役に立てたのなら幸いでございます」
 小林は趣味が園芸で、園芸が趣味だったり仕事であったりする人たちを集めてチャンピョンを決める番組でもチャンピョンになってるほどに園芸が大好きな人なのだ。その知識はさすがの茉夕良でも彼には敵わない。
「花言葉か」
 ぽつりと呟く。
「それにしてもデージーの花言葉がどうかしましたか、お嬢様?」
「いえね、その線もあるのかな、って」
「例の花のことですか?」
「そう。今朝もね、あったのよ。デージーが」
 小林は少し顔をしかめた。
「しかし一体誰がどんな理由でお嬢様にデージーを」
「さあ。それは私の方が聞きたいわ」
 信号が青に変わったので、車は発進する。
「でも悪意では無いと想う。この花には嫌な感情を感じないもの」
 そう言いながら茉夕良は制服のブレザーの胸ポケットにデージーを刺した。
 茉夕良には危険を察知する能力があり、そしてその力はデージーには反応していない。
「それに誰がどうして私に花を毎朝プレゼントしてくれているのか気になるけど、その花がどうしてデージーなのかも気にならない?」
「そうですね。確かにです、お嬢様」
「ええ。だから小林に花言葉を聞いたの」
「それでお嬢様、デージーの花言葉に何か思い当たる事はありましたか?」
「いえ、それがね、無いのよ」
 茉夕良は軽く肩を竦めた。
「だけど本当に何とかこのデージーを私にプレゼントしてくれる誰かさんにお礼が言いたいものね」
 小さく微笑む茉夕良に小林も頷いた。
 車は止まり、そして茉夕良はホールへと向かい歩いていくが、そこで足を止めた。
「あら、あれは何かしら?」
 両目を細める茉夕良の視線の先で何かがふわふわと飛んでいる。
 頬にかかる淡い海緑色の髪を耳の後ろに流しながら茉夕良は優美に小首を傾げた。
「虫かしら?」
 思わずそう呟く。するとどこか幼い子どものように落ち着き無く飛んでいた何かがぴたりと虚空で動きを止めた。
「はわぁ」
 ショックそうな声が聞こえた。
 どこで、誰が?
 茉夕良は周りを見るが、しかし誰も居ない。いや、居る?
 虚空で一時停止をしている何かによーく視線を向けると、それは虫じゃなくって……
「妖精?」
 深い空色の瞳を瞬かせる茉夕良の頭の上からくすくすと笑う澄んだ声が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、木の枝に越し下ろして、幹に聴診器をあてている青年が居た。
 彼はひらりと高い場所にある枝から茉夕良の前に飛び降りた。
「こんにちは」
 穏やかに微笑む彼に茉夕良も優雅に微笑む。
「こんにちは。えっと、あなたは木のお医者さんなのかしら?」
 首にかけられた聴診器から推測できる事を言う。
「ピンポーンでし♪ 白さんは樹木のお医者様なんでしよ♪」
 そしてそう言ったのは白の肩に腰を下ろして嬉しそうにしている虫…もとい、妖精。
「あなたは、妖精さん?」
「わたしはスノードロップの花の妖精でし。白さんの助手なんでしよ」
「そうなの」
 にこりと微笑む。
「このポプラの樹は大丈夫なのかしら?」
 茉夕良がポプラの樹を見上げると、同じように白も見上げた。
「ええ。元気ですよ」
「そう、それは良かった。夏にね、このポプラの樹の枝が奏でる音楽を聴くのが好きなの」
「そうなのですか」
 白はこくりと頷き、そして茉夕良の胸ポケットのデージーに視線をやる。
「綺麗な雛菊ですね」
「え?」
 茉夕良は驚いた。
「えっと、ああ、そうか。デージーの和名は雛菊なのよね」
 うんうんと頷く茉夕良。
「どうしましたか?」
「いえね、雛菊、という言葉に何かを思い出しそうになったんだけど、何だったかしら……」
 口許に軽く握った拳を当てて考え込むがどうにも思い出せない。
 茉夕良は小さく両手を開いて肩を竦めた。
「大丈夫。そのうちに思い出せますよ」
「ええ、そう願うわ」
 茉夕良はにこりと微笑んだ。



 ――――――――――――――――――
【3】


「一足遅かったのかしら?」
 茉夕良以外誰も居ない昇降口に茉夕良の軽い溜息が篭った小さな声が響き渡った。
 今までどれだけ早く来てもデージーの人には出会えなかったので今日はさらに早く来たのだが、それでも出会うことはなかった。
 すでに茉夕良の下駄箱にはデージーの花が。
「やれやれね。これは夜通しここに張り込まないと会えないという事かしら?」
 額を覆う前髪を人差し指で掻きあげながら茉夕良は軽く肩を竦める。
 そしてほんの少し迷ってからデージーを受け取る代わりに鞄から取り出した一通の封筒をデージーがあった場所に置いた。
「いらしてね」
 小さく微笑みながらそう呟いて、そして茉夕良はそこを立ち去った。誰も居ないまだ冷やりとした夜の体温が残る空気に茉夕良のつけている香水の香りが控え目にたゆたい、そしてその残り香が消えぬうちに茉夕良の下駄箱の前に誰かが立った。
 その人物は茉夕良が忍ばせていた一通の封筒を手に取った。
 封を切り、中を取り出すと、手紙とチケットが合った。
 ほんのりと香水の香りがする便箋には茉夕良からのお礼が書かれていた。
 ―――いつもありがとう。今度リサイタルがあるの。是非いらして、と。
 しばしの間、その人物はそこに立って、手紙とチケットを見つめていた。



 ――――――――――――――――――
【4】


 惜しみの無い拍手に送られて茉夕良は舞台を後にした。
 控え室に入り化粧台の前の椅子に座り込むと、大きな溜息を吐く。
 そして控え室の隅に置かれた花束の数々に視線をやり、もう一度憂鬱げな溜息を吐いた。
「どうして、来てくれなかったのかしら」
 淡い海緑色の髪に無造作に手櫛を入れながら茉夕良は溜息を吐いた。
「来てくれると想ったのに」
 そう。下駄箱に忍ばせておいたリサイタルのチケットはちゃんと無くなっていた。だからそれは了承の合図だと想ったのだ、茉夕良は。
 だけど眩しいほどのスポットライトの光が当たる舞台上から見た渡したチケットの番号の席は空席だった。
 ―――来てはくれなかったのだ。
「はぁー」
 もう何度目かの茉夕良の溜息がたゆたう部屋にこんこんとドアを控え目にノックする音が広がった。
「はい」
 きっちり3秒後に茉夕良は返事をして、
 扉が開けられる。部屋に入ってきたのは今夜の茉夕良のヴァイオリン・ソロ・リサイタルの企画をした会社の女性であった。
「皇様、お疲れ様でした。今夜は本当に素晴らしい演奏をありがとうございます。リサイタルは大成功ですわ」
「ありがとうございます」
 内心はちょっとそんな気分ではないのだが、茉夕良は女性に視線をやった。そして軽く会話をして追い出そうと考えながら唇を動かそうとして、だけど実際に彼女の唇から紡がれた言葉はそのどれでも無かった。
「そのデージーの花は……」
 そう、茉夕良の目は彼女が持つデージーの花、一輪に注がれていた。
「この花は皇様に言われて確保した席に置かれていた花ですの。いつの間にかこのデージーの花が置かれていて、どうしようかと想ったんですが、この花が置かれていた席が席でしたので持ってきたのですけど」
「ええ、ありがとう。感謝しますわ」
 茉夕良は優美に微笑んだ。この夜で一番の彼女が浮かべた表情であった。



 ――――――――――――――――――
【5】


 その次の日は祭日で茉夕良の学校も休みであった。
 朝、いつもなら登校して昇降口の自分の下駄箱から受け取ったデージーの花に微笑んでる時間は今日は無い。それを茉夕良は寂しく想った。
「これは本当に恋する乙女ね」
 バルコニーで温かな朝の光に照らされながらすずめの朝を謳う囀りを聞いていた茉夕良はどうにもしんみりとする気分をどうにかしたくって、散歩に出ることにした。
 少し歩いた場所にある川原には休日や祭日には人が集まり、トランペットなどを吹く人やボールで遊ぶ子どもら、日向ぼっこをする老人の居る光景が見られる。そういうのんびりとした温かい光景が茉夕良は好きだった。
 ヴァイオリンケースを持って彼女はゆったりとしたリズムで歩いていく。
 川原ではもう既に人が集まっていて思い思いの時間を過ごしていた。
 茉夕良も川原に下りると、ケースからヴァイオリンを取り出して奏ではじめた。
 16歳という若さにしてパガニーニを連想させる超絶技巧のテクニックを持ち、
情感溢れる音楽で天才ヴァイオリニストの名声をほしいままにしている彼女が奏でる曲はバッハの【マタイ受難曲】第2部第47曲『神よ、哀れみたまえ』。
 その音色が奏でられ始めた瞬間に人々は手を止めて、まるで最初からそこに織り込まれていたようにもはや風景の一部となっているかのような茉夕良に目を奪われていた。それは本当に名画を見ているかのように。
 そしてその名画が飾られている美術館に静かに静かに流されるのは最高のヴァイオリンの音色。
 人々は茉夕良の演奏が終わると惜しみの無い拍手を贈った。そして茉夕良は優雅にスカートの裾を少し上げて上品に会釈した。
「茉夕良さん、すごいでしー♪」
 そうして肩にかかる髪を後ろに払う茉夕良の顔にぴたりとくっついてくる虫。
 茉夕良は溜息ひとつ吐いて、それを顔から剥がした。
「こんにちはでし、茉夕良さん」
「こんにちは、スノー。今日はひとりなの?」
「いえいえ、白さんも居るでしよ」
 スノードロップが指差した方に視線をやると、なるほど白も居た。温かな湯気をあげる紙コップ二つを持ってこちらにやってくる。
「どうぞ、茉夕良さん。熱いココアですから気をつけてくださいね」
「すみません。ありがとうございます」
 この川原には集まる人々目当てのワンボックスカーで商売しているホットドック屋が居て、そこのココアだ。
 そして白は茉夕良の胸にあるデージーの花を見てほやっと笑う。
「それでそのデージーの人はどなただかわかったのですか?」
「いえ。昨日もこの花のお礼にリサイタルにご招待したのだけど、会えなかったわ」
 軽く肩を竦める茉夕良に白もふわりと穏やかに微笑んだ。
「そうですね。でもきっとあなたはその人と出会えますよ。だって雛菊の花の妖精はあなたにそれを思い出してもらいたがっているようですから」
 深い空色の瞳を茉夕良は瞬かせた。
「それって、あなたはこの花を私に渡している人を知ってるって事ですか?」
「いえ、僕がではなく、あなたが」
「私が?」
 自分の顔を驚きも顕に指差して目を瞬かせる茉夕良に白は穏やかに微笑みながら頷いた。
「ええ。あなたはひょっとしたら昨日のリサイタルでも実は会っているのかもしれませんよ」
 茉夕良は眉根を寄せる。
「私が何かを思い出す……つまりそれを思い出せば、私はこのデージーの花を私にくれる人がわかるというのね? だけど私は、何を思い出せばいいのかしら?」
 忘れている事すら忘れている状態なのだから、それはものすごく難しい事だ。
「そうですね。では茉夕良さん、あなたはこれを考えた事はありますでしょうか? その花がプレゼントされ出したのはいつからでしたか?」
「え? そうね……確か、10月頃からだったわ」
「物事には原因があって、結果があります。ではその頃に何かそうなるきっかけがあるのかもしれませんよ」
 にこりと笑う白に頷いて、茉夕良は考え始めた。
「10月頃…そうね、確かあの頃は学園祭の準備で買い物に出る事があって、そう、それでその時にこの場所を教えてもらったのよ。それで私はここが気に入って、その時からここでヴァイオリンを休日などに弾くようになって」
 茉夕良ははっとしたような表情で白を見た。
「それがきっかけだと言うの? だけど、それがどうして。ここでヴァイオリンを弾くのと、デージーの花を貰うようになるのと何の関係が?」
「だからそれを思い出さないと」
「ええ、そう。それはわかっていますの。だけど」
「では、もうひとつヒントを。デージーの花期は今です。だいたい1月から5月ぐらいまで咲いています」
「ああ、ええ。それはわかっていますわ。最初の頃のは花屋で栽培されたのを買っていたのだと想う。今は多分自分で育ててるのを。切り口とか花を見ればわかります。今のデージーは本当に自然な色ですもの」
「ええ。だから」
 穏やかに微笑む白に茉夕良はぽんと両手を叩いた。
「この川原の付近で、デージーが咲いている家を探せばいいのね」
「そういう事になりますね」
 それから茉夕良は白とスノードロップと共に条件に合う家を探した。
 そしてそれは程なくして見つかった。川の対岸、茉夕良の川原でのお気に入りのコンサートの場所の川を挟んで向こう川原の上にある瀟洒な家がそうであった。
「ここがそうなのね」
 茉夕良は感慨深げにそう呟いた。
「さあ、茉夕良さん。インターホンを」
 そう言われて茉夕良は戸惑う。
「だけどちょっと待って。いきなり訪れて、困られないかしら?」
「僕は大丈夫だと想いますよ。その人もあなたに会いたいと想っていると想います」
「………」
 茉夕良は少し迷って、それから意を決してインターホンを押した。



 ――――――――――――――――――
【6】


「皇茉夕良さん?」
「あなたは確か……学校の事務の、お方でしたわよね?」
 玄関から出てきて茉夕良の目の前に立ったのは学校の事務局の人だった。
「宮下大輔です」
 宮下はにこりと微笑み、それから白に頭を下げた。後から話を聞けばやはり彼は知っていたのだと。花期ではない頃のデージーを用意していたのも彼だったとか。
「さあ、中にどうぞ。あなたを妻に会わせたいですから」
「奥様に?」
 宮下はこくりと頷いた。つまりその人がデージーをプレゼントしてくれていた人?
「佳代」
 宮下は庭に居る女性に声をかけた。車椅子に乗っている彼女は上手にこちらを振り返り、そして茉夕良を見て優しく微笑んだ。
 佳代は胸の前でゆっくりと手と唇を言葉の形に動かす
「こんにちは、茉夕良さん」
 宮下が佳世の手話を訳してくれた。
「あなたは……確か」
 そして茉夕良も確かに彼女を知っていた。
「あなたは確か父の友人だった……」
 佳世はにこりと微笑んだ。そしてすべてを茉夕良は思い出した。
「そうか。だからデージー……雛菊だったんですね」
 茉夕良も懐かしそうに微笑む。
 そう、佳世は宮下佳代。だけどウィーンに居た頃は松風佳代という名前だった。
 彼女も父と同じオペラ歌手だった。
 茉夕良と佳世が出会ったのは茉夕良が9歳の頃だった。
 とあるパーティで父と母の友人となった頃の彼女は新婚で、子どもも妊娠していて、茉夕良も幼心に彼女はとても幸せそうだな、と想っていた。
 だが幸せは続かなかった。彼女の旦那は事故死し、子どももショックで流産してしまった。
 彼女は絶望のあまりに声を失ってしまった。
 それで茉夕良は――
「歌をプレゼントしたのですわよね。幼い子どもなりに佳代さんに元気を出してもらいたくって、歌を。その時にその歌を父や母はひなぎくの歌と呼んだ」
 懐かしそうに呟く茉夕良に白も頷く。
「それはひなぎくの花物語なんです。カレドニアのモルヴェンにアルヒナという未亡人がいました。彼女は、夫が戦死してまもなく愛児までも亡くしてしまい、泣き悲しんでいました。その様子を見て、近所に住む少女が、『ひなぎくの歌』を歌って彼女を慰めたのです」
「ええ。でも驚きました、本当に」
 茉夕良は微笑む。
「良かった。本当に良かったです、佳代さん。幸せになられて」
 佳世は日本に戻り、そして宮下と出会い、結婚した。
 そして偶然にも風に乗って聞こえてきた茉夕良のヴァイオリンの音色を聴いて、佳代は宮下が勤める学校に茉夕良が通っている事を知って、過去にプレゼントしてもらえた歌のお礼にデージー…雛菊の花をプレゼントしていた。
「だけどならどうして、私にそう言ってくれなかったんですの? 佳代さんだと」
 そう言ったら佳世は悲しそうに微笑んで、手を動かした。
「佳世はあなたに会うのが怖かったんです。佳世はあなたを傷つけて日本に帰ったから」
「え?」
 茉夕良は小首を傾げる。
「あなたがせっかく自分のために歌を作ってくれたのに、でもそれにお礼が言えなかった。だから合わす顔が無いと」
 佳代は俯く。
 茉夕良は小さく口を開け、そしてその口で今度は笑みを形作った。
 そして彼女はケースからヴァイオリンを取り出す。そうして茉夕良は奏で始める。茉夕良が彼女にプレゼントした『ひなぎくの歌』を。
 奏で終わると、茉夕良は佳世に言った。
「私は今も昔も佳世さんが大好きですよ」
 と。
 それからとても優しく茉夕良は微笑みながらこうも言った。
「また来週の休日に遊びにきますね。新しいひなぎくの歌を持って」
 驚いたような顔をする佳代に茉夕良は悪戯っぽく微笑する。
「モルヴェンの少女達は、ひなぎくの花をみどり児(緑は新芽の意味。新芽のように生まれたばかりの子のこと)に捧げる習わしがあるとか。それに倣って」
 庭を渡る風は確かに幸せで温かな春の香りを含んでいた。
 その風に吹かれながら茉夕良は優しい眼差しで佳世の小さく膨らんだお腹を見つめて、微笑んでいた。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 茉夕良の机には茉夕良とデージーの花の妖精とが協力して作り上げたひなぎくの歌の歌詞が書かれた紙が置かれていて、そしてその机の前の壁には押し花にして、しおりにしたデージーの花が飾られていた。



 ― fin ―