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■真冬の海と人魚の少女■

朝霧 青海
【1252】【海原・みなも】【女学生】
「今日も誰もいない。どうして、冬になるとこんなに寂しいのかしら」
 ブルーの髪を後ろでひとつにまとめたその少女は、ゆっくりとヒレを動かして海岸に沿って移動した。
「うーん、ここにもいない。冬の海だって素敵なのにね」
 少女がさらに海岸へ近づこうとすると、突然少女の後ろから小さな波飛沫が上がった。
「ルーナ、またこんなところへ来ていたのねっ!」
「お姉様!?どうして、わかったの?」
「貴方が地上がお気に入りなのはよおく知っているわ。海底にいなきゃ、大体ここへ来ているって事ぐらい、わかるわよ!さあ、今戻ればお母様には言わないで置いて上げるから、一緒に戻るの」
「お姉様はちっともわかってない。私達人魚は、海の事は誰よりもよく知っているわ。海溝の奥に何があるのかとか、沈んだ大陸が今はどうしているのかとか、マグロの群れがどこへ何しに行くのかも。でも、地上世界の事はまったく知らない」
「ルーナ、知る必要があるの?貴方はいつも、こうやって海の上に出てきては、地上の世界を眺めてばかり。好奇心を持つのがいけないって言うんじゃないわ。だけどね、その好奇心がいつか貴方を危険な目に合わせてしまうのではないかと、心配なのよ。地上には危険がいっぱいなのよ!たくさんの戦いの歴史、彼らは海まで汚している。ルーナも見たでしょ、海の底が真っ黒に汚されているのを。そんな連中の事を知りたいだなんてどうかしている!」
 ルーナの姉は、妹の顔を見もせずに、海へ潜って行ってしまった。
「でもお姉様、私、やっぱり、地上の世界を知りたいの。人間のお友達が欲しいのよ」
 ルーナは目の前に広がる、真冬の海岸を眺めていたが、やがて姉を心配させて行けないと思い、姉に続いて海の奥へと潜って行った。

 
 翌日、ルーナは、一人こっそり海面へ上がり、陸地へと近づいて行った。
「少しだけでもいいわ。誰か、私に地上の世界の事を教えて。私とお友達になって…」

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「とまあ、海の人魚が友達を欲しがっている。お前、暇なら行ってきてくれ。ああ、ビーチサンダルと麦わら帽子ぐらいなら用意してやる」
 Y・Kカンパニーの社長・夜月霞は、小さく微笑むと季節外れの麦わら帽子とピンクのビーチサンダルを、机の上に置くのだった。
 真冬の海と人魚の少女

 

 真冬の海に響く波と風の音が、一層寂しさをかき立てていた。夏場なら、波の音に混じって賑やかな観光客の声が聞こえてくることだろう。
「話ではこの海岸に人魚の女の子がいるはずなんですよね」
 海原・みなもは遠い海岸線を見つめた後に、近くに水面に人影がないか目をこらしていた。 みなもは人魚の末裔であった。だから、Y・Kカンパニーで今回の話を聞いた時、その少女にどこか親しみのような物を感じたのだ。
「人魚さんに会えるなんて嬉しいですぅ!」
 今回同行している鈴木・天衣は、楽しそうに海を眺めていた。
「ずいぶん沢山荷物を持っているようですけど、お土産ですか?」
 天衣が大きなバッグを持っているので、みなもはふと尋ねてみた。
「はいです〜!人魚さんに陸のお菓子を楽しんでもらいたいので、おやつを色々持ってきたですよ!」
 なるほど、とみなもが頷いた時、みなもの後ろから小さく水しぶきの音が聞こえた。すぐにそこへ駆け寄り、水面を覗くと、歳の頃は16歳ぐらいだろうか。ブルーの髪をした少女が海面から、みなも達の方を伺っていた。
「わあ、もしかして人魚さん!?」
 天衣が顔を輝かせている。
「貴方達は、だあれ?」
 少女が首を傾げている。
「初めまして。あたしは海原みなもと言います。貴方が人魚のルーナさんですよね?お友達が欲しい、という事をお聞きしまして私達、ルーナさんに会いに来ました」
 みなもが、笑顔と共にルーナに話し掛ける。
「そうよ、あたしがルーナよ。みなもって言うのね?こんな冬に海に泳ぎに来るなんて変わってるのね!」
 かなり人懐こい性格なのだろう、ルーナはすぐにみなも達の方へと近寄ってきた。
「あたしも海に泳ぎに来たんです。あたしもルーナさんと同じ、人魚の末裔なんですよ。ちょっと種族が違うかもしれませんけど、人魚の姿にもなれるんです。仲良くなれたらいいなと、思いまして」
「へえ、みなもさんも人魚なんですね〜!私は人魚じゃないですけど、妖精の血が混じってるんですよぉ」
 天衣もルーナに近寄ると、ふわりと空に舞い上がって見せた。とたんに天衣の黒い髪がピンク色に変わり、背中に3対の透明な翅がぼんやりと現れる。
「わあ、天衣の羽きれーい!」
 ルーナは感激し、興奮した口調で天衣を見つめていた。
「ルーナさん、空を飛んでみたくないですかあ?」
「え、そんな事出来るの!?」
「はいです!私がルーナさんを抱えて飛ぶんですぅ。鳥みたいに空高くは飛べませんけど、飛ぶ感覚は楽しめると思いますよぉ!」
「凄いすごーい!あたし、空飛んで見たかったんだ!だってさ、海の中じゃ泳ぐ事は出来ても、そんな事絶対出来ないしね!」
「任せてくださーい!そうだ、この近くに小島はありませんかぁ?皆でそこまで遊びに行きたいと思うんですぅ。のんびり地上のお話もしたいなぁと」
 それを聞き、ルーナは水平線の彼方を指差して、楽しそうに言った。
「ずっと向こうに、人魚達だけが知っている本当に小さい島があるの!」
「良さそうですね。天衣さん、その島へ行きましょう」
 みなもは海に飛び込むと、人魚の姿へと変身した。
「みなもって本当に人魚なんだね。何だか、すっごく親近感わいちゃうな。普段は地上で暮らしているんでしょ?」
「そうですよ。普段は地上の学校、という所に通っています。地上には色々な施設があって、色々な人が暮らしているんです」
「話の続きはまた後でね。そろそろ、行くよぉ!」
 天衣はルーナをかかえ、そのまままっすぐに水平線目指して飛び上がった。



「すっごーい!!!あたし、本当に飛んでるんだね!」
 ルーナをかかえて飛ぶ天衣の後に、みなも海面を泳いで続いた。海を渡る妖精と人魚。それはまさに御伽噺の挿絵のような光景であった。
「あ、あれよ!あそこがその小島なの」
 前方に木で囲まれた島が見えてきた。小島と言っても本当に小さな島で、東京にある学校の体育館ほどの大きさしかない。
 島に到着したみなも達は、島の入り江に上がり、そこで天衣が持ってきた御菓子を食べる事にした。
「バレンタインが近いので、ガトーショコラと、メレンゲ菓子を持ってきました。これ、口の中で溶けるんですよぉ!」
 みなもも、天衣が作ったお菓子を口にする。お菓子はとても甘く、手が止まらなくなりそうなほどだ。
「地上にはこんなに甘い物があるんだね。海の中は貝とか魚とか海草とか、そういうのばっかりでつまらないの」
 入り江に腰掛けて、同じく天衣が持ってきたアップルティーを飲みながら、ルーナが口を尖らせていた。
「でも、海も面白いと思いますよ」
 みなもは静かな波の音を聞きながら、ルーナに話し掛ける。
「確かにね。地上の事はよく知らないけど、海にだって色々な物があるわ。あたしはそれも好き。だけど、地上に興味があってもいいと思うの。どうして人魚の仲間は皆、地上を毛嫌いするのかな。みなもや天衣みたいに、親切な人もいるのに!」
「そうですね、たぶん、海のお仲間は、ルーナさんを心配しているのではないでしょうか?地上には、確かに良くない人もいますからね」
「そうなのかなぁ?」
 ルーナは最後のガトーショコラを食べ終わると、流れる雲を見つめていた。
「お菓子、美味しかったですかぁ?」
 にこやかな表情で天衣が話し掛ける。
「うん。もう最高。人魚の仲間達にも食べさせてあげたいぐらいよ!」
「それは良かったですぅ!私、一度本当の人魚さんとお話してみたかったんですよぉ。私のご先祖様にルサールカの大叔母さんって言う人がいるんですけどぉ…」
 3人は、色々な話をして盛り上がった。冬だけど穏やかな海。小さな小島で、3人は地上の話や海の話、それぞれの家族の話等、時間も忘れてずっと話をしていた。
「あら、もう夕暮れですね」
 みなもが海の彼方に沈もうとしている太陽に気づいた時には、すでにあたりが薄暗くなり始めていた。
「もう夜になるの?せっかく、楽しくお話していたのに」
 ルーナががっかりしたように、ため息をつく。
「このぐらい暗くなれば、そんなに目立ちませんね」
「うん?何かやるのぉ、みなもさん?」
「最後に、ルーナさんを地上の町を少しだけ案内して上げようと思いまして。あたし、向こうの海岸に車椅子を用意してるんです。それにルーナさんを乗せれば、町の中もご案内出来ると思うんです」
 天衣が再びルーナを抱えて飛び、3人は元いた海岸へと戻ってきた。みなもは海岸に置いておいた車椅子を取り出してくると、そこにルーナを乗せて、ヒレの部分は見えないように毛布を被せて、同じく用意した服を着せた。
「地上の町が見られるんだね。わくわくしちゃう!」
 みなも達は、ルーナを海岸の町へと案内した。町とは言っても観光地で、この時期はあまり人がいないが、水族館や動物園、ちょっとした飲食店や旅館などがあった。
 閉園間際ではあったが、みなも達は動物園へとルーナを案内した。動物園ではあるが、海水浴に来たついでに楽しんでもらうような場所だから、それほど大きなものではない。
 しかし、檻の中にいる動物達は、全て地上の生物。ルーナは珍しそうな表情で、たくさんの動物達を食い入るようにして眺めていた。
「こんなに色々な生き物がいるなんて。やっぱり、地上は楽しいところなんだわ」
 静かな声で、ルーナが呟いた。
「自分達が知らない世界に憧れるのは、皆一緒だと思いますよ」
「私もそう思いますよぉ。自分が知らない世界は楽しそうに見えるものですぅ」
「そういう物なのかな?」
 少し考えこむような表情で、ルーナが首をかしげた。
「そうですよ。海も地上も、それぞれに楽しい場所であると、あたしは思いますから」
 みなものその言葉を聞き、ルーナは少し納得したような表情で、軽く頷いて見せた。
「そうかもね。きっと、それぞれにそれぞれの魅力があるんだね」
 

 
 動物園を出る頃には、完全にあたりが暗くなっていた。みなも達はルーナを車椅子に乗せたまま海岸まで来ると、岩場からルーナをそっと海へと降ろした。
「今日はあっと言う間だった。だけど今までで一番楽しかった。地上の食事も最高だったし、少しの間だけど空も飛べた。この話をしたら、皆ビックリするわ!」
 ルーナは無邪気な笑顔で、みなも達に笑いかけた。
「私も楽しかったですぅ!また空を飛びたくなったら、天衣に任せるですよ〜!」
 天衣がふわりと空を飛んでみせる。
「有難う天衣、みなも。また遊びに来てよね、地上の世界の…あたしのお友達!」
「もちろんですよ。また会える日を楽しみにしていますね!」
 元気な笑顔のまま、ルーナはみなも達に手を振ると、少しだけ寂しそうな表情を見せ、海の中へと潜っていった。
 みなもと天衣は、すっかり暗くなった海岸で、ルーナの影が消えてしまうまで見送り、やがて海岸を離れて帰途へとつくのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
【2753/鈴木・天衣/女性/15歳/高校生】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 海原みなも様
 
 初めまして。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き、本当に有難うございました!
今回のシナリオは2本立てですが、こちらはほのぼのバーションで。みなも様は両方に参加頂いてますので、それぞれ違った方向から楽しんで頂けると幸いです(笑)
 朝霧の初のゲームノベルで、ネタは名前と少し変わった所から持ってこようと思い、真冬の海、となりました。最初に少女、の方を考えて、どうせなら対にして色々な方に楽しんでもらおう、という事になり、ギャグバージョンも付け足しました(笑)
 一緒に参加された方との基本的な文章は一緒なのですが、視点がPC別になっています。他のプレイヤー様のノベルもご覧頂けるとさらに楽しめるかもしれません(笑)
それでは、今回は本当にありがとうございました!