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■お見舞い日記 〜美少女編〜■

朝霧 青海
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
「友達のお見舞いに行ってくれない?」
 Y・Kカンパニーの談話室で、シティ内の女子高生・西野 皐月(にしの さつき)が話を持ちかけてきた。
「藤野 美鈴(ふじの みすず)って言うの。このそばのマンションで一人暮らししてるんだけどさ、ずっと風邪引いてて家事とかロクに出来ない状況にあるのよ。あたしも手伝ってあげてるんだけど、ここのトコ、バイトが忙しくてあんまり行けなくてね。明日行く事になってるんだけど、誰か、友達のお見舞いも兼ねて、一緒にお世話してくれるといいなーって」
 皐月は一枚のメモ用紙を取り出し、そこに文字を書き始める。
「まず掃除でしょ、洗濯でしょ、料理の支度も。あ、でも彼女あんまり食欲ないみたいだから、軽いものでお願い。自分達の食事は、買うなり台所勝手に使って作るなりしていいって事だわ。あと、最近すっかり塞ぎこんでて、元気付けて上げると嬉しいな。彼女、賑やかな事は好きだから。趣味は、旅行みたい」
 皐月はマンションへの地図を書き、皆に見せた。その場所と言えば、Y・Kシティでも指折りの高級住宅地である。
「当日は現地集合って事で。美鈴の両親って、どこかの社長らしいのよね。女子高生のくせに、一人で3LDKのマンションに住んでるんだからビックリよ。彼女のお世話の為に使ったお金は負担してくれるって言うから、時間があるならお願いしたいわね。誰が行ってくれる?携帯で彼女に連絡とっておくわ」
 携帯電話を取り出して、皐月が画面を確認している。
「彼女、凄い美人なのよね。美人で金持ちで病弱な女の子って、男心をくすぐるのかしらね。あ、ダメよ、彼女自分が本当に惚れた人とじゃないと付き合わないって言ってるし。ふ、いいわね、あたしもそういう、もててもてて仕方ないような立場に、なってみたいわよ」
 皐月はせつなそうな目で、どこか遠くの方を見ているのであった。
『お見舞い日記 〜美少女編〜』



「友達が病気なのか?そうか、じゃあ、俺も何か手伝うよ。少しは元気付けられるだろうしさ」
 黒い髪に赤い瞳が特徴的な青年、谷戸・和真は普段は自分の楽しめる依頼しか受けないのだが、女性の頼みには弱く知人である西野・皐月の頼み事もついつい引き受けてしまった。
 性格はぶっきらぼうで、人との接してコミュニケーションを取るのは苦手。さらに和真は部類の怠け者で、大方の判断の基準は、自分が面白いかそうでないかということであった。
「あたし料理とか駄目だしさ。良かったわ、本当に。一緒に行ってくれる人が見つかって」
 皐月が可愛らしく、軽く肩をすくめて見せる。
「で、その友達の家って言うのはどこにあるんだ?」
 和真がそう尋ねると、皐月がポケットから折りたたんだ地図を取り出してみせる。
「これはそうよ。当日は現地集合ってことで。あたしの他に、もう一人友達が来る事になってるんで、3人でね」
 皐月はそう言って地図を渡すと、和真ににこりと笑って去っていた。もう家へ戻るのかもしれない。
「病に伏せる令嬢か。さてどうやって楽しませてあげるかな。それに看病だし、色々買い揃えていかないと」
 皐月の後姿を見送った後、和真はY・Kシティのショピングモールへと向かい、お見舞いへ行く時に持っていく物を買うのであった。



 翌日、和真は本を数種類棚から持ち出し、それを袋に詰めた。和真は誘蛾灯という名前の古書店を経営していた。古書店というのは仮の姿で、本当は祓い屋なのであったが、書店であることには違いないのだから、店には色々な本があった。皐月から、美鈴の趣味が読書であると聞いて、自分のところにある本を土産に持っていこうと思ったのだ。
「それに、旅行も好きだと行ってたっけな。旅行の本を持っていったら、喜ばれるかもしれない」
 和真は本を読んで喜んでくれている女の子を心に描きながら土産の本を選ぶと、時計を確認し、荷物を抱えて待ち合わせ場所へと向かった。

「よう、もう来ていたんだなお前」
 和真が待ち合わせ場所であるマンションの前に到着した時、すでに皐月の姿があった。
「もう一人の友達はまだみたいだな?」
 皐月以外の人影はないなと、和真はあたりを見回しながら呟いた。
「用事があって、それを終わらせてから来るような事言ってたし。そんなに遅くはならないと思うけど。って言うか、随分色々持ってきたのね?」
 和真の持っている紙袋に視線を向けて、皐月が言った。
「ま、色々な」
 そう答えた時、道の向こうから落ち着いた色合いの着物を着た、顔立ちの綺麗な黒髪の少女が、やはり荷物を持って近づいてきた。
「あ、撫子ちゃんおはよ!」
「その方は、どなたですか?」
 和真はその少女と目が合ったので、すぐに返事をした。
「俺は谷戸・和真って言うんだ、よろしくな」
「こちらこそ。わたくしは天薙・撫子と申します。どうぞよろしくお願い致しますね」
 笑みを浮かべて和真に挨拶を返した撫子も、和真の足元に置いてある紙袋に視線が向いているようであった。撫子を見ながら、こういう人を大和撫子って言うのかもしれない、皐月と年齢が同じぐらいのようだが、全然違うな、と和真は思っていた。
「和真もね、手伝ってくれるって言うから。力仕事とかやってもらおうと思って。じゃ、全員揃ったし、中へ入ろうか」
 先頭に立ってマンションに入る皐月とに続いて、和真と撫子も中へと入った。
「なかなか広くて綺麗なマンションなんだな」
 和真が呟いた。そのマンションは入り口も広くまるでホテルのようで、セキュリティも万全なこのマンションに、普通なら女子高生が一人で住む事など出来ないだろう。皐月に聞いた通り、美鈴という少女がかなり裕福な暮らしをしているという事が、このマンションを見ただけで想像がついた。
 エレベーターで上の階へと上がり、和真達は表札のないドアの前まで来た。
「ここがそうなんだな。名前が書いてないみたいだが」
「女の子の一人暮らしだからね。なるべく名前は表に出さないようにしてるんだって」
 皐月が答えるの聞いて、和真が頷く。
「なるほどな」
 皐月がチャイムを押し、少々声を大きくして言った。
「来たよ、美鈴ー!」
 やがてドアが開き、中からパジャマにピンクのガウンを羽織った黒髪の少女が出てきた。撫子に似た、綺麗な髪の毛をしているが、何となく艶を失っているようにも見えた。それに、顔色もあまり良くない。
「ありがとう皐月ちゃん。お友達の方もどうぞ、中へお上がりください」
 部屋の中は聞いた通り、一人で住んでいるにしては部屋がいくつもあり、病気で動けなくなると掃除もロクに出来ないんだろうなと、和真は思っていた。
「初めましてだな。俺は皐月の知人で谷戸・和真って言うんだ。よろしくな」
「有難う御座います、和真さん。私の為に本当に申し訳ありません」
 本当に申し訳なさそうに、美鈴が顔をゆがませる。こんな時に、何て言ったらいいのか、和真は言葉が思い当たらず、「気にするなよ」と、たった一言だけをやっと返したのであった。
「わたくし、今日は良いお茶を持ってきましたの。知人から頂いたものなのですが、どうぞお召上がりください。少々、台所をお借りします」
 撫子は席を立つと、持ってきた茶と急須を持って台所へ向かっていき、ちょっとしてから戻って来て、たすきを自分の紙袋から取り出して動き安いように着物を縛り、三角巾を頭につけていた。
「何だ、撫子、もう始めるのか?」
 きょとんとした顔をして、和真が尋ねた。
「はい、先にどんどん片付けて、後でゆっくりしようと思いまして。台所に大分食器が溜まっていますので、わたくし、そこから片付けますわ」
 そう答えると撫子は台所へと戻り、がちゃがちゃと音が聞こえ始めたところを見ると、食器洗いを始めたようであった。
「じゃあ、台所の方は撫子に任せよう。なあ、美鈴さん、本が好きなんだろう?俺、本屋やってるんだよ、店から本をいくつか持ってきたんだ」
 紙袋から、和真は何冊かの本を取り出し、それを美鈴へと渡した。
「私のために?嬉しい…!」
 皐月の美鈴は近くで見ると、本当に美しい少女であった。和真は旅行関連の本を持って来たのだったが、美鈴はたまに咳をしながらも、楽しそうに本を読んでは、元気になったら私もこの本の場所へ行ってみたいと、目を輝かせていた。
「旅行でどんなところへ行ったんだ?」
「アメリカやイギリス、南アメリカも行きました。国内も沢山。年に2,3回は旅行に行くんです、私」
「そうなのか。俺はまあ、探偵みたいにして、色々出かけたりするけどな」
 和真がそう言うので、美鈴が驚いたような表情をする。
「和真さん、探偵さんなんですか?」
「いや、真似ごとみたいにしてな。何て説明していいか自分でもよくわからないが」
 とにかく、話し相手になってあげようと、和真は懸命にコミュニケーションを取って、優しく美鈴に接しようと心がけていた。
「あれ、いい香りしない?」
 皐月が台所に首を向けていた。
「撫子が食事の支度をしているんだろうな。何を作っているんだろう」
「よくわからないけど、撫子ちゃんは和食が得意だから、和食でしょうね」
 和真の問いかけに、皐月が答える。
「じゃあ、その食事が出来るまでの間に、俺がプチ旅行をさせてやるよ」
「プチ旅行ですか?」
 不思議そうな顔をして、美鈴が和真の顔をじっと見つめていた。
「見ればわかるさ」
 一言だけそう答えると、和真は懐から符を取り出してそれに念を込め、それを近くの壁へと貼り付けた。
「何か見えないか?」
 しばらく黙っていた美鈴であったが、次の瞬間、あっという歓声と驚きの混じった声をあげた。和真は霊符のひとつ、幻術符を使って、美鈴のまわりに外国の景色を作り出したのだ。
「凄い!あんた、こんな能力あるんだ!凄いよ!」
 美鈴の隣にいた皐月も、口をあけたまま幻に見入っているようだった。
「色々なものが作り出せる。もうちょっとレベルが上がれば、手で触れた感覚も作り出せるようになるんだけどな。ただ、それは解くのにも時間がかかるんだ。だから、よっぽどじゃないとやるつもりはないが」
 楽しそうにしている二人を見て、何となく和真も楽しい気持ちになる。イギリスのロンドンの町並み、エジプトのピラミッド、中国の万里の長城や北海道の大自然、八丈島の美しい海。次々と色々な景色を作り出しているうちに、皐月が目を輝かせながら和真を見つめた。
「ね、一回だけでいいわ。感覚のある景色を作り出して?」
「皐月ちゃん。さっき、和真さん、よっぽどでないとやらないって」
 楽しい思いをして、元気が出て来たのだろう。美鈴は先程よりも張りのある肌になり、咳も少なくなっているようであった。
「え、少しならいいじゃないの、ねえ、和真さん♪」
 可愛らしい声で皐月が頼み込むので、子供や女性に弱い和真は、つい聞いてあげたくなってしまう。
「わかった、ほんの少しだけな。どこへ行きたいんだ?」
「美鈴、あんたが決めなよ」
 嬉しそうな表情で、皐月が美鈴の方へと振り返った。
「本当によろしいのでしょうか?それなら私、ナイアガラの滝を見てみたいです、近くで」
 心配そうな顔をして、美鈴が答えた。
「わかった、ナイアガラな。ちょっと待ってろ」
 和真はさらに符に念を込めた。とたんに、部屋にナイアガラの大地の裂け目のような滝が現れ、和真達はその巨大な滝の前で冷たい水しぶきを感じるのであった。爆発音のような音もリアルに聞こえ、美鈴と皐月は興奮しっぱなしのようで、ずっと騒いでいた。
 少ししてから、和真は術を解いた。すると、滝はぱっと消えてなくなり、元の美鈴の部屋が現れた。
「もう終わり?つまらないわね!」
「これ以上やると、解くのに手間がかかってしまうよ。このあたりにしておいてくれ」
 短時間とはいえ、リアルな幻を作り出したので、やはり解くのに時間がかかってしまった。皐月達は残念がっているが、このあたりでやめておこうと、和真は思った。
「さ、皐月。遊んだところで、少し片付けを。ちょっと散らかっているだろう、ここ」
 生活用品が多少散らばっている部屋を見回しながら、和真は皐月に言う。
「わかったわよ。でもまた今度それやってよね?」
 皐月は残念そうに言いながら、部屋を片付け始めた。
「藤野さん、皆さん、食事の用意が出来ました」
 その時、台所から撫子が顔を出した。
「和真さん達は、ここを掃除して頂いていたのですね」
「そっちが料理作ってるからな」
 ごみをまとめながら、和真が答えた。
「いい匂いだな。少し休憩するか?」
 撫子が雑炊を椀に盛り付け、盆に載せて和真達へと雑炊を運んできた。
「撫子ちゃん、これとっても美味しいよ!料理超うま!」
 皐月が驚いたように撫子に言う。
「有難うございます。食欲がないと聞きましたので、あっさりしたものを作ったのですが」
「俺はお代わりをもらおうかな」
 和真がそう言って、撫子に雑炊を盛り付けてもらった。
「撫子さんの料理を食べて、少し元気が出たようです」
 嬉しそうな表情で、美鈴は軽く頭を下げた。
「良かったですわ、わたくしもどんなお料理が宜しいかと、あれこれと考えておりましたから。さあ、お茶もどうぞ。これはインドのグリーンティーです」
 と言って、撫子が茶の袋を皆に見せた。
「インドのグリーンティーは、カテキン類を豊富に含んでいて、爽やかな飲み心地で人気があるんですよ」
「そうだ、俺、桃と林檎持ってきたんだよ。今、ちょっと切って来るからな。風邪に利くと思うしな」
 茶を飲んでいた和真は、立ち上がって台所へ行き買ってきた桃と林檎を人数分に切ると、皿に盛り付けて皆へと運んだ。
「和真さんも、お料理が出来るんですね?」
 美鈴が驚いたように和真を見つめていた。
「これでも自炊しているからな。こういうことは毎日のようにやってるんだよ。昔、俺の母親が桃と林檎の雑炊を作った事があるんだよ、あれは不味かったな」
 林檎を口にしながら、和真が昔を思い出しながら懐かしい気分に浸っていた。かつて母親が作った雑炊。どんなものなのだろうと食べたら、強烈な味が口の中に広がった。それも今では和真にとっては、楽しい思い出なのだ。
「ま、さすがにここでそんなびっくり料理は作らないけどさ。ん、美鈴さん、だいぶ元気になったんじゃないのか?」
「皆様が色々とお世話にしてくれたり、楽しませてくれたからです。私、すぐに良くなりそうです」
 にこりとして、美鈴は皆に元気な笑顔を見せた。
「まだ洗濯物が残ってるのよ、それも片付けちゃいましょ」
 皐月が部屋の隅に積まれた洗濯物を指差した。
「そうですね、あれだけやったら失礼させて頂きましょう」
 撫子は洗濯物を洗い、皐月は皆が使った食器を片付けた。その間に、和真が溜まっていたゴミを捨てて、部屋はかなり片付いたのであった。
「撫子ちゃん、きてくれてありがと。助かったわ」
「皆さん、本当に有難うございました。今度、私がすっかり良くなったら、お礼をさせてくださいね」
 片付けもすっかり終えて家から出る時に、皐月の言葉の後、美鈴が嬉しそうな顔で和真達に語りかけた。
「ちょっとは元気になったか?俺も楽しく過ごさせてもらったよ、早く病気治せよ?」
 相変わらずのぶっきらぼうな口調で和真は美鈴にそう言うと、美鈴のマンションを後にして、それぞれの家へと戻るのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【4757/谷戸・和真/男性/19歳/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】
【NPC/西野・皐月/女性/17歳/高校生】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 谷戸・和真様
 
 こんにちは。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き有難うございました!
和真さんの女性に優しいところをどう表現しようかと、なかなか苦労しておりました。コミュニケーションがヘタという設定を、その中にどう生かしていくのかが難しかったですね。
設定では、皐月の知人ということで登場して頂きました。また、符を使って幻を作るシーンなのですが、符をどうやって使うのかよくわからないので、あのような形になりました。頭に貼るのかな、とも思ったのですが、間違っていたら申し訳ないです(汗)
 また、もう一人の参加者、天薙・撫子さんの方は撫子さん視点のノベルになっていますので、そちらもよろしければご覧ください(笑)

 それでは、少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。今回は本当に有難うございました!