■リース式変化術道場■
瀬戸太一 |
【1415】【海原・みあお】【小学生】 |
…あら、いらっしゃい。
客?客じゃないなら回れ右よ、あたしに用はないわ。
客なのね?そうなら早くおっしゃい。あたしは割とせっかちさんなの。
え?ここは雑貨屋じゃないのかって?
そーね、普段はそうだけど、今は見てのとおり、ここの店主も従業員もいないのよね。
どこにいったかって?ンなことあたしが知るわけ無いし、
知っててもあんたに教える道理はないわ。
あんたは何?店主に用事でもあったの?それとも雑貨でも見に来たのかしら。
そのどっちだったとしても、お生憎様。
あたしは店主じゃないし、大人しく店番なんてするつもりは端からないわ。
ふぅん、そう。あんた、単なる暇人なわけね?
ならー…そうね。あたしに付き合ってみる?
あたしはこう見えても魔女なの。ここの店主とは違って、本物の、ね。
ライセンスもちゃんとあるわよ、面倒だから見せないけど。
あたしが得意なのは変化術。動物や植物は勿論、単純なつくりなら、無機物にもなれるわ。
…少しばかり、大きさは制限されるけどね。
でも残念ながら、特定の人間、動物、あとは精密機械にはなれないの。
これは決まりだから仕方が無いのよ。
肝心なのはここからよ、耳かっぽじって良くお聞きなさい。
あたしは、自分が変化するだけじゃなくって…他の人間にも。
そう、例えば目の前のあんたにも、変化の方法を教えることができるの。
ねえ、これって一種のビジネスになると思わない?題して、変化術道場。
…道場の意味?知らないわ、そんなの。いいじゃない、単なるノリと勢いでつけたんだもの。
別にね、あんたに門下生になれっていってるわけじゃないの。
あたし、実は今職を探してる途中でさー…うまくいけば、これを職に出来るじゃない?
だからね、ちょいとテスト代わりに試してみたいのよ。うまくいくかどうか。
言わば、モニターってやつかしら?一日体験ってことで、どう?
心配しなくても、ちゃんと指導はするわよ。
…あんたに、その素質があれば、だけどね?
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リース式変化術道場〜それは色の無い無垢、そして凶器。
いつもは割と賑やかな、決して広くは無い店内。
例によって今日は、あたしがこの店を勝手に占領している日で。
なもんで、今のこの店内にはキーキーと喚く子蝙蝠の鳴き声もしないし、
口煩い小姑みたいな犬の話す声もしないし、悠々と過ごせる筈だった。
さっき、店の扉を開けて客が入ってきたときは、あたしも暇つぶしが出来ると思って
内心嬉しくなったものだけれど。
・・・今は後悔している。
「・・・で、お嬢ちゃん。あんたはここがどういう場所で、これからあたしが何するか分かってる?」
「分かってるよぉ。おねーさんはリースっていうんでしょ。で、何かに変身させてもらえるんでしょ」
あたしは内心頭を抱えて、後ろにあるカウンターに手をついた。
あたしの目の前には、5,6歳程度の少女。
珍しい白銀色の髪と瞳を持ち、店内の照明に照らされて、時折きらきらと瞬いた。
こんな少女でも、・・・いや、こんな小さな少女だからこそ、容姿の差というのは顕著に現れるものだ。
そういう意味では、目の前の少女は非常に恵まれている分類に入る。
でも、如何にこの少女が愛くるしい顔立ちをしていても。
・・・あたしは、子供―・・・とくに10歳以下の子供というものは、全般的に苦手なのである。
だから、溜息をついた。
「・・・何処の誰に聞いたか知らないけどねぇ・・・。
あたしはあんまり親切なおねーさんじゃないのよ。悪いけど他を当たりなさい、他を」
他にもあたしみたいな暇人がいるのかどうかは知らないけどね。
あたしは心の中でそう呟きながら、苦笑を向けた。
さっと先導して扉を開けに行ってもいいぐらいだ。
さぁ、お帰り下さい、お嬢様。
だが目の前の少女は、如何にも不満そうにぷぅと頬を膨らませた。
「えー。お姉様たちばっかりズルイ、みあおも変身したいの!
みあおだけ仲間はずれなんて、そんなのヤだっ!」
「・・・だから、そー言われても、あたしはあんたみたいなガキには―・・・。
ちょっとまって、お姉様?」
みあおと名乗る少女の言葉に、あたしは溜息を付きながら首を振り、
ついつい本音を漏らしそうになった。
だが、みあおの言葉を思い出し、ぴたりと固まる。
同時に、厭な予感が背中を走った。
「・・・そのお姉様っての、もしかして名前に”み”がつかない?」
恐る恐る尋ねたあたしに、みあおは当然、といった顔で頷いた。
「うん、つくよ。お姉様にも、お姉さんにも」
どういう風に名称を使い分けているのかは知らないが・・・あたしの予感は、多分90%ほど当たった。
「・・・お嬢ちゃん、あんたの名前は?フルネームよ」
「海原みあお。リース、知ってたんじゃないの?」
きょとん、とした顔であたしを見上げ、例の名を告げる。
・・・やっぱり。やっぱり海原家絡みなのね。
ああもう、もう一人こんなちっこいのがいるならいるって、事前に言っときなさいよ!
ガッデム、と頭を抱えたあたしを他所に、みあおはニコニコと愛らしい笑顔を浮かべて言った。
「ビデオであの”郵便ポスト”見て、おもしろそーだったから。
ね、みあおも変身させてくれるよね?お金あんまりないけど」
そう言ってあたしに向かって差し出してきた手の中には、昔懐かしいブタの貯金箱。
あたしも良くかなづちで割ったわ、これ。
でもあたしの場合は、もうちょっと禍々しいブタだったけど・・・最近のブタって結構かわいいのね。
あたしは仕方なく、みあおの手から貯金箱を受け取り、耳の近くで振った。
陶器に当たる金属の音。割と沢山はいってるみたいね。
「・・・中身わからないし、割っていい?」
「うん、いーよ。でも中のものまで壊しちゃダメだよ」
みあおがこくり、と頷くのを確認し、あたしはふふん、と鼻で笑った。
このあたしが、そんなミス犯すわけ無いじゃない?
「わーってるわよ、いいから黙って見ときなさい」
あたしはブタ貯金箱をカウンターの上に置き、立てた人差し指を軽く振った。
次の瞬間、パリンと砕け散るピンク色の陶器。
貯金箱のすぐ内側の空間を、少しばかり広げただけで、こんなものは簡単に割れるのだ。
「へぇ。今のって手品?リースって面白いこと出来るんだね」
「手品じゃないわよ、魔法よマ・ホ・ウ。大体これからあんたも、同じようなことするんでしょうが」
あたしはそんなことを言いながら、中から出てきた硬貨を、ひのふのみ、と数え始めた。
数えながら、ふと気がつく。
・・・ちょっとまって、何時の間にあたし、この子に変化術教えることになってんの?
あたしは首だけみあおのほうに向け、じろりと見下ろしてみるが、
当のみあおは変わらずニコニコと愛くるしい笑みを浮かべていた。
・・・やっぱりこの子もタダモノじゃないってことか。
まあ、薄々予感してたことではあるけど。
「・・・1735円。呆れた、全部硬貨じゃない」
「丸いお金じゃダメなの?あっ、あと小粒の真珠とか、サンゴとか、ビー玉も入ってるよ。
みあおの宝物なんだよ、これでもダメぇ?」
むぅ、と口を尖らせてあたしを見上げるみあお。
あたしは暫くその可愛らしい顔立ちを眺めていたが、やがてふぅ、と溜息をついた。
「・・・仕方ないわね、あんたには負けたわ!
確かに他の姉さんたちがやってんのに、あんたにはダメって言える道理はないもんね。
で、みあおちゃん。もうちゃんと変身するモノは考えてるんでしょうね?」
あたしは腰に手を当てて、苦笑を浮かべてみあおを見下ろした。
多分そのときのあたしの表情は、呆れているというより、仕方ないなあ、っていうものだっただろう。
あたしは、目の前の幼い少女が何になりたいと言うのか、少し期待しながら見下ろしていた。
姉さんたちが体験してきた話を聞いて、それで自分もやりたいだなんて・・・。
改めて考えてみると、可愛らしいワガママじゃない?
そんなことを言い出す子供が、何になりたいと言うのか。
それは十分あたしの興味を惹くことで。
「うん、もう考えてるよ。
お姉様が動物で、お姉さんが無機物だったから、みあおは植物かな」
「ふぅん?」
あたしはその言葉を聞いて、少し目を丸くした。
経験上、あまり植物になりたいという人を見たことがなかったから。
だが、そのあとのみあおの言葉は、決してあたしが想像していた”可愛らしいモノ”なんかではなく、
あたしを驚愕させるに十分足るものだった。
「みあおちゃん、いくつか約束して」
「なぁに?」
以前このみあおの姉たちが行ったように、じゅうたんの上にみあおを立たせ、
あたしは珍しく真剣な表情になって言った。
「一つ、変化している最中は騒がない」
「大丈夫だよ。お姉さんが変身してるビデオ、みあお見てきたもん」
「・・・ならいいけど。それから一つ、変化したあとは、店内ではしゃぎまわらない。
多分、あとの掃除が大変だと思うのよ」
「えー・・・うん、分かった。外ではしゃげばいいんだよね!」
「・・・・・・・・・・・・。」
実は三つめの約束事に、決して外には出ない、を追加しようと思ってたんだけど。
どうやらみあおは、初めからこの店の外に出る予定だったようだ。
・・・確かに、折角変化しても、この店の中にずっといるんじゃあんまり意味はないかもしれないけれど。
でも、みあおの変化しようとしているものが外に出ると、
いくらあたしでも収拾つかなくなる可能性があるかもで―・・・まあ仕方ないわね、ここまできたんだし。
「あ、リース。みあおからもお願いがあるんだよ」
「へ?」
みあおはカウンターの上に置いてあるビデオカメラを指差し、
「変身シーン、ビデオ固定して、自動録画しといてね」
「・・・・・・何でよ?一体何に使うつもり?」
「えへへ、それは秘密」
にっこりと微笑を浮かべるみあお。
あたしはそんなみあおをじとっとした目で見下ろし、ハァと溜息をついた。
「わかった、わかりました。あんたたち姉妹は、本当に・・・なんていうか、
あたしの理解範疇を超えてるんだから。もー何でも言うとおりにしちゃうわよ」
「やった!リース、お願いね」
嬉しそうな顔ではしゃぐみあおを眺め、あたしはもう一度溜息をついて、ビデオカメラの設定を始めた。
ちなみにこのビデオカメラは、みあおが持参したもので、例によって例の如く”お土産映像用”らしい。
というわけで、あたしは今回も撮影役なのだ。
ま、一緒に変化するわけじゃないからいいけどね。
ったく・・・なんであんなのになりたいだとか思うのかしら。
「はい!セット完了。みあおちゃん、覚悟は良い?」
「いつでもオッケーだよ!ほら、はやくやろうよ」
みあおのほうに振り返り、逸る彼女を見下ろした。
あたしはこれから訪れるであろう惨状を予想して、思わず引きつり笑いを浮かべる。
海原みあおがなりたいと願ったもの。
それは、今現在この日本の大多数の国民を苦しめている、例の花粉。
彼女的には、”時期ネタ”らしいが―・・・ごめんなさい、ワールズエンド周辺の皆さん。
これからあたしは、悪魔の幼女の手先となります。
まあ、例によって例の如く、あたしはその病にはかかってないんだけどね?
つまりはタダの人事ってワケ。
みあおが、その病に苦しんでいる人たちからの逆襲を受けないことを願うわ。
その病とは――・・・・・・花粉症。
■□■
「ねえリース、ちゃんと撮ってるぅ?」
「撮ってるわよ!赤いランプもちゃんとついてる。
いいからあんたは、変身に集中なさい!」
「はぁーい」
何とも気の抜けたやり取りだが、あたしのほうは真剣だ。
何せ只今みあおの小さな身体が、ざわざわと波打っている最中なのだから。
しかし当のみあお本人は、至って平気のようで、のんびりとした声を出してくる。
「えへへ、あとでビデオ見るの楽しみだなーっ。
みあお、ちゃんと変身してる?」
「してるわよ、あとでちゃんと確認できるから、今は集中して!お願いだから!」
みあおが今回望んでいるものは、”なりそこない”ではない。
いや、立派な植物にも関わらず歩き回ることを目的としているのだから、
ある意味で言えば”なりそこない”にあたるかもしれないが。
だがみあおが目指しているものは、完全な植物でありながらも歩くことが出来る存在。
そんな限りなく完全体に近い”なりそこない”を作るのは、非常に神経を使う仕事なわけで。
それをこの当のみあおは、分かっているのかいないのか、楽しそうな声をあげるものだから。
「集中しないと、あんたのおねーさんみたいに変な物体になっちゃうわよ!
それでもいいの?」
「あれもあれで可愛かったよ?
でもみあお、着ぐるみ着てるみたいになるのはイヤだなぁ」
「でしょう?ならちゃんとイメージするの」
だがあたしは、この変身は間違いなく成功すると感じていた。
既にみあおの体は、ごつごつとした樹皮に覆われ始め、
伸ばした細い腕は、見る見るうちに枝へと変化していた。
みあおの胸の中央辺りから始まった変化は、みあおが楽しげな声をあげている間に彼女の全身に広がった。
枝と化した両手の先からは、硬そうな葉とその先端についている小さな丸い雄花。
あの花から、悪魔の粉が撒き散らされるのだ。
あたしは内心、自分があの花粉症とやらにかかっていないことに、至極感謝していた。
やがてみあおは、くっと顎を突き出し、その白い首元を露にしたかと思うと、
その一瞬後には頭上にこんもりとした葉を茂らせていた。
あたしはその見事な変化に、思わず口笛を吹いた。
「さすが、海原家の子ね。あんたも才能あるんじゃない?」
あたしの目の前には、まだ完全には成長しきっていない、若々しい杉の木が在った。
それにはあの白銀の髪を持つ少女の面影は、何処にも無い。
みあおだった杉の木は、幹を揺らしてざわざわと葉を鳴かせた。
それと同時に、あたしの頭の中に響く、楽しげな少女の声。
『ホント?ねえ、みあおちゃんと変身できた?』
「ちゃーんと立派な杉の木よ、みあおちゃん。教えてないのに念話も出来るんだから、大したもんよ」
完全に杉の木と化したみなもは、口がないから喋ることは出来ない。
だから、あたしの脳に直接言葉を送る。
植物や無機物に変化した場合にはその必要があるのだが、
あたしはそのことを、まだみあおには告げていなかった。
だが目の前の少女は・・・いや少女だった若木は、まるで感覚的に感じたように、あたしに言葉を送る。
それは子供ながらの無自覚故か、もしくはみあお自身の秘めた能力のせいかは、あたしには分からない。
まあ、植物自体に、元々こういう精神的能力を助けてくれる力があるから、そのおかげかもしれないけれど。
とりあえず、みあおは変化に成功した。
そのことに、あたしは素直に感嘆の拍手を送った。
「おめでと、みあおちゃん。で、どうする?あたしとしては、このままジッとしていてくれてもいいけど」
この付近の住民たちのためにもね。
あたしはそう心の中で呟くが、みあおはまるで首を振るように葉を揺らし、
『みあお、歩き回りたいって言ったよ?それにリース、ビデオ撮ってくれるんでしょ。
もう忘れたの?案外リースって呆けてるんだね』
「・・・バッカ言わないでよ!忘れてるわけ無いじゃない?
あたしはねえ、あんたの花粉を心配して―・・・ってまあ良いわ。
あたしには関係ないし!あんた、花粉症の人たちから伐採されないようにしなさいよ!」
あたしはみあおの言葉に憤慨してそう叫ぶが、みあおは全く気にしていないように葉を揺らすと、
『あはは、大丈夫だよ。みあお、そう簡単には伐採されないもん』
「あ、そー・・・あたしは守らないわよ?」
『だーいじょうぶ、だいじょうぶっ。ほら、早く行こうよ』
そうあたしの脳内で言うと、みあおはズドン、ズドンと幹を左右に動かしながら、
足代わりのむき出しの根を器用に動かし、ゆっくりと歩き出した。
あたしはその様子を半眼で眺めつつ、みあおが今まで立っていた場所に目を向けた。
そのじゅうたんにはくっきりと、みあおの根の形で痕が残り、
みあおの進行方向には彼女の葉が撒き散らされていた。
・・・果たして、これはどうやって誤魔化そうかとあたしが頭を抱えたとき、
店の玄関のほうから、ばりばりという音が響いた。
慌ててそちらのほうに目を向けると、あたしは大口を開けて固まった。
「ちょっ・・・!みあおちゃん、ちょっとまって!待ちなさい!」
そう叫ぶと、あたしは慌ててみあおのほうに駆け寄った。
みあおは一応歩く・・・というか半分幹を引きずるように動くことはできるが、
枝を手足のように使うことは不可能のようで、ドアを開けるのに四苦八苦していた。
挙句の果てに、幹を使ってドアに体当たりをかまそうとしていたものだから、
あたしは大慌てでドアノブをひねり、みあおを外に出した。
「もう、ドアまで壊されたら、あたしはなんて言い訳すりゃいいのよ!」
『え?だってリース、魔女なんでしょ?こんなのパッと直せばいいじゃん』
「あたしはこういう修復するよーな術は苦手なのよ!
ほら、早く外に出て。この店は杉の木を大量生産しているなんて噂が立ったらどうすんのよ」
『あはは、そしたら大変だね!だいじょーぶだよ、人の噂を75日っていうし』
「・・・あんたはもう、人事みたいに・・・」
あたしはハァァ、と深い溜息を吐いて、ドスンドスンと地響きを立てて、
目の前の道路に降り立つみあおを眺めていた。
そして改めてこう思う。
・・・やっぱり苦手だ、子供は。
■□■
『あっははは、こうやって歩くのって楽しい!
ねえリース、周りはどうなってる?みあお、見渡せないの』
「周りはそーねえ・・・」
あたしはビデオカメラを抱えながら、ぐるりと360度回転してみた。
勿論、ビデオカメラには、周囲の様子がばっちり映っている。
「阿鼻叫喚、ってところかしら。あんた魔性の女ね」
『今は魔性の木、だよ。ふぅん、みんな大変なんだね』
「・・・明らかにあんたのせいでね」
あたしは再びみあおに照準を合わせ、引きつり笑いを漏らした。
あたしたちの周りでは、くしゅんくしゅん、と絶え間なく誰かがくしゃみをする音が響き、
ぐすぐすと鼻を啜っている音もした。
勿論、通りすがる通行人は、みあおの姿を確認すると
皆それぞれ驚愕の表情を浮かべ、一目散に逃げてゆくのだが、
みあおの撒き散らす花粉は、風に乗ってほうぼうに届いているらしい。
「あーもう、このご近所だけ、花粉警報最大ね。ご愁傷様、近所の皆さん」
『大丈夫だよ、みあおがいなくても花粉警報はあるもん』
「あーそうですね。でもみあおちゃん、いくらなんでも歩き回って花粉を撒き散らす木は無いわよ。
あんたのおかげで、ここら辺りの花粉症被害は甚大ってこと、わかってる?」
『わかってるよ?でもみあお、時期ネタは押さえなきゃっと思ったの。
それに、杉の木になれる機会なんて草々ないもん』
「まあ、そーでしょーねえ」
あたしは呆れたように溢し、再度カメラを構えた。
通行人の哀れな様子と、みあおの楽しげな様子が全く対照的だ。
確かに時期ネタつったらそうだけど、何が楽しいのかしら、全く。
と心の中で呟くあたしの身体が、何処と無く重い。
重いというか、むしろダルい。
まさか風邪?確かに健康的な生活をしているとは言えないし、別に大して気をつけちゃいなかったけど。
でもこんな、いきなり引くなんてことがある?
「・・・っくしゅん!」
あたしはビデオカメラを構えながら、大きなくしゃみをした。
そのあたしのくしゃみに、ズドン、とみあおの動きが止まる。
あたしのほうを振り返るようにざわざわと葉を揺らしながらみあおが幹を動かすと、
それにあわせるように、あたしはまたもや盛大なくしゃみをした。
「っくしゅん、くしゅ!何よ、やっぱ風邪かしら…っくしゅ!」
『リース・・・』
あたしの脳内で、呟くようなみあおの声が響いた。
あたしは眉を顰めて問い返す。
「何よ?」
そういいながらも、あたしは鼻をぐすぐすと言わせていた。
いつの間にか鼻にはまで来ていたらしい。
『それ、風邪じゃなくて、花粉症じゃないの?』
「・・・・・・・・・・・・」
あたしはみあおの言葉に、ぴたりと固まった。
激しいくしゃみ、鼻づまり、そしてたまらなく痒くなってくる目。
これは、もしかして・・・もしかしなくても。
「ま、まさか!イヤなこと言わないでよ、あたしは今までなったことなかったのよ、なのに・・・」
『花粉症って、いきなり発症することもあるんだって。
もしかしてみあおのせいかな?ね?』
そういいながらも幹を動かし、葉を揺らすみあお。
そのたびにあたしはくしゃみが止まらなくなり、ずるずると鼻をすすった。
「わ、わかったから・・・!お願い、やめて!」
なんで、あたしが、こんな目に!
みあおはそんなあたしを楽しげに眺めるように身体を揺らし、
『リース、これから大変だねっ。みあお、一応同情しちゃう』
「なら葉っぱ揺らすのやめなさいっ!はっ・・・くしゅんッ!」
あたしは半泣きになりながら、叫んだ。
これだから―・・・子供はキライなのよッ!!
■□■
そして数時間後。あたしは毛布を被り、人間に戻ったみあおと向かい合って紅茶をすすっていた。
あたしは風邪を引いたようにぐすぐすと鼻を鳴らしていたが、
みあおはあたしと対照的にさっぱりとした笑顔だ。
あたしはそんな笑顔が小憎たらしくて、じろりと睨みながら言った。
「あーもう、あんたのせいで、あたしはこれから花粉と戦わなきゃいけないのよ・・・。
どーしてくれんのよ、全く。っくしゅ!」
「あはは、ごめんねえ。でもだいじょーぶだよ、今は良い薬も一杯あるし!」
「あたしを誰だと思ってんの?こんなの魔法薬で治すわよ・・・っくしゅ。
でも花粉症に効く薬なんてあったかしら」
これから部屋に篭って、研究しなければ。
造薬術は得意じゃないけど、何とかしなきゃいけない。
これから毎年花粉で悩まされるなんて、冗談じゃないわ!
「あーそうそう。忘れるトコだった」
あたしは椅子から立ち上がり、毛布を引きずってもそもそと動いた。
そしてみあおのほうに戻ると、彼女の手にあたしが持っていたものを握らせた。
みあおは自分の手の中のそれを眺めると、あたしのほうを見上げた。
「これ、リースにあげたんだよ?何で?」
「それは自分の宝物でしょ。いくら魔女でも、宝物までとりゃーしないわよ。
こんな術、そこまで対価が必要なものでもないしね・・・大切に取っときなさいよ」
みあおに握らせたのは、あたしが割った貯金箱に入っていた、
小粒の真珠やら、サンゴやら、ビー玉やら。
いくらあたしでも、こんな子供から全財産を取り上げるようなことは、
気持ちが咎めるというか・・・まあ、そんなわけで、あたしはニッと笑って見せた。
「料金は1735円です、毎度あり」
みあおは一瞬、きょとんとした顔であたしを見上げたが、
すぐにニッコリと微笑んだ。
「・・・うん、ありがと!みあお、大事にするよ。今までも大事にしてたけど」
「はいはい、そーでしょうね」
あたしはみあおらしい言葉に苦笑を漏らし、もそもそと動いて椅子に戻った。
そして改めて、みあおに尋ねる。
「んで、どうだった?杉の木ちゃんになった感想は」
宝物を大切そうにスカートのポケットに仕舞っていたみあおは、
あたしの言葉に首を傾げた。
そして暫し考えた後に言う。
「んーと・・・楽しかったけど、こういう変身はある人がされるのが好きかな」
あたしはみあおの言葉に、うん?と首を傾げた。
「ある人?・・・もしかして、例の郵便ポストちゃんじゃあ・・・」
「あはは、それはご想像にお任せ、だよ」
みあおはそう言って、自分のカップの紅茶に口をつけた。
そして、ニッと・・・まるでいつかの漆黒の少女を思わせるような微笑を浮かべた。
「そういう時って、みあおにも頼ってくれそうだもん・・・ね?」
「あ、そー・・・な、なるほどね」
あたしは思わず引きつり笑いを浮かべた。
あたしは、子供は苦手だ。
だけど目の前の少女の将来は、楽しみだ。
そういう意味では、少しこの少女のことが気に入ったといっても・・・過言ではない。
だけどやっぱり、苦手。
お願いだから、二度と杉の木になろうなんて考えは、持たないで下さい。
end.
●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【1415|海原・みあお|女性|13歳|小学生】
●○● ライター通信
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みあおさん、今日和。
今回は当依頼に参加して頂き、有り難う御座いました。
お姉様方に続いてのご依頼ということで、
それを踏まえながら書かせて頂きましたが、如何だったでしょうか。
楽しんで頂けると非常に嬉しく思います。
個人的にみあおさんの将来は中々有望だと感じましたので、
リースのほうも少々圧倒された模様です。(笑)
録画したビデオが、また有効活用されることを祈りつつ。
それでは、またどこかでお会いできることを祈って。
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