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■シンデレラは誰だ!?■

ひろち
【1252】【海原・みなも】【女学生】
「・・・居ない」
 いつでも本を読むことに没頭している栞が、珍しく口を開いた。夢々はコーヒーを淹れていた手を止める。
「居ないって、何が?」
「シンデレラですよ。シンデレラ。本の中から消えちゃってるんです」
「はあ?」
 意味がわからない。
「・・・栞さん。また俺をからかってるわけ?」
「違いますよー。確かに夢々くんいじめるのは楽し・・・じゃなくて、これ見てみてください」
 栞が本を差し出してきたので、夢々は顔をしかめつつもそれを受け取り、中身を読んでみた。

+++ +++ +++ +++ +++
『シンデレラ!シンデレラはどこ!?』
『お母様。あの子、どこにも居ないわ。とうとう逃げたのよ』
『シンデレラ!シンデレラ!!』
『どーこー行ったのよー。出てきなさーい!』
+++ +++ +++ +++ +++

「・・・何これ。もはやシンデレラじゃないっていうか・・・継母達がシンデレラ捜索し続けてるだけじゃん」
 数ページ後には白紙になっていた。しばらく眺めているとまた新たな文字が書き加えられる。やはり内容はシンデレラ捜索。
「シンデレラが居なければ物語は進行しませんよ。当たり前のことでしょう?」
「そうだけどさ。何でこんなことになってんの?」
「多分、本を抜け出してどこかに出かけたんじゃないですか。シンデレラもたまには息抜きしたかったんでしょう。そのうち帰ってきますよ」
「そういうもんなの?」
「そういうものです」
 栞がそう言うのならそうなのだろう。何せここは「めるへん堂」だ。夢々自身も元々は本の中の人間である。ここでは本は「生きた存在」なのだ。
「・・・あ。ちょ・・・っ栞さん!!」
「どうしました?」
「何かこの本、凄いことになってきてるんだけど・・・」
 きちんと文章を形成していた文字が、乱れてきている。接続語の欠落、綴られる脈絡のない言葉、前後で繋がりのない文章。最後には文字ですらなくなっていた。
「うあー。全っ然、読めねーっ」
「主人公を失ったことで混乱しているようですね」
「どーすんだよっ」
「どうすると言われても・・・」

 ギィ・・・

 最近建付けが悪くなってきたドアが開く音がした。 
 客だ。
「丁度いいですね」
「何が」
 栞は「ふふふ」といたずらっぽく笑う。何か思いついたのだろう。
 嫌な予感。
「な・・・なぁ、栞さん・・・?まさか客をシンデレラに仕立て上げちゃおーとか思ってないよな・・・?」
「え?だってそれしかないですよね」
「えええええっ!?」
【ハッピーハッピーバレンタイン】

 2月15日午後1時頃。
 めるへん堂にはいつもと変わらぬ光景があった。
「栞さん。昨日って何の日だったかわかってる?」
 茶を淹れながら尋ねる夢々に、栞は本から目を上げないまま答える。
「・・・昨日・・・・・・。何かありましたっけ?」
 当然わかってるだろうと思っていた夢々は危うくティーカップの中身を零しそうになった。
 いくら栞でもまさか。
 だって去年だって言ったはずだし。
「・・・・・・本気で言ってる・・・?」
「私はいつだって本気です」
「うっそ!やばいって!!それは女性としてどーなんだよっ!」
「・・・うるさいですね」
「でっ!?」
 栞が投げた本が見事に命中し、夢々は鼻をおさえてしゃがみこむ、
「ら・・・乱暴者ぉ・・・」
「店長。昨日はバレンタインだったのよ」
 口を挟んだ鈴音に、栞は「なるほど」と頷いた。
「そういえばそんな行事もありましたね。まったく興味がないので忘れていました」
「き・・・興味ない・・・・・・」
「まあ、店長らしいけど」
 呆然としている夢々に鈴音は同情する。密かに栞に好意を抱いていたりする夢々だ。例え一日遅れでも彼女からのチョコを期待していたのだろう。
 しかし、去年も同じようなやりとりをしていたような気がするのだが。
 と、入り口のドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ・・・・・・って・・・みなもさん・・・?」
 にっこりと微笑みながら現れたのは海原みなも。先日、シンデレラ失踪騒動で世話になった少女だ。
 彼女の手にはシンデレラの本が抱えられている。
「ええっと・・・どうしたの?その本返しに来た・・・とか?」
「あ、いえ。違うんです。その・・・」
 みなもは栞と鈴音を交互に見る。
「お二人は今日、お暇はありますか?」
「暇ですね、一日中」
「暇よ、ずっと」
 仮にも商売をしているのだから「暇」とはっきり言いきれてしまうのは情けない話ではあるのだが。
 まあ、実際問題、客なんて一週間に3人来れば良い方なのだ。
「もしよろしければ、一緒に買い物に行きませんか?」
「買い物って・・・何の?」
「チョコレートです。ちょっと時期が遅れてるんですけど、あたし、まだ家族の分を買っていなくて・・・」
 当然のように言うみなもに「そうだよな。これが女の子だよな」と妙に感動してしまう夢々だった。
 鈴音はすぐに「行きたい」と挙手し、栞も鈴音の勢いに押され渋々同行することになった。
「それで・・・シンデレラさんともご一緒したいんですけど・・・」
「シンデレラと?」
 なるほど。それで本を持ってきたらしい。
「駄目・・・・・・ですか?」
「いえ。別に問題はないですけど。またシンデレラの代わりが必要になりますねぇ」
 栞の視線の先には夢々。彼女がにやりと笑うのを見て、夢々の背筋を冷たいものがはしった。
「ま・・・まさか、栞さん・・・・・・」
「と、いうわけなので、よろしくお願いしますね。夢々くん」
「ええーーーーーーーーーーっ!?」


 一日過ぎているとはいえ、街中はまだバレンタイン一色だった。
 沢山の少女達が店先でチョコを選んでいる。
「馬鹿みたいに騒いでますねぇ」
「まあ、バレンタインは女の子の一大イベントですから」
「みなもは誰かに本命チョコ、あげたの?」
「まさか。あたしは義理チョコばっかりで・・・」
「本当はあげたんでしょ?」
「あげてませんってば!」
 みなもと鈴音のやりとりに付いていこうとしない栞と、付いていけないシンデレラ。栞に借りたダッフルコートのボタンをいじりながら、シンデレラは尋ねた。
「ねぇ、何だかよくわからないまま付いてきちゃったけど・・・。バレンタインって何なの?」
「あれ・・・?知りませんでしたか?」
「全然」
 よく考えてみれば、シンデレラの世界にはバレンタインなど存在しない。知らなくて当然である。
「バレンタインというのは女の子が大好きな人にその気持ちを伝える日なんです。色んなパターンがあるんですけど・・・だいたいはチョコレートを贈るんですよ」
「ふーん」
「シンデレラさんも王子様に贈ったらどうかな、と思いまして」
「な・・・っ」
 みなもの提案にシンデレラは頬を赤く染めた。
「な・・・何であたしが王子に・・・っ」
「だって、好きなんでしょう?」
「そりゃ・・・っ。好き・・・だけど・・・・・・」
 恥ずかしがっているのか、シンデレラの声はだんだんと小さくなる。
 俯きながらぼそっと呟いた。
「・・・喜んでくれるかな・・・。その・・・チョコ、贈ったら・・・・・・」
「ええ。きっと、喜んでくれますよ」

 とりあえず一つの店に的を絞り、四人はチョコを選び始める。
 四人といっても、栞は興味なさそうに店の中を見回すだけだったが。
「た・・・沢山ありすぎて何を選んでいいかわからないんだけど・・・」
「そういう時は直感勝負です!何となく惹かれたものを選べばいいんですよ」
「そうは言ってもねぇ・・・」
「あ。あれなんかおいしそうじゃないですか?」
「え。どれ?」
 何だかんだでシンデレラはすぐに店の雰囲気に馴染んでいた。みなもと楽しそうにチョコを選んでいる。
 鈴音は夢々と氷月の分のチョコを選んで手に取ると、栞に駆け寄った。
「て・ん・ちょ・う」
「何ですか」
「店長はチョコ、買わないの?」
「私は別に・・・」
「駄目ですよ、栞さん」
 すぐ近くにいたみなもが口を挟む。
「別に義理でもいいんですよ。ほんの少し感謝の気持ちを伝えてみてもいいんじゃないですか?夢々さん、いつも栞さんの為に頑張ってるんでしょう?」
「感謝の気持ち・・・ですか」
 毎日毎日めげずに働く夢々の姿を思い浮かべた。
 それもこれも皆、栞のため。
 栞に喜んでもらいたいからなのだと、鈴音は言う。
 夢々本人はそんなこと一言も言わないが。
「そう・・・ですね。チョコ一個くらい、あげてもいいかもしれませんね」
「栞さん」
「店員さん。この店で一番安いチョコはどれですか」
「うわ・・・最悪ね・・・あんた・・・」
 呆れるシンデレラに栞は「夢々くんにはそれで充分です」と言いきる。
 苦笑しているみなもに鈴音が小さく囁いた。
「あのね。店長って素直じゃないだけなのよ。本当は夢々のこと、大好きなんだから」
「ええ・・・。夢々さんは幸せ者ですね」

 結局、栞は店で三番目に安いチョコを買った。鈴音とみなもの必死の説得の成果である。
 シンデレラは満足そうに紙袋を抱えていた。王子の喜ぶ姿が目に浮かぶらしい。
「シンデレラさん」
「ん。なあに?」
「今、幸せですか?」
「幸せよ。すっごく」
「それなら、良かったです」
 本当に良かった。
 みなもは心からシンデレラと王子を祝福した。


 帰りがけにレストランで食事をし、四人はめるへん堂へ戻ってきた。
「な・・・何だか緊張してきたわ・・・」
「大丈夫ですよ。頑張ってください」
 シンデレラはチョコを大事そうに抱え、本の世界へ帰っていく。入れ替わりで疲れ果てた様子の夢々が出てきた。
「さ・・・最悪・・・っ」
「お疲れ、夢々。はい、チョコ」
 鈴音に小さな箱を渡され、夢々は目を輝かせた。
「うわっ、俺に?ありがと、鈴音さん!」
「・・・」
 栞は無言で突っ立っている。彼女の腕を鈴音が突ついた。
「ほら、店長」
「・・・ちょっと待ってください。心の準備が・・・」
 ほんの少しだが、栞の頬が赤く染まっていることに気付き、みなもはクスクス笑った。
 意外な一面だ。
 どうやら、彼女は人一倍照れ屋なだけらしい。
 みなもは栞の背中を軽く押す。
「きゃ・・・っ。ちょ・・・、みなもさん!」
「ファイトですよ、栞さん」
「・・・」
 栞は覚悟を決めたのか、唾を飲み込むとチョコの箱を夢々に押しつけた。
「へ?」
 夢々がきょとんとしている間に、いつもの椅子に座り本を広げる。
「え・・・何、栞さん。もしかしてこれって・・・!」
「・・・」
「チョコ?ねえ、チョコだよね、栞さんってば!」
「・・・」
 本を読む振りを続ける栞に、みなもと鈴音は顔を見合わせ笑った。
「ね。素直じゃないでしょ」
「ええ。本当に」


 バレンタイン。
 それはほんの少しだけ素直になれる日。

 
 大好きな人に沢山の感謝を込めて。


fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】

NPC

【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
【夢々(ゆゆ)/男性/14/めるへん堂店員】
【鈴音(すずね)/女性/10/めるへん堂店員】
【シンデレラ/女性/16/シンデレラの登場人物】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターのひろちです。
また発注頂けて、本当に嬉しかったです。
ありがとうございます!!
しかもバレンタインネタ!ということで・・・
行事ネタは大好きなので、とても楽しく書かせて頂きました。
もしみなもさんからのお誘いがなかったら、めるへん堂の女性陣はチョコなんて買いに行かなかったと思うので・・・。

本当ならもっと早くお届けしたかったのですが・・・
思いきり時期がずれてしまってすいませんでした!
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いしますね。
本当にありがとうございました!