■愛すべき殺人鬼の右手<one side>■
哉色戯琴 |
【2667】【鴉女・麒麟】【骨董商】 |
「ああ――いらっしゃい、だねぇー」
古殻志戯がぼんやりとした様子で、にこりと笑う。いつもの姿だ。
「あー……すごいねぇ。血の臭い。腐臭。死の臭い。死臭。屍の気配。どこでそんなに殺してきた、のー……? そんなにサイコさんだったとは、知らなかった気分の感じだったり違ったりー」
「志戯、戯言もほどほどにしなさい。それよりも――」
「しぃ、玄夜」
「…………」
……なんだ?
何を今、言い掛けた?
「さて――うん。何かあるなら話ぐらい聞く、よー……僕は何者でも、その存在を揺るがす言霊ぐらいは、探れるからー。もしも何か厄介ごとに巻き込まれているのなら、助言の戯言ぐらいは、繋いであげられるー。まあ、こっちにおいでよ……」
ぽむ、と示されたソファー。
何かが気になる。
このまま、座って、良いのか――?
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□■□■ 愛すべき殺人鬼の右手<one side> ■□■□
「ああ――いらっしゃい、だねぇー」
古殻志戯がぼんやりとした様子で、にこりと笑う。いつもの姿だ。
「あー……すごいねぇ。血の臭い。腐臭。死の臭い。死臭。屍の気配。どこでそんなに殺してきた、のー……? そんなにサイコさんだったとは、知らなかった気分の感じだったり違ったりー」
「志戯、戯言もほどほどにしなさい。それよりも――」
「しぃ、玄夜」
「…………」
……なんだ?
何を今、言い掛けた?
「さて――うん。何かあるなら話ぐらい聞く、よー……僕は何者でも、その存在を揺るがす言霊ぐらいは、探れるからー。もしも何か厄介ごとに巻き込まれているのなら、助言の戯言ぐらいは、繋いであげられるー。まあ、こっちにおいでよ……」
ぽむ、と示されたソファー。
何かが気になる。
このまま、座って、良いのか――?
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「僕はね、これからどれだけ人が死のうと殺されようと皮を剥がれようと骨を奪われ削られようと、本当のところは限りなくどうでも良いんだ」
鴉女麒麟は、きっぱりと、言い切った。
興信所に向かって歩いていた矢先、突然引き込まれた異界。別段珍しいことでもない、帰昔線以来無敵の異界都市と化した東京では、よくあることだ。変死体が見付かったら異能を疑え。自分のフィールドを展開する能力。自分の世界に他者を引き摺り込む、そういう能力に関しては聞き及んでいるのだし。
だから突然妙な場所に自分が存在しているということになっても、別段驚くことではない。否、ここで驚く必要が、まるで無い。相手が自分に危害を加えようと言うのならば薙ぎ倒すまでだし、ただで解放するというのなら少しばかりの退屈しのぎに話に付き合ってやればいい。詰まらなかったら殺して脱出すれば良いのだし。つまり、そう言う事だから、何も取り乱す要素は無い。
見回す場所は、どこかの病院のような造り。玄関から入ってくる夜風はまだ少し肌寒さを残している。受付のような開けた場所で、スプリングの飛び出したソファーに腰掛けているのは、知らない男。乱れた髪にだらしなく肌蹴たシャツと、黒いロングコート。傍らには蒼い鴉を控えさせて。
男は、志戯は、くすくすと笑う。
くすくすと、くすくすと。
空気の漏れるように無感情そうな様子で、笑う。
「うん、そーだろー……ねぇー。なんて言うか、君はー……ハイエンドに到達している、感じー。ミーイズムとかエゴイズムとかそういうものじゃなくてー、ある意味で快楽主義者……退屈と暇を嫌い、鬱屈と隙間を嫌う……トラブルを愛しているわけじゃないけれど、日常よりも異常を好む……飽きるのが、厭だから」
「まあね。永久を所有しているから、とか言うわけではないのだけれど、誰だって暇や退屈が折り重なるだけの無駄な時間なんて嫌いなものだと思うよ。だから興信所だのショップだのと怪しげな場所に出入りして、精々飽きないようにしているのだけれどね。今回はちょっと、予想が外れた心地だよ」
麒麟は自分の腕を見る。
傀儡との遭遇は、ほんの十分ほど前。突き立てられたナイフが肉を刺し骨を貫通したのも大体その頃。だが傷は既に跡形も無く治癒されてしまっている。あの程度の傷ならば、修復にそれほどの時間も掛からない。
痛みが無いわけではない、傷付けられれば神経に電流が走り脳に伝え『痛い』と言う感覚を伝播させる。だが、痛みと言うのは、生物として生存する上での障害になる刺激――でしか、無い。死なない身体、不死身の身体。壊れる事の無い自分。死ぬことが無いから、『生存』への執着に起因する衝撃などどうと言うこともない。痛みとは、彼女にとって、退屈しのぎの刺激でしかないのだ。そういう意味では、雑誌やテレビと同じカテゴリにしか入らない。
自分好みの番組や本を見つけようとする、同じ感覚で自分好みの刺激を欲する。それは戦闘で賄われることが多い。燃やし尽くして焼き尽くして延焼に艶笑を重ね、享楽に狂楽を交え、痛みと傷みに組ませる。それでやっと潰れるのが、ほんの一時の退屈。ほんの一時の暇。思い出して少し笑ったら、あとはもう興味も失せる。次を、探す。
飽きるのが、厭だから。
歩み寄ってソファーの隣に座る。くん、と首を傾げている鴉の頭を軽く撫でた。白濁した目は盲目を悟らせる、そこに映る自分の姿に笑みを漏らす。志戯はくすくすとただ声を零して、ぼんやりと、天井を見上げた。板は剥がれ、電気のコードが垂れている天井。見るものが無いから、何となく彼女もそれを追う。
「飽きる、のはー。一歩手前。飽きることに厭きてしまえば、待っているのは気狂いだけ……だから嫌がる、そこまで行くのを……気狂いは、嫌いー?」
「嫌いだね。狂ってしまったらそれ以降に何か面白いことがあったとしても、何も自覚出来なくなってしまうじゃないか。そんなのは御免だよ、無駄にも程がある。精々正気でこの世を遊びつくすのが良い」
「ふふふー、貪欲……強欲……でもいっそ、清清しいほどー……君は自分の欲求に対して、正直に、あるー」
「と言うか、僕の事はどうでも良いんだよね。目下の課題はあの傀儡、殺人鬼だよ、さー、つー、じー、んー、きー……『鬼』と言う割にはあまりにもあっけなくて、あれじゃあ殺人犯止まりなのだけれどね。折角楽しみにしていたのに、何だか興醒めだよ。これなら興信所の連中を敵に回したほうがよほど楽しめそうじゃないか」
「ああ、確かにそれはそうかも、だねー?」
「あのメイドを筆頭に中々楽しそうだからね。ああ、IO2を敵に回すのだって中々に心惹かれる選択だよ。どんな人外が待ち受けているのか考えるだけでぞくぞくする。逃げても逃げ切れないほどの刺客が、きっと四六時中間断なく間隙なく僕に襲い掛かってくるんだろうね。なんとも心惹かれるよ」
七割方本気の言葉だった。
志戯はそれを察しながらも、ただ笑う。
狂人は笑う。
「僕はね、不安なんだよ」
溜息混じりに、麒麟は呟く。
志戯は相槌も打たない。
ぼんやりと天井を見上げている。
「不安だ。不安で不安で堪らない。押し潰されて狂ってしまいそうなぐらいに深刻な不安だといっても、五割ぐらいしか誇張じゃない」
「中々の戯言……」
「それはどうも。兎も角ね。助言をくれると言うのなら是非ともにお願いしたいところだよ、志戯――」
不安だから。
不信だから。
不毛だから。
「アレはあの程度なのかとね」
「あの程度の能力であの程度の可能性であの程度のスペックで、常人に振るう程度の暴力しか有していない、そんな下らなくてどうでも良いレベルの殺人者なのだとしたら、本当に興醒めなんだよ。僕はそんなことのためにわざわざあのオジサンをからかうのを控えてまで、連中と連携しているわけじゃない。僕はもっと破滅的で壊滅的で絶対的な、そういうものを求めているんだ。そういうものが欲しいんだ。でなきゃ退屈すぎるよ。残虐と暴虐は、僕に対して働くものでなければ意味がない。僕に対してそれを行使出来る者でなければいけない。他の誰かを恐怖させるのではなく、僕を戦慄させるのでなければいけない」
皮を剥ぎ肉を食らい骨を研ぎ脳を煮て屠る如く人を貪る人外の徒。
人外の如き、人間。
文字通りに人間の皮を被り人間の振りをして歩く。
夜を闊歩し女を求める。
それでも、足りない。そんなものじゃ、全然足りない。
退屈から限りなく遠く。
殺しても死なないレベルの。
超越と絶対を僅かでも有するような。
神のような相手でも、まだ足りない。
「君にとって、彼はー……『敵』ではなく、『相手』なんだよねぇ……」
敵対でなく憎しみでなく正義感でなく、そこにあるのは相対であり楽しみであり求戯感。
くすくす、と志戯が笑いを漏らした。
くすくす、と麒麟もまた笑みを漏らす。
青い羽の鴉は、黙って羽繕いをしている。
「そういうわけで、何かくれると言うのならさ。もっとあいつを強くしてはくれないかな、志戯。何か条件があるのなら、それを教えてくれるのでも構わないのだけれど。あいつがいつ、どこで、どんな条件下でなら最大限に力を伸ばせるものか。是非知っておきたいところだからね」
「くふ、くふふ……んー。彼は、ねぇー……満月の夜だけは、自分を解放してたんだよ、ねー」
「ん?」
「満月の日は、自分の牧場で、女性を楽しんだ……皮を被って着飾って女性のように、振舞ったー。それが彼の解放のひと時……それを邪魔してやれば、良いー。あとは、神聖な儀式の最中とか……ねー。女を屠殺する寸前とか……さー」
「ふうん。でも今日だって満月だったのだけれどな。次まで一ヶ月待てとでも?」
「んー……麒麟ちゃんー?」
くすくすと。
へらへらと。
笑みが、零れる。
「満月って言うのはー、一般的に月齢が十四から十六までの間……その三日を、示すー。今日の月齢は十四……それと、一つー。面白いことを、教えてあげよう……」
「うん?」
「因幡恵美ちゃん……だっけー、知ってるよね……彼女が、攫われてるー」
「ふーん」
「生贄がいるんだから、煽るのは容易い……よー?」
一応知人が攫われているというのに、麒麟の反応は淡白だった。
志戯もまた、恵美を道具として見ていた。
くすくすと、二人の笑い声が木魂する。
己の価値観で行動する、狂いの近くを歩く声が響いて消える。
「あー……麒麟ちゃんー、ちょっと手ぇ貸して……すべすべお肌ー」
「痴漢行為なら炭化させるよ?」
「むー、失礼なー。逃がしたくないなら、楽しみたいなら、遊ぶと良いよー……言霊を一つ預けてあげる……ただし、人に迷惑を掛けちゃいけませんー」
「当たり前だよ。僕はこんな言葉を知っている、『不味いものは皆で食え。美味いものは一人で食え』。さしずめ今日のは不味いものだったんだろうね」
「あははー、人肉嗜食はいけませんー」
するりと指先が手首に螺旋を描く。少しだけくすぐったい様子に肩を竦め、麒麟はふっと首を傾げた。
「そういえばさ。君、誰?」
「んー?」
「名前はそこの鴉が言っていたけれど、結局君は誰でここは何処なのかな。すっかり聞くのを忘れていたよ。病院? それにしてはちょっと作りがおかしいけれど――」
「ここはねー、監獄」
志戯は麒麟の手を離す。
「言霊監獄。僕は看守で囚人。強靭なる狂人。さあ、行ってらっしゃい、永久を穿たれた求戯者さん」
「麒麟さん、そっちは興信所と逆方向ですよ」
「…………」
「ちゃんと付いてきて下さいな。草間さんに事の次第を報告しなければいけませんし……鬼鮫さんにも、ですね。やれやれ、骨が折れます」
「ああ、そうだね……」
■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■
2667 / 鴉女麒麟 / 十七歳 / 女性 / 骨董商
■□■□■ 配布アイテム ■□■□■
これが勝利への鍵だ!
☆言霊印
■□■□■ ライター戯言 ■□■□■
こんにちは、ライターの哉色です。閑話までお付き合い頂きましてありがとうございました、早速納品させて頂きます。色々と語り箇所が多くなってしまって認識間違いにガタガタしています、あああわ。オマケ情報やアイテムなどを付けつつ、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼をばっ。
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