■真冬の海と人魚の少女■
朝霧 青海 |
【2753】【鈴木・天衣】【高校生】 |
「今日も誰もいない。どうして、冬になるとこんなに寂しいのかしら」
ブルーの髪を後ろでひとつにまとめたその少女は、ゆっくりとヒレを動かして海岸に沿って移動した。
「うーん、ここにもいない。冬の海だって素敵なのにね」
少女がさらに海岸へ近づこうとすると、突然少女の後ろから小さな波飛沫が上がった。
「ルーナ、またこんなところへ来ていたのねっ!」
「お姉様!?どうして、わかったの?」
「貴方が地上がお気に入りなのはよおく知っているわ。海底にいなきゃ、大体ここへ来ているって事ぐらい、わかるわよ!さあ、今戻ればお母様には言わないで置いて上げるから、一緒に戻るの」
「お姉様はちっともわかってない。私達人魚は、海の事は誰よりもよく知っているわ。海溝の奥に何があるのかとか、沈んだ大陸が今はどうしているのかとか、マグロの群れがどこへ何しに行くのかも。でも、地上世界の事はまったく知らない」
「ルーナ、知る必要があるの?貴方はいつも、こうやって海の上に出てきては、地上の世界を眺めてばかり。好奇心を持つのがいけないって言うんじゃないわ。だけどね、その好奇心がいつか貴方を危険な目に合わせてしまうのではないかと、心配なのよ。地上には危険がいっぱいなのよ!たくさんの戦いの歴史、彼らは海まで汚している。ルーナも見たでしょ、海の底が真っ黒に汚されているのを。そんな連中の事を知りたいだなんてどうかしている!」
ルーナの姉は、妹の顔を見もせずに、海へ潜って行ってしまった。
「でもお姉様、私、やっぱり、地上の世界を知りたいの。人間のお友達が欲しいのよ」
ルーナは目の前に広がる、真冬の海岸を眺めていたが、やがて姉を心配させて行けないと思い、姉に続いて海の奥へと潜って行った。
翌日、ルーナは、一人こっそり海面へ上がり、陸地へと近づいて行った。
「少しだけでもいいわ。誰か、私に地上の世界の事を教えて。私とお友達になって…」
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「とまあ、海の人魚が友達を欲しがっている。お前、暇なら行ってきてくれ。ああ、ビーチサンダルと麦わら帽子ぐらいなら用意してやる」
Y・Kカンパニーの社長・夜月霞は、小さく微笑むと季節外れの麦わら帽子とピンクのビーチサンダルを、机の上に置くのだった。
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真冬の海と人魚の少女
真冬の海に響く波と風の音が、一層寂しさをかき立てていた。夏場なら、波の音に混じって賑やかな観光客の声が聞こえてくることだろう。
「話ではこの海岸に人魚の女の子がいるはずなんですよね」
海原・みなもが近くの水面を覗き込んでいる。
「人魚さんに会えるなんて嬉しいですぅ!」
鈴木・天衣は、同行しているみなもに楽しそうに答えて見せた。天衣は妖精の血を引く少女。今回人魚に会えると聞いて、とても楽しみにしていたのだ。
「ずいぶん沢山荷物を持っているようですけど、お土産ですか?」
みなもが天衣のバッグを指差す。
「はいです〜!人魚さんに陸のお菓子を楽しんでもらいたいので、おやつを色々持ってきたですよ!」
天衣がにこりとして答えると、突然後ろから小さく水しぶきの音が聞こえた。すぐにそこへ駆け寄り、水面を覗くと、歳の頃は16歳ぐらいだろうか。ブルーの髪をした少女が海面から、天衣達の方を伺っていた。
「わあ、もしかして人魚さん!?」
天衣はワクワクして、心臓が高鳴るのを感じていた。
「貴方達は、だあれ?」
少女が首を傾げている。
「初めまして。あたしは海原みなもと言います。貴方が人魚のルーナさんですよね?お友達が欲しい、という事をお聞きしまして、ルーナさんに会いに来ました」
みなもが、柔らかな口調でルーナへと返事をした。
「そうよ、あたしがルーナよ。こんな冬に海に来る人がいるなんてね」
かなり人懐こい性格なのだろう、ルーナはすぐに天衣達の方へと近寄ってきた。
「あたしも海に泳ぎに来たんです。あたしもルーナさんと同じ、人魚の末裔なんですよ。ちょっと種族が違うかもしれませんけど、人魚の姿にもなれるんです。仲良くなれたらいいなと、思いまして」
「へえ、みなもさんも人魚なんですね〜!私は天衣って言いますう。人魚じゃないですけど、妖精の血が混じってるんですよぉ」
天衣はルーナに近寄ると、ふわりと空に舞い上がって見せた。とたんに天衣の黒い髪がピンク色に変わり、背中に3対の透明な翅がぼんやりと現れる。
「わあ、天衣の羽きれーい!」
ルーナは感激し、興奮した口調で天衣を見つめていた。
「ルーナさん、空を飛んでみたくないですかあ?」
「そんな事出来るの!?」
「はいです!私がルーナさんを抱えて飛ぶんですぅ。鳥みたいに空高くは飛べませんけど、飛ぶ感覚は楽しめると思いますよぉ!」
「凄いすごーい!あたし、空飛んで見たかったんだ!だってさ、海の中じゃ泳ぐ事は出来ても、そんな事絶対出来ないしね!」
「任せてくださーい!そうだ、この近くに小島はありませんかぁ?皆でそこまで遊びに行きたいと思うんですぅ。のんびり地上のお話もしたいなぁと」
それを聞き、ルーナは水平線の彼方を指差して、楽しそうに言った。
「ずっと向こうに、人魚達だけが知っている本当に小さい島があるの!」
「良さそうですね。天衣さん、その島へ行きましょう」
みなもが海へ飛び込んだ。すると、みなもの体がルーナと同じ人魚の姿へと変わっていく。
「みなもって本当に人魚なんだ。何だか親近感わいちゃうな。普段は地上で暮らしているんでしょ?」
「そうですよ。普段は地上の学校、という所に通っています。地上には色々な施設があって、色々な人が暮らしているんです」
みなもがそう話し終わるのを聞いてから、天衣はルーナの体をつかんで持ち上げた。
「話の続きはまた後でね。そろそろ、行くよぉ!」
思った以上にルーナは軽かった。天衣はそのままルーナをかかえて、水平線目指して飛び出した。
「すっごーい!あたし、本当に飛んでる!」
ルーナをかかえて飛ぶ天衣の後に、みなもが海を泳いでついてくる。海を渡る妖精と人魚。それはまさに御伽噺の挿絵のような光景であった。
「あ、あれよ!あそこがその小島なの」
前方に木で囲まれた島が見えてきた。小島と言っても本当に小さな島で、東京にある学校の体育館ほどの大きさしかない。
島に到着した天衣達は、島の入り江に上がり、そこで天衣が持ってきた御菓子を食べる事にした。
「バレンタインが近いので、ガトーショコラと、メレンゲ菓子を持ってきました。これ、口の中で溶けるんですよぉ!」
みなもも天衣が作ったお菓子を口にしている。人魚に地上の美味しいお菓子を食べさせて上げようと思い、天衣は一生懸命にお菓子を作ったのだ。
「地上にはこんなに甘い物があるんだね。海の中は貝とか魚とか海草とか、そういうのばっかりでつまらないの」
入り江に腰掛けて、同じく天衣が持ってきたアップルティーを飲みながら、ルーナが口を尖らせていた。
「でも、海も面白いと思いますよ」
静かな口調でみなもがそっと返事をする。
「確かにね。地上の事はよく知らないけど、海にだって色々な物があるわ。あたしはそれも好き。だけど、地上に興味があってもいいと思うの。どうして人魚の仲間は皆、地上を毛嫌いするのかな。みなもや天衣みたいに、親切な人もいるのに!」
「そうですね、たぶん、海のお仲間は、ルーナさんを心配しているのではないでしょうか?地上には、確かに良くない人もいますからね」
「そうなのかなぁ?」
ルーナは最後のガトーショコラを食べ終わると、流れる雲を見つめていた。
「お菓子、美味しかったですかぁ?」
にこやかな表情で天衣はルーナに話し掛けた。
「うん。もう最高。人魚の仲間達にも食べさせてあげたいぐらいよ!」
「それは良かったですぅ!私、一度本当の人魚さんとお話してみたかったんですよぉ。私のご先祖様にルサールカの大叔母さんって言う人がいるんですけどぉ…」
3人は、色々な話をして盛り上がった。冬だけど穏やかな海。小さな小島で、3人は地上の話や海の話、それぞれの家族の話等、時間も忘れてずっと話をしていた。
「あら、もう夕暮れですね」
天衣は、夕暮れの太陽が水平線に沈んでいくのを見つめていた。
「もう夜になるの?せっかく、楽しくお話していたのに」
ルーナががっかりしたように、ため息をつく。
「このぐらい暗くなれば、そんなに目立ちませんね」
「うん?何かやるのぉ、みなもさん?」
きょとんとして、天衣がみなもに尋ねる。
「最後に、ルーナさんを地上の町を少しだけ案内して上げようと思いまして。あたし、向こうの海岸に車椅子を用意してるんです。それにルーナさんを乗せれば、町の中もご案内出来ると思うんです」
天衣が再びルーナを抱えて飛び、3人は元いた海岸へと戻ってきた。みなもが海岸に置いておいた車椅子を取り出してきたので、そこにルーナを乗せて、ヒレの部分は見えないように毛布を被せて、同じく用意した服を着せた。
「地上の町が見られるんだね。わくわくしちゃう!」
天衣達は、ルーナを海岸の町へと案内した。町とは言っても観光地で、この時期はあまり人がいないが、水族館や動物園、ちょっとした飲食店や旅館などがあった。
閉園間際ではあったが、天衣達は動物園へとルーナを案内した。動物園ではあるが、海水浴に来たついでに楽しんでもらうような場所だから、それほど大きなものではない。
しかし、檻の中にいる動物達は、全て地上の生物。ルーナは珍しそうな表情で、たくさんの動物達を食い入るようにして眺めていた。
「こんなに色々な生き物がいるなんて。やっぱり、地上は楽しいところなんだわ」
静かな声で、ルーナが呟いた。
「自分達が知らない世界に憧れるのは、皆一緒だと思いますよ」
「私もそう思いますよぉ。自分が知らない世界は楽しそうに見えるものですぅ」
「そういう物なのかな?」
少し考えこむような表情で、ルーナが首をかしげた。
「そうですよ。海も地上も、それぞれに楽しい場所であると、あたしは思いますから」
みなものその言葉を聞き、ルーナは少し納得したような表情で、軽く頷いて見せた。
「そうかもね。きっと、それぞれにそれぞれの魅力があるんだね」
動物園を出る頃には、完全にあたりが暗くなっていた。天衣達はルーナを車椅子に乗せたまま海岸まで来ると、岩場からルーナをそっと海へと降ろした。
「今日はあっと言う間だった。だけど今までで一番楽しかった。地上の食事も最高だったし、少しの間だけど空も飛べた。この話をしたら、皆ビックリするわ!」
ルーナは無邪気な笑顔で、天衣達に笑いかけた。
「私も楽しかったですぅ!また空を飛びたくなったら、天衣に任せるですよ〜!」
天衣がふわりと空を飛んでみせ、ルーナに笑いかけた。
「有難う天衣、みなも。また遊びに来てよね、地上の世界の…あたしのお友達!」
元気な笑顔のまま、ルーナは天衣達に手を振ると、少しだけ寂しそうな表情を見せ、海の中へと潜っていった。
みなもと天衣は、すっかり暗くなった海岸で、ルーナの影が消えてしまうまで見送り、やがて海岸を離れて帰途へとつくのであった。(終)
◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
【2753/鈴木・天衣/女性/15歳/高校生】
◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆
鈴木・天衣様
初めまして。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き、本当に有難うございました!
今回のシナリオは2本立てですが、こちらはほのぼの目指してみました。天衣様が妖精の一族という事でしたので、妖精の可愛らしい天衣ちゃん、を目指して描いて見ましたが、如何でしょう?
朝霧の初のゲームノベルで、ネタは名前と少し変わった所から持ってこようと思い、真冬の海、となりました。最初に少女、の方を考えて、どうせなら対にして色々な方に楽しんでもらおう、という事になり、ギャグバージョンも付け足しました(笑)
一緒に参加された方との基本的な文章は一緒なのですが、視点がPC別になっています。他のプレイヤー様のノベルもご覧頂けるとさらに楽しめるかもしれません(笑)
それでは、今回は本当にありがとうございました!
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