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■ファイル−2.5 殺生石。■

朱園ハルヒ
【2349】【帯刀・左京】【付喪神】
 伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
 数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
 九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
 その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
 死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。

「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
 文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
 他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…3つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…?」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ? それがどうして現実になって現れるわけ?」
 ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ? でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ?」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
 デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
 そう、これは『事件』なのだ。
 趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
 特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい2時間前の事。
 突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
 先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう? 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい?」
「…それは、無いけど。まったく」
 ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
 早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
 半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
 その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう!」
 ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
 それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。
ファイル−2.5 『殺生石』


 伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
 数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
 九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
 その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
 死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。

「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
 文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
 他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…3つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…?」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ? それがどうして現実になって現れるわけ?」
 ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ? でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ?」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
 デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
 そう、これは『事件』なのだ。
 趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
 特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい2時間前の事。
 突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
 先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう? 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい?」
「…それは、無いけど。まったく」
 ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
 早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
 半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
 その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう!」
 ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
 それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。



「応援要請なんて…久しぶりだね」
「久しぶりの現場復帰も刺激があっていいもんだろ」
 そんな会話をしているのは、槻哉とナガレだった。
 普段司令室にて現在状況や結果報告先だけを待っていた槻哉に、先に出払っていた早畝と斎月から、応援の要請が出たのだ。二人だけでは梃子摺っているらしい。
 ナガレは待機組で、槻哉の傍にいたのだが連絡を受けて彼についていくことを決めた。どのみち、最終的には現場へ向かうことになるだろうと予め解ってはいたのだが。
「……さて、それじゃあ物々しいこの現場を、一掃させようか」
 石のある現場は、警察の手によって厳戒態勢を敷かれていた。これでは一般市民の安全確保するどころか、逆に興味を持たせてしまう。現に今も、鑑識の人間らしい者と一般人が、数人救急車へと運ばれている最中だ。それらを見ようと野次馬たちがまた集まってきている。
 そんな状況を見ながら、槻哉は現場指示を出している刑事の元へと足を運んでいった。すると一人の刑事が、慌てて頭を下げている。…槻哉が元警察の人間である以上、それは珍しい光景では無かった。
 そんな光景をふぅ…とため息を漏らしながら見ていると、ナガレの視線の端に、一人の人物が捕らえられる。
 派手な柄の着流しを着た男だ。殺生石を遠目で見ては、額に手をやり深いため息を吐いている。そして視線を移した先を追えば、そこには担架で運ばれている一般人が。
「……あれ?」
 ナガレはそこまで視線を動かし、自分の記憶をたどり始めた。
 今まさに救急車の中へと担ぎこまれている人物を、見知っているからだ。
「…ったく、『外食』しにくりゃ邪魔くせーもんが居座ってるわ、触って昏倒した間抜けん中にあいつは居るわ…どーなってんだ」
 その人物の確認をしようとナガレが数歩進むと、先ほどの男が独り言を漏らしていた。…なんというか、聞き捨てなら無いような気がして、思わず足を止める。
「他はどうでも良いが、あいつを逝かせるわけにはいかねーんだよな……ん?」
 男はさらに独り言を続けるが、言葉の終わりにナガレに気がつき、視線を下ろしてきた。
「…ナガレ、どうかしたのかい?」
 すると警察の人間と話をつけてきたらしい槻哉が、ナガレに声をかけてくる。
「……なんだ、あんた等」
 男はナガレが珍しかったのか、膝を折りまじまじとその姿を見つめながらそんな事を言ってくる。ナガレはナガレで、勢いのあるこの男に気押され、後ずさりをしていた。
「僕はこういう者ですが…貴方はこの事件に何か関わりが…?」
 粗方状況を把握したのか、槻哉が男に特捜部の手帳を見せる。
 すると彼はその手帳を取り、中身を見ながら『ふーん』と言い、ちらりと槻哉に視線を移す。その後もう一度ナガレへと瞳を巡らせ、く、と笑った。
「…あんた等、コイツをどうにかしに来たのか?」
 男が親指で指す方向には、殺生石がある。
 それを見て、槻哉がこくりと頷いて見せた。
「俺も叩き割りてーし…協力してやってもいいぜ?」
 槻哉の視線を捕らえて言う男の言葉には軽さはあるものの、からかいの様な音はしなかった。彼が何らかの『能力者』であることも、すでに空気で解っている。
「…多少、危険が伴うかもしれませんが?」
「なに、色々手はあんし俺は大丈夫だ。それに、怨念やこっち方面の霊気は俺にゃきかねーよ。
 …なんでかはそこの白いチビが何か鼻が利きそーだし、分かんじゃねえ?」
「!」
 槻哉の言葉に、男はにやりと笑いながらそう答えた。
 付け加えるようなその言葉の中に、ナガレの毛並みが逆立つような内容があり、条件反射でナガレは彼を睨み付けるが、男は浅く笑うのみだった。
「……珍しい存在って言うか…お前、人間じゃねーだろ」
 ナガレは自分の言いたい事を抑えつつも、彼を睨み付けるように見上げながらそう応える。
 すると男は口の端だけで笑い、軽く頷いた。
「ま、そーゆーこった。短い間だが、よろしくな」
 男は簡潔にそういうと、槻哉に自分の名を『帯刀左京』(たてわき・さきょう)と名乗る。それ以外の事は何も告げずにいたが、信用における人物だと判断した槻哉は頷きつつ協力の申し出を快く受けた。

 殺生石を囲むようにして半径10メートル程の広さで結界を張ったのはナガレだった。戦闘になるだろうという事を考慮しての事だ。
「まぁ後は自由に動くなり暴れるなりしてくれ。俺も出来る限りのサポートはするしな」
 そう言いながら、ナガレは一線を引く。自分では戦力にはなりきらないと言う事を解りきっているからだ。ここからは槻哉と左京に頑張ってもらうしかない。
 ちなみに応援要請してきた斎月と早畝はどうしているかと言えば、槻哉が現れた途端彼らもそろって現場から身を引いていた。
「……全く、職務怠慢もいい所だな…」
 ぽつり、と小さくそう呟いたのは槻哉。
 それはナガレにも左京にも伝わることは無く、空気に溶け込んでいく。その言葉は、彼らに向けられたものではないからだ。
「さーて、どうする。あちらさんが動くのを待ってみるか? それとも…」
「―――手短に済ませたいですからね」
 一歩手前に居た左京が槻哉を振り返りつつ言葉を投げかけると、それを遮るかのように何かが彼の耳を掠めた。直後、耳の後ろで聞こえたのは、金属が響き渡る音。
「……ただの優男だと思ってみれば…怖いねぇ」
 左京の視線の先には、銃を突きつけた槻哉の姿が。そしてその銃口からは、僅かに煙が立ち昇っている。
 彼の耳を掠めたものは、槻哉の放った銃弾。殺生石へと向かい、躊躇いも無くそして誰が見るよりも早く、引き金を引いたのだ。
 からかうような左京の言葉にも、槻哉は動ずることも無く冷静にただ殺生石を見つめていた。
「…ボスが本気モードって事は…やっぱ生半可な行動じゃマズイって事だ」
 ナガレもその槻哉の行動に驚きつつ、左京にそう言う。
「そんなの、相手の妖気を感じとりゃ解る。チビだって長生きしてるんだろ、無駄に」
「……一言多いぞ、左京。それに、チビって言うな」
 冗談交じりでの言葉と解っていても、ナガレもついつい反応してしまう。人型になったとしても彼には到底身長は届かない。
 左京はそんなナガレを見ながら、楽しそうにくくっ、と笑った。
「…と、無駄話は後だな。お出ましみたいだぜ」
「………そうだな」
 槻哉の放った銃弾は、殺生石へと命中している。弾かれるかとも思ったが、今も石の中に弾が埋まったままだ。
「ナガレ、帯刀さん、――気をつけて」
「俺ぁ大丈夫だって言ってるだろ? 自分の心配だけしてろよ」
 コツ、と歩みを進めた槻哉は左京へと肩を並べた。そして静かに言葉を伝えると、左京の返事に軽く頷くと厳しい表情になる。ナガレも同様だ。
 その場に居る三人に、一瞬の緊張が走った。
『――妾の棲家を傷つけられるものがいるとは…一番の獲物と言うところであろうか?』
 殺生石の真上が、ゆらりと揺れた。そこから空気がじわじわと形を成して行き…あっという間にそれは人の形を作り上げていく。
 色鮮やかな美しい着物。長い銀色の髪。色気の漂う真っ赤な口唇。
 それは、見るものすべてはが惑わされてしまうような、艶やかさ。
 ゆったりとした口調の声の主が、その場に姿を現したのだ。…それが、玉藻前だ。
 玉藻前は目の前に立ちはだかる男二人を見下ろしながら、手にしていた扇をぱらりと開き、目を細めた。
『ほぅ…これは…上玉だ。見目麗しい者が二人も…妾に用とな?』
「………………」
 その玉藻前を前に、嫌な汗を掻いていたのは後ろで控えているナガレだった。
 人一倍感受性が強い彼には、彼女の妖気というものが、肌に突き刺さるようなものらしい。過去にも何度も妖怪と言う存在と対峙してきたが、ここまで強い気を放つ相手と言うもの、久しぶりの事らしい。
「…邪魔くせぇその妖気、なんとかしやがれ」
 カラン、とアスファルトを鳴らしたのは左京の履いている下駄。
 玉藻前に向かい、左京は冷ややかにそう言った。彼女の魅力には興味が無いらしい。
『気が強いのも男の魅力のうち…と言いたいが、そなた達は…妾の腕(かいな)に納まる気は無いようだの』
「…あいにく、僕も手一杯ですからね」
 玉藻前の言葉ににっこりと笑いながら答えたのは槻哉だった。
 すると玉藻前の眉が、ピクリ…と僅かに揺れる。
『そなたもその美しさを武器にしているということか…。罪よの』
「貴女ほどではありませんよ」
(…笑顔でサラリと返されると…怖いよなぁ…)
 槻哉の後ろにいるナガレは、内心ぽつりとそう呟いた。余裕を見せてはいるが、槻哉も隙を作らないように必死になっているのは空気を読めばすぐ解る事。玉藻前の妖気が、それだけ強いという証拠だ。
 この妖気の中で、素で平然としていられるのはおそらく左京だけなのだろう。
「俺は無駄話をしにきたんじゃねぇ。さっさとお前を消して、あいつを取り戻してーんだよ」
 その左京が二人の間を割るように口を挟んできた。彼は何より早く、救い出したい存在があるらしい。
『……妾を呼び起こしておきながら…無駄と申すか…』
 彼の言葉に玉藻前が反応する。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。左京にとっては『それくらい』のほうがやりがいがあるようだが。
『後悔するが良い。妾にそのような口を利いたことを…』
「…後悔すんのはアンタだろ?」
 玉藻前の言葉に、煽るように返事をしてはニヤリと笑う左京。やはりどこをどうみても、彼から『恐怖』を感じ取ることが出来ない。
 だが今は、感心してる場合ではない。
『食らうがよいわ…!!』
 玉藻前がそう言いながら、目を見開いた。そして手にしていた扇を薙ぎ払うかのように左京たちに向かい、煽ぐ。それは強風にも勝るような、威力。
「…俺には効かねぇよ」
 ナガレは槻哉と左京を守るためにシールドを張ろうとしていたが、隣にいた左京がそれを遮るかの行動をする。――と言っても、片腕を前に突き出しただけなのだが。
「!!」
 突き出した腕、そして広げた掌の中に。
 吸い込まれていくかのように、玉藻前の放った風は吸収された。
「……………」
 槻哉もナガレも、その左京に驚き何も言えずにいる。
「さて、後悔してもらおうか?」
 ニィ、と笑う左京。
 ぐ、と握り締めた掌は、相変わらず玉藻前へと向けられたままだ。
『……負け惜しみを申すか……、…?』
 玉藻前は風を吸収されてしまったのを不服としたのか、再び扇を高く掲げた。渾身の力を込めて、左京たちを攻撃しようと。
 だがそれは、左京の開かれた掌により、いとも簡単に崩されてしまう。
 一瞬、何が起こったのか左京以外の存在には解らなかった。
『―――…っ!!』
 ばさり、と音を立てて地に落ちたものは玉藻前の扇。縦二つに割れてしまっている。
 それを見下ろしながら、彼女はその場で膝をついた。
「…言ったろ、後悔するって」
 左京は実に冷静に、玉藻前を見据えていた。
『……な、何を…』
「わかんねーのか。俺はお前の力を返しただけだぜ」
 地に手をついたままの玉藻前が、弱々しい物言いで口を開くと左京は哀れみのかけらも無く、そう言い放つ。
(そうか…一度彼の身体の中に、彼女の力を取り込んで…)
 そう心で呟いたのは槻哉。ナガレも同様だ。
 左京が『怨念の類や霊力は自分には効かない』と言っていた意味をようやく理解した。彼はどんな能力であれ、その身の中に相手の能力を吸収し、それを放出することで武器に出来る。だから玉藻前が如何なる力をこちらに向けようとも、彼には無駄だと言うことだ。
『おのれ…このような……』
「向かうところ敵なしってもな、時代が進めば俺らのような存在が生まれる。力ばっかりに頼って自分に酔いしれてるアンタにはわかんねーだろうがな」
(……よく言うぜ。…っても、俺も似たようなもんか)
 左京もナガレも、人の流れに紛れ込んで生きている存在。それを踏まえての発言であるのは解っている。ナガレが左京の立場であれば、同じことを玉藻前に言ったであろう。
 彼が今までどのように生き抜いてきて、生活してきたかはナガレには解らないが、それでも『同類』と言えるだろうから。
「軍配はこちらにあるようですね。…もう、解放されたくはありませんか?」
『戯言を申すな……妾が如何にしてこの世へと訪れたと思うておるか…!!』
「…それでもな。お前は左京には敵わない。それは紛れも無い現実だろ」
 槻哉が静かに言葉を送ると、玉藻前はギロリ、と獣の瞳を作り上げて彼を睨み付ける。それだけでも充分威圧されるものであるが、今の状況では彼女の分は悪い。
 ナガレが付け加えるようにそう言うと、玉藻前は勢いを崩した。
『妾は…このような敗れ方をするために…この世に流れてきたわけではない…』
「はい、そうですか――って片付けるわけにもいかねーな。お前にどんな理由があろうとも、俺らを…あいつを巻き込んだことには変わりねぇ。
 …人が色々我慢してやってる所にノコノコと現れて、人のもんにまで手ぇ出しやがったその罪、軽くはねーぞ」
 左京からは慈悲と言うものがあまり感じ取れない。
 出会ったときから機嫌は良いようには見えなかった。おそらくもう限界なのだろう。
 『誰か』を助けたい、と気持ちだけは此処にいる三人とも、同じ思いなのだから。
「―――おい」
「…止めませんよ。貴方にお任せします」
 左京は一度、肩越しに槻哉へと確認の言葉をかけた。
 槻哉も予め解っていたのか、すぐに返事をする。
『妾を…封ずると言うのか……』
「時代の流れには逆らえないって事だ。大人しく壊されてくれ」
 玉藻前の言葉に応えたのは、ナガレだった。冷たい口調のように見えるが、その瞳には少しだけの哀れみが見え隠れする。
 その後は、左京にすべてを任せるために、ナガレも身を引いた。
「…生き方を、『残り方』を見誤った結果だ。………目障りだ、失せろ」
 冷かに響く声は、槻哉とナガレの見守る中で玉藻前へと届けられた。



 二つに割れた殺生石には、もうどこにも禍々しいものを感じ取ることなく、ただ冷たい塊としてそこにあった。
 玉藻前の姿も其処には無く、全ては終結へと話は進む。
「オイ、これでもう大丈夫なんだろうな」
「貴方のおかげで石も壊せましたしね。もう大丈夫です。…貴方の大切な方も、無事ですよ」
 早畝や斎月を交えた、特捜員での現場処理を行っている中で、左京は槻哉へと食って掛かるかのようにそう問いかけた。
 それほど心配なのだろうか、『彼』が。
 ナガレは彼の真剣な瞳を見ながら、心の中でそう思い小さく笑う。それは、ナガレにしか解らない事だ。
「ご協力ありがとうございました。…被害者の方は此処の病院へと運ばせてあります」
 槻哉は左京に小さなメモを手渡した。病院の住所を書いてあるのだろう。
 それを乱暴に受け取った左京は、そのまま踵を返す。そして彼らには何も告げることなく、その場を去っていった。
「…慌しかったが、無事解決って事で、終わらせていいんだよな?」
「――…そうだね」
 ナガレは左京の背中を見送りつつ、槻哉の肩を駆け上がる。
 そして苦笑しながらそう言うと、槻哉もつられるように苦笑しつつ、返事をした。
 左京にはもう終わった事。
 しかし槻哉たちにはまだ片付けなくてはならない仕事が残っている。
 全てを終わらせるために、二人は再び、早畝たちの中へと戻っていくのだった。



-了-
 


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2349 : 帯刀・左京 : 男性 : 398歳 : 付喪神】

【NPC : 槻哉】
【NPC ;ナガレ】

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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は『ファイル-2.5』へのご参加、ありがとうございました。
 個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。

 帯刀・左京さま
 この度はご参加くださりありがとうございました。
 玉藻前も一応は強い能力者のはずだったのですが左京さんの前ではその力も及ばず…と言った所だったのでしょうか。
 ご協力くださりありがとうございました。
 そして納品が遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。

 少しでも楽しんでいただければ、幸いに思います。
 
 ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 ※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。