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■秋ぞかはる月と空とはむかしにて■

エム・リー
【4583】【高峯・弧呂丸】【呪禁師】
 薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
 気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
 薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
 擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
 彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
 路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
 大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。

 橋の前まで足を進めれば、その傍に、一人の少年が姿を見せます。
 少しばかり時代を流れを思わせる詰め襟の学生服に、目深に被った学生帽。僅か陰鬱な印象を与えるこの少年は、名を訊ねると、萩戸・則之と返すでしょう。
 少年の勤めは橋の守り。四つ辻に迷いこんだ貴方のような客人が、誤って橋を渡って往かぬようにと守っているのだと応えます。
 橋の向こうに在るのは、現世と異なる彼岸の世界。死者が住まう場所なのです。
 
 少年が何故橋を守っているのか。
 少年が抱え持つ百合の花とは何を意味するものか。

 少年が抱え持つその謎は、貴方が望めば、何れは明かされていくかもしれません。


過去を見る花


 ゆらゆらと波打つように、花の香りが漂っている。
薄っすらと目を開ければ、そこは見慣れた――しかしどこか懐古を感じる――庭先だった。
手入れの行き届いた枝振りの中、紅梅が揺れている。
 高峯弧呂丸は片手で頭を押さえつつ、ゆっくりと体を起こした。
確かめてみれば、そこはやはり彼が住む屋敷であり、庭に面した渡り廊下だった。
ああ、漂っていた香は梅のものだったのかと考え、次いで瞬きの後に一人の女を思い出す。
――――いいや、違う。この香は梅のものではない。



 冬枯れた街路樹は、しかしわずかながらに膨らみを覚え、春の到来を感じさせていた。
 高峯弧呂丸は、めずらしく出来た退屈な時間を書店に赴くことで解消し、目をひく一冊の書を買い求めて、家路へと向かっていた。
 雲の多い日であったためか、思ったよりも気温が低い。
その影響もあってか、街をいく人の影も少ない。
不意に吹きぬける風の冷たさに首をすくめ、弧呂丸はふと目を細ませた。
車道を一台の車が走りすぎていく。
風がさきほどよりも強めに吹き、弧呂丸の頬を撫でていく。

 細めた目を開けてみれば、そこは今ほどまでいた街中ではなく、深い森の中だった。
多彩な樹が葉を広げ、足元はわずかにぬかるんでいる。
弧呂丸は束の間驚きをみせたが、すぐに辺りを警戒した。
しかし周りのどこにも怪しげな気配はない。
……いや、正しくは、少女が一人、立っている。
紅色の髪が、森をいく風に舞いあがり、なびいている。
「あなたは?」
 弧呂丸は問いかけたが、少女は微笑するだけで、口を開こうとしない。
代わりにと差し伸べられたのは、一輪の花だった。
赤い色味のそれは、椿のようにも見える。
「……これは?」
 受け取ろうとはせず、弧呂丸はかすかに懸念を浮かべてみせた。
そこで少女は初めて口を開き、わずかに首を傾げた。
「あなたの心の奥にある思い出を覗かせてくれるものよ」
 くつり、小さく笑う。
「私の……思い出?」
 返し、弧呂丸は少女を見据えた。
少女は小首を傾げたままで弧呂丸を見つめ返し、もう一度笑った後に、改めて花を弧呂丸に向けて差し伸べた。
吸い寄せられるように手を伸ばし、花に指をかける。
 ふわりと花の香が漂った。
「いってらっしゃい」
 少女の声が聞こえた。



――――ああ、そうだ。
 少女を思い出し、弧呂丸はついと視線を持ち上げた。
しかしやはりそこは彼が住む屋敷。……多少の違和感が混在してもいるが。
心の隅に沸くこの違和感は何だろうかと思い立ち、渡り廊下から腰を持ち上げて庭先に立った。
「……あの梅の枝振りは、確かもう少しさっぱりしてはいなかっただろうか」
 呟き、眉根を寄せる。
梅の木に目を向ける。口にしたことで、尚更に枝振りに違和感を覚えた。
……と、何の前触れもなく、庭に二人の少年が姿を見せる。
十歳ほどだろうか。仕立てのよい上着をまとい、頬を紅潮させ、少年達は庭先を狭しとばかりに走っていく。
「――――あれは」
 弧呂丸の目が驚愕に見開かれる。
同時に、少年達が弧呂丸の体をすり抜けて、屋敷の表玄関の方へと走っていった。
過ぎていった少年達の背中を見つめ、弧呂丸は持ち上げた片手を、所在なく揺らす。

 少年の内の一人は、子供の頃の弧呂丸本人だった。
そしてもう一人の少年は、今は高峯家を勘当されてしまった弧呂丸の兄だった。

 子供達の笑う声が遠ざかっていく。
弧呂丸は再び静寂が戻った庭で、ぼんやりと、遠のいていく声に耳を傾けていた。
――――そういえば、兄とはいつも一緒だった。
ふと心によぎった感情に自身でも驚き、弧呂丸は小さく笑う。
 あの頃は、私達はとても仲が良かったのだ。


 弧呂丸と兄はとてもよく似た双子の兄弟だった。
もちろん似ているとはいっても、それは容貌の話。性格は正反対だったといっても、過言ではないかもしれない。
どちらかといえば大人しくて消極的だった弧呂丸に対して、兄は快活で気も強かった。
部屋の中で本を読んでばかりいた弧呂丸を、半ば強引に外に連れ出してくれたのも、兄だった。
色々な遊びをしたし、色々な場所に足を運んだ。
二人で泥まみれになって帰り、大人達の驚きをかったこともある。
綺麗な顔立ちをしていた弧呂丸は、近所の子供にからかわれたりした事もあったが、その度に兄が庇ってくれた。
つまり子供の頃の弧呂丸は、いつも兄と一緒だったのだ。

 兄の方は子供の頃の性格に輪をかけて成長し、一層奔放に、道楽的になっていった。
その結果として、兄は高峯家の後継という座を剥奪され――いや、それはむしろ、兄の望む結果だったろう――、後継の座は弧呂丸に譲られ、兄は家を追い出されてしまったのだった。
 家の敷居をまたげなくなってしまうというのに、兄はひどく晴れやかな顔をして、弧呂丸に笑みを向けてきた。
どうしてそんな顔が出来るのか。そう訊ねたが、兄は答えることなく、ひらひらと吹く風のように、弧呂丸の前から去っていったのだ。
 去っていく兄の背中に、弧呂丸は、喉まででかかっていた言葉をかけることが出来ずにいた。
後にはその言葉を、弧呂丸自身が否定するようになったのだが。

 
 ふわりと花の香が鼻をついた。
 弧呂丸は睫毛を持ち上げて梅の木を見やり、その向こうに広がる空を見やる。
 雲一つない青空が、冬の終わりを告げている。
 再び子供達の声が――子供時代の弧呂丸達の声が、庭に向けて近付いてきた。
どこかで転がったのだろうか。いや、覚えている。よく二人で行った、秘密の場所だ。
どろどろになった兄弟が、弧呂丸の体をすり抜けて走り去っていく。
弧呂丸はゆっくりと振り向いて、遊びはしゃぐ少年達に目を向けた。
 勝気で快活、けれども確かに優しかった兄。
 その兄の背中に隠れていた、引っ込み思案な弟。

 やがて二人の道は分かたれてしまうのだけれど。
弧呂丸は微笑を浮かべて二人を見つめ、漂っている花の香りに目を閉じた。


 冷たい風を頬に感じ、弧呂丸はついと目を開けた。
そこは初めに弧呂丸が歩いていた街中で、花などどこにも見当たらない場所だった。
 弧呂丸はわずかに首を傾げたが、何事もなかったかのように足を進めた。
手には書店で買った書が一冊。そして、もうかすかな香りしか残っていない、赤い花が一輪。
……夢ではなかったのだと、紅色の花びらが告げている。

 あの少女が何者だったのか。……たった今まで見てきた光景がなんだったのか。
それは明瞭ではないが、心のどこかが、明かされなくてもいいだろうと告げている。
あの少女には、もしかしたらまたいつかどこかで出会えるかもしれない。
その時にでも明らかになれば、それで充分だろう。

 歩きだし、弧呂丸はふと思い立って、向かう先を変更した。
 家路に着く前に、兄の様子を見に行く時間を取るくらいは出来る。
「なにしろ、放っておくと、いつのたれ死んでもおかしくはない人だしね……」
 言い訳のように一人ごち、小さなため息を一つ。

 その口許が幸福そうに緩んでいたことに、弧呂丸自身も気がついてはいなかったが。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4583 / 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23 / 呪禁師】


NPC: エカテリーナ

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、高峯様。この度はゲームノベルにご参加いただき、まことにありがとうございました。

子供時代を思い出して懐かしく心をあたためてくだされば、と思い、書かせていただきました。
結局はお兄さんのことが好きなのに、なかなか素直になれない弟、といった感じなのでしょうか。
そういった微笑ましいような光景を、少しでも反映できていればと思うのですが。

それでは、また機会がありましたら、依頼やシチュノベなどでもお会いできればと願いつつ。
このノベルで少しでもお楽しみいただけていれば、幸いです。