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■鳴り出すピアノ 〜空箱より〜■

つなみりょう
【0635】【修善寺・美童】【魂収集家のデーモン使い(高校生)】
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ひとりでに鳴り出すピアノ?! 学園七不思議、ここに再現!!(神聖都通信)


 誰でもこの学園に通っている者ならば知っているだろう、学園7不思議を。
今日はそのうちの1つ、「鳴り出すピアノ」に関して、我々報道部がスクープをキャッチした!!

ここ毎晩、中等部の音楽室でピアノが勝手に鳴っているらしい。
それはそれは見事な「月光」を最後まで弾き終えると、
その音は聞こえなくなるという。
……その美しさゆえ、「聞いた者は魂を抜かれる」と言われてきた「鳴り出すピアノ」!
我が報道部は勇気をもって、詳細を暴いていこうと思う。

続報をご期待あれ!


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「……こんなもんかな、っと」
 放課後。部活に、そして下校にと賑やかにさざめきつつ生徒は校舎を行き交っていく。
 今は卒業式まで間もない時期だ。
卒業式なんて、一部の在校生以外は関係ない。そんな声もちらほら聞こえる……だが、それが過ぎれば恐怖の学年末試験が彼らを平等に待ち受けていて、あまりのん気にしているばかりもいられない。
 最上級生の姿が見られなくなった高等部校舎は、記憶にある風景と比べると今はやや閑散としている。
が、桜舞う頃に新しい生徒が入ってくれば、きっとこの違和感も消えてしまうのだろう。
 毎年きちんと繰り返される、はざまのような時期。

 人気のない廊下の隅では『報道部・部長』高等部2年布施啓太が、腕に抱える紙の束から一枚抜き出しては、数ある掲示板それぞれに貼り付けていく、という単調作業を繰り返していた。
 一枚貼ってはとぼとぼ歩き、また次の掲示板の前に立つ。

『神聖都通信・号外』

 原色を多用した見出しは生々しくも迫力を持って、見る人の興味をそそるだろう。
「全く、もっと部員がいればなぁ。部長たるオレがこんな新聞貼りなんてしなくてすむのに。
まあ、他にいないからこそオレが部長でいられるんだけど」
 興味と感心は既に現地へと馳せている今、抱える新聞の束は重いことこの上ない。
 早く、早く現場に行って詳細を調査したい! ――久々につかんだ大スクープに、そわそわと浮き足立つのを止められない啓太だった。
 ……中等部の校舎は走れば5分だ。早く行きてーなぁ。これを貼り終ったら速攻であっち行って、職員室で許可とって……。


 と。
 傍らに誰かが立った。啓太が振り返る間もなく、彼はいきなり掲示板の新聞に手をかけたかと思うと、ビリビリとそれを破き始める。
「……なっ! 何するんだよお前!!」
 ぱんぱん、とわざとらしく手を払った彼は、つかみかかった啓太にも平然として対応した。
「警告だよ」
 ちらり啓太が『女のようだ』と思った男にしては白く整いすぎた顔。それをわずかにすがめ、彼は啓太に笑ってみせる。
気味の悪さに啓太が手を離すと、彼は軽く咳き込んでから、もう一度見据えてきた。
「もう一度言うよ、これは警告だ。……この件には近づかない方がいい。
分かったね、啓太」
「……お、おま、お前、なんでオレ、いや新聞……!」
 驚きのあまりそれだけを啓太が言うと、彼は表情から笑みを消しかすかにうなだれ、そしてそっと啓太の耳元に口を寄せた。
「ごめんね」


 言葉の意味を図りかね、啓太がその腕をつかもうと振り向いた時には――彼は、もう既に廊下の角を曲がったところだった。
 壁の向こうに姿を隠す寸前、目に焼きついた黒い学ラン。
ここの制服じゃないな。そう考えてから、ようやく啓太は今の少年に見覚えがあることを思い出したのだった。


「あいつ、この前の事件の時に会ったヤツじゃないか……?」



鳴り出すピアノ 〜空箱より〜


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ひとりでに鳴り出すピアノ?! 学園七不思議、ここに再現!!(神聖都通信)


 誰でもこの学園に通っている者ならば知っているだろう、学園7不思議を。
今日はそのうちの1つ、「鳴り出すピアノ」に関して、我々報道部がスクープをキャッチした!!

ここ毎晩、中等部の音楽室でピアノが勝手に鳴っているらしい。
それはそれは見事な「月光」を最後まで弾き終えると、
その音は聞こえなくなるという。
……その美しさゆえ、「聞いた者は魂を抜かれる」と言われてきた「鳴り出すピアノ」!
我が報道部は勇気をもって、詳細を暴いていこうと思う。

続報をご期待あれ!


・続報
ピアノが鳴っている間、職員室にて『人魂』の目撃証言アリ!!
既に哀しき犠牲者が?! 待たれよ、真相解明!

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●修善寺美童


 コーヒーカップを置く音が高く鳴り、彼の動揺を表していた。
「……なんだと?」
 草間武彦はカップを持ったまま、低く問いただした。中のわずか残ったコーヒーが、小さなさざなみを作っている。
 その様子をちらり見やり……彼の向かいに座った修善寺美童は小さく笑った。唇の端を吊り上げ、あくまでも静かに、そして優美に。
 余裕の態度が気に障ったのか、微笑に気づいた草間が顔をしかめる。すると、美童はますますその笑みを深くするのだった。
 ――本当の優れた存在は、いつの世であれすぐに理解はされぬものさ。
 だからそんな目でボクを見つめてしまうこと、今は気にしないでおいてあげよう、草間武彦。



 季節は冬から移り変わろうとしつつある、今日この頃。
草間興信所の窓の外は青空。渡る雲はそこはかとなくのんびりとしていて、日の温もりと共に人々を午睡へと誘うかのようだ。
 そんな中、修善寺美童は己のボデーガードでもある部下の黒服たちを引き連れ、草間興信所を訪れていた。
ソファで対面していた二人。当初は草間の向かいに美童が座り、その後ろに黒服たちがずらり並んだが、今彼らは『うっとうしい』との草間の一言で部屋の外へと出されている。
 ――追い出したところで、美童が一つ指を鳴らせば駆けつけてくるのだが。
「なぜそんなに慌てる必要があります? ……別にあなたのお仕事の邪魔をしようというわけではない。
ただ、あなたの仕事を手伝った上で、ボクの趣味を追求させていただければ。そうご提案しただけです。
ビジネスライクに行こうではありませんか」
 事件の事伺いましたよ、そう前置きしてから美童はかすかにうつむき、流れるような銀髪を白い手でかきあげる。
「今、神聖都学園で幽霊騒動が起きているそうですね。独りでに鳴り出すピアノ、職員室に現れる人魂……ああ、聞いているだけで胸が騒ぎます。
事態を解明し、平穏を取り戻す事……このボクの実力に誓いましょう。何のことはない、その後でボクの趣味を追求させていただければそれで構わないのですよ」
「人の趣味に口を出すほど俺はおせっかいじゃねぇし、そんなつもりもない。だがな」
 笑みを崩さない美童を、草間は苦々しげにじろりと見る。
「お前の趣味は知ってる。魂の収集だろう。
俺がこれから関わろうっていう事件で、おいそれと『協力しますよ』と言えるほど、俺は人間が出来ていないんでね」
「つまり、あなたは何者ともいつかは理解しうると考えているわけですね。
例えそれが凶悪な犯人であろうともいつかは改心してくれるだろう、だから何人たりとも『魂を抜く』などと残虐極まりないことは許されない……と。
これはこれは、嫌われたものですね」
 お優しいですね。美童は呟き、シニカルに笑う。
 それに対し草間の返事はない。その沈黙こそが、美童の逆説を何より肯定するものであったが。
 
 と、美童は胸ポケットから一枚の書類を取り出す。
「ここに許可証があります。これは神聖都学園・音楽教師、響カスミ氏からいただいたもの。
『事件の原因の解明、解決をこの者に依頼する』」
 う、と詰まる草間。
「ボクは、正式に依頼を受けた身なのですよ。ボクの邪魔をするというならば、あなたこそが困った事になると思うのですが」
「……お前、最初から分かってて俺に絡んでたのか」
「絡むなどと人聞きの悪い」
「クソッ、文書がそうやって存在するんだったら、今更俺が何を言ったところで無駄だろう」
 イライラと草間は傍らのタバコに手を伸ばし、その箱が空になっていることに気づいて、あからさまに落胆の表情を見せる。
「それでは、協力していただけるのですね」
「……勝手にしろ。だが、俺は邪魔もしないが協力もしないぞ。誰一人呼んでやるものか」
「何でも、今回は学園の『報道部』が真相究明に頑張っているらしいですね。……健気ですね。
ついでではありますが、彼らの手伝いもしたいと思いまして」
「お前なぁ、最初から分かってるなら、いちいち俺に……!」

 そう、草間が声を荒げかけたその時、興信所のドアががちゃりと開く。
 思わずそちらを見やった美童と草間。
その視線の先に立っていたのは、シュライン・エマだった。
「……あっ! バカ、シュライン入ってくんな!」
 いらだたしげな草間の声に、事情が飲み込めない様子の彼女はただ目を丸くする。
と、彼女の背中から顔を覗かせる者。
「おっさん! 何言ってんだよそういう言い草はないだろ!」
「そーだそーだ! 草間さん、日頃シュラインさんにどんだけ世話になってんだよ」
見知った顔だ。羽角悠宇と……もう一人は知らぬ顔。彼ら二人の横には、初瀬日和が美童を見つめ驚いた顔をしている。
 ――となると残りのあの者が、響氏の言っていた布施啓太だな。
「お、お前らまで来ちまったのか……?!」
 援護射撃によりいっそう慌てた様子の草間は腕時計をチラリ見、力なくうなだれた。
「しまった、もうこんな時間か……」
「どういうこと、武彦さん?」

 と、美童は立ち上がった。
 物腰柔らかく、そして優雅に。最後に小さく笑みを浮かべてみせてから、彼らに深々と頭を下げる
「こんにちは、皆さん。……そこのキミとは初対面ですね。修善寺美童です。よろしく」
「あ、ああ……オレは布施啓太、ヨロシク」
かすかに頬を赤らめながら、差し出された手を握る啓太。
「修善寺君じゃない」
「お前、この前一緒だった……よな」
「覚えていてくださって光栄です」
 知人たちへは、赤い瞳をかすかにきらめかせつつ、微笑んでみせた。
 
 そして、再び草間に向き直った。
「これで、役者は揃ったということですね」
「……クソッ」
 吐き捨てた草間は、悔し紛れかシュラインを睨む。
「おい、シュライン。タバコは?!」
「え? あ、ああごめんなさい、買い忘れちゃって」

その言葉に、草間はいっそう肩を落としたのだった。



     ■□■
     
     

「……とまあ、そんなところかな」
 啓太が事情の説明を終えると、興信所のテーブルを囲んでいた面々が一斉に顔を上げた。
ひしめき合いながら座っているソファが、ぎしぎしとスプリングを鳴らしている。

 ちなみに、草間はこの一同には加わっていない。ふてくされた様な表情で昼寝を決め込んでいるが、それがまた、部屋の隅、背もたれのない小さな丸イスの上、ときては駄々っ子と大差ない。
 そしてそんな態度でも、心配で聞き耳だけは立てているのだろうことは皆が承知していたから、誰一人構おうともしない。 それもまた、彼の態度を頑なにさせている一因でもありそうだった。
  
「つまり、真夜中の音楽室でピアノが突然鳴り出すわけね」
 んー……と、指を唇に当て、考え込んでいたシュラインがまず口を開く。
「実際音鳴ってたのって、本当に音楽室から? それに、人魂が職員室の物かも気になるところね」
何かの光が反射してたんじゃないかしら? そう疑問を投げかけると、啓太が首を振る。
「とりあえず、その辺の聞き込みはもうしてみた。あの時間だとあの辺、光源になるようなものは何一つないんだ。民家もろくにないようなとこだし、そうだなあ……あっても非常灯ぐらいかな。でもそれなら光は緑だろ?
だから光があること自体おかしいんだ」
「その時間の電気消費量とか調べられる?」
「うーん、……用務員室とかに当たればなんとかなるかな。交渉してみるよ」
「お願いするわ。
あと、そうね……最近不審者とか、怪しい人とかいないの?」
「学校からの知らせとか、オレも独自に調べては見たけど、とりあえずはないみたいだなあ……
あ、でも」
 何かを思い至ったのか、啓太は胸のポケットから手帳を取り出し、ページをめくり出す。
「ああ、これだ。なんでもさ、『職員室の光』ってのはここ1、2年出現してるらしい。しかもこの時期に」
「ふーん……?」
「『音楽室のピアノ』は学園の七不思議の一つになってるくらいだし、昔からポピュラーなウワサではあったんだ。でもそっちは今年が初めてだな」

「ねぇ啓太くん」
 と、日和が口を開いた。
「今、神聖都学園ってお休みなの?」
「ああ。入試休みな。それが終わったらすぐ卒業式なんだ。
んで、それが終わったら学年末試験。……あ、しまった、オレ全然勉強してねーや」
「ねぇ悠宇くん、どう思う?」
日和は、傍に座っていた悠宇を見つめる。
「私ね、なんだか……ピアノが聴こえる間だけ現れるなんて、呼び合っているみたいだと思うの」
「呼び合う?」
「そう。『私はここにいるよ』って、自分を探してくれている誰かに届くように、それに気づいた誰かが自分を見つける目印になってくれるように、って、そう……呼んでるんじゃないかしら」
 チェロを持っていってもいい? と日和は啓太に尋ねる。
「こちらからの返事を、返せればいいなと思うの」
「もちろん! そういやオレ、日和のチェロ聴くの初めてだなー」
「日和のこと呼び捨てにすんな」
 ウキウキと声を弾ませた啓太を遮ったのは、怒りのにじんだ悠宇の声。
ごめん、と素直に身を小さくした啓太に、シュラインと美童がくすくすと笑う。
「日和のチェロは世界一だからな。腰抜かすなよ。
……まあそれはとにかく。何で今になって急にピアノの現象が起こり出したんだろうな?」
「というと?」
「こういうのって夏向きな話題じゃないか? だから、何か『今』に意味があるんじゃないかと思って。
卒業までに、何か伝えたい事でもあるのかな」
「そうか、もうすぐ卒業式なのね……」
シュラインの声に、悠宇は一つ頷く。
「今会って伝えないといけない事があるのなら、叶えてやりたいと思うしさ。
大切な人、会いたい人に会えずにいるのは辛いし、それなら助けてやりたいよな」

「……では、話は決まりましたね」
最後に、美童が笑った。長めの銀髪をかきあげ首を傾げる仕草に、その辺の女よりよっぽど綺麗だよなあ、と啓太などは思う。
「音楽室と職員室に、チームを分けましょう。……皆さん、これを」
ぱちり、と美童が指を鳴らすと、いつの間に現れたのか黒服にサングラスの男が彼の後ろに立ち、うやうやしく何かを美童に捧げる。
「これはインカムです。これを使えば、別行動中も連絡がとりやすいでしょう。お渡ししておきます。
それで、ボクは音楽室へ向かおうかと。共に行く部下は5人、残りは職員室へ行かせましょう。
皆さんは?」
「私は、体力に自信がないので、職員室の窓の外で張り込んでいようと思います」
と日和。
「俺は日和と一緒にいる。……あ、でも音が鳴り出したら音楽室に駆けつけてみるよ」
悠宇はそう言って笑う。
「じゃあ、私も職員室ね。さっきの消費電力のことを調べに用務員室へ寄ってから行くわ」
「んじゃ、シュラインさんに付き合ってからオレは音楽室行くかな!」
シュラインの言葉に、そう答えた啓太だったが。
「お前は止めとけ」
 部屋の隅から小さな声。むくりと起き上がった草間が、小さく首を振った。
「お前は音楽室に行くな」
「……な、なんだよそれ。オレが臆病者だって言いたいのかよ」
「そういう意味じゃない。だけどまあ……あれだ。職員室に行った方が、お前は役に立つだろうよ。
今音楽室に行ったところで、お前が出来る事は何もない」
「……おっさん? なんだよそれ、どういう意味だよ」
「意味なんてそのままだ、分かったな啓太」

 説明も何もせず、有無を言わせぬ口調でそれだけをいうと、草間は再び椅子の上で丸くなり、目を閉じてしまった。



     ■□■
     
     

 ――12時間後。
「美童だ、異常なし」
 窓の外は、墨を流したかのように一面の黒。
非常灯のぼんやりとした緑色の光が照らす神聖都学園中等部の廊下に、美童は部下たちと佇んでいた。
インカムからは『こちら啓太、シュラインさんも傍にいるぜー。異常なし』『日和です、異常ありません』との報告が即座に返ってくる。
 目の前には音楽室の扉。未だ音は聞こえてこない。

「美童様、いかがいたしますか」
「ひとまず様子を見る。お前たちは下がっていろ」
「かしこまりました。何かありましたらお呼び下さい」

 黒服たちを下がらせてから、美童は一人腕を組み考え込んだ。銀髪が顔にかかり、窓の外から差し込むわずかな月光に鈍く光っている。
 ――闇に目立ちすぎて困るな、ボクの髪は。
 小さくため息をつき、美童が髪を耳にかけた時だった。

「……美童様」
「言われなくとも気づいている。……ピアノの音だな」
 扉の向こうから聞こえてくるその音は、夜に沈んでいくかのようにかすかな音。
が、息を詰め耳を済ませているうちに、旋律は次第にはっきりと、まるで手に取れるかのように浮き彫りになっていく。
「確かに、ベートーベンの『月光』のようだな。……お前たち。侵入するぞ」
 最後の呟きは背後へと向けたものだ。ドアノブにかけた手を一瞬止めたが、すぐに美童はその扉を大きく開け放った。

 すると。
「うああああああ!」
 悲鳴と共に、小太りの男が突然駆け寄ってきた。美童にぶつかる直前、彼は黒服たちに捕獲される。
「貴様は誰だ」
「た、た、助けてくれっ! ゆゆゆ、幽霊が……っ!」
「……貴様は誰だと聞いている」
「ゆゆゆ許してくれぇ、お、オレたちはただ、テストの答案を盗みに来ただけなんだぁ!」
 ピアノの音は続いている。そちらの闇を透かし見ると、確かに鍵盤の前に誰かが座り、音を奏でているようだ。
美童は舌打ち一つすると黒服たちに向け手を振った。
「下がっていろ。……それと、その男から事情を聞きだしておけ」
「かしこまりました、美童様」
 それ以上、何を言うわけでもなくましてや反論などしない。
主人の意図を一言で理解した彼らは、静かに部屋の外へと出て行き、その扉を閉めた。


 かすかな月光のみが部屋を照らす室内。闇の底を、『月光』ソナタがすべる様に流れていく。
目を閉じ、耳を済ませてみると、わずかにピアノの音に被さる音がある。
 連れ添うように、気遣うように。旋律をなぞるチェロの音は窓の外から聞こえてくる。階下で日和が弾いているのだろう。

 
「失礼する」
 小さく声をかけ、美童はピアノの傍らに立った。
 彼の言葉に振り向いたのは、一人の女子生徒だ。青く長い髪がかすかにきらめいている。目の色は闇に紛れてしまい分からないが、その視線がまっすぐと美童に向けられているのは分かる。
「ここ数日、ここで『月光』を奏でていたのは、君か?」
 彼女の手が止まり、旋律も途中で切れた。
「……そうです」
「先ほどの男は、君の仲間だろうか」
「いえ」
 彼女は軽くうつむく。
「あの人も、ピアノを弾きにここにいらしたんだと思いますが……私を見て、驚き床に座り込んでしまっていました。驚かせて申し訳ないと思っています」
「なるほど……」

 その時、かすかな音が聞こえた。――ガラスの割れる音だ。
音は遠く、もしかしたら職員室の方かも知れない。

 と、窓の外に人影が現れる。黒い翼を広げ部屋を覗き込む者。窓の外に浮かび上がる黒いシルエットは、まるで闇の使者のよう。
「……悠宇君」
 それは確かに羽角悠宇だった。音楽室で落ち合う打ち合わせになっていた彼は、窓の外からやってきたのだろう。が、今彼は不安げに視線をさ迷わせ、美童と目が合うとまるですがるような表情をする。
 美童は彼に向け、小さく頷いて見せた。すると彼は嬉しそうにまた頷きかえすと、その背中の黒翼をひらめかせベランダをひらり飛び降り、すぐに姿を消した。
 ――なるほど、職員室へ彼女を助けに行ったか……。

「一つ尋ねるが」
視線を窓の外からピアノへと戻した美童は、再び彼女に問いかける。
「君はなぜ、このような時間にピアノを奏でていたのですか」
「……私が、ここにいると誰かに伝えたかったんです」
 鍵盤の上においていた手を、彼女は膝の上へと移した。
その手はやがて固く握られ、ふるふると細かく震える。
「君は、誰かに伝えたいことがあるのか?」
すると彼女は顔をあげ、美童に笑いかけた。
「いえ、もう伝わったからいいんです。チェロの音が、私に……ちゃんと返事をくれた」

 そして、彼女は静かに立ち上がる。
「私、もう行きます」
「……よいのか、もう」
「また来ます。今日はもう、時間がなくなっちゃいました」
 美童の問いに彼女は小さく笑い、そしてふと、美童を見た。
「あの。……あなたも、私のピアノを聴いてここに来てくださったんですよね」
「ボクだけじゃなく、皆がそうだ。今頃職員室に皆いるはずだが」
 さきほどからインカムの反応がない。何者かの強い妨害が入っているらしかった。
分かっていてそれを問いかけるような愚かな真似はせず、美童はただ彼女に微笑んで見せる。
「申し訳ない。彼らとは今連絡が取れないようだ」
「いえ……それで、もしよろしければ、皆さんにお伝えいただけませんか」
「ああ、構わない」
 美童が一つ頷くと、彼女は安心したようにほっと息をついた。
「私の『声』を聞いてくれてありがとう、って。それと、あのチェロを弾いていた彼女に……『あなたの音は確かに届きました、ありがとう』って」
「確かにお預かりした。……必ず、伝えよう。ところで」
「ええ?」
「最後に尋ねよう、ボクは修善寺美童という。君の名は?」

 礼儀としてきちんと名乗ってから、美童は彼女の名を尋ねた。
と、彼女は照れたように頬を染める。あでやかな美童の笑みに魅了されたのかもしれない。
「夏本さらら、といいます」
「さららさんか。……それでは、またお会いしましょう」
「ええ、また」


 月光に溶けるように彼女は光のかけらとなり、そして姿を消した。
 その最後のひとかけらが見えなくなるまで美童は微動だにせず……そして全てが闇に沈んだ後、ようやくインカムのスイッチを入れた。
「こちら美童。聞こえるか……ああ、心配ない。ところで日和君いるか?」




     ■□■
     
     
     
 ――男は、学園の卒業生だったという。
 
 狙いは、卒業式の後にある学年末テストの答案用紙だった。
 かつて落第の危機にあった彼は、思い余って深夜の職員室に忍び込み、答案を一枚ずつ盗み出したらしい。盗まれた枚数が少なかったため、その時は気づかれずに済んだようだ。
 そして、彼は蛍光灯の明かりはつけず、持参の懐中電灯で全て事を済ませていた。……この明かりこそが、『人魂』の正体だった。この明かりを勘違いしたものが、人魂として噂を広めたらしい。
 ピアノは「めくらまし」として男の一人が考えたものだった。7不思議の一つでもある『ピアノの音』で、目撃者たちの関心を逸らす目的だったようだ。

 以来、彼はクセになった。毎年この時期、学年末に、仲間らと職員室へと忍び込んでは答案を盗み、難を逃れていた。それは彼が卒業してからも続き、今では在校生へ売りつけることによって大した副収入になっていたらしい。
 不祥事の発覚を恐れた学園側は、草間たちに沈黙を要請してきた。草間はそれを飲み、事件はうやむやのうちに済まされそうだった。
 最も、『報道部』たる啓太が黙っていられまいと皆は思っていたが、それはまた別の話。
 
 ――そして。
 警察に引き渡される事なく終わった犯人の男らだったが、事件以来その姿を見かけたものはいない。
 黒づくめの服にサングラスの男たちが、彼らをいずこかへと連れ去っていった、という目撃情報があったようだが、いかんせん心当たりがあるはずもないのだ、たぶん――




「気がつかれましたか?」
 男が目を覚ました時、見たことのない部屋にいた。
 毛足の長い絨毯の上に、手足を縛られ転がされている。緞帳が垂れ下がる薄暗い部屋だ。
周囲には使用意図の知れぬ多くの鳥篭。それらのほとんどは金色に輝き宝石的価値もありそうだったが……その中で泳いでいるいくつかの青白い光に、男は不気味に思う。
 そして、彼らの前には一人の少年が椅子に腰掛けていた。横柄な態度で足を組んだ彼は、唸る男に小さく笑って見せる。
優美にして艶やかな笑み――それはこの部屋の闇に一際映えて、男に底知れなさを垣間見せる。
 彼は初めて『恐怖』を覚えた。
「神聖都学園、侵入犯。……あなたの身柄は、この修善寺美童が引き受けました。
ああ、助けは来ませんよ。お分かりでしょうが」
「な、何者だお前は……?」
「ただの魂収集家です。周りを御覧なさい、綺麗でしょう? これはボクのコレクションの一部」
「た、たましい? この籠の中に入ってる……光が?」
「おや、信じられませんか? まあいいでしょう。すぐに分かりますよ。
 ……あなた自身が、これから魂になるのですからね」

 男はガタガタと震えだす。
「……た……たすけっ……」
「言ったでしょう、助けは来ませんよ。
まあ、諦めきれないのでしたら、無駄だと思いますが叫んでみてはいかがですか? 魂からの恨みの言葉を聞くのは、ボクの何よりの悦びですからね……」




 ――美童の屋敷に仕えるメイドは後に語った。
 美童の部屋から聞こえていた男の悲鳴はすぐに聞こえなくなり、やがて美童の笑い声が代わりに聞こえてきた、と。
 その声は悦に入ったとても嬉しそうなもので、彼女がその階を通り過ぎるまでの間、ずっと続いたという――








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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0635 / 修善寺美童 / しゅぜんじ・びどう / 男 / 16歳 / 魂収集家のデーモン使い(高校生)】

(受注順)

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          ライター通信          
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こんにちは、つなみりょうです。この度はご発注いただき、誠にありがとうございました。
ご期待に沿えるものでしたら幸いです。

さて、今回は「空箱」の第2話と銘打たせていただいてます。若干前回から続いてるところもあるかな? といった作りになってますが、さていかがでしょうか。
あと、なんというか……長文です。頑張って読んでください(笑)このシリーズはどうも長くなる傾向にあって困りますね。


美童さん、初めまして。ご発注いただき、光栄に思います。
美童さんの妖しい美しさを表現できたら、と何より思ったのですが、さていかがでしたでしょうか。
プレイングで『音楽室へ行く』と書かれていたのが美童さんだけだったので、今回はこのような形になりましたが、もし次回のチャンスをいただけたのならば……今度はぜひ、他の方との絡みをもっと書ければな、なんて思っているところです。

ご意見・ご感想などありましたらぜひお聞かせ下さい。
また、次回はWEBゲームの方で窓を開けてみようかと思っています。啓太など相変わらずの面々が出てくる話になるかと思いますので、よろしければその時もぜひお付き合いくださいませ。
その際はダイカンゲイさせていただきます!


それでは。
近づく春にかつての思い出を重ね合わせている今日この頃な、つなみりょうでした。