■ワンダフル・ライフ〜特別じゃない一日■
瀬戸太一 |
【4379】【彼瀬・えるも】【飼い双尾の子弧】 |
お日様は機嫌が良いし、風向きは上々。
こんな日は、何か良いことが起きそうな気がするの。
ねえ、あなたもそう思わない?
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ワンダフル・ライフ〜きみとイン・ザ・スカイ
「母さん、今日は暖かいのね」
開け放した窓から入ってくる暖かな日光に、何処となくくすぐられているのか、
リネアは私に輝いた顔を見せた。
「そうね、そろそろ暖炉も終わりかしら」
私はちろちろと微かに燃えている暖炉の火を覗き、
このまま放っておいてもいいのかもしれない、と思った。
リネアの言うとおり、あの寒かった冬が嘘のように、今日は暖かな陽気に包まれている。
そろそろ、春がやってくるのだ。
「リネア、日本には四季っていうものがあってね」
「知ってる。もうすぐハルが来るんでしょ!銀兄さんに聞いたの。
ねえ、ハルって何?何があるの?」
安楽椅子に腰掛けている私の膝にぼふん、と乗り、リネアは青い目をキラキラとさせた。
私はそんな娘の表情を見て、思わずクスクスと笑った。
「春はステキなものよ。全てのものが活発になり、生の歓びを謳うの。
花は咲き乱れ、閉じこもっていた草が芽を出し、虫や鳥たちは春の訪れを祝うわ。
お花見っていう日本の伝統行事もあるのよ。
満開の桜の下で、みんなで楽しく騒ぐの」
「へぇー、リネアもやりたいなあ。ねえ、いつ来るの?いつお花見、やれるの?」
急かすように尋ねるリネアに、私は声を上げて笑った。
そして十分肩にかかるほど伸びたリネアの髪を撫でながら、
「もうすぐよ。ある日突然来るのじゃなくて、だんだんとやってくるものよ。
そしてふと、ああ春だなあ、って思うのよ。リネアも待っていることお日様は知っているから、
きっとすぐにやってきてくれるわ」
「ふぅん。じゃあもうすぐなんだね!明日かなあ、明後日かなあ」
くすぐったそうな笑みを浮かべて、私の膝に顔を埋める。
私はそんなリネアの髪を撫でながら、このまま春が来てくれればいいのだけど、と思っていると、
玄関のほうから聞きなれた音が響いた。
カラン、カラン…。
「あっ」
その音にいち早く気付き、リネアはパッと顔を上げて玄関のほうに振り返った。
そしてそこに立つ人影を認め、ぱぁっと明るい顔を見せる。
「えるもちゃんだ!いらっしゃいませっ」
リネアはぱっ、と私から離れ、玄関のほうに駆け寄っていった。
私はリネアの言葉に、見知った少年の顔を思い浮かべる。
えるも、と言う名で思い浮かぶのは只一人。
彼瀬えるも。まだ幼いが、その分とても素直で思いやりがある、優しい子。
リネアと歳が近いこともあり、仲良くしてもらっているようで私はとても嬉しいのだけれど、
一体今日はどんな用事なのかしら。
私は久しぶりの友人の来訪に、思わず浮き立つ心を抑えながら、
いそいそと玄関先に向かった。
「えるもちゃん、ようこそいらっしゃいませ」
接客係を務めているつもりなのか、えるもを迎えたリネアは少々気取った様子を頭を下げた。
ああいうところを見ると、どことなく銀埜を思い出してしまう。
…まあ、リネアの教育に一番熱心なのが彼だから、仕方のないことだけれど。
私にとっては、微笑ましい姿だ。
「いらっしゃいましたなのー」
玄関先に立つ幼い子供は、リネアに合わせるようにぺこん、と頭を下げた。
そして元気良く頭を戻すときに、ぴょこん、と頭の後ろで尻尾のように結んだ短い毛の束が跳ねた。
その頭に載っている緑色の葉は、いくら彼が頭を動かしても落ちることはない。
…そういえば以前、あの葉を取ろうとして、この子を慌てさせたことがあったっけ。
「えるもくん、いらっしゃい。今日はお一人?」
私は頬を綻ばせ、しゃがんでえるもの目線にあわせた。
えるもはこくん、と頷き、
「ぎんやちゃんのごしゅじんさまに、ききたいことあるなのー。
りねあちゃんもいっしょなの!」
「私に?」
私はおもわず目を丸くして、隣にいたリネアと顔を見合わせた。
深刻な内容でも無さそうだけれど、私に何を聞きたいというのだろう?
私は、わかったわ、と頷き、店の奥を手で指した。
「じゃあとりあえず、中でお話しましょうか。美味しいクッキーもあるのよ」
□■□
「で、どうしたの?私に用事って?」
私はテーブルの上で手を組み、首を傾げた。
えるもにはまだ店に置いてある椅子は背が高いらしく、
届かない足をぶらぶらさせている。
暫く、自分に置かれた紅茶にふぅふぅ、と息を吹きかけていたえるもは、
私の言葉に顔を上げた。
「ねえ、ぎんやちゃんのごしゅじんさまって、まじょなの?」
「へ?」
私は思わずきょとん、とした表情を浮かべた。
私が反応するより早く、
えるもの隣で同じように足をぶらぶらとさせていたリネアが、当然、というように頷いた。
「そうだよ、母さんはちゃんとした魔女だよ。だって私を生んでくれたんだもんね」
「じゃあ、じゃあ」
えるもはぱぁっ、と顔を輝かせ、つなぎのズボンの胸ポケットをごそごそと漁り始める。
そしてB5程の大きさの、薄い絵本のようなものを、よいしょ、と取り出して私たちに見せた。
「まじょって、ほうきでおそらとべるの?」
「…………箒で、空?」
私は目をぱちくりとさせた。
リネアは私とえるもの顔を交互に見比べ、そしてえるもが差し出している本に目を落とした。
「えるもちゃん、なぁに?これ」
「まじょがおそらとんでるの。えるもも、とんでみたいのー」
えるもはうっとり、と恍惚の表情を浮かべ、その本をテーブルの上に置いた。
私は訝しげにその絵本を手に取り、ぱらぱらと捲ってみる。
どうやら魔女になりたての少女のお話のようだ。
確かにえるもの言うとおり、端々に主人公らしき黒髪の少女が、
箒にまたがって空を飛んでいる様子が描かれている。
…成る程、えるもくんはこの主人公のように、空を飛んでみたいということなのね。
この絵本の魔女がどういった魔女かは知らないけれど、
一見うちの村でも伝わっている飛行術のように思えた。
ならば、普通に考えれば実践することは容易い筈なんだけども。
「…えるもくん、悪いけど、えるもくんの想像通りにはいかないかもしれないわ。
言いにくいことだけど、私は飛行術があまり得意じゃなくって…」
「えっ。母さんの飛んでるとこ、見られるの!?」
私が苦笑を浮かべて弁解するのを、リネアの驚いた声が遮った。
「私見てみたいな!ねえ、えるもちゃんもそうだよね?」
「えるも、いっしょにとんでみたいの!ぎんやちゃんのごしゅじんさま、だめなの?」
リネアの期待を込めた眼差し、えるもの哀願するような眼つきに圧倒され、私はうっ、と唸った。
これは…とてもじゃないけれど、断ることができるような雰囲気じゃないわ。
でもえるもくんは、一緒に飛ぶ気満々だし、万が一怪我でもさせたら―…。
「えーっと…えるもくん」
私はおずおず、と口に出した。
えるもはきょとん、と首を傾げている。
「できるだけ善処はしてみるけど、私は元々飛ぶのが上手くないの。だから―…」
「だいじょうぶなの!えるも、てつだうの。いっしょにれんしゅうするの」
「練習…そうね、たまには練習しないとね。はぁ…」
これまで避けに避けてきたツケが回ってきたのだろうか。
私ははぁ、と溜息をつき、肩を落とした。
そんな私を他所に、子供二人は楽しそうにきゃっきゃ、と騒いでいた。
「私、母さんが飛ぶの、初めて見るんだ!えるもくんのお陰だね」
「そうなの?ならりねあちゃんもいっしょにおうえんするのー。きっととべるの!
ぎんやちゃんのごしゅじんさま、がんばるなの!」
「そ、そうね…頑張るわ」
怪我させたら大変なことになるし。
私はそう心の中で付け加え、そういえば飛行用の箒を何処に仕舞ったか、思い出そうとしていた。
何せここ1年ほど飛んでいないものだから、箒自身も私に愛想を尽かしているかも知れないわね。
「ま。探してみるとしますか」
私はそう独り言のように言って、席を立った。
そしてふと思い出し、えるもに笑いかけた。
「そうそう、えるもくん」
「なぁに?」
えるもは声をかけられたことに気付き、首を傾げて私を見上げた。
「確かに私は銀埜の主人だけど。それじゃあ長いでしょ?
だからルーリィ、って名前で呼んでね。折角お友達なんだもの」
えるもは私の言葉に暫しきょとん、とするが、やがてにっこりと笑って頷いた。
「わかったなの!るーりぃちゃん、がんばろうなの」
「ええ、頑張りましょう。えるもくん、宜しくね」
□■□
店の裏手にある、広めの庭。
此処を眺めるたびに、手入れしなければと思うのだけれど、なかなか手が進まない。
だけどこんな日は、何も弄っていなくて丁度良かったと思う。
何せ障害物自体が少ないものだから、何かに激突する可能性も少ない。
…やる前から墜落することを考えている私自身にげんなりする。
「母さん、それ母さんの箒?」
少々遠い目をして庭を眺めていた私に、リネアが声をかけた。
私は「ええ」、と頷き、
「そうよ。久しぶりだから、ほこり被っちゃっててね。ちゃんと飛んでくれるかしら」
私が思わずそう漏らすと、まるで飛び方が下手なのは私のせいだ、と言わんばかりに、
私の手の中で箒が跳ねた。
勝手に動いている箒を見て、えるもが目を丸くする。
「るーりぃちゃん。そのほうき、いきてるの?」
「え?」
箒を押さえることに必死になっていた私は、えるもの言葉に振り返った。
そして必死で抑えながら苦笑を浮かべ、
「生きてるわけじゃないのよ。それに話すこともないわ。
でも飛行用の箒は長く使ううちに魔力を帯びて、少々の意思は持つようになるのよ。
これは私の母親が使っていたものだけど、随分長く物置に入れっぱなしだから、きっと怒って…」
少し目を離した隙にぴょい、と私の手の中から逃げ出そうとする箒を、私はぺしっと叩いた。
「るんだわ、多分」
少しばかり大人しくなった箒を見やり、あはは、と苦笑した。
…中々前途多難だ。
「母さん、箒のしつけはちゃんとしなきゃね!
ねえ、えるもちゃん。さすがにえるもちゃんも一緒に乗ったら、母さん大変だと思うの。
えるもちゃんが落っこちちゃわないか、私心配だよ」
「…えるも、おもいの?」
リネアの不安そうな顔を見て、それが伝染したかのように眉を曇らせるえるも。
私がどうしたもんかと悩んでいると、えるもは思いついたようにぽん、と手を叩いた。
「じゃあ、えるももどるの」
「へ?」
えるもの言葉の意を察する前に、えるもは行動を起こした。
しゅっとえるもの体が縮んだと思うと、ガラスや陶器がぶつかるようなけたたましい音を立てて、
えるもが着ていた服の塊が地面に落ちていた。
「えるもちゃん?」
突然のことにリネアは目を丸くし、私はというと、成る程、と妙に納得していた。
そういえばえるもくんは、まだ幼い狐だったっけ。
以前銀埜から聞いた話を思い出しながら、私はスカートの裾を押さえてしゃがみこんだ。
そしてえるもくんが着ていた服の塊に手を突っ込み、柔らかな毛皮を確かめて、
そのまま引っこ抜くように持ち上げてみる。
「わあ!えるもちゃんなの?すっごい可愛いよ!」
子狐の姿となったえるもを見て、リネアは目を輝かせてはしゃいだ。
私は子狐のえるもをすとん、と地面に下ろし、改めてその姿を眺めてみる。
黄色い毛皮はふかふかで、子猫ほどの大きさのまだほんの小さな子狐だ。
だがそのふさふさの尾は二つあり、普通の狐ではないことを物語っている。
狐のえるもはくりくりとした可愛らしい瞳を動かし、人間のときと同じく、流暢な人語を話した。
「るーりぃちゃん、これならだいじょうぶなの?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。それにしても、人間のときも可愛かったけど…
本当に可愛いのね、ぬいぐるみみたい」
私はえるもの可愛らしい小さな顔を見下ろし、思わず頬が緩むのを感じた。
こう小さいと…銀埜の小さい頃を思い出すわ。
「えるもちゃん、これ何?」
えるもの服を畳もうと手を伸ばしたリネアが、訝しげな声を上げた。
えるもはとてとて、とリネアに駆け寄り、その手の中のものを覗き込む。
「それ、くさのせんりょうなの。おかあさんにおしえてもらったの」
「染料?ふぅん、綺麗な色だねえ」
リネアは手の中の小瓶を目の前に掲げ、まじまじと眺めていた。
その小瓶の中は淡い桜色の液体で満たされ、リネアが軽く振るたびにぽちゃぽちゃ、と音がした。
服の塊の中には、まだ幾つかの小瓶があるらしく、
リネアは暫し考えた後に言った。
「じゃあ、私、見とくよ。えるもちゃんは母さんと飛んでて?」
えるもは嬉しそうに双尾を軽く振り、
「ありがとうなの。あとでりねあちゃんにも、なにかあげるの!」
「本当?ありがとう!楽しみにしとくね」
リネアはにこにこと笑い、小瓶を横に避けながらえるもの服を畳み始めた。
私はそんな二人の様子を微笑ましげに眺めながら、
奮闘しているリネアに声をかけた。
「リネア、えるもくんの大切な小瓶、割っちゃダメよ?」
「はぁい、大丈夫よ!母さんこそ、えるもちゃん落っことしたらダメだよ」
鋭い我が子の指摘に、私は思わず苦笑を浮かべた。
「そんな心配しなくっても…大丈夫よ、多分」
「そうなの。えるもがついてるの!」
妙に自信たっぷりのえるもを抱き上げ、私はうん、と頷いた。
「ほら、えるもくんもこう言ってるしね?何たってお狐さまがついてるんだもの」
「…母さん、やっぱり私心配だなあ」
あはは、と無理矢理笑って見せる私を見上げ、リネアは複雑な表情を浮かべた。
「よぅし、行くわよ」
私は箒に跨り、両手でぎゅっと強く柄を握った。
箒の先にはちょこん、と子狐のえるもが座り、私をジッと見守っている。
「母さん、頑張ってー」
少し遠くのほうから私たちを見守るリネアの声に、
私はひらひらと手を振って、再度意識を集中させた。
…本当に何年ぶりかしら、この箒に跨るのは。
元々の持ち主だった私の母親は、飛行術の使い手だった。
よくこの箒に跨って、森の上空を飛び回っているのを、幼い頃の私は見上げたものだ。
そういえば、この箒の先に乗って、一緒に飛んだこともあったっけ。
そう、目の前のえるもくんのように。
その頃の自分と目の前のえるもくんをリンクさせ、私は思わず微笑んだ。
あのときの母さんも、私と同じように、
どことなくむず痒いような、腹の底からこみ上げてくる笑みを感じていたのだろうか?
「るーりぃちゃん、うかんでるの!」
えるもの声に、私はハッと我に返った。
母さんのことを思い出していたからか、それとも久しぶりで箒自体も飛びたがっていたのか、
どちらなのか判らないが、とりあえず素直に浮かぶことはできたらしい。
気がつくと私の足は地面を離れ、周囲には空気が円状に巻き上がっていた。
「…えるもくん」
私は目をきょろきょろしながら尻尾を振っているえるもに、呟くように声をかけた。
「…何があっても、手を離しちゃだめよ」
私はそう言ったと同時に、ぽん、と軽く片足で地面を蹴った。
「すごいの、すごいなのー!ちゃんととんでるの!」
えるものはしゃいだ声が私に耳に届いた。
いつの間にか元いた裏庭は遥か遠く、
えるもの大切な瓶を抱えて私たちを見上げているリネアの姿も、豆粒ほどに小さかった。
「え、えるもくん。大丈夫!?」
私はというと、えるもの賑やかな様子とは裏腹に、冷や汗を出しながらうろたえていた。
久しぶりすぎて…制御方法を全く忘れている。
ええと、方向転換ってどうやるんだっけ?!
「るーりぃちゃん、どうしたの?あぶないの?」
私の慌てた声に、えるもはきょとん、と私のほうを見た。
私はえるもの様子が変わりないことを確認し、思わずホッと胸をなでおろす。
気がついたらえるもの姿がない、なんてことになったら一大事だもの。
「るーりぃちゃん、ちゃんととべるなの。やっぱりまじょなの!」
「え、そう?あはは…よぉーし」
えるもの言葉に気をよくした私は、くい、と箒の柄を曲げて旋回を試みた。
このまま飛んでいると、街のほうにまで出てしまう。
箒も割りと素直だし、久しぶりにしては上手く飛べてるじゃない?
…未だにはっきりと思い出せないところもいくつかあるけど。
「わーい、すごいのっ。かぜがきもちいーなの!」
春先とはいえまだ風は冷たい。
だがその冷たさはえるもにとって気にならない様子で、
ぴん、と立った耳をはためかせながら、浸っているように目を閉じていた。
私も同じように風を感じながら、やはり飛行術はいいものだと改めて思う。
…これを機会に、また練習しようかしら。
そう思いながら私は箒の柄を動かし、空高く舞ったかと思うと急降下したり、
果てはぐるぐるとその場を回ってみたり、と色々試してみた。
そのたびにえるもは落ちんばかりに跳ね、弾んだ声を上げた。
えるもくんが小さい狐の姿でよかった。
きっとえるもくんがいるから、こんなに上手く飛べてるんだわ。
そうしみじみと感じていると、遥か下のほうから微かにリネアの声が届いた。
「母さーん!前、前っ!」
え?
思わずリネアのほうを見ようと首を動かした私は、その声にバッと前を向いた。
だけど時既に遅く。
「――………っ!!」
叫ぶ間も無く、私の眼前には葉が落ち裸になった木の枝が飛び込んできた。
これは…ぶ、ぶつかるっ!?
私は衝撃を覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。
だが、予想していた衝撃は訪れなかった。
私が恐る恐る目を開くと、私とえるもが乗った箒は、
裸の木と平行し、地面からは垂直になってその場に停止していた。
目の前には、木のむき出しの堅い枝がまるで凶器のように、私たちに向かって伸びていた。
つまり、箒は木のすぐ手前で急ブレーキをかけていることになる。
…でも、誰が?私はこんな器用な真似はできない。
「…え、えるもくん?」
私が恐る恐る声を掛けてみると、えるもは返事できる状態ではなかった。
箒の柄の先にしがみつき、ぷるぷると震えている。
それはきっと、恐怖ではなく、力を使っているからだ。
「あ、ありがとう。大丈夫―…」
がくん。
まるで止まっていたエレベーターが、急に動き出したときのような浮遊感。
自分の状況を確認する間もなく、私の目の中の景色は急激に上がっていった。
それはつまり、私の身体が急降下しているということで―…。
「―――…………ッ!!!!」
とりあえず覚えていることは、私は片手で箒の柄を握り締めながら、もう片方の手で宙をかいていた。
そして柔らかいものをもんず、と掴むと、そのままぎゅっと胸で抱き締めた。
柔らかいものが何かということは既に感覚で分かっていたし、
ただこの子を守らなければ、とそれだけが頭の中で響いていた。
―――どすん。
「母さん、えるもちゃんっ!大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってくるリネアの声が耳に届き、私は呻きながら目を開けた。
「い、いたたたた」
思わず腰をさする。
どうやら背中のほうから落ちてしまったらしい。
…しかし、あの高さから落ちたのなら、痛いだけでは済まないはずだけど。
「もう、気をつけなきゃダメじゃない!えるもちゃんがいなかったら、大怪我してたよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶリネアを見上げ、私は地面に寝転びながら苦笑を浮かべた。
…成る程、落下の衝撃もえるもくんが和らげてくれたということね。
「あ、あはは…ごめんね。…そう、えるもくん。大丈夫?」
私はいまだに強く抱き締めていた黄色い毛皮をひょい、と掲げてみた。
えるもは尻尾を振りながら、笑顔を見せてくれた。
「だいじょうぶなのー!たのしかったなの、ちょっとびっくりしたけど」
「びっくりで済んで良かったよ。えるもちゃん、母さんを助けてくれてありがとう」
リネアは私の傍にしゃがんで、えるもの毛皮を軽く撫でながら言った。
その顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
…やっぱり、私は調子に乗るには、まだ早かったようね。
「るーりぃちゃん、ありがとうなの。またのせてほしいなの!」
「……え」
私の胸の上で弾みながら言うえるもの声を聞き、私は思わず固まった。
「ま、また今度ね」
「わーい、やくそくなの!」
…えらい約束をしてしまったものだ。
私は一瞬後に後悔したが、今更後には引けない。
「あっ。小瓶、置き忘れてきちゃった」
墜落するのを見て、慌てて駆け寄ってきたのだろう。
リネアは、えるもの瓶を思い出して口に手を当てた。
えるもは私の胸からぴょん、と降り、リネアのほうに駆け寄った。
「えるもも、とりにいくの。りねあちゃんにすきなのあげるのー」
「本当?ありがとう、嬉しい!私、あの桜色のがいいな」
「あれきれいなのー。えるもも、おきにいりなの!」
そんな子供たちの声が遠くに去っていくのを聞きながら、
私は寝転んだまま遠い空を見上げた。
…えるもとの約束を果たす日までに、
もう少し安全な空中散歩を、あの小狐ちゃんにプレゼント出来るようになろう。
私はそう、固く心に誓った。
End.
●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【4379|彼瀬・えるも|男性|1歳|飼い双尾の子弧】
●○● ライター通信
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えるもさん、いつもお世話になっております。
今回当シナリオに参加して頂き有り難う御座いました。
色々とえるもさんには参加して頂いておりますが、
良く考えれば個別で書かせて頂くのは初めてのことですね。
ワールズエンドの面々との一日、如何だったでしょうか。
楽しんで頂けると非常に嬉しく思います。
頂いた染料の瓶は、リネアのほうが宝物にして大切に持っているようです。
有り難う御座いました^^
それでは、またお会いできることを祈って。
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